08-25 肉食獣の餌
「カラカーニー様の死去は秘匿されています。
今、公にするのは不味いとのバフラヴィー殿以下、クロスハウゼン首脳の判断です。
葬儀は何れ情勢が落ち着いてからと」
ライデクラートが話を続ける。
要塞攻囲中だもんな。
総司令官の突然死は影響が大きい。
「翌日、セリガーの第九位には不肖自分が向かいました。
だが、私では全く相手になりませんでした。
危ないと見た部下二人が身代わりになって戦死しております。
その間になんとか逃げ延びることができたのです」
ライデクラートが名を上げた二人の部下はそれなりに優秀だったらしい。
ネディーアールとアシックネールが顔を蒼くしている。
「バフラヴィー殿は自分が戦うと言われたが、一族総出で止めました。
今、クロスハウゼンがバフラヴィー殿を失う訳にはいきません」
まあ、そうだろうな。
「しかし、現状、セリガーの第九位を何とかせねばクロスハウゼンの未来はありません。
だが、セリガーの第九位に対抗できる人材などそうはいない。
それ故、会議の結果、私がここに来ることになりました」
ライデクラート隊長が妙に真剣な顔でオレに向き直る。
「単刀直入に言う。
キョウスケ、セリガーの第九位を頼めぬか?」
「アルダ=シャール要塞に籠るセリガー一桁の討伐をキョウスケに、ですか!」
アシックネールが焦った声を上げる。
「アルダ=シャール要塞は確か、守る魔導士の一つ上のクラスの魔導士を用意せねば抜けぬと聞くが、・・・」
ネディーアール殿下も驚いた顔をしている。
良くわからないが、相当に危険なのだろう。
ただまあ、話の流れからすれば、こーなるのは見えていたように思う。
カラカーニーが死に、バフラヴィーは万が一にも死なせるわけにはいかない。
シャールフはまだ十三歳だ。
他に見込みのある者がいないのならばともかく、現在はオレがいる。
問題は、これを受けるべきかどうか、だろう。
いや、最終的には受けるしかない、受けざるを得ないのだろうが、安易に受けるのは不味い気がする。
恐らくオレはセリガーの第九位に勝てるだろう。
少なくとも死ぬことはない。
気楽に戦えるのだが、それが公になるのは不味かろう。
オレの実力がバフラヴィー他を大きく凌駕することが露見すると色々と影響が大きい。
いや待て。
やはり戦わない方が良いのではなかろうか?
既にフロンクハイトの枢機卿は倒してしまっている。
フロンクハイトは執念深いと聞いている。
シノさんによれば、フロンクハイト枢機卿は殺される事が無い存在であり、万が一殺された場合は下手人をフロンクハイトの総力挙げて潰すという。
そうして枢機卿の名誉を守るのだ。
オレはセンフルール勢と一緒に倒したから主たる犯人ではないが、その一員であることは確実だ。
セリガーは良く分からないが、牙族のように父親を殺した相手の嫁になりたいと娘が言う文化ではないだろう。
フロンクハイトに加えてセリガーの恨みを買うべきではない。
セリガーの第九位を倒さずに解決できればいいわけで、・・・よーするに、クチュクンジ本人の身柄を押さえればよいわけだから、・・・個人的に忍び込んで拉致ってくるとかできないだろうか?
