04-13 埋めるためには掘らねばならぬ
タージョッが去って、オレのテントはとっても平和になった。
・・・やっぱ、バフラヴィーに感謝しとくべきかね。
タージョッもなあ、悪い子じゃないんだけど、夜の生活が辛すぎる。
ハトンは『ごっくん』だけで満足してくれるし、ワリーとかシャーリはオレの体液が付いた指でマッサージするだけでOK。
対して、タージョッは『中出し』を要求してくるからなぁ。
毎回、タイトロープを渡らされる気分。
正直、彼女との行為は恐怖だ。
特にこの数日は毎日、強制されてたから、ストレスマックスだった。
このままだと、何時かは失敗して、彼女は寝たきり全介護になるだろう。
でも『中出し』が多くなり過ぎたら危険とか言っても誰も信じてくれないよね。
何とか、穏便に別れられないものか。
まあ、それはともかくとして、翌日から、オレはマラリア対策班主任としての活動を開始した。
「そーゆーことで、まずは湿地を埋めましょう」
オレの提言にレトコウ伯爵が目を白黒させる。
「待て、何を言っているのか分からん。何故、湿地なのだ?」
ふむ、いきなり過ぎたか。
基本的な教養の差が大きいな。
「病気の治療ですが、薬以前の問題も大きいのです。
清潔な環境と充分な栄養というやつですね。
湿地ですが、現在はマラリア原虫を宿した蚊が大量発生しています。
これを退治するには湿地を埋めてしまうしか有りません」
「それは、無理だ」
伯爵が断言する。
「理由は二つある。
まず、あの湿地というか窪地は川の流路なのだ。
現在は龍神教が川の分岐点を制圧してこちらに水を流さないようにしているが、元は水が流れていた場所だ。
あれを埋め立ててしまえば、交渉がまとまっても水を流す流路が無くなる。
もう一つは、水源としての問題だ。
ここらには白龍川以外の水源は無い。
我が軍はあの湿地の水を水源として使用している」
あの湿地の水を飲んでるのかよ。
そりゃ魔法で水を作るにも限りは有るけどさ。
ボウフラだらけの腐った水だぞ。
こちらの衛生概念には付いていけん。
「分かりました。
まずは清潔な水の確保から始めましょう。
井戸といいますか、探せば結構水が出るのではないかと思います」
「まて、川があるのに何故に井戸を掘らねばならぬのだ」
いや、現時点で川は無いし、水も無いんだから調達する方法を考えようよ。
「我々は川の水利権を争っている。
他の手段で水を調達するのは負けを認める事と同じだ」
「それはそうなのかも知れませんが、患者治療のためには清潔な水が必要です。
でなければ死者は増える一方でしょう。
そもそも、あのように不潔な水を飲むのは負けを認めるのと同義では有りませんか?」
レトコウ伯爵は不承不承だが、水を探すことは認めてくれた。
「だが、水が出るのか?」
「見たところ、ここは扇状地のようですから、探せば湧き水が見つかると思うのです。
無くても掘れば良いかと」
「うん、センジョウチとはなんだ?」
伯爵もその側近たちも知らないらしい。
ついでに、クロスハウゼン夫妻も知らなそうだ。
そー言えばカゲシン学問所の初級中級では無かったかな。
「白龍川は、天井川を形成するぐらいだから土砂の量が多いのでしょう。
ここら一帯は白龍川が運んだ土砂で作られた扇状地だと思います。
白龍川の水量は徐々に減っているという話でした。
その減った水がどこに行ったのかって話でもあります」
何故か、扇状地について説明する羽目に陥るオレ。
これ中学ぐらいで習った話だよね。
義務教育って偉大だ。
「水の通りが良い地層になっていて、伏流水、つまり地下水が多いって事?」
姉御の理解が速そうだ。
レトコウ伯爵は良く分かって無さそうだが、探索と試掘の許可は貰う。
この辺りの地形に詳しい者を手配してもらい、早速、調査に出る。
紹介された現地に詳しい老人、・・・会って見れば五〇代の男性とその妻たちだった。
この世界では五〇超って老人なんだね。
聞けば明らかな湧水は無いらしい。
初日の上陸時点で感じていたのだが、ゴルダナ河とドラゴン河の間の地龍回廊西部は標高が高いように思う。
ゴルダナ河の北岸と南岸で数メートル違う。
扇状地がゴルダナ河まで達しているとしたら白龍川の伏流水はそのままゴルダナ河に流れ込んでいるのかもしれない。
案内人に「段差の大きい所」を案内してもらう。
西側から順番に見まわったが、白龍川の分岐点から北東方向に真っ直ぐの地点で有望そうな段差を発見した。
辺りを丹念に計測して見ると、・・・うん、ここ、恐らく、昔の川床だ。
段差の底で地中を探る。
医療で使うマナ・エコーの応用だ。
大地が相手だから、医療用の千倍ぐらいの出力でやってみた。
・・・我ながら、ものすごおく大雑把な調査だ。
ぶっつけ本番でやるもんじゃない。
実用化の前に気づけよ、オレ。
何で地中調査が出来ると思い込んでいたのかな?
