05-13 別に呼んでくれなくても (一)

「では、恒例によって、マリセアの正しき教えにのっとり、マリセアの精霊に祈りを捧げる」


 エディゲ・ムバーリズッディーンの掛け声で、会議の参加者が従者も含めて全員、一斉に経を唱え始める。

 オレとハトンも唱える。

 正直危ない所だった。

 ここでは毎回、お経を唱えるらしい。

 例の百日行で毎日、何度も唱えていた、・・・ことになっているお経である。


「従者の者もきちんとお経を唱えられるように教えておくように」


 昨日、エディゲ家の使者に言われ、昨夜、ハトンと二人して特訓した。

 だってさ、オレ、「マリセア」としか言ってないもん。

 オレたち三人の中でまともに三分間のお経を唱えられるのはタージョッだけだろう。

 ナディア姫はオレより酷い。


 場所はエディゲ僧正家の一室、会議室みたいなところ。

 テーブルに着いているのはピールハンマドとオレを含めて二〇名ちょっと。

 着席しているのは全員男性。

 従者に椅子は与えられず全員後ろに立っている。

 カゲシンは男性中心の社会だが、参加者が全員男性というのは珍しい。

 しかも、全員連れている従者が若い。

 恐らく全員十代、それも前半の女性ばかり。

 ロリコン集団だ。




 あの、下僕認定、ロリコン認定の後、帰宅したら使者が手紙と一冊の本を届けてきた。

 手紙はマリセア正教原理主義ニクスズ派若手の決起集会の招待状である。

 オレ、何時、ニクスズ派に入ったんだろう?

 つーか、こちらにも予定とか仕事とかあるのだが。

 本、題名は『淑女のしつけ方』。

 説明書きによると、・・・礼儀作法とかもあるが、・・・実質は少女の調教マニュアルだった。

 エディゲ家伝来の様々な方法と手段、そしてトラブル対策のハウツー本である。

 これ、オレに使えって事だろうか?

 まあ、本はさておいて、招待状はどうすべきか?

