08-05 パンツ!

 話は数日前にさかのぼる。

 ミッドストンでバフラヴィーたちと別れた翌日、オレはとある検証を行っていた。

 ずっと忘れていたがオレの亜空間ボックスには『着用後下着』フォルダーというのがある。

 それも『貨幣』フォルダーの下に、だ。

『神様の御使いィ』は『着用後下着』を貨幣に準じる価値があるとしている、らしい。

 以前から思っていたが、うさん臭さマックスの神様である。


 で、オレがガーベラ会戦で獲得した『着用後下着』は亜空間ボックス内に自動で振り分けられていた。

 そーゆー仕様。

 意味不明。

『着用後下着』内の枚数は一万枚以上。

 この時点で論評し難い。

 し難いが、一応、検証はしておこうと考えたのだ。


『着用後下着』フォルダーは更に十三個のフォルダーに分かれる。

 クラス『ゼロ』から『九』までと、『S』、そして補助フォルダー二個である。

 ゼロから九まではランク分けで、クラス『九』が最も価値が高い下着で、枚数も最も少ない。

 クラス『一』が保管されている中では最も価値が低く、枚数も最多だ。

 クラス『S』は『九』の上という訳では無く、『特殊』である。

 前回の物ではナユタの下着がここに入っている。

 添付された説明には『十二歳虎系牙族黒色変異処女』とある。

 確かに、極一部の人にだけ、受けそうだ。

 クラス『ゼロ』は『廃棄』ボックスであり、ここに分類された下着は自動的に魔素に分解される。


 前回の下着では最高がクラス『四』である。

 試しにクラス一から七まで一枚ずつ出して並べてみたが、違いがよく分からない。

 ただ、クラス七になると下着の素材自体が高級だ。

 レースとか、シルクとか、オレでも分かる感じ。

 ざっと見たところでは、高級下着はクラス四ぐらいから混ざりはじめ、クラス七になるとほぼ全て高級下着となる。

 クラス八と九になると、一枚一枚が専用の皮袋で密閉保管されている。

 皮袋は特別製で、説明によれば内部には窒素を封入して劣化を防いでいるという。

 無駄に高仕様だ。

 亜空間ボックス内は時間の経過が無いから劣化しない筈だが、売買ないし贈答する際に必要と説明文にある。

 補助フォルダー二個は、未使用の密閉用革袋と、使用前下着だ。

 説明文には窒素だけを分離する魔法とそれを注入する魔法の解説まであった。

 なんでこんなとこに書くかね?

 普通に『トリセツ』にまとめて欲しい。


 それは兎も角として、この下着、本当に財産なのか、売り物になるのか、そこら辺は確認しておく必要がある。

 と、言う事で、試すことにした。

 選んだのはオレの個人的護衛部隊の隊長である栗鼠系牙族のスルスー・メニアクである。

 いや、タイジとか、何となく見せたくなくてね。

 個人的な相談があると言ってスルスーをテントに入れ二人だけにして、クラス『八』の下着を一枚見せた。


「これについて、意見が欲しいんだが、・・・」


「こ、こ、こりはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 オレが下着を取り出した途端、スルスーは下着に釘付けになった。

