08-13S インタールード シュマリナ陥落

 クチュクンジとその配下がカゲシンを離脱したのは十一月十五日の事。

 当初、その軍勢は五〇〇〇を超えていた。

 クチュクンジがシュマリナから率いてきた軍勢は四〇〇〇程であったが、カゲシン離脱時にはトエナ系シュマリナ系の貴族が多数同行していたのである。

 だが、一行の道程は楽ではなかった。

 クチュクンジを追うのはクロスハウゼン師団。

 帝国三個師団でも最強と噂される部隊である。

 師団と言っても実際に戦場に出てくるのは所謂『遠征旅団』だけであり、『留守旅団』は出てこない。

 だが戦時編成で三個目の連隊を動員した遠征旅団は優に一万を超える。

 配下に入った中小諸侯を加えれば一五〇〇〇を超えるだろう。

 クチュクンジ軍の三倍以上だ。

 魔導士の質と量も圧倒的に劣っている。

 まともに戦える相手ではない。


 当初、クチュクンジ軍はカゲシンから北方のトエナ公爵領を目指そうとした。

 だが、経路は全て塞がれていた。

 止む無く東方のシュマリナに向かう。

 それでも当初、クチュクンジは状況を悲観していなかった。

 カゲシンは追われたが、トエナ公爵領とシュマリナ侯爵領は無傷だ。

 スラウフ族が味方になっており、セリガー共和国も秘密裏に同盟している。

 ケイマン族とフロンクハイトも時間が経てば復活するだろう。

 何よりも大きいのはウィントップ公爵家が潰れている事だ。

 旧ウィントップ領を経由することでシュマリナ侯爵領とトエナ公爵領は連携できる。

 いざとなれば、シュマリナを放棄してトエナ領に逃げ込むことも可能だろう。


 だが、時間が経つにつれ、状況は悪化する。

 クチュクンジ軍はシュマリナに中々たどり着けなかった。

 主要街道は封鎖され、クチュクンジ軍は迂回に次ぐ迂回を強いられる。

 幸い、帝国東部の地理は詳細に把握している。

 クロスハウゼンの封鎖は強固だったが、クチュクンジ軍は封鎖されていない間道を見つけては逃げ続けることが出来た。

 時間はかかったが。

 しかし、行軍は過酷だった。

 トエナ公爵家はスタグウッド騎士団の鎮圧に手を焼き、カゲシンに進軍するのは当面無理と伝えてくる。

 セリガー共和国からはそもそも連絡がない。

 動いている気配もない。

 強行軍と食料不足、悲観的な戦況に同行した貴族の大半が脱落。

 シュマリナ正規軍からも脱走兵が出始める。

 崩壊しかけの軍をあの手この手でまとめ、クチュクンジ軍は懸命に行軍を続けた。

 そうして十二月初め、クチュクンジ軍はシュマリナ近郊までたどり着く。

 だが、そこには悲惨が待っていた。


「シュマリナは完全に包囲されています」


 先行した斥候の報告は絶望的だった。

 クロスハウゼン師団はシュマリナ市周囲に攻城施設を建設し、完全に包囲封鎖していたのである。


「これではとてもシュマリナには入れません。

 入るとすればクロスハウゼン師団を撃破するしかありません」


 報告にクチュクンジ軍首脳が苦悶の表情となる。


「隠し通路経由で城内に入ることも不可能か?」


「可能かもしれませんが、断言はできません。

 仮に可能としてもかなりの危険が伴うと思われます。

 それに、・・・」


 クチュクンジの諮問に主席参謀が答えを躊躇する。


「仮に猊下だけが城内に入ったとしても展望が開けません」


 クチュクンジはカゲシンで『正式』にマリセア宗主に即位している。


「隠し通路から全軍が城内に入ることは不可能です。

 シュマリナ軍の精鋭は我らが率いている物です。

 シュマリナ城内に残っているのは二線級の兵士だけ。

 長期籠城は不可能です。

 援軍として期待できるのはセリガーだけですが、動いているとの情報は有りません。

 仮にこれから動いてくれるとしても、シュマリナ救援には間に合わないでしょう」


 主席参謀が苦渋の表情となる。


「クロスハウゼン・カラカーニーに図られたのかもしれません。

 シャールフがバャハーンギールからシュマリナ太守に任命されたとの情報が入っています。

 カラカーニーは分遣隊を使って街道を封鎖し、我らを振り回し、シュマリナへの到着を遅らせた。

 その間にクロスハウゼン本隊はシュマリナに直行し、攻城施設を建設し封鎖した。

 シュマリナから我らへの連絡は途絶し、我らは情報がないままにシュマリナに来ることになった」


