04-07 旧都とは衰退した都という意味ではない
帝国歴一〇七九年四月一日、特別大隊はカゲシンを出発した。
三月末は例によって施薬院他の履修試験があるのでハトン達には普通に試験を受けさせた。
ハトンは取りあえず八科目合格。
最初としては上々だろう。
ハトンに刺激されてネディーアール様御一行やタージョッ等も試験数を増やしていた。
まあ、良い話だ。
勿論、タイジ達も順調。
試験結果は特例で朝一番に教えて貰った。
特別大隊だが、二個歩兵中隊、一個魔導中隊、一個騎兵中隊、他色々で編成。
一個大隊と数が少ないこと、急ぐことから、現地までは船を使用する。
用意された船は帝国国内で軍用・公用に広く使用されている物で、通称『ダック船』という。
何で『あひる船』なんて言うのかは良く分からない。
船首の飾りは竜だと思うのだが。
大きさは全長三〇メートル、幅六メートル程で、前後同型で喫水が浅い。
海上でも河川でも使用できるという。
形状からはヴァイキング船に似ているようだが、本物は写真でしか見たことが無いから断言はできない。
河川両用の船で『最終皇帝』陛下が関与しているのなら模倣も有り得ると思う。
定員は一〇〇名前後らしいが船員もいれば荷物もあるので一個小隊、五〇名前後で一隻を使用する。
一個大隊で用意された船は四八隻。
半分が馬用だ。
軍隊としては小規模でも現実に見ると結構な数だよね。
カゲシトからカゲクロにかけての河川にずらーっと並べられた船に、前日から物資を積み込み、夜明け前から兵員が乗船を開始。
オレは士官なので当日未明に家を出て最後の方に乗船。
未明の出立にはシノ、シマコンビが見送りに来て、たっぷりと吸って帰って行った。
今一つ、釈然としない行為だが、最後に触れたので良しとする。
船は順次出港して、アナトリス河を下る。
夜半にはアナトリス市に入ってしまった。
一日で二〇〇キロ近く進んだことになる。
川下りとは言え、やはり船は早い。
この夜はアナトリスで一泊した。
翌朝は夜明け前に出港。
アナトリス市はアナトリス侯爵領の領都で第三帝政時の首都だが、オレが見たのは港に隣接する安宿だけだ。
観光したかったな。
翌日からは海上航行になった。
簡易だが羅針盤もあって、それなりの航海技術はあるらしい。
オールと帆を適時使用して、船上で二泊し、三日目の朝にはクテンに入港した。
この間、困ったのは女性関係。
みんな、船の上でも普通にするんだよ。
掘っ立て小屋みたいな粗末な仕切りしかないのに、だ。
他のを見せつけられる、聞かされるだけでも苦痛だが、最大の問題はオレもしなければならないってことだ!
タージョッは当たり前の顔で迫って来るし、ハトンは普通にゴックンしたいと言ってくるし、ハナは血でもいいし、してくれるのでもいいと・・・。
ちなみにハナは、男性は、初めてだと。
うん、プレッシャー。
でも何もしないという選択肢はない。
この世界において健康な男性は何人かの女性の相手をするのが当たり前、というか礼儀。
逆に言えば一人でボーっとしてたらフリーの女性が集団で襲ってくる。
船の上だから逃げ場はない。
そーゆーことで、三人、・・・じゃなくて四人を引き連れて二日間囲いの中に入った。
タージョッの侍女までって想定外もいいとこだ。
で、タージョッから順番に失神させました。
ハナは、血だけ飲ませて終わりにするはずだったんだけどなー。
仕方なく失神させることになってしまった。
念のため書いておくが、最後まではやっていない。
据え膳食べちゃったら色々と面倒なのはタージョッで痛い程経験したから。
それにしても、フィンガーテクニックだけ向上していくな、オレ。
こーゆーことして逆に欲求不満になるって何なの?