 両眼は充血し、口は開きっぱなし。

 よだれまで垂れている。

 スルスーは震える手で下着を受け取ると、子細に調べ始めた。

 そして、怒涛の如くしゃべり始めた。


「こりほどの逸品は見た事みょも、聞いたことみょも、ありましぇん!」


 スルスーによれば、この下着の匂いは最上級だという。

 下着の質も良く、肌触りも最高。

 何より優れているのは『マナの残滓』だという。

 女性の体液には男性を興奮させる、男性の魔力を活性化させるマナが含まれている。

 ただし、その量は男性の精液に含まれる女性向けマナと比較すると微々たるものだ。

 であるから、男性が女性とセックスして体液を摂取しても魔力はほとんど増えない。

 ただ、男性を興奮させる力はそれなりにある。

 女性の基本魔力量が高い場合はこれが顕著となり、魔力量の低い男性が高い女性とセックスすると精液を一挙に放出してしまう。

 所謂、『吸い取られる』状態になるのだ。


 牙族は匂いに敏感で、匂いで興奮する者が多い。

 この世界の男性は女性の相手を強いられる場合がしばしばあり、興奮用道具を持ち歩くことが多いが、牙族では女性の下着が多いという。

 その下着は勿論、女性の体液がしみ込んだ香りが強い物が良いのだが、香りの中に女性のマナが残っている物がより優れているらしい。

 牙族は魔導士の比率は人族より高いが高位魔導士は少ない傾向にある。

 よって、マナの匂いが残った下着は滅多にない。

 オレが渡した下着はその極めて稀な例であり、最上級の逸品、もはや芸術品なのだそうだ。

 着用後下着が芸術品って、・・・。

 そして、スルスーは最後にキリっとした顔になり、とんでもないことを言い出した。


「こりぇは、ネジェイーアール殿下のでしゅね?」


「いや、違うから」


 スルスーは断言する。

 このようなマナを芳醇に含んだ下着は余程魔力量の高い女性が穿いたものでしか有り得ないと。

 そのような女性は限定される。

 オレは、勿論否定した。


「いえ、わきゃります。

 しょうでしゅよね、お立場からしゅれば否定するしかありましぇんよね」


 良く分かっていると勝手に自己完結しているスクワ族の小隊長。


「きょのようなご褒美を頂き感激の極みでしゅ。

 ご信頼には必ずお応えいたしましゅ」


 スルスーは下着を革袋にしまい込み、硬く密閉すると大事そうに懐に入れて去っていった。

 股間をパンパンに膨らませて。


 えーと、・・・オレ、意見を求めただけなんだが。

 下着を褒美にするとも、やるとも言ってないんだが。

 だが、スルスーはとっても喜んでいる。

 今から取り返せば忠誠心もだだ下がりだろう。

 そんなことで、まあいいか、とその時は思ってしまったのだ。

 お分かりだろうが、これが悲劇の幕開けだった。




 それから二日後の日中であった。

 オレは普通に行軍中。

 ネディーアール殿下にアシックネール、ハトンらを引き連れ、前衛はナユタたちが務める。

 後ろにはセンフルール勢もいる。

 勿論、クロスハウゼン旅団司令部の本部中隊の面々もいる。

 そんな、何時もの行軍隊形。

 そこに、あの暑苦しい男がやってきた。

 毛むくじゃらの柔道部主将は行軍の前の方から騎馬でやってきた。

 取り巻きもつれて。

 そして、オレの姿を認めるなり叫んだのである。


「アニキィィィィィィィィィィィ!

 俺にもパンティー分けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 地球時代も含めて、生涯でこれほど酷い声掛けは記憶にない。

 側近を置き去りにして「パンティー、パンティー」と連呼しながら単騎で突撃してくるモーラン・マンドゥールン。

 頭が痛いなんてもんじゃない。

 周囲からは訝しがる声と共に、『やっぱり変態』、『生パンツ大王』、『パンティーを頭から被るのが趣味』などと囁く声も聞こえてくる。

 オレは突撃してきたマンドゥールンの襟首をひっつかんで路外に出た。


「それで、パンティーってなんなんだ?」


「だから、パンティーだよ。

 ネディーアール殿下のパン・・・」


 頭をどついて強制的に発言を止める。

 同時に近づいてくる側近たちに、『しばらく二人だけで話をする!』と断言して遠ざけ、即座に遮音結界を張る。


 興奮状態のマンドゥールンを宥めて話を聞く。

 なんでも、スルスー・メニアクとちょっとした張り合いになったらしい。

 ガーベラ会戦について、マンドゥールンは、自分はカンナギの横で戦っていたと誇っていたという。

 確かにガーベラ会戦ではマンドゥールンが俺の横にいたのが多かった。

 だが、それを聞いたスルスーが、『カンナギ殿の信頼を一番得ているのは自分だ』と言い出したらしい。

 マンドゥールンはゴツイ筋肉質の虎系スラウフ族。

 メニアクは貧弱体型の栗鼠系スクワ族。

 牙族部族の格としては圧倒的にスラウフ族で、しかもマンドゥールンは名門御曹司だ。

 カチンと来たマンドゥールンがメニアクを睨みつけると、彼は涼しい顔で例の下着を取り出したという。


「あのパンティーを見た瞬間、負けたと思った。

 あれは、なんだ!

 一瞬接しただけで分かるあの芳醇なマナの香りは!」


 マンドゥールンの瞳は元から赤いのだが、今は白目の部分も充血している。

 異様な迫力である。


「あの野郎、アニキから褒美で貰ったと言いやがった!

 なんで、あいつにあれが当たって、俺には無いんだ!

 おかしいだろう!

