08-23S インタールード 帝都のあちこちで

 シャイフ・トクタミッシュは苛立っていた。

 この日、一月一〇日、カゲシンでは定例の連絡会議が開催されていた。

 政府機関各部署の代表が集まり、決定したこと、ほぼ決定したこと、これから決定しそうなこと、などを話し合う。

 別名根回し会議とも言われ、各部門の次席や事務官僚が出席する。

 トクタミッシュは施薬院の代表として出席していた。


 この日はクチュクンジが東部国境アルダ=シャール要塞を占拠したとの報告から始まる。

 驚愕の知らせに会議室は一瞬沸騰したが報告したミズラ大僧都は全く慌てていなかった。


「現在シュマリナに駐屯中のクロスハウゼン師団が既に制圧のため出陣したと聞いております。

 これは、想定されていた、事態です。

 焦る必要は無いでしょう。

 勿論、経過は随時報告いたします」


 この様子に会議室は一気に静まった。

 一部例外はいたが、参加者の大半は理解している。

「では、随時報告をお願いしたい」と、それだけでこの議題は終わった。

 勿論、トクタミッシュも理解している。

 これは『想定通り』なのだ。

 クチュクンジは『既に終わった人』である。

 現在の問題はむしろクロスハウゼン師団、そしてその若き指導者バフラヴィー。

 軍部の増長は早めに叩く必要がある。

 今回の話はそれの『対策』だろう。


 だが、続いての議題には失望せずにはいられなかった。

『宗教修行の厳格化』については、ピールハンマドの強化案がそのまま継続されると決まったのである。

 マリセア正教が支配する第四帝政では出世には宗教修行達成が必須であった。

 千日行、五百日行、百日行、それぞれ厳格で厳しい。

 だが、これには抜け道があった。

 百日行は、一〇〇日間一回の『正緑』、三〇日間五回の『譲緑』、そして宗教本科での簡便な『受戒』と『写経』を一〇~二〇年継続すれば達成できる『白緑』である。

 お遊戯会とも揶揄された宗教本科の修行を数年行えば『黄』のストアが取れる。

『黄』のストアを取った後も旬に、つまり一〇日に数回、それをある程度の年数行えば『白緑』を獲得できる。

『白緑』獲得後に、経路が整備され簡単になっている五百日行を達成するのが『賢い』修行方法とされていたのだ。

 だが、この『白緑』が廃止された。

 宗教本科の修行も厳格化され『黄』のストア獲得も厳しくなる。

 結果、不平不満が殺到した。

 政変で官僚不足の折にとんでもない、との訴えだが、上級資格の道を閉ざされた中堅の恨みが主体であることは否めない。

 トクタミッシュも『施薬院を代表』して新制度の撤回を訴えていた。

 だが、この日、発表された『緩和策』は期待外れもいい所であった。

『白緑』廃止は撤回されなかったのだ!

 緩和されたのは宗教本科の修行だけである。

 従来の『黄』が『正黄』となり、『白黄』が新設され、従来の簡便な『受戒』と『写経』の達成者にこれが与えられることになった。

 これに伴い、以前は『譲緑』以上とされていた職の一部が『正黄』に解放され、『黄』の職の大半が『白黄』で可となる。

 これにより、下級官吏の職は従前とさして変わらない形となった。

 だが、上級職を目指す中級者にとっては絶望的な話である。

 トクタミッシュ自身、あと二年ほどで『白緑』が取れそうになっていたのが、廃止により五百日行達成はほぼ不可能となっている。

 これは、トクタミッシュの施薬院主席医療魔導士就任をほぼ不可能とした。

 それどころか宗主侍医団にすら入れない。

 トクタミッシュが施薬院主席医療魔導士に就任するには、これから百日行を達成しなければならない。

 三〇歳過ぎで百日行!

 絶望的だ!




 そして、気落ちするトクタミッシュに次の議題が突き刺さる。


「カンナギ・キョウスケを新師団の師団長にするだと!

 それも、少僧正にするとは!」


 激怒したのはトクタミッシュだけではない。

 議場のあちこちから反対意見が噴出する。


「人殺し集団をまた新たに作るというのですか!

 財政が苦しいと言っているのに、そんなものに金を使うとは!

