05-24 あっけらかんとした真実を知ってしまう必要はある? (一)
我が家の朝食は、色が薄めの黒パン、ザワークラウト、チーズ、それにソーセージかベーコンが基本である。
完全な白パンは高いが味は値段に見合わない。
味の良い黒パンを探してこれになった。
野菜は、本当は生野菜が食べたいのだが、流通量が少ない上に不衛生。
諦めてザワークラウトを採用している。
チーズは、何故かカゲシトではマイナーなのだが、牙族では定番らしく彼らの店にたくさんあった。
ナチュラル系の物を色々と買っている。
ソーセージやベーコン、ハムなどの加工肉は種類も量も豊富。
完全なハムよりも『塩漬け肉』の方が高級とされるのだが、オレは加工肉の方が好みだ。
ちなみに塩漬け肉と加工肉の境目は良く分からない。
店主がハムと言えばハム、塩漬け肉と言えば塩漬け肉なのだろう。
オレは朝食をしっかり食べる主義だが、実はカゲシン貴族は朝食をほとんど取らない。
取っても果物を少しとかパン一切れとからしい。
朝、昼はほとんど食べず、夕食を長時間かけて大量にとるのがカゲシンの正しい貴族なのだ。
そう言えば宗主もそうだったが。
健康に悪いよね。
そんなことで、少々というか、かなり世間とずれた我が家の朝食であるが、同居人から文句は出ていない。
ジャニベグもアシックネールも軍人系貴族であり、朝からしっかり食べるのだ。
ハトンも商家の出で、商人も朝からしっかり食べる。
以前は、タージョッが貴族らしくない朝食に苦言を呈していたが。
我が家の食事風景だが、数か月前、レトコウ紛争に行く前は、基本的にハトンと二人だけだった。
これに時々、ハトンの異母妹で学友のサムルが加わり、更に時々、タージョッが押し入っていた。
だが現在、状況はガラっと変わった。
ジャニベグが侍女三人引き連れて居座り、アシックネールも二人の従者と押しかけ、更に、ルカイヤ・スルターグナも従者一人と潜り込んでいた。
サムルもレギュラー化している。
掃除や洗濯など下働きの人間も増やしたため、我が家の人口は二〇人を超えた。
元は子爵家の屋敷だったので、部屋は充分にあるのだが。
え、八九式とブローニングを追い出さないのかって?
いや、そうね。
これが、意外と役に立っておりまして、・・・。
ジャニベグは、侯爵家の令嬢なわけで、まあ、色々とあり過ぎるけど、これを連れていると面倒は少ない。
成り上がりの平民医者だから、嫌がらせとか結構あったのだが、これが半減した。
いや、本当に酷かったんだよ。
貴族社会でポッと出の平民が出世するって、周囲は軋轢ばかり。
そんなものだと最初から割り切っていたから、気にしていなかったのだが、・・・侯爵家の婿って看板はすごい。
特に大きいのは、お誘いが激減したことだろう。
施薬院で診察に行ったら熟しすぎた奥様が半裸でお出迎えとか、自護院では石垣系の自称筋肉美人にベアハッグされてキスされたとか、それを断ったら『失礼だ』と激怒され、施設内を逃げ回るとかだったのだが、ジャニベグが来てから、嘘のように無くなった。
アシックネールは、単純に、側近、文官として優秀だ。
毎朝、予定と行き先を各自に指示し、使用人も手足のように使いこなす。
会って数日の使用人をどうして使いこなせるのか、理解できない手際だ。
そんなことで、何か追い出せないでいる、・・・え、それだけかって?
