08-21 女性問題と婚約
帝国歴一〇七九年が暮れ、一〇八〇年が明けた。
オレがカナンに来て二回目の元旦である。
そう、二回目だ。
昨年の今頃は、そう、モローク・タージョッと婚約って話だった。
なんか、ものすごく昔に感じる。
昨年の年末も忙しくしていたが、今思えば大したことは無かったとしみじみ思う。
たった一年後に仮とはいえ旅団を率いる立場になるとは夢にも思わなかった。
一昨年末の十二月には訓練で分隊長。
昨年の九月の時点で中隊長だったんだよな。
なんで、こうなった?
よく分らんがとにかくモーレツに忙しい。
上は、ネディーアール旅団を正規編成どころか師団に拡充するとまで言い出している。
現在、旧ウィントップ領が絶賛崩壊中で大飢饉。
極めて悲惨な状況だそうで、避難民がカゲシンに南下してきている。
その難民から兵を募って、正確には難民担当官が勝手にかき集めてこちらに送り込んでくる。
一方的に兵員という名の難民を送り込まれる方としてはたまったもんじゃない。
統率する士官も下士官も絶対数が完全に圧倒的に足りていないのだ。
訓練どころか、旧三師団の兵舎を借り受け、そこに放り込み、衣食住を与えているだけ。
旧三師団の施設と言っても、空いているから自由に使えと上はいうが、それぞれの師団の了承は全くとっていない。
オレは勿論、レニアーガーもこれらとは喧嘩したくない。
三師団のカゲシン残存事務官と折衝して一部施設の一時的使用許可を貰った。
これまた、えらい手間である。
ウィントップ避難民の徴兵は旧ウィントップ領奪回のためという名目。
本当に旧ウィントップ領に向かうのだろうか?
この部隊で?
ユーウツなんてもんじゃない。
個人的な話も有る。
レニアーガーから申し込まれたスルターグナ譲渡の件だが、取りあえずシャイフには相談した。
オレからは、スルターグナが去ってもシャイフとの関係を断つつもりはないことを伝えている。
シャイフ自身は躊躇していた。
オレは婚約解消したタージョッとも変わりなく交流している。
シャイフとしてはオレを疑うことはしないが、世間的には別だ。
貴族の風習として婚姻関係が切れるのは、関係断絶と見做される。
そんなことでシャイフは消極的なのだが、スルターグナ自身はそうでもなく、そして、スルターグナの実家ルカイヤ僧都家は極めて積極的だった。
こちらの貴族子女の婚姻先だが、女性が多い世界なので、上の階級から下の階級に女性が降ってくる。
僧都家跡取りの第一正夫人には大僧都家の娘、大僧都家の第一正夫人には僧正家や少僧正家の娘、僧正家・少僧正家の第一正夫人には宗家の内公女となる。
であるから貴族子女の婚姻は、下位貴族の第一正夫人、同格貴族の第三正夫人、上位貴族の側夫人ってところだ。
レニアーガーは現在少僧都。
だが、彼は現在大隊長で、恐らくは連隊長になる。
大隊長は僧都、連隊長は大僧都が定番。
それの第一正夫人はかなり魅力らしい。
そんなことで、レニアーガー家、シャイフ家、ルカイヤ家で折衝が続いていた。
で、結果だが。
「私が産んだ子供が男の場合はシャイフ家が養子として貰い受ける事に、女子の場合は私とレニアーガー様の管轄ってことに決定しました」
スルターグナが満面の笑みで報告してきたが、良くわからない。
「なんで、スルターグナが産む子供の話になってんだ?」
「そりゃ、こーゆー場合はそうだと思いますけど」
「へー、じゃあ、レニアーガーの所に行った日から頑張ると」
「なに言ってんですか!
