04-24 捕虜の所有権に関する一考察

 バフラヴィー隊が到着したのは、それから小一時間ほど経ってからだった。

 早いのか遅いのか、何とも言えない。

 バフラヴィー隊、クロスハウゼンの半個大隊と諸侯軍からの一個大隊程度の合同部隊は、白龍川の旧川床上を上流側から突進してきた。

 途中の敵はせいぜい小隊規模だったらしいが、一本道で適時待ち伏せを受けながらだから、それなりの時間がかかったらしい。

 旧川床上を突進するというのは大胆な手だが、この場合は正解だったのだろう。

 結構、度胸が必要な選択だよね。

 大したもんだ。


 トゥルーミシュ隊は西側の敵陣地跡で五〇名程の負傷兵を捕虜として確保した。

 トゥルーミシュ以下将兵は、ほくほく顔で、服従の首輪が足りないと嬉しい悲鳴を上げていたが、医療班の仕事が増えたと思うのは被害妄想だろうか。


 何はともあれ、バフラヴィーにはオレが報告しなければならない。

 一応、隊長だし。

 副長のトゥルーミシュが張り切って補足、というか大半の報告をしてくれたので、楽だったが。

 結果として、細々と注意はあったが、総論としては『良くやった』という話になった。

 まあ、ほっとしたよ。

 自分の事は兎も角、部下の頑張りが認められないのは辛いからね。

 小隊長たちも主将からお褒めの言葉を賜り喜んでいた。

 これからも宜しくと挨拶されたから、仲間として認められたのだろう。




 で、問題になったのが、例の彼女である。

 隔離しておいた部屋に行ってみれば、意気軒高だった。


「私は上級貴族だぞ。この扱いは何だ!」


 看守、というよりは単なる見張り、に対して要求を突きつけているのが、ドアの外にまで聞こえている。

 身分を隠すとか全然考えていないらしい。

 バフラヴィーがこめかみに手を添えてため息をつく。

 その横で姉御が周囲を気にせず笑い転げている。

 しばらく頭を抱えていた若旦那は、一向に収まらない部屋からの罵詈雑言に諦めきった表情となり、ドアを開いた。


「そこまでです」


 部屋に入って来たオレたち一行を見てクテン・ジャニベグ嬢は、何故か目を輝かせた。


「おお、バフラヴィー殿か。やっと話が分かる方が来たな、・・・」


 バフラヴィーはギロっと睨んで彼女を黙らせた後、見張りに対して部屋の外に出て、暫く誰も近づけないように指示した。

 部屋に残ったのは、ジャニベグ嬢に、クロスハウゼン若夫妻とトゥルーミシュ、そしてオレである。

 ハトン以下の従者も外で待機だ。


「ジャニベグ殿、あなたはご自分の状況が分かっておられるのですか?」


 苦虫を七六匹ぐらい噛み潰した顔でバフラヴィーが尋ねる。


「うむ、勿論わかっている」


 ジャニベグ嬢は何故か顔を赤らめて答えた。


「降伏と服従の儀式の贄にされるのであろう。

 皆の前で、そこの男に犯されるのだな。

 負けた以上、その覚悟はできている」


 そこの、男って、・・・オレ?


「だが、私は簡単には屈せぬぞ。

 二度や三度、気をやらされた程度では私は屈服せぬ。

 私を負かした其方の武人としての力量は認めよう。

 だが、男としての力量は認めてはおらぬ。

 私を妻として屈服させたいのであれば、十分な量の魔力を七回連続で中出しするぐらいの精力は見せて貰おう!」


 ・・・・・・・・・・・・・えーと、なに、言ってんの、この人?

 若旦那は、下を向いて何度もため息をついているし、姉御はツボに嵌まったらしく文字通り腹を抱えて笑っている。


「これ、なんだ?」


 オレは小声でトゥルーミシュに問いかける。


「ああ、見ての通り、以前から思い込みの激しい方でな」


「いや、それは何となく分かるが、話の内容が分からん」


「だから、・・・彼女は、ある意味、とてもまじめな武人なのだが、騎士道物語とか英雄譚とかが異様に好きな方で、・・・」


「だから、・・・それがなんで公開セックスになるんだ?」


「うん、其方、知らぬのか?

