04-06 特別とは急場しのぎの有り合わせ

 出兵が無くなって、ハトンの勉強を見てやったり、シノさんの胸やシマのおしりを堪能したり、タージョッの寸胴を堪能させられたりという、のほほん、・・・でもない日々が、・・・それでも、タージョッの相手以外は、そう悪くはないと思っていたら、また、クロスハウゼン家に招集された。

 また、オレとタイジでだ。

 まあ、断れる物でもない。

 タイジは諦めきった顔をしていたが。


 オレ達を迎えたのは、ライデクラート・石垣・第三正夫人殿と、二〇歳ぐらいの男女だった。


「其方たちとは実質、初めてであったな。バフラヴィーだ。副師団長を務めている」


 男性は、クロスハウゼン・バフラヴィーという。

 クロスハウゼン・肛門メイス・カラカーニー閣下の嫡孫。

 父親が死去しているためクロスハウゼン家の跡取りらしい。

 身長は、ライデクラート隊長よりは低いが、一八〇はあるだろう。

 引き締まった体を持つエリート軍人という男だ。

 結構ハンサムでもある。

 浅黒い肌と紺色の髪はネディーアール殿下に似ている。

 紺色の髪はクロスハウゼン家の遺伝だろうか。

 女性の名はスタンバトア。

 現マリセア宗主の娘で、バフラヴィーの第一正夫人だという。

 マリセア貴族典型の褐色の肌をした美人だ。

 見た感じだと、夫婦そろって結構な魔力持ちらしい。

 夫の方はネディーアールより多く、夫人もやや少ないぐらいだ。


「あなたが噂のカンナギ・キョウスケね。

 それにしても聞いてはいたけど、見た目の魔力量は驚くほどしょぼいわね」


 何か、かなりストレートな女性だ。


「だが、この魔力量で地中爆発型ファイアーボールを開発した天才なのだよ。

 そうですよね、ライデクラート様」


「ええ、障害物貫通魔法も成功させています。

 ファイアーボールは無詠唱でポンポン撃ちます。

 そちらのゲレト・タイジも同じぐらいの腕前です」


「タイジ君はそれ相応の魔力があるけど、ほんとに強いの?」


「いや、結構な物だぞ。

 牙族でファイアーボールを撃てる者は極稀だ。

 無詠唱で連発できる者となると、帝国創成期の伝説以来だろう」


「へーそうなんだ」


 オレたちがあっけに取られていると、クロスハウゼン孫の嫁はにやけた顔で手を振った。


「ああ、ここは公式な場ではないから気楽にしていいわよ。

 私も臣籍降下してるから、もう宗家の人間では無いし」


 ざっくばらんと言うか、年齢の割に貫禄のありすぎる女性だ。


「魔力という事でしたら、お二人とも相当なものだと思いますが」


「まあね、バフラヴィーと結婚したころはまだ兄弟で一番だったのよ。

 あっさりネディーアールに抜かれたけど。

 まあ、あの子はバフラヴィーも抜きそうだから。

 ああ、あなたはネディーアールのお気に入りって話だったわね。

 心配しなくていいわよ。

 私、あの子とは結構仲いいから」


 確かに、仲は良いかもしれない。

 性格が似ていると思う。

 しかし、砕けすぎじゃなかろうか。


「あー、すまぬ。本題に入ろう」


 クロスハウゼン若旦那が表情を取り繕って話を始めた。


「今回、レトコウ地区の諍いに関して、我がクロスハウゼン師団が派遣される予定で、かつ、それが急遽中止となったのは其方たちも聞いているだろう。

 ベーグム師団が代わりに派遣されたわけだが、これについては現地からの少々、不平・不満が出ていてな」


「ベーグムでは仲裁どころか自分から戦争だろうって話なのよね」


 姉御がチャチャを入れる。


「あー、カゲシン首脳としても、これを放置はできない。

 しかしながら既に出征してしまったベーグム師団を引き上げるわけにも行かない。

 ベーグムの顔を潰すことになるからな」


 若旦那が妻のぶっちゃけを無視して話を続ける。


「そこで、ベーグム師団と現地諸侯とを取り持つ役として私が指名された。

 現地に出向くことになるが、手持ちの兵がいないのでは色々と不都合だ。

 ベーグムとも折衝し、臨時で一個大隊規模の部隊を編成することにした。

 ついては、その特別大隊の魔導小隊の一つの隊長としてカンナギ・キョウスケを、その副長としてゲレト・タイジを指名したい。

 受けてくれるかね?

