08-06 凱旋式

 帝国歴一〇七九年十二月一日、バャハーンギール旗下の帝国軍はカゲシンで凱旋式を挙行した。

 念のため書くが、凱旋式だからと言ってカゲシン市内に軍勢の全てが入る訳では無い。

 カゲシン市内での凱旋式に参加を許されたのは総勢で三五〇〇人程。

 先頭、先払い、で入るのがガーベラ師団から選抜された八〇〇人。

 続いてバャハーンギールとゴルデッジ侯爵が率いる本隊五〇〇人、

 宗教貴族の集団もここに入る。

 第三陣がネディーアール殿下率いるクロスハウゼン旅団で五〇〇人。

 第四陣がタルフォート伯爵の五〇〇人、第五陣がモーラン旅団で五〇〇人、最後尾がクリアワイン旅団、ミッドストン旅団、騎兵連隊他からの七〇〇人である。

 この三〇〇〇人を選別する作業、隊列の順番、着る物と持つ物、などなど調整は難航を極めた。

 ミッドストンからこちら、行軍中はずっとこの作業に追われていたと言って良い。


 ・・・あのな、オレだって、毎日、ヤッてるだけじゃないし、パンツで悩んでいたわけじゃない。

 いや、妊娠させるのも問題だし、下着問題はもっと深刻のような気がしないでもないが、・・・流石のオレもネディーアール殿下にパンティーくれとは言い難い。

 それも、一枚じゃないからな。

 継続的に定期的に提供しなければモーラン一族は納得しないだろう。

 どーすんだ、コレ?