えーと、・・・・・・・・・・・ですね。
正直に言いますと、・・・・・・・・・・・・・・・・ですね。
この二人、体は、かなり良いです。
セフレというか、夜の相手としては優秀な人材なのであります。
タージョッは、魔力量に差があり過ぎて『最低限』を出すという離れ業を毎回要求されていた。
だが、ジャニベグの魔力許容量はタージョッの五倍以上ある。
アシックネールもジャニベグに少し劣る程度、・・・年齢差が三歳だから、素質は互角だろう。
二人合わせると、タージョッの十倍。
かなーり、満足度は高いです。
客観的に見ても、タージョッより美人だし、スタイルいいし、締まりとか、濡れ具合とか、・・・まあ、色々と上でして。
現実問題として、この二人以上は難しい。
オレは多分、魔力量が高い女性でなければ満足できない。
帝国基準で最高峰とされる『国家守護魔導士』は現状、帝国内で五人。
デュケルアール様のように認定されていない人もいるが、それでも十人いるかどうかだろう。
次の『守護魔導士』は帝国内で一〇〇人前後と聞く。
ジャニベグとアシックネールはもう直ぐ、これを取れると言われる逸材だ。
『守護魔導士』かそれ以上で、独身の女性という時点でかなり少ない。
スタンバトアの姉御なんて二〇歳だが既に二児の母だ。
更に、オレが女性と思える容姿の持ち主でなければならない。
トゥルーミシュは、無理です。
男にしか見えません。
現状、知り合いでこの二人より魔力量が上で、かつ、独身で若くて美人となると、ネディーアール殿下のみだ。
あと、センフルール勢もいるが、難易度というか面倒という意味では、みなさんかなり大変。
まあ、センフルール勢は保険ではある。
彼女たちの留学期間は、少なくともあと一年、恐らくは三年。
センフルールに行くにしても一人で行くのは不可能だから、彼女たちが帰国するときに決断すれば良いだろう。
そんなことで、ジャニベグ、アシックネールをリリースしても、補充の目途が立たない。
振り返れば、オレだってそう褒められた存在じゃない。
ここら辺で妥協しといた方がいいんじゃないかとも思う。
幸いというか、今の所、二人とも浮気している気配はない。
実は、ここの所、毎晩二人とヤッている。
二人とも満足しているようで、浮気の必要が無いらしい。
良いのか、悪いのか。
そりゃ、オレだって貞淑な女性が良い。
だけど、この世界の『貞淑』って大概だし。
タージョッのように毎晩、愛玩性獣ディプラーと『二穴』で『予習』してたのが、『貞淑』だからね。
聞けば、ジャニベグもアシックネールもディプラーは使用していないという。
「あれは魔力量が低いからな」
「私達クラスになるとディプラーがあっという間に衰弱死しますから、金がかかりすぎです」
この世界、魔力量が高い女性は、魔力の、つまり精液の吸引能力も高い。
魔力量の低い男性が、魔力量の高い女性と交わると、瞬時に出し尽くすのだそうだ。
男性側は、ものすごぉぉぉぉぉく良いらしいが、女性は、微妙。
「試してみましたけど、一段階下の男性ならともかく、二段階下だと、却って欲求不満になりますねー」
「そうか?五~六人まとめて相手するとそれなりだと思うが」
個々の意見は兎も角、ディプラーは獣なので自制が全く無く、衰弱死するまで腰を振り続けるらしい。
そんなことで、二人ともディプラーは『ほとんど』使っていないとか。
アシックネールがあっけらかんと話したところでは、彼女は月に七~八回、ヤッていたという。
確かにお盛んだが、毎晩、ディプラーと『前後』で『予習』していたタージョッよりマシな気がするんだが。
カナンの世評はともかく、オレとしては、ここらで妥協しとこうかと思った次第。
あと、ジャニベグは服を着るようになった。
オレが『服を脱がせることに興奮する』ことになったからだ。
アシックネールが勝手に言い出したのだが、結果的にジャニベグが服を着たのだから、悪い話ではない。
三秒でヤレる露出過多の服でも服は服だ。
「女性の服は自分で脱がさなきゃダメって、キョウスケは相変わらず変わった趣味だよね」
三日と経たずにゲレト・タイジの耳に入ったのは疑問だが。
「周りから色々と言われてるけど、キョウスケにはジャニベグさんとアシックネールさんがいいと思うよ。
二人とも、軍人系で家柄より個人の能力を重視するし、その、変態、・・・じゃなくて、常識にとらわれない考え方をするから、キョウスケの変態、・・・いや、非常識な所も受け入れてくれると思う」
タイジ君、まるで、オレが変態で非常識の塊みたいな言い方は、・・・いえ、すいません。
多少は、自覚がありますです。
ちなみに、スルターグナはキャリアウーマン指向で、性的なものにはあまり興味が無かったらしい。
『膜』の『処理』は『淑女の嗜み』として行っているが、ディプラーは使ったことが有る程度。
なんか、ホッとする話である。
問題は、タージョッより多少多い程度の魔力量だが、これは、意外とあっさり解決された。
ジャニベグやアシックネールに中出しした直後に、引っこ抜いて、そのままオレの体液が付いたモノを突っ込んでやると、数回、腰を使うだけで、スルターグナはあっさり失神する。
まあ、楽だ。
今なら、タージョッも大丈夫だったかも知れないが、・・・あいつ、妙にプライド高かったからな。
スルターグナはそこら辺も緩い。
実家が僧都家と身分が低いからかもしれない。
で、ちょっと問題になってきているのがハトン。
あの日、エディゲ・ロリコン宰相から直接声をかけられてから、妙に張り切っている。
ロリコン宰相から送られてきた、エディゲ家秘伝の『淑女のしつけ方』、中身は少女の調教法、オレは無視していたのだか、何時の間にかハトンが熟読していた。
そして、現在、ハトンはその調教本の実行をオレに促している。
ちなみに、異母妹のサムルも一緒だ。
そりゃ、まあ、平民、商家出身のハトンにとって帝国宰相という雲の上の人から声をかけられたのは、すごい事なのだとは思う。
でも、調教される側が、それを熱望するのはどうだろう?