 無教養な奴だ。

 初代ウィントップ公爵夫妻の話だぞ!」


 オレがトゥルーミシュに言った言葉を引き取ったジャニベグ嬢は滔々と語りだした。

 何でも、国母ニフナニクス様の時代の話で、現在のウィントップ公爵家の前身となった公爵家が強固に抵抗していたのだそうだ。

 これの制圧に向かったのがニフナニクスの片腕とされる将軍で、公爵家をその居城に追い詰めたのだという。

 だが、城方も堅く守って籠城戦は一進一退。

 そんな中、城方の公爵の娘が将軍に一騎打ちを挑む。

 娘が勝ったら攻め方は兵を引く、負けたら開城するという話で行われた一騎打ちは将軍の勝利に終わる。

 公爵の娘は捕虜となり将軍は開城を求めた。

 だが、城方は「娘が一存でやったこと」として取り合わなかった。

 これに対して、将軍は城の門前で、公爵娘との公開セックスを敢行。

 公爵娘が、武人として男性として卓越した将軍に身も心も屈服したのを見せつける。

 この行為を公爵は無視したが、公爵家の家臣たちが雪崩を打って投降。

 公爵家はニフナニクスに屈服する。

 そして、将軍はそのまま公爵の娘を第一正夫人に迎え、ウィントップ公爵家を創設したという。


「数万人の兵士を立会人とした『初夜の儀』という訳だ。

 ロマンチックであろう」


 語りつくしたジャニベグ嬢は満足げだが、・・・これ、史実なのか?


「言っておくが、吟遊詩人の語る艶笑話だからな」


 若旦那の注釈に頷く。

 ダヨネー、しかし、この話、感激する内容か?


「其方も、私を妻に望み、戦場の最中において一騎打ちを望んだのは、あっぱれではある。

 故事に倣ったのは少々気障ではあるが、それは目を瞑っても良い」


「いや、オレ、その故事、知らなかったですから。

 倣うもへったくれも無いんですが」


「そして、見事に正面から堂々と私を撃ち倒した。

 武人として一流の腕を持つ事は認めよう」


「あなた、前の兵士の陰から、オレの死角を突いてライトニングボルトを撃ってきたと思いましたけど。

 どこら辺が正々堂々だったんでしょう?」


「無駄だ。彼女の頭の中では其方が一騎打ちを申し込んだことになっている」


 トゥルーミシュがオレの肩に手をかけて首を振る。


「分かるぞ、クテン市の城壁の前で私と交わりたいのだな。

 そして、私を第一正夫人に迎え、次代のクテン侯爵に成りあがる算段であろう。

 だが、簡単に私を満足させられるとは思わぬことだ!」


 立ち上がって妙なポーズをとりつつオレに指を突き付ける妄想ジョジョ立ち女。


「クテン侯爵に成りあがるも何も、あなた、弟がいるでしょう。

 あなたはクテン家の跡取りでもなんでもない」


 バフラヴィーが冷静に突っ込みを入れる。


「お願い、限界、もう私、限界、腹筋が千切れそう。

 ジャニベグちゃんって前から変だけど、今日は一際すごい、すご過ぎる」


 過呼吸気味の姉御が腹を抱えながら呻く。


「ジャニベグ殿、言っておくが、キョウスケは男性機能も一流だぞ!」


 ジョジョ立ち女に対抗するかのような大げさな身振りで参戦するヅカの男役。


「キョウスケの『成人の儀』を執り行ったのは私の母上だ。

 キョウスケの男性機能は母上が保証する!」


「なんと、ライデクラート殿がか!」


「グフォゥ・・・・・」


 思わず咳き込むオレ。

 ちょっと待て。

 自分の『つまみ食い』を実の娘に話してんのかよ、隊長。

 それでいいのか?

