04-16 バラバラにされるのは悲しいものです
「しっかし、アリレザー殿もカゲシンで師団長やってるだけあるわねー。
まっさか、トゥルーミシュちゃんのこと知ってるとは思わなかったわ」
今現在、オレたちはクロスハウゼン大隊本部で会議中だ。
通算何回目の会議だろう?
「残念ながらしてやられた。
まさか人質を取りに来るとはな」
姉御の指摘に若旦那は沈痛だ。
今から考えればベーグムが最初からトゥルーミシュに狙いを定めていたのは明らかだろう。
「トゥルーミシュ、其方に誰かを付けてやりたいが、付けてやれる者が居ない」
「バフラヴィー様、私の事は気遣いなく」
気丈に言うトゥルーミシュだが、顔色は良くない。
バフラヴィーは諸侯軍と言う名の寄せ集め四個大隊、約五千人を指揮しなければならない。
決定的に指揮官が足りない。
幕僚もいない。
元々急造大隊だったから、四個中隊の内二個しか中隊長が居なかったし、そのうちの一人はカゲシンに使者として帰してしまった。
タージョッと一緒に。
第一歩兵中隊長は、元は大隊長だから十分に優秀だが、逆に言えば彼ぐらいしか頼りになる人間はいない。
つまりバフラヴィーとしては手放すことはできない。
だが、トゥルーミシュを一人で、一個小隊五〇人は付けるとしても、ベーグムの下に行かせるのも苦しい。
「極端な話、トゥルーミシュちゃんと適当な男で既成事実を作っちゃって、ガイラン家の婿にしろとか言われちゃう可能性もあるわね」
「スタンバトア様、それは流石に抵抗します。
仮に薬など盛られて既成事実を作られたとしても私は屈したりはしません」
うん、男前だ。
コイツ、オレの目からはイケメン・ナイスガイにしか見えないんだけど、生物学上は女らしいんだよな。
「そのような噂を流されるだけでも痛手なのだ」
バフラヴィーが年下の叔母に諭す。
「まあ、そこまではせぬとは思う。
ただ、かなり便利に使われるのはあるだろう。
司令部に置かれて、ベーグムの攻勢作戦にクロスハウゼンが賛同した証拠に使われそうだ。
それを避ける手立ては思いつかぬ」
あー、それが最大の狙いだろうな。
でも手籠めって話も可能性は少なくないと思う。
トゥルーミシュも筋肉は相当あるが、マザコン猪には全然かなわない。
つーか、司令部に並んでいたベーグムの親戚筋はみんな猪だった。
猪一族だな。
全員がマザコンかどうかは知らないが。
「あの、よろしければ自分が同行します」
末席からの発言に、皆がオレに向き直る。
「若輩ですが、施薬院講師の資格のおかげでベーグム師団長親子だけでなく、レトコウ伯爵その他の諸侯とも繋がりが出来ました。
そうそう粗略には扱われないと思います。
私がトゥルーミシュ殿の盾に成りましょう」
場がざわめくが言葉は出ない。
反応に困っているという所か。
その中でオレに反論したのはトゥルーミシュ本人だった。
「待て、其方は私より年上だが二歳しか違わないし、自護院に入ったのは私の方が先だ。
其方が私の盾になれるほどの力量が有るとは思えぬ」
「まあ、その通りで、軍事的な話で言えば私とトゥルーミシュ殿では力量は私が下でしょう。
ですが、私は、クロスハウゼン家の親族では有りません。
つまり、私の発言は全てバフラヴィー閣下で上書きできます。
『未熟な連絡士官がいい加減な事を言ってすいません』で終わりです。
対してトゥルーミシュ殿の発言は全てクロスハウゼン家一族の発言として利用されてしまいます」
「ふむ、それは、その通りだな」
バフラヴィーが頷く。
「だが、司令部で其方自身が生贄になる可能性もあるぞ」
まあ、それはあるんだよね。
「それに付いてですが、上級坊尉のままで良いですから臨時で中隊長にしてもらえないでしょうか。
それで、若手の小隊長を何人かと中隊規模の部隊を下さい。
バフラヴィー様が諸侯軍の指揮官にするにはまだ若いと見られる人員を、です。
小隊規模であれば、司令部の一部に組み込まれる可能性が高いですが、中隊規模であれば独立して配置されるのではないかと思います。
ベーグム師団長も連絡部隊の規模が大きくなることに文句は言わないでしょう。
あと、私が中隊長として、トゥルーミシュ殿の上官という形になれば、ベーグム師団とのやり取りは私が行うという名目も立ちます」
「部隊規模が大きくなると、最前線に配置される可能性が出て来るぞ。
戦いを避けられぬ」
「その場合は、逃げてきます」
オレは両手を上げた。
「お願いですからそうなっても怒らないで下さい」
「おい、軍人が簡単に逃げるとか言うな!」
オレの放言にトゥルーミシュが反発する。
「いや、それでいい」
バフラヴィーが苦笑いで答える。
「変に手柄を立てようとかされるより楽だ」
「あー、うん、良いかもしれないわね」
姉御はニコニコとこちらを見ている。
「キョウスケの医療技術がこちらで使えないのは痛手だけど、トゥルーミシュちゃんをタダで差し出すよりはずっといいわね」
彼女の発言が決め手になり、オレは臨時中隊長になった。
もっと他の指揮官から反発が出ると思ったのだが、すんなり決まった。
何でだろ?
