04-25S ベーグム・レザーワーリ 初陣(四)

 翌朝未明、戦いは始まった。

 囮部隊が首尾よく敵を釣りだしたのだ。


「敵は龍神教第一連隊に所属する部隊のようです」


 物見の報告に、父はしてやったりという表情を見せた。

 情報では龍神教第一歩兵連隊は最精鋭。

 我々は敵主力の釣りだしに成功したのである。

 それからは順調だった。

 敵の攻撃は予想以上に激烈であったが、それも一時の物だった。

 魔導大隊の反撃が始まると敵の攻撃はピタっと停止した。

 そして、師団の反撃。

 波が引くように敵が後退していく。

 私は流れるような父の采配に驚嘆した。

 そして、我々は追撃に移った。




 追撃部隊は第一歩兵連隊の三個大隊、第一魔導大隊、そして騎兵二個中隊である。

 おおよそ師団の半分だ。

 旧川床分断点を通過しての追撃だから、師団全体では多すぎて渋滞する面もあり、こうなった。

 追撃部隊の指揮は父が自ら執る。

 残り半分は不測の事態に備えて残る。

 こちらの指揮は兄だ。

 実は、兄も師団半分の指揮というのは初めてという。

 兄はつい先日まで代坊官、一般に言うところの少佐でしかなかった。

 武芸大会に出るためにそうしていたのだが、このためこれまでは中隊しか指揮したことは無かったという。

 年齢制限で来年の武芸大会は出られない。

 今後は階級を副師団長に相応しいところまで急速に上げていく事になるだろう。

 現在の兄の階級は坊官補、つまり中佐だから、カゲシンの規定では大隊の指揮官となる。

 今回は師団長の留守を預かる代理、つまり幕僚のトップとして師団半分の指揮を執ることになった。

 補佐として第二歩兵連隊長が付くが、流石の兄も緊張しているようだった。


 私は父に付き従って追撃隊に入った。

 追撃隊の先鋒は第一歩兵連隊長が連隊直属部隊及び第一歩兵大隊を率いて務めている。

 第一歩兵大隊は師団の最精鋭大隊で、第一歩兵連隊の直属には魔導小隊がある。

 正に師団の先鋒という趣だ。

 第一歩兵連隊長と第一歩兵大隊長は実の親子で、こちらも父親の監督で息子が頑張る形である。

 続いて、第一魔導大隊、第二歩兵大隊、第三歩兵大隊と続く。

 騎兵中隊は両脇に展開して師団の目を担う。

 父は第一魔導大隊と行動を共にした。

 魔導大隊は、移動力や白兵戦闘力では第一歩兵大隊に負けるが火力は師団随一である。

 龍神教のような田舎の軍隊が持っていない部隊だ。

 大隊の大半は徒歩だが、父は大柄な魔獣馬に乗っている。

 第一魔導大隊長と私も魔獣馬だ。

 魔獣馬は高価で大喰らいだが、運動能力は通常の馬とは比べ物にならない。

 父は大隊の先頭に立って進んでいた。

 前線型の指揮官である父は部隊の先頭に立つのを常とする。

 危険ではあるが、部隊の士気を鼓舞し、師団長としての威厳を保つには最善の方法でもある。

 第一魔導大隊長は父の二〇メートル程後ろに、私は更にその後ろに続いていた。




 追撃は私が考えていたよりもずっと緩やかだった。

 先鋒の第一歩兵大隊は急速に進撃していたが、父が直率する第一魔導大隊は適時停止して周囲を警戒しながら進んでいる。

 当然ながら後続の第二第三歩兵大隊も遅くなる。

 二回目の停止で父は、私に森の影を指さして話した。


「恐らく、あの森の後ろに敵がいる。

 二個中隊というところか」


「伏兵ですか?」


 私は驚いて答えた。


「そう、慌てるな。

 伏兵と言えば伏兵だが、こちらの進撃が予想以上の速度と規模で、戦闘に参加する機会を逃したのだろう。

 本来であればこちらの第一歩兵大隊が通過する時点で参戦しなければならない。

 だが、指揮官の能力が低く、部隊の練度も低いため、直ぐに反応できなかったのだ」


「そうなのですか?」


 私にはさっぱり分からない。


「そもそもの話として敵は先陣の突撃が我らを突き崩すと考えていたのだろう。

 先鋒が挙げた戦果を拡大するための追加部隊がここに配置されていたはずだ。

