07-09S インタールード 勝利を望む者 (一)

 ━━━帝国歴一〇七九年十一月に行われた帝国軍対遊牧民ケイマン族と長命種国家フロンクハイトの合同軍との戦いは地名より『ヘロン会戦』と記録されている。だが、古来、この戦いは『ガーベラ会戦』と呼称される事が多い。戦いが行われたヘロン市郊外は当時ガーベラの群生地として知られていた。━━中略━━古来、この合戦を描写した絵画、図、あるいは詩や歌曲は『ガーベラが群生した高地で激突する両軍』を描くのが通例であった。しかしながら、現在、これは疑問視されている。━━中略━━ヘロン高原が当時ガーベラの群生地であったことは間違いない。しかしながら戦いが行われたのは十一月であり、通常であればガーベラが開花する時期ではない。実際、当時の記録には『咲き誇るガーベラ』についての記述はない。━━中略━━しかしながら、『ガーベラが咲いていなかった』との記述もない。この年には偶然開花時期がずれたとの推測もある。━━中略━━真相は不明であるが、この戦いで『ガーベラ』が大きな意味を持っていたのは間違いない。後日、この戦いの感想を問われたKKは一言『ガーベラ』と答えている。━━━

『ゴルダナ帝国衰亡記』より抜粋




 ヘロン川はゴルダナ河の有力支流の一つで、帝国ゴルダナ地区の中西部を北から南へと、ほぼ真っ直ぐに流れる。

 その中流部に一つの台地が存在した。

 一般にヘロン高原と呼ばれる台地で、ヘロン川はこの台地に沿ってほぼ直角に二度、つまりクランク状に曲がっている。

 ヘロン高原は、東西三キロ、南北五キロ程のほぼ長方形の台地であり、古来、要衝として知られていた。

 高原自体は水が乏しく、農地には向かない。

 だが、ヘロン川とその支流であるメハン川に囲まれた舌状台地は防衛拠点として最適であった。

 ヘロン川の屈曲点にヘロン市が建設され、ミッドストンからゴルデッジへと繋がる街道がヘロン市を経由するように設定され、更に近隣のヘロン川渡河点が、ヘロン市のそれだけに限定されたのも故無しではない。