 しかも、旦那の嫡孫が、・・・全然気にしてないのかな、・・・もう、いやだ、この一族。


「それだけでは無いぞ。

 こやつと婚約しているモローク・タージョッによると、彼女は行為を行うたびに毎回必ず意識を飛ばしているそうだ」


「ゲファゥォォォォォォォォォォォォ、・・・・・・・・・・」


 血を吐きかけるオレ。


「なんと!それは、毎回、失神しているということなのか?」


「うむ、数時間後に意識が戻っても、体内には膨大な量のマナが注ぎ込まれていて頭が働かず、しばらくは動けない程だという」


「ちょっと、待て。

 お前、それ、まさか、タージョッから直接聞いたのか?」


「それは、そうだ」


「何時、そんな話をしてたんだよ!」


「毎回だな。あれは、毎回楽しそうに惚気ておるぞ」


「お前、そんなにタージョッと親しかったのか?」


「いや、別に。

 彼女も私に話している意識はないと思うぞ。

 ネディーアール様に話しているのを私が横から聞いている形だな」


 カナンのガールズトークが恐ろし過ぎる。

 ・・・・・・・・オレ、もう、カゲシンに帰るの止めようかな、・・・。


「そうか、毎回失神とは、凄まじいな」


 ますます、目を輝かせる妄想ジョジョ立ち女。


「へー、あんた、凄いのね」


 姉御が茶々を入れてくる。


「いえ、タージョッの魔力許容量が少ないだけで、大した量を出しているわけでは無いというか、・・・」


 何の言い訳をしてるんだろう、オレ。


「いや、別に言い訳いらないでしょ」


「うむ、男として褒められているのだからな」


 姉御とヅカの男役が不思議そうな顔をしている。


「それにしても、ライデクラート殿が直々に『成人の儀』を執り行うとは、やはり、其方は有為な人材として当初から着目されていたのだな!」


 ジャニベグ嬢はいきなり跪くと天に向かって祈り出した。


「マリセアの正しき精霊よ、私、クテン・ジャニベグは恐るべき男に純潔を捧げることになりそうです。

 ですが、私はやすやすとは屈しません。

 抵抗します!

 抗います!

 全身全霊で男を先に果てさせるべく努力いたします!

 しかしながら、それでも私が先に屈服させられたならば、それは運命だと、素直に受け入れることをここにお誓申し上げます!」


「これ、演技じゃないのか?」


「いや、多分、本気だ。信じ難いのは良く分かる」


 オレの質問にトゥルーミシュは何故か、ドラマチックな仕草で答える


「ジャニベグちゃんって、彼氏たくさんいたわよね。純潔って?」


 姉御が呆れた声で付け加える。


「あー、ジャニベグ殿、マリセアの精霊にお祈り頂くのは良いが、貴方は異教徒である龍神教徒の軍の一員として戦っている状況で捕虜になった。

 それは、自覚しておいて頂きたい」


「いや、・・・それは、・・・・・・・・・・・・・」


 バフラヴィーの言葉に、露骨に目を泳がせる妄想女。

 流石に、現実に目覚めたらしい。


「いや、そう、あれだ。

 私はそこの男と一騎打ちをしていたわけで、たまたま周りに龍神教徒が居ただけで、・・・」


 そうでもないか。


「そんな、言い訳が通用するはずはないでしょう。

 あなたが龍神教徒の軍の一員として戦っていたのは多くの兵士に目撃されています。

 捕虜になっていなければ、他人の空似として言い張ることも可能だったかもしれませんが、今現在、あなたは我が軍の捕虜です。

 一個人としても、異教徒の軍隊に参加して戦ったのはマリセア正教では重大な教義違反。

 あなた個人が、マリセア正教から破門される可能性は高いですし、あなたの父上は監督不行き届きで引退に追い込まれてもおかしくない」


 今度こそ、顔が青くなるクテン家御令嬢。


「あー、うん。

 私は、あくまでも個人の資格でこの戦いに参加した。

 父上とクテン家は無関係だ。

 私の事は私個人で責任を取る」


「なるほど、ではどのように責任を取ると?」


「私自身が、私を捕虜とした者の所有物となるというのが妥当だと思うが」


 何故か、キラキラとした目つきでオレを見つめて来る。

 先程から話の内容が変化していないと感じるのはオレだけだろうか?

