04-12 人の趣味にとやかく言う立場ではありませんが

「では、今回の『マラリア』は毒が強く、『より強力なキナの木のキニーネ』とやらでなければ治癒しないと、そういうことか?」


 ウルストの報告にベーグム・アリレザー師団長が呻く。

 報告内容は全然正しくないが、オレとウルストの相談でこうなった。

 ウルストの顔を完全に潰すのは宜しくない。

 これから協力してもらう相手の怒りを買うべきではないのだ。


「それで、その『キニーネ』とやらはクテン侯爵が買い占めていると」


 マラリア感染の状況は一刻を争う。

 オレは、クロスハウゼン孫のバフラヴィーに頼んで、再度、会議を招集してもらった。

 本日二回目の会議だ。

 場所は前回と同じベーグム師団司令部。

 オレたちは、ベーグム師団の司令部からレトコウ伯爵軍司令部近くの野戦病院に赴き、また戻ってきている。

 片道五キロ以上を徒歩移動だ。

 会議にはレトコウ伯爵とその随員が新たに加わっている。


「そうですか。

 やはり、ペストではなく、マラリアでしたか。

 そして、あの薬では効果は無いと」


「他から取り寄せることはできぬのか?」


「無理ですな。

 既に当たれるだけ当たっています。

 キニーネはどこにも無いのです。

 少なくとも、ゴルデッジとトエナには有りません」


 師団長のぼやきにレトコウ伯爵が反論する。

 マラリアは帝国全土でそれなりに発生している病気だ。

 カゲシンの教科書によれば帝国北部でも発生している。

 現代の地球ではマラリアは南方系の病気という雰囲気だが、歴史的にはかなり北方でも発生している。

 明治日本の北海道開拓団がマラリアに悩まされたなんて記録もあるのだ。

 特効薬のキニーネだが、帝国内での産地はバセットなど南方地区。

 この辺りにはゴルダナ海経由で流通しているが、ほぼ全てクテン経由だという。


「父上、カゲシンに早馬を出しましょう。

 カゲシンには在庫が有るはずです。

 アナトリスやウィントップにも確認しましょう」


 子猪が父親に意見する。


「ニフナレザー殿の言われる処は尤もですが、カゲシンから薬が届くまで患者が持ちますか?」


 マラリア患者の大半を抱えるレトコウ伯爵が意見する。

 患者は一般兵士だけでなく、上位貴族もいる。


「持たせればよい。

 数日、引き伸ばせばカゲシンから薬が届くのだ。

 出来るな、ウルスト!」


 名指しされたベーグム師団主席医療魔導士は顔色が悪い。


「それは、その、薬が有りませんので、・・・かなり困難な話に」


「出来るか出来ないかを聞いているのではない。

 やれと言っているのだ!」


 激高する子猪。

 顔色が悪いだけで返事が出来ないウルスト医療魔導士。

 愚痴をこぼすだけで何とかならぬかと繰り返すロリコン猪。

 うん、ぐだぐだになってきた。


「カンナギ上級坊尉です。医官として発言の許可を求めます」


 こーゆーのは嫌いなんだよね。

 オレの発言に、ロリコン猪は胡乱な表情になったが、クロスハウゼン孫が許可をくれた。


「まずは質問させてください。

 レトコウ伯爵閣下、昨年もここで龍神教と対峙したと聞きますが、昨年はこの様なマラリアの発生も、蚊の大量発生も無かった、ということでよろしいですか?」


「うむ、それはそうだが」


「龍神教徒は、彼らの土地で農業を営んでいると聞きます。

 こちらの陣地の周辺には農地も放牧地も認めません。

 こちら側は人口が、あまりいないと考えてよろしいでしょうか?」


「あまり、ではないな。

 水に乏しいから人口は極めて少ない。

 ゴルダナ河に近い所なら農業もあるが」


「レトコウ軍の陣を拝見しましたが、蚊が大量発生しているのに防虫対策がほとんどなされていません。

 ひょっとして、ですが、防虫剤も高騰しているのでは有りませんか?」


「良く分かったな。

 その通りだ。

 特に蚊遣り薬は三倍以上。

 そもそも、物が無い」


 蚊遣り薬、燃やして出した煙で蚊やその他の虫を殺す薬だ。

 除虫菊みたいな植物が有って、それらを乾燥させて粉末にした物だという。

 蚊取り線香の固める前、だな。


「有難うございます。やはりそうでしたか」


「何か分かったのか?」


