07-40 戦いが終わったから

 ケイマン総司令部から押収された資料、そして、フアラジュ僧都の尋問結果は、控えめに言ってもとんでもない代物だった。

 オレたちが帝国軍総司令部に戻って数時間、その数時間の暫定報告書でも衝撃的な内容である。

 今回のケイマン=フロンクハイトの帝国侵攻だが、トエナ公爵家と、トエナ系公子であるクチュクンジ殿下が共謀しての物だったという。

 セリガー共和国も加わっていたようだ。

 カゲシンの政治状況も凄まじい。

 エディゲ・アドッラティーフ宰相は暗殺されていた。

 エディケ家自体も一族郎党が粛清と追放。

 更に、ウィントップ公爵家が謀反を起こし、トエナ公爵家とスラウフ族の連合軍に殲滅されていた。

 ウィントップ公爵家一族の主だった者は全て殺されたという。

 多分、冤罪だろう。

 ウィントップ系公女であるスタンバトアは激怒していた。


 現在のカゲシンはクチュクンジ帝国宰相臨時代理の支配下にあるという。

 クチュクンジの後ろ盾であるトエナ系とクチュクンジが太守を務めるシュマリナ系の貴族が政権を支えている。

 クチュクンジは現在、公然と宗主就任の準備を進めているとか。

 シャーラーン変態宗主の状況は分からないが、クチュクンジの宗主就任までは生きているだろう、との噂。

 円満な譲位という奴が必要なため、という。

 宗主補フサイミールは既にクチュクンジに尻尾を振っているらしい。


「包囲網の外で待ち構えていた部下から報告があった。

 クチュクンジは、私の従弟にアナトリス侯爵就任を打診したらしい。

 私や、私の息子を差し置いて、だ。

 侯爵就任を認めるから自分を支持しろという話だな。

 困ったことに従弟自身も乗り気だという。

 私の忠実な部下が報告してくれた」


 アナトリス侯爵が裏付けとなる情報を告げる。


「私の所にも似たような話が来ていた」


 タルフォート伯爵が苦虫を嚙みつぶしたような顔で追加する。


「アナトリス侯爵閣下は包囲されて一か月だからまだ分る。

 私の所は、昨日の段階で、つまり我らが包囲されたと同時に話があったらしい。

 私が戦死し、タルフォート旅団が壊滅しても、クチュクンジに従えばタルフォート領の存続を認めてやるという話だ。

 驚いた部下が早馬で知らせてきた」


「第十一軍を無理に突っ込ませて包囲させるのが、カゲシン、クチュクンジの策略だった。

 我らは全員、ケイマンに捧げられた供物だった、そういうことだな」


 モーランの親父が何故かニヤケ顔で発言する。


「しかし、ベーグム師団の新師団長はフロンクハイトから迎える、ですか。

 無茶苦茶ですね」


 妙に貫禄が付いたベーグム・レザーワーリが無表情に話す。


「クロスハウゼン師団はセリガーだ。

 クチュクンジ殿下はこんな状況で本当に帝国を差配できると信じているのか。

 笑うしかないな」


「まだ、いいだろ。

 モーラン旅団は完全解隊で男は全員死刑だ」


 バフラヴィーの言葉にモーラン・バルスポラトが放言する。




 それからの議論は簡単だった。

 ヘロン在の帝国軍首脳にとって、クチュクンジ政権は、ない、のだ。

 ここまでの方針が公言されている以上、クチュクンジ政権とは相いれない。

 これから方針転換すると言われても信頼など不可能だ。


 そうして、帝国軍会議はそのままバャハーンギールの御前会議へと移行。

 バャハーンギール以下の宗教貴族も、この情報は寝耳に水だったらしい。

 大騒ぎになり、そして、方針が決定された。

 帝国軍はヘロンで勝ったが、まだ、旧ゴルデッジ領は取り戻していない。

 ギガウォック要塞も、だ。

 だが、これは放置してカゲシンに向かうことが決定される。

 一応、ヘロンには多少の部隊を残すが、積極的な攻勢はカゲシンが片付いてからとされた。