 ヘロン市は第一帝政初期に建設されたと伝えられる要塞都市である。

 その後、幾度かの戦乱を潜り抜けた市の外壁は、これまた幾度もの補修と増改築を受け、現在も現役で有った。

 だが、現在、そのヘロン市はケイマン族の大軍に包囲されていた。

 包囲されて、まだ十日程だが、守備隊はかなり弱っている。

 数日前から炊事の煙が少なくなり、今日はほぼゼロだ。

 無理もない。

 ヘロン市の本来の人口は五〇〇〇を超える程度。

 そこに、三万の軍勢が逃げ込んだ。

 近隣住民も逃げ込んでいるから、城壁内の人口は四万人以上。

 ひょっとしたら五万を超えているかもしれない。

 食料自体はまだ枯渇していないだろうが、煮炊きは別だ。

 魔法で火は起こせても、燃料が無ければ煮炊きはできない。

 ケイマン族族長、オライダイはそれを見てほくそ笑んだ。


 うまく行っている。

 少なくとも今の所、ケイマン族の帝国侵攻は成功と言って良いだろう。

 ギガウォック要塞はあっさりと落ちたし、その後のゴルデッジ侯爵ギガウォック騎士団の合同軍も一蹴した。

 残党が籠るゴルデッジ市も数日で陥落させ、皆殺しにした。

 ゴルデッジ市は完全に瓦礫と化したが、仕方が無いだろう。

 守備隊を残せない以上、再利用を防ぐには破壊するしかない。

 その後、レトコウ市の攻略に手間取ったのは予定外だったが、帝国第二軍との戦いには勝利している。

 帝国第一軍に対しても奇襲に成功した。

 第一軍は混乱して分散、本隊はヘロン市に逃げ込んだ。

 これも悪くはない。

 実はヘロン市はあえて落としていない。

 季節は秋から冬に入ってきている。

 軍には冬営の場所が必要だ。

 であるからしてヘロン市は可能な限り無傷で接収したい。


 遠くに見えるヘロンの城壁を見ながらオライダイは考える。

 現在、オライダイがいるのは、ケイマン族が総司令部を置いているのはヘロン市の北東四キロ程の場所だ。

 高原のほぼ中央で、ミッドストン=ヘロン街道に隣接する。

 総司令部周囲には親衛隊、そして第一軍団の兵士が駐屯している。

 ヘロン市を包囲しているのは軍の三分の一ほど。

 八月末から戦いと行軍に明け暮れた牙族の兵士は久方ぶりの休養を得ていた。

 そして、その兵士たちの頭上にヘロンの城壁がある。

 ヘロン市はヘロン高原の最も南西側の最も高い位置に建設されているのだ。

 あの城壁は是が非でも手に入れねばならない。

 そう、ヘロン市の確保は今やケイマン軍団にとって必須だった。




 今回の遠征は、概ねうまくいっていたが、全てがうまくいったわけではない。

 帝国第二軍には勝利したが、その背骨を折るところまではいかなかった。

 大きな傷を与えた。

 だが致命傷ではない。

 率いていた第五公子は死んだようだが、首脳部の何人かは生き残ったらしい。

 内通者ジャロレーク伯爵はテルミナスの確保に失敗したという。

 兵員の多くは逃げ延びてしまったし、第二軍の中核であるナーディル師団の損害は軽微だ。

 ただ、これは許容できる。

 第二軍首脳を全滅させることは、客観的に見て極めて困難な話だ。

 フロンクハイトの枢機卿とジャロレークの使者は自信を持っていたが、オライダイは最初から当てにしていなかった。

 カゲシンの公子を一人殺せただけでも御の字だろう。

 第二軍もしばらくは活動困難だ。

 情報ではナーディルとクテンゲカイは裏切り者のジャロレークを優先するらしい。

 これも悪くない。

 一方、帝国第一軍の誤算はもう少し大きい。

 奇襲が成功したのは良いが、第一軍はあまりにもあっさりと混乱し、潰走してしまった。

 一撃で全軍潰走とは、脆すぎるなんてものではない。

 予定外もいい所だ!

 おかげで、敵兵の損害は軽微だ。

 兵員は散り散りになったが、ここは彼らの故郷である。

 散った兵員は、遠からず故郷の街に戻り、部隊として再編されるだろう。

 第四公子も誤算だった。

 内通者の手引きで、手筈通りに捕らえたと思ったのだが、捕らえてみれば影武者ダブルだった。

 まさか、ベーグム師団の副師団長が護衛していたのが影武者とは。

 恐ろしいことに、護衛していた副師団長がそれを知らなかった。

 彼は、本物の公子を護衛していたと信じていたのだ!

 第四公子バャハーンギールは味方すら、欺いていたのである。

 極めて用心深い、猜疑心の強い性格と聞いていたが、予想以上だ。

 だが、彼が現在、ヘロン市内にいるのは確認されている。

 手間取ったが、ほぼ確保したといってよいだろう。

 これでトエナ公爵にも大きな顔ができる。

 その意味では、これもそう大きな失敗ではない。


 最大の誤算は、兵糧だ。

 ケイマン族が今回の遠征に踏み切った直近の理由は、帝国からケイマンに供給される穀物の減少である。

 量と質が低下し、値段も高騰していた。

 故に、ケイマン軍の帝国内侵入は、穀物を確保することが目的の一つだったのである。

 ゴルデッジ市を破壊したのも、穀物が要因の一つだった。

 ケイマン軍は早急に穀物を確保する必要があったのである。

 そのために、ゴルデッジ市を完全に破壊し、虱潰しに漁った。

 そうして、ケイマン族は穀物を得る。

 ゴルデッジから得られた穀物は大量だった。

 だが、それは、予想の半分以下だったのだ!

 ゴルデッジで得られた穀物の半分はケイマンの故地に運ばれ、半分は軍の糧食となった。

 当然、足りない。

 周辺地区を略奪し、商人たちに吐き出させたが、全く足りない。

 何が何だかわからない!