 バフラヴィーは大きく溜息をつくと、振り返ってオレに話しかけた。


「あー、なんだ。

 色々と思うところはあると思うが、其方が捕虜にした相手だ。

 幸か不幸か、彼女も其方に惚れているらしい。

 其方が妻の一人として迎えるのが一番穏当に収まるのではないかと思うが、どうだ?」


「すいません。

 いきなり、なんでそんな話になるのでしょうか?

 オレが彼女を引き取らねばならないという謂れが分かりません」


 悪いが産業廃棄物を引き取るつもりは無い。


「事を公にするのは簡単だが、公にして良いかと言えばそうでもない。

 ジャニベグ嬢をカゲシンの聖堂に突き出せば異端審問で厳罰となり、クテン侯爵家は政治的にも大きな痛手を被るだろう。

 ベーグムなどは大喜びだな。

 だが、それをしたからと言って、クテン侯爵家が滅亡するわけでは無い。

 クテン侯爵家の勢力が一時的に減退したとして我がクロスハウゼン家に利益が有るかと言えば微妙だ。

 逆に、クテン侯爵家からは大きな恨みを買うだろう。

 我が家としてはベーグム家に対しては秘密裏にこの問題を処理して、クテン侯爵家に貸しを作った方が将来的には有利であろう」


「うむ、バフラヴィー殿にはご理解頂き、大変に有り難い」


 有難いじゃねーだろ!

 こいつ、意外と計算してるじゃねーか。

 妄想女だと思って油断してたよ。


「あの、それで、オレに貧乏くじを引けと」


「いや、貧乏くじとは言い過ぎだろう。

 彼女は、家柄は良いし、武芸大会で準決勝まで進出した才能も有る。

 学問もできるし、客観的に見ても美人の部類に入る。

 合計すればかなり、良い女性だと思うが」


「その足し算、意図的に大きなマイナス要因を除いている気がするんですが?

 大体、オレみたいな平民上がりと侯爵家令嬢が結婚なんて無理ですよ。

 侯爵閣下が許可するとは思えません」


「それなら問題ない。

 以前からクテン侯爵には彼女の結婚相手を紹介して欲しいと相談されている。

 彼女自身が納得した相手であれば身分は問わないと言っておられた」


「父上は、私の結婚にはとても理解があるのだ」


 ジャニベグ嬢が無意味に胸を張る。

 それ、単に諦められてるだけじゃあ、・・・。


「正直、彼女自身が気に入る相手と言うのはそうはいないのだ。

 ある意味、其方は稀有な例だぞ」


「いや、だからと言ってですね、・・・」


「ねえ、バフラヴィー殿」


 答えに窮していたオレに助け舟を出したのは姉御だった。


「いくら何でも、あれが第一正夫人って、かわいそうじゃない。

 この子、クロスハウゼンの将来の幹部候補として育てる予定なんでしょ。

 変なの押し付けたら夜逃げしちゃうかもよ」


「確かにスタンバトア様が言われるように、家に帰らなくなるような気がしています。

 秘密裏にクテン侯爵に返して何らかの謝礼を受け取るのが無難な気がしますが」


「いや、それだと結果は変わらぬぞ」


 なんで?

