07-08 内緒話 (三)
「切り売り、と言うのはなんでしょう?」
「辺境、首都から遠くてあまり利益を生まない土地の治安を維持するのは、中央政権にとっては負担だ。
財政的にできなくなった中央政権は、地域の有力者に一定の利権を譲り渡して治安維持を任せる。
歴史でもあっただろう?」
「えーと、フロンクハイト帝国の最後みたいな感じですか?」
ハトンに頷いてやる。
かつて、フロンクハイトは、このカナン大陸を支配していた。
現在のフロンクハイトの祖先とされる。
全盛時には周辺の『未開』な人族集団を労働力、つまり『奴隷』として扱っていたという。
カナン大陸全てがフロンクハイト帝国の領土とされていたが、フロンクハイト中枢、つまり月の民の人口はそう多くは無く、特に辺境は、実質、間接統治だった。
時代が下がると、人族が勢力を増し、国家らしき物を形成し始める。
フロンクハイト政権は、これ幸いと周辺の統治を任せてしまった。
辺境の統治はそれほど面倒だったのだ。
まあ、『長命』の『悠久の種』が『短命の輩』を軽視していたのは否めない。
『辺境』の人族は自治を始め、それが国家となり、そして次第に国力を増す。
それにフロンクハイト中枢の権力争いが重なった結果、帝国は崩壊することになる。
まあ、大帝国の末期では良くある話だろう。
ローマ帝国では帝国内に避難してきたゲルマン族に辺境の土地を与え、国境線の防衛を任せた。
中国では辺境守備隊が世襲化して軍閥と化した。
日本では室町武家政権の衰退と共に、地域豪族が割拠し、中央はそれを追認していく。
「帝国辺境の都市や町の防衛を請け負う形で、独立しようと考えている」
「それ、地域諸侯に婿入りするとかと同じじゃないのですか?」
鋭いな。
「少し違う。
基本的には、空白地帯を支配する形だ。
乱世になれば、正統な支配権を持つ者がいなくなった土地ができる。
支配権があいまいになった土地、それを中央からの委託という形で支配する。
実質的には乗っ取りだが、重要なのは、オレが最初からトップになるってことだ。
既存の伯爵家とかに婿入りでは、その娘との結婚とかが問題になるからな。
帝国貴族間の柵は無視する形にしたい。
次に、場所の問題。
可能な限り端っこ、帝国外でもいい」
北条早雲こと伊勢宗瑞は京都の室町武家政権の要請を受ける形で伊豆に攻め入り支配している。
「ご主人様、トップになるのは嫌なんじゃなかったのでは?」
「その通りだけど、致し方ない。
現在の宗教と歴史的しがらみでグチャグチャの帝国でトップになるのは絶対にごめんだが、埼玉県知事ぐらいは致し方ないかなと」
「サイタマケンチジ、って?」
「あー、レトコウ伯爵領程度なら、って意味だな」
うん、つい前世が出るな。
「そのサイタマケンチジは端っこがいいんですか?」
「別にサイタマでなくてもいいんだが、中央から遠ければ遠いほど、影響が少なくなる。
つまり中央の争いから距離を置ける」
埼玉っていうより、秋田とか島根ぐらいかね?
「帝国の文明を利用できる程度に帝国に近く、帝国の権力闘争に直接かかわらなくて済む所が理想だな。
もう、一つは、オレの体質の問題。
オレが普通の人族でないことは、何れ露見するだろう。
それが露見しても支配を続けられる土地がいい」
「月の民、みたいな体質が世間に露見しても大丈夫な場所、ですか?」
「多分、帝国内では月の民として認識されるだろう。
だから、月の民国家との境目がいいと考えている。
月の民と見做されたら、月の民国家と帝国との仲裁者的な立ち位置を確保して、安全保障にするんだ」
「月の民国家と言うと、フロンクハイト、セリガー、センフルール、・・・」
「その中では消去法でセンフルール、かな」
今回の『斎女様』の話も参考にすれば、フロンクハイトは独裁国家で、政治体制も相当まずそうだ。
セリガーはある意味安定しているようだが、『強制転化』が国家政策とか聞くと、お近づきにはなりたくない。
センフルールは絶対的な指導者がいないらしいが、それ故に無茶な要求も少ないだろう。
「それは、センフルールの皆さんと仲が良いから、ですか?」
「それもある。
センフルールの誰かを嫁に貰うのもいいかもしれない」
やっぱりねらい目はリタだろうか。
最初からオレに興味を示していたし、ハトンと仲がいいのもある。
シノさんは、結婚したらセンフルールの首脳陣全員を敵に回すようだし。
あと、正直、シノさんは性格が良くわからん。
有能だとは思うが、時々ついていけない。
外見は極めて好みだが。
シマは良い子だが、・・・シマの場合、彼女の方がオレに愛想を尽かしそうで正直怖い。
オレ、私生活、グダグダだからな。
こんなオレを許容してくれるのはハトンぐらいだ。
リタも大丈夫な雰囲気だが。
フキとかだと、厳しい生活管理が待っていそうだし。
あー、でも、ダメ元でシマにアタックしても良いかもしれない。
シマを第一正夫人に、リタとハトンで第二第三。
うん、頑張ってみてもいいかも。
「そんなことで、話を戻すと、具体的には帝国西部のバグノット地区を狙っている」
バグノットは帝国西端の港町だ。
以前はセンフルールの支配下にあったという。
センフルールの勢力が衰退して、十年ちょっと前から帝国、クリフホーム子爵家の勢力範囲と聞くが、詳細は分からない。
「話を戻すと、その独立のために、今から資金と穀物を集めておこうと考えたんだ。
最初は金だけあれば何とでもなると思っていたが、昨今の状況だと食料も確保しといた方がいいと思ってな」
仮に、一人の人間が一日三キロの穀物を消費するとしたら、一万人を一年間養うには一万トン以上が必要となる。
五百トン程度では全然足りない。
「それで、だが、ハトンはそうなってもオレに付いてきてくれるか?
