04-09 県庁所在地は田舎ですか
クテンを出港してからはゴルダナ河を遡る。
結構な距離だが、わずか二日でレトコウ市に到達した。
夜は上陸して野営だったから日中だけの航行だったが、一日一〇〇キロ以上進んでいる計算になる。
ゴルダナ河は大河で流れが緩やかな事もあるが、帆を使えたのが大きかったようだ。
聞けば、ゴルダナ河では日中は北向きの風が多く、上行時は帆を使えるので早いという。
それでも順調ではあるようだが。
レトコウ市はゴルダナ河の中州を中心とした都市である。
この情報だけだとテルミナスと似た感じに思えるが、レトコウの場合、中州は小さいのが三つ。
最も大きい中州にレトコウ伯爵の城館があるのだが、それだけで満杯。
はっきり言ってレトコウ市自体が小さい。
中州を利用して橋がかかっており、ゴルダナ河の渡河点として繁栄した町らしい。
人口は一万人を少し超える程度。
これでも、大きな都市の少ないカナンでは中核都市の一つらしい。
オレの感覚ではド田舎だが。
ところでだが、実際の『遠征』に参加して、現実の『軍隊』を見て気付いたことが有る。
貴族がいない。
昨年の十二月にオレが参加した泊りがけの遠征実習では平民も多かったが、それなりに貴族も参加していた。
一月、二月のカゲシト郊外のなんちゃって実習では貴族が多かった。
分隊長以上は全員貴族なんじゃないかってぐらい比率が高かった。
だが、今回は貴族がほとんどいない。
男性比率も低い。
カナンでは男性が大事にされるから、元々、軍隊での男性比率は低い。
帝国内の一般的な男女比は一対三程度とされるが軍隊では一対四を下回る。
今回は、更に低い。
ざっと見た感じ、一対十までは行かないが、一対八よりは下だろう。
オレが所属する魔導中隊は、魔導士が多い。
この世界における魔法使いはある程度、遺伝が認められているので貴族が多い。
魔導士としての修業でも男性が優先される。
つまり魔導部隊は男性貴族が多いはずだが、男女比は一対八ぐらいだし、貴族も、正確に言えば真っ当な貴族は極めて少ない。
存在している貴族は、トゥルーミシュのような『軍事系貴族』と、半分平民みたいな下級貴族である。
少僧都家の庶子とか、男爵家の三男とか、騎士のような一代貴族の子供とか。
魔導中隊に限って言えば、祖先が貴族というのも結構多い。
父親が伯爵の次男とかで、父親は貴族の子供として扱われるが本人は貴族に入らないというパターンである。
「まともな貴族が戦争に出てくるわけ無いだろ。
食えないから出てくるわけ。
自護院徽章が欲しい貴族はカゲシト郊外の実習でお茶を濁すだけさ」
隣の小隊長に呆れ顔で答えられた。
オレも平民出身ということで、当初は『お仲間』だった。
ところが、レトコウに到着するころにはすっかり『変わり者』扱いになっていた。
直接の原因はタージョッ。
「キョウスケに『して』欲しいんなら、私を通すことね」
大僧都家の娘が婚約者気取りでオレの周りをうろつき、言い寄ってくる女性を蹴飛ばし始めたのだ。
「大僧都家の娘が婚約者で帯同してるだと!
既に施薬院の全金徽章持ちで常任講師って何だよ?」
「十六歳で、少僧都だって?
もう施薬院で普通にしてるだけで僧都は堅いよな」
「自護院に入って半年たたずに上級坊尉って、もう前線に出て命がけで昇進する必要ないだろ」
「美人で、年下で、施薬院入講の大僧都家の才媛が婚約者って、顔か、顔なのか?」
才媛って誰だ?
まさか、タージョッ?
言い寄ってくる女性陣をオートで追い返してくれるのは楽でいいけど。
容姿とか、才能も、そんなに悪い方ではない、・・・のかもしれない。
贅沢かと言われれば、納得できないが。
「贅沢だろ!
