08-15 周囲の視線が痛いです (二)
「バフシュ先生って変わらないわね」
シャイフとバフシュが去り、若手だけになった教室でモローク・タージョッが溜息をついた。
「でも、ある意味分かりやすいのよね。
そんなに変態でもないし。
シャイフの伯父様が許容しているのも分るかなって」
タージョッは現在宗主侍医主任補佐だ。
ほぼ毎日、宗主の近辺に待機する職である。
宗主の不明瞭な発声を聞き取れるぐらいだから、相当苦労したのだろう。
「タージョッさんも色々あったんだね」
「まあね。
乳児母乳プレイと幼児母乳プレイとの違いが判るぐらいにはなったわ」
タイジの言葉にタージョッが遠い目になっている。
タージョッの返答にタイジも遠い目になったが、それ以上は言葉を発しない。
タイジも色々と経験しているからな。
「モローク殿、今のは?
バフシュ先生が変態ではないって?
母乳プレイは聞いたことがあるが、乳児と幼児と、違いがあるのか?」
真面目なセヴィンチ君が真面目に聞いてしまう。
「ええ、あるわ。
男性が赤ちゃん装束で股間にあて布して、『バブバブバー』とか人語を話さないのが『乳児母乳プレイ』で、少年の姿で『ママ、僕、ママのおっぱい吸いたい』ってやるのが『幼児母乳プレイ』よ。
用意する小道具とか、男性への呼びかけ方が異なるから、間違えると叱責されるの」
ここ数か月で色々と学ばされてしまったとタージョッは物憂げだ。
「待ってくれ、モローク殿はここ数か月、宗主猊下の侍医主任補佐をしていたのであろう。
まさか、宗主猊下が、そのような、・・・」
「セヴィンチ、間違えないでね。
私個人が色々と学ばされてしまった、だけの話だから。
私は宗主猊下が『母乳プレイ』をしていたなんて一言も言っていないわ」
セヴィンチが硬直する。
「セヴィンチ、君も長く医者をやっていれば何れ見ることになると思う。
上位貴族では後継ぎを確保するプレッシャーが極めて強い。
一族繁栄の為には『魔力量の高い優秀な男子』が必要だ。
無論、女子でも家督相続は許されている。
だが、一人の女子が産める子の数には限りがある。
一方、一人の男性は複数の女性に子を産ませることが可能だ。
故に男子が求められる。
我ら普通の貴族とは世界が違う」
アフザル・フマーユーンはそう言って両手を上げ、首を振る。
「特に魔力量の高い家のそれは凄まじい。
必要となる魔力量の基準が高いからな。
私も施薬院に入って一年になる。
先達のお供で色々な所に行ったが、正直、施薬院入講前には知らなかった世界だよ。
君も何れ見る」
「あ、いや、実は第二軍で色々と見てはいたのだ」
セヴィンチ・カームラーンが戸惑った顔で答える。
「私は軍人、正魔導士として第二軍に徴兵されたのだが、早々に医療部隊に転属となった。
正確にはナーディル師団の医療部隊だ。
多少だが高級医薬品を作製できるのを買われてね。
それで、色々と見ることになった。
その、ナーディル家も色々と苦労しているのだ。
ただ、その、・・・宗家がそのような『努力』をしているとは思わなかったので、・・・」
「私が聞いたところではマリセア宗家はそのような『努力』でも帝国最先端だそうだよ。
どうかな、タージョッ殿?」
「最先端かどうかは分からないけど、ものすごく多種多様で、ディープな努力をされているのは事実ね」
アフザルの問いにタージョッが悟った顔で答え、セヴィンチの顔が益々微妙になる。
「フマーユーン、その『特殊性癖』はカゲシンの上位貴族では少なくないってことなのか?」
「まあ、そうだ。
例えば、さる自護院の教官だが、僧都家で上級魔導士の家柄だ。
やはり後継者に苦労していて、魔力量の高い女性を確保したのはいいが、上位貴族が僧都家に下げ渡してくれる『魔力量の高い娘』だ。
容貌も良くないし、性格も酷い。
だが、彼の嫁の中では彼女が最も魔力量が高いから彼女を妊娠させねばならない。
彼女は既に二人の子を産んでいるが何れも女性だ。
それで、毎日、気力と精力を振り絞って頑張っている。
奮い立たせるための努力は涙ぐましいほどだよ。
変態とか特殊性癖とか言うのは簡単だ。
だが、一概に非難は難しいだろう」
アフザルの話を聞いていると、何とも言えない気分になってくる。
この世界の貴族、特に上位貴族はほぼ全員変態じゃねーか。
その中で、何でオレが殊更変態呼ばわりされにゃならんのか?
