08-22 To be or not to be, is that the question? 逃げるべきか逃げざるべきか、それは問題だろうか?

 時刻は丁度夕刻。

 オレはアフザルを夕食に誘った。

 こいつは、かなりの事情通なのだ。

 口も堅く、オレとの関係も悪くない。

 相談相手としては最適だろう。

 デュケルアール寝室に行く時間が遅れるが致し方ない。


 場所は以前もアフザルを招待したレストラン。

 カゲシンではそれなりに高級な部類に入る飲食店だ。

 例によって一番高い肉、ステーキという名の牛肉五キロの塊を注文し、オレは徐に今日の会見を話した。

 ネディーアール関係は伏せたが。

 アフザルは嬉しそうに肉を食べながら話を聞き、例によって五キロの肉を完食してから話し始めた。


「まず、根本的な話としてカゲシンの第四帝政はマリセア正教宗主がトップの政体だ。

 トップが直接軍事権力を持たないという稀有な政体なんだよ。

 それ故に、歴代宗主、そして宰相は軍部の統制に苦慮してきた」


 まあ、そうだろうな。


「第四帝政が成立して二〇〇年。

 帝国内外の動乱は今回が初めてじゃない。

 カゲシン中央から軍が派遣されたのも今回が初めてじゃない。

 将軍が手柄を立てたのも今回が初めてじゃない。

 君も歴史書は読んだだろう?」


「確かに、手柄を立てた将軍は何人もいるな」


「その将軍たちの最後は例外なく悲惨だ」


「うん?

 確かに、横暴になって反乱を企てて粛清ってーのはいるが、全員ではないと思うが」


「歴史書ではね。

 だが、我が家に伝わる所ではそうではない。

 反乱を企てたっていうのも濡れ衣が多いし、自然死になっているのも実は暗殺っていうのが多い。

 手柄を立てた将軍のほぼ全員が粛清されているんだ」


「本当か?

