05-06 絵にかいたような修行なんてやってられません (四)
修行中の食事は朝夕の休憩時に取ることになっている。
三人の修行者にはそれぞれ休憩のための建物が与えられ、そこで食事や入浴、外来者との面会などを行う。
建物は二間の平屋建てで二つの部屋はそれぞれ八畳間ぐらい。
大きくはないが、東京の単身者の住まいよりは広い。
オレは風呂桶を持ち込んで毎日入浴していた。
修行者の食事だが、これはカゲシン本部から支給される。
宗祖カゲトラが修行時代に食べていた物の再現、という触れ込みだが、まずいし、栄養学的にも貧弱だ。
軍用と同じで、固い黒パンとザワークラウトなのだが、量は半分も無い。
幸いにというか、付き添いの者が食べるという名目で食事の持ち込みは許されていたので、そちらを食べていた。
支給される食事は全く食べていない。
というか、食事はオレが亜空間ボックスに三人分まとめて入れて、修行堂内で食べていた。
一つの理由は、休憩時間を食事以外に使用するためであり、修行時間の無為を減らすためである。
休憩時間はやることが多く、修行中は『マリセア』と叫ぶ以外にやることはない。
もう一つの理由は、まあ、少々深刻だ。
「昨日の食事にも薬が入っていました」
修行堂に入るオレにクロイトノット夫人が囁く。
「今回も下剤でしたが、気を付けるように」
二〇日を過ぎた辺りから食事に薬物が混入されることが増えた。
大半は修行中断を狙った下剤や催吐剤だが、致死性の毒もあった。
クロイトノット夫人は、最初から警戒していたらしいが、貴族って面倒だね。
オレたちが修行堂内で食べていた食事はセンフルール屋敷に頼んで作ってもらっていた。
オレの好みが大きいが、他の勢力の手下が絶対に入り込まないからだ。
それにしても、誰がどーゆー理由で狙ってるんだろう?
下剤程度の嫌がらせは調べるまでも無いというクロイトノット夫人の慣れ切った態度もすごいけど。
修行している間も世界は動く。
タイジ、ダナシリ、そして、ハトンも施薬院の試験は受け続けていた。
ハトンは毎日、修行堂に来ていたのだが、これは毎日、勉強を教えていたからでもあった。
タイジはオレの代わりに手術にも駆り出され、ハトンはそれの助手としてポイントを稼いでいたらしい。
タイジもしょっちゅう修行堂に来ていたが、それだけ施薬院関係の相談が多かったことでもある。
タイジが一人では厳しい手術には、センフルール勢に助けてもらった。
彼女らにも手術体験が出来て、礼金も入っていい話だったと思うが、迷惑料として追加で血を吸われたのは今一つ納得できない。
まあ、揉ませてもらったから、文句は言わない。
ハトンに関しての追加として、彼女の異母妹のサムルが正式にオレの所に来たいと言い出した。
ハトンが施薬院に合格したのが刺激になったらしい。
正夫人でなくてもいい、側夫人でも、とか言い出した。
サムルは前から我が家で勉強を教えていたから、無下に断ることもない。
そう、思って、条件付きで許可したら、何故かタージョッに激怒された。
「あんた、サムルに処女膜を勝手に処理するなって言ったんだって?最低よ!」
ハトンはタージョッと犬猿の仲なのだが、サムルはそうでもない。
それで、許可されて直ぐに『正夫人』タージョッに報告し、こうなってしまった。
こちらでは、女性の処女膜は事前に『処理』しておくのが淑女の嗜みとされている。
男性との初めての行為で痛がっていたら興ざめ、だからだ。
オレから言わせれば最低の風習だが。
それで、ハトンには、そしてサムルにも『勝手に処理しない』と誓わせたのだが、・・・タージョッに言わせるととんでもないらしい。
男性が女性の処女膜をわざわざ破って、というのは、痛がっている女性を見て興奮する変態、なのだそうだ。
・・・しらんがな!
