07-27 ヘロン 夜明け前 (二)

 人を探して魔導連隊本部に戻る。

 聞けば探し人は軍司令部に行っているという。

 軍司令部に取って返して、奥に入る。


「バフラヴィー様は密談中だ。

 誰も入れるなと言われている」


 奥に入ろうとするオレにバフラヴィー第二正夫人のファラディーバーが待ったをかける。

 だが、「急用です」と強引に入った。

 部屋の中にいたのは、予想した通りの二人、バフラヴィーと龍神教の斎女殿だった。

「何用だ」と怒鳴るバフラヴィーにセンフルール勢の事を説明する。

 二人が怪訝な顔になった。


「センフルールの留学生は確かに重要な戦力だ。

 だが、今ここでする話か?」


「分かっています。

 ですから、サインだけ頂ければ直ぐに退散いたします」


 オレはそう言って斎女の前にペンと書類を差し出した。


「あなたのサインが必要なんです。

 そこに、ハキム・ニフナニクス、と書いてくれればいいんです」


 怪訝な顔でペンを手に取っていた斎女の動きがピタリと止まった。


「ああ、誤解しないでください。

 あなたが何者で、どのような立場であるか、私は知りませんし、知りたくもありませんし、外で吹聴することもありません。

 あなたが、バフラヴィー様やクテンゲカイ侯爵から妙に丁寧に扱われていて、居候の月の民の筈なのに事実上龍神教の軍隊を支配していて、魔力量がすんごく多くて、疾走する騎馬の腹の下でファイアーボールを爆発させるとかいうオレが練習しても十回に一回ぐらいしか成功しない技を戦場で当たり前に決めてくるぐらい戦場に慣れていて、二百年前には人族で、でも二百年前で女性でそんな戦慣れしている超強力な魔導士なんてそもそもほとんど存在していなかった、なんてことは、まあ、この際、どうでも良いでしょう。

 ですが、あなたの直筆の書類はセンフルールにもたくさん残っている筈で、あなたが書いたサインがあればセンフルールの長老たちも文句を言えないのは確実なんです」


 そー言えば、シノさんがくれた『薄い本』の『ニフナニクス物』つーのもあった。

 ニフナニクスがショタを侍らせてお楽しみという、アシックネールが『所持しているだけで不敬罪』と危惧した代物だったが、あれ、正確な資料だったんだろうな。


「そんなことで、あなたがどこのどなたかは知りませんが、この書類には『ハキム・ニフナニクス』と署名して欲しいんです」


 斎女が戸惑った表情をバフラヴィーに向ける。

 バフラヴィーはしばし呆けていたようだが、気を取り直すと斎女に向き直った。


「あなたの負けです。

 私からもお願いします。

 そこにサインして貰えませんか」


 龍神教の斎女は軽く溜息をつくと、慣れた手つきで『ハキム・ニフナニクス』と署名し、書類をオレに放ってよこした。


「この際だ、キョウスケ、其方からも頼んでほしい」


 バフラヴィーはそう言うと、椅子から立ち上がり、斎女の前で床に膝をつけた。

 オレも慌ててその横で跪く。


「改めてお願いいたします。

 明日の戦いの総指揮をお願いしたいのです。

 ベーグム・アリレザー殿死去、そして他に適任者がいないとのことで私が引き受けることになりましたが、正直、私には荷が重い責務です。

 対外的には私が指揮を執っているようにします。

 ですが、実質的な指揮をお願いしたいのです」


 他の指揮官に聞かれたら卒倒されそうな話をバフラヴィーが始める。

 オレは、・・・まあ、二人が密談していると聞いた時点でこのような話をしているのだろうと予想はしていた。

 バフラヴィーは、なんだかんだ言っても二〇台前半なのだ。

 数万人規模の軍を率いるには圧倒的に経験が足りない。

 それは本人が一番知っている。

 そして、直ぐ近くに百戦錬磨・常勝の指揮官が存在しているのだ。

 頼りたくなるのが普通だろう。


「だから、それは、できぬ。私は最早月の民、日陰の身なのだ」


 バフラヴィーと斎女の押し問答が続く。


「せめて、横で助言だけでもして頂けないでしょうか?」


「分かった。本当のことを言おう」


 十数回、三〇分は同じ事を繰り返した後に、龍神教の斎女は大きく嘆息し、言葉を変えた。


「先日、其方らにフロンクハイトの枢機卿を殺すよう話をした。

 あの話だが、実は、私怨も入っている」


 私怨?