俺なんて、経済的援助と引き換えで七歳年上の出戻りを第一正夫人に押し付けられたんだぞ!」
隣の小隊長に絶叫されて反省する。
何でも、つい数か月前までは分隊長で坊尉だったため、経済的に苦しく、後ろ盾と持参金目当てに上位貴族の出戻り女性と結婚したとか。
「それで、その話題の第一正夫人は?」
「付いて来るわけないだろう。
戦いの可能性が有る所に貴族の女性が来たら奇跡だよ」
「そーなのか?」
タージョッは何も言わずに付いてきた。
シャイフに言い含められたのは有るのだろうが、施薬院枠だからだろう。
「成人したての貴族の娘が戦争に付いて来るって、お前、どんだけ惚れられてるんだよ」
惚れられてるのか?
だったらここ数日のオレのテントの状況は何だ?
毎日、ハトンとタージョッが睨み合い、罵り合い、掴み合い、そこをマイペース娘のハナがフワフワと通り過ぎて双方の怒りを買い、何故かオレが責められるという惨状なんだが。
「オレは一人でいいんだが」
そう、一人になりたいんだよ。
一人で風呂に入りたい。
一人で寝たい。
一人で妄想したい。
「何、贅沢なこと言ってんだ、許せねーな!」
「一番若い奴が一人で寝たいって、お前、変態だろう」
「そーいや、コイツ、コンニャク大王ってあだ名らしいぞ」
君、それ、誰に聞いたのかな?
今、オレがフルボッコにされているのは、レトコウ市のとある宿屋の一室だ。
面子は、クロスハウゼン特別大隊の上級指揮官、ということになっている。
具体的には、二個歩兵中隊の中隊長と副長、騎兵中隊を構成する四個騎兵小隊の小隊長、魔導中隊を構成する四個魔導小隊の小隊長、そして、大隊長の側近たち、である。
実は臨時のため魔導中隊と騎兵中隊に中隊長がいない。
人材がいなかったかららしいが、魔導と騎兵は大隊長直轄になっている。
そーゆーことで、オレは第三魔導小隊小隊長兼医療小隊長としてここにいて、何故か他の魔導小隊長達から、謂れのない攻撃を受ける羽目に陥っていた訳である。
「あー、そのまま座っていろ。会議を始める」
大隊長のクロスハウゼン若旦那が部屋に入って来た。
後ろには第一正夫人の姉御をはじめとする女性従者達、そして何故か、トゥルーミシュ。
親族枠かな。
第一歩兵中隊長の号令で全員が起立、敬礼する。
クロスハウゼン・バフラヴィーはオレたちを見回して中央正面の席に着く。
「バフラヴィー閣下、レトコウ伯とは?」
第一歩兵中隊長が挨拶も早々に声をかける。
彼は本来の役職は大隊長で、今回は特別に歩兵中隊長を務めているベテランだ。
実質的な副大隊長だろう。
「いや、会えなかった。
本人は現地に詰めているらしい。
だが、留守の夫人たちとは話せた」
「では、交渉は?」
バフラヴィーは首を振ると淡々と話し始めた。
「今回の我らの任務は単純な戦闘ではない。
いや、戦闘にしないために我らがここに来た。
其方らには、その辺りを肝に銘じてもらいたい。
昨年、祖父と共にここに来た者は分かっていると思うが、初めてで、かつ、周辺貴族の事情に疎い者もいる。
故に簡潔にだが、背景から説明しておきたい」
事情に疎い者って、ひょっとしてオレ限定、かと思ったが、騎兵部隊指揮官には牙族の者もいる。
自意識過剰かな。
「知っていると思うが、現在の帝国には三つの公爵家と四つの侯爵家がある。
俗にいう帝国七家だ。
これに次ぐのが伯爵家で、子爵家、男爵家と続く。
伯爵以下になると数はぐっと増える。
伯爵家は現在、五七家を数え、子爵家は百を超える。
公爵家、侯爵家はそれぞれ大きな勢力を持っているが、伯爵以下は差異が大きい。
侯爵家に近い勢力を持つ伯爵家もあれば、実質的な領地を持たない伯爵家も存在する。
数としては零落した家の方が多いのが現状だ」
帝国貴族の数については学問所の一般教養で習った。
帝国貴族、正確に言うと男爵以上の貴族の叙任は皇帝しかできないという。
現在は皇帝不在なわけで、貴族の数は増えも減りもしない。
ただし、『譲渡』はある。
ちなみに準男爵と騎士爵に関しては、伯爵以上の貴族であれば叙任権限があるそうだ。
カゲシンの僧侶位階はこの増減できない貴族位階の対策と言う面もあるらしい。