オレが引かないので、タージョッと激論になったのだが、・・・最終的に修行が終わってから相談と、先延ばしにした。
オレとしては、何と言われようと、ハトンたちに『予習』、特に『性獣ディプラー』との予習は絶対にさせる気はない。
施薬院関連のニュースとしては、ベーグム・アリレザー閣下の話もある。
紛争で歩行不能になっていた閣下の話だ。
これは、冷やかしでやって来たバフシュ・アフルーズ施薬院上級講師が色々と語ってくれた。
「あれは、全身打撲で首と腰の両方をやっちまったんだな」
差し入れの酒を勝手に開けて、手酌で飲みながらバフシュは語り始めた。
ちなみに修行中の飲酒は自由だ。
平均的な飲料が水割りワインという世界だから仕方が無いのだろう。
名目上、食事は制限されているので、友人や関連の商人たちからの差し入れは酒が多い。
バフシュは目ざとく一番高いのを開けている。
「ベーグムの医者は首がやられているのは分かったようだが、腰は見落とした。
緊急手術で頸椎骨折を治したのは頑張ったと思うが、腰を見落としたから、両足が動かなくなっちまった。
首を治したから、足もいずれ良くなると考えたんだ」
CT、MRIどころかX線写真すら無い世界だからなぁ。
「腰椎はそんなにずれていなかったってことですか?」
「まあな。
だが、下半身がうまく動かない程度にはずれていた。
困ったことにオレが診たのは、一か月以上たってからだ」
「ああ、ガチガチに固まってたんですね」
「その通りだ。
あいつらにもプライドがあるんだろうが、せめて、カゲシンに着いて直ぐに診せてくれてたら、少しはましだっただろう。
アリレザー殿の魔力量が多いから、固まるのが早かったって話もあるが」
成る程、魔力量が多いと骨がずれたまま筋肉が固まるのも早いのね。
「アリレザー殿は歩けるようになったんですか?」
「おう、何とか歩けるようにはしたぞ。五分が限度だが」
それじゃ、軍事指揮官としては厳しいな。
立花道雪みたいに下半身不随の武将もいたけどさ。
「いやあ、大変だった。
シャイフと俺、それにゲレトも動員して固まった神経と筋肉をより分けて、骨をずらして、また固定したんだ。
麻酔を除いても八時間を超えたんだからな」
バフシュ・アフルーズはとうとうと手術内容を話し始めた。
実は、既にタイジから聞いていたのだが、大変さを分かってくれる相手に話したいのは良く分かるので休憩時間いっぱい聞いてやった。
「ただ、・・・足は辛うじて動くようになったが、男性自身は小便を出すことにしか使えなくなっちまった。
男としては色々と無念だろうな」
「それは、確かに同情しますね」
カナンでは男性数が少ないため、男性機能が重視される。
男性機能不全(ED)は社会的地位にまで関わる。
「アリレザー殿は舌技を仕込むことでは定評があったんだがなぁ。
知り合いでも惜しむ声は多いぞ」
それ、あんたの知り合いだけじゃねーのかな。
「ベーグム家は当主が交代するんですか?」
話題を真面目な方に振る。
「そーゆー噂だな。
だが、嫡子のニフナレザー殿も今回の戦いで下手打ったそうじゃねーか。
詳しくは分からんが、すんなりとは行かないって話を聞いてる。
上からはアリレザー殿の正確な病状と復帰の可能性について詳細に報告しろって命令されてるんだ」
バフシュは書類が面倒だと言っていた。
ちなみに、カナンではプライバシーとか人権とかそんな物はないから、バフシュの発言は別に問題ない。
オレはしないけどね。
修行が末期になるにつれ、周囲の喧騒は幾何級数的に大きくなっていった。
食事に薬が混入する率も高くなったし、修行堂の通気口から煙玉が投げ込まれたこともあった。
来客も増えた。
増えすぎたので、顔つなぎに来る商人や施薬院学生なんかはクロイトノット夫人に頼んで断った。
驚いたのは帝国宰相がやって来たことだろう。
エディゲ・アドッラティーフ権大僧正。
名門エディゲ家の当主で、帝国宰相。
法律的な事を言えば、カゲシン宗主は帝国皇帝の地位にはないが、『帝国宰相』を家臣として従えることで帝国を支配している。
実質的にも宗主、宗主継嗣に次ぐ地位だ。
八十七日目、その宰相閣下が、自らやって来た。
エディゲ・アドッラティーフ宰相は五十八歳の男性。
五十八歳といえば地球時代だと、高齢者の括りにも入らない。
だが、カナンでは明確に高齢者だし、目の前にいる人物はオレの目から見ても高齢者だった。
貴族らしく恰幅は良い、有体に言って肥満体だが、髪はほぼ白髪。
右口角が若干下がっており、発語は一部不明瞭。
左足を軽く引きずっている。
多分、脳梗塞後遺症、不全片麻痺という奴だろう。