 仮にシュマリナが包囲されたと知らされたとしても他に行先は無かったのですが、と彼は自嘲気味に語る。


「我らの手段は限られています。

 我が軍がシュマリナ市内に入ることは不可能。

 シュマリナ市内の部隊が包囲を突破して市外に出るのも不可能です。

 シュマリナに入るには戦うしかありませんが、市内外の部隊が結束しても勝てる見込みは皆無に近い。

 そして、敗北すればシュマリナは降伏するでしょう」


 幕僚たちは無言でクチュクンジを見やっている。


「勝てないのであれば逃げるしかありませんが、無傷で逃げられるとは思えません。

 現在我らはシュマリナから二日の距離にありますが、敵は既に我らの位置を把握しているでしょう。

 逃げたとしても我らを追撃し、少なくない味方が犠牲になります。

 敵は捕らえた捕虜にクチュクンジ猊下がシュマリナを見捨てて逃げたと叫ばせるでしょう。

 質の低いシュマリナ守備隊は崩壊します」


 絶望的な分析だが反論する者はいない。


「恐らく、カラカーニーはシュマリナを無傷で手に入れたいのでしょう。

 守備隊が脆弱でも攻城戦は被害が大きい。

 攻城戦を行えば少なくない兵士が戦死し、シュマリナの城壁も損害を受けるのは必定です。

 カラカーニーは我らをシュマリナ近郊で打ち破り、それをシュマリナ守備隊に見せつけ、そして、無傷でシュマリナ要塞を手に入れる算段です」


 クチュクンジ軍の軍議は続いた。

 だが、これと言った案は出ない。

 結局、彼らは逃げる事にする。

 シュマリナ籠城部隊に可能な限り影響が少なくなるよう、できるだけシュマリナから離れて、可能な限り犠牲を少なくして逃げる。

 逃げて、味方と合流してシュマリナに戻り、奪回するのだ。


 だが、クロスハウゼンは待ってくれなかった。

 軍議が終わる前にクロスハウゼン師団は攻撃を開始。

 追い立てられたクチュクンジ軍はシュマリナ市の門前を敗走する形となる。

 当たり前だが、そうなるように誘導されたのだ。

 そして、シュマリナ市は降伏。

 一本の矢も撃たないままの降伏であった。




 クチュクンジ軍を蹴散らしたクロスハウゼン師団は同日シュマリナ市を攻略、城内に入った。

 クロスハウゼン師団師団長クロスハウゼン・カラカーニーは夫人たちを引き連れ馬上でシュマリナの城門を潜った。

 既に先鋒は市内中心部に達しているだろう。

 先鋒を率いるのはシャールフ。

 新たなシュマリナ太守のお目見えである。

 幸い市内住民の反発は少なそうだ。

 カラカーニーは満足気に馬を進める。

 そこに後方から一人の軍人が追いついた。

 カラカーニーの嫡孫、クロスハウゼン師団副師団長のバフラヴィーである。


「クチュクンジの嫡男とその夫人たち、クチュクンジ軍幕僚幹部数名を捕らえました。

 残念ながらクチュクンジ本人は取り逃がしました」


「何をやっている。

 至急、追撃部隊を出せ!」


 孫の報告にカラカーニーが大声で答える。

 だが、その後の指示は無かった。

 バフラヴィーがカラカーニーに馬を寄せ、囁く。


「これでよろしかったのですね?」


「当然だ」


 カラカーニーは厳粛な表情のまま小声で付け加えた。


「最善の結果といって良い」


 クチュクンジを逃がす。

 カラカーニーの秘密裏の指令を知る者は少数である。

 クロスハウゼン師団の古参士官はクチュクンジを捕らえた、あるいは殺した場合の報酬が極端に低く設定された時点で悟っていたが、口には出さない。


 カゲシンには二〇〇年を超える歴史があり、宗家の公子が争った例もある。

 争いは一方の公子の戦死で終結した。

 その時に反逆の公子を捕らえて殺した将軍はどうなったのか?

 殺されたのである。

 功績を称えられた直後に反逆罪に問われた。

 勿論、作られた罪、擦り付けられた罪だ。

 第四帝政、マリセア教導国は宗教国家である。

 そのトップ、マリセア宗家は絶対不可侵。

 マリセア宗主が殺されるなど有ってはならない。

 例え対立相手であっても、マリセア宗主が部下に殺される前例は作ってはならない。

 実際、カゲシンのバャハーンギールとピールハンマドは二人ともクロスハウゼンがクチュクンジを抹殺した場合は、カラカーニーかバフラヴィーのどちらかを殺すつもりであった。

