04-28S クロスハウゼン・ガイラン・トゥルーミシュ 私の婿

 戦いは終わった。

 敵は退却している。

 私の初陣は終わったのだろう。

 母からは、終わったと思った時が一番危険だと何度も言われている。

 出来るだけ気を引き締めてはいるが、それでも喜びで顔が綻んでしまう。

 それぐらい大変な戦いだった。

 初陣だから比較などできないのだが、周囲に聞けば、かなりの激戦と考えて良いだろう。


 私は歩兵を率いて再び敵陣地跡に来ている。

 私達が戦っていた砦は敵味方の負傷兵で一杯だ。

 今も、キョウスケやゲレトが手術を行っているのだろう。

 私達は敵陣地跡の整理を行っている。

 敵兵はいないが、敵が放棄した武器や装備、遺棄した物資など確保すべき物は少なくない。

 剣や槍、盾など、そのまま使える物も多いのだ。


「しかし、オレたち良く生き残ったよ」


 横を歩く第三歩兵小隊長がしみじみと呟く。


「あれだけ戦って戦死が一桁って奇跡だ」


「敵が諦めて退いたからな。

 敵が陣地になだれ込んでいたら、百人は死んでいたと思うぞ」


 第二歩兵小隊長の言葉に頷く。

 本当に紙一重だったのだ。


「しかし、ガイラン家の姫様も婿が出来て良かったですね」


 第三歩兵小隊長がにやにやした顔を向けて来る。


「成人早々に相手が決まって良かったですね。

 こういうのは決まらない人は決まらないですから」


 第二小隊長もニヤケ面だ。

 実を言えば二人ともクロスハウゼンに連なる者だから幼少時からの顔なじみである。

 それだけに遠慮も無い。

 年齢は二人とも四~五歳上だ。


「まあ、彼なら、俺たちも文句はないですよ」


「ああ、あの魔法の腕は尋常じゃない。

 しかも、指揮官としても務めを果たしていた。

 あれで俺よりも年下で、しかも初陣だというのだから恐れ入る」


「いや、初陣ってーのは嘘だろう。

 絶対どこかで経験してるって。

 初陣であんなに落ち着いていられる筈が無い」


「だが、十六歳だそうだぞ。

 見た目も若い。

 髭もほとんどないからな。

 嘘とは思えん」


「うーん、それはそうだが、・・・」




 カンナギ・キョウスケはネディーアール様一行が『無限監獄』に派遣された際に医師として採用された平民だ。

 名字は無く、カンナギというのはネディーアール様が付けたものである。

 素性のしれないはぐれ者らしいが、どこかのスパイという訳ではなく、医師としての才能は傑出していた。

 そして、医師としてだけでなく、軍人として優秀なことも直ぐに判明した。

 見た目の魔力量が低いから、軍人としては無理と思われていたのだが。

 ネディーアール様は、マナの扱いが驚異的に器用だからと言っていたが、彼の魔法を実地で検分した父はそれだけでは無いと言い切った。


「マナの微細な扱いが得意で体外にマナをほとんど漏らさない者がいる。

 あれはそれであろう。

 しかも、恐らくは無意識にやっている。

 魔法の使用速度と数、威力からすれば、基本的な魔力量は現時点で守護魔導士程度はあるはずだ」


 なんとキョウスケは自分がマナを体外に出していないことに気付いていないらしい。

 どういう育ちなのか甚だ不思議だ。

 しかし、現時点で守護魔導士となると帝国にもそうはいない才能である。


「しかし、何発ファイアーボールを撃ったんだ?