 招待状、というより招集状だよね、これ。

 オレが途方に暮れていると、ブローニングな女がオレをクロスハウゼン邸に引っ張って行った。


「エディゲ宰相がピールハンマドを支える若手を集めているのは聞いている。

 これは、多分、その顔合わせだろう。

 しかし、其方、何時、ニクスズ派に入ったのだ?」


 招集状を読んだバフラヴィーが怪訝な顔をする。

 オレは千日行達成の出迎えで宰相からピールハンマドに引き合わされたことを説明する。


「なるほど、百日行達成と幼女趣味仲間と認定されたか。

 ニクスズ派は幼女趣味が多いからな。

 ベーグム・アリレザー殿もそうであったろう」


 ああ、あのロリコン親猪ね。


「一応、お話しておきますが、ハトンは候補の中で最も頭が良くて助手として有能だと考えただけでして、別に年齢で選んだわけでは有りません」


「分かっている。

 キョウスケは幼女趣味ではなく成熟した女が好みなことは私が証言しよう」


 ライデクラート隊長がオレの背中をバンバン叩く。

 えーと、すいませんが、オレ、石垣趣味よりは幼女趣味の方がまだマシです。


「そこら辺は別として、取りあえずキョウスケには会議に出て貰おうと思うのですが、宜しいですか?」


 何故か勝手に仕切りだすアシックネール。


「ふむ、其方も出て情報を収集するということか?」


「私はダメです。

 クロスハウゼンの色が強すぎますから。

 同様にジャニベグさんもダメですね。

 キョウスケの従者はハトンちゃんにお願いします」


 出来るだけ記憶して来るように言われ、ハトンが何度も頷く。


「会議が明日、明後日が千日行達成祝賀会。

 祝賀会でピールハンマド殿のアーガー家家督相続と帝国宰相補佐官就任を発表と、そんな所でしょうか」


 アシックネールがブローニング機関銃のように、ダダダーっと、言葉を飛ばす。


「うむ、そんな所だろう。

 祝賀会でピールハンマドの後ろに各界の若手有望株を並べて、派閥の結束と対外的誇示を行うのだろう」


「良く分かりませんが、随分と急ぐのですね」


「宗主の健康が回復傾向だからな。

 スラウフ族族長の祝福儀式にピールハンマドを重要な役で参加させ、対外的にも宰相の後継者として印象付ける狙いだろう」


 オレの質問にライデクラート隊長が答える。


「また、丁度いい時期にスラウフ族が来るものですね」


「逆だ。

 スラウフ側の希望はもう少し早い時期だったらしい。

 宗主の誕生日を口実に九月一日まで引っ張ったのは、ピールハンマドの修行の進捗度合いを見てと聞く」


 バフラヴィーが首を振って答える。


「良く分かりませんが、そんなにピールハンマドを次の宰相にしたいのですか?」


「カゲシンには四僧正家と言われる宗教貴族家があるのよ」


 バフラヴィー第一正夫人のスタンバトアが物憂げに話す。


「四僧正家はそれぞれ宗教修行に力を入れていて、誰かが千日行を達成したらその人を帝国宰相にして残りの家が支えるって体制を長年続けてきたわけ。

 それで、四家でカゲシンの権力中枢を握って来たの」


「今のお話ですと千日行を達成しないと帝国宰相になれないってことになりますが?」


「その通りだ。

 成文法は無いが、帝国宰相は千日行達成者から選ばれることになっている」


 ライデクラート石垣隊長が言う。


「千日行を達成者が政治家として、帝国宰相として優れているという保証はないと思うのですが?」


「それも、その通りだ。

 簡単に言えば僧正家がカゲシンの権力を握り続ける名目だな。

 実際の政治は僧正家から選抜された宰相補佐官の集団が行うから問題はない」


 ・・・今一つ分からん。


「現実問題として、カゲシンの修行は金がかかる。

 百日行、五百日行でも大変だが、千日行となると一財産だな」


 オレやハトンが分かっていないと見たのだろう。

 バフラヴィーが説明を始める。


「千日行は実際には千三百から千四百日ぐらいかかる。

 補助する者も大量に必要だから、それらの生活費だけでも莫大になる。

 登山知識も重要だ。

 特に冬場の登山では、天候、風向きによってどの登山ルートを選択するか、適切な休憩場所、まさかの場合の避難場所、更には使用する道具や装備など僧正家に集積された資料は、図書館一つ分と聞く。

 カゲシン僧正家出身者か、それに援助された者しか千日行は突破できないと言われている」


「あー、分かってきました。

 極めて習得が困難な宗教儀式を帝国宰相就任の条件にすることで、事実上、身内で権力を維持し続けてきたということですね。

 つまり、千日行達成者は名目上のトップだから身内であれば誰でもいい」


「現在のエディゲ宰相は名目的にも実質的にもトップだがな。

 まあ、ピールハンマドは、少なくとも暫くは名目上のトップに留まるだろう」


「逆に言うと、現在はピールハンマドしか次の候補がいないってことですか?」


「そうよ」


 スタンバトアの姉御が答える。


「カゲシンの四僧正家、名前通り昔は四つあったけど、家同士の争いとか、身内の争いとか、色々あって、十年ちょっと前にウルベト家が没落してからは、エディゲ家とアーガー家しか残っていない。

 更に、そのアーガー家は現当主、継嗣共に問題ありまくりで修行以前の状況。

 エディゲ家の方も現宰相の嫡子ムバーリズッディーン殿が千日行に脱落してからは候補者がいない状況だったの。

 そんな時に、アーガー家の分家からピールハンマドが台頭した」


 家の数が減って、志願者が減って、修行達成者を確保できなくなったってことか。


「では、ピールハンマドはカゲシン僧正家の救世主ですか?」


「そういう面はある」


 ライデクラート隊長が同意する。


「五年ほど前だが、エディゲ宰相が病に倒れた。

 幸い回復されたが、一時は次の宰相をどうするかで紛糾した。

 従来の基準では有資格者はいなかったからな。

 だが、帝国宰相がいなければ帝国内に命令することはできなくなる。

 このため、カゲシン僧正家出身、千日行達成者との基準を緩和という話になった。

 ちなみに、カラカーニー様も候補者として名が挙がっている」


「へー、それは、知らなかったですう」


 アシックネールが素っ頓狂な声を上げた。


「あー、でも、そーゆー状況でしたら、エディゲ宰相が回復したからと言って、次期宰相の論議は完全には収まっていないってことですかぁ?