 そんな金があるのなら今回の政変の犠牲者に使うべきでしょう!」


「従来の三師団がカゲシンに戻ってこない現状があります。

 また、従前から指摘されていましたが三師団のマリセアの正しい教えに対する信仰心、帝国への忠誠心には、一部疑念も呈されており、よりマリセア正教と帝国に忠実な新師団が必要との話があるのです」


 殺到する反対意見にミズラ・インブローヒムが滴る汗を拭う。


「あの変質者として有名なカンナギ・キョウスケを師団長など、信じられません!

 男性でありながら自慰行為を公言し、ネディーアール殿下の下着を売っていた男ですぞ!」


「男性自慰行為は、現在は行っていないとの言質を取っております。

 下着の件も厳重に注意して、二度と行わないとの反省文も書かせました」


「カンナギは平民出です!

 素性のしれぬ男で、マリセアの正しい教えに対する信仰心もあやふやです。

 帝国に対する忠誠心など当てにするだけ無駄でしょう!」


「彼は百日行を達成しており、・・・」


 インブローヒムは懸命に説得を続ける。

 軍隊を新設するなど有り得ない!

 平民出を少僧正、気が違っているのか!

 反対意見は全て尤もだ。

 インブローヒム自身、数か月前であれば同様に反対意見を唱えただろう。

 だが、バャハーンギールの側近として政権中枢に入ってみれば、軍隊を廃止するなど不可能と分かる。

 平民出身者を少僧正というのも致し方ない。

 他に適任者がいない。

 ガーベラ会戦のあの日、インブローヒムは命じられてヘロンの城塞の上から戦況を見ていた。

 フロンクハイトのたった一人の枢機卿によって帝国軍は敗北寸前になったのだ。

 有能な魔導士は絶対に必要。

 カゲシン中枢が確保しておかねばならない。

 クロスハウゼン・バフラヴィーは簒奪の危険が囁かれる。

 ガーベラ・レザーワーリはヘロンに行ったまま。

 ナーディル師団は若い後継ぎを失った。

 カンナギ・キョウスケは政権として取り込んでおかねばならない男だろう。

 それにしても、ここまで反対意見が強いとは。

 特に、カンナギが所属している実務系の施薬院がこんなにも反対するとは想定外だ。


 トクタミッシュは、カンナギの新師団長就任は絶対に認められないとの思いである。

 トクタミッシュとカンナギの関係は最悪と言って良い。

 元からあまり関係は良くなかったが、決定的な破局はつい先日のことである。

 カンナギがデュケルアールの下着を売っているとの話を聞いた彼は、特別にカンナギを呼び出し『下着の実物を持っているのか』と尋ねた。

 これは勿論『一枚提供しろ』との意味であり、下着を提供すれば弁護してやるとの意味である。

 ところが驚いたことに、カンナギはこれを拒否した。

 現実を言えばキョウスケは単に貴族の流儀に疎かっただけであり、そして、この日彼に付き従っていたのはナユタたち牙族の者だけであった。

 アシックネールやスルターグナがいれば確実に、ハトンでもかなりの確率で気付いただろうが。

 拒否されたトクタミッシュは激怒した。

 トクタミッシュはデュケルアールの下着が欲しかった。

 デュケルアールはトクタミッシュの世代にとってはアイドルであり、彼女の下着を得る事は一流の男の証とされている。

 なのに、カンナギは断った。

 更に、トクタミッシュを激怒させる出来事が発生する。

 デュケルアールの胸が変わってしまったのだ!

 トクタミッシュはデュケルアールの大きく、そして程よく垂れた胸が憧れであった。

 ところが、そのデュケルアールの体型が変わってしまう。

 まるで十代後半のような品のない、張りがあり過ぎる形になってしまったのだ。

 あの大きく程よく垂れた胸が下着で包まれて揺れるのが最高だったのに!

 トクタミッシュはデュケルアールの変貌に驚愕し、その原因を探り、そしてカンナギがデュケルアールの『治療』をしたと知る。

 カンナギの無意味かつ不自然、そして美的センスのない治療の結果、あの美しい胸は失われてしまったのだ!

 こうして、トクタミッシュはキョウスケを敵と、それも不倶戴天の敵と認定したのである。


 こうして、ミズラ・インブローヒムの抵抗もむなしく、カンナギ・キョウスケの新師団長就任には条件が付いた。

 インブローヒムがカンナギに課した条件は当たり前の内容ばかりで、あまりにも安易と認定されたのである。

 ミズラ・インブローヒムは話し合いの時のカンナギの反応を思い出し、これ以上の条件について思い悩むこととなる。




 トクタミッシュが激昂していた同時刻、現宗主シャーラーンの寝室には同母弟で宗主補であるフサイミールが呼び出されていた。

 室内にいるのは、宗主とその弟、そして宗主の通訳を務める乳母のサライムルクだけである。

 切れ切れの言葉を拾いながら、話し合いは行われた。


「クチュクンジがアルダ=シャールで蜂起したと聞いた。

 誰が企てた?