「其方が志願してくれて助かった」
会議が終わってオレとトゥルーミシュだけが残るとバフラヴィーが言った。
「私もトゥルーミシュと送るとしたら其方だと思ったが、新参の其方の名前を出すのは躊躇ってな」
「意外と反発が無くてびっくりしました」
「内心、やっかみは有るでしょ」
姉御が言った。
「貧乏くじだから誰も志願したくなかっただけよ」
「タージョッの件など、お世話になりましたからトゥルーミシュ殿の盾の役割は全うしたいと思います」
タージョッの借りを返すって事は言っとかないとね。
少しでも返しておかないと負債で首が回らなくなりそうだからな。
「しかし、ベーグム家は何がどうあっても戦争をしたいようですね。
あと、ベーグム息子殿はバフラヴィー様に何か遺恨でも有るのでしょうか?
尋常でなく意識されているように思いましたが」
「ニフナレザー殿と私は年が近い上に立場も似ている。
昔から比較されてきたのが実情だ」
二人は二歳違いだ。
確かに比較されて意識するのは有るだろうな。
「特に、先日の武芸大会の件がある」
はい?
「私は三年前、十八歳の時に武芸大会に優勝している」
あー、そうなんだ。
「ニフナレザー殿は昨年十八歳で出場し、センフルールのシノノワールに決勝で敗れた。
雪辱を期して出場した今年もシマクリールに敗北した」
えーと、あー、そうか。
決勝でシマに負けた少僧正家の御子息ってマザコン猪の事だったのか。
いやー、これは仕方ないよな。
フルフェイスの兜被ってたから、オレ顔見てないもん。
「トーナメント表に名前が載っていました」
ハトン君、そこ、指摘しなくていいから。
まるでオレが知らなかったように聞こえるじゃないか。
何かな、みんな、その、残念な子を見るような目つきは。
「あー、昨年の敗北はまだ良かったのだ」
バフラヴィーが咳払いして言葉を続ける。
「シノノワールの魔法は見事だった。
あれでは仕方がないと皆が納得した。
そして、ニフナレザー殿はまだ十八歳。
来年が有った。
だが、今年の敗北は悲惨だった。
まさか正面からの叩きあいで剣を折られ、兜を破壊され、昏倒させられるとはな」
そー言えば、オレ、決勝戦、見てなかったな。
フロンクハイトの治療中だったから。
言われてみればかわいそう、・・・かもしれない。
シマの体重はマザコン猪の半分だ。
しかもシマは十六歳。
三歳年下に圧倒的な体格差があってパワー負けとは惨めだろう。
「シマクリールが持ち出したセンフルール伝来の宝剣が凄いという話も有ったが、それを言えばニフナレザー殿もベーグム家伝来の剣と防具で戦ったのだ。
それで負けた上に、家宝の剣と兜を破壊された」
シマの『エクスカリバーもどき』は切れ味が良すぎるからコーティングして切れなくして使ったらしいが、・・・それでも硬いからな、アレ。
見た目は極端に細いから、アレで自分の剣が折られるとは思わないだろう。
それで打ち合っちゃって折られちゃった訳だ。
「年齢制限で来年は武芸大会には出られない。
かなり鬱屈しているとの話を聞いている」
そりゃ、鬱屈するというか、ライバルに当たりたくもなるか。
バフラヴィーにとっては迷惑な話だろう。
「それで、今回の戦いで汚名挽回って事ですか?」
オレの言葉に姉御がニヤっとして続ける。
「あー、戦いたいっていうのは、別にニフナレザーだけじゃなくて、ベーグム師団の大半がそうよ。
だから彼だけって訳じゃないわ」
「そう言えば、ベーグム師団、妙に士気が高いですもんね」
「あー、其方ら、汚名は挽回するものではないと思うが?」
バフラヴィーがおずおずと口を出す。
「ありがとうございます」
「ダメよ、バフラヴィー。
この子、分かっててボケてきてるから。
こーゆー場合は正しくスルーしてあげないと」
「スタンバトア様、なんと、残酷なことを!」
「あー、話を戻すとだ」
何故か疲れた表情を見せる若旦那。
「一般論として、軍隊というか一般兵士は戦いを望む物だ。
貧民階級の兵士たちは軍で手柄を立てて出世しようと目論む者が多い。
戦いが無ければ手柄も立てられぬ。
更に、遠隔地に出征するだけで一般の兵士には経済的に大きな負担になる。
出征を黒字にしたいという話が有るのだ」
ああ、戦地の略奪という奴だな。
中世の軍隊ではこれ目当ての兵士が大半だ、・・・けどね。
「今回の出征はカゲシン宗家からの依頼で特別に手当てが出ると聞いていましたが?