勿論、付いてきてくれれば可能な限り大切にするが」
「はい、私は大丈夫です。ただ、・・・」
なんか不安になる返答だ。
「ただ、何かな?」
「サムルは難しいかもしれません。
ワリーとシャーリも微妙です」
え、そうなの?
ワリーとシャーリには以前、絶対の忠節を誓われたような気がするんだが。
「ご主人様は、月の民と普通に交流されますが、一般人にとっては、やっぱり月の民、吸血鬼というのは恐怖なんです。
サムルは未だにセンフルールの方たちとまともに話が出来ていません。
ワリーとシャーリは料理とか習いに行っていますが、あくまで、あの屋敷の中でだけです。
やっぱり怖いんだと思います。
屋敷で暮らしているのならともかく、地方に、それも月の民の国近くに行くとなるとどうでしょう。
まして、ご主人様が月の民、みたいな体質と知ったら卒倒するかもしれません」
う、それは、正直、軽視していた。
やっぱり吸血鬼って、人外、なんだな。
「そうか、サムルは無理か」
「はい、このままだと無理だと思います。
普通の人だと大体ダメだと思います。
スルターグナさんだって最初はセンフルールの人たちとは全然話せなかったんです。
趣味の力で一点突破してしまいましたが」
スルターグナは、リョーコお姉さまに師事出来るなら付いてきてしまう可能性が高い、そうだ。
これは、逆に頭が痛い。
「アシックネールさんは良く分かりませんが、サムルはまず無理だと思います。
ケイトとレイラみたいにしちゃえば話は変わりますが」
ケイトとレイラは、元シャールフ殿下の高級侍女だった二人である。
トエナ家とエディケ家のスパイだった女性で、シャールフ殿下から引き離されたのだが、放逐するわけにも行かない。
このような場合、普通は殺してしまうらしいが、オレ的には、流石に可哀そうだったので、貰い受けることにした。
ちなみに二人とも正魔導士、それも上級に近い正魔導士で、オレから見てもそれなり美人である。
ジャニベグとその侍女が離脱したのでオレの侍女集団が人手不足になったことと、飼っておけば何かの役に立つという名目で貰い受けた。
ただ、これ以上の情報漏洩は厳禁ということで、『完全に堕とす』ことが条件とされた。
そんなこと出来るのか?
『威圧』とか『魅了』とかって時間経過で解けていくんだよね?
繰り返し、掛けるのか?
倫理的に許されないっていうか、そんなことしちゃっていいの?
堕としたら堕としたで、オレが一生面倒を見る羽目になるんじゃね?