 俺も、ネディーアール殿下のパンティーが欲しい!」


「いや、待て、誰がネディーアール殿下のだって言ったんだよ」


「そんなの見ればわかる。

 あんな濃厚なマナをパンティーに残せるのは余程魔力量の高い女性だろう。

 スルスーの奴はアニキから貰ったと言っていた。

 ならば、ネディーアール殿下のパンティーしか有り得ない!

 他にいないじゃないか!」


 だんだん声が大きくなるマンドゥールン。

 遮音結界が張られていても心配になる。


「アニキ、俺にもネディーアール殿下のパンティーを分けてくれ!

 どうしても欲しいんだ!」


「お前、下着なんか貰ってどーするつもりなんだよ」


「勿論、匂いを嗅ぐために決まってるじゃないか!

 あれを頭から被っていれば、今の倍の数の女をこなせる」


「・・・頭から被るのか?」


「あー、うん、勿論、人前ではやらんぞ。

 牙の民では普通の事だが、帝国内では評判が悪いからな。

 人族の目に留まらない所でこっそり被るんだ。

 モーラン家の内規でそうなっている」


 良くわからんが、異文化交流は大変そうだ。


「アニキほどじゃないが、俺も多くの捕虜を抱えているんだ。

 毎日、三人はやらなきゃいけない。

 そのためにはあのパンティーがいる」


「三人ぐらい、気合で何とかしろよ。

 ハイアグラもあるだろう」


「アニキにそれを言われると辛いが、残念ながら俺はアニキ程の絶倫ではない。

 ハイアグラはあるが、薬がある前提で求められるからな。

 だが、・・・」


 マンドゥールンが意味ありげに言葉を区切る。


「アニキだって、あのパンティーを使っていたのであろう?

 頭から被っていたのであろう?

 そうでなければ、あのような芸術作品は作れない。

 自分で使うために、苦労してあれを作った。

 あのパンティーこそがアニキの絶倫の秘密と俺は睨んでいるのだが」


 こいつ、どーゆー頭の構造になってんだ?


「そもそも、スルスーが持っていて俺が持っていないなんて、あり得ないだろ!

 頼む、どーしても欲しいんだ!

 ネディーアール殿下のパンティーを譲ってくれ!」


 もう、何が何だか分からん。

 分からんが、マンドゥールンは絶対に引かないだろう。

 オレは観念して、クラス『八』の下着を取り出した。


「分かったよ。

 ほら、これをやる。

 ただし、このことは絶対に他に漏らすなよ!」


「当然だ!」


 マンドゥールンはオレから革袋を受け取るなり、封を開き袋の中に顔を突っ込んだ。

 そのまま数分、死んでんじゃないかと心配になったころ、彼はやっと顔を上げた。


「素晴らしい!

 素晴らしすぎる!

 布の素材、いや、糸の素材から違うのだな」


 ごつい体のタイガーマスクがパンティーを真剣に調べ始める。


「アニキ、一つ教えてくれ。

 このパンティーは何日ぐらい穿かせていたのだ?

 あと、穿かせている間は、やはり密閉させていたのか?」


「知らんがな!」


 反射的に怒鳴ってしまったが、マンドゥールンはさして気にしていなかった。


「うむ、やはり、作成方法は秘密か。

 この様な芸術品の作成にはさぞ時間と根気が必要だっただろう。

 簡単には教えられんと。

 当然だな」


 勝手に自己完結している牙族の若頭。


「ところで、アニキ。

 今の感じだと、まだ何枚かあるのではないか?」


 ・・・それは、・・・確かに何枚も持っていますが、・・・・・・。


「頼む、もう一枚。

 スルスーが一枚なら、俺は二枚は貰わんと示しがつかん」


 結局、マンドゥールンは二枚の下着をせしめて去っていった。

 股間をパンパンに膨らませて。

 ・・・・・・・・・・・・疲れた。

 そして、オレはもう二度とこの下着は世に出すまいと心に決めたのである、・・・その時は。




 更に二日後の事だった。

 恒例の軍幹部連絡会議の後、モーラン旅団の旅団長、モーラン家の当主モーラン・バルスボラトがオレの所にやって来た。


「カンナギ、いや、カンナギ殿、少し話がある」


 モーラン親父はそう言って声を潜めた。


「其方、ネディーアール殿下のパンティーを芸術品にまで仕上げたそうだな」


 ・・・それ、どこで聞いたのでしょうか?