・・・しかし、君も意外と激しいね、タイジ君。
上陸した都市クテンだが、クテンゲカイ侯爵家の領都だ。
しばしば、テルミナスという旧名で呼ばれるが、現在の正式名称はクテン市になる。
帝国最初の首都テルミナスは第二帝政末期の度重なる戦乱で破壊された。
テルミナスはゴルダナ河河口の中州というか島を中心に建設された都市である。
ニューヨークのマンハッタン島みたいな感じだ。
この、かつての帝国中枢部は、現在も崩壊したままで宗教行事と遺跡観光が細々と行われている。
現在のクテン市はテルミナスの郊外であった対岸地区が中心。
旧名称はテルミナス市のクテン地区。
これによりクテン市と呼ばれるようになったらしく、侯爵家もクテン侯爵家と略して呼ばれることが多い。
一見さんとしては、紛らわしいので統一して欲しいところだ。
朝に入港したのだが、オレ達はここで一泊する。
クロスハウゼン孫夫妻がクテン侯爵に挨拶する、そして折衝するためだ。
なにを折衝するのか不明だが、うまく行って欲しい、とは思う。
そんな事でオレ達はクテン観光に出かけることにした。
オレもタイジ達も、ハナもハトンもタージョッもクテンは初めてなのだ。
まずは、定番のテルミナス旧市街に向かったのだが、何と言うか、現代地球の観光地みたいに立て看板が立っているわけではないし、観光マップがある訳でもない。
それでも観光地なので現地ガイドの女性がいて、キレイどころを一人雇ったのだが、観光そっちのけで『休憩所』に誘導しようとしてくる。
どうやら、そっち系の仕事を兼ねているらしい。
値段を聞いたら、帝国四分銀一枚、つまり硬貨二〇〇枚。
高いのか安いのかさっぱり分からないが、これを払う代わりに観光案内に徹してもらうように交渉した。
結果から言えば失敗だった。
「帝国宮殿跡です」・・・がれきの山。
「帝国政庁跡です」・・・がれきの山。
「帝国近衛師団兵舎跡です」・・・がれきの山。
おねーさん、知識無いんだね。
いや、ちゃんと公平に記載しよう。
一応、観光案内もあって定番のルートもあるのだ。
全部、マリセア正教関係の施設になっているだけで。
そちらは最初に回ったが、全て宗教宣伝だったわけで。
・・・マリセア正教が国教化したのは第三帝政以降のはずだが、・・・例の最終皇帝がマリセア正教宗祖カゲトラに教えを請うている像とかある、・・・百年以上ずれている気がするのは・・・どうやらオレだけらしい。
いや、ハナは憤慨していたな。
他の面子は、そんな細かい事は気にしていなくて、・・・ハトンやタージョッ、タイジたちは何故か感動していて、・・・宗教関係以外の観光を望んだオレが馬鹿だったというか、・・・宗教関係以外の観光ガイドを探したらこーゆー結果に終わった訳である。
現地観光に見るべきものは無い、ってーのはカゲシンで事前に聞いてはいた。
戦いとはいえ『旅』だからね。
事前に色々と聞いたのだ。
「クテン、つーか、テルミナスと言えば『修道女』だな」
カゲシン施薬院でバフシュ・アフルーズは訳知り顔で答えた。
「第一第二帝政時代の宮殿跡とか有るんだが、まあ、全部、坊主どもが管理してるから、面白くもなんともねー。
だが、遺跡の周りに『見習い修道女』という建前の女がたむろしている。
これが、なかなか、面白くてな」
この世界、女性が多くて男性が搾り取られる世界なのに、そっち系の女性は普通にいるんだよな。
「懺悔プレイってーのをやってくれるんだ。
名物だから一度は体験しといて損は無いと思うぞ」
この人、こないだ性病で苦しんでたはずなのだが、・・・懲りないな。
「それ、何、やるんですか?」
オイ、タイジ、それを聞くか?