 もし、受けて貰えるのであれば、カンナギは上級坊尉に、ゲレトは坊尉にそれぞれ昇進を約束しよう」


 タイジと顔を見合わせる。

 話が分からない。

 オレもタイジも自護院の訓練はいい加減にしか受けていないのだが、昇進って有りなのかね?

 つーか、根本的な話としてオレらにエサを与える意味が分からん。


「すいませんがお話が理解できません。

 私もタイジもまだ自護院練成所所属ですが、正式に任官もしています。

 軍としての命令であれば拒否できないと思うのですが」


「ああ、今回は特殊なのだ」


 ここまで黙っていたライデクラート隊長が口をはさんだ。


「バフラヴィー殿は個人的に現地巡察に出向く形になる。

 つまり、正式には出兵ではない。

 部隊はあくまでもバフラヴィー殿個人の私的護衛という形だ。

 この場合、認められるのはバフラヴィー殿直率の配下というのが慣例なのだ。

 其方たち二人は私の配下として登録されている。

 だが、私は今回の出征には参加しない。

 其方たちが今回の出征に参加する場合は、個人の希望という形になる。

 そして、それを直属の上司が許可した場合に限られるのだ。

 そういう訳で、私がここに居る訳であり、其方たちの意思確認をしているわけだ」


 また、タイジと顔を見合わせる。

 そーは言うけど、これ、拒否権あるのだろうか?

 拒否したら、以後、絶交、弾圧だよね。

 そう思っていたら、クロスハウゼン若姉御がくすくすと笑いだした。


「ああ、あなた達って、本当に貴族の常識に疎いのね。

 こーゆー場合は拒否しても構わないし、拒否する人の方が多いぐらいなのよ」


 クロスハウゼンの若旦那と第三正夫人が揃って苦笑いになる。


「上級以上の魔法使いは貴重だから、軍功なんて大して無くても十分に出世できるのよ。

 自護院に入っても上層部は軍系の貴族で固められてて、そんなに出世できないからね。

 軍での仕事はそこそこにして儀式魔法を勉強した方が、楽で安全だもの」


「あー、別に自護院で昇進できない訳ではないぞ。

 特にキョウスケはどこかの婿になれば軍系貴族として生きていけるだろう。

 タイジも故郷に帰ればカゲシン自護院での実績が意味を持つはずだ」


 石垣隊長が困った顔で付け加えた。

 しかし、『軍では出世できない』、ね。

 師団に個人名を付けるぐらいだから、かなり軍閥化・私兵化が進んでるってことなのだろう。


「うむ、まあ、色々と世上の話はあるが、参加してくれるのならば、私としても、いや、クロスハウゼン家としても今後も其方らを大事に扱うと約束しよう」


 ・・・やっぱり、断り辛いよね、・・・。

 そのまま何となく、雑談して「前向きに検討します」という感じでオレ達はクロスハウゼン邸を辞去した。




 オレ達はそのまま施薬院に向かった。

 良く分からんが、タイジと相談して、取りあえず上司には報告しとこうって話になったのだ。


「待て、クロスハウゼン師団の出兵は中止になったはずであろう!」


 シャイフ・ソユルガトミシュ施薬院主席医療魔導士はオレの報告に頭を抱えた。


「カンナギ、其方はもう施薬院の講師なのだぞ。

 手術の予定も詰まっているし、高級医薬品の講義も拡充せねばならぬ。

 其方ら、施薬院よりも自護院の業務を優先するのか?