 レトコウ伯爵は赤紫色の髪が少し寂しくなった男性だ。

 マリセア系貴族としては白めの肌だが、ここらではこげ茶色の肌は少数派だろう。

 年齢は三〇代半ばと聞くが、髪の分量でやや年上に見える。

 ちなみにカナンでは三〇代は分別の付いた壮年と分類される。


「結論から申し上げますと、我々は半ばこの戦いに負けています」


 オレの言葉に周りがざわめく。

 特に激高したのが子猪だ。


「貴様、何を言い出す!」


「すいません。言いすぎでした」


 素直に謝る。

 あえて強い言葉を使ったのはちょっとしたテクニックだ。


「負けると確定してはいませんが、不利な状況にあるのは間違いありません。

 今回のマラリア騒ぎはクテン侯爵及び龍神教側により引き起こされた可能性が高いからです」


「クテン侯爵が、この病を引き起こしたというのか!」


「まて、病気は一方だけに蔓延する物ではなかろう。

 龍神教側も苦しんでいるはずだ」


 ロリコン猪師団長と薄ら禿伯爵が口々に言い立てる。


「順にご説明いたします。

 今回の病気はマラリアといいます。

 ウルスト医師からお聞きしたところでは『四日熱マラリア』でしょう。

 四日おきに発熱するところからこの名があります。

 この病気はマラリア原虫を体内に宿した蚊に刺されることによって発症します。

 蚊に刺されたら、七日から二〇日ほどで発症するとされます。

 一旦発症したら、四日おきに発熱発作が見られ、多くは三回目か四回目の発作で死亡します。

 つまり、一度発熱発作を起こしたら、その八日後あるいは一二日後に死去する可能性が高いのです。

 到着して一か月のレトコウ伯爵軍には既に多くの患者が発生し、死者も少なくありません。

 十日前に到着したベーグム師団でも患者が発生しています。

 レトコウ伯軍だけでなくベーグム師団の方々、ここに居られる方々も既に何度か蚊に刺されているのではないかと思います。

 つまり、明日にでも発熱発作を起こす可能性があります」


「私は、病などに罹らん。そんな鍛え方はしておらん」


 オレの言葉に子猪が突っかかる。


「残念ながら体を鍛えていてもマラリアに罹るかどうかは運です。

 カゲシン、あるいは西方地区からキニーネを取り寄せるのは一つの策ですが、カゲシンにそれだけの在庫があるかどうかは不明です。

 更に、これからカゲシンに早馬を送って取り寄せたとしても十日以上の時間が必要でしょう」


 文書を送るだけなら駅馬を乗り継いで貰えばよいが、薬を送って来るには馬車か船だ。


「つまり、今現在の患者は全員死ぬということか」


 レトコウ伯爵が沈痛な表情で呻く。

 患者にはそれなりの貴族も含まれている。

 彼らを全員死なせたら薄ら禿伯爵の政治的地位は失陥するだろう。


「今存在している患者は勿論、明日発症した患者も同様です」


 ベーグム師団の面々を眺めながら言っておく。

 ロリコン猪と子猪は動じないが、その従者の何人かは顔色が悪くなっている。


「対策として二つ考えました。

 一つは、全軍で直ちにここの陣地を撤収してカゲシン方面に移動することです。

 この土地から離れれば新たな患者の発生は最低限になります。

 薬がやって来る方向に移動することで、時間も短縮できます。

 ただ、カゲシンからどの程度の薬が届くかはわかりませんし、現在の患者は事実上見捨てる形になります」


「ここの陣を引き払うなど、有り得んぞ!」


 子猪が再び吠える。

 こいつ、やたらと勇ましいが、ちょっと度が過ぎてないか。


「もう一つの案は、クテン侯爵にお願いしてキニーネを供給してもらう方法です。

 医学的には最善で、現在の患者もかなり救うことが出来るでしょう。

 更に、ここでの対陣も継続できます」


「それは、できん。

 クテン侯爵に頭を下げるのでは、我々がここに来た意味が無くなる」


 ロリコン猪が吐き捨てる。


「もう一つ策があるぞ。

 今すぐに、龍神教に撃ちかかり、撃破すればよい。

 その戦果を以ってクテン侯爵に交渉するのだ」


 子猪、こいつ、馬鹿だろう。


「それは無理ではないかしら」


 オレが子猪に口を開く前に、クスクス笑いの声が入った。

 クロスハウゼンの姉御だ。


