05-23 ドロドロの現実を見つめる必要はある? (三)
「その出自の問題というのはなんだ?」
「えっ、あっ、聞こえていたのかい。いや、大した意味はないよ」
そんな、顔色では無いな。
少し考えて、鎌をかける事にした。
「ネディーアール様とシャールフ殿下の父親が宗主じゃないって話の事か?」
アフザルが驚きで目を見張った。
「聞いていたのかい?」
「直接は聞いていない。
話してくれるはずもない。
ただ、何となくだが、それと思わせる話が有った。
世間で噂になっているのなら教えてくれないか?」
アフザルは腕を組んで唸った。
「うーん、分かったよ。
君には、今さっき、重大な情報を教えて貰っているしね。
いいだろう、知っていることは話すよ」
コップにワインを注ぎ直して話を続ける。
「正確には、施薬院を中心に語られている話だよ。
魔力量と妊娠の話、さっき、第四公子の時にもしただろう」
「男性の魔力量が高くて女性が低い場合は普通に子供が生まれるけど、逆の場合は容易には子供は生まれないって話だな」
「男性の魔力が低い場合、普通に妊娠できるのは、一段階差というのが通説だ。
上級魔導士の女性を妊娠させる男性は少なくとも正魔導士である必要が有る。
守護魔導士の女性の場合、男性は上級以上の必要が有る」
施薬院の教科書に書いてある話だ。
「だが、二段階程度の差なら確率は低いが妊娠も可能とあったぞ」
宗主とデュケルアール様も確かその関係だ。
「そうなんだけど、かなり稀な話なんだよ。
どちらかと言うと、魔力差が二段階あっても妊娠する可能性はあるから注意って話なんだ。
具体的な確率は分からない」
そー言えば教科書にも数字は書いていなかった。
「寡婦の上級魔導士が従魔導士の男性を愛人にして妊娠した例が有るとか、そんな話だよ。
普通は妊娠しない。
特別な方法を使う必要がある」
特別って、・・・こちらの世界に顕微鏡受精みたいな方法は無かったと思ったが。
「そんなのは医学書に無かったと思うが?」
「医学書には載っていないが、方法が無い訳ではない。
魔導士は一般に男性の方の魔力量が多く、女性は少ない傾向にある。
一方、外部からマナを取り込んで蓄える能力は女性が圧倒的に優れている。
一般的な男性の場合は、数パーセント取り込めればいい方だけど、女性の場合は自分の最高魔力量の半分ぐらいまで取り込めるとされる」
アフザルの説明に頷く。
この辺りはこちらの医学書にある話だ。
「人族の女性の場合、男性の精液を取り込むのが最も簡便なのは知っての通りだ。
魔力量が高い女性は取り込めるマナの量も大量だ。
結果として、妊娠させる目的で供給された精液も、マナとして取り込んでしまうから、妊娠に至らない。
逆に言えば、女性の体が十分にマナで満たされていれば妊娠可能という話になる」
「確かに、理論的にはそうだが」
「具体的には、魔力量の多い男性を補助に使うんだよ」
いや、ちょっと、待て。
「補助って、まさか・・・」
「そう、そのまさか、だよ。
魔力量の高い男性に先に精液を注ぎ込ませて、女性の魔力量が満たされた状態にして、本命の男性が行うって方法さ」
・・・・・・・・・・聞いている方が、魂が抜けそうだ。
「それ、理論的には可能だが、現実問題としてはかなり困難じゃないのか?」
「補助の男性が供給した精液が少なければ、本命の男性の精液もマナとして吸収されるだけ。
多ければ、補助の男性の精液で妊娠してしまう可能性が高いね」
男性の精液に含まれるマナは体外ではどんどん希薄化する。
一旦保管して、量を測って注入とかは困難だ。
中で出すのに、丁度良く、何て無理だろう。
「現実には、半分ぐらい『補助』して、後は自力、という感じらしい。
だから、この方法も魔力差が大きすぎると使えない。
せいぜい二段階って話になる訳さ」
なるほど、ではあるが。
「一応、宗主とデュケルアール様の差は『二段階』になるよな?」
「名目的にはね」
「実質は違うと?」
アフザルが肉を突き刺したフォークを掲げる。
「この牛肉は、かなりいい。値段も張るよね」
一応、この店で、最上級の肉を出してもらっている。
「君は、宗主を診たのだろう。どう思った?」
「魔力量的にって話なら、従魔導士程度しかなかったよ。
ただ、宗主は現在体調が悪いから、魔力量も低下しているって話だった」
「宗主は公式発表では上級魔導士になってるけど、微妙なんだ。
正式に認定試験を受けた訳じゃないからね。
同じ、豚肉、羊肉でも値段に差があるように、宗主は上級魔導士としてはかなり下になる」
「その時点でかなり苦しい訳か」
「一方で、デュケルアール様は国家守護魔導士並みと言われている。
これまた、正式に認定された訳じゃないけどね。
そして、この国家守護魔導士という称号も問題だ」
うん?