 妊娠問題も、・・・原因が分かったのはつい二日前だし。

 そういうことで、色々と保留にしていただけである。

 決して、先送りではない、多分。

 えっ、タルフォート伯爵、・・・・・・。


 まあ、ともかく凱旋式の調整は大変だった。

 ガーベラ師団は正規師団で軍閥だから、統制が取れている。

 調整もすんなり、とまではいかなかったようだが、それなりに早くまとまった。

 ガーベラ師団はカゲシンでレザーワーリの家督相続と師団長就任が終わったら、ヘロンに戻って旧ゴルデッジ領回復に努める事となっている。

 であるから、カゲシンには必要最低限しか連れてきていない。

 元からヘロンに一個連隊を残していたのだが、クチュクンジとの決戦が無くなったので、カゲシン山脈西側のカゲサトに一個連隊を残置した。

 峠を越えてカゲシンまで来たのは歩兵一個連隊と魔導一個大隊、そして騎兵大隊。

 一個連隊を連れてきたのも、カゲシンの住民にガーベラ師団の威勢を見せるため、との建前で引っ越しのためらしい。

 レザーワーリは本格的にヘロンに本拠地を移そうと考えており、カゲシンには最低限の兵士しか残さないという。

 旧ベーグム屋敷は地域諸侯のカゲシン屋敷みたいな存在にするという。

 大量の荷物を運ぶため、ついてきた一個連隊も武装は最低限だ。


 で、ガーベラ師団以外は揉めに揉めた。

 クロスハウゼン旅団にしろ、他の旅団にしろ、ミッドストンで難民を徴兵した寄せ集めである。

 降って湧いた晴れ舞台に自薦他薦が殺到した。

 牙族傭兵のモーラン旅団は、内部統制は取れているものの、外国人傭兵を凱旋式に参加させるかどうか、させるとしても人数をどうするかで揉めた。

 バャハーンギールとゴルデッジ侯爵が主体となって調整したのだが、当然ながら不平不満が多く、その不平が、名目上のナンバー2であるネディーアール殿下の所に来る。

 で、オレやアシックネールが苦労することに。

 正直な所、オレ自身は凱旋式なんて全く興味がない。

 興味がないから、オレの枠を譲ってやりたいぐらいなのだが、それもできない。

 困ったことにオレはスターになっており、オレと並んで行進したいとの話が殺到している。

 モーラン・マンドゥールンはオレの魔導連隊本部中隊に所属していたため、凱旋式も一緒にと考えていた。

 だが、彼が来るとネディーアール殿下とオレの直近という位置が減る。

 そんなことで、マンドゥールンはモーラン旅団で出ろとの声が殺到した。

 クロスハウゼン旅団内から。

 ゲレト・タイジの第二魔導大隊も微妙な立場。

 多くの牙族兵員がいて、元はモーラン旅団所属が多い。

 やはり、モーラン旅団枠で出ろとの意見があり、これはモーラン親父が乗り気になったことで更にややこしくなった。

 モーランとしてはタイジの大隊をそのままモーラン旅団に所属させたい思惑がある。

 これは、タイジを引き抜かれたくないクロスハウゼン旅団本部、具体的にはネディーアール殿下とアシックネールが断固反対して、やっぱり揉めた。

 最終的にはマンドゥールンもタイジもクロスハウゼン旅団枠となったが。

 あと、本来の旅団長が戦死したミッドストン旅団、ガーベラ会戦の本戦にはほぼ参加していないクリアワイン旅団、騎兵連隊などの取り扱いも揉めた。

 十五歳のネディーアール殿下と、公称十六歳のオレが仲裁するっていうのが間違いだよなぁ。




 そんなことで、やっとこさ迎えた凱旋式当日。

 ちなみに、凱旋式に漏れた兵士たちにはカゲシン郊外で宴会、つまり肉と酒が振舞われている。

 凱旋式自体はほぼ問題なく終わったと思う。

 ネディーアール殿下がオレにピッタリくっ付いていて、沿道の貴族たちから極めて厳しい視線を向けられていたような気もするが。

 ネディーアールって、やっぱり評判の美人というか、カゲシンのアイドルなんだよな。

 ジャニベグのような訳あり美人ではない。

 ただ、これは、どうにもならんだろう。

 後日聞いたところでは、トゥルーミシュと並んでいたレザーワーリにもあちこちから不平の声が上がっていたらしい。

 レザーワーリ本人がうっとりした顔で語っていた。

 相変わらず、良くわからん。




 事件は最後に起きた。

 凱旋式の隊列はカゲシトの正門から市内に入り、カゲシトの大通りを行進してカゲシンの正門に至り、そこからカゲシンの内城に入ってカゲシン正堂前の広場に到着した。

 カゲシン正堂前広場では大勢の貴族が待ち構えていたが、主体は三人。

 マリセア正教宗主シャーラーン、宗主補フサイミール、そして、帝国宰相アーガー・ピールハンマド。

 実を言えばバャハーンギールはピールハンマドを帝国宰相にするつもりはなかった。

 つーか、ピールハンマドは事実上カゲシンから追放されていたと、多くの貴族には認識されていたと思う。

 それが、何がどーしたのか分からんが、ミッドストンについてからのやり取りの相手はピールハンマドになっていた。

 既に、帝国宰相に任命されていたらしい。

 ケイマン族撃退の祈祷を行い成果があったこと、クチュクンジをカゲシンから退去させたこと、その際に宗主が拉致されかけたのを防いだこと、これらの功績だという。

 後の方は兎も角、最初の『祈祷』ってーのは引っかかるが、宗教国家としては否定できない話らしい。

