04-23 これをどうやって収めろと

「歩兵は盾で敵の魔法と矢を防ぐ事に専念しろ。

 弓兵は狭間から敵陣地の攻撃だ。

 狙いは適当で良い。

 敵陣地、特に中央の敵歩兵の突撃開始地点、その周辺に撃ち込め。

 胸壁の上に頭は出すな。

 魔導士は指示あるまで待機だ。

 待機中は盾を持つことを忘れるな」


 矢継ぎ早に指示を出す。

 指示を出していないと不安で仕方が無い。

 敵歩兵の突撃が再開された。

 弓兵が迎撃するが防がれる。

 土嚢の道幅が広がっているのだ。

 先頭の兵士の両脇にも兵士が続き側面を守る。

 小型の『亀甲隊形』だ。

 邪魔をしたいが、できない。

 喧騒の中に敵魔導部隊の詠唱が聞こえている。

 トゥルーミシュが再び迎撃に出る。

 援護してやりたいができない。

 出戻り第一夫人君ではトゥルーミシュの援護は無理だろう。

 彼は無詠唱どころか短縮詠唱もできないのだ。

 魔法が来る。


「歩兵、盾を構えろ!

 魔法が来るぞ!」


 また、一〇〇発程のファイアーボールが来た。

 迎撃のファイアーボールを急いで打ち上げる。

 上空が真っ赤に染まる。

 さっきは気付いていなかったが、凄まじい絵面だ。

 だが、それだけの効果はあった。

 ファイアーボールの大半を迎撃できたのだ。

 撃ち漏らしが数発あるが盾で防げる数だろう。

 と、油断したのが拙かった。

 夕焼けぐらいに薄れた空の中を一〇〇発程のファイアーボールの一団が飛んでくる。

 時間差かよ!

 しかも、その中には、あの高密度ファイアーボールが混ざっている。

 咄嗟に跳びあがった。

 空中で、高密度ファイアーボールを手づかみにして亜空間ボックスに放り込む。

 最悪は防いだ。

 こいつは生半可な盾ぐらい吹き飛ばすだろう。

 爆発したら少なくとも砦内の半分はやられる。


 だが、これを防ぐのが精いっぱいだった。

 一〇〇発のファイアーボールが着弾。

 高密度を処理した瞬間に魔法障壁を展開したからオレの周囲はマシだが、せいぜい十メートルほどだ。

 かなり多くのファイアーボールが歩兵の盾に着弾し、そして少なくない数が、盾で迎撃されずに地面に着弾した。

 砦内は阿鼻叫喚だ。

 火傷でのたうち回る兵士たち。

 ざっと見て、三〇人は倒れている。

 更に四〇人ほどが呻いている。

 数少ない魔導士まで何人かやられている。


「負傷者は建物内に避難しろ!

 盾は置いていけ!」


 稼働人員が一気に半分になった。


「頼む、援護を!」


 トゥルーミシュが呻くが、敵陣地からはまた呪文の詠唱が聞こえる。

 敵もここが勝負どころと見たのだろう。

 悔しいが正解だ。


 どうする?

 最高速度に引き上げた思考の中で自問する。

 トゥルーミシュを援護するか?

 それとも敵ファイアーボールを迎撃するか?