「帝国の魔導士は『正魔導士』を基準にしてランク分けされている。
細かい基準は抜きにして、魔力量だけで見れば、『正魔導士』の半分程度が『従魔導士』、その更に半分が『風魔法使い』になる。
『正魔導士』の二倍が『上級魔導士』で、三倍が『守護魔導士』、四倍以上が『国家守護魔導士』になる」
「ああ、そうか。四倍以上、なんだな」
言われてみれば確かにそうだ。
「『国家守護魔導士』なんて、ただでさえ数が少ない。
それ以上の資格を作る意味も無いから、そうなっているけど、個人差は大きい。
同じ牛肉でも、高い物は安い物の数倍になるのと同じだ」
「デュケルアール様は魔力量だけならカラカーニー様よりも上と言われてたな」
「デュケルアール様の魔力量は正魔導士の五倍六倍と言われる。
多すぎて一般の魔導士では測定できないぐらいだからね」
「つまり、宗主との魔力量の差は二段階どころじゃない。
子供を作るのはまず不可能という話か」
「最初の頃は、そう疑われていなかったらしい。
デュケルアール様も十代半ばの頃は、今ほどの魔力量は無かったし、結婚して早々に子供もできたからね。
ところがデュケルアール様が成長して魔力量が増えるにつれて、アレって話になった。
魔力量は若いうちは低くて成長に伴い増大するけど、マナを受け入れる許容量は若いころからあまり変化しないとされている」
「つまり、若いころの、見た目の魔力量が低かったデュケルアール様でも妊娠させるのは大変だったはず、と」
「更に、子供の話が有る。
知っての通り、子供の魔力量は、両親の魔力量による。
勿論、兄弟で大きく違う例はざらだし、君のように平民の両親から異様に高い魔力を持つ者が生まれることもある。
だが、平均的には、両親を足して二で割ったぐらいだ」
「ネディーアール様の魔力量が異様に多い、ということか」
「宗主の子供では断トツ。
母親のデュケルアール様の同じころよりも上という話だ。
それでも、彼女だけなら、たまたま、かもしれなかった。
ところが弟のシャールフ殿下も、これまた逸材と来ている。
十三歳にして既に第五公子シャーヤフヤー殿下に追いつく勢いだ。
将来は、母親や姉と同様に国家守護魔導士クラスと目されている。
いくら何でも、かろうじて上級魔導士の男性に二人も国家守護魔導士の子供が出来るのかって話さ。
可能性はゼロではない、けどね」
確かに、可能性はゼロではない、・・・肛門にメイスが偶然入るより確率は高いかもしれない。
「つまり、デュケルアール様の子供二人の父親は宗主ではないってことか。
さっきの話からすると『補助』の男性が精液を入れ過ぎてしまった、ギリギリを狙って失敗したってとこか」
オレが『結論』を言うと、アフザルが不可思議な目つきに成っていた。
「そうだね、もう、この際だから話しておこう。
今の、君の話、それだったら、まだまとも、だよね」
「まだ、まともって、・・・まさか意図的に他の男性の子供を孕ませたってことなのか?」
アフザルは再びコップのワインを一気飲みすると話を続けた。
「今から話す内容は施薬院の一部の者達の推論、我が家の口伝だ。
その前提で聞いて欲しい」
オレは気圧されて頷いた。
「デュケルアール様が宗主の側夫人になったのは彼女が十四歳の時、今から十五年ちょっと前の話になる。
きっかけは宗主が彼女を見初めた事だ」