 バャハーンギールか、ピールハンマドか?」


「ピールハンマドが主体ですがバャハーンギールも了承しているようです」


「どちらも馬鹿だ!」


 同母弟の言葉に宗主が吐き捨てる。


「ピールハンマドは『廃物利用』と言ったようです。

 セリガーと取引し、クチュクンジをうまく使ったと」


「セリガーと取引など自殺行為だ!

 クチュクンジだけでなく、バャハーンギールまでもか」


 宗主シャーラーンは帝国とカゲシンにとって最大の敵はセリガー、つづいてフロンクハイトと認識していた。

 牙族の脅威は吸血鬼の脅威よりも下である。

 それは、ここにいるフサイミールも同様に認識していた。


「やはり、バャハーンギールはだめだ。

 あ奴にはマリセア宗主は務まらん」


 シャーラーンは有力諸侯、具体的にはトエナ公爵系とウィントップ系の継嗣が得られなかった。

 そして、自らの健康問題が発生する。

 これから公子が産まれるとしても、少なくとも繋ぎの者が必要となる。

 当初、シャーラーンの公子はクテンゲカイ侯爵系のシャーヤフヤーだけであった。

 しかし、シャーヤフヤーに物足りなさを感じていたシャーラーンは、ゴルデッジ侯爵系のバャハーンギールを庶子から正嫡に取り立てる。

 勿論、次期継嗣と期待しての事である。

 正嫡に取り立てる以前は優秀と見られていたバャハーンギールだが、正嫡になってから馬脚を現すのは早かった。

 表面上は温厚で人の意見を聞くように見えるが、実は傲慢で横暴、そして臆病であった。

 シャーラーンは直ぐにバャハーンギールを見捨てる。

 シャーラーンが次期宗主として密かに考えていたのは、誰あろう実弟のクチュクンジであった。

 だが、それを知らないクチュクンジは暴発する。

 クチュクンジはトエナ公爵家と組んでウィントップ公爵家を潰した。

 宗主シャーラーンと弟フサイミールの母親、現宗主母后はウィントップ家の娘である。

 ウィントップ家を潰したクチュクンジを宗主とすることはもはや有り得ない。


「猊下、では、誰を次期宗主に?