それでも、地中八~九メートルで反応が変わるのは分った。
取りあえず掘ってみる。
一人、魔法で垂直に掘っていく。
実はカナンの魔法において『念力』に類するものは無い。マナ、魔法素子を操っているので、密度の高い物質はマナが浸透しないので動かせない。
土の場合は、土にマナを浸透させてそれを動かすという形になる。
つまり、常人の数倍はマナパワーがありそうなオレでも土を動かすのは大変なのだ。
取りあえず五〇センチ四方の四角形の穴を垂直に掘っていく事にした。
厚さ一センチぐらいまでマナを浸透させて、その部分を動かして横に積み上げる。
積み上げたら、次の一センチにマナを浸透させて、という感じで順に掘っていく。
土の流れを見ていると垂直ベルトコンベアーみたいな感じだな。
傍から見ればオレはただ突っ立っているだけで、足元の土がどんどん下がっていくように見えるだろう。
何回かやっていたら慣れて来たのでスピードもアップする。
「土掘り、うまいんですねぇー」
ハナが感心していた。
なんか嬉しくなって、更にスピードアップしたが、深くなると効率が低下した。
当たり前だが土砂の移動距離が長くなり、時間も長くなる。
うん、メンドイ。
メンドイけど頑張って掘る。
気が付けば、身長を超えていた。
光が届かなくなった。
視界を赤外線主体に切り替える。
上からハトンが心配そうに声をかけてくるが問題無いと返事して作業を進める。
・・・ハナは面白がってるな。
八メートルぐらいで、やっと水が出た。
チョロチョロだが。
だが、もう一メートル掘ったら結構な水量に成った。
取りあえず、成功かね。
壁面を蹴って上に上がる。
案内人に水が出たことを告げ、お偉方を引っ張ってくるように命じる。
オレはそのまま、現地で作業を続けることにした。
水に潜って頑張って、更に一メートル程掘ったら水量が増えた。
深さは十分ということで、穴を横に広げ同時に壁面を固めていく事にする。
地表に戻って、池の位置と大きさを大雑把に決めた。
どれぐらい掘ればいいのか分からんが、取りあえず直径一〇〇メートルぐらいで考えよう。
ざっと外周に線を引き、それに沿って掘っていく。
七メートルぐらいの水が出ない深さまで全体に掘って、それから底を一気に掘る計画だ。
浅い所はハナとハトンにも掘らせる。
速度はハナでもオレの十分の一以下だ。
ハトンは更に遅いが思ったほど差はない。
地道に掘る、掘る、掘る。
・・・みんな、来ないな。
三時間ほどしてようやくお偉方が到着。
もう昼過ぎだよ。
やって来たのは、レトコウ伯爵とクロスハウゼン若夫妻、そしてゲレト・タイジ御一行。
昼飯を食べながら報告する。
昼食はオレが提供した。
招待した者の義務だからな。
亜空間ボックスから出した食材をハナに調理させた。
色々な具材のサンドイッチ。
オレ的には素晴らしい出来と思ったのだが、・・・全員スルーでした。
ハナが微妙に不機嫌に。
後で機嫌を取ってやらねばならないのだろうか?