高血圧とか高脂血症とかいう概念がない世界だから、地球の中世の様に五〇歳前後から心筋梗塞、脳梗塞、悪性新生物などでの死者が急増するのだ。
カナンも人間五〇年なのである。
敦盛を歌っても良い感じだ。
「カゲシン宗家の者が『正緑』を獲得すれば五十七年振りの快挙となる」
宰相はそう言ってネディーアール様の手を取って激励した。
「宰相権限で十日ぐらいまけてほしい」
激励された方は、充血した精気の無い瞳で、相変わらずの我儘だったが。
クロイトノット夫人が顔をひきつらせたが、宰相は微妙な表情でスルーした。
そして、何故かオレに頷いてから去って行った。
「何のために、来たのだ!」
姫は大層不満だったが、翌日からは更に来客が増えて、不平を言う暇すらなくなってしまった。
もう一人の修行者であるタージョッも大変だったようだが、オレ自身も色々と追い込まれてきた。
「他の貴族から引き合いが多数来ている。
其方の第一正夫人を正式に決めねばならん」
クロスハウゼン・バフラヴィーは真面目な顔で言い切った。
「えーと、修行が終わったら、直ぐに結婚ということですか?」
「そこまではいかん。
一般的な婚約期間という物もあるからな。
だが、逆に言えば、適当な娘を第一正夫人として正式に婚約しておく必要が有る」
「えーと、タージョッと無理やり婚約させられていたような、・・・」
「それは、モローク大僧都家と施薬院の思惑で有ろう。
其方はカゲシンにきた当初からクロスハウゼンの庇護下にある。
当家の寄子を辞めるのであれば話は別だが」
うん、そんな、オッかないことはできないな。
「モローク家との兼ね合いが問題ないのでしたら、私は異存有りません」
「タージョッちゃんは第三正夫人ぐらいで話を進めているわ」
バフラヴィー第一正夫人のスタンバトア姉御が補足する。
「それでだが、こちらで色々と話し合い、本人や周囲の要望も聞いた結果、最終的に二人が候補として残った。
其方の意見を聞きたい」
「私に選択権が有るのですか?」
「当事者だからな。
正直に言えば、どちらを選んでも女性陣がうるさいから、祖父も私も、ついでにネディーアールも判断を保留して、其方に押し付けようという話だ」
この世界は建前としては男性上位だが、女性の数が多いからその意見に配慮せざるを得ない場合が多い。
しかし、押し付けるって、酷い、・・・話でもないか。
選択権があるのは悪いことではない。
「分かりました。それで、候補者というのは?」
オレが頷くとバフラヴィーは外から二人の女性を招き入れた。
「其方も既によく知っていると思うが、クロイトノット・クロスハウゼン・ナイキアスールの娘、アシックネールと、クロスハウゼン・ガイラン・ライデクラートの娘、トゥルーミシュだ」
あー、うん、この二人か。
思うに、かなり良い娘を斡旋してくれているのだろう。
ところで、トゥルーミシュさん、君、こないだ、オレとの結婚は止めるとか言ってたよね。
「いやあ、しかし、キョウスケって本当にすごいのね。
本当に一〇〇日達成しちゃうとは思わなかったわ」
入って来るなり別の話を振るアシックネール。
「まだ、達成してないけどな」
「もう、目前じゃない。
こんな事なら、タージョッじゃなくて私が最初から入っとくべきだったわ。
そしたら私も百日行達成者だったのに」
「タージョッの努力を無視した話だな。
アシックネール、そんな事を言うなら、二番目の交代要員とか言わずに、最初から志願しておけば良かったであろう。
それとも、何か、其方、ネディーアール様は修行を達成できるはずが無いと考えていたのか」
トゥルーミシュは相変わらず真面目だった。
「そりゃ、失敗すると思ってたわよ。
だって、本人が脱走するって宣言してたんだから」
赤毛娘のぶっちゃけに皆が苦笑いになる。
「それが、うちの母とキョウスケのコンビに完全に阻止された訳。
それにしてもキョウスケって強いわね。
本気で暴れたネディーアールを抑えられる人間ってそうそういないわよ」
「まあ、確かに壮絶だったわね」
スタンバトア姉御が口をはさむ。
「彼女にとって誤算だったのは、『収納』が常に空にされちゃったことね。
武器も無くなっちゃったから」
武器って、・・・ナディア姫、何考えてたんだろう。
「今回、監視人は極めて厳しいな。
毎日のようにネディーアールの収納魔法をチェックしている。
私の時には最初と最後だけだったが、私は『譲緑』で留めていたからな」
「私はチェックされていませんが?」
「キョウスケが収納魔法を使えるのは多分知られていないわね。
私でも満足に使えない魔法を平民上がりが自在に使いこなしてるなんて誰も思わないわよ」
姉御の指摘に皆が頷く。
オレが実際に使っているのは亜空間ボックスだけど。