私が産むのはご主人様の子供ですよ!」
聞けば、今回のように夫人を譲渡する場合は妊娠させてからが『常識』だという。
「貴族の関係は婚姻が基本だからね。
子供とか親族がいない場合は妊娠した女性をおなかの子供ごと譲渡するのが一般的だよ。
生まれた子供が女子なら将来の正夫人候補、男なら自分の娘とめあわせてっていうのが多いかな」
横にいたタイジにも呆れられてしまった。
レニアーガーも最初からその気で言っていたらしい。
オレ、まだまだ知らない常識が多いんだな。
「分かった。
数か月待ってもらえるか」
「それは、当然」
オレが了承するとレニアーガーは嬉しそうに頷いた。
数か月前なら断固拒否していたな。
だが、カナンではこれが常識なのだ。
考えてみれば『接待』で孕ませてくれってーのと似たような話だし。
捕虜と接待女性を何人も種付けした身としては今更である。
スルターグナであれば、まだ気が楽な方だ。
多分、精液注入法でなんとかなるだろう。
「それで、ですね」
スルターグナがオレに寄ってきて耳元で囁く。
「ご主人様、男女産み分け法を開発したんですよね」
えーと、男女産み分けはコイツには教えていなかったように思うんだが、・・・気付いちゃったか。
こいつも、この世界では医者として優秀な部類だ。
「それ、秘密にしといてほしいんだが」
「分かっています。
でも、今回だけは私の希望を通してもらえたらと思いまして」
「分かった。
オレの方法も絶対じゃないが、可能な限り希望に沿うようにする。
で、どっちだ?」
「オトコの娘が希望です」
・・・・・・なんか意味不明の単語が聞こえたような、・・・。
「男、だよな?」
「いえ、オトコの娘、です。
具体的にはこんな感じの、・・・」
例の『歴史的文化芸術資料』の一冊を取り出し、表紙のキャラを指し示すスルターグナ。
表紙には『麗しきマリセアの精霊、精霊界はオトコの娘でいっぱい!』とある。
オレは瞬時にそれをひったくって亜空間ボックスに放り込んだ。
ここは旅団司令部で、レニアーガーやタイジたちだけでなく旅団幹部や幕僚、事務員がいる。
「ちょっと、それ、私の渾身の最新作ですよー」
「お前、何持ち出してんだよ!
オレまで同類に見られかねんじゃないか!」
「ご主人様は今更ですよ」
「宗教的に拙いだろ!
不敬罪で告発されるぞ!」
「私の画力と敬意の全てをつぎ込んで美麗に描いたマリセアの精霊のどこが不敬だって言うんですか!」
「敬意をつぎ込もうが、マリセアの精霊が他の男と絡まってる段階でダメだろ!」
「絡まってるじゃなくてマリセアの精霊が配下のオトコの娘精霊の敬愛を受け止めているだけです!
精霊同士の愛情表現ですよ!」
あー、そー言えば腐女子ってキャラを敬愛しているからハードコアに描くんだったな。
「なんにしろ、男と女の産み分けは兎も角、オトコの娘への産み分けなんてできん」
「えー、そーなんですかぁー」
何故か愕然としているスルターグナ。
「『歴史的文化芸術資料』では、オトコの娘とフタナリは男でも女でもないってありますよ!」
「医学書には男と女しか載ってないだろう」
小声で論争するオレたち。
「じゃあ、せめて美形の男子で!」
「それも保証は出来ん。
オレとお前の遺伝子で作られる子供だぞ。
鏡を見てから考えろ」
先輩腐女医ナカミ・コナタさんの話だが、インフルエンザ予防接種のバイトに行ったら特徴的な名前の兄弟がいたという。
「え、長男・綺羅、次男・亜子蘭って、キラとアスランなの!」
無茶苦茶テンションが上がったコナタさんだが入ってきたのは一〇歳と九歳の手足短め低身長で丸顔丸体型の兄弟だったという。
思わず「ああっ」と落胆してしまったコナタさんに、一緒に入ってきたやはり丸顔丸体型の母親が「すいません、すいません」と謝ってきたという。
「つい、舞い上がって推しの名前を付けてしまいました」
「ああ、生まれたばかりの赤ん坊ってキラに見えますものね」
「鏡を見てから付けるべきでした」
「貴重な教訓をありがとうございます」
二人はがっちり握手して別れたという。
この話を聞いてオレは思った。
どーして腐った女性は一瞬で同類を見分けるのだろうかと。
スルターグナはブツブツとなおも言い続けていたが、取りあえず男を妊娠で納得させた。
もう一つ、個人的な話としては、あのモーラン問題が鎮静化した。
「あの、成りたて宰相に呼び出された。
ネディーアール殿下の下着を取引するのは止めろと命令された。
下着を使用すること自体がだめだと言う。
マリセアの正しい教えに反するとまで言いやがった!