 カゲシンに凱旋させて、そのままだまし討ちにする考えだったのである。

 カラカーニーの用心は杞憂ではなかった。

 クチュクンジには逃げ延びてもらう。

 カラカーニーはクチュクンジに逃げ延びてもらい、その探索の名目でシュマリナに居座り、カゲシンには戻らないつもりであった。

 ここまではうまく行っている。


「スタンバトアはどうだ?」


「怒り狂っております」


「宗家から嫁を貰うのはやはり面倒だな」


 クロスハウゼン師団内にもクチュクンジを深く恨んでいる者はいる。

 筆頭はバフラヴィー第一正夫人スタンバトアだろう。

 彼女の実母である宗主第二正夫人はクチュクンジにより追放され、直後に『病死』している。

 その実家のウィントップ公爵家は壊滅だ。

 スタンバトアは自らの手でクチュクンジに引導を渡したいと願っていた程である。

 だが、カラカーニーはそれを無視した。

 その孫のバフラヴィーも。


 実を言えばカラカーニーはバフラヴィーとスタンバトアの結婚には反対であった。

 元々カゲシン軍部とマリセア宗家は婚姻関係を結ばない慣習であった。

 軍部、特に総司令官には高位の魔導士が必要であり、魔力量の低いマリセア宗家には見合った娘がいない。

 そもそも、マリセア宗家は『不浄』な軍人とは宗教的に婚姻できないとされていた。

 流れを変えたのはベーグム家である。

 当時、カゲシン三個師団中最下位と言われたベーグム家は政治的な権力を求めてマリセア宗家との婚姻を望んだ。

 丁度、チュルパマリクという比較的魔力量の高い内公女がいたこともある。

 当時、カラカーニーはこれを静観した。

 所詮は他家のことだ。

 だが、その後、嫡孫バフラヴィーと内公女スタンバトアの結婚の話が出て頭を抱える。

 武芸大会に優勝したバフラヴィーにスタンバトアが惚れたのが発端だが、宗主も強力にこの話を進めた。

 スタンバトアは『守護魔導士に近い魔力量』との触れ込みだが、実際にはチュルパマリクの少し上程度の魔力量でしかない。

 カラカーニーがバフラヴィーの第一正夫人と考えていたナイキアスールの娘ヌーファリーンは第三正夫人となってしまった。


「そういえば、ネディーアールをカゲシンに留め置かれたのは痛かったな」


「バャハーンギールもそこまで馬鹿ではありません。

 あの時点では致し方なかったかと。

 それにネディーアールにはカンナギを付けています。

 カンナギにはネディーアールとの関係を許しています。

 死ぬ気で守るでしょう」


「早めにシャーラーンが死んでくれれば良いが。

 その混乱で抜け出すことが出来よう。

 うまく行けばデュケルアールも引き取れるかもしれぬ」


 実を言えばカラカーニーは娘であるデュケルアールのことは半ば諦めていた。

 麻薬中毒にされてはどうにもならない。