 ピールハンマドさんの宰相就任を急ぐのもそのためですか?」


「私はてっきりピールハンマドで決まりだと思っていたがな」


 クロスハウゼンの若旦那は大きく溜息をついた。


「先日の会合でクテン侯爵からも指摘されたが、諦めていない者が少なからずいるらしい」


「ベーグム・アリレザー殿はしくじりましたが」


「そうだな、アリレザー殿は龍神教に大勝利して帝国宰相を夢見ていたという話だ。

 うちの祖父が有力候補になった実績もあるから、不自然ではない。

 クテン侯爵が言う所で、どこまで真実か分からぬが」


「他にも候補者、野望を持っている人がいると?」


 バフラヴィーにライデクラート、スタンバトアも頷く。


「クテン侯爵に指摘されて、こちらでも調べてみたが、ピールハンマドはバャハーンギール殿下、シャーヤフヤー殿下、双方と折り合いが悪いらしい」


 ちょっと待て、次期宰相候補が、次期宗主候補の二人と折り合いが悪いって。


「ピールハンマド殿は先日まで千日行の修行をしていたのですよね。

 そもそも公子と接点があったのですか?」


「バャハーンギール殿下、シャーヤフヤー殿下共に、千日行中のピールハンマドを訪ねて激励しただけだ」


「折り合いが悪くなり様が無い気がしますが?」


「だから私も軽視していた。

 挨拶程度、小一時間の接触でしかない。

 噂は聞いていたが、多少、行き違いがあったとしても険悪になるなど有り得ない、そう考えていた」


 確かに普通は有り得ない。


「二人の公子は正直、それぞれ癖が強い。

 そして、次期宗主の座を巡ってライバル関係にあり、極めて険悪だ」


「えーと、でも、普通だったら二人とも、ピールハンマドを自派に引き入れようとしますよねー?」


 アシックネールが言う意味は良く分かる。

 仮に二人の公子に難があったとしても、それぞれ側近もいる。

 次期宰相候補は懐柔する方向だろう。


「それが、喧嘩したってことでしたら、それも片方だけじゃなくて両方と喧嘩したって事でしたら、ピールハンマド殿って、かなり変わってますぅ?」


「わからん」


 バフラヴィーが即答した。


「我らはピールハンマドとはろくに会ったことが無い。

 ここ、千三百日ほどは修行に入っていたのだから、そもそも部外者との面会は禁止だ。

 公子たちは、公子だから会えたのだ」


 三年以上、お山に籠ってたら、そりゃ人柄なんか分からんわな。


「ただ、彼が二人の公子の両方と疎遠というのが本当ならば、他の候補者の目も出て来るのは確かだ」


 一度会っただけだが、確かに思い込みが激しそうな感じではあった。

 判断できるほど会話していないが。


「そういうことで、キョウスケ、会議での様子は詳しく報告して欲しい。

 明後日の祝賀会は、カラカーニー様が出席の予定だ」


「バフラヴィー様は出席されないのですか?」


「私は今日これから出張だ。

 天候魔法と接待の依頼だな」


 バフラヴィーが物憂げな雰囲気になる。


「夏場は雨乞い依頼が多い。

 地域諸侯からの依頼に応えるのも大事だ」


「接待も依頼ですか?」


「そうだ」


 若旦那がますます物憂げになる。


「言っておくが、地方領主の娘に幻想は抱くなよ。

 こちらからヤリたくなるような娘は百人に一人いるかいないかだ」


「ああ、何となく分かります」


 学校の内科検診みたいな物だろう。

 世間一般では女子中高生の裸が見られて天国とか思われているらしいが、現実には『作業』だ。

 少なくともオレが知る限り学校検診が好きな医者はいない。


「下手に見栄えが良い娘も問題だ。

 昔、下手に真面目にヤッてしまい、相手が三日ほど意識不明になった事が有った。

 従魔導士程度の魔力量だと、私がまともに出したら、あっさり飽和するからな。

 相手が壊れない程度で、かつ、妊娠できる程度の精液を出す必要がある」


「・・・・・妊娠させないとダメなんですか?」


「相手はそれを期待している。

 少なくとも五人に一人、出来れば三人に一人は妊娠させる必要がある」


 まるで、種馬だな。


「ちなみに、男性が可能な状態にならない場合は正夫人が補助するのよ」


 スタンバトアがアシックネールに言い聞かせる。


「分かってます。

 キョウスケを自在にコントロール出来るようになりますから、任せてください!」


「流石、頼もしいわね」


 改めて思うけど、男が少なく女が多い世界ってーのは決して男が楽ではないよな。


「接待の他にも色々とあるのだがな。