 ところが敵の先鋒が敗走したので慌てて森の陰に退避した、そんなところだ。

 だから、伏兵として我らを攻撃できなかったのは、致し方ないとも言える」


 父はそう言って笑った。


「こちらの敵は無視するのですか?」


「まだ、第三歩兵大隊が隘路を抜けきっていない。

 第三歩兵大隊が南側に抜けた時点で攻撃させる。

 それまではこちらは気が付いていない振りをして前に進む」


 それでは先に攻撃されてしまうと思ったが、それは第一魔導大隊長に否定された。

 敵がいる事が分かっていて、こちらが落ち着いていれば、対処は十分に可能なのだそうだ。


「奇襲と言っても、数秒で奇襲されるわけでは有りません。

 突撃してくる時間が必要です。

 遮蔽物の無い平地での歩兵部隊突撃でしたら魔導部隊の魔法で十分に迎撃できるのです」


 逆に言うと敵が森の中やその後ろにいる場合は魔導部隊の攻撃は十分な効果があげられない、とのこと。

 つまり、敵に平地に出てきてもらった方がこちらは楽なのだ。




 そう言って進軍を再開した直後、父の体が宙を舞った。

 何が有ったのか、分からない。

 分かったのは爆発が起きて父の体が乗っていた魔獣馬ごと空中に跳ばされたことだ。

 爆発はファイアーボールに似ていたが、それで、何故、父の体が跳ばされたのかが分からない。

 足元に何か仕込んであったのだろうか?

 ともかく、私は父に駆け寄った。

 打ち所が悪かったのだろう、辛うじて息はあったが意識は全くない。

 空中を舞い、地面に叩き付けられたのだ。

 とにかく手当を、医者のところに連れていくしかない。

 大型の盾を戸板代わりにして父を載せる。


「敵が来ます!」


 誰かが叫んだ。


「あわてるな!迎撃するぞ!」


 歴戦の第一魔導大隊長が指示を出す。


「レザーワーリ様は師団長閣下を後方に移送して下さい。

 ここの指揮は私が執ります」


 何と頼もしいのだろう。

 私は頷いて撤収の準備に入る。


「戦列を整えろ!

 呪文詠唱準備だ!

 できるだけ引き付けて叩くぞ!」


 てきぱきと指示が出される。

 父の状態は心配だが、部隊は問題ない。


「ファイアーボール、呪文詠唱開始だ!」


 第一魔導大隊長の指示の直後にまた誰かが叫んだ。


「敵、敵が、呪文を詠唱しています!」


「なんだと!間に合わん、呪文詠唱中止、総員、防御態勢!」


 直後、すさまじい爆発が巻き起こった。

 訓練では見たこともない数のファイアーボールが一斉に爆発したのだ。

 こんな数のファイアーボールを、それも突撃しながら呪文詠唱。

 これは、つまり、極めて練度の高い魔導部隊が敵にいるということだ。

 そんな部隊が敵にあるなど聞いていない。




 その後の事は良く覚えていない。

 私は、父を運んでいる兵士たちと共に、ただひたすら逃げた。

 どこをどうやって逃げて来たのかは全く覚えていない。

 意識のない父を運ぶのは大変だったが、ある意味、父がいたから私たちは逃げられたとも言える。

 父が重傷で移送中というと味方の兵士は最優先で通してくれたからだ。

 何とか、師団司令部にたどり着き、ウルスト医師に父を託した時は、心身ともにくたくたで座り込んでしまった。

 兄は私を質問攻めにしたが、私がろくに答えられないのを知ると去って行った。


 周囲は喧騒に満ちている。

 私も何かしなければならない。

 私は師団長の息子で師団司令部の一員なのだ。

 だが、何をすればよいのだろう?

 そんな時に一緒に逃げてきた兵士の一人がボソっと言った。


「第一魔導大隊はどうなったのでしょうか?」


 確かにそうだ。

 私は第一魔導大隊の所属でもあったのだ。

 私は師団司令部の荷物から予備の旗を取り出すと、司令部の西側の空き地に出た。

 そちらに向かったのは、そこが唯一、敵がいない方向だったからだ。

 気が付けば我々は北からも南からも攻められていた。

 師団は半ば包囲されていたのだ。

 何でこうなっているのかさっぱり分からない!