 両方同時は無理だ。


「ねえ、レニアーガーさんが、魔導隊長だけ、また交代って言ってきたんだけど、僕、何をするの?」


「ゲレト、こっちだ。援護しろ!」


 何とタイジが走って来た。

 即座にトゥルーミシュが呼び寄せる。

 タイジが悲鳴を上げたような気がしたが、・・・まあ、いいだろう。


 タイジがライトニングボルトを撃つ。

 オレも同時に迎撃ファイアーボールを撃ちあげる。

 飛んできた敵ファイアーボールは七〇発ほど。

 全て迎撃した。

 続いて、六〇発。

 恐らくは敵魔導部隊も魔力切れだ。

 妙に小さいファイアーボールが混じっている。

 だが、迎撃をしくじる事はできない。

 数少なくなった味方の盾兵は矢の迎撃だけで手一杯なのだ。

 そう、敵弓兵も復活している。

 砦の中は矢とかボルトとかで満杯、ハリセンボン。

 さっき、あんなに掃除したのに。

 兵力差十倍というのはこれ程きついのか。

 知覚を拡大し、思考速度をかさ上げし、敵ファイアーボールの飛行経路を予測し、迎撃する。

 撃ち漏らしができないのはキツイ。

 十割を迎撃するのは、九割を迎撃する倍以上大変だ。

 気力がすり減っていく。

 敵魔導部隊との根競べになっている。

 敵のファイアーボール数は徐々に減っているが期待したほどではない。


 敵には三〇〇人の魔導士がいる。

 それが交代で撃ってくる。

 しかも、さっきから敵の呪文詠唱が途絶えない。

 多分、ブラフだ。

 オレが詠唱を聞き分けて迎撃しているのに気づいたのだろう。

 呪文詠唱がブラフかそうでないか、確かめるすべはない。

 オレはファイアーボール迎撃に張り付けの状況だ。

 堀の土嚢の上ではトゥルーミシュが頑張っているが、足元がふらついている。

 それを援護するタイジも明らかに限界を超えている。

 歩兵で動いているのは二〇名ぐらいだ。

 全員、盾を持って弓兵や魔導士を守っている。

 味方弓兵で頑張っているのは十名程、魔導士は一桁。

 分隊組織とか班とかはとっくに崩壊していて、その場で見ず知らずの兵士が臨時のチームを作って戦っている。

 戦線はスッカスカ。

 みんな良くやっている。

 なんとか生き残らせてやりたい。

 多分、降伏は無理だ。

 敵の攻撃は明らかに皆殺しを指向している。

 敵の指揮官クラスを結構倒しているから、あちらも引けなくなっているのだろう。


 ファイアーボールが来た。

 迎撃する。

 少し前から、五〇を切っていたからかなり楽になっていたのだが、今回は遂に三〇を下回った。

 敵も限界が近いのだろう。

 まだ、気は抜けないが。

 あれから、『高密度』はこない。

 あちらさんも、アレはそうそう使えないのだろう。

 あんなもん連発されたら世界が滅びるよ。


 ファイアーボール、二六発。

 敵もしぶとい。

 でも、迎撃しない訳にもいかない。

 守備兵が絶滅したら敵兵がなだれ込んできて、負傷者も終わりだ。

 ・・・何時まで続く?