いや、男性自慰行為を認めちゃったのが拙かったのは分かっている。
宗主補フサイミールが変態の親玉扱いなのも『男一人愛同盟』だからだ。
でも、なんか、納得いかん!
「自分の所だけではなく、接待を『強要』される場合もある」
「え、接待って、『役得』だろう?
接待を受けるのは上級貴族で、接待を行うのは下級貴族だ」
「確かに『役得』の側面もある。
だが、高位貴族や上位魔導士ではしばしば『強要』になる。
そちらの派閥に入ってやるからうちの娘に子供を産ませろって話さ。
跡継ぎに恵まれない貴族が娘に上位貴族の種を貰い、生まれた男子を跡継ぎって話は結構聞くだろう」
「それが『強要』になるのかい?」
アフザルの説明にセヴインチはまだ理解できていない。
「接待種付けを断ったらライバルの家にお願いするとか言われるそうだよ。
自派として確保したいのなら、頑張るしかない。
好みから外れた女性相手でもね」
今回のガーベラ会戦の後ではそーゆーのが殺到したから良くわかる。
基本はバフラヴィーとシャールフだったが、オレの所にも結構回ってきた。
「その意味では今回の『ハイアグラ』は画期的だよ。
こんな薬の製法を公開してくれたカンナギ殿とシャイフ教室には感謝しかない」
アフザルは何とか自力で作れるようになりたいと決意表明していた。
「そうか、カゲシンでも変態からは逃れられないのか」
セヴィンチは疲れ切った顔だ。
「実は、ナーディル師団主席医療魔導士のイリージャ師からナーディル師団に来ないかと勧誘されている。
娘婿として、ナーディル師団の次期主席医療魔導士も見据えて、と言われている。
断ろうと考えていたのだが、どこに行っても変態から逃れられないのならば考えるべきかもしれない」
「ナーディル師団の主席医療魔導士なら施薬院では垂涎の職だよ」
「そうかも知れないな。
ただ、今はナーディル師団と懇意なクテンゲカイ侯爵家がゴタゴタしている。
それが決着してからだな」
「ああ、あの話か。
あれは、ねー。
確かにそうだな」
セヴィンチの言葉にアフザルが同意する。
「クテンゲカイ家と言うと、後継者の件か?
評判の悪い弟が後継者で、それに対抗して庶子が正夫人の養子になったとかいう」
「ああ、そうだよ。
実はその庶子が更に問題でね」
オレの問いに、今度はアフザルが遠い目になる。
「先代侯爵の第一正夫人が庶子の一人を養子として迎え、彼を次期侯爵にってやりだしたんだが、・・・」
「前侯爵の第一正夫人と言えば、あの方か?」
アフザルが頷く。
前クテンゲカイ侯爵の第一正夫人はマリセア宗家出身だ。
魔力量が低いため彼女の産んだ子はクテンゲカイ侯爵家の後継ぎにはしないとの約束で嫁いだ女性である。
第二第三正夫人のどちらかが後継者となる男性を作らないうちは、侯爵との性交はなしと、ある意味不幸な女性なのだが、問題はそこで男を引き入れてしまった事だろう。
所謂不倫で、聞けば時々ある話らしいのだが、時々でもなかったのはそれで彼女が妊娠して出産までしてしまったことである。
腹心の侍女共々そちらの知識が薄く、ろくに避妊せず、中絶可能期間も逃してしまい、不義の子を産むことになってしまった。
愛人と侍女は殺され、生まれた子供は女性だったため、クテンゲカイ家の娘とされたが、母子共に腫れもの扱い。
娘は二〇歳を超えているが、未だに結婚していない。
こちらの世界では完全な行き遅れである。
「その彼女が迎え入れたという庶子が更に問題なのですよ」
セヴィンチがしかめっ面で付け足す。
「あの、シャハーン・アウラングセーブです」
皆が驚愕した。
「ちょっと待って、シャハーン・アウラングセーブって、あのシャハーン・アウラングセーブ?