 ゴルデッジ侯爵は、軍の半分は残して、旧ゴルデッジ領の奪還を進めるべきと意見したが本人以外誰の賛同も得られなかった。

 ケイマン軍は勝手に退却する可能性が高いことと、ボルドホンの第三軍もいるから、取りあえずそれに任せるという意見が主流。

 何より、クチュクンジ政権が継続したら、ゴルデッジ領を取り戻してもゴルデッジ侯爵家の再興は困難。

 それを防ぐためにはバャハーンギールをカゲシンに戻すしかない。

 これには、ゴルデッジ侯爵も反論できなかった。

 こうして、ヘロン在帝国軍のクチュクンジ追討、カゲシン攻略作戦が可決された。




 会議ではあと二つ重要事項が決定された。

 一つは、ベーグム・レザーワーリによるベーグム家家督承認と、ベーグム師団の師団長就任である。

 レザーワーリの師団長就任はあくまでも暫定だったから、カゲシンから新師団長が任命され派遣されれば、指揮権の問題が生じる。

 恐らくだが、クチュクンジが新師団長を派遣してもベーグム師団の大半はレザーワーリの下に留まるだろう。

 だから、急ぐ必要もないのだが、ベーグム家としては、先に承認させておきたかったのだろう。

 後からでは、変な条件を付けられかねない。

 揉め事は事前に潰すに限る。

 バャハーンギールとしても、カゲシン奪還にはベーグム家の協力が必要であり、現時点で拒否はできない。


 もう一つは、シャールフのシュマリナ太守就任である。

 これは、会議前にクロスハウゼン首脳部での議論の結果として、申し込まれた。


「バャハーンギール兄上、いえ、今後は単に兄上と呼ばせて頂きます。

 もはや、我らに男の兄弟はおりませんから。

 今、現在、カゲシンにはクチュクンジが跋扈しております。

 我らにとって、これは放置できない事態であります。

 ここで、我ら兄弟が相争うことは避けねばなりません。

 私、シャールフはここに、兄上のカゲシン宗主就任を支持し、それを支援する事を御誓い申し上げます」


 シャールフの言葉に、それまでほぼ無反応だったバャハーンギールが微かに声を上げる。


「勿論、私、シャールフもカゲシン公子の一人。

 帝国にとってより重要な地位を得て、国家に貢献したいと愚考いたします。

 クチュクンジは現在、シュマリナ太守。

 クチュクンジが排除された場合、シュマリナ太守の地位が空くこととなります。

 如何でしょうか。

 このシャールフを、クチュクンジに代わるシュマリナ太守として任命して頂ければ、より一層、兄上と国家に貢献できるものと考えますが」


 シャールフの提言は、よーするに、シュマリナ太守にしてくれれば、宗主に立候補せず、バャハーンギールの宗主就任を後押しするという交換条件だ。

 帝国七諸侯の一つであるシュマリナ領をよこせというのだから、強欲とも言える。

 だが、このような場合は条件を付けるべきだろう。

 シャールフとバャハーンギールはこれまで接点らしい接点が無い。

 真面に会話したことすらないのだ。

 派閥も重なるところが無い。

 このような関係で、いきなり無条件で全面支持すると言っても信頼される訳がない。

 逆に、ある程度条件を付けて、それなら協力するという方が、相手も安心する。


 基本的に、現状では、シャールフの宗主就任は無理がある。


「戦い直後の感触では、シャールフ殿下の宗主即位も夢ではないと思ったんだがなぁ」


 クロスハウゼン旅団第二歩兵連隊長のブルグル・タミールワリーは嘆息して言った。


「あの公開初夜の儀で一気にダメになった。

 戦いの前に活躍した者に精を注ぐと言っておられたが、まさか全軍の前でヤルとはなぁ。

 バフラヴィー様もスタンバトア様も、あんなのを許すとは、何を考えておられるんだ。

 監督不行き届きもいいとこだ。