 帝国が飢饉などという報告は全くなかったのに!




 探索部が必死で集めた情報から浮かび上がった現実は過酷だった。

 帝国内の穀物生産はここ何年も右肩下がりで減少していた。

 事前の諜報員の報告では、帝国内では穀物が豊かに実っていたはず。

 結論から言えば、諜報員の報告は強ち嘘ではない。

 確かに、豊作の地域もある。

 だが、全体として見れば減っていた。

 更に、農業インフラの崩壊により耕作面積が減少し続けている。

 穀物は元からなかったのだ!

 ケイマン族に売り渡される穀物が減少し、質が低下し、値段が高騰していたのは、帝国商人が暴利を貪っていたためでも、帝国の政策でもない。

 そもそも穀物が無かっただけ。


 事態は深刻だった。

 現在確保されている食料では、年内いっぱいが限度。

 これまでのように、移動し続け、略奪し続けていれば食うには困らない。

 だが、もう直ぐ冬が来る。

 移動は困難になり、略奪はさらに困難になるだろう。

 どうすべきか?

 実を言えばオライダイの腹は決まっている。

 迅速で確実な勝利、それが何よりも必要だ。




「陛下、準備が出来ました」


 今回の戦いが終わればオライダイは、カゲシンの『新たな宗主』から正式に帝国公爵に叙任される予定となっている。

 正式な帝国諸侯として帝国内の領土を支配し統治する予定だ。

 オライダイは既に部下からの敬称を『陛下』に改めさせていた。

 厳密に言えば、トエナ家が提示した爵位は『侯爵』だったが、オライダイは『公爵』を、更に『公王』を要求している。

 偉大なるケイマンの、北の草原の支配者が、吸血鬼より爵位が下など許されるはずがない!