「クテン侯爵が龍神教に肩入れしているのは周知の事実だけど、公式には何の関係も無いのよね。

 つまり、ベーグム師団が龍神教に勝ったとしても、クテン侯爵が謝る必要なんてゼロなのよ」


「むしろ、より強固になって薬を売らないでしょうな。

 龍神教は負ければ山の中に逃げ込む。

 山狩りを実行するとしたら、何か月もかかる。

 その間にもマラリアは蔓延するから、やがて我々はここから撤収することになる。

 我々が撤収したら龍神教はまた戻って来る」


 姉御の言葉にクロスハウゼン若旦那もダメ押しする。


「何か月もあれば、カゲシンから薬が届く」


 子猪がクロスハウゼン・バフラヴィーを睨みつけている。

 この二人、何かあったのかね。


「つまり、カゲシンから薬が届くまでの間、患者は見捨てると。

 ベーグム・ニフナレザー殿、その患者には、あなた自身やあなたの母君も含まれる可能性があるのですよ」


「そもそも、カゲシンにどれだけキニーネの在庫があるのかしら。

 カゲシンの近くでマラリアなんて私聞いた事ないんだけど。

 在庫がゼロってことは無いと思うけど、そんなにたくさんあるとも思えないわね」


 妙に息が合ってるな、この夫婦。

 いや、息が合ってるから夫婦なのか。


「確かに、我らは病気で苦しんでいる。

 だが、それは敵も同じであろう。

 龍神教も患者は少なくないはず。

 つまり、戦いに負ければ山籠もりなどする余裕はない。

 直ちに降伏する可能性が高い」


 子猪が負けずに声を張り上げたところで口をはさむ。


「失礼ですが、説明を続けさせて頂きます。

 今回の病気は、人為的に広められた可能性が高いと先ほどお話ししました。

 マラリアを広めるのはさして難しくは有りません。

 マラリア発生地の沼の水、『ぼうふら』がたくさん浮かんだ水を樽にでも詰めて運んで来ればよいのです。

 それを程よい湿地にばら撒けば出来上がりです。

 ぼうふらがより発生するように湿地に獣の死骸でも放り込めば尚良いでしょう」


「だから、それは、窮余の策であろう。

 我らベーグム師団が来れば龍神教は負けると理解している。

 だから、自分たちにも犠牲が出ることを承知の上でその様な策に出たのであろう」


「カンナギが言いたいのは、買い占められたキニーネと蚊遣り薬がどこに行ってるのか、ってことでしょう」


 子猪の抵抗を姉御が粉砕する。

 この人、頭はいいけど、敵も多そうだ。


「クロスハウゼン夫人の仰せの通りです。

 付け加えますと、蚊の習性という物もあります。

 蚊が自力で飛べるのは高さ十メートル程度とされます。

 勿論、なだらかな坂が有れば登って行けますし、風に乗ればかなり上まで行けるようです。

 それでも、高地に居れば蚊に襲われる可能性は低くなります。

 龍神教軍は白龍川の旧川床など、高地に陣取っています。

 こちらに比べて蚊の被害は大幅に少ないでしょう」


「蚊が少ない上に蚊遣り薬とキニーネもあるってことね」


 明らかに形勢不利なのに子猪はまだ唸っている。


「ニフナレザー殿、龍神教側にマラリアの患者が多いとか、混乱しているなどの報告を私は受けていません。

 あなたは、その様な情報を得ているのですか?」


「大丈夫よ、ニフナレザーさん。

 あなたが優秀で慈悲深い事は、皆が知っていますから」


 クロスハウゼン・バフラヴィーの追及に、横から声がかかった。


「ここは、軍議の場です。

 下々の言う事を大きな度量で取り込むのも、高貴な血筋に生まれた者の義務ですわ」


 ヒラッヒラのご夫人が、悠然とお話になる。

 しっかし、下々って。


「母上が、そう仰せになるのでしたら」


 子猪が頬を赤く染めて頷く。

 なんだ、こいつ。


「ニフナレザーさん、マリセア宗家の血を引き、ベーグム家の跡取りであるあなた、清く正しく美しく逞しいあなたが、間違っていることなど有りません。

 仮に間違ったとしても、寛大なる慈悲の心でそれを訂正することは恥では有りませんわ」


「ああ、母上。

 母上は何時も私を正しく導いて下さいます。

 ニフナレザーは常に母上の僕です」


 母親の前に跪いて、その手に接吻する子猪。

 こいつ、ひょっとして、・・・いや、ひょっとしなくても、マザコンか?

