05-07 飲みすぎ、食べすぎ、やり過ぎ、(一)

 西暦一九三五年頃の話らしいのだが、当時、絶大なる人気を博していたチョビヒゲおじさんが遊説に回っていた時、宿泊予定のホテルに『レインコートとハイヒールだけしか身に付けていない女性』が押しかけてきた事件があったらしい。

 本を読んだ時には笑ったものだが、・・・チョビヒゲおじさんにもちょっとだけ同情したい。

 現実問題として、目の前にこーゆー変態が立っていたら、出来ることは少ない。

 ・・・こんなの想定してる奴、いねーよ!


 オレの対応は、結果から言えば失敗だったのだと思う。

 目の前にいるマントとハーフブーツだけの痴女。

 オレは無視して家に入り、ドアに鍵をかけた。

 何も考えていなかったわけでは無い。

 戸外に締め出しておけば、そのうち諦めて帰るだろうと考えたのだ。

 だって、寒いし。

 ドアを破壊される可能性はあるが、その場合は、衛兵に突き出してやるぐらいに考えていた。

 ところが、だ。

 ジャニベグは帰らなかった。

 八月の昼日中で気温が高いのを忘れていたオレも馬鹿だったが、真正露出狂の根性を舐めていたのは否めない。

 門の前で、つまり天下の公道で、三時間以上、ひたすら喚き続けるというのは予想外だった。


 オレの自宅周辺は月の民の屋敷が多いから人通りは少ない。

 だが、ゼロではない。

 公道で、昼間からマントとハーフブーツだけの女が喚いていれば、騒ぎにならないはずが無い。

 小一時間もしないうちに周囲は見物人で溢れ、カゲシンの衛兵がやって来る騒ぎになってしまった。

 やって来た衛兵はクテンゲカイ侯爵家正夫人の娘という肩書に恐れ戦き、オレに善処するように要求。

 ジャニベグを家の中に入れて話し合いをしろと、強固に主張した。

 衛兵の立場としてはそーなるよな。

 更に騒ぎを聞きつけたカゲシンのクテン屋敷からは侯爵継嗣が襲来。

 クテン侯爵継嗣、ジャニベグの同母の弟である。


「貴様、姉上を蔑ろにするとは、何を考えている!

 姉上に傷をつけるつもりか!」


 迷惑被ってんのはこちらなんだが。

 大体、今更、ジャニベグに傷の一つや二つ、・・・とは言えなかったよ、ママ。

 しかし、何であの時、ヤっちゃったんだろ?

 美人だし、魔力的にもまともにできそうだし、男性遍歴も多そうなこと言ってたから、一回ぐらいヤっちゃっても大丈夫だろうと、思っちゃったのが良くなかった。

 ヤってみたら、確かに具合が良くて、カナンに来て初めてのまともなセックスだと、ノリノリになっちゃって、五~六回、連続でイカせちゃったのが悪かったのだろう。

 結果として、妙に満足されて、今日に繋がっている。

 露出狂は堂々と露出したままだし、その弟は、テンション上がり過ぎで顔真っ赤。

 衛兵いるし、見物人たくさんだし、・・・結局、へたれて、家の中で話し合いすることに同意しました。

 ところが、だ。


「今日は、修行達成祝いにセックスするという話だったではないか。

 皆の前で、きちんとセックスするまでは私は家に入らないぞ」


 そんな約束、何時、誰が、どこでしたんだ?

 だが、困ったことに約束していないという証拠は皆無だった。

 知能指数の高い変態ほど始末に負えないものは無い。

 しかし、だからと言って、外でするって訳にもいかない。

 そもそも、不可能だ。

 そりゃ、ジャニベグはそれなりに美人だよ。

 だからと言って、天下の公道で多数の野次馬の前でヤルというのは、・・・オレ、無理、勃たない!