 オレの怪訝な顔にバフラヴィーが説明を継続する。


「先ほども言ったように、彼女、スペックは無駄に良い。

 クテン侯爵家第二正夫人の娘。

 ただしクテン侯爵の第一正夫人には子がいないから最も身分の高い娘になる。

 だが、十八歳にして、未だに結婚どころか婚約者すらいない」


 この世界の女性は結婚が早い。

 平民でも貴族でも十五~十八歳ぐらいで嫁いでしまう。

 二〇歳に成ったら完全に行き遅れだ。


「何故、そんな状況に陥っているのかと言えば簡単だ。

 彼女が気に入った相手からは断られ、彼女を娶っても良いという相手は彼女の方が蹴とばす。

 彼女の婚姻の第一条件が自分より強い事だから、そもそも相手が極めて限られるのだ」


 武芸大会準決勝進出者だからな。


「武人だから、自分より強い相手というのは理解できる。

 母上もそうだったからな。

 私もそうだ」


 横から口を出したトゥルーミシュはそうして、オレの方をちらっと見た。

 瞬間、強烈な悪寒が来たが、・・・気のせいだよね、・・・いや、絶対、気のせいだ。


「そんなことでクテン侯爵は彼女の結婚相手に大層苦労している。

 そんな所に彼女自身が結婚してもいいという男性が現れた。

 恐らく、侯爵は全力で来るぞ」


「私は平民上がりですよ。

 クテン侯爵が認める訳無いでしょう」


「認めると思う。

 彼女が認めた時点で武人としてかなり使えると判定できるからな。

 そして、そなたは平民上がり。

 侯爵が本気で婿にと言い出した場合、政治的に其方が抵抗するのは不可能だ。

 それこそ、夜逃げでもするしかないだろう」


 この人、無駄に切れるというか状況判断が出来過ぎてるというか、・・・困った。


「正直、下手をすれば其方がクテンに引っ張って行かれるだろう。

 私としては其方にはこのまま我が家で務めて欲しいと考えている。

 であれば、だ。むしろ積極的に受け入れて、条件を付けるべきではないか?」


「いや、ですから、・・・・・・」


 まずい、なんてもんじゃない。

 何でこんな展開に成ってんだろう。


 新登場の変に癖の強い女と結婚話になるって、・・・このパターンもう嫌だ。

 考えろ、考えるんだ、オレ。

 あっ、そうだ。


「えーと、つまり、ジャニベグ殿が満足する結婚相手を見つければ良いのですよね。

 いるじゃないですか。

 武芸大会でジャニベグ殿に勝利したベーグム家の御曹司が!