「レトコウ伯爵家は伯爵としては有数の勢力を誇る家になる。
見ての通り、レトコウ市はゴルダナ河の中州を中核として発展した都市だ。
ゴルダナ河中流域の河川交通を掌握して発展した家だが、それ故に、ゴルダナ河下流域を握るクテン侯爵家、上流域を支配するゴルデッジ侯爵家とはお世辞にも仲がいいとは言えない」
流通を押えるのは金になるからな。
そりゃ、仲、悪いだろう。
「今回の、いや、かなり以前からレトコウ伯爵らと揉めているのは『龍神教』という宗教を信奉する集団だ。
知っての通り、テルミナスを中心とするゴルダナ地区の西側にはドラゴン山脈がある。
山脈から流れ出るのがドラゴン河だ。
ここら辺では地龍河、アースドラゴン河と呼ばれる河だが、ゴルダナ河の南を並行して流れ、ゴルダナ海に注ぐ。
ゴルダナ河とドラゴン河に挟まれた東西に長い地域は俗に地龍回廊と呼ばれている。
ドラゴン河の上流部には『ブラウンドラゴンの巣』という名の古い寺院がある。
俗に地龍寺院と呼ばれる物だ。
この寺院を中心に地龍回廊西部に居住するのが龍神教徒だ」
バフラヴィーが合図すると従者が地図を広げた。
地龍回廊の地図らしい。
「龍神教集団とレトコウ伯爵の争いは、地龍回廊の土地争い、ということになっている。
厳密には土地争いよりも水利権の争いが主体だな。
地龍回廊のほぼ中心には白龍川ホワイトドラゴン川と呼ばれる川が流れている。
ドラゴン河と同様にドラゴン山脈から流れ出て、ゴルダナ河とドラゴン河の間を流れ、最終的にはドラゴン河に合流する。
地形の話になるが、ドラゴン河は北岸側、地龍回廊側の標高が高く、南岸は低い。
結果としてドラゴン河の水は地龍回廊では使用し辛い状況にある。
よって古来より地龍回廊での農業には白龍川の水が使用されてきた。
龍神教徒にとっては白龍川の水利権は死活問題になる。
一方、レトコウ市では白龍川の水を飲料水として活用してきた。
ゴルダナ河に隣接するレトコウ市だが、ゴルダナ河の水質はかなり酷い。
故にレトコウ市とレトコウ伯爵領は白龍川からの水道に頼っていた」
クロスハウゼン若旦那が地図を指し示す。
「白龍川だが、古来より氾濫が多い。
第一帝政から治水に力が注がれてきたが、第三帝政以降、首都が東に移動したこともあり、治水がおろそかになった。
問題なのは、長年の治水、つまり堤防かさ上げの結果として白龍川は天井川に成っていたことだ。
ああ、天井川が分からない者は後で誰かに聞いておけ。
白龍川の場合、川床は両側より二〇メートル以上高くなっている。
詳しい経緯は省くが、度重なる修復と氾濫の末に、旧川床は放棄された。
今や旧川床は単なる壁だ。
何か所も寸断されているから、川床として使用する事はもはや不可能になっている。
第三帝政以降、白龍川は氾濫の度に、旧河川の北側、あるいは南側と流れを変えている」
地図を見れば旧川床は確かに壁だ。
東西にほぼ一直線に幅五〇メートルほど、高さが二〇メートルほどの土手というか城壁とでもいう形になっているらしい。
「地龍回廊は、白龍川から南を龍神教が、北をレトコウ伯他諸侯が支配している。
白龍川自体は龍神教が管理していたらしい。
白龍川が流れを変えてからも境界は変わっていない。
結果として白龍川が氾濫するたびに水利権の問題となっている。
白龍川が旧河川の北側に流れればレトコウ側は潤うが、龍神教側は困る。
南側になれば逆になるわけだ」
どちらかと言えば龍神教側がより大変なのだろう。
レトコウ側は水質の問題はあっても、水が全くないという話ではない。
「白龍川だが最近は、旧川床の南側、龍神教側に本流がほぼ固定になっている。
北側にも流れが有り、北白龍川と称されているが、水量は本流の半分以下だ。
昨年、我がクロスハウゼン家の仲裁により両派は合意に達している。
白龍川の水の七割を龍神教側が、三割をレトコウ側が使用するという合意だ。
だが、和平は成立したが、実は、両派ともにこの裁定には満足していない」
大隊長は、大きくため息をつく。
「両派を煽る者が居るのが原因だ。
ただ、根本的な話として白龍川の水量が年々減少しているという事情がある。