「私を月の民に、吸血鬼にしたのが、ウルホ・アハティサーリなのだ」


 バフラヴィーが絶句する。


「えーと、つまり、アハティサーリは斎女殿の『ご主人様』ってことですか?」


 続く沈黙に耐えられなくなったオレの言葉に斎女殿が首肯する。


「約二〇〇年前、帝国の再統一がほぼ達成された時点で、カゲシン首脳は私を排除にかかった。

 具体的には、事故と見せかけて殺そうとしたのだ。

 当時、私はマリセア教導国の将軍であり、少なくとも名目上はマリセア宗主の家臣であった。

 だが、カゲシン市内ではともかく、帝国内では私の発言権が圧倒的に強かった。

 カゲシンはそれが許せなかったのだろう。

 帝国再統一が果たされれば、もはや用なしと、殺しにかかったわけだ」


 資料が不自然に少ないから何かあったのだろうとは思っていたが、まさか、殺すまで行ってたのか。

 帝国再統一の功労者にすることじゃねーよな。


「だが、殺すといっても私を殺せるような魔導士は帝国内にはほとんどいなかった。

 正確には、いるにはいたが、全員、私の部下だった。

 だから、彼らは外部に、フロンクハイトに委託した」


「そうして、派遣されたのがアハティサーリだったと」


 肯定の頷きが返される。


「アハティサーリはカゲシンの貴族たちと謀って罠に嵌め、私に瀕死の重傷を負わせた。

 アハティサーリは、死体はこちらで始末すると言って私を連れ去り、自分の血を与えて、私を吸血鬼として蘇生させたのだ」


「魔力量の高い女性は、フロンクハイトにとっても貴重ってことですか。

 ひょっとして、あなたを通して帝国を支配しようとしたとかもありますか?」


「カンナギが推察した通りだ。

 フロンクハイトは私の暗殺を打診された時からそれを考えていたらしい。

 私との血の相性も事前に調べ、そして、その結果、私と血の相性が良く、かつ、私を支配できる魔力量を持つ男としてアハティサーリが派遣されたのだ」


 うーん、カゲシンの宗教貴族って馬鹿なのか?