我らの文化も風習も全く理解していないあの青二才が、だ!」
赤い目を更に充血させて、正に血の涙を流さんばかりに激昂するモーラン・バルスポラト。
「私も宰相閣下から注意されました。
反省文も提出しています。
残念ながら、これ以上は下着を提供することはできません」
アーガー・ピールハンマドからモーランに注意が行ったのはアシックネールがさりげなく噂を流したからだ。
宗教原理主義過激派が激昂するような噂をピールハンマドの耳に入るようにばらまいたという。
わずか数日でピールハンマドから問い合わせが来たのには驚いたよ。
オレは直ちに用意していた『反省文』を提出。
平謝りすることで難を逃れた。
こうして、ピールハンマドの怒りはモーラン家だけに向かったのである。
「先代のエディゲ・アドッラティーフ宰相閣下は『人族の目に留まる所では控えよ』とだけ注意された。
同時にモーランの屋敷内でのことは知らぬとも言われた。
話の分かる方であった。
あの方こそ真の宰相であろう。
比べて、あの若造はどうだ!
あ奴は人の心という物が分かっていない!」
バルスポラトは激高しながら去っていった。
それにしても、直接断らなくて本当に良かった。
オレ、このパンツ教狂信者の怒りを真正面から受け止める力はありません。
しかし、アシックネールの手腕は見事としか言いようがない。
最初から相談しておけばよかった。
そんなこともあって、正月三日。
オレはアシックネールを連れて正式な婚約の届け出をした。
毎年一月三日に婚約と結婚の正式な届け出受理が行われる。
何故かこの日しか受け付けてもらえない。
ちなみに、本人が署名した書類があれば本人出頭は必要ないが、本人が行った方がスムーズだ。
アシックネールは、まあ色々とあるが、オレが帝国で生きていくためには必要な人材だろう。
ネディーアールとの関係もあるし。
そのネディーアール殿下は、『アシックネールだけズルい』と不平を言っていたが。
そうは言っても、ネディーアールとの正式な婚姻は手間がかかる。
少なくとも今年はだめだろう。
ちなみに、ハトンやナユタは帝国貴族ではないので届け出の対象外だ。
スルターグナもレニアーガーとの関係で保留。
帝国貴族は、婚約周知期間として基本一年の期間を設ける。
婚約は何時開始しても良いのだが、一月三日の届け出の後、翌年一月三日に婚姻の届け出をして法律上正式な夫婦となるのだ。
まあ、オレとかシャールフ殿下のように、その前に実質的な結婚生活に入ってしまう例も少なくないが。
ただそれでも、妊娠出産は正式な婚姻後という不文律はある。
婚約・婚姻の届け出が制限され婚約期間が一年以上と設定されているのは、帝国貴族にとってそれだけ婚姻が重要だからだ。
帝国貴族の結婚はほぼ全てが政略結婚であり、帝国貴族の盛衰に直結する。
故に、秘密裏の結婚は許されていない。
他の貴族からの異議申し立て期間、何より国家が審査する期間が必要というわけだ。
当然ながら他から横槍が入らないよう事前工作も重要。
オレとアシックネールの婚約も昨年八月の時点で当時のエディゲ宰相にお伺いを立て内諾を貰っている。
当時は良くわからんかったが、言われるままに贈り物用として高級医薬品の『解熱鎮痛剤』と『湿布』を作って渡したと思う。
そー言えば、昨年はタージョッとの婚約届を出したが、・・・根回しした記憶ないな。
下っ端だったからいらなかったのか、シャイフあたりがしてくれていたのか。
今になってはどーでもいいが。
そんなことで、届けに行き、順調に受理され、・・・なかった。
いや、届け出自体はすんなり受け取られたのだが、直後に呼び出しがあったのである。
何故か、オレだけ。
アシックネールは来るなと。
ものすごーーーーく、不穏な話である。
だが、無視するわけにもいかない。
ハトンをお供に役所に向かうと待ち構えていたのはバャハーンギールの側近連中だった。
ヘロンの御前会議でなんとなく見た記憶のある顔が並んでいる。
主として話しているのはミズラ・インブローヒム大僧都、らしい。
この人って、確か一時的にヘロン伯爵になってた人だよね?