だが、周りはヤレと言う。
バフラヴィーやスタンバトア姉御は勿論、アシックネールにネディーアール殿下、更にはセンフルール勢も当然、という態度だったので、まあ、やって見たら、・・・あっさりと堕ちてしまった。
で、今はハトン配下の侍女、という事になっている。
元はトエナ公爵一族の出で、そんなに上の方ではないが一応は貴族で、トエナ公爵家からエディゲ宰相家に側室として出され、その後、シャールフ殿下の高級侍女になった、魔力量もそれなりの娘、年齢はまだ十代後半が、平民出身のハトンの下っていいのかと思ったが、アシックネール曰く、平民出、没落貴族出身の魔力持ちあたりの身元にしとくのが無難、なんだとか。
ちなみに、ケイトとレイラというのはオレが付けた名前である。
貴族名をそのまま名乗らせるのは拙いとのことで平民らしい短い音節の名前にした。
ジャニベグの後釜なので、JKLで、KとLにしている。
安易だが、覚えやすい。
まあ、二人とも、三日間程、毎日、中出しして失神させてやったら、ほぼ完全に堕ちて、何でも話してくれて、ハトンの下で構わないとの話になった。
イカせる時に、ハトンに手伝わせたのが良かったのか、完全にハトンの侍女と化している。
まあ、既にハトンの方が魔力量が多いっていうのもある。
確かに、ケイトやレイラ見たいにしちゃえばいいのかもしれないが、・・・、サムルもいい子だから、無理やりってーのは気が引ける。
逆に言えばサムルにワリーとシャーリが離脱したとしても、ハトンにケイトとレイラが残ればとりあえず格好は付く。
しかし、一定以上の身分であれば複数の女性を従えるべき、という風習は厄介だ。
オレ、地球だったら、ハトンだけで、満足してたと思う。
「サムルたちについては、追々考えるとしよう。
帝国から離脱して独立するとしても、今すぐ、って訳じゃない。
準備も必要だから、少なくともあと一年ぐらいは帝国内にいると思うし」
なんだかんだ言って、オレがカゲシンに来て、やっと一年、なのだ。
カゲシン施薬院や自護院で修行しましたって名目を付けるにも、一年程度では意味が無い。
地球の医者の海外留学も普通は二年かそれ以上だ。
一年程度って、自分探しの語学留学だよな。
そう、話すとハトンも少しほっとしたようだった。
なんだかんだ言って、ハトンもカゲシン生まれのカゲシン育ち。
いきなり辺境に行くのは不安なのだろう。
「もし、ご主人様の計画通りになったとして、それで、アシックネールさんや、スルターグナさんはどうするのですか?
特にアシックネールさんは現在のカンナギ家を事実上差配していますが」
「アシックネールは、クロスハウゼンにお返しする、ことになると思う。
彼女は、多分、帝国中枢から離れられないだろう」
アシックネールが文官として、魔導士として優秀なのは間違いない。
オレとクロスハウゼンを繋ぐ立場なのもある。
オレが帝国内、それもカゲシンで貴族として生きていくのであれば、絶対的に必要な女性だろう。
ただ、文字通りの尻軽だ。
これ、多分、一生治らない。
一時期は、セックスで夢中にさせれば、つまり『堕とせば』って話もあったが、多分、これも無理だ。
アシックネール曰く、オレは『極上』らしい。
だが、だからと言って、他の男を食べるのは止めないという。
極上の牛肉があっても、時々ナッツも食べたい、のだそうだ。
短期間と割り切るのならいいが、長く付き合っていくのは精神的にキツイ。
幸い、アシックネールは色々と有能だ。
シャールフ=ジャニベグを制御できる数少ない人材だから、適当な時期にその線で押し付ければ大丈夫だと思う。
ネディーアール殿下の嫁入りに付けるって手もある。
ナディア姫は、有力婚約者だったクテンゲカイの兄弟が戦死している。
彼女の結婚相手は、ウィントップ公爵家継嗣で決まりだろう。
ネディーアール殿下も一人で嫁ぐのは不安だろうから、それに付けてやれば喜ぶだろう。
だから、アシックネールについては何とかなると思う。
ただ、あんまし早く押し付けると、クロスハウゼンから代わりが来ちゃうかも知れない。
帝国離脱直前にお返しできるのが理想だ。
一方のスルターグナだが、正直、腐ったツルペタ女なんかオレは必要としていない。
医学的サポートという話はあるが、これも微妙。
カゲシン市内であればシャイフの孫という肩書は重要だが、独立すれば関係ない。
問題は彼女がオレの所に来てから腐ったという事実だろう。
世間的には、オレがスルターグナを腐らせた、となっているらしい。
別にオレが腐らせたわけではないのだが、責任取らねばならないのだろうか。
誰か引き取ってくれんかね?