 こーゆー場合、少なくとも『ニフナニクスの死体』は確保すべきだろう。

 いや、そのような手筈だったが、現場でアハティサーリが強奪したのかもしれない。

 カゲシンの宗教貴族では彼に対抗できなかっただろう。


「私は三年ほどあの男の肉奴隷をやっていた」


 成程、そーゆーことか。

 そりゃ、言いたくないわな。

 つーか、良くここまで言うな。


「三年後、私はアハティサーリの命令に逆らえなくなったと判定され、解放された。

 私はそれとなく帝国に戻り、帝国をフロンクハイトのために動かすよう命令された。

 だが、解放された直後、私は最後の気力を振り絞って逃亡し、そして自殺した」


「自殺したが、生き返られたのですね」


「私の部下、正確には元の部下が私を探し出して蘇生させたのだ。

 私が既に吸血鬼と化しているのに、それでも私は私だと、探し出して蘇生させたわけだ。

 だが、私は肉奴隷に堕ちた自分を彼らに見られるのが耐えられなかった。

 だから、また逃亡し、自殺した。

 だが、部下たちは、また私を探し出し、また蘇生させた。

 少なくとも五回はこれを繰り返したと思う」


 月の民が女を支配する方法としてセックスはベタだが、やっぱ有効なんだろうな。

 リョウコお姉さま御用達の、うちのスルターグナも愛蔵している『薄い本』でも定番だ。

 いや、そっちは、どーでもいいか。


「自殺と蘇生を繰り返し、ある日、私はあの男の影響力が薄れていることに気が付いた。

 そして、私は自殺を繰り返すことを辞め、放浪の旅に出た。

 あちこちに潜伏し、かつての部下の大半が死に絶えたころ、私は龍神教に寄宿し、現在に至る」


 うん、結構壮絶だ。


「今の私は、あの男の影響からはかなり脱している。

 あの男の抹殺を依頼できる程度にまでなっている。

 だが、それでも、あの男の名を聞けば、心の奥底で騒めくものがある。

 正直、あの男が目の前に現れたら、抵抗できる自信は少ない。

 いや、多分、ダメだろう」


 バフラヴィーが絶望的な顔になっている。


「戦いが始まったら、私をそばに置くのも辞めた方が良い。

 正直、無意識にもあの男が有利になる決定を下しそうなのだ。

 自分で自分が信じられん」


 しばしの沈黙の後、バフラヴィーは「分かりました」と絞り出すように答えた。

 まあ、こんな話だと無理は言えんわな。


 龍神教の斎女は無表情で立ち上がり、そして、部屋から出かけたところで立ち止まった。


「そうだ、少しだけ助言しておこう。

 宗教貴族を舐めないことだ」


「・・・彼らが何かするという事ですか?」


 バフラヴィーの問いに月の民と化したかつての大将軍が頷く。


「昨日の軍議では彼らは強固に和平策を主張したそうだな。

 其方らから見れば、何を今更と思えるだろう。

 だが、彼らも必死だ。

 彼らから見れば、勝てるはずのない戦いに全力を尽くそうという其方らが馬鹿なのだ」


 成程、戦力差は約二倍、加えてフロンクハイトの魔導部隊。

 彼らから見ればオレたちは、戦艦大和を沖縄に特攻させた馬鹿に見えるんだな。

 客観的に見れば、明日、帝国軍が勝てる確率は低い。

 否定は困難かもしれない。


「勝てぬのだから、どんなに屈辱的な条件でも和平を、というのが彼らの考えだ。

 だから、今、この時にも彼らの使者がケイマン司令部で交渉しているだろう」


 彼女の冷えた目がオレたちを見据える。


「明日の決戦、作戦案はヘロン市内にも伝えたと言っていたな」


 現実問題として、ヘロン守備隊に何も伝えない訳にもいかない。


「既に、敵に筒抜けだろう。

 彼らはそれをネタに交渉しているはずだ。

 より簡単に勝たせてやるから、自分たちだけ見逃せと、な」


「作戦を変更しろと?」


「変更しても、一時間後には敵に伝わるぞ」


 二百歳の女がニヒルに笑う。


「だが、総司令官はその場の判断で作戦を修正する権限がある。

 ちなみに『大規模な修正』ならば事前に特定の者にだけは話を通しておいた方が良い」


 そう言い残して彼女は去っていった。




 バフラヴィーはそのまま黙考する。


「其方は、どう思う?」


 ややあって、バフラヴィーがオレに問うた。


「言われてみれば否定できません。

 兵力差は二倍、しかも帝国軍の半分は新兵です。

 魔導部隊の数はこちらが多いですが、質では負けている。

 客観的に見て、こちらの勝率は低い。

 軍議の時には、事実上の降伏以外認めない相手には戦うしかない、私もそう考えていました。

 ですが、こちらが勝つ可能性がゼロという前提で考えれば、多少でもマシな和平案を、という彼らの考えにも一理あります。

 そして恐らく、我々が彼らを見切ったように、彼らも我々を見切った可能性が高い。

 我々を生贄にして、自分たちだけ、宗教貴族だけ助かる術を考えても不思議ではありません。

 アナトリス侯爵も『帝国の半分を差し出しても』と言っていました。

 バャハーンギール殿下に報告した内容は、全て敵に筒抜けの可能性は低くないかと」


「悲しい話だが、その通りだろう。

 だが、ますます以て我らは戦って勝つしか、生き残る術がないということだ」


 つまり、敵だけでなく、味方、ヘロン城内のバャハーンギール殿下をも欺く作戦が必要になる。


「実は今、私の独断で反撃用の第六陣地を作らせているのですが」


 オレは思い付きで始めたことを報告する。


「尾根のこちら側に堀と陣地だと?