 結局オレは、どうしてもジャニベグと『家の中』でセックスがしたい、とお願いする羽目に、・・・。

 ジャニベグ弟も、『家の中でしましょう』と必死に懇願。

 痴女が若干、機嫌を直しかけた、・・・まさにそんな時に、クロスハウゼン家から、『仲裁人』と称してやって来たのが、クロイトノット・アシックネール。


「ここは、カンナギ家の第一正夫人に内定した私の腕の見せ所ですね」


「第一正夫人は私だ!」


「私が、第一、あなたは第二です。

 つまり、記念セックス大会の最初の相手は私ということです」


 記念セックス大会ってなんだ?

 折角、まとまりかけた話が振出しに戻った。

 アシックネールがいきなり服をはだけだして、・・・唖然としているオレの手を引っ張ってベッドルームに向かい、・・・その後ろから激怒したジャニベグが続き、・・・更にその後ろからジャニベグ弟が複数の従者を引き連れて我が家に侵入。




 結局、ヤリました。

 あーそうだよ、ヤッたよ、ヤリましたよ。

 だって、ヤラないと話が終わらなかったんだから仕方がないじゃないか。


 ジャニベグとアシックネールだけでも話がこんがらかっている所に、「私はまだ今日は飲ませて頂いておりません」とかハトンが言い出すし、使用人のワリーとシャーリは「もう四か月以上してもらっていない」と泣き出すし、ジャニベグ弟は「其方と姉上がしっかりヤッているのを見届けるまでは帰れん!」と断言するし、・・・みんなまとめてヤルしか方法は無かった。


 修行終了日にコレってなんだろね。


 セックスで物事を有耶無耶にする男なんて最低だと思っていたんだが、まさか、オレがそんな立場に陥るとは。

 しかも、公道セックスは免れたが、ジャニベグ弟集団とアシックネールに付いてきたクロスハウゼン系集団、合計十数名の前でヤル事になってしまった。

 十数名の前で大股開きになり、ヤルゾーと気勢を上げる女二人。

 情緒もなにも無い。

 心頭滅却、頭の中を一旦空っぽにしてから、懸命にエロい事、シノさんのおっぱいとか、シマのお尻とか、デュケルアール様のグランドキャニオンとか、ネディーアール様の抱き心地とか、いろいろと妄想し、文字通り自分を奮い立たせて頑張りました。