 横を見ればタイジやタージョッが呆然としている。

 クロスハウゼンの若旦那と姉御も、・・・特に変わりないな、・・・。

 レトコウ伯爵も、父親のロリコン猪も、そして周囲のベーグム師団の家来も平常運転だ。

 どうやら、周知の事実らしい。


「ベーグム閣下、レトコウ伯爵、残念ながら、どうやら我々は遅かれ早かれクテン侯爵に頭を下げねばならないようですな」


 途絶した会議はバフラヴィーの言葉で再開した。


「頭を下げたとして、クテン侯が我らに薬を売ってくれる保証はあるのか?

 いや、確実に売らないだろう。

 私ならば、そうする」


 ロリコン猪が吐き捨てる。

 どうやらクテン侯爵とは相当な確執がありそうだ。


「あら、売らないなんて、出来るわけないでしょう」


 姉御はまたクスクスと笑う。


「クテン侯爵は、実態はどうあれ、公式には龍神教とは何の関係も無いって言ってるんだから。

 ベーグム閣下やレトコウ伯爵が、マリセアの正しき教えの兵士たちが死の淵にありますから助けてくださいって頼めば、少なくとも薬は売ってくれるわよ。

 売らないで兵士たちが大量に死ねばクテン侯爵に非難が集中するもの。

 まあ、大きな借りを作ることになるし、薬も高く買わされるでしょうけど」


「クロスハウゼン夫人に同意いたします。

 実は、私はクテンにおいて、キニーネを買いました。

 こちらに運び込んであります」


 オレの言葉に皆が騒ぎだした。


「ご静粛に。

 先程確認いたしましたが、私が持っているのは、通常量で五百日分程です。

 それなりの量ですが、一人の患者は少なくとも五日間内服する必要が有ります。

 つまり、一〇〇人分でしかありません。

 現在の患者数に対して絶対的に不足です。

 私がキニーネを買えたのは、私がカゲシン施薬院の常任講師だったからです。

 クテン侯爵はキニーネの販売統制を行っていますが、正当な理由があれば拒否はしないものと思われます」


「値段は、どうだったのだ?」


 レトコウ伯爵が質問してきた。


「通常の三倍程でした」


「良くそれで購入した物だな。

 其方、ここの状況を知っておった訳では無かろう」


「値段が高いという事は、何かあると思いましたので」


 単なる偶然で買ったことは、まあ、別に言わなくても良いだろう。

 レトコウ伯爵がロリコン猪に向き直る。


「ベーグム閣下、私がクテン侯爵に手紙を出そう。

 幸か不幸か、患者の大半は私と私の派閥の諸侯の兵士だ。

 ベーグム閣下が頭を下げる必要は無い。

 ただ、許可は頂きたい。

 あと、可能であれば多少の金銭的援助もお願いしたい」


「伯爵、よろしいのですか?」


 バフラヴィーが聞く。


「仕方がない。

 母に行ってもらおう。

 実は私の母はクテン系なのだ」


 聞けばレトコウ伯爵の母親はマリセア宗家の出だが、彼女の母親はクテン侯爵家からマリセア宗家に嫁いだ人だという。


「現在、伯爵はトエナ公爵と懇意にされていましたね。

 第一正夫人もトエナ系ですし」


「難しい話になるが致し方ない。

 トエナ公爵にも同時に使者を出す」


 レトコウ伯爵の顔を見ると、どうやら苦渋の決断のようだ。

 貴族って難しいね。


 その後も多少揉めたが、レトコウ伯爵の決断をベーグム・ロリコン師団長が渋々承認し、事は動き始めた。

 使者はクテンだけでなく、カゲシンにも出す。

 時間がかかってもカゲシンからキニーネを取り寄せることが出来れば金銭的負担は減るからだ。

 クテンへの牽制のためにも必要だろう。

 オレはマラリア対策の責任者に指名された。

 別に成りたくも無かったのだが、レトコウ伯爵の強い要望である。

 何で、だろ。

 仕方がないので、「若年なのでウルストと共同であれば」という形で受けた。




 クロスハウゼン大隊に戻り、自分たちのテントに入ったころには既に辺りは真っ暗だった。

 地球先進国基準で考えてはいけない。

 カナンでは人は日の出と共に動き始め、日の入りと共に活動を停止させる。

 オレたちは日の出前から活動しているからもう十二時間以上。

 正直くたくただ。

 疲労を感じない体質じゃないのかって?

