07-34S インタールード 苦戦 (二)
「次の攻撃案ですが」
作戦参謀が下着を被った男たちの真ん中に進み出る。
ケイマン随一の頭脳を持つとされる女で、オライダイの第三正夫人でもある。
「やはり、敵中央部、クロスハウゼン旅団への攻撃が最も有望と愚考いたします。
敵右翼、東側の帝国軍はベーグム師団を筆頭に精鋭です。
正規の魔導士も多い。
これが、陣地線で待ち構えています。
重装歩兵部隊を投入すれば最初の陣地線の突破は可能と考えますが、この方面ではまだ多くの陣地線が残っています。
重装歩兵の突撃は恐らくあと一回。
最前線の陣地だけ突破しても意味がありません」
作戦参謀は戦況図に記された敵情報を指し示しながら説明する。
「恐らく最も弱体なのは敵左翼、ミッドストン旅団です。
ここであれば通常歩兵部隊でも行けるでしょう。
再編したばかりの第三軍団だけでは不安ですが、第一軍団からいくつか大隊を回せば複数陣地も攻略可能と考えます。
損害はある程度考慮する必要がありますが。
この地区の問題点は、ここを突破しても得られる物が少ないということです。
ミッドストン旅団の後ろにはヘロン要塞があります。
仮にミッドストン旅団を殲滅できたとしてもヘロン要塞内にはまだ部隊が残っているとの情報です。
ヘロン要塞を攻略するのは直ぐには無理ですし、敵軍の後ろに回り込むことも不可能です」
ケモ耳変態〇面の集団が忌々し気に戦況図を睨む。
「結局、中央部が最も戦果が望めるとの結論になります。
クロスハウゼン旅団はクロスハウゼン・バフラヴィー、カンナギ・キョウスケなど多くの強敵を含み、魔導砲もあります。
ですが、注意すべきは、魔導砲部隊やカンナギ中隊は中央部だけでなく、他の戦線に派遣される場合もあることです。
タルフォート旅団に対する攻撃ではカンナギ中隊が迎撃に出陣し、魔導砲一個大隊も参加しています。
結果、第一歩兵師団の通常歩兵部隊が甚大な損害を被っています。
魔導砲やカンナギ中隊が強敵だからと言って、避けるのは困難なのです。
そうであれば、最初から彼らと戦う覚悟でいるべきでしょう。
中央部は街道が通っているため、地盤が平坦で重装歩兵の活動に向いていますし、尾根の部分も街道で削られ、両脇に比べれば標高が低くなっています。
そして、クロスハウゼン旅団の歩兵部隊はクロスボウ主体で、白兵戦能力は低い。
白兵戦に持ち込めれば陣地線突破は確実です。
突破すれば少なくとも敵右翼の背後に回り込むことが可能。
内通しているゴルデッジ連隊の寝返り、メハン川東岸部隊の渡河攻撃も望めます。
これにより敵右翼を包囲殲滅できれば我が軍の勝利です」
「懸念がいくつかある」
半裸の女を膝に乗せた第二軍団長が、ケモ耳変態〇面状態のまま発言する。
「一つは重装歩兵が突撃する正面が狭い事だ。
左右から挟撃されるのではないか?」
第三波での突撃で占領できた第四線陣地は広くない。
ケイマン側に露出している帝国軍第五線陣地は五〇〇メートルほどに過ぎない。
帝国軍の側面攻撃は必須だろう。
「確かに、その恐れは大きいでしょう。
そこで、正面突破と同時に側面への攻撃も行います。
これには、第一軍団の通常歩兵部隊を使用します。
慎重を期すなら、先に側面攻撃を行い、突破部隊の正面を広げてからが無難でしょう。
ですが、時間がありません。
また、最初に側面攻撃だけを行うと、カンナギ中隊など敵の厳しい反撃が予想されます」
「同時攻撃にすれば、主攻以外は反撃が鈍いと」
「その通りです」
「もう一つ、敵は第五線の後ろに第六線陣地を構築しているとの情報があるが」
「それも懸念材料です」
作戦参謀が頷く。
「ただ、地形的に敵第五線陣地が、この高原の最高地点、最も標高が高い場所となります。
第五線から第六線にかけては下り坂。
よって、こちらが有利、少なくともこれまでの陣地線よりは攻略が容易と考えます。
ですが、陣地線は陣地線。
対策は考えております。
敵第六線陣地には、騎兵を使用いたします。
第一騎兵旅団です」
作戦参謀と事前に検討していた第一軍団長らは驚かなかったが、他の幹部からは驚きの声が上がる。
「敵陣地に騎兵突撃だと!