「試しにという話だったが、結構な水量だな」
レトコウ伯爵が、食事はそっちのけで、湧き水、というか、ため池を見て感嘆する。
現在のため池は直径五メートルほどだが、既に水が池からあふれ出しそうだ。
「水路を掘削する必要が有るな」
「先に池を完成させたいのですが」
バフラヴィーの提案に優先順位を意見する。
「兵士を使いたいのか?許可するから、手配するが良い」
「いえ、急ぎなので、魔法でやってはどうかと思いまして。
マラリア患者救済のためには一日一時間を争います」
「なるほど、魔導部隊の使用許可が欲しいのか?」
「魔力量の多い者を集めて一気にやったら更に早いと思うのです」
「うん、どういう意味だ?」
素で分かっていないらしい。
「ここの四人で出来る所までやってしまうのが早いと思います」
「待て、その四人というのは、私も入るのか?」
こちらの高位魔導士は、土木作業とかしないからな。
全てのマナは戦闘のため、なのだ。
「はい、閣下夫妻と、ゲレト・タイジと私の四人です」
「え゛、私も入るの?」
姉御が愕然とした音声を発する。
「頑張れば、レトコウ伯爵から大変に感謝されますよ」
「・・・とっておきの酒を提供しよう」
伯爵の言葉に若旦那の顔が渋くなる。
「其方、上の者を平気で使うのだな」
「最善を考慮しただけです」
「私、穴掘りなんてしたこと無いんだけど」
「何事も初めてはあります。
覚えておけば野外で風呂を作るのが早くなりますよ」
・・・ちなみにタイジとその一行はまた『マリモ』に成っていた。
何かおびえる事、あったかね?
善は急げと、そのまま穴掘りを開始する。
「ねえ、池を垂直に掘るのは危険じゃない?
斜めに段々深くなるようにすべきだと思うわ」
ごもっとも。
姉御の意見を入れて設計を変更する。
辺縁部を斜めにすると池の直径も広がり三〇〇メートルぐらいになってしまった。
「土は、いちいち運び出すのではなく、その場で圧縮していく方が良い。
戦場で急遽陣地を掘る時の基本だな。
圧縮した壁面が硬くなるから堀にした場合は敵が登り辛くなる。
水漏れを防ぐのにも良い」
成る程、色々と参考になるな。
「流石は年の功ですね」
「私はまだ二〇を超えたばかりだぞ」
そー言えばそうだった。
こちらの人間って、社会的経験とか責任の重さと言うか、平均的に落ち着いているから、かなり年上に感じるんだよね。
しかし、メイスおじいちゃんは、確か六〇前だったはずだが、それで嫡孫が二〇過ぎか。
結婚も早いからな。
ところで、怒られてもいないのに、またマリモになってるのがいるんだが、・・・。
ビビリは惑星を超えるな。
なんだかんだ言っても、トップクラスの魔導士が四人いれば仕事も早い。
夕方にはなんとかため池は完成となった。
まあ、仮、だが。
ここまでやれば、水路の方はレトコウ伯爵が何とかしてくれるだろう。
つーか、気が付けば既に作業は始まっていた。
オレ達が作業している傍らで伯爵は部下を呼んで水路の掘削を開始していたのだ。
大隊単位で兵士を動員したらしい。
・・・明らかに前線から引き抜いてますよね。
悪くないけど。
「水路はどこに繋げるのですか?」
「北白龍川の川床だな。
それで、レトコウまで水が届くだろう」
「取りあえずは、それで良いでしょうが、将来的には水漏れしないように圧縮レンガか何かで水路を作った方が良いと思います。
この辺りの地質は水が浸み込みやすいですから」
「そうは言うが、それだけの人手も無いし予算も無い」
「今なら動員している軍を使用できますから早いのでは有りませんか?
一個大隊と言わず、全軍使っちゃっても良いんじゃないかと。
閣下は龍神教と戦う意図は無いと思いますし」
レトコウ伯爵は呆気に取られたようだった。
・・・そんな拙いこと言ったかな?