 直系の娘を見捨てる事は帝国貴族の恥だが、正直、病死してくれればとすら思っている。

 麻薬中毒の醜態をさらすぐらいなら死んだ方が本人のためだろう。

 現宗主死去の混乱に乗じて取り返す望みは捨てていないが。


 そこに、前方から更に一人の騎馬兵が駆けてきた。

 カラカーニーの庶子であるブルグル・タミールワリーだ。


「カラカーニー様、バフラヴィー様、大変です!

 シャールフ殿下とジャニベグ殿がソレイマーニー殿との初夜の儀を執り行うと宣言されて、シュマリナ中央広場で、事に及ぼうと、・・・」


「何のために其方を付けたのだ!」

「とっとと止めさせろ!」


 シャールフが何かをヤラかす可能性は考慮されていた。

 そのため二重三重の備えが成されていたのである。

 バフラヴィーは祖父カラカーニーと、その同母妹でシャールフ筆頭乳母であるクロイトノット・ナイキアスールに、シャールフ、ジャニベグ、そして『一族始祖のあの方』の話をしていた。

 内容はあまりにも衝撃的で二人は戸惑ったが、バフラヴィーの真剣さを信じたのである。

 シャールフとジャニベグについても対策が取られていた。

 二人はシュマリナ入城直前に別々にされ、それぞれブルグル・タミールワリーとクロイトノット・ナイキアスールが見張りとされていたのである。

 ただ、『伝聞』であったカラカーニーの指示は、今一つ不徹底であったのは否めない。


「すいません。

 いきなり、シャールフ親衛大隊の者に排除され、・・・どうやら事前に周到に用意が成されていたようで、・・・ともかく、私では止められません。

 何卒、お二方に!」


「やはり、少なくともジャニベグは拘束しておくべきだったか」


 バフラヴィーの進言に、クテンゲカイ侯爵家の令嬢を拘束はやり過ぎと止めたのはカラカーニーである。

 だが、今更後悔しても仕方がない。

 祖父と孫は並んで馬に鞭を入れた。




 アナトリス・ソレイマーニーは混乱していた。

 ソレイマーニーはアナトリス侯爵の娘である。

 一族でも有数に魔力量の高い娘だ。

 上級魔導士程度だがアナトリス侯爵家では最も高い、諸侯でも高い方だろう。

 彼女はシャールフ公子の第二正夫人候補とされアナトリス侯爵家からクロスハウゼン家に送り込まれた。

 合流したのは一昨日の事である。

 シャールフとはまだ一度しか顔を合わせていない。

 ところが、である。

 師団後方に待機していたら、突然シャールフ第一正夫人候補のジャニベグが現れ、強引に彼女を連れだしたのだ。

 連れていかれた先はシュマリナ市内中央広場、それを見下ろすマリセア正教寺院のバルコニーである。

 見渡す広場には兵士と市民が充満している。

 ソレイマーニーはそこにいるシャールフ公子の下に連れていかれた。

 そこまでは良い。

 だが、いきなり衣服をはぎ取られ、全裸にされ、開脚状態で縛り上げられたのは何なのか?