確か僧都だったはず。
何時の間に大僧都になったんだろう?
カゲシンの貴族社会では僧都家の人間が大僧都に昇進するのは結構大変と聞いている。
そんな手柄を立てた?
いや、オレが言うのもなんだけどさ。
「つまり、クロイトノット・アシックネールとの婚姻は認められない、というのですか?」
「認められないではない。
其方が自分の事を考えれば彼女との婚姻は有り得ないとの結論になるだろうと助言しているだけだ」
ミズラ大僧都が言うところでは、オレは新設師団の師団長候補なのだという。
だが、師団長になるには条件があると。
その第一がクロスハウゼン家との絶縁だという。
「帝国の師団は互いに婚姻関係を結ばないことになっている。
よって、其方が新師団長になるにはクロスハウゼンとの関係を整理する必要がある。
師団長は少僧正が家格。
平民出の其方が就任できるなど千載一遇の機会だ。
考えるまでも無かろう」
無表情のオレにミズラ大僧都が念を押してくる。
「アシックネールとの婚約を破棄してクロスハウゼンとも絶縁ということは、クロスハウゼンと戦うこともあり得るとのお話でしょうか?」
「それは、その通りだ。
クロスハウゼンが帝国に忠実であれば、そのような話にはならぬが。
だが、可能性としては当然考慮すべきであろう」
やっぱりそーゆー話か。
ユーウツだ。
「あと、アシックネールと婚姻できないということでしたら、私の夫人は自力で探せということですか?」
「それは心配いらぬ。
其方には宗家より内公女が降嫁の予定だ」
「えーと、独身の内公女はガートゥメン殿下とネディーアール殿下しか残っていないはずですが」
なんか悪い予感が。
「どちらでもない。
バャハーンギール殿下の関係でゴルデッジ侯爵家系列の庶子を第四正夫人が養女として其方に縁付かせる事になっている。
元庶子だが、平民出の其方にはもったいない女性だ。
また、第二正夫人としてアーガー・ピールハンマド宰相閣下がアーガー家の娘を世話すると言われている。
光栄に思うがよい」
もっと、悪かった。
「そのお二人の女性の魔力量はどの程度でしょうか?
仮に私が師団長になるとすれば次期師団長として魔力量の高い跡継ぎが必要となります。
魔力量が低い女性とでは魔力量の高い跡取りは得られないかと」
「魔力量よりも宗家や宰相家との繋がりが、より大事であろう。
従来の師団長たちは様々な理由をつけて宗家や宰相家との婚姻を拒否していた。
それが、宗家と自護院関係者との断絶を生んでいたのだ。
其方はその様な轍を踏まぬ方が良かろう」
それで魔力量が少なかったら師団長解任ですよね。
ベーグム・ニフナレザーの師団長就任が問題視されたのもそれだ。
まあ、失敗もあったけど。
「師団長就任にはもう一つ条件がある。
ネディーアール殿下の説得だ」
黙っているオレに相手は勝手に話を進める。
「現在、バャハーンギール殿下の第一正夫人にネディーアール殿下をとの声が上がっている。
ガーベラ会戦で功績を挙げた殿下を猊下の第一正夫人として帝国内外に威勢を示すためだ。
殿下にとっても良い話だろう。
第七正夫人の娘という内公女として最下位の地位から猊下の第一正夫人なのだからな。
だが、何故か殿下はこの話を拒否された。
そこで、其方の出番となる」
オレ?