今の目標は、『飲んだだけで絶頂出来るようになる』事らしい。
・・・エディゲ宰相も余計な事をしてくれたものである。
オレは、そんな事、全然、全く、完全に、望んでない、・・・恐らく、多分、・・・まあ、本人がなりたかったら仕方が無い、・・・のかな?
アフザルとの会合の翌日は、例によって、施薬院に顔を出した。
タイジやタージョッの勉強を見たら、また暇になった。
上層部は、パラライズしたままなのだ。
巷の暗殺騒ぎは継続しているが、件数は減少している。
まあ、平常運転だ、・・・・・オレも毒されてるかね。
オレがどうこうする問題ではないし、そもそも、どうもできないし。
そんなことで、オレは『奥書庫』を訪ねてみた。
『奥書庫』、別名『禁書書庫』はカゲシンというか帝国の貴重な資料を集めた図書館である。
元は国母ニフナニクスが帝国再統一時に、テルミナスなど各地にあった資料を半強制的に収集し保管した物だという。
内容から、閲覧制限があり一般には公開されていない。
カゲシンでも最上位の貴族か、マリセアの正しき教えの神髄に近いと認められた者だけが閲覧を許可される。
オレは百日行突破の『正緑』なので、入ることが出来る。
閲覧者一人に付き二名の従者が許されるが、今日はハトンだけ。
『奥書庫』に行くと言ったら、ジャニベグもアシックネールもスルターグナも拒否したからだ。
こちらの人は、基本、本を読まない。
いい話じゃないとは思う。
『奥書庫』はカゲシン本山の裏手にひっそりと建っていた。
本山の正堂から、直線距離で二〇〇メートルぐらいだと思う。
ただ、間に分厚く高い岩壁があり、岩壁に掘られたトンネルを抜けるから、本山からは見えない。
意図的に隠されて建てられているのだろう。
トンネルで最初の検問があり、建物本体の正門でまたチェックがある。
『正緑』のストアだけではダメで、事前に発行された割符を用意する必要が有り、更に、入り口で拇印を押す。
かなーり、厳重だ。
『奥書庫』は意外と大きかった。
どこかの市立図書館よりも大きいだろう。
規模からすれば、少なくとも十万冊、恐らくは三〇万冊以上あるに違いない。
読書家としてはうれしい。
ちなみに、カゲシンで一般公開されている図書館の蔵書数は五万冊程度。
正門から中に入り、受付で説明を受ける。
『奥書庫』の主任司書は、見るからに偏屈そうな中年男性だった。
出入り口の警備は厳重だったが、中に人はまばら。
つーか、オレたち以外は司書しか見当たらない。
施設が広いから断言はできないが、本日の利用者はオレ達だけかもしれない。
施設内はひんやりとして湿度も低い。
明かりも最低限。
何か所か閲覧室が有り、本はそこで読む形だ。
貸し出しは不可である。
期待通り、蔵書量はかなり多い。
概要を知るためにざっと見まわったが、宗教系は少なく、歴史系というか政治的資料が多い。
一番多いのは旧帝政時代の政治資料だ。
帝国議会の議事録が結構あるのは吃驚だった。
カゲシン学問所の歴史教科書には全く記載はなかったが、旧帝国には『議会』が有ったらしい。
帝国時代の人口動態、戸籍、経済統計なども、かなりの量だ。
断続的にしか残っていないが、合わせると百年分ぐらいにはなるだろう。
第一帝政時代の統計では、総人口は三億を超えていたらしい。
領域が現在の倍以上だから単純比較はできないが、それでも多い。
例えば帝国中心部のゴルダナ地区の人口は、現在は往時の半分以下だ。
・・・何となく禁書扱いなのは分かる。
実学系も少ないながら、かなりの量だ。
帝国製鉄所の設計図なんて物もあった。
ざっと見る限り、鉄鉱石と石炭から製鉄、精錬まで行われていたらしい。
これも現在は稼働していない。
建物は残っているのだろうか?