 って、決まってるわな。


「マンドゥールンが、とてつもない下着を持っていてな。

 モーランの幹部全員で問い詰めたところ、其方から褒美として貰ったと。

 頼む、あるだけ譲って欲しい。

 うちの一族で、血を見るほどの奪い合いになっているのだ」


 血を見るほどって、こいつらどこまで下着に固執してんだよ。


「無論、タダとは言わぬ。

 下着一枚につき、金貨一〇枚、いや二〇枚だそう」


 こちらの貨幣価値は現代地球先進国とはかなり異なる。

 簡単に言えば、人件費が安く、物価が高い。

 下級兵士一人の給金が年間金貨一枚だ。

 兵士は衣食住が保証されているので簡単には比較できないが、オレは金貨一枚を日本円で一〇〇万円ぐらいに考えている。

 金貨二〇枚って、普通に大金だ。

 何考えてんのかね?

 しかし、こんなの続けていたらキリがない。

 金はあって困るモノではないが不自由もしていない。

 何より、パンティー一枚二千万円で売るのはだめだろう。

 ここはきっぱり断る、・・・のは、拙そうだから、冗談として受け流そう。

『たかがパンツ一枚』と言いかけて、バルスボラトを見て言葉が止まる。

 この親父、目がマジだ。


「マンドゥールンは俺の後継ぎだが、まだ十五歳の若造だ。

 その若造が分不相応な物を持っていると、幹部たちが騒いでいる。

 すまぬが、あるだけ売って欲しい」


「いや、売ると言われましても、・・・」


「カンナギ殿が自分と共に戦ったマンドゥールンを贔屓にするのは当然だ。

 俺としても、カンナギ殿がマンドゥールンを高く評価してくれたのはうれしい。

 だが、あの褒美は過大に過ぎる。

 あんな刺激的な物を見せつけられて自制心を保つことが出来る男は稀だろう。

 このままでは、我が家の秩序が崩壊する」


 パンツ一枚で崩壊するモーラン家の秩序って?

 しかし、困った。

 とても笑ってごまかせる状況ではない。


「あれほどの品、カンナギ殿が出し惜しみする気持ちは分かる。

 だが、このままではマンドゥールンの立場も悪くなる。

 頼む、この通りだ」


 モーラン軍閥の当主に拝まれてしまってはどうにもならない。

 ここまでされて断ったら、完全に敵に回してしまう。


「分かりました。

 ですが、手持ちは三枚しかありません。

 これ以上は、しばらく提供できません」


 オレは三枚のクラス『八』を取り出して渡す。


「むむ、三枚もか。

 有難いが、しばらく提供できぬとは?」


「この下着の作製にはかなりの時間が必要なのです」


 頻繁に集られてはかなわん。


「しかし、カンナギ殿とネディーアール殿下がそのような関係になったのは最近と聞いていたが」


「建前では、そうなっております」


 モーラン親父はハッとした顔になり、革袋の一つを開けて中を覗き込んだ。


「うむ、一息吸い込んだだけで、体中が活性化してくる。

 至高の芸術品だな。

 確かに、このような物が一日二日でできる方が不自然、・・・」


「ここだけの話にして頂けると幸いです」


「どうやら、無理を言ってしまったようだな。

 分かった、秘密は厳守する」


「あと、いくら何でも下着一枚に金貨二〇枚は貰いすぎです。

 この下着は消耗品、使っていれば匂いもマナも薄れていきます。

 金貨一〇枚、いや五枚で充分でしょう」


「待て、この品が金貨五枚など有り得ぬ。

 逆にそんな値段と知れたら購入希望者が殺到するぞ」


 結局、モーラン親父は金貨四〇枚をオレに押し付けた。


「それにしても、カンナギ殿に我が家から第一正夫人を出さなかったのは、ある意味運命かもしれん。

 其方のような我らの文化に理解があり、下着の制作に時間と情熱を傾けてくれる人材がネディーアール殿下という極めて魔力量の高い女性を正夫人に迎えたことで、この下着が誕生した。

 運命だな。

 これからも、芸術品の制作に取り組み、我が家に提供してほしい。

 対価は充分に用意する」


 そうして、モーラン・バルスボラトは去っていった。

 股間をパンパンに膨らませて。

 えーと、オレ、定期的にパンツを提供しなけりゃならんのだろうか?