 年齢も家柄もばっちりです」


「却下だ」


 オレの叫びを聞いたジャニベグ嬢があっさりと言った。


「武芸大会の後にも再度、第二正夫人に迎えたいという申し出があったが断った。

 確かに、それなりに強いとは思うが、『成人の儀』で母親に手を副えてもらうという男はダメだ」


 再度って、・・・。


「あの、その、『成人の儀』って?」


「ああ、知ってる人は知ってる話なんだけどね」


 オレの疑問に姉御が答えた。


「ニフナレザー殿なんだけど、『成人の儀』に実の母親に立ち会って貰ったみたいなのよ」


「それは、普通、ではないんですよね?」


「そうね、『初夜の儀』はお披露目だから広く立会人を求めるけど、『成人の儀』は男性の初体験。

 まあ、そうでない人も多々いるらしいけど建前としてはそうだし、本当に初めてという人もけっこういるから、みっともないところを見せないように少人数でするのが基本ね。

 母親が然るべき女性に頼むのは普通だけど、母親が立ち会うというのは聞かないわ。

 まして、その、・・・実際に男性の物に手を副えたとかいうのは、・・・まあ、本人が嬉々として語っているから本当らしいんだけど、・・・」


「私も、あの男は無理だな」


「理解して頂いて有り難い」


 女性三人がうんうんと頷いている。

 こちらでもマザコン男は受けが悪いんだな。

 つーか、手を副えてもらってって、それを嬉々として話すって、・・・ないわー。


「そういう事で、私の身柄はこの『服従の首輪』を嵌めた者の所有だ」


「あ、その首輪、オレのじゃないですよ。トゥルーミシュのです」


「何だと!」


「そう言えば、そうであったな。

 私が嵌めたのだ。

 キョウスケが首輪を持っていないからと」


「いや、何にしても現在、トゥルーミシュの『服従の首輪』を付けているのが現実だ。

 そういう事で、ジャニベグ殿の身柄の所有権はトゥルーミシュということで」


「待て、私がジャニベグ殿の身柄を引き取ったとしてどうにもならないであろう」


「普通に身代金を貰えばいいんじゃないか?」


「其方、それで何とかなると思うのか?」


 バフラヴィーが呆れ顔でオレに話しかける。


「はい、クテン侯爵にも『ジャニベグ殿を捕虜としたのはトゥルーミシュである』と主張します。

 それが事実ですから。

 私がジャニベグ殿と戦って捕虜にしたという事実は有りません」


「あ、あ、あ、・・・」


「まあ、良いんじゃない」


 呻くジャニベグ嬢を無視して姉御が言う。


「取りあえずそれで彼女をクテン侯爵家に戻すってことで」


「うーむ、本当に、それで何とかなるのか?」


「一時しのぎかも知れないけど、やってみてもいいとは思うわ」


「キョウスケが抵抗したくなる気持ちもわかります。

 私が単独で捕虜にしたことにしましょう。

 私としては実績が増える話ですから悪くは有りません」


 トゥルーミシュが賛成したことで、バフラヴィーもようやく納得した。


「それでは、クテン侯爵との実際の交渉はバフラヴィー様にお願いできますか?」


「それは、そうだな」


 クロスハウゼン家内で話がまとまる。

 事態の急変に焦ったのはジャニベグ嬢本人だった。


「いや、その、少し待って頂きたい。

 私の身柄は、そこのキョウスケの物ではなく、トゥルーミシュの物であると確定なのですか?」


「まあ、そうです」


 バフラヴィーが鷹揚に答える。


「そして、トゥルーミシュがバフラヴィー殿に交渉を委託する。

 つまり、私はクロスハウゼン家の捕虜という扱いになるわけですか?」


「はい」


「あー、その、そういう事であれば、私はバフラヴィー殿の第二正夫人になるのが順当だと思うのだが」


 時が止まった。


「父上にも、そのようにお話ししたい。

 私は敗北してクロスハウゼン家の所有物となった。

 ついては現地、クロスハウゼン家の総責任者であるバフラヴィー殿の所有物となると。

 父上も異存はないと思うが」


 顔を赤らめてバフラヴィーを見つめるジャニベグ嬢。

 このお嬢さん、馬鹿じゃないんだよな。

 思考の方向性がおかしいだけで。

 全員が言葉を失っていたが、彼女を凝視していた姉御がくるっと振り返った。

 オレの両肩に手が置かれる。


「キョウスケ、あなた、あの子を娶りなさい」


「あの、スタンバトア様、さっきと言っていることが全然違いますけど、・・・」


「あの子、以前から父親と一緒にバフラヴィーに何度も交渉に来てるのよ。

 最近、やっと諦めたところだったの」


 言われてみれば、ジャニベグ嬢より強くて家柄も良いからな。


「私ね、自分の能力にはそれなりに自信はあるの」


「はい」


「でも、無理なの」


「何がですか?」


「あの子がバフラヴィーの第二正夫人になったら、その場合、彼女が引き起こした騒動は私が処理することになるのよ」


「あー、そうなる、・・・んでしょうね」


「無理なの。パーティーで肉を取り分けるのに、カッコつけてわざわざ大剣を持ち出して、狙いを外してテーブルを破壊して、仕方がないから客に謝って部屋を移動して仕切り直しとか嫌なの」


「それは、・・・嫌ですね」


「人の家のパーティーで酔っ払ってファイアーボール大会とかやり出して庭の立木が全滅で客が全員退避してカゲシンの衛兵が大隊単位でやってきて、それで各方面にお詫びの巡礼なんてやりたくないの」


「やりたい人の方が稀でしょうね」


「人様の結婚式にニフナニクス様の真似とか言い張って妙に露出度の高い変な服を着て現れた挙句、ライトニングボルトをぶっ放して、高価なワイングラス他の食器を粉々にして、更に自分の変てこな服に入っていた針金に感電して服がちぎれ飛んで、針金だけしか身にまとっていない姿を参列者一同に披露するなんてのの、後始末とか無理なの」


「私も、無理です」


「そういう事で、あの子引き取って」


「だから、スタンバトア様ができないことを私が出来るはずもないと思うのですが」


「出来なくてもいいの。

 取りあえず矢面に立ってくれれば充分」


 ・・・・・・・本気で逃げようかな、・・・・・・・

 と、そんな時だった。

 ドアがノックされた。


「失礼します。

 外部の状況が大きく変化しておりますが、如何いたしましょうか?」


 呼びに来たのは第四魔導小隊長こと出戻り第一正夫人君だった。


 取りあえず、妄想女は放置して外に出ることになった。

 ・・・正直、助かった、・・・のかな?

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