製鉄所の資料には、第三帝政時代に新たな製鉄所が計画され、失敗した記録も付いていた。
下手に手を出さないよう禁書扱いのようだ。
医学系の禁書が少ないのは、その必要が無いからだろう。
あと、意外な禁書が有った。
絵本である。
見開きの片面が絵でもう一面が字というのが多いが、大きな一枚絵の端の方に字が入っている浮世絵みたいな物もある。
見つけた時は、なんで絵本が禁書かと思ったが、パラパラと見て納得した。
エロ本だった。
第一帝政時代は、かなり鷹揚だったらしい。
現在のカゲシンにその手の本は一切見当たらない。
へーっと思ってパラパラと眺めていたら、後ろから蹴りが入った。
「何、やってんの、あんた?」
「いや、中身を少し確認していただけだが」
見事にこけたオレを見下ろす狂暴な金髪碧眼小型愛玩動物。
「それ、BL本、男性同士のエロ本だよ。
あんた、そっちにまで手ぇー出したって、事なの?」
BLって言葉が有るのか?
「おう、これ、男だったのか。分からんかった」
「いや、いい訳はいらないから」
「そーゆーが、お前こそ、何でここにいるんだ?
その抱えている本は何だ?」
明後日の方向を向いて口笛を吹きだすプラチナブロンド。
「シマさま、そこの変態に構っている時間は無いのです」
後ろから青髪のフラットタイプが口をはさむ。
その肩には何故か緑色のストアがかかっている。
「おい、フキ、お前、『正緑』だったのか?」
「ここは、コレをかけていないと入れないのです」
「それは、そうだが、・・・・」
何故か、二人とも大量のエロ本を抱えている。
「丁度良いのです。
キョウスケも手伝うのです。
いかにも手伝いたいという顔をしているのです」
「いや、ちょっと待て」
見ればハトンは既に連行されていた。
「では、ハトンは初めてですから、文字の方を写すのです。
一字一句、正確に書き写すのです。
それが使命なのです」
「この、『イクぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ』というのもですか?」
「勿論、『ぅ』の数を数えて正確に写すのです」
「こちらの、黒塗りの部分はどうすれば良いのでしょう?」
「塗り潰された大きさを計測して書き込むのです。
縦と横の長さを〇.五ミリ単位で計測するのです」
フキの指導にハトンが戸惑った顔を見せる。
「可能であれば黒塗りの大きさから推測される単語を書き加えてください。
大半は男性器か女性器を表す言葉です。
様々な言い方がありますが、こちらに一覧を作りましたから参考にすると良いでしょう」
シノさんがハトンの前に、男性器、女性器の隠語一覧表を差し出す。
それぞれ百に近い。
なんだ、これ?
よくも、こんなに調べたというか、こんなものを作ったというか。
向こう側では赤毛Eカップのリタとフワフワ茶髪のハナがトレーシングペーパーを使って絵を写している。
ハナは何時ものマイペースだが、リタはギンギラギンの目つきに今にもよだれを垂らしそうな顔で息も荒く異様なペースで作業していた。
繰り返す。
なんだ、これ?
「もう、『亀甲縛り入門』とか写すのは飽きたのニャー!」
青髪ちぢれっ毛のフトは涙目だ。
「何なら、こちらと交換しますか?」
シノさんが一見優しく問いかける。
「そっちは何なのですニャ?」
「えーと、『賢者カーミヤと新たなる従者』です」
「・・・まだ、マシかニャ?」
「あ、『賢者カーミヤ総受けシリーズ』の一冊ですね?」
フトの言葉に赤毛Eカップのリタが被せる。
「カーミヤが新たに従者にした美少年に性癖を暴かれて責められる話ですが、・・・総受けというよりはさそい受け、でしょうか?」
全く、どーでもいいな。
フトもそう感じたらしく矛先を変える。
「フキは何をやってるニャ?」
「えーと、『童貞勇者フークヤマ、勇者は童貞のまま絶頂する』です」
「・・・題名の時点でダメニャ」
・・・地獄絵図だな。
「あのー、うちのハトンに変な知識を入れないで欲しいのですが?」
「絶対的に手が足りないのです。
ここで会ったが百年目なのです」
・・・意味が違うだろう。
「ご主人様、ハトンは大丈夫です。
やれます。
やらせてください!」
真っ赤な顔なのに、何故か喰いつき気味にハトンが志願する。
オイ。
「手伝ってくれて、感謝します」
黒髪Fカップのシノさんが悠然と微笑む。
「急な事でしたので、手が足りないのです。
毎日手伝ってくれるのは大変ありがたい話です」
「すいません。毎日、というのは完全に無理です」
「胸を揉む回数を増やしますが」
「・・・多少は考慮しますが、やっぱり毎日は無理ですって。