「女が修道女の服を着ているのがミソでな。
ほら、マリセア正教の修行中の女は、男とやっちゃいけないって話になってるだろ。
それで、そのプレイの間は女が『私は罪を犯してしまいました』って体で懺悔し続けるんだよ。
『私は肉欲の罪に負けてしまいました。精霊様お許しを』とか、『ああ、あなたの、その逞しい物が私を狂わせるのです』とかな。
修道服を全部脱がずにするってーのもいいんだよなぁ」
イメクラみたいのがこの世界にもあるのね。
「それ、不道徳じゃあないですか!」
タイジは真面目なマリセア正教徒だからなぁ。
「ま、カゲシトではやれねーな。
テルミナスでもグレーだ。
今のクテン侯爵は鷹揚だが、昔は規制されてた事も有るらしい。
そーゆー事で、話のタネにやれるうちにやっといた方がいい。
また、規制されちまうかもしれねーだろ」
うん、聞いた相手が間違っていたな。
でも旅の経験者って、あんましいないんだよなぁ。
「まあ、現地で面白い物ってーのは意外とないぞ。
レトコウなんて単なる田舎町だからな。
それより、お前ら、新しい女は連れて行かないのか?」
えーと。
「キョウスケは金色取って常任講師になって、えらく、女からの誘いが増えてるって話だろ。
タイジも牙族の間では人気だって聞いてるぞ」
「確かに、お誘いは増えてますけどね」
タイジはモーラン家からの見合いの他にも、側室でとか、使用人扱いでも、という話が来ているらしい。
牙族でファイアーボールを連発したのは結構なインパクトだったようだ。
弱小ガウレト族出身のタイジは環境の変化にあたふたしている。
オレの方は、主として下級医療系貴族からの引き合いだ。
第二正夫人にとか、あるいは、婿入りの打診である。
数だけなら二桁になってんだよな。
全く、食指が動かん自称女性ばかりだが。
ところで、タージョッがオレの第一正夫人ってー話は確定なのか?
「何人か連れて行けよ。
正夫人は戦争にはまず行かないからな。
適当な女を誘っていけばいい。
うるさいのがいない所で、楽しむ、つーか、品定めだな。
なーに、試して気に食わなかったら捨てりゃあいいんだ」
うん、相変わらず清々しい程に人でなしだ。
「あのですね。
オレたちの立場で下手に手を付けて、捨てるとか別れるとか言ったら問題になりますよ」
「それは、一人か二人だけ手を付けた場合だろう。
十人ぐらいやっちまえば、有耶無耶になる」
「それは、確かにそーかもしれませんけどー」
ある意味、真理ではある。
「それ、キョウスケはともかく、僕は絶対無理だから。
十人なんて、・・・。
僕はノーマルなんですよ!」
タイジ、それは何?
オレがアブノーマルだと言いたいのか?
オレだって節度も道徳も倫理もあるぞ、この、おっさんよりは。
「あのなぁ、タイジ。
体の相性はヤってみないと分からんのだぞ。
選べる立場にありながら、それをしないなんて、マリセアの精霊に対する冒涜だと俺は思う」
おっさん、そんな事に宗教を使うなよ。
「キョウスケ、お前も、だ。
お前は、手術の腕もいいし、ツラもいい。
いいか、一度きりの人生だ。
精一杯生きろ」
バフシュが真面目な顔でオレの手を取って言う。
「キョウスケ、お前なら、俺を超えられる」
「えーと、何を、どう、超えるんでしょう?」
超えたくない、というか、超えちゃったら色々と不味い気がする。
「だから、一度しかない人生、男と生まれたからには、ヤリまくらないと損だろ。
特に、それが出来る立場なら、義務だぞ!」
「僕、別にヤリまくらなくていいです。
無理やり頑張るためにお尻に変な物を入れるぐらいなら、できなくていいです!」
あータイジ君、トラウマが大きいのは分るけど、あの話とは繋がっていないから。
「もどかしい奴らだな。
お前ら、今、悪い事しなくて、何時、するんだよ!」
あー、バフシュにも『悪い事』って自覚はあったんだな。
「大体、お前ら、まだ十代じゃねーか。
今なら大体の悪事は『若気の至り』で有耶無耶にできる。
やらなきゃ、損だろ!」
「先生、それ、流石に犯罪教唆だと思うのですが」
「問題ない。現に俺はそれで有耶無耶にしてきたんだからな」
「ほう、どう、有耶無耶にしてきたのか、詳しく聞かせてもらいたいものだな」