 そもそも、あのジャニベグとの婚約を認めたのが間違いとしか言えん!」


 ブルグルはシャールフの告白を聞いていないからな。

 ただ、ブルグルだけでなく、アナトリス侯爵や、タルフォート伯爵らも同様の事を言っていた。

 シャールフの宗主推戴は、一瞬だけ盛り上がったが、一瞬で霧散したらしい。

 六万人の前で公開セックスする男が、宗教トップってーのは、どー考えても無理だよね。


 ちなみに、バフラヴィーたちはとっくに諦めていた。

 未成年で、出自の問題もある。

 バャハーンギールは後援のゴルデッジ侯爵家が壊滅状態だが、カゲシン多数派である宗教貴族の支持は厚い。

 根本的な話として、シャールフの性癖を考えれば、どう考えても、支えきれない。

 シュマリナ太守あたりが、望みうる最大限で、それで満足しとこうという話だ。

 そして、この策は功を奏した。

 バャハーンギールが鷹揚に立ち上がる。


「シャールフ、我が弟よ。

 其方の序列を重んじる立ち振る舞い、このバャハーンギールも感心である。

 其方のような者が帝国の東の盾となってくれれば、帝国も安泰であろう。

 余が、即位した暁には、其方にシュマリナを任せることとしよう!」


 相変わらずベールで顔の上半分は見えないが、声はしっかりしている。

 そして、その声は、嬉しそうだ。

 シャールフの協力が得られるということは、クロスハウゼンの後援を得られるのと同義。

 シュマリナを与えてライバルが一人消え、クロスハウゼンの協力が得られるなら御の字だろう。

 しかし、こいつ、まともに喋れたんだな。

 バャハーンギールの取り巻きたちも、とっても嬉しそうだ。

 ゴルデッジ侯爵だけは微妙な顔だったが。

 ともかく、こうして、バャハーンギールとシャールフの同盟が成立した。




 そして、最後にもう一つ、重要なことが決められなかった。

 今回の戦いの論功行賞である。

 誰が一番とかの話だが、これが、まあ、問題だった。


「我らは戦いの間中、マリセアの正しき精霊に対して祈りを捧げていた。

 今回の勝利には、我らの祈祷が大きな貢献をしたものと考える」


 バャハーンギール側近の、新ヘロン伯爵こと、ミズラ・インブローヒムがしたり顔で演説する。

 これに宗教貴族たちが拍手喝采。

 対して、帝国軍関係者は、・・・淡々としていた。


「現状において論功行賞は時期尚早であろう。

 クチュクンジを討伐し、カゲシンを奪還して、初めて、その辺りの話が出来ると考える。

 今は保留で良いのではないか?」


「アナトリス侯爵に賛同いたします。

 まずはカゲシンでしょう」


「同じ考えです。

 クチュクンジ打倒が最優先。

 自分の師団長就任は、あくまでもそれのための準備です」


「全くもってその通り。

 帝国玉璽も無いのにあれこれ言っても始まらん」


 アナトリス侯爵の言葉に、バフラヴィー、レザーワーリ、そしてモーラン親父が賛同し、話は決まった。

 宗教貴族たちは、論功行賞順位で激論が交わされると思い込んでいたらしく、拍子抜けしていた。

 同時に自分たちの『功績』が確定しないことに不満気な顔をしていたが。


 実は、宗教貴族たちがこれを出してくるのは予想されていた。

 バャハーンギールがそれを止めないことも。

 軍関係者は、バャハーンギール一派をある意味見限っていた。

 戦闘の間、ヘロン城内に残っていた『バャハーンギール公子』が『影武者』であることも確定していた。

 彼の周囲には、側近の宗教貴族がほとんどいなかったのである。

 宗教貴族の大半、そしてバャハーンギール本人らしき人物が、戦いの間、メハン川の旧渡河点に移動していたのも確認されている。

 彼らがケイマン軍と内通していて、裏切りを行おうとしていたのも、だ。

 そして、帝国軍の勝利が見えてきたら、あっさりと方針転換したのも。