 トゥルーミシュがよろけた。

 敵の剣はかわしたが、盾の殴打をまともに喰らった。

 土嚢の道から転げ落ちる。

 咄嗟に飛び込んで彼女の腕を引っ張り上げる。

 そのまま砦内に放り込んだ。

 地面に叩き付けられたトップスターが呻いている。

 相変わらずのオーバーアクションだ。

 柔な奴なら、肩の関節が外れたかもしれないが、アレなら大丈夫だろう。

 なし崩しで、彼女の代わりに土嚢の上に陣取ることになってしまった。

 取りあえず、『肩掛け三七ミリ』を亜空間ボックスに入れると代わりに剣を構える。

 敵兵が打ちかかって来た。

 フルプレートメールのゴツイ奴。

 トゥルーミシュを殴り倒した奴だ。

 思わず『威圧』してしまったが、敵が止まったのは一瞬だった。


 カナンで使用される兜の多くには目の所に仕掛けが有る。

 安い奴だとガラス状のものだが、高級品だと空間に簡易の魔力障壁が発生するようになっている。

 これは『威圧』対策だ。

『威圧』はポピュラーな技能だから、兵士がいちいち『威圧』されていては戦争にならない。

 そもそも、興奮状態だと『威圧』は効きづらい。

 加えてヘルメットの魔法防壁だから、戦場では『威圧』は使うな、使う意味はないと自護院の授業で教えられる。

 でもオレの『威圧』ならばと思ったのだが、・・・一瞬だった。

 うまく行ったら敵兵全員『威圧』とか考えたのだが、・・・無理だったよ、ママ。

 もっと簡単に行かないのかなぁ、・・・どこかのラノベみたいに。


 オレの剣で相手の剣を打ち払う。

 オレのロングソードだが、以前作成した物は切れすぎるので、殴るタイプに変更した。

 切れるのは切っ先三寸だけであとは刃を付けていない。

 だが、魔力を通せば異様な硬さと強靭さを発揮する。

 敵の剣はあっさりと折れた。

 そのまま二撃目で相手の兜をぶん殴る。

 頭頂部が凹んでふら付いた相手を蹴り飛ばして堀底に落としてやる。

 直後に二人目が突っ込んできた。

 えらいスピードだったので、見様見真似の一本背負いで胸壁の上面に叩きつける。

 そのまま砦内に落ちたが泡を吹いていたから失神しているだろう。

 次は三人同時に来た。

 何時の間にやら土嚢の道幅が広がっている。

 三人が大盾を揃えて、包み込むように抑え付けて来た。

 身動きが取れない。

 上空には敵のファイアーボールが飛んでくる。

 迎撃もできない。

 周囲が全部見える能力も考え物だ。

 絶望まで全部見える。

 と、後ろで誰かが叫んだ。


「歩兵、総員、魔法防御!」


 なんと出戻り第一夫人君だ。

 歩兵を五〇人程率いて走ってくる。

 東側から引き抜いてきたのか?

 あちらも歩兵二個小隊しかいないのに。

 半分引き抜いて大丈夫なのか?