アフザルによれば、現宗主とデュケルアール様との婚姻は極めて異例だったという。
まず、カゲシン宗家は軍人家系、師団長一族の娘は娶らないのが慣例。
特定の軍閥の勢力が拡大するのは望ましくないからだ。
魔力量が釣り合わないこともあり、クロスハウゼン家は申し出を辞退した。
エディゲ宰相も、他のカゲシン上層部も否定的だった。
そこを強行したのだという。
当時、現宗主はまだ宗主継嗣だったが、前宗主が病床にあり事実上の宗主だった。
宗主は露骨にクロスハウゼン家に圧力をかけたという。
クロスハウゼン系列寺院の権利を全て凍結し収入を断った。
ベーグム家とナーディル家に命じてクロスハウゼン屋敷の周りに衛兵を配置し、破門するとまで言ったという。
当時、クロスハウゼン家は隆盛を誇っていた。
カラカーニーと息子二人、三人の国家守護魔導士が存在し、三師団でも飛び抜けていたのだ。
クロスハウゼンの興隆は、他の師団から危険視され、エディゲ宰相も問題視していた。
宗主は自分の即位に合わせて権力を強化するために、クロスハウゼンを屈服させる形を作ったという。
これが成功し、大勢は宗主になった。
最終的に一族の窮地に心を痛めたデュケルアール様本人が自ら願い出る形で騒動は決着したという。
宗主はクロスハウゼン家を屈服させ評価が大きく上がったのだ。
「そして、デュケルアール様は宗主の側夫人に入り、その年のうちに子供を産んだ」
参った。
「言われるまで気が付かなかった。それって、凄い話だな」
デュケルアール様とネディーアール姫の年齢を考えれば、推理できたはずだ。
「最初から他の男に孕ませる前提で側夫人に迎えたってことか?」
頭の痛すぎる現実だ。
「現宗主は子供が少ないだろう。
当時はもっと深刻だった。
そのころの宗主には十人ちょっとしか子供が居なくて、公子はシャーヤフヤー殿下一人しかいなかった。
後から考えればバャハーンギール殿下はいたんだろうけど、当時は公表されていなかったからね」
十数人で少ないというのも何だが、男子が一人というのは問題だったのだろう。
「それが、魔力量の高いデュケルアール様を妊娠させた事で、そちらでも宗主の評価は高まった。
本命のトエナ系、ウィントップ系との子づくりの時間が稼げたって訳さ」
「そして、不安視されたころに、また、デュケルアール様が妊娠して男子を産んだと。
つまり、宗主の子づくり能力を証明するために利用されたと」
「そうだね。
基本的には宗主がデュケルアール様を自分の女にしたかったって話らしい。
表向きではデュケルアール様の側夫人入内はクロスハウゼンを屈服させる象徴だった。
数年して子供が出来ない場合は、ベーグム家かナーディル家に下げ渡す話だったらしい」
宗家に軍人の娘は良くないことと、三師団の戦力均衡のため、エディゲ宰相が話を進めていたという。
だが、子供が生まれたことでデュケルアールは宗主の下に留まることになった。
「現在でもデュケルアール様は宗主のお気に入りだ。
宗主が夜に通う回数は、トエナ系とウィントップ系が多いけど、実際の相手は側夫人だ。
個人としては今でもデュケルアール様がトップという話だよ」
宗主夫人は皆、美人だけど、デュケルアール様は断トツだからな。
オレの趣味で、だけど、・・・宗主とオレの趣味って似てるのか?