「いや、それは流石にできん」
「ベーグム閣下との兼ね合いですか?」
オレの言葉に伯爵さまは口をパクパクさせていたが、ややあって、声を張り上げた。
「バフラヴィー殿、ちょっと来てくれ。
其方の部下が無茶を言っている」
若旦那が半眼でやって来る。
何故かワクワク顔の姉御も一緒だ。
何故か睨まれているので、最初から説明する。
「この湧水は結構な水量ですから、当座は軍のために使用するとしても、将来的にはレトコウ市の飲み水として活用した方が良いでしょう。
その場合、地質が悪いですから、新たにきちんとした漏水しない水路を建設すべきでしょう。
幸いにも軍がここに居ます。
対陣だけでただ飯を食わせておくよりも水路建設に動員した方が経済的です。
ベーグム閣下に言い訳し辛いのでしたら、蚊が多い湿地帯からまだ感染していない兵士を遠ざける、という建前も使えます」
胡乱な顔つきで見つめ合う伯爵と若旦那。
ケタケタ笑い出す姉御。
「あー、龍神教側が攻めて来るという可能性も有るだろう」
「伯爵がクテン侯爵に頭を下げに使者を出してる状況で龍神教が攻めて来る訳無いでしょ」
姉御はノリノリだ。
「体裁として前線を維持したいのでしたら、前線に残した兵士は湿地の埋め立てに使用すればよいかと」
「体裁と言い切るのか」
バフラヴィーも伯爵も顔が更に渋くなるが反論はしてこない。
「それにしても其方はどうしても湿地を埋め立てたいのだな」
「マラリアの感染拡大阻止には必須です。
飲み水が出たのですから、湿地の水を飲む必要は無いでしょう」
伯爵は踏ん切りがつかないらしい。
「交渉で水を分けてもらえると決まれば、それから掘り直せばよいかと」
「川が無くなれば、それは水がいらない証拠だと言われる」
ふむ、貴族の面子の問題は大きいのだな。
「この辺りを回って気付いたのですが、あちこちに畑や果樹園の跡がありますね。
この辺りは無人地帯と聞きましたが、以前の住民はどこに行ったのですか?」
「ああ、それは、・・・」
レトコウ伯爵は更に困った顔になった。
「その住民は、今は白龍川の南側に居る」
「えーと、昔、この辺りには龍神教徒が住んでいた、という事ですか?」
伯爵は答えない。
「この子、ネディーアールのお気に入りなのよ」
姉御が口をはさむ。
「知恵は回るみたいだから、伯爵さまも色々と話してみてはどうかしら」
若旦那が、自分も話を聞くと言ったこともあり、伯爵はポツポツと話し始めた。
「レトコウ家は一度断絶した家でな。
時のカゲシン宗主の弟が入り婿として跡を継いだ。
それが私の祖父になる」
へーそうなんだ。
クロスハウゼン夫妻の様子などから察するに、こーゆー話って結構あるんだろうな。
「その時点でレトコウ家は伯爵家として大きな家では無かった。
そこで、カゲシン宗家が介入し、近隣の小領主がレトコウ家の被官として組み込まれた。
更に、所有が曖昧だった土地や係争地の一部がレトコウ家の物とされた。
その中で、最大だったのがここ地龍回廊だ」
「龍神教徒がいたのに、ということですか?」
「龍神教は、マリセアの正しき教えの徒ではない。
カゲシンの書類では、地龍回廊西部は領主のいない無主の土地と記載されていたわけだ」
「かなり揉めたと聞いています。
龍神教徒は帝国臣民だと主張したと」
バフラヴィーが静かに言った。
「当時は牙族との関係も悪くなかったと聞いている。
戦争が途絶えていたから各地の一旗組が飢えていたらしい。
カゲシンが『異教徒討伐』を掲げて兵を募ったところ、あっという間に大軍が編成されたそうだ。
龍神教はあっという間に打ち破られ、地龍回廊には各地から入植者が集まり龍神教の畑を接収して入植した。
誰もが最高にうまく行った、と思った」
「だが、龍神教は諦めなかった」
「そうだ。
地龍山脈に籠った龍神教徒は不定期に山から出撃しては新しい住民を襲った。
カゲシンの軍隊も諸侯の軍隊も永遠に駐屯し続けることはできない。
新しい住民たちは当初は自警団を作って対抗したが、それでは農作業もできない。
決定的だったのは、龍神教側が白龍川を堰き止めて水をため、一気に流して洪水を起こしたことだ。
麦の収穫の大半がダメになったという。
結局、新しい住民で一年持った者は半数にも満たず、二年後にはほぼゼロになった」