 だが、取りあえずは正解だ。

 飛んできたファイアーボールは十七個。

 五〇名の訓練を受けた兵士なら十分に耐えられる。


 意識を前に戻す。

 胸壁と盾で完全に押し込まれている。

 剣を振るうスペースもない。

 敵の剣が盾の隙間から差し込まれようとしている。

 左手にファイアーボールを出す。

 大型のファイアーボール。

 高圧縮で爆発させないまま、そのまま正面の盾に押し付けた。

 盾の隙間から突き出された切っ先が腹に届く。

 痛てーよ、・・・でも無視して左手の圧力を高める。

 圧縮されたままのファイアーボールが敵の盾を焼き切る。

 ズボっと抜けた左手をそのまま相手の鎧に押し付けて爆発させた。

 自分の左手には魔法障壁を高密度に展開させてある。

 ファイアーボールの爆発力が至近距離で敵兵に炸裂する。

 中央の敵兵が吹っ飛び、両脇の二人もよろけた。

 出来たスペースを使い右側の敵に剣を叩きつける。

 兜を凹ませた敵が土嚢の山を転がり落ちていく。

 三人目は大盾を取り落としていた。

 ファイアーボールの至近距離爆発で左腕をやられたのだろう。

 無防備な腹に剣を叩きつけるとそのまま斜面を滑って行った。

 すかさず残された盾を足でけり上げる。

 空中に浮かび上がった盾にライトニングボルトが炸裂したのは直後だった。


「ウソ!」


 至近距離で魔法を放ってきて、そして驚愕しているのはクテン・ジャニベグ嬢だ。

 さっき倒れていたのに復活したらしい。

 クテン侯爵家の御令嬢が義勇軍参加で最前線ってダメだろう。

 軽く殴って兜を吹っ飛ばす。

 昏倒した彼女の襟首をつかむと敵陣地から顔が良く見えるように持ち上げた。


「捕虜を取ったぞ!」


 突撃しつつあった敵歩兵が止まった。

 敵弓兵の射撃も止まった。

 ジャニベグ嬢、予想通り、結構な有名人だ。

 一瞬の静寂。

 多分、一瞬しか持たないだろう。

 だが、その一瞬が欲しかった。


「魔導部隊、呪文詠唱開始!目標敵陣地!」


 オレの号令に味方魔導士が一斉に詠唱を開始する。

 敵兵士がざわめく。

 だが遅い。

 命令の直後にオレは敵陣に魔法を投入していた。

 亜空間ボックス内に入っていた『高密度ファイアーボール』を。

 流石に自分の魔法じゃないから慎重に扱う必要があったんだよね。

 丁寧に風の外殻を作成してそれを風魔法で打ち出した。

 たっぷり五秒ほどかかったよ。

 威力は凄まじかった。

 盾を構えていた敵兵が盾ごと吹き飛んでいく。

 こっちまで、爆風が来た。

 奥に打ち込んだつもりだったんだが、足りなかったか。


 クテン・ジャニベグ嬢を砦内に放り込んで、盾を拾い上げる。

 いやあ、なかなか。

 続いて、我が方のファイアーボール一斉投擲が着弾。

 まあ、それなりに。

 大爆発に耐えた敵兵が顔を上げた所だったから、味方からはまた歓声が上がった。

 オレは盾の陰で『肩掛け三七ミリ』を取り出す。

『中空弾』を装填。

 下方に向けてぶっ放す。

 土嚢の道は意外と堅い。

 土嚢の袋が厚いのだ。

 恐らくは兵士の魔獣革製ポンチョを流用したのだろう。

 通常型の『地中爆発型ファイアーボール』では弾かれてしまう。

 ゲレト・タイジやトゥルーミシュが土嚢の道を破壊できなかったのはこの所為だろう。

 足元で爆発。

 その直前に飛び上がって胸壁の上に移動する。

 胸壁の上から更に二発。

 三七ミリ利用の地中爆発型ファイアーボール三発でようやっと土嚢の道が崩れてくれた。




 敵の攻撃は完全に停止した。

 負傷者を回収して後退していく。

 そして斜面を下り始めた。

 高地から撤収するらしい。

 後ろで味方が歓声を上げている。

 勝った、勝ったと大騒ぎだ。

 ホントに?

 良く分からんが、みんなに引っ張られたので胸壁から降りる。

 何故か、隣に立ったヅカの男役がオレの手を取って、突き上げて叫んだ。


「我々の勝利だ!」


 兵士たちが満面の笑みで唱和する。

 オレも空気を読んで唱和する。

 いいのかね?


「おい、東側はどうなってる?」


「東側の敵はとっくに引きました。

 だから、こちらに兵を送れたのです」


 出戻り第一夫人君の言葉に確認して見れば、東と南の敵は大きく後退していた。

 再編成を行っていた部隊と共に隘路の南方、森の間に陣地を構築している。

 完全に防衛態勢だ。

 北側では、レトコウ伯爵軍がベーグム師団の左翼、北側に入って来ていた。

 レトコウ伯軍は戦う様子では無く、龍神教軍もレトコウ軍との戦いを避けているように見える。

 ベーグム師団はレトコウ伯軍により楽になった左翼から右翼に兵力を転換している。

 このため、そちらの方面の龍神教の攻勢も頓挫したようだ。

 もう一度、西側を見ると、龍神教軍は既に旧川床から降りていた。

 随分と早い。

 まあ、登るのは大変だけど、降りるのは簡単だからな。

 そして、旧川床の更に西側には進撃してくる軍勢が見える。

 旗は、クロスハウゼン。

 どうやらバフラヴィーはオレ達を見捨てずに助けに来ていたらしい。

 ちょっと遅かったけど、・・・いや、バフラヴィーの部隊が来たから、挟み撃ちを恐れて撤退したのかも知れない。

 何にしても、どうやら、助かったらしい。


「どうやら、生き残ることができたようだな」


 オレの言葉に兵士たちが再び歓声を上げた。




 気付けば、ダナシリやハトンなどの医療班もいる。

 重症者以外、みんな集まっているようだ。

 これって、・・・まあ、何か、挨拶が必要なのだろう。

 仮だけど、オレ、隊長だし。


「皆のおかげで生き残ることができた。

 オレのような若造の臨時隊長の指揮で不安だったと思うが、皆、良くやってくれた。

 改めて礼を言う」


 拍手と歓声が沸く。

 感触は悪くない。


「トゥルーミシュ」


 まずは、プライドも手柄も一番高い奴からだ。


「西側の指揮を任せてたが、予想以上だった。

 土嚢上の一騎打ちは一時間以上やってたんじゃないか?