あの変態求道者とオレの趣味が、・・・・・・いや、待て、しばし。
デュケルアール様は帝国一の美人と世評でも言われている。
つまり、オレはセーフだ!
「そして、ここから、我が家の口伝になる。
知っての通り、前の施薬院主席医療魔導士は私の大伯父だ」
「大伯父は施薬院主席医療魔導士を退任する際に、宗主関係の記録を廃棄するよう命じられた。
シャイフ先生に対する引継ぎは、宗主本人の前で、口頭で行われたんだ」
そう言えば、オレが見た宗主の診療録はシャイフが就任してからの物だけだった。
「何を隠したんだ?」
「色々と。性病関係の記録も多かったそうだ」
「フサイミール閣下が性病にかかった時に、宗主が激怒したって話だったんだが」
「フサイミール閣下は兄の宗主に、商売女や踊り子を厳選して紹介する役なんだ。
危うく宗主自身が性病にって、非常に怒ったと聞いている」
・・・こいつの情報網は、何なんだ?
「話を戻すと、デュケルアール様を側夫人に迎える前、大伯父は彼女を妊娠させる方法について何度も相談されていたらしい。
ところが、いざ結婚が決まった後は全く無くなった」
随分な話だ。
「大伯父によれば、宗主は極めて猜疑心が強い。
シャーヤフヤー殿下が生まれた時は、自分の子供かどうか、入念な『血液型検査』を命じたそうだ」
人間の血液型分類は、十種類以上ある。
数が有り過ぎて、オレも多くは覚えていない。
有名なのはABO型とRH型、他にMN式とか、Q式とか、クロマー式とか、無数にある。
この多数の血液型、現在のDNAによる親子判定が出てくるまでは、親子判定に使用されていた。
血液型で親子関係を肯定するのは無理だが、否定することは可能だ。
例えばABO型だと、A型とO型の両親からB型の子供が生まれることはない。
これを利用して、十種類以上の血液型を判定し、全ての方法で否定されなければ、多分、実の親子だろうという話になる。
アフザル前主席医療魔導士は十七種類の検査をしたという。
秘密保全のために全て自ら検査したそうだ。
それで親子関係が否定されなかったことで、宗主はシャーヤフヤー殿下を認めたという。
「ところが、その宗主が、ネディーアール様の時は何もせずに認知した。
シャールフ殿下の時も同様だ」
「宗主は最初から二人が自分の子供でないと知っていて、認知したと」
アフザルが頷く。
「宗主の女好きは病気だと大伯父は言っている。
宗主はどうしてもデュケルアール様が欲しかった。
その為に子供まで産ませた。
だが、デュケルアール様の子供には宗家の継承権は与えないとクロスハウゼン家に認めさせた、大伯父はそう推察している」
「だからカラカーニー様やバフラヴィー様は、シャールフ殿下の宗主推戴を認めない。
だが、それを知らない本人と周囲は、無邪気に宗主を目指してるってことか」
「恐らく、そんなところだろうね」
腕を組んで考える。
頭の痛い内容が多すぎで咀嚼が困難だ。
「最後に、もう一つだけ教えてくれ。
ネディーアール様とシャールフ殿下の父親は分かっているのか?」
「推測だけどね」
アフザルは残った肉を片付けながら答える。
それにしても、こちらの貴族は本当によく肉を食べる。
「デュケルアール様を妊娠させられる魔力量の持ち主で、彼女との子づくりを厭わない、そして秘密を洩らさないとなると一人しかいない。
彼女を可愛がって、他家には嫁に出さないと公言していた彼女の異母兄、つまり、今は亡きバフラヴィー殿の父親だよ」
アフザル・フマーユーンは去っていった。
オレは今日の事は家でも口にするなとハトンに命じた後、再び、物思いに沈んだ。
それは、ジャニベグが「もうヤル時間だ」と乱入してくるまで続いたのである。
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