故郷を追われたのは龍神教側も同じだから、双方、被害は甚大だったんだろうな。
「龍神教を根絶させるのは無理だったんですね?」
「それは当然、考慮された。
聞いたところでは、地龍寺院を制圧し幹部を皆殺しにしようとしたが果たせなかったようだ。
地形も厳しいが強力な魔導士を雇い入れていたらしい」
それ、どんな人だったのかね。
「最終的に、祖父は龍神教との和議を選択した。
この時に仲裁に入ったのがクロスハウゼンの先代だ。
現在のカラカーニー閣下の父親になる。
クロスハウゼン家は最初の龍神教討伐に参加していなかったから、彼らも受け入れたのだ」
「その時には既に白龍川は旧川床を流れてはいなかったのですね?」
「その通りだ。
既に水の問題は大きくなっていた。
仲裁の結果として、白龍川旧川床の線の南側を事実上の龍神教徒の支配地として譲り渡すことになった。
その範囲内であれば信教も不問とするという約束だ」
「北側は伯爵家の領域というわけですね」
「書類上は、全て我が家の領域だ」
伯爵は渋い顔で語る。
「南側については黙認している、というだけだな」
「北側に新たな入植者は入れなかったのですか?」
「募集したが入らなかった。
龍神教の者にも、マリセア正教に改宗すれば耕作を許すと言ってあるが、これも反応が無い」
「悲惨な戦いの後ですものね。
誰も入らないのは分かります」
「大々的に入植して、全てを失って逃れていった者が大勢いたからな。
しばらくは無理だろうと祖父も諦めたらしい。
何年か経てばと考えていたが、白龍川の水分配問題が悪化して、新たな入植者に回す水など無い状況となってしまった」
「昨年、クロスハウゼン師団が仲裁に当たったのは、過去の流れということですか?」
「実はカラカーニー閣下は最初の仲裁に参加しているのだ。
当時、成人したてだったと聞くが、父親と共に参加し仲裁人の補佐として署名もしている。
龍神教側が受け入れる数少ないカゲシン貴族だ」
確執は有るが、龍神教側もレトコウ伯爵と完全な断絶は望んでいないと見ていいかな。
「伯爵閣下は昨年の合意の継続を望んでおられるとのお話でしたが、それで宜しいですか?」
「うむ」
「元の話としてはレトコウ市その他の飲料水の問題とお聞きしましたが、それだけであれば、ここの湧水でほぼ補えると思います。
白龍川の水を北側にも流せというのは、貴族の面子の問題でしょうか?」
「ああ、貴族の面子というのは、色々な意味を含むのだ」
バフラヴィーが口をはさむ。
「其方は理解していないだろうが、伯爵としては領地に異教徒を放置しているだけでも、政治的にはかなりのリスクだ。
更に異教徒に譲歩を重ねると知れ渡れば、マリセアの正しき教えの徒としては大きな問題となる」
「クテン侯爵やジャロレーク伯爵は龍神教と友好的と聞きました。
他の貴族からという意味ですか?」
「特に、カゲシン在住の宗教貴族からの追及が大きい。
私は諸侯としては伯爵だが、カゲシン貴族として少僧正の位階を持っているのだ」
おお、そうだったのか。
カゲシン貴族の『僧侶位階』は領地を持たない貴族って意味と考えていたが、色々とあるんだな。
レトコウ伯爵家はカゲシン宗家の傍流で少僧正家でもあると。
少僧正は諸侯では侯爵扱いだったはず、・・・複雑だ。
「私が弱腰な対応をすれば私自身の貴族としての資質が問われかねない。
龍神教に対して再度、大規模な折伏戦争という話にもなりかねぬ」
そうかー、面倒なのは龍神教だけじゃないんだな。
「えーと、補足の質問です。
現在の龍神教徒は伯爵様の領地に不法滞在の状況ですが、税金は払っているのですか?」
「名目的にはな、実質はゼロだ」
レトコウ伯爵はお手上げと言う感じで両手を上げた。
「龍神教は地龍寺院に税金を納めている。
取りに来れば払うと言っているがマリセア正教の官吏は異教の寺院には入れん」
うわー、ホントに頭の痛い状況だ。
どうすんだ、コレ。
勝手に住み着いて税金も払わない異教徒集団か。
「あー、だったら、ですね。
最終手段、ですが、・・・龍神教徒を、少なくともその一部を伯爵さまの家来にしてしまうのはどうでしょう」
みんな、きょとんとしてしまった。
「伯爵は家来を準男爵や騎士爵に叙任できるのですよね。
準男爵や騎士爵に叙任された者は領地を与えられる」
「私に龍神教徒に対して土地を与えろと言うのか?