「姉上に加えてクロイトノット家の娘まで同時に相手して失神させるとは、すさまじいな。

 一流のハーレムマスターだ」


 ジャニベグ弟は感心していたが、・・・そうかー、ハーレムって心頭滅却して挑む物だったんだな、知らなかったよ。


 女たちを一通り失神させてから、お隣の鍛冶小屋に行って剣を叩いてたら、シノさんがブランデーを、シマが野菜スティックとマヨネーズを差し入れてくれた。

 ちなみにカゲシンでは新鮮な野菜は極めて手に入りにくい。

 マヨネーズもそうだから、おいしく頂いた。

 ブランデーも高級品だが、シノさんが飲みたかっただけかもしれない。

 愚痴を聞いてくれたので良しとしよう。




 そんなんだったので、翌朝早々の施薬院から呼び出しには喜んで応じた。

「可能であれば」との話だったが、断る選択肢は無い。

 自称第一正夫人二人を放置して、ハトンと二人、家を抜け出して施薬院に向かう。

 着いたらすぐに会議室に通された。

 中にいたのは、シャイフ・ソユルガトミシュ施薬院主席医療魔導士、他、施薬院の重鎮たちに、何時もの体に張り付いたエロいスーツに身を纏ったセンフルールのシノさん。

 そして、帝国宰相エディゲ・アドッラティーフ、・・・オイ。

 シャイフは百日行修行終了翌日に呼び出したことを詫びると、直ぐに本題に入った。


「ある患者の治療について、其方の意見を聞きたい」


「かなりの重要人物が病気で、診断と治療に難儀しているということでしょうか?」


「その通りだ。

 実は、しばらく前からの懸案で、早期に其方も参加させるべきとの意見もあったのだが、修行中であることを考慮し私が止めていた」


「センフルールの方々にも協力して頂いていて、それでも難航している?」


「そうです。

 実は、センフルール本国にも既に使いを出していて私の師匠を招請しています。

 ですが、到着にはどう考えてもあと十日、恐らくは二〇日以上かかります。

 それでは、時間切れの可能性が高いのです」


 シノさんが昨日の時点で言わなかったってことは、だ。


「其方は知らないだろうが、来月、九月一日にスラウフ族族長がカゲシンに入朝する」


 帝国宰相が口を開いた。

 九月一日と言えば、あと二〇日ちょっとしかない。


「スラウフ族族長は既にラウンドストーンを出たとの話だ。

 今更、入朝を停止するわけには行かん。

 そして、スラウフ族族長に対してはカゲシン宗主猊下が自ら祝福を与えねばならん。

 それが出来なければ、カゲシンとスラウフ族との友好関係にひびが入るのみならず、カゲシンの威光その物が地に落ちるであろう。

 最悪でも、九月一日朝の時点で宗主猊下には祝福儀式に耐えられるだけの健康を取り戻して頂かねばならん」


 スラウフ族は確か、帝国の北東に位置する牙族集団のリーダーだったはずだ。

 ラウンドストーンが何かは分からないが首都かそれに類する地名だろう。


「つまり、患者というのは?」


「マリセア正教宗家宗主、シャーラーン猊下だ」


 シャイフの言葉に眩暈がした。

 何でオレが呼ばれるの?