「其方がネディーアール殿下と愛人関係にあるのは調べがついている。
其方も其方の身分では殿下と正式な婚姻関係に成れぬのは理解しておろう。
其方が殿下を説得できれば今後も其方とネディーアール殿下の愛人関係は特別に継続を許そうとの猊下のお言葉だ」
何言ってんだ、コイツ。
「あのー、バャハーンギール殿下とネディーアール殿下では、魔力量の釣り合いが全く取れていないと思いますが。
バャハーンギール殿下ではネディーアール殿下を妊娠させるのは不可能かと考えます」
「ふむ、それは致し方ない。
だが、帝国の権威を高めるためにはネディーアール殿下をバャハーンギール猊下の第一正夫人に迎えるのが現状最も有効な手段だ。
故に致し方ない。
それに、ネディーアール殿下には現在のデュケルアール様と同様に十分な数の男性を愛人として提供する手筈となっている。
ネディーアール殿下もデュケルアール様同様に有り余る性欲に悩まされる事になるであろうが、その対処は充分に可能なのだ。
いや、ネディーアール殿下の性欲を満足させる手筈を整えられるのはマリセア宗主だけと言って良い」
そうか、デュケルアール様って性欲過多って思われてたんだ。
・・・否定もできないか。
「その意味でもネディーアール殿下は猊下と結婚するのが幸せなのだ。
ネディーアール殿下本人はまだ十分に成熟していないから母親程の性欲が無く、その辺りが理解できていないのであろう。
だが、近い将来、ネディーアール殿下が強すぎる性欲に悩むことになるのは確定なのだ。
その辺り、其方からも良く説得して欲しい」
とっくに目覚めて、性欲旺盛なんですが。
「それを、私が説得しろと?」
「そうだ。
言っておくが、其方がこれを断るのであれば、新師団長就任の話は白紙に戻る」
ミズラ大僧都が念を押してくる。
どうやらオレの反応が意外らしい。
多分、オレが大喜びで条件を受け入れると踏んでいたんだろうな。
あー、これ自治体病院の院長職だな。
地方自治体の首長とか議員は自治体病院の院長職はとっても高い地位だと考えている。
これに就任できるのであれば、あるいはそれから解任されるぐらいであれば、どんな無理難題も通ると考えるぐらい。
だが、医者の方としては、そんなことは無い。
であるから、自治体首長や議員が考える遥か手前で辞表が出されてしまう。
医者にとって自治体病院の院長職など、特に田舎の自治体病院のそれなど大した職ではないのだ。
で、自治体側は辞表が出されてから慌てる。
医者の側からは散々理不尽に耐えた後での辞表提出なのだが、自治体側にとっては青天の霹靂なのだ。
自分たちが求めてきた無理難題なんて大したことが無いとの認識なのである。
であるから慌てる。
挙句に、忍耐が足りないなどと逆切れしたりする。
「言っておくが、其方がこれを断るのであれば、新師団長就任どころか、カゲシンに居場所は無くなる。
其方には数々の不始末がある。
つい先日も、ネディーアール殿下の下着を売るとの話があった。
其方が、現在、カゲシン市内に居続けられるのは偏に猊下のご厚情によるもの。
それを忘れない事だな!」
オレはミズラ大僧都に受諾を告げ、会見は終わった。
ネディーアール殿下を説得するためとして時間的猶予を取り付けたのは成果だろう。
期限は二月末日。
三月の武芸大会及び宗主継嗣就任式で発表するのでそれまでに説得するようにとのお達しである。
宗主継嗣就任って、決まったのか?
全然聞いていないんだが。
それにしても、無茶苦茶な話だ。
ミズラ大僧都の態度からすれば、彼らにとってはオレが受け入れて当然の話のようだが。
いや、オレだけならいいんだよ。
オレが個人的に耐えるだけならまだいい。
元から二年、出来れば三年はカゲシンで修行するつもりだった。
何処に行くにしても帝国首都での人的関係構築や資格修得にはそれだけの時間がかかる。
だが、ネディーアールやアシックネール、色々と世話になったクロスハウゼン関係にまでとなると話が変わってくる。
離脱するしかないのだろうか?
しかし、話が急すぎる。
凱旋式からまだ一か月。
クロスハウゼン家がカゲシンに反旗を翻した訳でもない。
なのに、クロスハウゼンと手を切れって?
手を切るって、つまり戦えってことだよな。
バャハーンギールは本気でクロスハウゼン討伐を考えているのだろうか?
トエナ家という敵対勢力が残っている状態でクロスハウゼンまで敵に回したいのだろうか?
自殺行為にしか思えない。
「ご主人様、どうなさいましたか?」
部屋を出るとハトンが心配気な顔でオレに駆け寄ってきた。
会見は従者も許されなかったのである。
「確かに、顔色が悪いね。
カンナギ殿、どうしたのかな?」
そこに居たのは、施薬院の太っちょ、アフザル・フマーユーンだった。
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