どこの土地を与えるというのだ!」
「ここ、白龍川の北側の土地です」
「北側の土地まで与えろと言うのか?
其方、何を言い出す。
そもそも、こんな荒れ地を誰が欲しがるというのだ」
「無人の荒れ地なんだから、良いじゃないですか」
「それでも我が家の土地だ。
更なる領土割譲はカゲシンの坊主でなくても認める事はできん。
そもそも、何のために土地を与えるというのだ」
「ああ、そうか。
北側に水を流させるために龍神教徒をここに移住させるということだな」
バフラヴィーが先に気付いたらしい。
「レトコウ市の水は、この湧水で確保する。
白龍川の水は龍神教徒の間で分配させる。
ただ、対外的には北側に水が流れないのは困る。
だから、龍神教徒の一部をここに移住させて、彼らの間で水の分配を議論してもらうと。
そういうことか」
「そうです。
龍神教徒、その一部で良いですから伯爵さまの叙任を受けてもらう。
対外的には龍神教徒の一部に伯爵さまの権威を認めさせたと宣伝すればよいでしょう。
改宗はこれから徐々に行う、という事にします」
「カゲシンから突っ込まれたら、以前よりはマシな状態と開き直るってことかしら?」
姉御がクスクスと笑う。
「キョウスケって信仰心全然ないわね」
「いえ、全然無いって事は有りません。
地域の治安を改善することはマリセアの精霊の為でしょう」
「うん、そーゆー事にしといてあげるわ」
「だが、龍神教側がこのような荒れ地を欲しがるのか?」
「欲しがると思いますよ。
他の人たちにとっては兎も角、龍神教徒にとっては先祖の土地です。
それが戻ってくるチャンスは逃さないと思います」
伯爵の疑問に答える。
「龍神教を騎士に、・・・騎士領の帝国税は騎士自身が支払う必要があるが、・・・」
「それが一番の難題ですね」
税金を払っていなかった者からそれを徴収するのは難題だ。
「レトコウ伯爵の配下ですからレトコウに納付するで良いのでは有りませんか。
龍神教側は『マリセア正教への寄進』では拒否するでしょうから、名目は別にする必要が有ります。
取りあえず何年かは荒れ地開拓の無税期間として徴税を猶予するのが無難でしょう」
「永遠に取れないのではないか?」
「可能性は否定できません」
素直に認める。
「まずは軍役を認めさせることでしょうか。
レトコウ市に何かあったら龍神教が兵員を出す。
逆に龍神教の土地が危機になったらレトコウ伯爵が軍を派遣する。
それだけでも大きいのでは?」
「それは、そうかも知れぬ。
元々名目上地龍回廊は我が家の領地だから防衛の義務は有る。
それに龍神教徒を使えるのは意味がある」
レトコウ伯爵が今回動員したのは五個大隊、五千人程度だ。
対して龍神教側は少なくとも十個大隊は動員している。
「龍神教徒の物資の流通問題もあります。
龍神教徒の作物はこれまでは、クテンやジャロレークで取り扱っていたと思うのですが?」
「その通りだ。
なるほど、関係が改善すればそれらがレトコウ市を経由することになると」
「はい、結構大きいと思います。
あと、現金や物資での納税は、すぐには困難だと思いますが、賦役なら可能性はあります。
レトコウ市から龍神教集落中心部までの道路建設とか、ゴルダナ河の川湊の整備などです」
「地龍回廊を縦断する道路建設が良いかもしれぬな。
龍神教側も必要を感じているだろう」
伯爵がぶつぶつと呟く。
「将来的には、きちんと税金を取りたいところです。
信頼関係が出来てからになるでしょうが、地龍回廊からの税金は地龍回廊に投資するという原則で行けば何とかなるのではと思います。
地龍回廊の役人や官僚は龍神教徒からとり立てた方が良いでしょうね」
「其方のいう事を聞いていればバラ色だな」
「伯爵閣下がカゲシン貴族に如何に白を切り通し続けられるか、という話でもあります。
龍神教にすり寄るという話でもありますから」
「それは、・・・精神的になかなか困難な話だな」
レトコウ伯爵は元のしかめ面に戻った。
「キョウスケ、其方、ここに現役のカゲシン貴族と宗主の娘がいるのを気付いていたか?」
バフラヴィーは疲れた顔で呟いたが、それ以上の反論は無かった。
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