 ちなみに、怠け者の自分には無理です。

 シャールフでしょうか?」


 シャールフはシャーラーンの実子ではない。

 それは、カゲシンでは公然の秘密であった。

 だが、フサイミールはシャーラーンがシャールフを次期宗主に指名する可能性はあると考えている。

 シャールフは、血統は兎も角、能力的には高い。

 実家の影響か現実主義であり、魔力量は、・・・将来的には国家守護魔導士も望めるぐらいだ。

 最近は素行を危惧する声もあるが、フサイミールからすればさしたる問題とは思えない。

 目立たぬよう言い聞かせればよいだけだろう。

 何より、シャーラーンはシャールフを溺愛している。

 色々な意味で。


「いや、クロスハウゼン・カラカーニーは賢い。

 後継ぎのバフラヴィーも馬鹿ではないと聞く。

 火中の栗は拾わぬであろう」


 全くだ、とフサイミールは思った。

 クロスハウゼンは自らの実力も限界も知っている。

 カゲシン三個師団は、軍事力はあるものの、独自の経済基盤は小さい。

 彼らが切望していたのは有力諸侯に対抗できる経済的な地盤である。

 シュマリナは彼らが求めていた最善の物であり、それ以上は必要ない。

 いや、シュマリナがクロスハウゼンの確たる基盤となるまでは、カゲシン中央には手を出さないだろう。

 下手に手を出せば、有力諸侯と他の二個師団を敵に回し、滅亡する可能性が高い。

 そして、バフラヴィーとシャールフという、どちらが上か明確に定まっていない若き有力魔導師を二人抱える軍閥は分裂の芽を内在している。

 シャールフがバフラヴィーとの関係をより密にしたいと願ったのをバフラヴィーが拒絶したとの報告も入っている。

 クロスハウゼンは、しばらくは、粛清する必要は無いのだ。

 バャハーンギールもピールハンマドもそれを理解していない。


「では、誰を?」


「バクルアブーはどうだ」


 名を挙げられてもフサイミールは直ぐには思い出せなかった。


「ああ、タルフォート伯爵ですか。

 確かに、最も近い親族になりますか」


 タルフォート伯爵家は二〇年と少し前に断絶し、正確には断絶させられ、前宗主の同母弟が養子として入った家である。

 つまり、タルフォート・バクルアブーはシャーラーン、フサイミールにとっては従兄弟になる。

 同母弟の息子であるから従兄弟の中では血統的に最も近い。


「ガーベラ会戦では最前線で戦い、諸侯の受けもよい。

 息子の出来も良いと聞きます。

 確かに名案かもしれません」


「年齢的に息子の方を養子とし、父親に後見させる。

 それしか、あるまい」


 フサイミールはシャーラーンの命に従うと返答した。

 しかし、とフサイミールは思う。

 確かに、人選としては最善ではあるが、問題はそれを周囲が許すか、だろう。

 この宗主寝室、壁の後ろには護衛の兵士が控えている。

 宗主護衛騎士団の人員を宗主は無条件で信用しているが、どうだろう。

 隣室で様子を伺っている侍女たちも、だ。

 宗主が失明して以来、その支配力は急速に劣化している。

 バャハーンギールかピールハンマドのどちらか、あるいはその両方に情報が伝わるのは時間の問題だろう。




 マリセア・ユースフハーンは苛立っていた。

 ユースフハーンは現宗主シャーラーンの弟であり、現在カゲシンにとって最も頼りとすべき領主アナトリス侯爵系の公子である。

 つまり、政権中枢に入ってしかるべき存在なのだ。

 だが、何故か声が掛からない。

 何度も申し入れて、やっと政権の決定事項は事前に知らせるとの言質を取ったが、今日の連絡会議もその内容が伝達されたのは会議の直前である。

 アナトリス侯爵家の息女のバャハーンギールへの輿入れについても、知らされたのは決定してからだ。

 無礼にもほどがある!

 だが、バャハーンギールもピールハンマドもユースフハーンを無視する。

 最近では、そもそも面談すらかなわない。

 宗主は面会謝絶になっている。

 唯一、ユースフハーンと面会してくれるのは兄のフサイミールだけだが、彼はブンガブンガの話しかしない。


 本日の連絡会議、色々と揉めていたがユースフハーンが問題にしたのは旧ミッドストン領への軍の派遣である。

 トエナ侯爵領に近い旧ミッドストン伯爵領の管理と防衛のため軍が派遣される。

 隣接するクリアワイン伯爵軍に加えてカゲシンからは拡充されたばかりのモーラン師団、そしてタルフォート伯爵軍。

 ユースフハーンが激怒したのはこの軍の総司令官、宗主の代理としてタルフォート伯爵が選定されたことである。

 宗主だけでなくバャハーンギールもシャールフも出陣は困難。

 フサイミールが辞退したとのことで『宗家一族代表』としてタルフォート伯爵になったという。

 ユースフハーンには打診すらなかった!