 付け加えて言えば、宗教貴族たちが戦闘の間、『祈祷』を行っていた形跡もない。

 少なくとも、ヘロン城内のマリセア正教正堂は、臨時の物資集積所兼野戦病院として使用されていた。

 宗教貴族など一人もいなかったのだ。


 事前会議において、軍関係者の意見は一致していた。

 クチュクンジ政権は打倒する。

 ここまでの事をされて、唯々諾々と従うことはできない。

 であるから打倒する。

 そのためにバャハーンギールを担ぐ。

 だが、バャハーンギールに従うのは、カゲシン奪回までだ。

 根本的な話として、バャハーンギールがカゲシンを奪回したとして、クチュクンジが、そしてトエナ公爵家が素直に従うとは思えない。

 クチュクンジ一派は、バャハーンギールに捕まれば死刑以外有り得ない。

 エディケ僧正家、ウィントップ公爵家の粛清は、まだしも、ケイマンやフロンクハイトとの共謀は言い訳しようがないのだから。

 であるから、クチュクンジは可能な限り戦い続けるだろう。

 そして、クチュクンジにはウィントップ公爵家を吸収したトエナ公爵家がついており、スラウフ族とも同盟している可能性が高い。

 ケイマン、フロンクハイトは兎も角、セリガーは健在だ。

 ジャロレーク伯爵などもクチュクンジに通じているだろう。

 これを潰すのは容易ではない。

 戦いは長期化する可能性が高いのだ。


 バャハーンギール御前会議の前にヘロン在帝国軍首脳は連携維持で合意している。

 それぞれの領域も相互に認証された。

 アナトリス侯爵は近隣の中小諸侯に対する『監督権』を承認された。

 アナトリス近郊のカゲシン直轄領も含めて、である。

 タルフォート伯爵、レトコウ伯爵も同様な話を認められている。

 慌てて飛んできた、クリアワイン伯爵も少なめではあるが、同様な権益を認められた。

 ベーグム師団はヘロンを、そして旧ゴルデッジ領を事実上支配する事を認められた。

 ベーグム師団はカゲシンを奪回した後は、ケイマン=フロンクハイト対策を名目にヘロンに戻り、そのままそこに居座る。

 同様にクロスハウゼン家はシュマリナ太守領を切り取り次第とされ、同時に、アスカリ伯爵家やコーシュカール伯爵領への監督権を認められた。

 モーラン家は、牙族では帝国領の直接統治は困難なため領地は主張しなかったが、クロスハウゼン家、ベーグム家が地域拠点を確保したら、カゲシンの利権をモーラン家に譲渡する事が決められている。

 また、クテンゲカイ家に対しては、ジャロレーク伯爵領領有を認める形で同盟に誘うことも確認された。


 帝国軍首脳の全員がバャハーンギールを信じておらず、彼から褒美をもらう事を躊躇する状況。

 バャハーンギールが知ったら卒倒しそうな内容だが、まあ、自業自得だと思う。

 そんなことで、取りあえずのカゲシン進軍が決定された




 こうして、長い一日が終わった、・・・訳ではなかった。

 ベーグム家から、クロスハウゼン家に『今後の連携』についての話し合いを申し込まれたのである。

 既に日が変わっているから明日でも、とバフラヴィーは返答したが、どうしても今日中にとの極めて強い申し入れがあり、深夜に秘密裏の会合が持たれる事となった。


 クロスハウゼンの司令部テントに入ってきたのは、五人。

 レザーワーリ、その異母弟のレザーシュミド、クトゥルグ老、第二魔道大隊長、昨日、トゥルーミシュを派遣して欲しいと頼んできた四人、そして、トゥルーミシュだ。

 従者も連れていない。

 クロスハウゼン側は、バフラヴィーとその正夫人三人、ネディーアールとシャールフの姉弟、シャールフの夫人であるジャニベグと、シャールフ夫人のような顔をして付いてきた斎女殿、そして、何故かオレとアシックネール。

 オレ、なんか、すっかりクロスハウゼンの身内扱いなんだけど、良いんだろうか?