 精神的には疲労するんだよ。

 しかも、ろくに設営が終わらぬうちに呼び出されたから、陣地は兎も角、オレたちの寝床は辛うじてテントが立っているのみ。

 留守にしていた小隊に色々と指示も出さねばならない。

 ようやっと、長い一日が終わったかと思ったら、テントの中では例によって例のごとく、ハトンとタージョッが角突き合わせて、・・・全く空気を読まないハナがふわふわしていて、・・・神よ、オレに家庭の安らぎを、・・・なんて悩んでいたら、また、呼び出された。

 これ以上、何があるのかと。

 まあ、呼び出し先は目と鼻の先だけど。


「モローク、其方、今すぐ船に乗って今夜中にカゲシンへ向かえ」


 大隊本部のテントに入ったら、若旦那が、こちらの顔を見るなり叫びやがった。

 話がさっぱり分からない。


「ベーグム閣下から申し出というか、命令があった。

 カゲシンへの使者にモローク嬢を同行させたいとの話だ。

 施薬院にキニーネを要望するのにシャイフ主席医療魔導士の姪である其方が同行した方が良いとの名目だが、どう考えても裏がある。

 モローク一人だけで従者も不要というのだ」


 なんだ、それ。


「閣下、それは」


 タージョッが震える声で尋ねる。


「ああ、其方の懸念通りだろう。

 行き先はベーグムの寝所か、カゲシンのベーグム屋敷か。

 咄嗟に、私の方からカゲシンのシャイフ殿に使者を出したと返答した。

 それに其方も同行させたと言ってある。

 連絡用に船を一隻だけ待機させてある。

 今すぐ、船に乗るのだ。

 私からの使者として第二歩兵中隊長を同行させる。

 中隊本部の人員が一緒だ。

 まず、問題はあるまい」


「私がここに居るのはまずいということですか?」


「そうだ。

 ベーグム・アリレザー殿は残念ながらあまり女癖は良くない。

 特に十代前半の女性を好む。

 ここに留まっていれば何時何が起こるか分からぬ」


「女性のピークは十五歳ってーのが持論の方だからねー」


 姉御が付け加える。


「一応は夫人に迎えるんだけど、十七歳ぐらいになったら適当な所に押し付けちゃうのよね。

 だから第一正夫人以外は、私より若い子ばっかりよ」


 うん、本物だ。


「あのー、それ問題にならないんですか?」


「それが、そこそこ良い再婚先を斡旋するからそーでもないのよ。

 下げ渡し再婚目当てで娘を提供する下級貴族も結構いるみたい」


 いーのか、それで?

 オレ、やっぱり、この国、無理かも知んない。

 横ではBカップが真っ青になっている。


「分かりました。従者と共にカゲシンに戻ります」


 タージョッはそう言うと、いきなりバフラヴィーの前に跪いた。

 へっと思ってたら、彼女がオレを引っ張った。

 良く分からんが、オレまで跪かされる。


「閣下、このご恩は忘れません」


「気にするな。部下の身を守るのは上司の務めだ」


「若い恋人たちを引き裂くなんて野暮な事はさせないわよ」


 クロスハウゼン夫妻の言葉にタージョッが何度も礼を言う。

 つられて、何となくオレまで礼を言う。

 ・・・ちょっと待て。

 何でオレが礼を言ってるんだ?

 そりゃさー、確かにタージョッがロリコン猪の餌食になるってーのは可哀そうとは思わないでもない。

 でもさ、『若い恋人たち』って何かな?

 少なくともオレは違うぞ。

 オレとタージョッは単なる腐れ縁だろう。

 正式に書類にサインしたとかではない、・・・少なくともオレは覚えがない。

 これがハトンなら婚約者として正式に貰い受けて役所にも同居人として登録しているから、それなりの責任もあるとは思う。

 そのタージョッの身が守られたとして、何でオレが恩に感じにゃならんのだ?

 だが、良く分からんうちに事態は進む。

 タージョッは最低限の荷物だけ持って、オレ達に別れを告げて去っていった。


「しかし、こうして見ると、ロリコンって肛門メイスよりも厄介なところがあるね」


 見送りに出て来たタイジがしみじみと呟いた。


「キョウスケもロリコンは拗らせない方が良いと思うよ」


 待て、オレが何時、ロリコンになった?

 つーか、タイジ、そろそろ肛門メイスは忘れよう。

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