 部下が緊張の面持ちでオライダイを先導する。

 謁見の場、平原に建てられた簡易の議場には、主だった幹部が集結していた。

 彼らの顔も緊張の色が濃い。

 誰もが族長の機嫌を恐れていた。

 オライダイは残虐と寛大を併せ持つ君主として知られている。

 これから行われる報告が彼を激怒させるのは確実と、部下たちは考えていた。


「報告を聞こう」


 上座に用意された椅子に腰かけると、オライダイは前置きもなく、言葉を発した。

 末席の男、第三騎兵旅団、旅団長代理トロ・アルス。

 ラト族特有のショッキングピンクの体毛が色褪せ、まだらになっている。

 身に着けているのは最低限の皮鎧だけで、それも綻び、酷く汚れている。


「第三騎兵旅団、旅団長、我らラト族、族長、ラト・アジャイトは神聖決闘にて敗北、戦死いたしました」


 トロ・アルスの言葉に驚愕の声が上がる。

 ラト・アジャイトの戦死と第三騎兵旅団の壊滅は既に情報が入っていた。

 だが、まさか、あの、ラト・アジャイトが神聖決闘で敗北し、死亡していたなどとは、誰も考えてはいなかった。


「不肖、トロ・アルス。

 ラト・アジャイトより旅団長代理を命じられましたが、残念ながらその任に堪えず、我が第三騎兵旅団は多くの兵を失い、事実上壊滅いたしました。

 ここに、ご報告申し上げます。

 陛下より多くの兵を預けられ、期待されたにもかかわらず、任を全うできず、陛下の兵士を数多く失ったこと、万死に値いたします。

 この、トロ・アルス、いかなる罰をも受ける覚悟はできております。

 しかしながら、我が配下、ラト族の生き残りに対しては寛大なるご配慮を頂きたく、ここにお願いする次第でございます」


 トロ・アルスが、ケイマン族総司令部にたどり着いたのは、わずか一時間前のことである。

 同行していた兵士は、五〇に満たず、馬は一頭もなかった。

 トロ・アルスに先行して、いくつかの集団・個人が帰着していたが、合わせても一〇〇に満たない。


「神聖決闘だと、何故、そんなことに?」

「騎兵一個旅団が壊滅するとは、何をしでかした!」

「陛下の作戦が台無しではないか!」

「お前一人が死んだところで、作戦の失敗は取り返せぬ。分かっているのか!」


 集まった軍首脳が一斉に怒鳴るように言葉を発する。

 だが、オライダイが片手を上げると、諸将の発言はピタリと止まった。


「まずは、報告を聞こう。

 最初から順に話せ。

 事実だけを話すのだ。

 偽りは許さぬ」


 蒼白な顔のままトロ・アルスは話し始めた。

 異様に静まり返った張り詰めた空気の中でトロ・アルスの報告が続く。

 報告は一時間以上に及んだ。

 終わると、オライダイは目を閉じて考え込む。

 配下は、黙って待つ。

 そして、陛下は目を開いた。


「当初の予定では第七公子とその配下がトゥーリッジ要塞に入ったのを確認し、これを南北から包囲し、殲滅する計画だった。

 だが、敵が引き返したため、トゥーリッジは放置して、第七公子を追いかけた。

 そう、だったな?」


 トロ・アルスが首肯する。


「その判断の根拠は?」


「要塞は移動しませんが、公子は移動します。

 カゲシンに逃げ戻る前に捕捉しようと考えました」


「それは、確かにその通りだな」


「敵は歩兵、こちらは騎兵。

 当初、直ぐに捕捉できると考えたのですが、反撃が厳しく、結局、旅団全軍で追いかけることになった次第です」


「結果として、トゥーリッジは放置されたと」


 トロ・アルスが蒼い顔をさらに悪くする。

 トゥーリッジ要塞は、現在も帝国の手にある。

 本来であれば南北から包囲するはずが、北からの攻撃だけになってしまい、攻めきれなかったのだ。

 手痛い失態である。


「第七公子が引き返した原因は不明、との事だが、思い当たるところは?」


 オライダイが次の質問に移る。


「はっきりとはしませんが、我らは、第七公子の部隊がトゥーリッジ要塞に入るのを確かめるため、各地に監視の兵を割いておりました。

 これが見つかった可能性はあると考えます」


「ふむ、帝国内で、トエナの影響も薄い地域だからな。

 その可能性はあるか。

 だが、それだけで退却するというのも、・・・」


 ケイマン族長は再び考え込む。


「こちらの兵士が捕虜にされた可能性、捕虜から情報が漏れた可能性は?」


「それは、・・・・・・・・・・・」


 トロ・アルスは連隊長としてラト・アジャイトを補佐していた。


「当時は、その考えは有りませんでした。

 我がラト族騎兵が敵の捕虜になることなど有り得ないと考えておりました。

 ですが、今、考えると、それも否定できません」


 苦渋の顔で続ける。


「我らは、その後、第七公子の部隊を追って帝国内を移動し続けました。

 敵は、歩兵主体の大型大隊。

 多少時間はかかっても捕らえること自体は簡単と考えていたのです。

 ですが、捕まりませんでした。

 我らの偵察部隊が片端から撃破され、あるいは捕らえられていたからです」


「先ほども、数日してからやっとそれに気付いたと言っておったな」