つまり、昔と同じ割合で水を分けていてはどちらも水不足になる。
故に、外部からの工作が利きやすい」
なるほど、争いの原因がより深刻化しているのなら、根本的な解決は困難という話になる。
「レトコウ伯爵家は帝国の臣民でマリセアの正しき教えの徒だ。
一方、龍神教は異教徒であるから、我らがレトコウ側に加担するのは当然という意見も多い。
異教徒だから抹殺しても非難は少ないだろう。
だが、事は簡単ではない。
龍神教徒は戦士として優秀だ。
楽に勝てる相手ではない。
ドラゴン山脈にでも逃げ込まれれば鎮圧は極めて難しくなるだろう。
仮に、殲滅したとしても難民化して帝国全土に散らばれば面倒なことになる。
龍神教は古い宗教だ。
龍神教の最大の地盤はここだが、小規模な集落は帝国全土に無数に存在する。
この地区の龍神教を殲滅しても、難民が散らばって、帝国全域の治安が悪化しては意味が無い。
そもそも、龍神教徒はマリセアの正しき教えは否定しているが、帝国の枠組みは許容し帝国臣民として税は納めている。
つまり、むやみに鎮圧して良い相手ではないのだ」
まあ、宗教って面倒だよね。
木下藤吉郎君みたいに琵琶湖に二千人ぐらい沈められれば早いんだろうけど。
「龍神教を支援する勢力も問題を大きくしている。
龍神教の最大の支援者と目されるのが、ジャロレーク伯爵だ。
ジャロレーク家はドラゴン河の南岸から下流域一帯を支配する家だが、以前より龍神教とは友好的な関係とされる。
勿論、非公式だがな。
ジャロレーク伯爵は兵糧その他の物資を龍神教に援助していると聞く。
ジャロレーク家にとっては龍神教が地龍回廊で水利権を確保する方が都合は良い。
白龍川が旧川床の北側を流れていた時代には、水が足りず、食い詰めた龍神教徒がドラゴン河南岸に逃れたという。
ジャロレーク家は難民を抱え込んで苦労したらしい。
治安を悪化させないためだが、結構な負担だったようだ。
白龍川の流れが南に戻ったため現在は龍神教徒の大半はドラゴン河の北岸に戻っている。
ジャロレーク伯爵としては、龍神教徒がドラゴン河北岸に留まっているのが望ましい」
周りの者が納得している。
彼らが呟いている所では、ドラゴン河南岸は有名な穀倉地帯らしい。
「龍神教を支援するもう一つの有力者はクテン侯爵家だ。
実は龍神教はドラゴン山脈内に鉱山を保有している。
鉄鉱石に白銅も採れると聞く。
その提供先がクテン侯爵家とジャロレーク伯爵家だが、クテン家の方が多い。
龍神教は、元はテルミナスの皇家に金属を卸していたようだが、クテン家はそれを受け継いだ形だ。
龍神教とクテンゲカイ家の関係は長く深い。
クテン侯爵家は先にも言ったようにゴルダナ河の利権でもレトコウ伯爵家とは対立関係にある」
白銅というとニッケルか。
ニッケルと鉄って、重要だよな。
「龍神教と親密では無いが、この問題に口をはさんでいるもう一つの勢力がゴルデッジ侯爵家だ。
ゴルデッジ侯爵家は、ゴルダナ河の利権でレトコウ伯爵家とは競争関係にある。
ゴルデッジ家としてはレトコウ家と龍神教が揉め続けることが利益となる。
レトコウ伯爵家が紛争で疲弊すればする程有利というわけだな。
まあ、ゴルデッジ侯爵家とクテン侯爵家もライバル関係だから、それぞれレトコウ伯爵家を自陣営に引き込みたいという話もある。
この辺りは極めて複雑だ」
以前に聞いたところでは帝国七家は互いにライバルであり協力関係でもあるという。
「最後に、ベーグム師団という勢力がある。
ベーグム師団はゴルダナ地区の北部から中部を管轄としている。
つまりこの地区に多くの利権を持っている。
昨年、我がクロスハウゼン師団がここに派遣されたのは、管轄地域外で利権に関与しないことから中立性が高いと各方面から求められた結果だ。
実を言えばレトコウ地区はベーグム師団の管轄地区だが、地龍回廊に関しては微妙だ。
ナーディル師団との境界線だろう。
龍神教はカゲシンに帰依していないから、管轄が明確にされていなかったのだな。
そして、知っている者も多いと思うが、ベーグム家はゴルデッジ家と関係が深い」
へー、これ常識なのかな?