自殺行為ではないのか!」
やはり下着を被ったままの第三軍団長が右手を鼻に当てながら発言する。
実を言えば彼は『熟成された香り』を好んでいた。
オライダイから下賜された『ほのかな香り』では刺激が足りない。
オライダイの手前、下賜された下着を被っていたが、右手には自ら調達した『七日物』を保持している。
「通常であればそうです。
ですが、今回は『下り坂』という条件があります」
作戦参謀が声を張り上げる。
「通常、帝国軍は下り坂には陣地を作りません。
いろいろと不利だからです。
ですが、今回、敵は下り坂に陣地を作った。
第五線から後ろは下り坂しかありませんから致し方ないのでしょう。
敵も不利だとは分かっているものの、無いよりはマシと考えたのだと思います」
「確かに、土地がない、か。
敵も限界なのだな」
第二軍団長が納得する。
「下り斜面の陣地は色々と不利です。
弓などの投射兵器は高所からの撃ち降ろしが有利、白兵戦でも同様です。
高所の陣地に対する騎兵突撃では、前の馬が倒れれば、倒れた馬は味方側に倒れてきます。
後続がそれを乗り越えるのは困難です。
ですが、下り坂となれば話は変わる。
倒れた馬は敵側に転がっていきますし、倒れた馬体を乗り越えるのも比較的容易でしょう」
「だが、それでも損害は大きかろう」
「既に第一騎兵旅団長代理の了解は得ています」
作戦参謀が屈強な体で威嚇するかのように胸を張る。
キョウスケが見れば、『絶対に女とは認めない!』と絶叫しそうな逞しい体躯である。
「それは本当か?」
「第一騎兵旅団長代理は状況を確認し、了承している。
一個大隊潰す覚悟と言っていた。
歩兵がこれだけの損害を被っているのだ。
騎兵にも多少の犠牲は引き受けてもらうべきと考えるが、どうだ?」
言い募る第三軍団長に第一軍団長が言葉を被せる。
ケイマン族では伝統的に第一騎兵旅団は族長の直率、第二騎兵旅団は族長継嗣が旅団長である。
歩兵主体に切り替えられた現在では、どちらも『旅団長代理』が事実上の旅団長として指揮している。
「勿論、第五線を突破した重装歩兵に余裕があればそのまま突進してもらいます。
ですが、騎兵旅団、本日これまで戦っていなかった騎兵旅団は戦意旺盛です。
騎兵であれば、第五線から第六線までの距離も短時間で突破できます。
魔導砲や、敵クロスボウの損害は無視できませんが、下り坂の騎兵突撃ならば最低限の時間で、強力な突撃が可能でしょう。
突破した後の後方展開も迅速に可能です。
ご許可頂ければ幸いです」
作戦参謀の言葉に異論は出ない、かのように見えたところでオライダイ自身が声を発した。
「根本的な所が抜けておろう。
重装歩兵部隊は敵第五線を抜けるのか?
三〇〇〇に満たない重装歩兵で可能なのか?
カンナギ・キョウスケが出てきたらどうする?