 其方の論理は分かるが、それが実戦で成り立つのか?」


「成り立つと考えてはいるのですが」


 少し考える。


「確かにそれだけで勝つのは難しいかもしれません」


 オレは現在の帝国軍の作戦立案には関わっていない。

 ベーグム・アリレザー主導で立案された作戦は、ある意味妥当だが、正直、勝率はそう高くないだろう。

 オーソドックスで手堅いが、『普通』なのだ。

 二倍の敵を打ち破るには厳しい。

 更に、その計画も敵に漏れているのなら成功確率は限りなく低いだろう。

 よって、作戦を変更する必要があるが、既に夜明けまで四時間を切っている。

 今から部隊の配置転換はできない。

 大規模配置転換という時点で作戦変更が敵味方に知れ渡るし、配置転換の途中で夜明けになったら悲惨だ。

『微調整』、総司令官の判断で変更したと味方にも言い張れる程度の変更でなければならない。


「やはり、ベーグム師団が鍵か」


「最大戦力ですからね」


 なし崩しに始まった、たった二人の軍議は、結局、そこに行きついた。

 唯一の正規師団、彼らが頑張ってくれないことには話は始まらない。

 レザーワーリを密かに呼んでくるか、という話になった所で来客があった。

 なんと、ベーグム・レザーワーリその人だ。

 直ぐに中に入ってもらう。


 入ってきたのは四人の男性。

 従者は外で待機だ。

 レザーワーリ、その異母弟のレザーシュミド、クトゥルグのご老体、もう一人は、第二魔道大隊長らしい。

 二〇代前半、バフラヴィーと同年代の男で、顔見知りのようだ。

 筋肉は少なめだが、レザーワーリとどことなく似ている。

 恐らくは一族なのだろう。


「突然の面会をお許し頂き感謝しております。

 時間もありませんので、要件を単刀直入にお話しいたします」


 レザーワーリはそう言ってバフラヴィーに頭を下げた。


「我らベーグム師団は本日の戦いで主攻を担うことになっております。

 しかしながら、我が師団は前師団長アリレザー、前副師団長ニフナレザーを立て続けに失いました。

 我が師団は、我が家は身体魔法の家系、師団長先頭の軍隊です。

 ですが、その、先頭に立つべき人材がいなくなってしまったのです。

 ここにいるクトゥルグも練達の者ではありますが、老齢であり、師団全体の先頭に立つにはいささか力不足。

 他にも、似たり寄ったりの者しか残っておりません」


 言われてみればそうかもしれない。

 レトコウ紛争では、師団ナンバー2と言われた当時の第一歩兵連隊長とその息子の第一歩兵大隊長が戦死したと聞いている。


「ですが、それでも我らは、帝国軍は、ベーグム家は、戦って勝つしか生き延びるすべは有りません。

 そこで、大変不躾ではありますが、お願いに参りました」


 レザーワーリだけでなく、後ろの三人も畏まる。


「我が師団の攻撃の先陣に立ち、我が師団の戦意を鼓舞できる人材をお貸し頂きたいのです」


 レザーワーリの申し出にバフラヴィーは戸惑った顔になる。


「其方らの気持ちは分かる。

 確かに、アリレザー殿、ニフナレザー殿の喪失は痛手であろう。

 だが、クロスハウゼンは元々投射型魔導士の家だ。

 身体系魔導士は少ない。

 そもそも、クロスハウゼン師団本隊ではない。

 そちらに派遣できるような人材はいない」


「分かっております。

 そのような男性指揮官はいないでしょう」


 レザーワーリの顔が真っ赤になる。

 オレは次の言葉が何となく予想できた。


「クロスハウゼン・ガイラン・トゥルーミシュ殿の派遣をお願いしたいのです」


 興奮というかなんというか、今にも爆発しそうな顔のレザーワーリに対して、バフラヴィーは狐に摘ままれたようになった。


「いや、待て。

 トゥルーミシュは、確かに体格は良いが、まだ十四歳だ。

 そもそも、トゥルーミシュは女だぞ。

 しかも、未婚だ。

 兵士の士気を鼓舞するのは困難だ」


 そう、こちらの軍隊で兵士の士気を鼓舞するのは男性指揮官の役目だ。

 何故なら、兵士の八割以上が女性だからだ。

 特に最下級の女性兵士は、普段は全く男性に相手にされない者が大半。

 彼女たちは、戦場で手柄を立てて、ご褒美として男性指揮官にヤッて貰う事を、あわよくばその女になることを夢見ている。

 だから男性なのだ。

 勿論、女性が大半の世界だから、男性に適任者がいない場合もある。

 クロスハウゼンでも、肛門メイス・カラカーニー閣下の第三正夫人であるライデクラートが第一歩兵連隊長を務めているし、現在のクロスハウゼン旅団ではバフラヴィー第二正夫人のファラディーバーが連隊長だ。