どの道、カゲシンを離脱してシュマリナに向かうのは決定していた。
取りあえずは現地を見てから判断すると返答を引き延ばすのが得策か。
「キョウスケ、其方が躊躇するのも当然であろう。
いや、セリガーの一桁が相手と聞いて躊躇しない者はいまい。
私も無茶を言っている自覚はある。
だが、無茶に見合う報酬は用意しよう。
具体的な報酬の内容はバフラヴィー殿から話すことになると思うが、まずは、だ」
突然、ライデクラートがオレの手を取る。
両手でオレの手を押し包むように挟み、熱い視線でオレを伺う。
気が付けばシャツの胸元が緩められている。
瞬間、オレの頭脳がフル回転した。
このライデクラートという人はとっても性欲が強い。
以前から旦那公認でしばしば『つまみ喰い』をしていた程だ。
だが彼女は守護魔導士であり、魔力量が多いため彼女を満足させられる男性は少ない。
オレは妙に気に入られていた事実がある。
そして今回、彼女は夫を失った。
ライデクラートはカラカーニーの第三正夫人だった。
第三正夫人ぐらいだとしばしば夫よりかなり年下であるため、夫が死去した時点でまだ若いことが少なくない。
この場合、一般には夫の後継者が引き受けて自分の夫人にする。
今回の場合はバフラヴィーが対象だ。
だが、良く分からないが、同母姉妹が嫁いでいる所には行かないという慣例もある。
バフラヴィーにはライデクラートの同母妹であるファラディーバーが第二正夫人として入っている。
慣例によればライデクラートはバフラヴィーの女にはならないのだろう。
次に多いパターンが自分の娘の嫁ぎ先に世話になるというものだ。
ライデクラートの娘で結婚しているのは長女のトゥルーミシュだけである。
トゥルーミシュの夫のガーベラ・レザーワーリは、恐らくライデクラート大歓迎だと思うが、困ったことにこの二人は帝国西部のヘロンにいる。
直ぐに世話になることはできない。
ライデクラートをガーベラ家に渡すことをクロスハウゼン家が許容するかも問題だ。
魔力量の高い魔導士は一種の資産であって、三〇歳かその一つ上ぐらいのライデクラートはまだ子供が見込める年齢である。
クロスハウゼン家としてはライデクラートを内部で抱えて子供を産んで貰いたいだろう。
そして、彼女を孕ませられるであろうオレがいる。
困ったことにこの人はカナンでは絶世の美女として認識されている。
オレをセリガー第九位にけしかけるエサとして最適。
クロスハウゼン首脳はそう判断したのだろう。
今の表情から見て本人も乗り気だ。
まずい、なんてもんじゃない!
良く見ればコイツ、腰にメイスを吊ってるじゃねーか!
それも安そうな一般兵士用の汎用メイスだ。
連隊長が何のためにこんな安物メイス吊ってんだよ!
良く見れば服装も変に薄着というか、脱ぎやすそうな感じ。
ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!
このままでは石垣ト〇・クルーズがオレのハーレムにやってくる!
「お願いがあります!
私とネディーアール殿下の件です。
私とネディーアール殿下の婚姻について、バフラヴィー様にはご許可頂いておりましたが、内々の物でした。
宜しければ、クロスハウゼン家、クロスハウゼン師団として正式に認めて頂けませんでしょうか?
もし、それが認められるのであれば今回の件を前向きに考えさせて頂きます」
ライデクラートに言葉を挟ませないよう一気に捲し立てる。
「キョウスケ、よくぞ申した!
それでこそ、私の男だ!
だが、足りぬぞ。
母上の件がある!」
すかさずネディーアールが参戦する。
「母上の件と言いますと、デュケルアール様の事ですか?」
ライデクラートが戸惑った声を漏らす。
「デュケルアール様は、その、色々とお具合が悪いと、・・・」
「母上はキョウスケの治療で麻薬中毒から脱却されたのだ。
そして、現在は妊娠しておられる」
「えっ、デュケルアール様が妊娠!
誰が孕ませたと言うのですか!」
「それは、取りあえずは秘密だ」
ネディーアールが思わせぶりにオレの方を見る。
デュケルアールは極めて魔力量が多く、彼女を妊娠させられる男は帝国内でも少ない。
「母上を妊娠させよとの宗主からの圧力が極めて強く、放置すれば母上が悲惨な状態に陥る所であった。
我らで相談した結果、母上に妊娠して頂くことになり、首尾よく妊娠できたというわけだ」
「デュケルアール様が健康を取り戻されたというのは目出度い限りですが、妊娠された話も初耳です。
恐らくバフラヴィー殿も知りますまい。
そのような重大な事案を勝手に判断され、しかも通知も無いとは!」
「相談しようにも誰もおらなんだのだ。
それにこちらから連絡するとしても、この様な話、余程信頼できる者でなければ話すこともできぬ」
「それは、確かにそうですが」
「それで、だ。
今の宗主は長くない。
既に両眼ともに失明し、自力では歩行もままならぬ。
執務はほぼ行えていない。
仮に生き永らえたとしても、早晩退位を迫られよう」
「宗主が両眼失明ですか!