最終決戦となればクロスハウゼン・バフラヴィー自身も出てくる可能性があるのだぞ!」
「敵魔導士は、我らの責任で対処いたしましょう」
黒い下着を被った枢機卿が静かに言葉を発する。
「ほう、それは。期待してよいのか?」
また新たな下着を被りなおしたオライダイが皮肉気に返す。
二人しかいない枢機卿の片方を殺されたフロンクハイト勢は浮足立っていた。
特にハロネン大隊が酷い。
中隊長の一人は、ハロネンの息子でもあるが、直接オライダイに『直ちにフロンクハイトに引き上げたい』と直訴し、アハティサーリに叱責されていた。
「このままでは帰れません。
ハロネンの仇を討つ必要もあります。
これはフロンクハイトの威厳の問題です」
「確かにそうか」
オライダイは、フロンクハイトにそんなものが残っているのかと心の中で笑った。
「私がカンナギに当たります。
センフルールの二人にはハロネンの息子たちを当てます。
死んでも良いから、三分は持たせろと厳命いたしました」
実を言えばアハティサーリも、追い詰められていた。
生命予後だけを考えればハロネンの息子たちが主張するようにこのまま逃げ帰るのが良い。
それは分かっている。
他の枢機卿からの責任追及は必至だが、幸か不幸かハロネンは記憶の多くを失っている。
彼に責任の大半を負ってもらえば、アハティサーリ自身の損害は最小限に出来るだろう。
だが、アハティサーリが何年も心血を注いできた作戦は潰える。
ケイマンとの関係も断絶するだろう。
フロンクハイトは更なる苦境に陥る。
ここは、留まるべき。
フロンクハイトの協力でケイマンに勝ってもらうのが最善なのだ。
勝ってしまえばハロネンの一時的な死亡など些細な問題となる。
ケイマンとの関係はより強固となり、アハティサーリの権力は盤石になる。
幸い、勝率はまだ悪くない。
それに最後の突撃が失敗したとしても、ケイマン軍全軍が崩壊するわけではない。
敗北したケイマン軍と共に故郷に帰ればよい。
帝国との関係は断絶したままだが、ケイマンとの関係は維持される。
また、アハティサーリ自身が『完全に』死亡する確率は極めて小さい。
従者の女たちに厳命しておけば、最悪、ハロネンの状態だろう。
アハティサーリは自ら大盾を持って、最初から最前線で戦う覚悟を決めていた。
「失礼だが、カンナギに加えて、クロスハウゼン・バフラヴィーが出てきた場合は如何するのだ?」
「それには私が当たります」
答えたのは、第一歩兵師団長エルベクだった。
「私も最前線に出ます。
アハティサーリ殿と相談しました。
カンナギとクロスハウゼンの片方を私が受け持ちます。
ラト・アジャイトを殴り倒した男を容易に倒せるとは思いませんが、防御に徹すれば少なくとも負けることは無いでしょう。
私が片方を抑えている間にアハティサーリ殿がもう片方を倒し、しかる後に二人で残った方を倒します」
「自ら出るか。ふむ、その意気や良し!」
オライダイが満足した顔になる。
「だが、それだけで、勝てるか?」
「いえ、少し足りません」
ケモ耳変態〇面の親の問いに、ケモ耳変態〇面の息子が女を突き上げながら答える。
「兵数の減少は戦列を薄く延ばし、後続に通常歩兵をつければ、補えないことは有りません。
ですが、肝心の重装歩兵の魔力、体力が足りません。
かく言う私も本日三回目の突撃になります。
一般歩兵では、いや、男性指揮官クラスでも、限界ギリギリの者が少なくありません」
下着の穴から、強い意志が宿った視線が覗く。
「それで、陛下にお願いがあります」
「ほう、言ってみろ」
ケイマン・エルベクはしばしの躊躇の後、意を決して言葉を発した。
「第一親衛大隊を下さい」
周囲から驚きの声が上がる。
オライダイの横からは悲鳴が上がった。
第一正夫人である。
ケイマン軍重装歩兵大隊は合計九個ある。
第一歩兵師団に四個、第二歩兵師団の四個。
そして、最強の重装歩兵大隊が第一親衛大隊だ。
だが、親衛部隊はオライダイの直率である。
特に第一親衛大隊は、オライダイ以外が指揮を執った前例はない。
「最強の、そして、本日戦っていない、体力と魔力に満ちた第一親衛大隊があれば突破は確実です」
エルベクが下着の下の顔を紅潮させて懇願する。
「良かろう。ついでだ、親衛騎兵大隊も連れていけ!」
親衛騎兵大隊はケイマン軍唯一の、いや、カナンでも唯一の重装騎兵大隊である。
兵員数は八〇〇人少しと大隊としては小型だが、兵士は全員プレートメールを装着。
その上で馬鎧を装着した大型の魔獣馬に騎乗している。
この大隊も今日はまだ戦っていない。
「ありがとうございます!」
「陛下、それは流石に危険でございます!」
横から異論が出た。
オライダイの第一正夫人である。