周りを見ると頷いているのとそうでないので二対一ぐらい。
「現実問題として、ベーグム師団は現地では最大の勢力だ。
ベーグム師団は公式にはカゲシンから派遣された帝国の軍隊だ。
現在はレトコウ伯爵家を主体とする軍と並んで、龍神教の軍と対峙している。
現在確認されている所では、龍神教側は、歩兵十個大隊。
対してレトコウ伯爵軍は五個歩兵大隊、レトコウ家に味方している中小諸侯の軍が合計で、二個から三個大隊程度。
そしてベーグム師団は歩兵二個連隊と魔導一個連隊、合計六個歩兵大隊に魔導大隊二個だ。
魔導部隊を大隊単位で運用できるベーグム師団は、兵員数では兎も角、火力では圧倒的だろう」
レトコウ伯も、龍神教も魔法使いはあまりいないってことかな。
「ベーグム師団は、劣勢であるレトコウ伯爵軍を支えると共に、半ば中立的な立場から両者を仲裁する事を期待されている。
だが、クテンで聞いたところでは、そして本日のレトコウでの話でも、ベーグムは和平に動いていない。
むしろ、レトコウ伯爵に対して積極的な攻勢を持ちかけているという」
バフラヴィーは、ここでもう一度、ため息をつくと、部屋を見回した。
「実を言えばベーグム師団が派遣されると決まった時点で、この事態は半ば以上予想されていた。
故にレトコウ伯爵は、クロスハウゼン家の仲裁を強く望み、カゲシン上層部がそれに応え、我々が派遣されたわけだ。
そういうことで、我々の任務だが、この複雑な状況が発火するのを防止し、穏当な仲裁案を作成して、関係者を納得させる、という物になる」
大隊長の言葉に部屋が静まり返る。
何とも面倒な任務だ。
つーか、可能なのか?
「何か、質問は有るか?」
バフラヴィーの言葉に、皆が顔を見合わせる。
第一歩兵中隊長が手を挙げた。
「レトコウ伯爵は戦いを望んでいないと考えてよろしいですか?」
「間違いない。
負ければ被害は甚大だからな。
勝ったとしてもレトコウ家の力では龍神教の土地を統治するのは困難と見ているようだ。
交渉で、ある程度の水利権を確保できればそれで手打ちにしたいらしい。
今からでも昨年の合意を復活できないか、という意見のようだ」
「龍神教側はどうなのでしょう?」
「龍神教側は水が足りなければ、農業が出来ず、飢えることになる。
事情はレトコウ側よりも深刻だ。
昨年の合意も不満らしい。
もう少し水が欲しいのが本音だな。
ただ、それでも戦いは望んでいない。
ベーグム師団を相手にして勝ち切るのは困難と考えているのだろう。
もう少し有利な条件で和平、という所だろうな」
「クテン侯爵はどうだったのですか?」
「かなり龍神教寄りだ。
白龍川の水量が低下しているのだから、水は全て農業に使うべきだと言っていた。
レトコウ側は飲み水の問題なのだから近場で井戸でも掘ればよい。
井戸掘りの金ぐらい貸してやる、と言っていた」
「その意見、レトコウ伯爵は?」
「レトコウ伯に直接聞いたわけでは無いが、今日聞いたところでは望み薄だな。
飲み水の問題はレトコウだけでなく、ゴルダナ河周辺の中小諸侯の問題でもある。
下手に妥協すれば、彼らはレトコウ家からゴルデッジ家に寝返る可能性が高いのだそうだ」
「うーむ、聞くにつけ厄介ですな」
第一歩兵中隊長が唸る。
唸るのはいいが、・・・これで終わり?
えーと、・・・誰も手を挙げないな、・・・仕方がない。
恐る恐る手を挙げて質問の許可を得る。
「お聞きしたいのですが、ベーグム師団、ベーグム家は何を狙っているのでしょうか?