それは、また、・・・」
ライデクラートが次々に知らされる機密情報に目を白黒させる。
「宗主の回復の見込みは?」
「ほぼゼロだ。
現在は『まだ可能性がある』と退位圧力に抵抗しているようだが、時間の問題であろう。
退位よりも先に心臓がダメになる可能性もある。
どちらにしても、我らはそれに備えねばならぬ」
「宗主の健康が悪い事は聞いていましたが、より悪化したということですか」
「現状では次の宗主はバャハーンギールとなろう。
バャハーンギールが宗主で、アーガー・ピールハンマドが宰相。
もう、どうなるのかさっぱり分からぬ。
だが、言えるのは母上とお腹の子を彼らに渡してはならぬ、という事だ」
「それは確かにそうですな。
カゲシンが不安定になるのであれば、クロスハウゼンがシュマリナを確保する意味が大きくなります。
我らがシュマリナで自立するためにはデュケルアール様やネディーアール様を質に取られ続けるのは良くありません」
高位貴族の下位の夫人は夫が死んだあとは夫の後継者の管轄下に入る。
デュケルアールは基本的にバャハーンギールの管轄下に入るのだ。
クロスハウゼンとしては歓迎できない。
特に娘であるネディーアールとしては絶対に避けたいだろう。
「そこで、だ。
母上とお腹の子を取り戻す方法を考えねばならぬ。
残念ながら今すぐには無理だ。
だが、宗主の退位、あるいは死去の際の混乱に乗じて機会があると思う。
いや、機会を作る」
ライデクラートが頷く。
「それで、母上を取り戻せたならば、だが、その際には母上には死んだことにして貰うしかないであろう」
「確かに、そうでもせねばバャハーンギールらは諦めぬやもしれませぬな」
デュケルアールは美人で魔力量が高く、クロスハウゼン直系だ。
政権にとって利用価値は高い。
いろいろな意味で。
「それで、その後だが、母上はキョウスケに面倒を見て貰いたいと考える。
母上が日陰の者になる関係上、バフラヴィーでは無理であろう」
クロスハウゼン内部でデュケルアールの相手をできる魔力量の男性はオレとバフラヴィー、そしてシャールフぐらいだろう。
このうちシャールフはデュケルアールの実子だ。
「それでデュケルアール様をキョウスケの肉奴隷に、という事ですか?」
へっ、肉奴隷?
「うむ、それが良いであろう」
「あの、ちょっと待ってください。
デュケルアール様を私が引き受けるというのは、これまでの経緯から何となく覚悟していましたが、肉奴隷というのは何でしょう?」
「其方、母上を肉奴隷として引き受けるのを断ると言うのか!」
「キョウスケ、これはとても名誉な話なのだぞ!」
ネディーアールとライデクラートが怒声を上げる。
「でも、肉奴隷って、オレ、エロゲーの凌辱役でしょうか?」
「其方、相変わらず時々変なことを言うのう。
母上がバャハーンギールの手から逃れるには表向き死んだとするしかない、と言ったではないか。
つまり貴族としての地位を失い平民扱いとなる。
貴族が平民を囲い込むとしたら肉奴隷が定番ではないか」
「あー、いやー、ちょっと、・・・すいません。
普通に正夫人の一人にしてはダメなのですか?
ハトンは平民ですが正夫人にすると約束していますよ」
全員に溜息をつかれた。
「貴族が平民を正夫人に迎えることは稀だ。
特に上位貴族はそうだ。
其方がハトンと婚約した時はまだ其方が貴族に取り立てられたばかりであったから珍しい話ではないがな。
貴族が平民を正夫人とする場合、政府に対して婚約の報告は必要ない。
だが、正式な婚姻となった場合は報告が必要なのだ。
そして、貴族の正夫人となった平民女子は貴族として扱われる。
具体的には夫に準ずる位と見做されるのだ。
母上を正夫人とすると、再び貴族として登録することになる」
ネディーアールが淡々と説明する。
「それで、『肉奴隷』ですか」
「母上はこれまで色々とあったからな。
今後の人生は其方の肉奴隷として幸せな余生を送って頂きたいのだ」
肉奴隷として幸せな余生って、・・・いいのか?
あー、なんだろう、この背徳的な響き。
思い返せばハトンも平民の女性が上位貴族の肉奴隷になるのは名誉な事だと言っていたような。
しかし、いーのかね。
まあ、悪くはないのだろう。
美人だし、名器だし、魔力量あるからオレが頑張っちゃっても壊れないし。
しかし、肉奴隷にしてくれと頼まれるとは、・・・うん、仕方がないな。
頼まれたんだから仕方がない。
オレが鬼畜って事は絶対にない。
「えーと、一応、理解しました。
で、その場合、デュケルアール様は私の専用になるということでいいですか?」
今みたいに延々と男アサリを続けられるのは精神的にきつい。
「『専用肉奴隷』か。
それは、大丈夫というか、母上は喜ぶと思うぞ。
どちらかと言えば、それは其方に負担がかかると思うのだが」
「キョウスケ、そこは、『デュケルアール様を可能な限り専用の肉奴隷として大事にしたいと思います』とか言うところですよ」
呆れられた。
「ネディーアール様との婚姻だけでなく、デュケルアール様を専用肉奴隷にだと!