何故か絶叫していた上級医療魔導士に、冷静に突っ込む主席医療魔導士。
このパターン、もう飽きたな。
「くそ、今日はモロークがいないから大丈夫と思ったのに」
基本的な話として、ここはシャイフ教室の一室なわけで、この部屋の隣はシャイフの執務室なわけで、タージョッがいないからと言って、大声を上げれば気付かれない方がおかしいと思う。
そんなんで、バフシュの話は有耶無耶に終わったのだが、シャイフが最後に付け加えたのだ。
「あー、一言述べておくが、テルミナスに居る修道女の全員がそちらの女性という訳ではない。
そうでない者も大勢いると言っておこう」
で、だ。
「シャイフは普通の修道女もいるって言ってたじゃないか。
信じたオレが馬鹿なのか?」
そうだ、オレが悪い訳じゃない。
「見るからに、そっち系の女性じゃない」
タージョッがジト目で睨む。
だから、みんな、オレがそーゆーおねーさん大好きという決めつけた態度は止めて欲しい。
夜になったら出張するように交渉してんだろうとか、後ろでひそひそするのも、だ。
そりゃ、確かに好みのタイプと交渉したのは事実だが、案内人は美人が良いに決まっているだろう。
「シャイフが誤解させることを言うから」
「シャイフ先生は立場上建前を言っただけだと思うよ。
それに、まともな修道女だとしたら、なおさら宗教関係の知識しかないよね。
あと、スカートも長めだと思う」
タイジ君、君、時々冷たい。
そりゃ、オレが声をかけたのは膝上三〇センチだったけどさ。
こうしてテルミナス旧都観光は、何故かオレが悪いという結論で終了となった。
クテン市街での買い物に移行したが、おねーさんは最後に地元の貴族ご用達の魔道具店を教えてくれた。
オレの面子もたった、・・・かな?
クテン侯爵家だが、昔から魔法使いが多い血統と言われている。
クテン市も魔法使い、カゲシン風に言うなら魔導士が多く、その教育、訓練で有名。
魔導士用の、武器、防具、魔道具も、そしてそれらを作り売る店も多い。
紹介された魔道具店に行ったら先客がいた。
「おう、其方らも来たか。ここは有名店だからな。
安くはないが品質と品揃えは良いぞ」
店にいたのは歩兵小隊長のクロスハウゼン・ガイラン・トゥルーミシュ。
トゥルーミシュは今回の出征に参加するため十四歳で成人式を上げてきたという。
ご苦労なことだ。
「トゥルーミシュ殿は何を買いに来たのですか?」
この店、確かに品揃えは良いのだろう。
一通りの物が揃っていて、高価な物も売っている。
だが、『超』高級品は無い。
魔法関係の上級品はオーダーメイドに近い。
トゥルーミシュは超高級品の剣と鎧と盾で身を固めている。
彼女はここで何を買うのだろう。
「ああ、『服従の首輪』を買いに来たのだ。
『服従の首輪』と言えばクテンだからな」
『服従の首輪』は捕虜拘束用の魔道具だ。
捕虜の首にはめておくと、登録した主人に逆らったり逃亡したりすると首が絞まるようにできている。
孫悟空の頭の輪っかのバッタもんだ。
「戦いになれば、当然敵を捕らえることになる。
『服従の首輪』が無ければ捕虜を得るたびにいちいち護送して戻らねばならぬからな」
トゥルーミシュは十個もの首輪を購入していた。
自分の血液を入れてパスワードを登録、そのまま鎧の上腕部に巻き付けていく。
どうやらこの様に持ち運ぶのが定番らしい。
しかし、十個って何人捕虜にするつもりかね。
「そう言えば、購入していませんでしたね」
スタイがタイジに言った。
「タイジ様も一つぐらい買っておくべきかも知れません」
「それは当然、購入すべきだろう。
敵を打倒しても捕虜にしなければ金にならぬぞ。
男の場合は、敵の優秀な戦士を捕らえて妻にするという話もある。
クテンの『服従の首輪』は高いが性能は良い。
安物を買って逃げられるよりずっと良い」
得意げに助言してトゥルーミシュは去って行った。
「えーと、キョウスケは『服従の首輪』はもう買ってあるの?」
「いや、買ってない。必要なのか?」
そこまで積極的に戦う予定はないんだよね。
「ふうーん、うちのとは全然違いますねぇ」
ハナも『服従の首輪』を手に取って調べていた。
「月の民でも『服従の首輪』があるのか?