 良く体力が続いたものだ。

 流石に鍛えられているだけあるな」


「いや、まあな」


 大河ドラマの主役が柄にもなく照れている。


「ただ、戦って打ち払うだけで必死だったから、捕虜を取れなかったのが残念だな」


「あの状況で捕虜までというのは贅沢だろう。

 いったい、何人倒したんだ?」


「そうだな、十人までは数えた。

 多分、その倍は倒した。

 ゲレトの援護が大きかった。

 半分はゲレトの手柄だな」


 トゥルーミシュが指差した先には半ば意識を失ったタイジが地面に大の字になっていた。

 手を引いて上半身だけ起こす。


「タイジ、良くやったな。

 正直、途中でヘタれると思ってたから良い意味で裏切られたよ。

 疑ってすまなかった。

 それにしても、何発、魔法を撃ったんだ?」


「えっ、・・・僕、全然、分かんない」


 気の抜けた返答に周りがどっと笑う。


「いや、・・・だが、ゲレト坊尉の才能は本物ですよ」


 出戻り第一夫人君が真面目な顔で論評する。


「カンナギ上尉は例外として、あんな速度と威力で魔法を連発できる魔導士はそうはいません。

 才能の差を感じますよ」


「少なくとも三〇発、いや四〇発、いやそれ以上撃ったかもしれん。

 全て無詠唱だからな。

 一人前の上級魔導士といってよいのではないか」


「トゥルーミシュ殿、一人前って、並みの上級魔導士じゃないでしょう。

 能力だけなら魔導大隊長レベルですよ」


 友人が褒められるのは自分が褒められるのよりうれしい所が有るな。

 次は、その出戻り第一夫人君に声をかける。


「えーと、レニアーガー殿、戦闘指揮は見事でしたね。

 特に、オレが居ない所での指揮には助かりました。

 そして最後に歩兵小隊を率いてこちらに来てくれたのは素晴らしい判断だった。

 あれが無かったら、かなりヤバかったと思う」


「いや、まあな」


 見た目の年齢はオレよりかなり年上の出戻り第一夫人君が照れたように礼を受け入れてくれた。


「カンナギ殿やゲレト殿には魔法では全く敵わないからな。他の方面で貢献しただけさ」


 その後、トゥルーミシュ以外の三人の歩兵小隊長、ダナシリ達医療班、弓兵、特にロングボウの三人に声をかけて回った。

 まあ、みんな笑顔なのは良いことだ。




 一通り声をかけたところでトゥルーミシュを呼び、耳元で囁く。


「あのお嬢様はどうした?」


「あれは、即刻、建物内の一室にぶち込んで隔離してある。

 私の『服従の首輪』をしてあるから逃げられはしない」


「流石だな」


 あれは、バフラヴィーに引き渡そう。

 小隊長たちの所に戻る。


「トゥルーミシュを中心に何人かで西側の敵陣地跡の処置に向かってくれ。

 敵兵の負傷者が残っているから、それらを捕虜にするんだ。

 レニアーガーは砦の留守番と後片付けを頼む」


 二人が頷く。


「オレは負傷者の処置に入る。

 ハナ、ハトン、ダナシリ、オレの補助だ。

 スタイ、タイジはどうだ?」


 タイジはスタイの膝枕で水を飲ませて貰っている。


「おい、タイジ、そろそろ起きろ。

 寝るにしてもそんなところで寝るな」


 タイジが胡乱な目つきでこちらを見上げる。

 緊張が解けたのだろう。

 しばらく、使えんな、コレ。

 医療班でタイジがいるのといないのとでは大きく違うのだが。

 と、その時、オレの肩に手がかかった。


「任せろ」


 トゥルーミシュはそう言うと、タイジの前に立つ。


「ゲレト、仕事だ。

 とっとと立て。

 立たないとケツの穴にぶち込むぞ!」


 その途端、タイジが文字通り、はね起きた。

 ハイ、・・・・・・?

 今のは、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「良く分からんのだが、ゲレトにはこの言葉での激が非常に効果的なのだ。

 ほら、最初にここまで登ったであろう。

 カンナギが最初に登って、次にゲレトの班が上がることになっていたが、いざとなったら真ん丸にうずくまってしまったのだ。

 だが、この言葉で動くようになった」


 タイジの顔は蒼白だ。


「どうも、ケツ関係の罵倒が効果的でな。

 ケツに突っ込んでやるとか、ケツの穴を使えなくしてやるとか、まあ、そーゆー感じだ」


 おう、そうか。

 タイジの顔に変な汗が浮かんでいる。

 何故だろう、オレも変な汗が出てきた。


 オレは曖昧に頷くと、タイジ達を引き連れて、負傷者達の所に向かう。

 建物に入り、トゥルーミシュの顔が見えなくなったところで、話しかけた。


「タイジ、お前、ひょっとして、トゥルーミシュが怖かったのか?」


 コクコクと頷く。


「ひょっとして、敵よりも、戦いよりも、トゥルーミシュが怖くて、命令に従ってたとか?」


 コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、コク、・・・・・・・・・・・

 無限に肯定されてしまった。


「いや、そこまで怖がることも無いと思うんだが、・・・」


「どーして?