キョウスケ、其方、体がもつのか?」
ライデクラートはやけに驚いている。
「まあ、それは何とかなろう。
ただ、流石のキョウスケでもこれ以上は無理だと思うが」
「うーむ、そうですか」
残念そうな肉食獣。
「話を戻すが、母上が外様のキョウスケの下に行くのを面白く思わない者もいよう。
そこで、キョウスケがセリガー第九位に挑む褒章の一つとして母上の事を入れて欲しいのだ」
ライデクラート隊長が考え込む。
「宗主の件、デュケルアール様の件、色々と新しい情報が入りましたな。
分かりました。
キョウスケがアルダ=シャールに来るのでしたら、そしてセリガーの第九位と戦ってくれるのでしたら、皆も納得するでしょう。
この件、帰ったら直ちにバフラヴィー殿や他の者とも協議し、良い結果が得られるようにいたしましょう」
なんとか最悪の事態は免れたらしい。
その後は、オレが何時どのようにカゲシンを離脱してアルダ=シャール要塞に向かうかが検討される。
今までも忙しくなかったわけではないが、更に忙しくなりそうだ。
そうして、話が終わったと思ったのだが、・・・。
「話はこれで良いとして、私は早急にアルダ=シャールに戻らねばなりません。
ですが、ここに来るまでもかなり急いだため体力・魔力の消耗が激しいのです。
そんなことで、ネディーアール様、一晩キョウスケを貸して頂けませんか?
なあ、キョウスケ、其方もたまには相手を変えて楽しみたいであろう?」
これ見よがしにウインクしてくる石垣トム・〇ルーズ。
この人の性欲を甘く見ていたよ!
ネディーアールがさりげなく横目でオレを見る。
オレは可能な限り表情を作ったまま、かすかに首を横に振った。
「いや、ダメだ。
キョウスケには今夜も私と母上の相手をしてもらわねばならぬ。
ここ数日、母上の所に行っていなかったので、母上には今夜は必ずキョウスケを連れて行くと約束してあるのだ」
実際には、昨日も一昨日も、それどころかこの朝にもデュケルアールの相手をしている。
ネディーアールはオレがライデクラートを苦手としているのが分かったようだ。
横ではアシックネールがこめかみを押さえている。
「そんな、酷い。
ほとんど休憩も取らずにアルダ=シャールから急いできた使者に男の一人も宛がわずに帰れというのですか?
ネディーアール様、それはあまりに無体です!」
「しかし、キョウスケでも母上と其方の両方の相手をするのは酷だ」
「ならば、一発、一発だけ!」
おまえは飲み屋の親父か!
少しは品位を保てよ!
「ライデクラート様、ならば、ゲレト・タイジはどうでしょう?」
困っていたら横からアシックネールが声を掛けた。
「現在、カゲシンにいる男性ではキョウスケに次ぐ魔力量でしょう。
それに彼、以前からライデクラート様の名が出ると敏感に反応していたんです。
多分、ライデクラート様に気があるのだと思います」
アシックネール君、タイジは怯えていただけだと思う。
「ふむ、確かにあ奴はライデクラートの名に過剰に反応していたのう」
ネディーアールも同意する。
だから、それは怯えて、・・・考えてみればタイジって常に何かに怯えているから余程親しくしていないと反応が分かり辛いんだよな。
「ゲレト・タイジか。
結構な魔力量だが、そう言えば、まだ一度も味見していないな」
ライデクラートが舌なめずりする。
完全に肉食獣のそれだ。
「ゲレト・タイジでしたら、この時間はカゲシン城外の新師団駐屯地にいるはずです」
アシックネールがタイジの居場所を教える。
こうして肉食獣は去っていった。
腰に吊っていたメイスを上機嫌で振り回しながら。
タイジには災難だが。
でも、下手に引き留めてオレに矛先が来るのは避けたい。
それに現在のタイジにはテスナ他頼りになる貴族としての地位も高い夫人たちがいる。
何とか断ってくれるだろう、・・・多分。
すまん、タイジ。
強く生きてくれ。
オレは心の中でタイジに合掌した。
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