 今回はネディーアールを連れて行って色々と教えることになっている。

 キョウスケ、何れ其方にも覚えてもらうぞ」


「女運が良いことをお祈りします」


 そう言って、オレはバフラヴィーを送り出した。




 話を戻すと、会議は参加者の紹介から始まった。

 出席者の過半が初めて顔を合わせるらしい。

 参加者の多くは僧正家関係で、特にエディゲ家の分家筋とか姻戚関係者が多い。

 基本、政府の各部門から、『期待の若手』が集められているようだ。

 宗教部門が多いが、こうして見ると、単に宗教関係と言っても実に多くの部門があることが分かる。

 古い経典を研究する部門、教え方を研究する部門、精霊像を研究する部門、寺院などの建物を建築する部門などなど、なんでこんなに分かれているのかサッパリ理解できない。

 実務系からの出席者は少ない。

 オレはその少ない一人だが、『自護院兼施薬院』を代表とされている。

 一人で両方って、いいのだろうか?

 ちなみに、全員が緑か青、あるいは赤のストアをかけている。

 もう一つの特徴は、最初にも書いたが全員が男性ということだ。

 これの理由も良く分からない。

 出席者の年齢は二〇代が多い。

 ピールハンマドと同世代を集めたのだろう。

 オレは出席者で一番若かったが『正緑』なので一目置かれている、らしかった。

 公称十六歳で中身はアラフォーだけどね。


 議事を運営しているのはエディゲ・ムバーリズッディーン殿。

 一見、温厚そうに見えるが、芯が強そうな感じで、この人だけ四〇歳と年上だ。

 エディゲ宰相の嫡男で、過去に千日行に挑戦し、山から滑落して、左目、左外耳、左第四指第五指、左下腿を失っている。

 現在も義足使用だ。

 立ち位置的にピールハンマドの後見役、ピールハンマド政権の実質的な指導者なのだろう。


 一通りの紹介が終わると、ピールハンマドが立ち上がった。


「諸君、私が、アーガー・ピールハンマドだ。

 近々、アーガー家の家督を継ぎ、エディゲ・アドッラティーフ宰相閣下から直接薫陶を頂く予定となっている」


 ギラギラした熱狂的な目付きが参加者を射すくめる。


「本日ここに集まった諸君は、近い将来、私と共に帝国の中枢を担う資格があると見做された者たちである。

 その自覚を持って今後は身を律して欲しい」


「当然であります!」

「異存はございませぬ!」


 参加者の一部が熱狂的に呼応する。

 なんだ、これ?


「不肖、アーガー・ピールハンマド、マリセアの正しき教えを世に広め、帝国の繁栄のため一身を捧げる覚悟である。

 ついては、私の基本的な考えを皆に述べておきたい」


 ピタっと静かになった。


「この話は、ここだけの話だ。

 外に漏れれば反発する者もいよう。

 だが、私が信頼する、マリセアの精霊に対する信仰心溢れる同志諸君には、私の胸の内を知っておいて欲しい」


 なんかカルトっぽくなってない?

 ついて行けない、というか、オレ、会ったの2回目だよ。


「現在の帝国には幾多の問題が有る。

 そこのザイヌルも指摘しているが、カゲシンの国庫に入る浄財は減少する一方であり、対して支出は増大している。

 帝国財政は慢性的な赤字に陥っている」


 ザイヌル・アービディーンはオレの隣に座っている若者だ。

 算用所期待の若手官僚だそうで、譲緑のストアをかけている。


「これは、何故か?

 マリセアの正しき教えが衰退しているからに他ならない!

 かつて、マリセアの精霊の聖名により国母ニフナニクス様の下に統一された帝国は危機に瀕している。

 信仰心の薄い輩が溢れ、本来、カゲシンに入るべき各地からの浄財をかすめ取っている。

 更には、ろくに修行もしないにも拘らず、高い位階を名乗り、国庫から歳費をむしり取る輩にも事欠かない。

 これでは、国庫が赤字になるのは当たり前だ。

 早急にマリセアの正しき教えを立て直し、国家を立て直す必要がある!」


 拳がテーブルに打ち付けられる。


「何故に、この様な事態に陥ったのか?

 エディゲ・アドッラティーフ宰相閣下が懸命に努力されているにもかかわらず、何故に、こうなってしまったのか?」


 ピールハンマドは、ここで言葉を区切り、参加者を見渡した。


「原因は、はっきりしている。

 現在の宗主猊下、並びに宗家一族に問題が有る、私はそう考えている」


 あー、うん、何となくわかった。

 こりゃ、喧嘩になるわ。

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