 どーして、キョウスケは平気なの?」


 タイジが両手でオレの胸倉を掴む。


「トゥルーミシュさんは、あの二人の、クロスハウゼン・カラカーニー閣下とライデクラートさんの子供なんだよ!」


 うん、それは、そうなんだけどね。

 オレだって忘れていたわけでは無い。

 その事実は以前から把握していたが、気にしていなかったというか、考えたくなかったというか。

 あの二人の子供だからと言って、『肛門メイス』まで受け継いでるわけじゃない、・・・はずだ。

 ところで、トゥルーミシュが仕込まれた時にもカラカーニー閣下のお尻には棒が生えていたのだろうか?

 ・・・・・・マテ、シバシ。

 何考えてんだ、オレ。

 思考が変な方向に行ってる。


「いや、タイジ、考え過ぎだろう。

 親があーだからと言って、子供がそーだとは限らん」


 地球で聞いたことが有る。

 両親がSM愛好家でも子供がそうなる確率は一般人と大差なかったはずだ。


「キョウスケ、何言ってんだよ!

 子供は親のやってるのを見てやり方を覚えるんだよ!

 トゥルーミシュさんが、『受け継いでる』のは確実なんだよ!」


 そう言えば、こっちの人々は親や親戚の行為を『見学』してやり方を覚えるんだっけ、・・・頭の痛い風習だ。

 じゃあ、なんだ?

 トゥルーミシュはライデクラート隊長から直々に肛門へのメイス挿入方法を教わったと、・・・なんか凄い絵面が浮かんでしまったが、・・・いや、流石に、それは無い、・・・無いと信じたい。

 あの時だって秘密にしておきたかったようだし、『公開』で、子供の前ではやらんだろう、・・・多分、・・・やらないよね?


「僕、戦いで死ぬのも怖いけど、肛門にメイスを突っ込まれて死ぬのは、それだけは、・・・それだけは、絶対にイヤなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 涙と鼻水ぐちゃぐちゃの顔でタイジが絶叫する。

 トラウマが大きいのは分かるけど、タイジのビビリの方向性が理解不能だ。


「あのう」


 横にいたハナが手を挙げた。


「普通ぅ、肛門にぃ、メイスを入れるのはぁ、不可能だと思いますけどぉ?」


 あー、うん、そうだよね。

『現物』を見ないと理解し難いよね。

 人体の脅威、だからね、アレ。


「まあ、一般論としては確かに入らないと思うが、入れられる人も存在しているって話だな」


 ハトン以下の女性陣が全員、キョトンとした顔になる。


「えーと、良く分かりませんけどぉ」


 ハナが、再び話し出す。


「分かりませんけど、私たちはぁ、その『肛門メイス』さんに感謝ですねぇ」


 ハイ?


「だってぇ、今日の戦いでぇ、タイジさんの貢献は凄かったですよぉ。

 タイジさんが臆病なのはみんな知ってましたけどぉ、それがこれだけ頑張れたのはぁ、その『肛門メイス』さんのおかげってことですよねぇ」


 はい?

 あれ?

 いや、・・・。

 確かにタイジの奮闘は予想以上で、それが無ければ勝てなかったぐらいの貢献があった。

 で、タイジが頑張れたのはトゥルーミシュの叱咤のおかげ。

 トゥルーミシュの叱咤が効果的だったのは、タイジがあの夜に『顔射』を二発喰らったからで、・・・。

 いや、ちょっと待て。

 だからと言って、オレたちの勝利が『肛門メイス』のおかげって、それは無いだろう。

 ハナ君、悪気が無くても許されないこともあるのだよ。


「血を吸うのは明日までナシな」


 耳元で囁いてやると、ハナは涙目でヒドイ、ヒドイと抗議し始めた。

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