 本業はどちらなのだ?」


「個人的には施薬院が本業と考えています」


 自護院はタイジに付き合って入っただけだからな。


「ただ、色々とお世話になった方々からの要請でもあり、拒否し辛い所でして」


「其方の貴族としての寄親はクロスハウゼンのままだからな」


 シャイフはまた、唸った。


「一旦、出征してしまえば、少なくとも一か月、恐らくは二か月以上拘束される。

 其方らを二か月使えぬのは厳しい。

 正式な出兵ではないから断ることは不可能ではない。

 だが、クロスハウゼンの不興を買うのも拙い」


「寄親とか良く分かりませんが、オレが直接世話になっているのはクロイトノット家ですが」


「馬鹿者、クロイトノットはクロスハウゼンの分家だ」


 あーそうなんだ。

 聞いていたような、いないような、・・・覚える気が無かっただけか。

 カゲシンで生きていくなら、派閥関係とか、もう少し知っとかないと拙いかな。


「オレは仕方が無いとして、タイジはどうする?」


「僕は、・・・行きたくはないけど、・・・」


 例によって歯切れが悪い。

 後ろのスタイに目をやると頷いて話しだした。


「タイジ様は正式には自護院に留学中なのです。

 カゲシン学問所に提出した書類では、自護院の合間に施薬院でも学ぶという形になっています」


「ゲレトはどこの派閥なのだ?」


 上司の問いにもスタイが答える。


「モーラン家になります」


「成る程、牙族の元締めか」


「つい、こないだまで全然関係なかったんですよ。

 こちらに来た時に挨拶に行ったんですけど、代理の人だけだったし、施薬院に入講した時も何の反応も無かったんです。

 それが、こないだの自護院実習から突然、うちの派閥だよな、とか言われて、・・・」


 タイジが身振り手振りで言い訳する。


「留学からわずか半年でモーラン家に注目される存在になったのだ。

 誇るべきであろう」


 留学生なんて牙族だけでも優に一千人を超える。

 シャイフの言う通り、いちいち覚えてなどいられないだろう。

 ましてタイジの所属するガウレト族は『弱小』と聞く。


「しかし、モーランか。やはり軍系ではないか」


 モーラン家はカゲシンの牙族傭兵部隊の隊長を務める。

 聞けば、この傭兵部隊も軍閥化が進行していて隊長は世襲だという。

 つーか、シャイフの感覚では世襲で当たり前、らしい。


 施薬院主席は主要な医療貴族の持ち回りだが、これは現実の医療技術が無ければ命の問題になる医療系特有の事情によるという。

 カゲシンの組織としてはトップが世襲でないのは珍しいらしい。

 逆に言えば、施薬院ではトップの権限が限定的で、世襲貴族で固められている評議会の権限が強いという。

 閑話休題。


「ゲレトに関しても、・・・クロスハウゼンからモーランに話は行っている可能性が高いか」


 シャイフはしばし考え込んでから口を開いた。


「断るのは困難だが、できるだけ短期間になるよう交渉してみよう」




「どうする?」


 シャイフの前を辞去して再度タイジと相談する。


「クロスハウゼンの若御前は、好きにしろって感じだったけど、結構、強制、かな?」


「戦争に行かなくてすんだと思ってたのに」


 タイジは顔を蒼くしていたが、妻のスタイは前向きだった。


「タイジ様、出征ではありますが、戦闘になるとは決まっていません。

 昇進という事ですし、キョウスケ殿と一緒でしたら、条件は良いのでは有りませんか。

 かなりの実績になります」


 オレ的には将校教育もろくに受けずに昇進してしまうのが不安なんだが、そっちは良いんだな。


「出なくちゃダメかな?」


 タイジは純粋に戦いが怖いらしい。


「元々、行く予定だったんだから、素直に行った方が後々楽だろうな。

 あのクロスハウゼン閣下の孫っていうのも悪い人じゃないんじゃないか。

 わざわざオレ達みたいな若造に事前に断りを入れてくるんだから」


「そうねー、悪い人、じゃあないのかなぁー」


 何か、暗い、な。


「悪い人じゃない、・・・。ねえ、キョウスケ、あの人も夜になったらお尻に何か入れるのかなぁ」


「いや、それは、・・・」


「まだ、若いし、・・・孫だから、・・・直径四センチぐらいかなぁ」


 スタイもハトンも、きょとんとしている。