 拒否するのもなんではあるが、近々独立とか考えている身としては居心地が悪い。




「無理を言ってすいません。

 この場を設けて頂いたことに感謝いたします」


 テントの奥、テーブルも無いので皆が円座に座る形で会合は始まった。

 飲み物を運んできた従者が退出し、遮音結界が張られたのを確認して、レザーワーリが話し始めた。


「話は、今後のクロスハウゼン家とベーグム家の連携についてです。

 この者たちとも、またベーグム家の他の幹部とも相談しましたが、私は、今後は、両家の同盟関係を密にすべきと考えております」


 レザーワーリは三人の親族を従えて話し始めた。

 ちなみにトゥルーミシュは、レザーワーリの後ろに座っている。


「これまで、両家の間柄は決して良好ではありませんでした。

 これは、マリセア宗家の政策に因るところが大きいと考えますが、軍事力を背景として一族を維持するという両家が、潜在的に競争関係にあったことも大きいと考えます。

 ですが、状況は変わった、と私は考えます」


「それは、確かに、そうかも知れぬ、な」


 レザーワーリの言葉にバフラヴィーが同意する。


「恐らく、これから数年、いや十年以上、帝国内は混乱状況が続く可能性が高い」


「はい、カゲシン中央の権威は低下し、地域諸侯の権力が強まるでしょう。

 幸い、今回の戦いの途中で我がベーグム家はこのヘロンに対する監督権を暫定ながら手にすることが出来ました。

 我らは、今後、このヘロンを根拠地として活動する考えです。

 カゲシンに残っていても、中央権力が衰退すれば、我らに回ってくる予算や権益は減少の一途でしょう。

 地方に割拠し、土地を直接支配する方が、権益を確保でき、一族の維持にも有利です。

 中央からの干渉を排することも出来ます。

 シャールフ殿下、クロスハウゼン家がシュマリナ太守を確保するのも同様と考えます」


「確かに」


「そうなれば、両家はカゲシンを挟んで両側に位置する形となります。

 競合する権益は少なく、一方で提携する利点は増えます。

 カゲシン中央に対抗するためには、今後、両家の提携を密にする事が両家にとって有益と考えます」


「それに異論はないな」


 バフラヴィーは悪くない顔をしている。


「そこで、です。

 両家同盟の証として、婚姻関係の締結をお願いしたいのです。

 具体的には、こちらの、クロスハウゼン・ガイラン・トゥルーミシュ殿を私の第一正夫人として貰い受けたく、お願いしたいのです」


 真っ赤な顔のレザーワーリが後ろの部下ともども、頭を下げる。


「あ、いや、それは」


 バフラヴィーが戸惑う。


「レザーワーリ殿、其方はベーグム家の当主だ。

 カゲシンの正堂で正式に認められたわけではないが、バャハーンギール殿下に認可を受けたし、今回の戦果を以てすれば認められぬことはまずないであろう。

 其方にはマリセア宗家から第一正夫人が下ってくる。

 仮にトゥルーミシュが嫁ぐとしても、第二正夫人であろう」


「いえ、私は、いや、私だけでなく、ベーグム家一同として、トゥルーミシュ殿を私の第一正夫人として迎えたいのです。

 その方が、両家の同盟にも寄与するものと考えます」


「いや、それは、そうかも知れぬが、・・・」


「実は、バャハーンギール殿下、並びにゴルデッジ侯爵から、私に縁談が打診されています。

 具体的には、我が兄、ニフナレザーの第一正夫人をそのまま私の第一正夫人にという話です」


 まあ、そうだろうな。

 バャハーンギール一派にとって、レザーワーリの取り込みは絶対条件だ。


「勿論、殿下と侯爵には前向きに検討するような話をしております。

 カゲシンに戻って本人の許諾を得て、とも話をしています。

 ですが、私も一族も、彼女を第一正夫人に迎える気はありません。

 彼女は兄の第一正夫人でありながら今回の戦いにも同行しておりません。

 魔力量も低く、軍司令官の第一正夫人として不適格です。