収納魔法も使えるけどさ。
「収納魔法に関してもキョウスケの貢献は大きいわよね。
今回に関してはキョウスケが最大の功績者なのは間違いない。
まあ、そーゆーことで、キョウスケへの報酬の意味も含めて私が第一正夫人として選定された訳」
アシックネールは宣言と同時に昔のアイドルみたいなポーズを決める。
「ちょっと待て、私もいるぞ!」
負けじとトゥルーミシュが袖をまくり上げ力こぶを作って見せる。
これ、カナンでは女性から男性へのアピールで一般的な物の一つだ。
オレは未だに馴染めないが。
「えー、第一正夫人って言うなら私が適任じゃない。
キョウスケは筋肉が少ない女性がいいんでしょ?」
確かに女性らしい女性という意味ではアシックネールの完勝だ。
ナディア姫やシノさん、あるいはシマちゃんのようなピンでアイドルが務まるほどではないが、四十八人グループなら二列目ぐらいの容姿はある。
トゥルーミシュは、・・・友人としてはいい奴で、こちらの基準では美人らしいが、オレの目からは、どう見ても男にしか見えん。
高校サッカー部のイケメンキャプテンという容姿だ。
・・・だから、上半身脱いで背筋をアピールするのは、止めてくれ。
オレ、BL趣味は無いのだよ。
「夜のテクニックでも評価は高いわよ」
いや、別にそっちの評価は聞いてない、・・・つーか、誰に評価されてんだよ。
「待て、テクニックならば、私も負けないぞ!」
トゥルーミシュ、お前にも聞いてない。
「私はこれまでそちらの方面には疎かったのだが、婚約・結婚となれば避けて通ることはできん。
そういうことで、先日、母上に色々と教わったのだ」
えーと、母上って、あの、母上、だよね。
「ガイラン家の女性秘伝の技も教わったのだ」
ほう。
「その名も『前立腺マッサージ』という、・・・」
「却下だ!」
反射的に怒鳴ると、オレはバフラヴィーに向き直り、頭を下げた。
「そのようなことで、アシックネールを第一候補としてお願いしたいと考えますが、宜しいでしょうか?」
「ああ、うむ、其方がそういうのであれば、決まりだな」
トゥルーミシュは硬直した表情のまま、勝ち誇ったアシックネールに引きずられて去って行った。
どうやら本人は自分だと確信していたらしい。
すまんな、トゥルーミシュ。
君はいい友人であったが、君の母上がいけないのだよ。
現実問題として、オレ、トゥルーミシュとはヤレない自信があるから、仕方がない。
一方、アシックネールなら十分に美人の部類だ。
少々、お盛んな所が見受けられるが、母親はあの厳格な赤毛夫人だ。
そう、酷い事は無いだろう。
「へー、結婚が決まったんだ」
翌日やって来たシマは微妙に不機嫌だった。
「まだ婚約だけどな」
「転化すれば同じですから、私は気にしません」
シノさんはさらりと言う。
諦められていないのが、うれしいような、うっとうしいような。
「それにしても、アシックネールですか。
悪くは有りませんが、特別にそそる子でもないですね」
それは、完全に同意だ。
「えーと、シノちゃん、何がそそらないのかな?」
「個人的には、キョウスケには是非、ネディーアールを落としてほしいです。
魔力量も胸も将来性は一番です」
うっとりとした顔で舌なめずりする黒髪美人。
仕草だけなら非常にそそるんだが。
「私がキョウスケを転化して、それからキョウスケがネディーアールを転化すれば完璧です」
「シノちゃーん、妄想はほどほどにしようねー」
妹分に窘められる姉貴分。
「まあ、ネディーアールは人族としては有数に素質があるから。セリガーやフロンクハイトも目を付けていたぐらいだし、センフルール本国に連れ帰ったら歓迎されるとは思うけど」
月の民が勢力を拡大するには魔力量が多い人族を転化させるのが手っ取り早い。
「ちなみに、ですけど、ネディーアール様がセンフルールに行ったらどの程度の扱いになるのでしょう?」
「そうですね、彼女は成長途上ですので、はっきりとは言えませんが、母親と同じぐらいまで成長すると仮定すれば、センフルール族長の第三夫人、有力氏族族長の第一夫人というところでしょうか」
かなり高いってことでいいのかな。
「そう言えば、母親のデュケルアール様については、転化候補ではないのですか?
彼女も結構、魔力が有るでしょう」
「いや、結構じゃなくて」
シマが呆れた声を出す。
「あんたさあ、他人の魔力量には本当に無頓着よね。
デュケルアールの魔力量は帝国でも最高級じゃない」
「え、そうだったっけ?」
「魔力量だけであれば父親のカラカーニーを超えているでしょう。
経験や技量では父親に敵わないとは思いますが。
恐らく、帝国最高、人族最高の魔力量と思われます」
「あんただって、何回か会ったでしょう?