 歴史書ではそんなことは書いていないが」


「書けるわけがないだろう。

 それだけカゲシンのトップは軍部による簒奪を恐れていたんだよ。

 勿論、現在も恐れている。

 だが、軍部を徹底的に粛清し続けていたから二〇〇年間、直接軍事力を持たない政権が維持されたのはあるんだ」


 一面では正しいんだろうな。


「カゲシン政権にとって、いや、カゲシン宗教貴族全体にとって軍隊は必要悪だ。

 地方の反乱を押さえるためには軍隊が必要。

 宗教貴族は軍部を人殺しの集団と蔑みながら、それを必要とし、そして恐れてきた。

 だから、手柄を立てた将軍を粛清し続けてきた。

 現在は国母とされているニフナニクス様にしても、我が家には『粛清された』って伝承が伝わっている。

 彼女がマリセア正教の教義に反していたって話なんだが、結局は彼女の権威と軍事能力を恐れたのだろうね」


 権威と軍事能力を恐れたのはあるだろう。

 ニフナニクスがマリセア正教の教義に反していたのも確実だが。


「軍部も馬鹿だよな。

 何で、そうやすやすと粛清され続けたんだ?」


「そこら辺はうまくやった、というか、謀略では宗教貴族が上だったんだろうね。

 過去の例だと、軍の指導者が宗主や宰相と個人的に友好関係を築いて難を逃れようとした例もあるんだけど、個人的な繋がりだけじゃダメなんだよ。

 宗教貴族全体が軍隊の敵なのだから。

 宗主や宰相が庇っても、どこかから罪状が作り上げられてしまう。

 そうして、気が付けば『反乱・簒奪の証拠と証人』が出来上がっている」


 周囲が寄って集って粗さがしをして罪状を作り上げるわけか。


「特に危ないのが宗家一族を潰した場合だね。

 宗家の血統は神聖不可侵。

 たとえ対立した相手でもそれを殺した将軍は許されない。

 殺せと命令しておいて、いざ殺したら殺した将軍を始末するんだから、軍側からすればたまったもんじゃない。

 今回、クロスハウゼンはクチュクンジ殿下を取り逃がしたって話だけど、あれ、わざとじゃないのかい?」


 オレは黙って首を縦に振った。

 これぐらいは教えても良いだろう。


「やっぱりか。

 正解だろう。

 クチュクンジ殿下を始末していたらカラカーニー殿かバフラヴィー殿のどちらかは確実に死罪だったよ。

 それも、直ぐにね。

 過去の例では凱旋式挙行を許されて、その凱旋式での食事会で毒殺されたって例もある。

 公式には以前から病気があって、それを隠して敵を討伐、直後に力尽きて死去って話にされたけど。

 その死亡診断書を書いたのがうちの祖先だよ」


 独裁政権での歴代医者の家系って、政権の裏面を記録し続けるんだな。

 何かの時の取引材料とか、保身にも使える。

 秘密を知るのは危険だが、知ってしまった以上は有効活用するってことだろう。


「あれ、クロスハウゼン・カラカーニー閣下は前回の戦いで勝利したんだろう。

 なんで無事なんだ?」


「あの時は、カラカーニー殿の息子二人が戦死しているからね。

 残っているのは四〇歳超のカラカーニー殿と年齢一桁の孫だけ。

 粛清しないでも大丈夫とされただけだよ」


「じゃあ、今回のバフラヴィー様は危険なんだな?」


「そう、極めて危険だね。

 五〇過ぎのカラカーニー殿が手柄を立てたのであれば見逃されたかもしれない。

 だが、二〇代、それも前半のバフラヴィー殿は危険すぎる。

 バフラヴィー殿ほどではないがベーグム改めガーベラ家のレザーワーリ殿もかなり危険だ。

 戦いの前夜に家督を相続してそれで劇的な勝利だからね」


「だが、現在のカゲシンにはトエナ公爵家という明確な敵が残っている。

 クチュクンジ殿下も捕まったわけじゃない。

 それで、クロスハウゼン家やガーベラ家を敵視するっておかしくないか?」


「ああ、それは軍人の意見だね」


 オレの疑問にアフザルは明確に首を振った。


「カゲシンの宗教貴族の間では、もはやトエナ公爵家は敵と見做されていない。

 トエナ家は最初の仕掛けが不発に終わった。

 クチュクンジ殿下は行方不明で、せっかく獲得した旧ウィントップ領も大半を手放している。

 そのうちカゲシンに恭順するのは確実と見られている。

 勿論、しばらく条件闘争は続くが。

 トエナ家は大きな領地を抱えた名門貴族だが、国家守護魔導士どころか守護魔導士すらいない。

 それにトエナ家は地域領主で過去にカゲシンに進軍してきた例もない。

 軍事的には大きな脅威ではないと見做されている」


「いや、トエナ家はウィントップを潰すのにスラウフ族と協力してたんだろう。

 クチュクンジはセリガーとも通じていたって話も有る。

 ケイマン族もフロンクハイトも滅亡したわけじゃない。

 トエナ問題が終わりって言い切るのは危険だぞ」


「その通り。

 私もそう思う。

 医学に例えれば、化膿していた傷が治ってきたところで、まだ化膿していない、腫れているだけの炎症部位をつついて傷を作っているような感じだ。

 最初の傷がまた悪化する可能性は少なくない。

 だけどね」


 アフザルはため息をつき、それを洗い流すようにワインを飲んだ。


「カゲシンの宗教貴族は謀略の世界に生きている。

 宗教貴族っていうのは、我ら施薬院、あるいは自護院のような明確な手柄というものが存在しない。

 祈祷で頑張ったって言われてもね。

 彼らの出世は同僚を蹴落とすことで得られるんだ。

 だから、常時ライバルの粗を探し、謀略と暗殺を繰り返している。

 昨日の敵は今日の友、今日の親友は明日の宿敵、そーゆー社会なんだよ。

 頻繁にパーティーを開いて敵味方を峻別しているのもそのためさ」


 オレ、今回カゲシンに帰ってから、かなりの数のパーティーに招待されてるけど、全然出ていない。

 これ、まずかったかね?