 特に、あのファイアーボールでファイアーボールを迎撃しだしたのは凄まじかったな」


「ああ、話には聞いたことが有るが、現実にこの目で見られるとは」


 確かに、空が真っ赤に染まった時は何があったのかと思った。


「あの、魔力量、カラカーニー閣下の種って可能性はないですか?」


「母上によると、マナの感じが父上とはかなり違うから、その可能性は低いそうだ」


 苦笑して答える。




 基本的に、魔力量は遺伝による。

 両親の魔力量が多いと子供も魔力量が多くなる傾向にある。

 魔導士が貴族に多いのはこのためだ。

 父やバフラヴィー殿が地方に行くと、『接待』させてくれとせがまれることが多い。

 魔力量の多い男性の精を貰えば、魔力量の多い子供が生まれる率が高くなる。

 このため、父には多数の庶子がいる。

 従魔導士の女に父が精を注いでもせいぜい正魔導士の子供しか生まれないから、クロスハウゼン家の子としては不十分だ。

 だが、地方の諸侯はそれでも有難いという。

 勿論、認知していないからクロスハウゼン家の相続権は無いのだが、あちこちに私の兄弟が存在している。

 今回の遠征で挨拶した諸侯にも何人かそのような者がいた。

 もう、慣れたが。

 娘に魔力量の多い高位貴族の精を貰い、首尾よく男子が生まれたら跡取りに、女子の場合は一族の者と結婚させて、というのがパターンだろうか。

 今回も、バフラヴィー殿は『接待』の申し入れが多数あるようで、うんざりした顔をしていた。

 大変ではあるが、クロスハウゼンの派閥増強のためには重要だから断るのは難しい。

 クロスハウゼン師団で新規に採用する魔導士ではそのような出自の者が少なからずいるから、キョウスケもそうだと思われたのだろう。

 だが、母が試したところでは、キョウスケはクロスハウゼン系の可能性は低く、それどころかカゲシン三個師団の系列の可能性も低いという。

 そうなると、月の民の種か、あるいは完全な独立系という話になる。


 実は、魔力のほとんどない者同士の結婚でも魔力が多い子供が生まれることが有る。

 勿論、極稀だが、そのような者は極めて貴重だ。

 従来の魔導士とは異なる才能を持っている場合が少なくないからである。

 キョウスケのマナの取り扱い、空中を漂うマナを取り込むなどという器用さは父をも凌ぐ。

 この時点で彼を一族に取り込むことは確定した。

 問題は、どのレベルで取り込むか、という話である。

 キョウスケを出征に引っ張り出したのはそれを見極めるためだった。

 才能が有っても実戦で使えなければ価値は半減する。

 そして、結果は予想をはるかに上回った。




「そう言えば、カンナギ上級坊尉の陰に隠れましたけど、ゲレト坊尉も相当ですよね」


「まあ、そうだが、あれは牙族でモーラン家が権利を主張している」


「成る程、そりゃ、あんなの手放さないか」


「ゲレトに誰かを宛がうという話もあるが、モーランと喧嘩になるからな」


 ゲレト・タイジも稀有な才能だ。

 多少、気弱な所が有るが、私の指示には素直に従っていた。

 初陣であれだけ魔法を連発できる者はまずいない。

 キョウスケが居なかったら注目の的だっただろう。

 当家に居ついてくれるのなら大歓迎だ。

 だが、彼は牙族で、牙族の元締めであるモーラン家が権利を主張している。

 実習でゲレトを見たモーラン隊長は大興奮で、その場で娘婿にすると決めていたぐらいだ。

 牙族で魔導士、それも上級以上の投射系魔導士など存在しないも同然だから、彼が興奮するのも良く分かる。

 ゲレトに指導できる魔導士がモーラン家にはいないから、当面は当家の預かりだが、やがてはモーランに返すことになるだろう。

 将来のモーラン軍閥の幹部がクロスハウゼンの弟子というのは悪くない話ではある。




「しかし、カンナギ上級坊尉か。

 将来はバフラヴィー様の片腕になりそうだな」


「ガイラン家に入るのなら連隊長まで行くって事か」


「悔しいが、魔法では全然相手にならないからなぁ」


 この二人もクロスハウゼンに連なる者で将来を嘱望された者であるから、魔法はそれなりに使える。

 魔導大隊長は無理としても、正魔導士でも上の方の魔力はあるのだ。

 だが、確かにキョウスケには全然かなわない。

 キョウスケの第一正夫人に、私かアシックネールをと言い出したのはネディーアール様だ。

 自分の側近と結婚させれば将来自分の愛人にしやすいと考えたらしい。

 クロイトノット・アシックネールは最初から乗り気だったのだが、私は戸惑った。

 医師としての腕は良かったが、なにか、軽いというか、落ち着きがなく、戦場で戦える者には見えなかったのである。


 私は武人だ。

 母と同じように自分より弱い相手とは結婚したくない。

 だが、実習で相手をしてみれば、完敗だった。

 そして、今日だ。


「魔法の腕もあるが、カンナギ上級坊尉って、全然変わんないよな。

 あの状況で、なんでああも冷静なんだ」


「ああ、普段と全く変わらん。

 気負いも無く、熱狂も興奮も無く、淡々と命令を出し続けるのは不気味なぐらいだったな」


「だが、指揮官としては正しいだろう」


「うん、正しい。

 そして勇気もある。

 最後に、トゥルーミシュ様に代わって前に出たのは仰天したよ」


「尚且つ、それで勝っちゃうんだからな。

 あの人、投射系魔導士じゃなかったのか?