 恐怖と羞恥で混乱するソレイマーニーにシャールフは言い放った。


「これより、其方と私の『初夜の儀』を執り行う。

 時間がないため、このような仕儀になった。

 許せ」


 ソレイマーニーはますます混乱した。

 シャールフは十三歳になったばかりで、成人していない。

 ソレイマーニーとの婚姻はシャールフの成人後、少なくとも一年は先と聞いていたのだ。

 それまでは婚約者として親睦を深めるようにと言われている。


「殿下、その、今ここで、皆が見ている前で初夜の儀を行うというのですか?」


『初夜の儀』は婚姻する貴族男女の最初の性交を見届け人が確認する儀式である。

 宗教行為でもあり、普通は貴族寝室でひっそりと行われる。

 断じて広場を見渡すバルコニーで行われるものではない。


「うむ、ジャニベグとは帝国軍六万の前で行った。

 比べれば立会人が少ない。

 不満だと思うが、これでも精一杯頑張ったのだ」


「何をどう頑張ったというのですか?」


「残念ながら、私の後ろ盾であるクロスハウゼン家は芸術に疎いのだ。

 カラカーニーの祖父も、バフラヴィーも、戦いに優れた尊敬できる者なのだが、芸術の素養に欠ける。

 故に、残念ながら理解も協力も得られぬのだ。

 そのため信頼できる少数の者だけで準備を進めねばならなかった。

 許してほしい」


「あの、芸術というのは、・・・」


「初夜の儀と言えば、可能な限り多くの立会人を集めるのが貴族の常識。

 芸術性を求めるならば縄は欠かせません!」


 ジャニベグが絶叫気味に断言する。


「全裸で縛られるのが芸術ですか!」


「ああ、すいません。

 縛り方の技術が拙いのはあやまります。

 センフルールのリタ殿に『亀甲縛り入門』を頂いたのですが、ナイキアスール殿に取り上げられてしまったのです。

 見本が無いので、見様見真似です。

 ですが、可能な限り頑張ったのですよ」


 ジャニベグの説明はソレイマーニーが求める内容ではない。


「繰り返しますが、可能な限り多くの者に見てもらうのが帝国の伝統です。

 多くの観客を得ることで、より興奮できますし、より芸術性の高い交合が可能となります。

 縄は有効なギミックです。

 ニフナニクス様もそう言っておられました」


「そんな伝統は聞いたことがありません。

 ニフナニクス様がそのようなお話をしたと聞いたこともありません。

 ジャニベグ殿の勘違いではありませんか」


「いいえ、間違いありません。

 私はご本人から直接聞いています」


 見たことも聞いたこともない『伝統』を偉人の言葉と主張し、しかもそれを本人から直接聞いたと言い張る。

 二〇〇年前に死んだとされる偉人の言葉を直接聞いたと断言するジャニベグにソレイマーニーは言い知れない恐怖を感じた。

 二重三重におかしい。

 ソレイマーニーは『国母』が月の民と化して生きながらえていることを知らない。

 彼女は一縷の望みをかけてシャールフに向き直る。


「殿下、本当にこのままここで初夜の儀を行うというのですか?