腐敗度マックスの合法ロリなんて、どこにも需要が無いと思うが。
頭が痛い。
まあ、オイオイ考えよう。
「アシックネールさんとかのことは後で考えるとして、センフルールのどなたかと結婚は可能なのですか?」
「あー、うん、それは何とかなると思う。
と言うか、ちょっと思いついたことがあって、少し前からそれを実践している。
ちょっと姑息な手だけど、うまく行けばシノさんでも大丈夫、かもしれない。
リタなら多分問題ない、と思う」
ハトンは少しだけ怪訝な顔になったが、了承してくれた。
「ところで、ついでだから、オレの方からもハトンに話がある。
その、人前で、『今夜も調教してください』とか言うのは辞めてほしい。
ハトンの事は大事に思っているし、その、毎日、かわいがってやるつもりだ。
人前で、それも大声で言う必要はない。
あれは、ちょっと人聞きが悪い」
ハトンがまた困惑した顔になる。
「でも、宰相閣下から頂いた『淑女のしつけ方』には女性が自ら『調教してください』って言えるようになるのが、それも人前で可能な限り大きな声で叫べるようになるのが、重要だって書いてありました」
「いや、その、エディケ家の本は、あんまし一般的ではない、と思うぞ」
あのロリコン宰相、なんつー本をくれたのかね。
「でも、センフルールのシノ様も、『しっかり調教してもらいなさい』って激励してくれて、参考の本も頂いたんです。
『調教恋愛本』っていうジャンルだそうです。
男女の恋愛の姿を正面から描いたものだって聞きました。
私、この本の女の人みたいになりたいんです」
ハトンが頭のいたーーーーーい表紙の薄い本を持ち出す。
シノさん、・・・。
「あのね、ハトン。
この本は一般的には恋愛本とは言わないんだよ」
「でも、最後のページは女の人が、とっても幸せそうな顔で『私はご主人様の肉奴隷です!ご主人様に身も心も捧げます!』って叫んで終わるんですよ」
「だから、この本は一般的には『凌辱調教物』ってジャンルで、・・・」
ヨダレ垂らしたアヘ顔って、幸せそうな顔に入るんだろうか?
うちのハトンは何でこんな方向に進んじゃったんだろう?
裕福とはいえ平民商家出身のハトンに、帝国宰相と月の民のお姫様が指南してるからな。
影響が大きすぎる。
スルターグナってーのも居るし。
これ、どーやって矯正すればいいんだろう?
しかし、この本、・・・
「ああ、気が付きました?
その本の調教されてる女性、ネディーアール殿下がモデルだそうです」
「はい?」
「この本、シノ様とリタが作ったんです」
「あー、そう」
よく見たら、これ調教してる側も女じゃねーか。
モデルは・・・シノさん自身だな。
うん、やっぱ、シノさんとの結婚は無謀だ。
「ハトン、この本はネディーアール殿下には見つからないようにな」
「え、そうなんですか?
リタは別に構わないって言ってましたけど」
・・・リタも辞めとくべきかね?
「あー、まあ、この本は置いとくとして、だな。
ともかく、その、取りあえず、人前で『調教してください』って叫ぶのだけは辞めてくれないか。
オレが恥ずかしい」
ハトンが何故か訝しげな顔になる。
「ご主人様、いや、だったんですか?」
「うん、そうだ」
「でも、『調教してください』って、お願いしたら、ご主人様、少し慌てた感じになりますけど、嬉しそうですよね?
実際に、『調教してください』ってお願いした日の方が、明らかにたくさん可愛がっていただけますし」
え゛、・・・・・・・・・・・・・・・・
「そ、そんな事、あるわけないじゃないか、・・・・・・」
ないよね?
絶対ないよね?
多分、ないよね?
ハトンが更に困惑した顔になっている
「えーと、じゃあ、ご主人様の耳元で、ご主人様だけに聞こえるような感じで、『調教してください』って言うのは、どうですか?」
「あー、・・・うん、まあ、それなら、・・・いいか」
オレがしぶしぶ頷くとハトンがうれしそうな顔になった。
「ご主人様、何か困ったことがあったら、私でよければお話を聞きます。
遠慮なく、おっしゃってください」
「あー、うん、わかった。
オレ、そんなに抱え込んでるように見えるかな?」
「抱え込んでいるというか、ご主人様ってすごく優秀で、仕事のこととかはパパーっと解決しちゃうのに、個人的なことになると、先延ばしにしますよね。
とりあえず自分が我慢すれば何とかなるものは、それですませちゃうみたいな」
え゛、いや、・・・・・・・・・・・・・・・
「先ほどのジャニベグさんの話にしても、確かに解決は難しかったと思いますけど、先ほどの説明は、自分で自分を納得させていたように聞こえました」
え゛、オレが自分で自分を言いくるめてたってこと?
そんな馬鹿な、・・・いや、確かに、地球時代の仕事はブラックで、でも解決も難しいというか、・・・大体、働き方改革だかで勤務は一日八時間とか言っといて、それで二十四時間患者の相談に乗れって、矛盾したこと言いだしたのは国の方で、そんなこと言うんなら現場の医者の数を国の権限で増やせというか、解決できないから現場は奴隷労働になるわけで、仕方がなかった、というか、現状そのままで解決策はどこでしょうって話だから、・・・だからと言ってオレが面倒ごとから目を背ける先延ばし体質だなんてことは、・・・あるのか?
「ですので、話すだけでも話してください。
悶々とブツブツと文句を言うだけでは解決できないですよ」
・・・・・・・・・・・承諾しました。
しかし、十二歳に諭されるオレって、・・・オレ、地球時代も含めるとそろそろ四〇なんだが。
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