なんも感じなかったの?
魔力の感知がすんごく鈍いわね」
これでも、前に比べたら随分とマシになったんだが。
詳細に観察すればおおよその魔力量は推定できるようになっている。
デュケルアール様と会った時は、・・・あー、うん、凄かった、・・・衣装の透過具合と胸のグランドキャニオンが特に、・・・あとは、・・・ウエストの締まり具合と、腰から足のラインと、・・・えーと、まあ、次回、お会いしたら魔力量にも気を付けておこう。
「デュケルアールに関しては、結婚して子供もいるというのが問題ですね。
女性の場合は結婚している、つまり男性のマナを大量に体に入れているのは、それに『染められている』ことですから、転化させる場合は、『染め直す』形になります。
この場合、前の男性の数倍のマナが必要とされるので、面倒な話になります」
「ああ、だから、まだ結婚していないネディーアール様が転化の対象として注目されると」
「結婚していても子供を産んでいなければ、それほど染まっていないんだけどね。
デュケルアール様は子供二人もいるでしょ」
成る程ね。
「実は、シノちゃんや私がセリガーに目を付けられてるのも同じなのよ。
シノちゃんのお姉さんは、もう結婚して子供もいるからセリガーは狙わない訳」
へー、シノさんにお姉さんがいるんだ。
「まー、そこらへんはいいとして、あんたの結婚、このまま進めるの?」
シマは妙に真面目な顔でオレを見つめていた。
取りあえず、言葉は濁した。
真面目な話、オレ、ホント、どうすべきなんだろう?
そうこうして、オレたちは最終日を迎えた。
最後の修行を終えて外に出る。
朝六時という時間にもかかわらず、大勢の人間が集まっていた。
肛門メイス・カラカーニー閣下を筆頭にクロスハウゼン家は勢揃いだ。
バフラヴィー夫妻に、ネディーアール様生母のデュケルアール・Gカップ様もいる。
クロスハウゼン系列だけで百名は超えているだろう。
モローク家も一族全員がいるようだ。
施薬院関係者もシャイフ主席医療魔導士以下数十名単位で揃っている。
オレの関係で言えば、ゲレト・タイジとセンフルール勢、・・・センフルール勢はオレだけの関係でもないか。
その大勢の先頭に立つのはエディゲ・アドッラティーフ帝国宰相だ。
マリセア正教権大僧正でもある帝国宰相自らの手で、『正緑』、真緑色の細長い布、ストアがネディーアール様の肩に掛けられる。
続いて、タージョッ、オレの順でストアが掛けられた。
「カゲシン宗家出身者が『正緑』を獲得したのは五十七年振りとなる。
この壮挙をマリセアの精霊に捧げる!」
宰相の言葉で、聴衆から歓声が上がる。
そして、儀式は速やかに終了した。
これは修行達成者の体力を考えての事らしい。
実際、ナディア姫もタージョッもヘロヘロだった。
後日、百日行達成祝賀会があるので、集まりは解散となり、修行者はそれぞれ馬車に乗せられて去っていた。
集まっていた人々も徐々に散って行く。
多くはそのまま仕事に向かうようだ。
まだ朝、だからね。
オレはハトンを連れて徒歩で帰ることにした。
流石のオレも今日は仕事する気にはならない。
そんなことでゆっくりと歩いていた。
オレの家はカゲシンからは比較的近い。
家に着くと、・・・家の前に一人の人物が立っていた。
大型のマントを身にまとっている。
ちなみに現在は八月だ。
五月一日に修行堂に入り、きっちり百日間。
世間は夏、真夏です。
カゲシンは標高が高めだから周囲に比べれば涼しいが、大陸性気候だから十分に暑い。
午前中だが、気温は三〇度ぐらいあるだろう。
そんな中でマント姿である。
暑そうだ。
見るからに暑そうだ。
なんでマントなんか着ているのだろうと、ぼんやりと思った。
「百日行を達成するとは、流石は我が婚約者だな。
今日は祝いだ。
早速、一発、ブチかまそう!」
そう言って、クテン・ジャニベグはマントを跳ね上げ、妙なポーズを決めた。
マントの下には、・・・ハーフブーツを履いていた。
良質な皮を使用した、見るからに高級な品で、両足をすねの辺りまで覆っている。
マントの下はそれだけだった。
クテン・ジャニベグは、マントとハーフブーツしか、身に付けていなかった。
自宅の前にほぼ全裸の女性がジョジョ立ちしている。
・・・忘れていたよ、いろいろと忘れていたよ。
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