つーか、何でこんなとこでエロ本を写してるんです?」
「以前話しましたが、もう直ぐ、私の姉がこちらに来るのです」
「そんな話、しましたっけ?」
「宗主の病気で、呼び寄せるという話をしたと思いましたが」
「ひょっとして招請した師匠と一緒にということですか?」
「姉が師匠なのです」
あー、そうなんだ。
「実の姉ですが百歳以上年上です。
父母が死んでからは私の保護者に近い存在です」
「あのー、まさかですけど、その師匠兼お姉さまがエロ本を求めていると」
「歴史的文化芸術資料と呼ばないと怒られます」
「・・・それはそれとして、いきなりこんな話になったのですか?」
「我々の仕事のメインが、この『奥書庫』の資料を写すことなのです。
ですから、ほぼ毎日、ここに通っていました。
ここに入るために、カゲシンに来て早々に百日行を行い、資格も取ったのです」
「シノさんと、フキだけが取ったんですね」
「全員、合格しちゃったら拙いでしょう。
次の留学生が修行内容を厳しくされたら大変でしょ。
私は、『わざと』失敗したのよ」
シマがほっぺたを膨らませて反論する。
まあ、そうなのだろうな。
「センフルール上層部から書き写すべき資料目録を渡されています。
ただ、それとは別に姉から個人的依頼が有るのです。
優先順位と、写本の難易度の問題で姉のは後回しでした」
「あのー、これ、写本の難易度が高いんですか?」
「高いわよー」
オレの問いにシマが棒読みで答える。
「一時間もやったら、自分の存在価値について真剣に悩むことになるから」
そーゆーことか。
「百年と少し前、姉はカゲシンに留学し、『この世界に目覚めた』のだそうです。
ですが、他のメンバーの理解が得られず、趣味の物は多くは写本できなかったと聞きます」
変な物に目覚めたものだ。
「その後の留学生にも写本を頼んだそうですが、一部の例外を除いて、数冊も写本してくれれば良い方だったそうです」
例外がいたという方が不気味だ。
「今回は私がいるので姉は大層期待しているのです」
「なのに、出来ていないと」
「予定では、もう五〇冊ぐらいできてるはずだったのよ。
でも、二〇冊ぐらいしかできていない。
帰るまでにやればって、高を括ってたら、いきなり来る話になっちゃって」
「来るついでに、出来た分だけでも持ち帰りたいって話か?」
シマが力なく首肯する。
「リタと私は良いのですが、他のメンバーの集中力が続かず苦労しています。
キョウスケが手伝ってくれるのは歓迎です」
「いや、シノさん、その、オレも適性というか耐性はないですから。
そもそも、オレがここに来たのは、自分の目的があっての事で、・・・」
「それ、何よ?」
シマがズズーィと寄ってくる。
仕方なく、色々と話した。
まあ、相談する相手としては得難い相手なんだけどね。
「ふーん、つまり、帝国とカゲシンの裏の歴史が知りたいって事ね」
「煎じ詰めるとそんなところかな」
「いきなりなんで、そんな話になったのよ?」
「自分の立ち位置に悩んでいてね。
オレはこれから、どうすべきなんだろうと。
カゲシンは延命させるべきか、させないべきか、オレ自身はそれに手を貸すべきなのか」
『消えていなくなって欲しい』
龍神教の斎女の言葉を何となく思い出す。
「あんた、変な宗教にカブれたの?
それとも、自分が、この世をどうこうできるとか自惚れてんの?」
「いや、方向性として、だな」
「いえ、キョウスケの能力であればあながち自惚れとも言えないでしょう」
シノさんが冷静に話し始める。
「恐らく、今後、紛争は幾何級数的に増えるでしょう。
仮に、エディゲ宰相がキョウスケを手ごまにできれば、かなり有利です。
あなたに一個大隊与えて、派遣すれば当座のもめ事の大半は解決できます」
「ホントにー?」
「シノさんも帝国内の紛争が増えると予想しているのですね?」
シマの疑問を無視して話を進める。
「正確には、帝国内外、です」
シノさんの情報源は何だろう?
「まあ、いいわ。
理由は兎も角、お姉さんが相談に乗ってあげようじゃない。
読むべき資料とか、本に書かれてない事情とか、私が知ってる範囲なら、レクチャーしてあげる」
「いいのか?
そっちの仕事も有るんだろう?」
「うん、いいわ。代わりに、ハトンを貸して」
シマが指差した先には爛々と目を輝かせて、異様な速度で写本を進めるハトンが、・・・君、十二歳だよね。
「多分、私の三倍は戦力になってる」
良く分からないが、オレは交換条件を受け入れた。
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