 だが、これはあくまでも『代理』だ。

 兵士たちは、手柄を立てればライデクラートやファラディーバーの夫にシてもらえると見込んでいる。

 トゥルーミシュは若いわりに戦闘能力も指揮能力もあるが、女で、未婚なのだ。


「いや、バフラヴィー殿、バフラヴィー殿の懸念は尤もだが、今回の話は少し違うのだ」


 レザーワーリの後ろに控えていたクトゥルグ老が口を挟む。


「アリレザーの代になって、ニクスズ派に入信し、幼女趣味に傾倒していたが、ベーグム家は元は身体魔法の家、筋肉の美しい女性が好みなのだ」


 確かにベーグム家の年配女性は筋肉隆々の首が肩にめり込んだ猪体型が多い。

 筋肉隆々の子供が欲しいのなら、筋肉隆々の女性を選ぶのが道理だ。

 レザーワーリの代になると、男女ともにきゃしゃな体型がいるが、前師団長アリレザーがツルペタ・ロリータ系を孕ませていたからだろう。


「クロスハウゼンのライデクラート殿は、ベーグム家で密かにファンが多かった。

 今代の若者たちでは、ライデクラート殿の娘のトゥルーミシュ殿の人気が高い。

 そして、現在のベーグム師団は指揮官層が大幅に若返っている」


 クトゥルグは他の三人に目をやる。


「若く経験が足りない大隊長、中隊長が多数いる。

 そもそも、師団長が十五歳、その補佐は十三歳、皆、不安で一杯なのだ。

 そんな、若い男たちを鼓舞してくれる、強く、若く、美しい女性が必要なのだ」


「だから、トゥルーミシュか」


「はい、トゥルーミシュ様に命令して頂ければ自分は、どんな任務でも行える自信があります!」


「いや、其方は師団長であろう。

 師団長は命令を出す方だぞ」


 レザーワーリの言葉にバフラヴィーが更に戸惑う。


「私からもお願いいたします。

 明日の戦い、私は初陣です。

 その初陣が最初で最後の戦いになるかもしれません。

 悔いのない戦いをしたいのです。

 トゥルーミシュ様の下知があれば、それだけで私は満足できます!」


「お願いいたします。

 私もトゥルーミシュ様に叱咤激励されるのが夢なのです!」


 横からレザーシュミドが兄に加勢する。

 更に第二魔道大隊長も。

 しかし、お前たちも、か。


「命令されるだけで満足していては戦いにならぬと思うが」


 バフラヴィーの頭の上のクエスチョンマークが三倍ぐらいになっている。


「あー、バフラヴィー様、レザーワーリ殿が以前からトゥルーミシュに踏まれたい、じゃなくて、好意を寄せていたのは確かです。

 彼女を派遣しても粗略に扱われることはないと断言できます」


 流石に見かねて、オレは少しだけ言葉を付け加える。


「違うぞ、カンナギ!

 私は訂正したはずだ。

 言葉は正しく使え!

 私は、トゥルーミシュ殿に好意など抱いていない。

 崇拝しているのだ!」


 何故か、絶叫しているレザーワーリ。


「あー、分かった、・・・いや、良くわからぬ所も多々あるが、・・・とりあえず、トゥルーミシュは派遣しよう」


 トゥルーミシュは司令部中隊の所属だ。

 呼び出しに三分で応じた彼女は、ベーグム師団派遣を命じられる。


「では、レザーワーリ殿、トゥルーミシュを頼むぞ」


「ありがとうございます!

 必ず、お守りいたします!」


「よかったな、レザーワーリ」


 感涙にむせぶレザーワーリと、何故かもらい泣きしているクトゥルグ老。


「トゥルーミシュ様と一緒に戦えるとは。

 ああ、夢のようだ」


「私は、可能であれば出陣前に踏んでもらいたいのだが」


「トゥルーミシュ様、踏んでくれるであろうか?

 可能であれば希望者が殺到すると思うが」


「土下座してお願いしましょう。

 それで罵られても、それはそれで満足できます」


 後ろの二人も涙を流しながら小声で話し込んでいる。

 しかし、・・・以前、レザーワーリが『男性が十人いたら八人はトゥルーミシュに踏まれたいと願うはず』とか言っていたが、・・・ベーグム家では真実なのかもしれない。


 バフラヴィーはそれを見ながら立ち上がる。

 そして、前に立つレザーワーリとトゥルーミシュの二人に近寄ると、その耳元で囁いた。


「作戦が敵に漏れた。

 明日の作戦を変更する。

 詳細はトゥルーミシュに持たせる書類で確認してほしい。

 他の者には直前まで知らせるな!」


 感涙にむせぶレザーワーリはバフラヴィーの言葉を異議無く了承した。




 こうして、予想外に長引いたオレの司令部訪問は終了したのである。


 シノさんはオレが渡した書類を確認すると微かに微笑んでしまい込んだ。

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