マリセア、・・・あ、また、・・・。
じゃなくて、彼、シャハーン伯爵家の三男坊でしょう。
確か、母親がクテンゲカイ侯爵の異母姉だったはず」
驚愕者を代表してタージョッが質問する。
「その、シャハーンで間違いないですよ。
テルミナスというか、クテンゲカイ侯爵家は大揉めに揉めています。
二人の候補者、片や長年の不行跡で有名な前侯爵弟バヤズィト殿、片や施薬院不正入講のアウラングセーブ殿なんですから。
ナーディル師団のアッバースリー師団長も頭を抱えている話です」
セヴィンチの言葉にこれまた皆が頷く。
「今回の件は私も驚いて色々と聞いたのだが、それで興味深いことが分かった。
例によって主として大伯父の情報だがね」
アフザルの大伯父はこの世界では珍しい七〇近い老人で、シャイフの前の施薬院主席医療魔導士だ。
「アウラングセーブの母親だが、どうやらクテンゲカイ侯爵家の娘ではないらしい。
便宜上そうされていただけで、実はマリセア宗家出身だそうだ」
「つまり内公女だったって話か?」
オレの問いにアフザルが頷く。
「内公女になるはずだった女性ってことさ。
彼女は三代前の宗主の娘らしい。
現宗主の大叔母にあたる。
彼女の母親はクテンゲカイ系の側夫人だったという。
彼女は三代前の宗主の晩年に身籠り、娘が生まれた時には父親である宗主は死んでいた。
知っての通り、マリセア宗家では父親である宗主が承認しなければ宗家の子供とは見做されない。
それで、娘は母親の実家であるクテンゲカイ侯爵家に引き取られ、便宜上、当時の侯爵の娘とされた」
デュケルアール様を妊娠させる時に聞いた話だな。
「長じた彼女はクテンゲカイ家の寄子であるシャハーン伯爵家に輿入れした。
シャハーン伯爵家はクテンゲカイ家の寄子としては名門。
客観的に見れば悪い話ではなかったと思う。
だが、彼女は不満だったらしい。
本来は内公女なのだから、次のクテンゲカイ侯爵の第一正夫人になると考えていたそうだ。
それが、シャハーン伯爵家に嫁に出されてしまった」
随分と不満だったそうだが、シャハーン伯爵との仲は悪くは無かったらしい。
「幸運にも彼女は早々に男子を産んだ。
後継ぎを産んだことで自由を手に入れた彼女はシャハーン伯爵領からテルミナスに戻り、社交生活、パーティー三昧の生活に入ったらしい。
男性の出入りも多く、苦言を呈した侯爵に、ならば自分の夜の面倒を見るようにと要求した。
そうして生まれたのがアウラングセーブだと」
母親も相当な享楽主義者らしい。
アウラングセーブは母親に似たのだろう。
「ちなみに、アウラングセーブが生まれた時には真面目にクテンゲカイ家の後継ぎ候補だったらしい。
まだ、弟たちは生まれていなかったし、アウラングセーブは魔力量が多かった。
守護魔導士クラスと期待されたらしい。
だが、あの性格だからね。
必要な鍛錬を全くしなかったようで、気が付けば医療魔導士に成っていた。
それでも正魔導士以上の魔力量は有るそうだが」
アフザルは鍛錬もなしに正魔導士というのが羨ましいらしい。
この世界の魔導士、特に十代の者は魔力量を増やすために鍛錬している。
それなりにハードらしいが、俺はやったことは無いのでよく分からない。
ちなみに、ネディーアール殿下は毎日嬉々としてやっている。
「確かにびっくりだけど、そんなに意外でもないかなぁ」
アフザルの説明にそんな感想を言ったのはゲレト・タイジだ。
「レトコウ紛争の時にクテンゲカイ侯爵が妙にアウラングセーブ殿の面倒を見てたんだよね」
タイジはレトコウ紛争で原隊から脱走したアウラングセーブの穏便な復帰にクテンゲカイ侯爵が尽力したことを語った。
「あの時も違和感は有ったんだよ。
普通、甥、それも異母姉の甥に大金を払ってまで面倒を見るなんてしないよね」
そうなのだ。
オレも当時は良く分かっていなかったが、貴族世界での異母兄弟は別家庭と言って良い。