 ともかく、私は空き地に第一魔導大隊の予備の旗を立てて、兵士を集めることにした。


 しばらくたって、第四魔導中隊長が合流した。

 大隊で一番若い中隊長だ。


「大隊長は?」


 私の問いに彼は首を振った。

 第一魔導大隊は、あの後も戦い続けていたらしい。

 大隊長は敗勢の部隊を何とかまとめて後退戦を戦っていたという。

 だが、敵は四方八方から来た。

 四方を囲まれ、大隊長が矢に当たり戦死。

 第一魔導中隊長が指揮を引き継いで何とか旧川床の分断点近くまで退却し、第二第三歩兵大隊と合流したが、ここで第一魔導中隊長も戦死した。

 それによって部隊は散り散りになり、彼も命からがら分断点の隘路を越えたという。


「敵の魔導大隊は極めて強力な部隊です。

 昨日今日編成された部隊では有りません。

 我らも決して劣っていたわけでは有りませんが、・・・あの最初の一撃さえ無ければ」


 私も味わったあの最初の一撃が致命的だったらしい。

 我々は敵が魔導大隊を持っているとは聞いていなかった。

 我々は情報戦で負けていたのだ。


 暫くすると、百人程の兵員が集まった。

 班も小隊も中隊もバラバラの兵士を臨時で編成して部隊にしていく。

 魔導士が比較的多く残っているのは朗報だろう。

 そんな時だった。

 突如、轟音と共に南側の空が赤く染まった。

 旧川床上の高地で誰かが戦っている。

 恥ずかしい話だが、私はこの瞬間まですぐ南の旧川床上でも戦いが行われていることに気付かずにいた。

 いたるところ戦場の喧騒で何が何だか分かっていなかったのだ。

 そして、空が赤く染まったことと、その原因も。

 再び、空が真っ赤になる。


「あれは何だ?誰が戦っている?」


 思わず問いかけると第四魔導中隊長が答えてくれた。


「戦っているのはクロスハウゼンの部隊です。

 良い所に配置されていますよね」


 旗は確かにクロスハウゼンだ。

 クロスハウゼンの部隊、だとすると、カンナギ上級坊尉の部隊、・・・しかないだろう。

 何時の間にあんな所に、・・・昨夜の内に登っていた、・・・ということなのだろうか?


「彼らがあそこにいたおかげで我々は退却できたのです。

 彼らの側面援護が無かったらもっと悲惨なことになっていたでしょう」


 第四魔導中隊長の言葉だが私は何とも返答できずにいた。


「師団長の差配だと思いますが、あれは誰の発案ですか?」


 彼らが勝手にあそこに登ったのだとは流石に言えなかった。

 仕方がないので話を逸らすことにする。


「それより、あの真っ赤な空は何なのでしょう?

 何かわかりますか?」


「あれは、多分、・・・ファイアーボールだと思います」


「いや、普通、ファイアーボールは空中で爆発させないですよね?」


 再び、轟音と真っ赤な空が現出する。

 何回目だろう?


「実は私も良くは分かっていないのですが」


 第四魔導中隊長はそう断って話を続けた。


「恐らくですが、敵のファイアーボールの一斉投擲に対して、こちらからもファイアーボールを放って迎撃したのでしょう。

 ファイアーボールをわざと空中で爆発させて、それで敵のファイアーボールを巻き込んで誘爆させてしまうのです。

 これによって敵のファイアーボールが地上に着弾するのを防ぐわけです」


「そんな、ことが可能なのか?」


 信じられない話だ。


「敵のファイアーボールが飛んでくるのを見計らってという事だろうが、少しでもタイミングがずれたら意味が無くなる。

 それに敵の一斉投擲となると少なくとも数十発のファイアーボールが来る。

 一発や二発撃ちあげても迎撃できるわけが無い」


「迎撃のファイアーボールは小さい物で良いそうです。

 ですが、立て続けに何発も撃つ必要が有りますしタイミングは極めて難しいでしょう。

 実際、やれる人はほとんどいない。

 私も見たのは初めてです」


 また、轟音、またも真っ赤な空が現出する。


「何でも、かの、最終皇帝が開発した技だそうです。

 国母ニフナニクス様も得意にしていたと聞きます。

 あと、十三年前のトエナ戦役でクロスハウゼン・カラカーニー殿が使用したと聞きます」


「伝説の人と、超一流の人だけではないですか」


 では、あそこで誰がそれを行っているのだろう。

 敵なのか、味方なのか?


「前提条件として、敵味方に魔導部隊が存在することが必要ですから、滅多に見られない代物です。

 私も見るのは初めてですから。

 あれをやっているのが敵か味方かは分かりませんが、なんにしろ、あそこで高度な魔法戦が行われていることは間違いありません」


 良くは分からないが、カンナギ上級坊尉とトゥルーミシュ嬢があそこで戦っているのだろう。

 突然、私は自分が情けなくなった。

 カンナギ上級坊尉は私より一歳年上、トゥルーミシュ嬢は一歳年下だ。

 同年代の者が懸命に戦っているのに私ときたら、ただ逃げて来ただけだ。

 私は第四魔導中隊長に向かって叫んだ。


「味方があれだけ頑張っているのだ。

 我々もこのままではいられない。

 第一魔導大隊を復活させよう!」




 ベーグム師団の戦意は失われてはいなかった。

 第一魔導大隊の兵員は少しずつ集まった。

 なんとか中隊規模の部隊を編成した我々は、戦列を整え、前線に向かった。

 わずかに一個中隊。

 だが、魔導大隊の旗は味方を鼓舞した。

 我々が前線の後ろに到着しただけで歩兵部隊の士気が上がるのが分かる。

 そして、気が付くと敵が退却を始めていた。

 突然どうして、と思ったが第四魔導中隊長に指摘されて理由が分かった。

 北側にレトコウ伯爵軍の旗が見える。

 友軍が助けに来てくれたのだ!

 こちらの部隊が増えたので敵は諦めたのだろう。

 兵士たちが歓声を上げている。

「勝った」ではない。

「助かった」だ。

 だがそれでも嬉しかった。

 私は生き延びたのだ。

 第四魔導中隊長と抱き合って健闘をたたえ合う。

 これまで、顔と名前ぐらいしか知らなかった男だが、この数時間で分かりあえた気がした。

 自然と涙が出てきた。


 と、その時だった。

 伝令の兵士が、私に師団司令部への出頭を命じた。

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