 バャハーンギールもヘロンでは宗教貴族の『祈祷』を『功績』として認めていたから、やっぱり否定できなかったという。

 ピールハンマドを外して宗主と直接交渉しようと試みたらしいが、結局ダメで、最終的にはピールハンマドの宰相就任を容認せざるを得なかったようだ。

 ただ、それでもバャハーンギールは充分な勝利は勝ち取った、らしい。

 即ち、カゲシンでの凱旋式の挙行と、ガーベラ会戦での武勲一等、そして、次期宗主としての認知である。




 カゲシン正堂前広場にバャハーンギール以下、帝国軍首脳が集結する。

 宗主は、多分好き放題隠れ食いして糖尿病と心不全を悪化させて、真面に話せないのではと思っていたが、予想外に健康そうだ。

 良い状態ではないが、思っていた程ではなく、中央に設えられた台座に座って普通に話している。

 尤も、出迎え側で言葉を発しているのは九割方ピールハンマドだが。


 儀式でまず行われたのは、クチュクンジの宗主就任の否定だった。

 確かに、これから始めないとどうにもならない。

 クチュクンジは正式に宗家から勘当され、宗家の一員から外された。

 同時にクチュクンジとその配下も『破門』される。

 ある意味、宗教国家で最も重い罰だろう。

「クチュクンジ討伐の詔」は現在も効力があると宣言され、帝国内の全ての諸侯と市民にクチュクンジを成敗するよう命令が下される。

 褒章として、金貨二千枚と二段階の陞爵。

 また、クチュクンジが奪っていった帝国とマリセア正教の遺物を奪回した者には金貨一千枚と一段階の陞爵である。

 トエナ公爵も同時に破門された。

 更に帝国諸侯会議にトエナ家の公爵解任が議案として出される事となる。

 少々複雑だが、現状の第四帝政においてマリセア宗主は事実上の皇帝だが、法律上はそうではない。

 故に帝国諸侯会議を経由しなければ諸侯の解任はできないのだ。

 ただ、帝国諸侯会議は帝国七諸侯のうち最低五人が出席しなければ成立しない。

 つまり、現状ではトエナ公爵の解任は、少なくとも直ちには無理だ。


 続いて、ガーベラ会戦他、一連の戦役での褒章となる。

 帝国宰相ピールハンマドが帝国軍の功績を賞し、順に褒章を与えていく。

 バャハーンギールには、『ニフナニクス聖大勲章』が与えられた。

 あの人の名前が付いていると何となく身構えてしまうが、この勲章は現在の第四帝政では最も権威のある勲章とされている。

 まあ、これは事前の調整通りである。

 しかし、続いて事件が起きた。

『ニフナニクス聖大勲章』は、ここにいないシャールフやクロスハウゼン・バフラヴィー、そしてネディーアール殿下、更にはフサイミール宗主補にも与えられたのだ。

 いくら、最高位の勲章とはいえ、一度に五人に与えられると権威が希薄化する。

 ちなみに、バャハーンギール以外は交渉も何もしていない。

 カゲシン側が勝手に与えて来たとも言える。

 更に、バャハーンギールには僧正の位が与えられた。

 宗家の公子は基本的に少僧正の位である。

 僧正の位を得られるのは公子の中でも特例。

 基本的には次期宗主のみが僧正とされる。

 交渉ではバャハーンギールは次期宗主としての認定を求め、対してピールハンマドの回答が「バャハーンギール公子を僧正とする」であった。

 バャハーンギールはこれに満足していた。

 ところが、である。

 僧正の位も、バャハーンギールだけでなく、シャールフにも与えられたのだ。

 ちなみに、バフラヴィーとネディーアールは少僧正に任じられている。


「今後もマリセアの正しき教えのため、帝国のため、大僧正であるフサイミール殿下を筆頭に、バャハーンギール殿下、シャールフ殿下、そして、ネディーアール殿下以下、皆の者が粉骨砕身することを宗主猊下はお望みです」


 ピールハンマドは締めとしてフサイミールの『大僧正』を殊更強調する。

 バャハーンギールとその側近たちは真っ青だ。

 ただ、公の場では抗議もし辛い。

 そもそもバャハーンギールたちが求めた内容は全て満たされているのだ。

 帝国第一の勲章が、そして僧正位が複数に授与されるとは想定していなかっただけである。


「無礼を承知でお伺いいたします。

 今回の武功により、バャハーンギール殿下の次期宗主就任は決まりと伺っておりました。

 今回、僧正の位が二人の殿下に授与されましたが、バャハーンギール殿下が先任、つまり、次期宗主で決定と受け取ってよろしいですね?」


 声を上げたのは一時期ヘロン伯爵になっていた、バャハーンギールの側近ミズラ・インブローヒムだ。


「下郎、言葉を慎め。

 ここは僧都風情が発言を許される場ではない!」


 インブローヒムの言葉に宗主護衛騎士団長が即座に反応。

 部下が一斉に動く。

 だが、バャハーンギールの部下がインブローヒムの盾となるように前に出で牽制した。

 双方、剣を抜いて対峙している。

 帝国の祭典とは思えない事態だ。


「静まれ!」


 ピールハンマドの言葉に、護衛騎士団が止まる。

 続いて、バャハーンギール側も剣を収めた。

 流石に双方、流血沙汰はまずいと考えているのだろう。


「本来、この場は下々の問いに答える場ではない。

 だが、この吉日を無粋な争いで汚すことはできぬ。

 故に、特別に答えておこう」


 なんだろう?