ベーグム家の野望にはゴルデッジ家も関与しているのですか?」
クロスハウゼン若旦那の顔が渋くなる。
あれ、やっちゃった?
と、横にいた姉御が笑い出した。
「君、とんでもない所を聞いてくるねぇ。
まあ、聞きたいよね。
でも、ここは一応、公式の場だからね。
バフラヴィーは答えにくい話なんだよ。
そういうことで、ここからは女の戯言。
みんなも良いね」
第一正夫人の言葉に、夫が渋い顔で頷く。
後ろでトゥルーミシュがぽかんとした顔になっていた。
「まず、基本的な話なんだけど、現在のカゲシン宗家には、つまり私の兄弟には男は三人しかいない」
そこから行きますか、と誰かが呆れた声を上げた。
「お父様の健康問題もあるから、後継者は事実上この三人に絞られている状況ね。
更に言えば三番目はまだ成人していないから、ちょっと不利ね」
ペロっと舌を出す第一夫人。
この人、何歳なんだろ。
「それで、長男の母親は第四正夫人。
彼女はゴルデッジ侯爵家の出身。
次男の母親はクテン侯爵家出身の第五正夫人。
もろにライバル関係ね。
ちなみに、ベーグム師団はゴルデッジ侯爵家と親密って話が有ったけど、長男とも親密なのよね。
そんで、次男にはクテン侯爵家とナーディル師団が付いている」
「クロスハウゼン師団は第三公子派ということで良いですか?」
「まあねー、バフラヴィーの従弟だからねー」
「スタンバトア、其方、言い過ぎだ」
夫のバフラヴィーがこめかみを押えている。
「いーじゃない。みんな身内なんでしょ」
姉御は言葉を続ける。
「ベーグム師団の現師団長、アリレザー殿は、カゲシン三師団では一番若い師団長になるわ。
若いって言っても四〇は超えてるから老人入ってるけど、師団長としては一番若い。
そして、それ故に実績が無いの。
前の戦争、トエナ戦役ではベーグム師団は敗走してて前師団長が戦死してんのよね」
話の具合からすると他の師団は勝利したんだろうな。
唯一負けた師団か。
「さて、質問者の、えーと、カンナギ君だったわね。
君に、いや若手のみんなに問題です。
そんなベーグム師団長がこの状況で考えることは何でしょう?」
誰も答えない。
えーと、オレが答えるのか?
周りを見渡して、・・・みんな目を伏せるなよ。
「異教徒をぶん殴って戦功を獲得する、でしょうか」
「正解、それから?」
「異教徒を追い払って鉱山を占領して自派の貴族に割り振る。
ゴルデッジ侯爵に金属利権を提供すれば大喜びでしょうし、ライバルのクテン侯爵は金属の供給源を失って涙目ですね。
獲得した水利権を譲れば、レトコウ伯爵らも自派閥に引き込むことが可能でしょう」
「ベーグム師団が仮に勝ったとして、龍神教徒が帝国全土に離散して厄介なことになったらどうするの?」
「治安はそれぞれの地域の領主が果たすべき務めです。
異教徒を征伐したベーグム師団が責められる謂れは無いでしょう」
「また、堂々と言うわね」
姉御が声を上げて笑う。
「笑い事ではないぞ」
姉御の旦那は、オレを見て微妙な顔になった。
「ベーグム師団が異教徒討伐に熱心なのは周知の事実だ。
私が言えるのはその程度だな」
バフラヴィーの表情からすれば貧乏くじを引かされた自覚は有るらしい。
「ベーグム師団長も急病になってくんないかしら」
「だから、もう、口を慎め!」
この夫婦、仲は悪くない、・・・んだよな?
今回、話に出てきた有力貴族のまとめ
位置関係は第三章のMAPを参照のこと。
レトコウ伯爵家 レトコウ Hex2021
地龍回廊の領主、ゴルダナ河中流域に権限を持つ
クテン侯爵家 クテン Hex2421
龍神教に融和的、
ゴルダナ河下流域を支配
カゲシン宗主第五正夫人の実家で第二公子派
ゴルデッジ侯爵家 ゴルデッジ Hex1817
ゴルダナ河上流域に利権を保有
カゲシン宗主第四正夫人の実家で第一公子派
ジャロレーク伯爵家 ジャロレーク Hex2023
ドラゴン川南岸域を支配
龍神教と関係が深い
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