確か月の民は首を絞められたぐらいじゃ死なないはずだよな」
最上位だと首を切り落としても死なないはず。
「ありますよー。
もともと、セリガーで作られたのが最初ってぇ、聞いていますう。
魔力で縛る道具ですねぇ」
聞けば、脊髄に針を刺して体の動きを制限する恐ろしい代物らしい。
カゲシンでも幾つか確保されていて、先月の性病騒ぎでも使用されたとか。
知らんかった。
「それでぇ、ご主人様は買わないんですかぁ?」
オレの従者をやっている間はハナも『ご主人様』と呼ぶことになっている、のだが、・・・直接血を飲ませてやってから、何かうっとりとした目つきで見られている。
大丈夫か、この子?
「全然、考えていなかったけど、買った方がいいのかなぁ」
考えてみれば、オレ、ここで買う物無かった。
武器も防具も、目立たない程度の品で揃えている。
今更買う物も無い。
『服従の首輪』ねぇ、捕虜を取るような戦いをする予定は無いし。
「確かに、捕虜を取った時に持っていないのはまずいかもしれません」
スタイはタイジと真剣な顔つきで相談している。
まあ、悩むわな。
『服従の首輪』は結構高い。
一個、棒銀三個、硬貨三〇〇〇枚である。
トゥルーミシュみたいに十個かったら金貨三枚になる。
かなりの高額。
しかも、これ、使い捨てである。
購入時に自分の血液を入れて活性化するのだが、基本的に購入した店でしか行えない。
しかも、入れた血液が劣化するので、三か月程で使えなくなってしまうらしい。
聞けば魔道具店で最も売れる商品らしいが、暴利過ぎるだろ、コレ。
だが、『服従の首輪』は目の前で飛ぶように売れていく。
ほとんど、うちの大隊の兵士だな。
カゲシンで買うよりは安いらしい。
しかし、下級兵士の年俸は、衣食住は現物供与とはいえ、金貨一枚という世界である。
一つ買うだけでも大変だと思うのだが。
「私はいらないと思うけど」
迷っていたらタージョッが言った。
「トゥルーミシュは兵を率いて敵陣に乗り込むから、敵を捕虜にする機会もあると思う。
けど、あんた達は魔導士で参加するんでしょ。
後ろからファイアーボールを投げてるんなら敵を捕虜にする機会は少ないと思うけど」
「タージョッさんって意外と経済的だね。
確かに僕はそんなに前に行く方じゃないかな」
「しかし、貴族を捕虜とすれば、身代金は最低でも金貨十枚、一〇〇枚を超えることもあると聞きます」
タイジとスタイがそれでも迷っているところに、後ろから声がかかった。
「店主、予約しておいた『服従の首輪』を十個だ」
「これはジャニベグ様。
用意はできております。
ささ、中の方に」
いきなり割って入って来たのは、まだ若い女性だ。
数名の従者を引き連れているから結構な身分なのだろう。
なるほど、『服従の首輪』は活性化する必要が有るから、高位の貴族でも本人が店に来る必要があるわけだ。
しかし、こんな女性、うちの大隊に居たのだろうか?
横顔を見ると、・・・それなりの美人、・・・どこかで見たような気もするが、・・・。
常連らしく、彼女は慣れた感じで、従者を引き連れて店の奥に入っていった。
「今の人、あの人よね?」
「うーん、多分、そうかな」
タージョッの問いにタイジが答える。
「二人とも知り合いなのか?」
オレの問いに二人が怪訝な顔になる。
「クテン侯爵家のジャニベグさんです。
武芸大会の準決勝で負けた方ですよ」
ハトンが小声で教えてくれた。
おお、あの腹筋鍛えすぎDカップの魔法使いか。
なるほど、見かけたと思ったはずだ。
オレ、カルテが無いと人の名前を思い出せないからな。
「あんたが診察と称して胸を揉んだ人ね」
ちょっと待て、タージョッ君、何を言い出してんの?