「そんな彼らの最大の特性が、最も危険な敵を集中して叩くっていうことさ。

 宗教貴族全体の敵と認定されたら、対立を乗り越えて一致団結して攻撃する。

 そして、軍事貴族は以前から宗教貴族の目の敵だ」


「そー言えばネディーアール殿下の百日行の時も妨害が酷かったな」


「まあ、そうだろうね。

 宗教貴族でもめったに達成できない百日行を、軍事貴族系のネディーアール殿下が達成なんて絶対に許容できない。

 宰相ぐらい上になれば色々と利用価値を認めるけど、中堅以下にとっては嫉妬で悶え死ぬ話なんだ。

 当時、下の方の宗教貴族たちの中にはネディーアール殿下の百日行が達成されたら死ぬとまで言っていた者がいたぐらいだよ。

 ネディーアール殿下が死ぬか自分が死ぬかのどちらかだと。

 そう言いながらその人物は今も普通に生きているけどね」


 パーティーに出席する、しないで、敵味方か。

 そー言えば、シャハーン・アウラングセーブがしきりに貴族の最も大事な仕事は社交だって言ってたが、あながち嘘でもないのかね。


「そんな怨嗟の的である軍事貴族が、カゲシンに戻ってこない。

 君たちからすれば、一か月かそこらで問題視する方がおかしいと思うだろうけど、宗教貴族側からすれば宗主の命に三日でも遅れれば叩くのに充分な理由になる。

 現在はクロスハウゼン家が標的になっているけど、ガーベラ家も潜在的には厳しい。

 トエナ公爵家も、カゲシンに協力してクロスハウゼンを叩くことで、身内に復帰するはず。

 何故なら、自分たちならそうするからだ。

 クロスハウゼンを叩くことでトエナ家は今回の不始末を有耶無耶にできる。

 この機会を逃すほどトエナ家は馬鹿ではないはずってことさ」


「トエナ家が実際にどう考えているのか、本人に聞かずに判断するのか?」


「カゲシンの宗教貴族にとっては当たり前すぎる理屈なんだよ。

 トエナ家がこれをしなかったら、個人的にはその可能性は少なくないと思うが、カゲシンは大騒ぎになると思う」


 何とも、ね。


「そう言えばナーディル師団はどうして戻ってこないんだ?

 自護院でも結構な話題だが?」


「ああ、その話ね」


 アフザルが声を出さずに笑う。


「ここだけの話だが、クロスハウゼン討伐を命じられるのを恐れているそうだよ」


「それ、セヴィンチの情報か?」


「ナーディル師団は今回の戦いで跡継ぎのセイフッディーン殿を失っている。

 しばらくは内部を固めたいってことさ。

 バャハーンギール殿下に対してはクテンゲカイの内紛を理由にしているそうだが」


 みんな用心しているわけか。


「セヴィンチはクテンゲカイの内紛はナーディル家にとって幸運だったと言っていた。

 はっきりとしない、・・・いや、これは私の勘だが、ナーディル家はカゲシンに戻る気はないのだろう。

 元々、ナーディル師団はシャーヤフヤー殿下系でバャハーンギール殿下とは敵対関係だった。

 バャハーンギール政権下では冷遇される、使い潰されると考えているのだろう。

 その危惧は間違いではないと思う。

 バャハーンギール殿下が信頼しているのはガーベラ師団だけだと思う」


「そうなのか?

 これも、ここだけの話だが、ガーベラ・レザーワーリは勿論、師団幹部たちはバャハーンギール殿下には付き合いきれないと言っているが」


 オレはベーグム・ニフナレザーが捕虜になりアリレザーが死去した顛末を語った。


「うーん、そうだったのか。

 今の話だと、ベーグム家、いやガーベラ家の恨みは深いのだろうが、バャハーンギール側はそうは考えていないと思う。

 何故ならガーベラ家には充分な恩恵を与えてきたと考えているからね。

 ガーベラ家が中央から離反しようとしているなんて知ったら大変な騒ぎになると思う」


「あれ、さっきガーベラ家も危ないって言っていなかったか?」


「カゲシンの宗教貴族全体の意見としてはそうだよ。

 だから危険。

 ただ、バャハーンギール殿下とその側近たちは、ガーベラ師団は自分たちに忠実だと信じ切っている。

 ガーベラ会戦でガーベラ師団に勝利を与えてやったのはバャハーンギール殿下という認識なんだ。

 自護院側から見れば、勝利は自分たちの奮闘の結果だろう。

 だが、バャハーンギール側はそう考えてはいない。

 だから、ガーベラ師団はバャハーンギールにとっても感謝していると考えている。

 少なくとも私が掴んでいるところではそうだ」


「それ、一方的な思い込みじゃないか」


「今のカゲシンにはその辺りを助言する者がいない。

 自護院系の貴族の大半はシャーヤフヤー殿下についていた。

 バャハーンギール殿下に対しては良い感情を持っていない。

 彼らが政権中枢、多少意見が言えるところに戻ってくるのは早くても一年後だろう。

 エディゲ家が壊滅したのも大きい。

 エディゲ家と共に実務派の官僚が大量にいなくなった。

 現在のカゲシン中枢には宗教系貴族しかいない。

 所謂『世俗派』はほぼいない。

 宗教系の穏健派と過激派だけだ」


「つまり、宗教貴族の常識だけで動いていると」


「私が聞いているところでは、宗主シャーラーン猊下は、トエナは危険、トエナから目を離すな、クチュクンジを確実に捕らえろ、クロスハウゼン対策は急ぐ必要はない、などと言っているそうだ。