「部隊を大隊単位で広範囲に分散しておりました。

 旅団司令部では個々の損害を把握できておりませんでした。

 何より、我ら牙の民の騎兵が牙なしに捕まっているとは露も思わず、また、下の者たちもこれを恥じて隠蔽しておりました。

 不明を恥じる次第です」


「詳しく報告しろ。

 我らの騎兵が敵に後れを取ったというのか!」


 トロ・アルスは滴り落ちる冷や汗を拭う。


「正直に申し上げます。

 当初我らは、何らかの罠にかかっているものと推測いたしました。

 そうでなければ、我らが、我らの騎兵が敵に捕まり殲滅され、捕虜まで取られるなどあり得ないと。

 結果から言えば、それが更に我らの傷を深めました。

 何をどうやってかは分らぬのですが、多くの場合、我らの偵察兵が敵部隊を発見するよりも、敵に見つかる方が早かったのです。

 それ故、我らの偵察兵は敵を奇襲するどころか、奇襲を受けることがしばしばだったのです」


 偵察兵は普通、数人、十名以下で行動する。

 そのような小部隊が、一千人を超える大隊より先に見つかるなどあり得ない。


「こちらが先に敵を発見した場合でも、しばしばほぼ同時に敵に見つかり、迎撃されました」


「迎撃されて逃げきれなかった、というのか?」


「それが最大の原因です。

 敵の迎撃部隊は、極少数だったのです。

 多くの場合、こちらの偵察部隊と同数かあるいは少なかったようです。

 偵察兵は、自分たちと同数の敵に敗北するとは考えず、正面から戦ってしまい、敗北しました。

 敵は、極めて優秀な魔導士を偵察部隊狩りに使用していたのです。

 投射魔法と身体魔法の両方を使いこなす魔導士を、です。

 至近距離から投射魔法を受け、更に剣でも叩き伏せられたと」


 議場が驚愕の叫びと怒号に満たされる。


「馬鹿なことを言うな!

 魔導士は、投射魔法と身体魔法のどちらかしか使えぬ。

 常識ではないか!

 それができるのは月の民だけだ!

 不手際を誤魔化したいだけではないか」


 叫んだのは師団長の一人だ。


「待て、牙なしでも、上位の魔導士はそれが出来ると聞く。

 第七公子の部隊、率いていたのは、確かクロスハウゼンの跡取りではなかったか?」


 師団長に被せるように発言したのは古参の第一軍団長である。


「はい、その通りです。

 クロスハウゼン家の継嗣バフラヴィーが自ら前に出ていたと報告されています。

 ただ、ここまで逃げ延びる途中で確認したのですが、偵察兵の迎撃の主体は、カンナギ・キョウスケだったと思われます」


「カンナギ・キョウスケ、確か、ラト・アジャイトを倒した男だったな」


 オライダイの言葉にトロ・アルスがかしこまる。


「その時点では良く分かっていなかったのですが、あの決闘の後、確認いたしました。

 決闘以前でカンナギを見ていた者は、という話になり、偵察兵を迎撃し、あっさりと捕虜にしていたのがカンナギだったのではないかと。

 まず、間違いないと思われます」


「ラト・アジャイトを倒せる男で有れば、偵察兵を捕らえるなど赤子から飴玉を取り上げるような物、ということか」


「あのような能力の高い男がそういるとは思えません。

 偵察隊の生き残りによれば、カンナギはバフラヴィーと直に談笑していたとのこと。

 腹心として扱われていたようだと」


「クロスハウゼンの跡取りの腹心、か。

 トエナからの報告には無かったと思うが」


「トエナから、あるいはジャロレークからの報告にカンナギの名は有りません」


 オライダイの言葉に諜報担当の幕僚が答える。


「トロ・アルスよ、お前は、そのカンナギと戦ったと言っていたな。

 どのような男だ?」


 ラト族の生き残りは、しばし考慮し、言葉を選んで話し始めた。


「最初は、貧相な男だと思いました。

 ボラト・オチルを倒したと聞きましたから、さぞかし体格の良い、魔力量が多い男だと思っていたのです。

 しかし、実際にリングにいたのは、成人したてで髭も生えていない若造でした。

 ですが、その若造に私の拳は全く当たりませんでした。

 最後には投げ飛ばされ、締め落とされる始末だったのです」


「完敗したということか?」


「残念ながら。

 族長、ラト・アジャイトとの戦いは、自分は直接見ておりませんが、正々堂々と戦い、最後は一発ずつの殴り合いが行われた由にございます」


「それで、あの、ラト・アジャイトが負けたのか?」


 思わず声を上げたのは第一軍団長だ。

 ラト・アジャイトを買っていた男でもある。

 トロ・アルスが頷き、議場の男たちからうなり声が上がる。

 ラト・アジャイトはケイマン族内でも有数の決闘巧者として知られていた。

 公には誰も口にしないが、こと決闘にかんしてならば、ケイマン・オライダイよりもラト・アジャイトが上ではないかとすら言われていたのである。

 それが負けた。

 何度聞いても、すぐには受け入れられない。

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