「いや、待て。オレは折れた肋骨を診察しただけだ。
胸を揉むとかそんなワイセツ行為はしていない」
「でも、胸の大きさとか測っていたよね?」
タイジ君、君も男性だよね。
「だから、オレは揉んでいない。
そもそも、Dカップとか希少価値と言うほどでもないだろ」
「Dカップでもダメなんですか?」
何故か、悲しげな顔になるハトン。
そういや先日、Bカップになったって喜んでいたような、・・・。
「だって、本人が胸を揉まれたって言ってたじゃない。
あそこにいたのはあんたと、例の黒髪の月の民だけよ。
彼女が揉むはずないんだから、あんたしかいないじゃない」
いや、だから、だな。
「あー、彼女が胸を揉まれたのは事実だろう。
つーか、正直に言えばオレも彼女が胸を揉まれていた現場を見ている。
だが、オレは揉んではいない。
そーゆーことだ。理解できるな?」
「いえ、全然」
オレ、何となくタージョッには惚れられていると考えていたのだが、どうやら気のせいだったようだな。
「ええー、ご主人様はそんな人じゃないですよぉー」
ハナ、オレの味方はお前だけだ。
「人に触らせたって何にも楽しくないじゃないですかぁ。
ご主人様は触る時は堂々と触りますよぉ。
フロンクハイトの性病感染確認の時だって、隅々まで太ももを触りまくってたじゃないですか」
あれは、『暗殺蜂』を取り出すためであって、・・・針刺したり切開してたの見たよね?
そりゃ、取りだした物は隠蔽したけど。
「こないだだってぇ、リタのEカップを三分以上揉み倒してましたしぃ」
いや、揉んでいたのはせいぜい一分、・・・。
大体、あれはリタが自分で押し付けてきたわけで。
「あんたって、・・・」
何で、こーなるのかね?
「ご主人様、私、リタさんなら仲良くやって行けると思います」
えーと、ハトン君、何を言い出したのかな?
で、何でまた、ハトンとタージョッが睨み合ってるのかな?
今回は、何がきっかけ?
この二人、何でこんなに仲が悪いの?
タイジ君、何、知らないふりしてんのかなぁ。
少しは仲裁に入ってくれてもいいと思うのだが。
オレはそそくさと店員と向き合う。
取りあえず何か買おう。
買って店の外に退避しよう。
「あー、それを下さい」
先程から店員が総出で積み上げている箱を指差す。
何かは分からんが消耗品で売れ筋らしいから大丈夫だろう。
『服従の首輪』なんて買う気はないし、下手な魔道具を買っても持て余すに違いない。
「このキニーネですか?」
店員が怪訝な顔をする。
キニーネって、薬のキニーネだよな。
確か薬術便覧にもキニーネの名前で載っていた。
地球と同じ名前だが、同一かどうかは分からない。
多分、成分的に似ているのではないかと思う。
しかし、魔道具店でキニーネ?
不思議に思ったが、医療用の魔道具も売っているので、そんな物、・・・なのかな?
「今年に入ってキニーネは品薄でして、クテン侯爵より身元の不確かな者には売ってはならないとの通達が出ているのです。
残念ながら、一見の方には」
「ああ、身元なら、これで」
施薬院徽章を見せたら店員がかしこまった。
「失礼しました。
カゲシン施薬院常任講師の方でしたか。
如何ほど御入用でしょうか?」
金色徽章の効果は大きいな。
「では、その一箱を貰おう」
何を勘違いしたのか、木箱一箱になってしまった。
まあ、オレの場合は亜空間ボックスに入れておけば劣化しない。
薬なら何時か使うだろうし。
オレは木箱を買い上げると、そそくさと店から退散した。
今回の移動経路 第三章のMAPを参照の事
カゲシン Hex3020
カゲクロ Hex3121
アナトリス Hez3023 宿泊
海上航行 海上で二泊
クテン Hex2121 クテン侯爵と折衝・宿泊
と、なります。
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