 カゲシン宗主、シャーラーン、男性、三十八歳。

 何年も前から健康不安説が流れているが、実際の健康状況は不明だった。

 国の最高指導者の病状は最高機密に属する。

 それでも健康不安説が流れていたのは、相当に悪いから、としか言い様が無いだろう。

 何年も前から健康悪化が隠し切れない状態に陥っていた訳である。

 診療録を見せて貰ったが、なかなか壮絶だ。

 シャイフが担当したのが十三年程前。

 前宗主の死去によりシャーラーン猊下が宗主に即位してからである。

 トエナ戦役、シュマリナ騒動など政情不安定な中での即位だったようだ。

 当時すでに、労作時の息切れと勃起不全が認められている。

 宗主は当時、二十五歳。

 激動の政治状況によるストレスと重度の肥満が原因とカルテにはある。

 その後、病状は徐々に悪化。

 三年前からは意識レベルの低下が認められるようになり、二年前からは意識消失発作も認められていた。

 宗教儀式途中で中座した事例もあり、世情に宗主の健康が取りざたされるようになる。

 今年に入ってからは病状が更に悪化し、日常的に、眩暈、ふらつき、悪心を訴え、歩行は五分ほどが限界となっていた。

 頻繁に意識消失を認めるようになり、そして現在、宗主の意識はない。


「これまでもしばしば失神は認めていたのだが、数分からせいぜい一時間程度で回復しておられた。

 だが、今回は昨夜から既に十時間近く意識が無い」


「完全に意識が無いのですか?」


「厳密に言えば『昏睡』ではなく『昏迷』になる。

 強い刺激を与えれば意識は戻るが、明瞭ではない。

 そして、数分としないうちに意識が途切れるのだ。

 当然、立つことも歩くこともできない」


「原因は、・・・分からないんですね?」


「そうだ。

 最初は精神的な失神発作、ストレスなどによると考えていたのだが、違うという意見が多くなってきた。

 初期の頃は気付け薬で効果があったが、最近はそれも効果が薄れてきている」


 てんかん、・・・とかじゃないし、精神的な物とも言い難い。

 不整脈、・・・でも、ないよなぁ。

 脳梗塞系でもなさそうな、・・・。




 取りあえずは診察させてもらう事にした。

 マリセア・シャーラーン猊下。

 身長は一七三センチ、体重は一四八キロ。

 完全に体重過多だが、カナンにおいて君主は『幸福』とか『豊潤』とかのシンボルであり恰幅が良くないとダメらしいので、一概に非難はできない。

 ただ、まあ、不健康の基であるのも否定できない。

 顔色は、・・・化粧が濃すぎて良く分からないので、一部はぎ取ってもらったが、あまり良くは無いだろう。

 元から肌の色が濃くて、オレがそのような患者の経験が少ないというのもあるが。

 瞳孔は開いていない。

 眼瞼結膜に黄染は無く、白くも無い。

 口腔内と舌は乾燥し白苔が酷い。

 両足は、浮腫だらけで、指がずぶずぶと沈む。

 自家製の聴診器を使用したところでは、呼吸音はかなりウェットな感じだ。

 心雑音は明瞭では無いし、触診でも目立った不整脈は無さそうに思える。

 背部から臀部にかけて、みみず腫れのような傷が多数存在している。

 両足は爪も含めて水虫だらけだった。


 続いて女官に頼んで食事内容を検分する。

 例によって極めて多い。

 そして、不均衡だ。

 一日の食事量は、肉が主体で十キロ以上。

 パンが五〇〇グラムほどで、果物類が一キロ前後。

 野菜はシチューに多少入る程度。

 この膨大な量の大半を夕食で集中して取る。

 朝食は果物、リンゴなどを一個か二個で、昼食はシチュー系を一皿。

 後は全部、夕方から五時間ぐらいかかる夕食で摂取する。

 肉は、毎回五〇キロほど用意され、会食者にも下げ渡されるので、正確な摂取量は分からない。

 給仕の目分量で十キロぐらい、数年前までは十五キロは食べていたらしい。

 更に言えば食べて吐いてまた食べるということもしばしばらしい。

 もう、どこから突っ込んでいいのか分からない。

 地球でもヨーロッパ中世では庶民と差をつけるのが『量』しかなかったため、王侯は馬鹿みたいな食事量だったと聞く。

 領主は恰幅が良くないとダメという風習もある。

 この辺りはカナンでも同じようだが、実際に目の当たりにすると、唖然とするしかない。

 最後に、排泄物を見せてもらう。

 大便は残っていなかったが、おむつに尿は出ていた。

 尿の臭いを嗅ぐ。

 うん、まあ、間違いないだろう。


 オレは会議室に戻り報告した。


「恐らくは、糖尿病、高血糖性昏睡でしょう」


 エディゲ帝国宰相が訝し気な顔になる。


「とにゅー病だと、聞いた事が無い病名だな」


「正常では尿には糖分は含まれません。

 尿に糖が混ざり、尿から甘い香りがするのが糖尿病です」


 宰相にシャイフが説明する。


「糖尿病であること自体は間違いないようですね」


 シノさんが、オムツの臭いを嗅ぎながら発言する。


「ですが、糖尿病で昏睡になるのは極めて稀であったはずです」


「うむ、このように頻繁に意識障害を繰り返す原因が糖尿病とは考えられん」


 シノさんの意見にシャイフも同調する。

 シャイフの後ろにいる他の講師達はそもそも糖尿病が分かっていない感じだ。




 糖尿病、実はカナンではあまり知られていない。

 教科書には載っている。

 少なくとも『最終皇帝』が残したとされる医学書には詳しく載っている。

 ところが、カゲシン施薬院で書かれた医学書には載っていないか、載っていても簡単な記載しかない。

 何故かと言えば、糖尿病は稀な病気であり、そして発症したら治療法は無く、死を迎えるだけだからだ。

 症例が少なく、治療法が無い、更に対症療法を施せるような経済力が無いのであれば、放置するしかない。

 よって、大半の医者は無視することになる。

 実は、地球においても近世以前の糖尿病は似たような扱いだった。

 加えて言えば現代の地球でも発展途上国では似たような状況だ。

 表面的な不都合が無いのに定期的に病院に通える環境でなければ糖尿病の治療は不可能である。

 カゲシン施薬院のトップクラスの医師でも糖尿病は、「そういえばそんな病気も有った」という扱いだろう。


「確かに、糖尿病で昏睡状態になるのはかなり稀でしょう」


 シャイフ、シノさん、他の医師たちを見据えて、冷静に説明する。


「ですが、今回は、その稀な例です。原因はコレでしょう」


 オレは卓上に一本のビンを置く。

 中には濃い赤茶色の液体が入っている。


「猊下専用のスペシャルドリンクです」

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