 だが、誰も聞いていない。

 政権はバャハーンギール殿下とピールハンマド宰相に握られているようだね」


 うーん、宗主の方がまともだとは。


「オレに対してクロスハウゼンと手を切れって言うのも、その宗教貴族の常識なのか?」


「そうだね。

 今回の話はバャハーンギール殿下系のようだけど、ピールハンマド殿も同じ意見だと思う」


 太っちょが頷く。


「カゲシンの政策として、従来から三師団間の婚姻を禁止していた。

 互いに戦わせる時に支障がないようにって話なんだよ」


「三師団間の婚姻禁止なんて法律があるのか?」


「あるわけないだろう。

 だが、今回、君がやられたように貴族間の婚姻には宗主の許可を得る事になっている。

 この制度によって、事実上禁止にできるわけさ。

 建前の理由なんていくらでも付けられるからね」


 成程、政権にとって不都合な婚姻は排除できる仕組みなわけだ。

 良く考えるものだな。


「それだけ、政権側が軍部の師団間の連携を危険視しているってことだよ」


「じゃあ、今回のクロスハウゼンとガーベラの同盟は知られていないんだな」


「え、何を言ってるんだい?」


 アフザルは色々と情報を提供してくれるが、こーゆー関係は一方通行では継続しない。


「ここだけの話だぞ。

 ガーベラ・レザーワーリは第一正夫人にクロスハウゼン・ガイラン・トゥルーミシュを迎えた。

 クロスハウゼンとガーベラが同盟を結んだんだ。

 二人は今回の凱旋式の後、正式な届け出もせずにヘロンに戻っている。

 今回の婚約・婚姻の届け出日にも何もしていない。

 しばらくは公にしないと言っていたが、そーゆー背景があるんだな」


「それは本当かい!」


 太っちょアフザルが驚愕している。


「本当ならカゲシン中が大騒ぎになる」


「本当だ。

 レザーワーリの弟と、一族の第二魔導大隊長もトゥルーミシュの侍女、ガイラン一族の女性を第一正夫人に迎えた。

 三人同時に初夜の儀を行っている」


 あの『ガーベラ』の話は、しない方がいいだろう


「なんだって!

 三人同時なんて滅茶苦茶強固な同盟じゃないか!」


 アフザルが興奮して立ち上がる。


「レザーワーリ殿は兄ニフナレザー殿の第一正夫人をそのまま第一正夫人に迎えたと聞いていたが」


「名目だけだな。

 ろくに会いもせずにヘロンに戻った。

 彼女はニフナレザー殿の出征にも同行していないから不審には思っていないらしい。

 トゥルーミシュとは正式な婚約や婚姻の届け出はしていない。

 数年は様子見で既成事実を作ってから申請するとか言っていた」


 なんでそこまでと思っていたが、今回のオレの件を考えれば当然の対応だったんだな。


「繰り返すが、ここだけの話だぞ」


「ああ、分かっている」


 アフザルは椅子に座りなおすと再びワインを口にした。


「しかし、・・・なるほど、君の危惧が良くわかったよ。

 新師団長になってクロスハウゼンと戦うとなったら、ガーベラまで敵になるってことか」


「そーゆーことになるな」


 アフザルが黙り込む。

 ややあって彼は話を再開した。


「改めて思うのだが、今回の話は君が言うように性急に過ぎる。

 アシックネール殿とは『婚約届』なのだろう。

 つまり、正式な婚姻までは一年の猶予があるわけだ。

 カゲシン貴族の普通のやり方なら、『婚約届』は受理しておいて一年かけて破談にもっていっただろう。

 それが、『婚約届』すら受け付けないとなると一年以内に事を起こすという話になる。

 つまり、新師団を対クロスハウゼンに使うという事なのだろう。

 編成したばかりの師団で帝国最強とされるクロスハウゼン師団に勝てるとは、・・・いくら軍事に疎くても流石にそこまで楽観的ではないだろう・・・・・・」


 事情通の男がまた考え込む。


「私が君の立場なら、・・・どうにか辞退できないのかい?