 オレは慌てて『着用後下着』フォルダー内を見直す。

 フォルダー内には一万枚を超える下着が入っているが、上級は枚数が少ない。

 クラス『八』は四六枚で、うち六枚を出したから残り四〇枚だ。

 あと、クラス『九』が十七枚ある。

 これで、あと、どれぐらい粘れるだろう?

 新しい下着を作る?

 どうやって?

 明らかにオレ一人では作れない。

 地球のその手の店では、オバサンが穿いて臭いを付けた下着に女子高校生の写真を付けて売ってたとか聞いたことがあるが、あのモーラン家にそれは通用しないだろう。

 そうすると、・・・ネディーアール殿下に頼むのか?

 頭が痛いなんてもんじゃない。

 途方に暮れたオレだが、話は終わらなかった。

 更なる追い打ちが待っていたのである。




 それは、モーラン親父に下着を提供した更に二日後の事だった。

 その日は、行軍中も定期的に開催されるバャハーンギール主催の懇親会だった。

 オレも仮の旅団長だから出ないわけにも行かない。

 例によってガチガチに焼かれた肉だけの料理に、熟成の欠片もないワインという組み合わせに辟易しながら、オレは勝手に水で薄めたワインをやっていた。

 こんなワインで酔っ払いたくない。

 そこにやって来たのがタルフォート伯爵だった。


「カンナギ殿、大事な話がある」


 大物の頼みである。

 会場の隅に移動して遮音結界を張る。


「カンナギ殿、其方、ネディーアール殿下の下着を肌身離さず持ち歩いているそうだな」


 げっそりした。

 もう、誰から聞いたのかと問いただす気力も無い。

 大事な話ってこれか?


「いや、責めているわけではない。

 実は私も大切に持ち歩いている下着があるのでな」


 そう言って、懐から革袋を取り出し、口を開ける。

 中には確かに下着が入っている。

 そうか、こいつも下着フェチか。

 人族でもいたんだな。

 帝国の人族では下着フェチは変態扱いだったと思うのだが。


「ははあ、それは伯爵閣下にとって大事な方の下着なのですね?」


「うむ、シャールフ殿下の物だ」


 吹いた。

 盛大に吹いた。

 飲みかけていた水割りワインの全てを噴き出してむせ返る。

 オレ、呼吸とか必要ない体質だった筈なんだが、どーして、こーゆー時はむせるんだろう?


「実は、ミッドストンに着く前日にシャールフ殿下とジャニベグ殿の接待を受けたのだ。

 大変に素晴らしい一夜であった」


 むせ返るオレを無視して自身の世界に浸る伯爵閣下。


「表現しようがないほど素晴らしい一夜であった。

 新しい世界を見たと言うか、未知なる扉を開いたというか、今でもあの感動が忘れられん!

 この下着は、あの夜の記念として殿下に頂いたものだ」


 シャールフとジャニベグの接待って、あんた何をしたんだ?

 扉、開いたって、・・・いや、開くなよ!

 開いちゃいかんだろ!

 あんた、確か三〇超えてただろ!

 そんな扉開いたら、もう、戻ってこられないぞ!


「そして、私は理解したのだ。

 この方が、シャールフ殿下こそが、次期宗主なのだと!

 翌日、私はバフラヴィー殿に、私がシャールフ殿下の宗主推戴に賛同していると伝えようとした。

 だが、あっというまに事が進んで、伝えることが出来なかったのだ」


 確かにあの時は事がパタパタと進んだのは有る。


「それで決意表明できぬまま、時を過ごすことになってしまった。

 ネディーアール殿下にお話ししようかとも考えたが、女性の殿下に理解して頂けるか不安でな。

 だが、カンナギ殿が同好の士と知って、話をすることに決めたのだ」


 うん、理解したよ。

 あんたが、そっちの世界に旅立ったことは充分に理解した。

 だが、オレを同好の士と断定するのは止めて欲しい。

 少なくともオレが持っているのは『女性の下着』だ。


 タルフォート伯爵はネディーアール殿下によしなにと何度も言って去っていった。

 伝えるの?

 何を?

 どうやって?

 ネディーアールに?

 つーか、これ、味方なのか?


「キョウスケ、どうしたのだ?

 顔が真っ青だぞ」


「話の途中では顔がけいれんしているように見えましたが大丈夫ですか?」


 話が終わったのを見届けて寄ってきた女性たちが心配気な表情で話しかけてくる。

 そんな中、放心したオレは本当にどーでもいいことを考えていた。

 去っていくタルフォート伯爵の股間を確認していなかった、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る