昨年は戦っていないのですよね?」
バフラヴィーが遠い目になった。
「手当は出るが、正直、バケツの中の一滴だ。
昨年は、兵士を宥めるのが大変だった。
宗主猊下直々に頼まれたから仕方がないのだが、今年も繰り返すのかと、皆、頭を抱えていたのが正直なところだ。
祖父が急病になって助かったという話はある」
ああ、クロスハウゼン師団があっさりと出征を譲ったのは、そーゆー事だったのね。
「あと、ついでだから話しておくが、ベーグムが戦いを望むのにはもう一つ理由がある。
思想的な物だ。
ベーグム家にはニクスズ派が多いのだ」
あれか、ちょっとだけ聞いたことが有る。
「えーと、確か、マリセア正教内の原理主義というか正統派ですよね。
ニフナニクス様の時代に戻ろうとか言う」
「そうだ。
ニフナニクス様により再興された帝国を至高の物と規定し、社会をその時代に戻すことを目的とする。
マリセア正教の聖典を一語一句文字通りに解釈し、それに沿って普段の生活も行う」
「セックスというか風紀にも厳しいと聞いています。
ベーグム師団長は真逆なように感じますが?」
「まあ、あの人は、良くも悪くもニクスズ派とは言い難いな」
バフラヴィーが苦笑いする。
「だが、第一正夫人のチュルパマリク殿とその子供であるニフナレザー殿は強固なニクスズ派と聞く。
家臣にも多い」
「つまり、龍神教には容赦しないと」
「異教徒は殲滅すべきという思想だな」
「レトコウ伯爵の祖父の代までこの地域は龍神教徒の自治が黙認されてきたと聞きました。
それってニフナニクス様が許容したんじゃないですか?」
「私も、そう思う」
「だったら、・・・」
「ニクスズ派では、龍神教はニフナニクス様が一旦退治したが、マリセア正教の衰退により復活してしまった、という話になっている」
正統派ね、オレこっちに来てから結構、不信心な発言多かったよな。
これからは気を付けよう。
それにしてもレトコウ伯爵がニクスズ派でなくて良かった。
部隊の仕分けはサクサクと進んだ。
バフラヴィーは、比較的経験がある歩兵小隊長四人を選抜し、彼らを配下の小隊ごと諸侯軍の大隊に派遣した。
バフラヴィーの手元には魔導二個小隊と騎兵二個小隊が直率として残る。
第一歩兵中隊長と歩兵中隊本部は手元に置いて幕僚として使うようだ。
バフラヴィーは小一時間で部隊仕分けを行い、あっという間に新しい陣地に移って行った。
クロスハウゼン大隊の残りの歩兵四個小隊、魔導二個小隊、騎兵二個小隊がオレの旗下につけられた。
二個中隊規模というか半個大隊と言うべきか、指揮官の質は兎も角、数はかなり多い。
トゥルーミシュが心配なのだろう。
隊長はオレで副長がトゥルーミシュとなる。
オレが隊長をしていた第三魔導小隊はタイジに引き継がせた。
だから、また、マリモになるなよ。
お前、精神面以外は十分、能力は有るんだから。
え、精神面が最大の問題だろうって?