 私に選択権は無いのでしょうか?」


 涙声で訴える令嬢。


「勿論あるぞ」


 公子は鷹揚に頷く。


「アナトリス侯爵家と言えば肛門性交であろう。

 そういう事で、最初はどちらに入れるのが良いか其方が決めて欲しい。

 いや、私も悩んでいたのだ」


 シャールフの返答もソレイマーニーの望んだ物とはかなり離れていた。

 十四万七千光年ぐらいだろうか。

 呆然とするアナトリス侯爵家令嬢。

 彼女としては、とにかく考える時間が欲しかった。

 可能であれば服を着て考えたかった。

 だが、シャールフはその暇を与えない。


「済まぬが、本当に時間がない。

 何時、邪魔が入るか分からぬのだ。

 私は既に準備はできている。

 これ、このように」


 そう言って、シャールフは纏っていたマントの前を広げる。

 シャールフのズボンは特殊な作りになっていた。

 陰部の布だけが独立して取り外せるようになっている。

 公子がそれを取り外すと屹立した男性器が現れた。

 何故か、その上には花が咲いている。


「それは、・・・ガーベラの花、でしょうか?」


「うむ、ガーベラだ」


「何故そんな所に花を?」


「ここに花を挿して戦闘を行うと魔力量が増大するのだ。

 ニフナニクス様に教えて頂いた」


 ソレイマーニーにはシャールフの言葉も全く理解できなかった。

 言葉は分かるのに理解できない。


「あの、まさか、殿下もニフナニクス様にそれを直接教えて頂いたとか?」


「勿論だ!」


 どうやらシャールフも二〇〇年前の偉人に教えを乞うたらしい。

 それも、陰部にガーベラを挿すというのを。

 シャールフもジャニベグも冗談を言っている顔ではない。

 ソレイマーニーを絶望が襲う。

 彼女が習った『歴史書』はカゲシンの宗教家により歪められた内容で、『国母』は品行方正な武人の鑑である。

 毎朝美少年たちの陰部に手ずから花を挿し、それを至福の時間と呼んでいた『事実』は書かれていない。

 恐怖と混乱と羞恥で彼女の精神は限界を迎えた。

 眼の焦点が合わなくなり、アハッ、アハッと声にならない声を上げる。

 そして、彼女は失禁した。

 だが、『芸術家』たちは却って喜んだ。


「おお、聖水か!

 分かっているな!」


「全裸放尿は露出プレイの基本です。

 ソレイマーニー殿は素晴らしい!

 皆に見てもらいましょう!」


 シャールフとジャニベグの指示で放尿を続けるソレイマーニーは従者たちに抱えられ、バルコニーの最前列まで運ばれる。

 バルコニーから聖水が宙を舞う。


「なにを、やっているかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 その時、絶叫が響いた。




 シュマリナ中央広場に入ったクロスハウゼン・カラカーニーの目に入ったのは、広場を見渡すマリセア正教寺院二階バルコニーの最前列に全裸で緊縛された女性が、それも陰部を露出するように開脚状態で縛られた女性がうつろな顔で放尿している姿だった。

 その女性はつい先日、アナトリス侯爵家から預かった令嬢であった。

 特徴的なオレンジ色の髪はシュマリナ地区ではほとんどいない。

 侯爵家令嬢に何をしているのか!


「止めろ!今すぐ止めろ!」


 カラカーニーは再度、叫んだ。

 そして、その直後、胸を押さえて体勢を崩す。

 従者が慌てて駆け寄り何とか落馬を防いだ。


 こうして、シャールフがジャニベグと共に企てたアナトリス侯爵家令嬢ソレイマーニーとの公開初夜の儀はカラカーニーの狭心症発作により中断した。

 シャールフとジャニベグが醜態を晒す事は避けられたのである。

 ソレイマーニーは、『アナトリスの全裸放尿令嬢』の名をシュマリナに残すこととなったが。




 ━━━帝国歴一〇七九年十二月五日、シュマリナ近郊でクロスハウゼン師団はクチュクンジ率いるシュマリナ軍に完勝した。同日、師団はシュマリナ市を降伏させ、クチュクンジの嫡子他親族の身柄を押さえた。ただし、クチュクンジ本人の拘束には失敗する。━━中略━━クチュクンジは生き延びたものの、軍と根拠地を失い、僅かな従者だけで放浪する事となる。当時の帝国内ではクチュクンジ=トエナの反乱は峠を越えたとの判断が多数派だった。だが、勿論、そうはならなかったのである。周知のようにクチュクンジは生き延び、混乱は継続したのだ。━━中略━━この時点でクロスハウゼン師団がクチュクンジを始末していればとの推論は多い。クチュクンジが生き延びたのはクロスハウゼン師団の追撃が不徹底だったことに起因し、それは会戦直後に当時のクロスハウゼン師団師団長カラカーニーが心臓発作を起こしたことに起因する。当時の帝国師団は世襲軍閥であり師団長の病は軍を停止させるに充分であった。帝国の命運を分けた心臓発作であったと言えよう。━━━

『ゴルダナ帝国衰亡記』より抜粋

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