 そもそもの話として、私も一族の者も、バャハーンギール殿下の係累と縁を結びたくありません」


 おい、コイツ、なんかすごい事を断言したぞ。


「以前のように、我が家の存続がバャハーンギール殿下の一存で決まるのであれば兎も角、現在はそのような状況ではありません。

 また、以前から婚姻していたのならばともかく、今回新たに婚姻するとなれば、クチュクンジ一派が我が家を、バャハーンギール派筆頭と見做すのは確実。

 はっきり言って、迷惑です!」


 成程、これから改めて婚姻、となれば、そうなるか。

 クチュクンジ=トエナから見れば、バャハーンギールより先に潰す対象と見做されかねん。

 こいつ、当主として、結構考えてるんだな。

 トゥルーミシュに踏まれたいだけのドМじゃなかったか。


「そもそも、現在の我が家の状況、父上と兄上がああなったのは、バャハーンギール殿下が原因です」


 レザーワーリだけでなく、後ろの三人も強く頷く。


「バフラヴィー様は、今回、合流した時に、第一軍司令部、バャハーンギール殿下の直属大隊が無いことを不審に思われませんでしたか?

 第一軍はケイマン軍に奇襲を受けて敗退し、ヘロンに籠城しました。

 ですが、第一軍が奇襲を受けた時、当初は父の指揮により、互角に戦えていたのです。

 ところが、戦いが始まった直後に、第一軍総司令部大隊が、突如退却、いや敗走を開始したのです。

 突然の総司令部敗走は第一軍全体を混乱に陥れました。

 更に、総司令部の退却方向が滅茶苦茶でした。

 ケイマン軍は南方から第一軍に襲い掛かりました。

 我が軍が退却するとしたら、東か、北東方面でしょう。

 ところが、総司令部は西に、敵の占領地方向に敗走したのです!

 そして、第一軍総司令部はあっというまに敵騎兵集団に囲まれました。

 カゲシン公子を見捨てることはできません。

 父は、目の前の敵を放置して、無理やり救出に向かいました。

 兄は、その先頭に立って突撃したのです。

 ですが、兄が総司令部と合流してみれば、そこに殿下は居なかったのです。

 いたのは殿下の影武者だけ。

 側近たちすらいませんでした」


 うーむ、総司令部大隊がいきなり逃げ出したら、どーにもならんわな。

 それで、苦労して救出してみれば、それか。

 ベーグム親猪も唖然とするしかなかっただろう。


「バャハーンギール殿下は総司令部を囮にして、自身はゴルデッジ連隊に移動し、そのまま退却していたのです。

 事情が分かった時には手のつけようがありませんでした。

 第一軍は大損害を受け、兄は捕らえられました。

 兄の救出に拘って最前線に残っていたチュルパマリク様も捕らわれてしまったのです。

 一体、なんだというのです!

 退却するにしても、少なくとも、実質的な総指揮官である父には通告すべきでしょう。

 バャハーンギール殿下は勝手にヘロンに退却し、ほうほうの体で退却してきた我らに敗北の責を問うたのです。

 私は、あの方には仕えたくありません!

 はっきり言って、宗主としても不適格でしょう。

 現状では、取りあえず担ぐしかありませんが、その後は距離を置きたいのが本音です」


 真面目な話、シャールフが直後に舞台デビューしていなかったら、宗主推戴が本気で論議されていたんだろうな。

 バフラヴィーが熟考に沈む。

 ややあって、彼は言葉を発した。


「其方の言い分は分かった。

 当家にとっても悪い話ではないと思う。

 だが、まず一つ聞かせてほしい。

 この話し合いを急いだ訳が分からぬ。

 何故、明日ではいけなかったのだ?」


「それは、これ、です」


 レザーワーリが突然、立ち上がる。

 って、お前、なにすんの?

 クロスハウゼン家一同が呆然としている。

 オレも呆気にとられた。


「それは、ガーベラ、かしら?」


 ややあって、スタンバトアの姉御が尋ねた。

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