分かってるよ。
でもハナに頼むわけにも行かないし、そもそもハナも精神的にどうなんだろうって感じだし。
あ、ハナが月の民だってことはバフラヴィーには了解を取っている。
許可は取っているのだが、彼女の素性は可能な限り隠蔽する話になっている。
それよりも、正直、オレ自身が大変だ。
成り行きとはいえ、約五百人の隊長だよ。
医学部一個の学生ぐらいいるよ。
大丈夫かな、オレ。
ものすごーーーーーーーく不安だ。
不安だけど、堂々としてないとダメなんだろうな、こーゆーのって。
「大丈夫だ。実質は私が仕切ってやるから心配するな」
何故か、トゥルーミシュは張り切っている。
これも不安だ。
翌日、夜明けと共にベーグム師団司令部に挨拶に行った。
勿論、オレだけ、・・・厳密に言えばオレと従者のハトンとハナに護衛の歩兵一個分隊。
トゥルーミシュはお留守番だ。
「まあ、私に会いたくて連絡将校に志願したのね」
いや、奥様、のっけからそれですか。
マザコン息子がものすごい顔で睨んでいる。
それにしても旦那は完全スルーだ。
良く分からんが、ロリコン師団長は普通に事務的にオレに質問してきた。
部隊規模と内容を確認された後に、退出を許される。
「夜になったら私の所に連絡にいらっしゃい」
退出時にまた、声をかけられてしまう。
これ、どーしたらいいんだろう?
曖昧な笑みで逃げだしたら、司令部を出たところでマザコン子猪に捕まった。
「其方、母上に媚びを売り続けるとはどういう了見だ!」
「いえ、四〇越えのご夫人には、全然、興味ないですから」
まずい、つい本音が。
「貴様、母上では不満だとでも言うのか!」
・・・どっちだよ。
「いえ、私のような下賤の者がベーグム家の奥様に誘われる筈が有りませんし、仮に誘われたとしても一時的な気の迷いと思いますので、気にせず引き下がることにしております。
奥様と関係するような恐れ多い事をする気は毛頭有りません」
「だったら、母上にそのような言葉をかけさせないように其方が注意すべきであろう!」
・・・どーしろつーねん。
それからマザコン子猪の独演会になった。
彼が喚き続けることを纏めると、だ。
親愛なる母上様は、敬虔なるニクスズ派のマリセア正教信徒であり、以前は自宅内に閉じこもり信仰の日々を送っていた。
唯一にして最大の楽しみは息子の成長であり、彼女の全ての愛情は嫡男に注がれていたのだという。
ところが、一か月ちょっと前から、妙に外出が多くなり、やたらと愛人を募るようになってしまった。
息子に対する愛情は、変わっていない、・・・とマザコン本人は言うが、息子と接する時間が激減したこともあり、目に見えて愛情表現頻度は低下しているのだという。
「丁度、顎の脂肪腫の手術の後あたりだと思いますけど」
ハトンの指摘に頭痛が痛くなる。
「えーと、私はベーグム夫人の、顎にあった脂肪腫を手術で取り除いて、手術痕を整復しただけです。
それはいけない事だったのでしょうか?」
だからさ、少しは冷静になってよね。
「母上の顔を奇麗にした功績は認める」
うむうむ。
「だが、同時に母上の精神に異常をもたらした責任も其方にある!」
だーかーらー。
「あれは公開手術でした。
私がベーグム夫人の頭の中にメスを入れていないことは、見学者の方々が証言してくれるものと考えます」
「貴様、衆人環視の中で母上に害を与えたのか?」
いや、・・・・・・・・・・・これってオレのせいなのか?
確かに手術したのはオレだけどさ。
良く見れば、マザコン猪の従者たちも微妙な表情だ。
「手術で顔が奇麗になってはっちゃけちゃったんですねぇ」
ハナ君、真実を相手に聞こえる音量で話してはいけない。
「そんなことが有るかーーーーーーー!
母上は敬虔なマリセアの正しき教えの徒なのだぞ!」
敬虔なマリセアの正しき教えの徒って、過去形だと思うけど、・・・言ったら怒るよな。
激高したマザコンの後ろではその従者たちが目線で頼むから謝れ、謝ってくれとうながしてくる。
うん、まあ、仕方ないか。
「閣下、自分としましては、ベーグム御母堂から関心を頂いている事は大変名誉な事と考えますが、自分には身に余るものとも考えております。
つきましては、可能な限りベーグム師団長ご夫人の目に留まらないよう気をつけたいと考えます。
本官の部隊に対する命令に付きましてはニフナレザー閣下から頂く形にして頂けると有難いと愚考いたします」
それだけ言うと、オレはマッハでその場を後にした。
後ろではマザコン猪が吠えていたが、側近たちが宥めてくれたようで、オレへの追撃は無かった。
主体となっていたのはオレと同年齢ぐらいの男だったが、いい奴かも知れない。
しかし、・・・予想以上に前途多難になっている気がするのは、オレの気のせい、・・・多分、気のせい、・・・ずっと気のせい、・・・き〇とやのチーズタルトが食べたい。
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