 ピールハンマドが前よりもしっかりしているように見える。


「今回のガーベラ会戦の勝利は帝国にとってまことに得難い物であった。

 この戦いを指導した、バャハーンギール公子、並びにシャールフ公子の武功は比類ない物が有ろう。

 故に、二人の公子をそれぞれ僧正の位に推したものである」


 ピールハンマドは、その良く通る声で朗々と語り続ける。


「現状、宗主猊下には二人の公子しか残っておられない事、そしてシャールフ公子が未だ成人に達していないことを考慮すれば、バャハーンギール公子が現状、有力な次期宗主候補であることは間違いない。

 これは宗主猊下もお認めになっておられる」


 バャハーンギール陣営に少しだけほっとした空気が流れる。


「だが、今回、カゲシンからクチュクンジを放逐するのに寄与されたフサイミール宗主補大僧正殿下の功績も著しい物がある。

 また、何より、宗主猊下に新たな公子が得られる可能性もある。

 故に、あくまでも暫定的なものであると心に留め置かれたい。

 バャハーンギール公子のこれからの精進に期待している次第である」


 よーするに、宗主シャーラーンと宰相ピールハンマドは、バャハーンギールを認めていないってことだ。

 宗主、宰相から、バャハーンギールへの宣戦布告にすら聞こえる。

 実際、バャハーンギール陣営は爆発寸前といった趣だ。

 どーなるんだ、これ?


 興味深いのは、宗主とピールハンマドも必ずしもうまく行っていないように見える事だろう。

 この儀式が始まってから、宗主とピールハンマドは一度も視線を合わせていない。

 ピールハンマドの千日行祝賀会の時や、スラウフ族の祝福の儀では、宗主は時の宰相エディケ・アドッラティーフと何度も視線を交わし、確認していたように思う。

 今回はそれがない。

 考えてみれば、宗主がネディーアール殿下に手を出したピールハンマドを許したとは思えない。

 だが、二人はバャハーンギールを次期宗主にはしないという一点では合意しているのだろう。

 宗主は、新たな公子を得てそれを後継ぎにする望みを捨てていない筈だ。

 一方、ピールハンマドはシャールフを推していた。

 見れば、ピールハンマドが護衛騎士団長と目配せしている。

 宗主護衛騎士団長は、・・・あの時の話が真実なら、シャールフと刺しつ刺されつの仲。

 多分、シャールフ派だろう。

 二人でシャールフを推すという密約でもしたのだろうか?

 ・・・ひょっとして、ここにタルフォート伯爵が加わる、のか?


 とか、思っていたら、ピールハンマドがこちらを見詰めている。

 よく見れば宗主も、だ。

 バャハーンギール一派はまだざわついているが、二人としては儀式が一段落して余裕が出来たのかも知れない。

 正確に言えば、二人が見ているのはオレではない。

 オレの前にいるネディーアール殿下だ。

 今回の儀式でネディーアールはオレの横に立つことを希望していたのだが、アシックネールと二人で説得して、一人で前に立たせたのだ。

 我ながら、この配置は正解だったと思う。

 横に立っていたら、ベッタベタにくっ付かれて、宗主とピールハンマドの視線と嫉妬と逆恨みを独占していただろう。

 しかし、・・・ネディーアールの現状からすればオレとの関係が露見するのは時間の問題でしかない。

 二人とも、ネディーアールに対する執着は消えていない感じ、・・・どーしよう?

 この問題、ネディーアールに手を付ける前から分かっていた話で、手を付けてからは意図的に先送りしていた問題だが、・・・どうやら、本気で対策を考える必要がありそうだ。

 困ったことにオレ自身もそれなりに出世しちゃったし、クロスハウゼン旅団もなし崩しに『ネディーアール旅団』として正式化するとの話になっている。

 オレが実質的な隊長らしい。

 それで、ネディーアールに手を付けたのがバレたら、・・・出世させてやったのに大事な娘に手を出しやがってとか平気で逆恨みされそうだ。

 本人の希望とか言っても、本人よりも家の意見が尊重される貴族社会だからなあ。

 ・・・・・・・対策が考えつかん。

 オレ、なんか追い詰められてないか?

 やっぱ、早めにカゲシンを離脱してクロスハウゼン本隊に合流するしかないかね。




 と、オレがそんなことを考えていた時だった。

 突然、緊張感のない声が響き渡った。


「あー、言っとくが、私は宗主にはならんぞ!

 宗主になったらブンガブンガができないではないか。

 いや、そうだな、月に一回、いや二回、ブンガブンガを許可してくれるのなら半年ぐらいやってみてもいい」


 宗主補フサイミールの放言に場の空気が一気に弛緩する。


「ああ、できれば、カゲシン正堂大広間でブンガブンガをやらせてほしい。

 千人単位でのブンガブンガをやるのが夢だったのだ!」


 宗主が、そそくさと引き上げをはじめ、儀式はグダグダのまま終了となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る