同母の兄弟は極めて親密だが、異母兄弟は地球で言えば従姉弟ぐらいの感覚だろう。
言われてみればタイジの言う通りである。
「しかし、シャハーン伯爵も微妙な立場だな。
自分を裏切っていた夫人の息子が次期クテンゲカイ侯爵候補。
応援すべきかどうか迷うだろう」
「いや、全然、そんなことは無い」
オレの言葉をセヴィンチが否定する。
「現在の所、バヤズィトとアウラングセーブの争いはアウラングセーブ側が優勢らしい。
アウラングセーブ側はテルミナスを保持していて、バヤズィト殿はクテンゲカイ領に入れず、手前のタルフォート伯爵領に留まっているそうだ。
そして、テルミナスでアウラングセーブ派を主導しているのがシャハーン伯爵親子、アウラングセーブの異父兄とその父親らしい。
聞くところでは、アウラングセーブ擁立からシャハーン伯爵軍によるテルミナス掌握が極めて迅速だったそうだ。
事前の打ち合わせがあったのだろう」
「シャハーン伯爵家がアウラングセーブを使ってクテンゲカイ侯爵家を支配しようって腹か?」
セヴィンチとアフザルが頷く。
「実際、アウラングセーブとバヤズィト殿では、まだバヤズィト殿がマシって意見は多いんだ。
カゲシンでクテンゲカイ屋敷の家宰をしているイブンラー・ジャハトギール殿もそう言っている」
「アウラングセーブを養子にした前侯爵の第一正夫人もクテンゲカイ侯爵家では勢力があるとは言い難い。
テルミナスでの評判が今一つのアウラングセーブが一時的にでもテルミナスを維持できているのはシャハーン伯爵家の存在が大きいだろう。
バヤズィト殿は、『アウラングセーブに比べるとマシ』と評価されているが、積極的に支持する勢力もいないんだ」
二人の解説は興味深い。
「それで、どちらが勝ちそうなんだ?」
「それが分からない」
セヴィンチが両手を上げる。
「海を支配するナーディル師団としては、ゴルダナの中心で良港を持つテルミナス市とそれを支配するクテンゲカイ侯爵家とは敵対する選択肢はない。
実際、これまでも最も懇意にして来た間柄だ。
どちらが勝つか分かればそれに乗るんだが、それが分からない。
更に言えば、どちらの候補者にも積極的に支持する理由が無い」
丙丁付け難いって話か。
「こういう場合、通常であればカゲシンが介入するんだけど、昨今の状況で介入する余力が無かった。
だけど、ほら、クロスハウゼン師団がシュマリナを落としたんだろ。
クチュクンジ殿下も追っ付捕まるだろう。
この乱も終わりが見えてきた。
カラカーニー殿が病っていうのは気がかりだけど、クロスハウゼン師団本隊もそのうちカゲシンに戻るだろう。
カゲシンもそろそろ仲介に乗り出すだろうね」
「まあ、そうだな」
アフザルの言葉に曖昧に頷く。
そう、シュマリナは陥落した。
その結果は早馬でカゲシンに報告された。
だが、二日遅れでネディーアール殿下にもたらされた秘密文書には表に書けないことが記されていた。
クチュクンジを捕らえなかったのは『故意』である事、カラカーニーの病はそう酷くはない事、カラカーニーの病を公表したのはそれを名目にカゲシンに戻らないためである事、クロスハウゼン師団は今後シュマリナを根拠地として活動する事、ネディーアールとオレは機を見てカゲシンから離脱しシュマリナに移動する事、その際に可能であればデュケルアール様を伴う事、脱出には現宗主死去の混乱を利用すべき事、などなどが書かれていた。
極めて重要な内容だがこの場で話すことではない。
ちなみに、この重要文書はセンフルール屋敷経由で届けられた。
カゲシン城門を経由する文書は常に検閲の可能性がある。
クロスハウゼン家では、このような場合はセンフルール屋敷を経由させる事が多い。
これが一番安全らしい。
「そこら辺、タージョッ殿は聞いてないのかい?
その、バャハーンギール殿下と親密になれたって話だが」
へっ、タージョッがバャハーンギールと『親密』?
アフザル君、仮に本当だとしても、そんなこと聞いちゃっていいのか?