 ユースフハーンはこれまで自護院関係の役職には着いたことはなく、昨年九月の出兵では未成年であるシャールフの補佐としての従軍を打診されたが拒否した実績もある。

 いや、ユースフハーンにはそもそも政府機関で何らかの役職を勤め上げた実績がない。

 成人してから何度か役職に就任したのだが、名誉職であっても余計な口出しをして問題を引き起こし、解任されていた。

 各方面で問題を引き起こした結果、人望も地に落ちている。

 誰もユースフハーンを軍の総司令官になどしたくはない。

 タルフォート伯爵という人選は妥当なところである。

 ユースフハーン以外の者にとっては、だが。


「クソッ、誰も、彼も、・・・」


 自宅に戻り激高し続けるユースフハーン。

 使用人たちはそれを静かに見守る。

 激高している主人に声をかけるのは危険なのだ。

 ややあって、鎮静化してきた所に執事が声をかける。


「閣下、閣下に密かに面会を希望している者がおります」


「ほう」


 この主人は密謀とか密会とかいうものが大好きだ。


「アーガー・シャーフダグ、と、本人は名乗っております」


「なんだ、それは?」


 流石のユースフハーンも戸惑った顔になる。


「はい、本来は『カゲシン裏の院』で罪を償っているはずの人物です」


 カゲシン裏の院は政治犯を隔離幽閉する施設である。

 場所はカゲシンのお山のさらに奥。

 一般人ではたどり着くことすら困難な場所だ。

 余程の体力と地理に詳しくなければ抜け出すことは不可能である。

 アーガー僧正家の嫡子であったシャーフダグは、エディゲ・ムバーリズッディーン殺害の罪でそこに収監されていた、はずである。


「調べましたが、裏の院から出されたとの記録は有りません。

 脱走したとの記録も有りません。

 書類上は今も裏の院にいるはずの人物です。

 ですが、シャーフダグの知り合い何人かに確認させたところ、恐らく本人だろうと」


「恐らく、とはなんだ!」


「魔力量が異常に増えているのです。

 どうやら、吸血鬼に転化したようでして」


 ユースフハーンは絶句した。

 政治犯収容所にいるはずの人間が、吸血鬼となって脱獄し密かに会いに来ている。


「なにが目的だ。

 まさか、・・・私を殺す気ではないのか?」


 執事は心の中で苦笑したが顔には出さない。

 この主人は自分が政府の最重要人物だと思い込んでいる。

 執事はユースフハーンに近づくと声を潜めた。


「いえ、閣下の政敵、アーガー・ピールハンマド宰相を殺したいので協力してほしいとの事です。

 閣下にとっても良い話だろうと、主張しております」


 カゲシンという都市は暗殺が横行する魔窟である。

 だが、殺人、特に政府要人の暗殺は重罪であることも事実だ。

 強力な魔導士による『威圧』という手段が存在するため、暗殺を行うとしても貴族本人は関わらないのが常識である。

 暗殺実行者と直接会うなど論外だ。

 ユースフハーンは呆気にとられ、考え込み、そして答える。


「いや、いくら何でもそのような不審者に会うことはできん。

 何故、私が直接会わねばならぬのだ?」


「当人は、閣下と直接交渉したいと言っております」


「ますます、意味不明ではないか。

 其方はこれを信じろというのか?

 いや、そもそも、其方は直接会ったと言うのか?」


 暗殺を依頼する場合は貴族と実行犯の間に二人は介すべきとされる。

 暗殺犯に直接依頼していないという『真実』を作るためだ。


「会いました。

 危険は承知しておりますが、一つ、気になることを言っておりまして。

 その者は、帝国玉璽を持っていると主張しているのです」


 ユースフハーンの動きが止まった。

 現在、カゲシンに帝国玉璽はない。

 正印も、二つあった仮印もない。

 クチュクンジに持ち去られたのだ。

 現政府は急遽、『仮印の仮印』を作製して使用している。

 政務に支障はないとバャハーンギール、ピールハンマドは主張している。

 だが、第一帝政から伝わる帝国玉璽が帝国の正式な支配権の証とされているのもまた事実だ。

 故に、現政権は正統性に欠けるとの意見は絶える事が無い。

 バャハーンギールたちもそれを取り戻そうと必死になっている。


「その者は、どこで帝国玉璽を手に入れたというのだ?」


「それに付いては言葉を濁しています。

 ただ、彼が手にしていたそれは、少なくとも外見は『帝国玉璽』と思われます。


 帝国玉璽は、元は簡素な作りだったとされる。

 だが、第二帝政から第三帝政にかけて装飾が付与され、豪華な外観となっていた。

 財力が無ければ複製品ですら作れない。


「確かに、それは交渉する必要がありそうだな」


 ユースフハーンは舌なめずりした。




 ━━━第一帝政はKFCという絶対的強者が事実上のトップの政体であった。第二第三帝政ではKFCのような絶対的な強者が存在せず、誰が最強なのかを巡って争いが続くこととなる。━━中略━━第四帝政においては宗教指導者という文民がトップに立つことにより、誰が最強かを巡る不毛な戦いに終止符を打った。しかしながら、今度は強力な魔法使いの統制に苦慮する事となる。━━中略━━ガーベラ会戦で台頭したKKという強力な魔法使いの取り扱いは時の政権にとって極めて重要な問題であっただろう。━━中略━━KKをどの軍閥に所属させるか、あるいはさせないかで、情勢は大きく変化する。どちらにしろ、KKは厚遇すべき対象であった。━━中略━━平民出のKKの抜擢には多くの摩擦が見込まれた。政権はそれを排除すべきであった。実際、そうすべきだと進言した軍事関係者は少なくなかったという。だが、時の政権でその声はあまりにも小さかったのである。━━━

『ゴルダナ帝国衰亡記』より抜粋

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