 ほら、若年に過ぎるからとか」


 ちょっとだけ考える。


「多分、無理だな。

 他に適任者がいない」


「だったら、逃げるしかないね」


 アフザルがため息をついて語る。


「正直、君のような才能を失うのはカゲシンにとって大きな損失だと思う。

 だが、この状況で師団長に就任するのは、自ら短い藁を選ぶようなものだ。

 君の才能なら、食べていくだけならどこでも可能だろう」


 やっぱ、そーゆー結論になるか。


「恐らくだが、君がカゲシンから離脱した方が、カゲシンで暮らす我々は安全になると思う。

 君がいなくなれば、カゲシンがクロスハウゼンと真正面から戦うという選択肢は無くなるからね」


 言われてみればそーだな。

 新師団の将兵も無理な出征がなくなるから、彼らの命を救うってことにもなる。


「忠告有難う。

 しかし、宗教貴族たちは何を考えているんだ?

 オレに作らせた急造師団でクロスハウゼン師団に勝てると本気で考えているのかね?」


「新師団だけで、というのは流石にないだろう。

 だが、新師団も必要、なのだと思う。

 恐らくだが、何か謀略を仕掛けるんじゃないかな。

 近い将来何か動きがあると思う」


「例えば、暗殺とかか?」


「うーん、この場合、暗殺は可能性が低いと思う。

 バフラヴィー殿がカゲシンに戻ってくるなら可能性はあるだろうけど、シュマリナでは手が出ない。

 多分、他の事、・・・まあ、これ以上は君の方が詳しいんじゃないかな。

 私は軍事には疎い」


 確かに、そうだな。

 しかし、・・・何があるんだ?


「ところで、良ければ私にも助言をくれないか。

 百日行の突破方法について、なんだが」


 詳しく教えた。

 考えてみれば、逃げる以外に方策は無い。

 オレ、誰かに背中を押してほしかったんだな。

 問題は、何時、何処に、どの様に逃げるか、だろう。




 アシックネールには事実を話して相談した。

 婚約届が受理されなかったのは彼女も知っている。

 事情を話さないわけにも行かない。


「私としたことが、その可能性は考えていませんでした」


 赤毛が悔しそうに呟く。


「正確には考えてはいたのですが、こんなに早くその話が出るとは思いませんでした。

 クロスハウゼンがシュマリナに入ってまだ一月ですよ。

 いくら何でも早過ぎます。

 バャハーンギールかピールハンマドかは分かりませんが、何を焦っているのでしょう?」


「焦っているというか、企んでいるのかって話だな。

 分からんが、客観的に見てもオレが新師団一個でクロスハウゼンとガーベラの二個師団を相手にするのは無理だ。

 クロスハウゼンと手を切るのはオレ個人としても下策だろう」


「まあ、そーですよね」


 取りあえず、カゲシン離脱は決定。

 時期は一か月後を目安とした。

 逃げると言っても準備は必要である。

 二月末が返答期限だが、期限間近まで粘ると監視が強化される可能性が高い。

 であるから、一か月後だ。

 そのころにはデュケルアール様の発情もかなり収まっているだろうし、捕虜と接待の妊娠処置も終わっているだろう。

 脱出先は取りあえずシュマリナ。

 センフルール方面も魅力だが、アシックネールと相談している現状、他に選択肢はない。

 黙って他に行ったらクロスハウゼンから裏切り者扱いされる可能性もある。

 何処に落ち着くにしてもクロスハウゼンとは可能な限り円満な関係を維持するべきだろう。

 最終的にどこに行くかはシュマリナに行ってからだな。


 ネディーアールにはギリギリまで知らせないことにした。

 彼女は決して馬鹿ではない、つーか賢いが、激情型の性格である。

 何かのはずみに噴火されたら拙い。

 ハトンとナユタには知らせることにした。

 脱出準備には人手が必要である。


「それにしても、上は何を企てているのかね。

 何かの期限でもあるのか?」


「期限ですか、その可能性もありますね。

 問題はその中身ですが」


 二人で考えたが、何も浮かばない。

 解答は数日後に判明した。

 自護院に一報が入ったのである。

 クチュクンジが東部国境のアルダ=シャール要塞を占拠したと。

 あり得ない報告であった。

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