「あーうん、出来ればまだ静かにしといてくれると助かるわ。
今、正式な愛人になれるかどうかの瀬戸際なのよ」
あっさりと認めるタージョッ。
なんか、誇らしげだ。
「私が知っているところでは、クテンゲカイ家の話はまだ出ていないわね。
トエナ家、そして、クリアワイン家の話が多いかしら」
「では、私も決断できないな」
セヴィンチが同意する。
「しかし、貴重な情報だ。
感謝する。
ナーディル家にも内々に伝えておこう」
「やはり、政権中枢部にコネがあると大きいな。
施薬院所属の女性が宗家の方に寵愛されるなんて話は聞いたことがない。
タージョッ殿、私も可能な限り応援するよ。
可能であれば、愛人となった後も施薬院に顔を出し続けてほしい」
「その辺りは、今、シャイフの伯父様が交渉してくれているわ」
そうか、シャイフも応援しているのか。
良くわからんがすごい事らしい。
「うまく妊娠できれば愛人確定なのだけれど、こればっかりは運もあるから。
さっきのシャハーンの母親みたいに立て続けに男子を産めればかなり有利ね。
何か秘訣があるのかしら」
「それは、多分、単なる幸運だろう。
アウラングセーブには他にも同母の兄弟はいるようだが、男性は兄一人だけで他は女性と聞いている。
まあ、二人も男子を産めただけでも十分に幸運だが」
「男子が産めれば側夫人以上が狙えそうなのよ。
今現在、バャハーンギール殿下には男子がいないから」
「側夫人以上って、まさか正夫人を狙っているのかい?
それは、流石に無理だろう。
タージョッ殿の魅力とか能力以前に家柄の問題だ。
宗主猊下の正夫人枠は七大諸侯の指定席だよ」
「アフザルの言う通りだけど、今はその七諸侯が減っているでしょう。
カゲシン内部からデュケルアール様が正夫人になったって前例もある。
実は、アーガー・ピールハンマド宰相が味方になりそうな気配なの。
ほら、私、『正緑』だから」
成程、修行仲間か。
宗教修行至上主義のピールハンマドなら有り得る。
「そんな事で、何とか妊娠したいのよ。
そして、できれば男の子を産みたいの」
「ああ、頑張って欲しい。
私も、いやアフザル一族で応援する。
その様に一族に周知する事を約束しよう!」
アフザルの言葉に教室内があっというまにタージョッ応援で染まる。
皆が口々に応援し、タージョッが決意表明する。
えーと、・・・なんか、付いていけないんだが。
タージョッはバャハーンギールの人柄とか男性としての魅力とかは全く語らない。
だが、バャハーンギールの正夫人になる事を熱望しているのは確かなようだ。
よーするに、バャハーンギールという個人よりも次期宗主という地位と結婚するって事なんだろう。
いーのかね?
いいんだろうな。
多分、貴族としての思考では正しいのだろう。
ちなみに一番感動しているのはタイジの最初の妻の一人で、施薬院担当のダナシリだ。
「施薬院同期入講で一緒に修行してきたタージョッさんが次期マリセア宗主の正夫人なんて夢みたいです。
全力で応援します!」
どうやら本気で感激しているらしい。
「キョウスケ、僕たちも同期入講として応援しないわけにはいかないね!」
タイジも同意を求めてくる。
勢いに押されて、『勿論だ!』と同調するオレ。
我ながら、流され体質だ。
「ターちゃんも色々あったのねー。
大変だねー。
頑張ってねー。
グナオネーちゃんも応援してるよー」
「スルターグナ、だから、ターちゃんは止めて、マリセア。
あー、また、やっちゃった!」
スルターグナの言葉にタージョッが戸惑う。
「その『マリセア』って言う癖、むしろ積極的にアピールすべきじゃないかな。
その方が宰相閣下に受けると思う」
セヴィンチが助言した。
そんな事で『ハイアグラ講習会』は、『モローク・タージョッをバャハーンギール正夫人に押し込む会』に変貌して終了した。
疲れた。
そして、施薬院前。
疲れ切ったオレを待ち構えていた集団がいた
「カンナギ殿、デュケルアール様の所に出入りしているそうだな!」
「是非、デュケルアール様の下着を!」
「カンナギ殿の技術で熟成された下着に期待している」
「作製出来次第譲って欲しい!対価は充分に用意する!」
「枚数が少ないのならば私に個人的に知らせて欲しい!」
「待て、カンナギ殿の『芸術品』は一族で公平に分配すると決めたではないか!抜け駆けは許されん!」