 あんなゴツイ兵士に三人がかりで囲まれて、それを跳ね返すって、とんでもないぞ」


「うん、あれはすごかった。

 トゥルーミシュ様、あれ、出来ます?」


「母上ならば可能だろう。

 だが、正直、今の私では無理だ」


「やっぱりね。

 つまり、カンナギ上級坊尉の白兵戦戦闘力はライデクラート様並と」


 キョウスケは最後に私に代わって最前線に立った。

 最後に突撃してきた兵士は、敵の切り札だったと思う。

 私を殴り倒した兵士は、二メートル近い身長が有った。

 あの、ベーグム・ニフナレザーよりも一回り大きかったのだ。

 それをキョウスケはあっさりと倒した。

 次の兵士をぶん投げたのにも驚いたが、続いてきた三人組を跳ね返したのは驚異的だった。

 巨漢三人に盾で囲まれれば、どうにもならない。

 それをキョウスケは押し切った。

 ファイアーボールで盾を焼き切ったようだが、とっさにあんな技が出るのも驚きだろう。

 恐ろしい程、冷静だ。




「で、トゥルーミシュ様も満更ではないのでしょう?」


 第二歩兵小隊長が再度、からかうように言ってきた。

 顔が熱くなるのを感じる。


「いや、まだ、正式には決まってはいない。

 その、・・・父上や、母上と相談して、・・・だな」


「でも、惚れられてますよね」


「うん、愛されてるな。でないと、あんなことできん」


 二人は恐らく、敵に殴打され堀底に落ちかけた私をキョウスケが引っ張り上げた事を言っているのだろう。

 あれは、本当に危なかった。

 あのままであれば堀底は確実、下手をすると高地の下まで転げ落ちていた可能性まである。

 運が良くて重傷、死ななければ幸運といった感じだろう。


「気が付いたら、飛び上がって手を掴んで引っ張り上げていたからな。

 すごい反射神経だが、それ以前の問題として見ていなければ反応できん。

 つまり、カンナギ上級坊尉はトゥルーミシュ様をずっと見ていたって事だ」


「いや、俺なんてたまたま見ていたけど反応できなかったぞ。

 最前線で敵の真正面だからな。

 分かっていても飛び出すなんてそうそうできない。

 勇気以前の問題だ。

 正直、無謀としか言い様が無い」


「それでも飛び出して助けたんだからな」


「わが身を顧みず、姫様を助ける騎士か。いやー、熱いなぁー」


「愛されてるよなー」


 揶揄に顔が火照る。

 多分、真っ赤になっているだろう。

 しかし、二人が言う通り、キョウスケはずっと私を見ていたのだろう。

 でなければぐらついた瞬間に駆けつけて引っ張り上げるなどという芸当はできない。

 彼は命がけで私を助けてくれたのだ。

 今回の結果は個々の部隊長から父に報告されるだろう。

 戦功第一は間違いなくキョウスケだ。

 嫉妬や妬みが入る余地が無いぐらい圧倒的な戦功だ。

 キョウスケならば私の婿としてもやっていけるだろう。


 母はガイラン家の跡取りだ。

 ガイラン家はクロスハウゼン家の分家の一つでクロイトノット家と並んで旅団長や連隊長を務める家柄だ。

 祖父は現在、師団の首都旅団長を務めている。

 困ったことに、ガイラン家はここ数代、跡取り息子に恵まれていない。

 祖父はクロイトノット家から養子に入った。

 当時のクロイトノット家では男子が二人いて、祖父は長男だが第二正夫人の子だった。

 クロイトノット家の家督は第一正夫人の息子である次男が継ぎ、祖父はガイラン家に入ることになったのだ。

 母が父の妹でクロイトノット家に嫁いだナイキアスール様を『叔母上』と呼ぶのはこのためである。

 ところが、その祖父もガイラン家の娘である祖母との間に息子が出来なかった。

 祖父はまだ現役だが、義理堅く、祖母との間以外は正嫡と認めないと宣言している。

 そのため長女である母がガイラン家の女相続人となった。


 当初、母の婿として、父の次男が内定していたらしい。

 デュケルアール様の実の兄だった方だ。

 実を言えばこの方が私の本当の父である。

 当時は母と婚約していただけだった。

 しかし、その本当の父は戦死してしまう。

 婿候補が消えた母の選択は父だった。

 母は武人として、自分より弱い男の子供を産むのは嫌だったらしい。

 父も、自分の息子の子を身ごもった母を他家に出すことは忌避したかったらしい。


 ちなみにカラカーニーの父は、ガイランの祖父よりも年上だ。

 祖父が現役なので、祖父の次は母の息子がガイラン家を継ぐという話になったのである。