「既に第二親衛大隊がメハン川の東に派遣されています。
二つの親衛大隊まで前に出したら、総司令部の周囲に親衛部隊が一つもなくなってしまいます。
不用心です。
それに、第一親衛大隊はオライダイ様以外の命令は受けません」
「ふん、俺がエルベクに従うよう命ずれば良いだけだ。
総司令部も問題ない。
総司令部だけで、一個大隊以上の兵員がいる。
全員、一線級の兵士だ。
仮に襲われるとしても少数の刺客だけであろう。
我が司令部の兵員が、そして俺、いや、余がそんな者に後れを取るとでも言うのか?」
第一正夫人の言葉にオライダイが皮肉気に問う。
彼女の言葉は純粋にオライダイの身を案じたものではない。
現在、オライダイの継嗣は第一正夫人が生んだ三男とされている。
だが、彼は幼少であり、今回の遠征には同行していない。
第一歩兵師団長エルベクはオライダイの長男だが、母親は第二正夫人。
第二正夫人は、オライダイの成人直後にその補佐役、教導役としてとして付けられた女性である。
屈強な戦士、キョウスケが見ればスティーブン・セ〇ールそっくりと評しそうな女性だ。
頭脳も優れ、オライダイに対する忠誠心は随一とされる。
が、出自は低い。
故に彼女が生んだエルベクも後継ぎではない。
少なくとも現時点では。
だが、エルベクが帝国軍最終陣地の攻略に成功したら、第一親衛大隊を率いてそれを成し遂げたら、オライダイの継嗣問題が再燃するだろう。
「一つ、言っておく。
ケイマンを統べるには、一族の多くの支持が必要だ」
オライダイの言葉に第一正夫人の顔が明るくなる。
彼女はオライダイが台頭した後に第一正夫人として嫁いだ。
多くの有力部族が、オライダイの第一正夫人として彼女を押し込んだのである。
彼女には、そして彼女が生んだ子にも多くの部族の支持がある。
だが、オライダイの次の言葉に彼女は真っ青になった。
「そして、その支持を得るのに最も必要なのは、実力だ!」
オライダイは改めて息子に顔を向けた。
「雨がやみ次第、仕掛けるか?」
「いえ、雨が小降りになった時点で、重装歩兵の前進が可能となった時点で仕掛けます」
自信有り気な返答。
「昨日、雨の中では敵魔導砲は発射数が少なめでした。
魔導士のファイアーボールは雨の中では威力が半減します。
魔導砲も発射にファイアーボールを使用しているとの事。
恐らくは雨の中では使用に制約があるものと推察されます」
「良い判断だ」
オライダイの称賛にエルベクが興奮し、立ち上がる。
エルベクの前の女は絶頂してぐったりとしていたが、他の女性従者が素早く片付けた。
エルベクが身に纏うのは、両手足の手袋とブーツ、そして被っている下着だけ。
立ち上がると、股間の一物も勢いよく跳ね上がる。
ケイマン族では、男性の性的能力は指導者として絶対的に必要な条件だ。
「エルベク、立派になった」
第二正夫人が息子の雄姿を見て、オライダイ以上の重低音で感嘆の言葉を漏らす。
カンナギ・キョウスケが見たら、せめて性器は隠せ、でないと一般商業誌は無理だと懇願するだろうが。
エルベクの従者が鎧を手に集まる。
五分としないうちにエルベクの出陣準備は整った。
「行くがいい、行って勝利を勝ち取るのだ!」
オライダイが下着を被ったまま吠えた。
第一正夫人が呆然とする。
その様子をオライダイの傍らから黒髪の少女が冷徹な眼で見つめていた。
━━━充分なマナ回復薬が開発されていなかった中世においては、戦闘中に減少したマナの補充は困難であった。男性はほぼ手段が無く、故に男性の魔力保有量が極めて重視された。一方、女性は男性の精液を得ることで魔力の回復が可能であった。━━中略━━中世の戦いにおいては、特に戦闘が長時間に亘った場合は、戦場における男性から女性への精液補充が極めて重視された。短時間に効率よく、多くの女性に精を注ぐ能力を持った男性が称賛されたのである。特に男性指揮官では、ある意味指揮能力よりも重視されていたと言っても過言ではない。━━中略━━当時の男性軍人は様々な方法で性欲喚起を行った。━━中略━━当時は牙の民と呼ばれた北方遊牧民では嗅覚に優れた者が多く、性欲喚起として嗅覚刺激が多く用いられた。具体的には女性の体液がしみ込んだ肌着が使用されたという。この肌着はしばしば高額で取引された。━━中略━━これは当時の帝国貴族からは蔑視された手段であった。━━中略━━KKはこの風習に理解があり、後に多くの牙の民の忠誠を勝ち得た。一方で多くの帝国貴族からは異常性癖者として糾弾されている。━━━
『ゴルダナ帝国衰亡記』より抜粋
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