「アニキー、試作品の判定は俺に任せてくれー」
「其方ら一度に殺到するな、カンナギ殿が戸惑っているではないか!」
オレの顔を見た途端に殺到するモーラン家のタイガー集団。
一族の長であるバルスポラトが制しても勢いが止まらない。
えーと、ここ、施薬院の前なんですが。
学問所にも近いんですが。
一般貴族というか、学問所の学生もたくさんいるのですが。
後ろではアフザル・フマーユーンとセヴィンチ・カームラーンがひそひそと話している。
「カンナギがネディーアール殿下の下着を売っているとの噂は本当だったのか?」
「どうやら、その様だね」
「それで、今度はデュケルアール様の下着か。
しかし、デュケルアール様の下着と言えば以前から一部で取引されていたと聞いている。
何故、カンナギに殺到しているのだ?」
「なんでもカンナギは貴人女性、特に魔力量の高い女性の下着を特別に『熟成』する技法を開発したらしい。
一般人にはさほど効果は無いが、嗅覚に優れる牙族にはハイアグラと同等以上の精力増進作用があるとのことだ。
ハイアグラとセットで使用すると劇的な効果があると聞いている」
「それで、あんなに、・・・」
セヴィンチ君がモーラン集団の握りしめている金貨の数を見て驚愕している。
「しかし、カンナギ殿は、あれだけの金貨なのに積極的ではないのだね」
「まあ、そうだろうね」
アフザルが分かっている、という顔で頷く。
「推測だが、カンナギはクロスハウゼンに命じられて精力増進の研究をしていたそうだ。
それで『ハイアグラ』が出来たわけだが、その研究の過程で『熟成下着』の作製方法を発見したのだろう。
それを試しに牙族に提供した結果があれだ。
試作品を見せたら熱狂されたらしい。
だが、『熟成下着』は消耗品。
使用すれば消耗する。
だが、『魔力量の高い女性の下着』を原材料にしている以上、供給は限られる。
求められても、そうそう作れるものではないだろう」
「なるほど、供給が少ないから、値段が高騰しているのだな」
「カンナギとしては、『熟成下着』の供給自体を止めたいのだろうが、モーラン家は許してくれそうにないな」
アフザルはどうやらオレの弁護をしてくれているらしい。
「カンナギ殿も不幸だな。
自分の発明品で自らの苦境を招くとは。
ただ、・・・精力増強剤の作製で、なんで『下着』を材料になどと考えたのだ?」
「それがカンナギのカンナギたる所以だろうね。
才能は傑出しているのだが、色々と普通ではない。
倒錯の天才と言う所か」
アフザル君、君、オレの弁護をしてくれてたんじゃないのか?
「そうね、才能はあるのよ。
それも、傑出した才能が。
あれで、変な癖さえなければ、・・・」
「タージョッさん、それは違うよ。
キョウスケの変態性と才能は一体なんだ。
キョウスケは変態だから天才であり、天才だから変態なんだよ」
呆れているタージョッにタイジが意見する。
「えーと、つまり、常人と感覚が違うから、特殊な発想が出るって事かしら?
凄いけど、救いようのない変態ってことにもなるわね」
「だけど、キョウスケは基本善人でとっても頭がいい。
キョウスケの才能が世の中の役に立っているのは明らかだよ。
僕らはキョウスケの天才と変態をまとめて暖かく見守るべきだと思う」
タイジの言葉に施薬院集団が頷く。
そして、向けられる生暖かい視線。
なんか、微妙に違うような気がするのはオレだけだろうか。
タイジってオレに好意的なのは分かるんだが、オレに対する認識がどうも偏ってる気がする。
その後、何とか、モーラン集団を振り切って家路についたオレだが、苦難はまだ続いた。
「ご主人様、何時の間にネディーアール殿下の下着なんて手に入れてたんです?
そして、それに手を加えていたなんて。
この手の事に私を関与させないなんて、許せませんね!」
何故かワクワク顔のスルターグナ。
「ご主人様ぁぁぁぁ、そんなにパンツがいいんですかぁ?
頭から被るんですかぁ?」
「ハトン、主殿に最初に下着を差し上げたのはこの私です!」
涙目のハトンと優越感に浸っているナユタ。
そう、ついにパンツ騒動がうちの女性たちに露見したのだ。
ネディーアールに伝わるのも時間の問題だろう。
オレは、極度の憂鬱を抱えていた。
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