 ところが、現在まで母には女子しか生まれていない。




「トゥルーミシュ様の旦那は誰だろうって、一族の間では自薦他薦が結構あったけど、全く、とんでもないのが出て来たよ」


「実を言えば、俺も密かに立候補しようとか思ってたんだけど、彼がトゥルーミシュ様を引っ張り上げた瞬間に負けたと思った。

 いくら、トゥルーミシュ様が美人で、カラカーニー閣下の娘で、ガイラン家の跡取りとしても、それでも俺にはあんな無謀な事はできん」


「あんなことしてよく無事だったというか、敵も一瞬、動きが止まったよな」


「あれ、絶対、呆気に取られてたんだぜ。

 俺だって呆気に取られてたもん」


「いや、良くも悪くもあんな行動をする奴がいるとは思えんからな。

 目の前であんなことされたら反応に困るよ」


 母にこれから男子が生まれる可能性はあるが、現在の所、長女の私が婿を取る路線になっている。

 問題は、これまで私の婿として相応しい男性が居なかったことだろう。

 第二歩兵小隊長が言うように自薦他薦はあったが、私より弱い男ばかりだった。

 バフラヴィー殿の第二か第三正夫人にしてもらおうかと真剣に考えていたぐらいだ。




「それにしても、結構な鹵獲品だな」


「全くだ。今回、志願して正解だったな」


「ああ、すげえ戦いに参加して生き延びて、皆に自慢できる。

 報奨金もがっぽり。

 部下もほとんど死んでない。

 笑いが止まらんよ」


「帰ったら、奴隷を買いに行かないか?」


「その前に、さっき捕まえた女、結構美人だったぞ。

 俺、あの女、貰い受けようかな」


「結構、傷が酷かったろ」


「あの程度なら、カンナギ上級坊尉に頼めば治してくれるって。

 いや、もう治ってる頃かな」


「でも、多分、龍神教徒だぞ。色々と面倒じゃねーか?」


「それは確かに。うーむ、悩むな」




 二人だけでなく、周囲の兵士の顔も明るい。

 勝利は皆を幸せにする。

 勿論、私も幸せだ。

 戦利品に、勲章、そして何より伴侶となるべき男性。

 私がキョウスケを婿にしたいと言っても、反対は無いだろう。

 少なくとも今回の戦いに参加した兵士から反対が出るとは思えない。

 兵士は、軍人は、優秀な仲間、特に優秀な指揮官を求める。

 紛争が頻発している昨今、指揮官の能力は兵士の生死に直結する。

 キョウスケのような優れた魔導士兼指揮官は得難いのだ。

 兵士たちの支持があれば、親族も私とキョウスケの結婚を認めるだろう。


 ネディーアール様も喜ぶに違いない。

 キョウスケを時々貸してあげればもっと喜ぶだろう。

 三人で楽しむのも良いな。

 まず、問題は、・・・いや、アシックネールがいた。

 彼女は最初からキョウスケを気に入っていた。

 何回か寝所に誘っていたぐらいだ。

 キョウスケは無視していたが、・・・貴族特有の言い回しをしていたから、単に気付いていない可能性も高い。

 誘われていると知ったらキョウスケはどうするのだろうか。

 取りあえず一回試してみるという男性は少なくない。

 誘われて拒否するのは男性として面子の問題だという者もいる。

 まして、アシックネールのような美人に誘われたら、なびく可能性は少なくない、かもしれない。


 しかし、アシックネールは奔放に過ぎる。

 高位貴族の娘が、正式な婚姻前にすることではないと思うのだが、彼女はそこら辺かなり緩い。

 ナイキアスール叔母上は極めて厳格で、アシックネールの姉妹もそうなのだが、彼女はどうしてああなのだろう?

 アシックネールが末っ子というのが大きい気はする。

 末っ子は母親の目が届きにくく、我儘で要領が良い。

 私は長女だから、真逆だ。

 だが、アシックネールは私とはタイプの違う美人で、男性の人気も高い。

 寝所でのテクニックも優れているとの噂だ。

 それを重視する男性は少なくない。


 私も、・・・少し寝屋の勉強をした方が良いのだろうか?

 そう言えば、以前、母上は結婚が決まったら色々と教えてくれると言っていた。

 あの時は結婚など全く考えていなかったから聞き流していたが、もう少し詳しく聞いておくべきだった。

 なんでもガイラン家の女性に代々伝わる秘儀があるらしい。

 カゲシンに帰ったら、母に聞いてみよう。


 父も絶賛していたから、素晴らしい物に違いない。

 キョウスケも喜ぶだろう。

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