「いや、待て、タイジ。何もそこまでうがった見方をしなくても、・・・」


「だって、キョウスケ、言ってたじゃない。

 少し斜めに成った方がいいって。

 人類皆変態なんでしょ。

 つまり、一見真面目そうな、あの人も変態」


「タイジ様、あの、クロスハウゼン家の跡取りを変態と言っている訳では有りませんよね?」


 声を潜めてスタイが聞く。

 施薬院の廊下でクロスハウゼンが変態とか固有名詞を出さないで欲しいんだが。


「スタイ、大丈夫だよ。

 僕だって変態かどうかと、軍隊の指揮能力は別だって分かってるから」


「だから、皆、変態の可能性は有るぐらいでいいと思うぞ。

 発覚するまでは変態ではないという前提で、・・・」


「うん、僕だって決めつけてるわけじゃないよ。

 お孫さんだから、半分の半分で、七割ぐらいの確率かな」


「半分の半分は七割ではないと思いますが」


 ハトンが正しいような正しくないような突っ込みを入れる。

 しかし、タイジ、・・・重症だな。


「タイジ、確かに俺は斜めに成れとは言ったが、おまえ斜めに成ってないぞ。

 水平のまま沈んでる。

 水面下、一六九メートルぐらい。

 ちょっと、浮上しよう。

 人間、変態ばかりじゃない」


「えーと、キョウスケの『コンニャク大王』ぐらいは正常の範囲内ってこと?」


 だめだ、こりゃ。


「タイジ様は、クロスハウゼン師団の出征が無くなって、すごく喜んでおられたのです。

 それが、こうなって。

 ショックが大きかったのだと思います」


 スタイがオレの耳元でボソボソと謝る。


「今日は、早めに寝かせた方がいいな」


「・・・・・・・・・・・・・・そうします」




 情緒不安定のタイジと別れてオレは一人、じゃなくて従者のハトンと二人、更なる情報収集に励んだ。

 どうせ、行くのなら情報は多いに越したことはない。


「それで、どうだったのです?」


 それなりにあちこちに聞き込みした後、オレは例によってお隣に来ていた。

 留守にするのでその報告も兼ねている。

 食事を食べに来ているともいう。

 餌付けされているな、オレ。


「意外と事情通だったのがアフザル・フマーユーンですね。

 古くからの貴族で位階はそう高くないのですが、一族が多いので情報源が多いようです」


 TypeF91の豊かな胸元を目で楽しみながら答える。

 アフザルは、施薬院特別講義で一緒になった小太りの医療系貴族で、薬術便覧にも協力してくれた男である。

 肉とワインで随分と話してくれた。


「階級が高くない貴族の方が広く情報を集める傾向は有るよね」


 シマがプラチナブロンドをなびかせながら評する。


「確か、『龍神教』と在地領主の争いでしょ」


「表面的には、異教徒である『龍神教』集団とレトコウ伯爵を中心とした在地領主の領地争いですが、『龍神教』の後ろにはクテン侯爵とジャロレーク伯爵がいるそうで、なかなか決着が付かないそうです」


 シノさんが怪訝な顔になる。


「それは聞いています。

 ですが、この紛争は昨年、クロスハウゼン師団の仲裁により合意ができたと聞きます。

 再燃したということですか?」


「ゴルデッジ侯爵が噛んでいるという話ですね」


 シノさんとシマが顔を見合わせる。


「そんな話、初めて聞いたわ」


「しかし、有り得ない話でもありません。ゴルダナ河の水利関係ですね」


「はい、シノさんの言う通りでアフザルもそれを指摘していました。

 紛争が拗れれば拗れる程レトコウ伯爵たちの権威は落ちるから、ゴルダナ河の管理で有利になるとか。

 ベーグム師団はゴルデッジ侯爵家と関わりが深く、その意を酌んで動くと聞きました。

 今回も、何とか自分たちが出張ろうとしていて、一個大隊だけでも紛れ込ませて、とか考えていたとか。

 クロスハウゼン師団出陣延期という話に全力で乗っかったのも、もともと準備をしていたからだと」


「元々、ベーグム師団はカゲシンの西部、カゲサトに駐屯していますから、西部への出陣は早いでしょうね」


「クロスハウゼン師団、元は東部担当だもんね」


 クロスハウゼン師団の駐屯場所はカゲシンの北東なので、西部に出る場合は峠越えで時間がかかるらしい。


「それで、クロスハウゼン家の孫がでて行けばなんとかなるのかな?」


「何とかなっては困るベーグムがいるのですから、容易ではないでしょう」


 結構、面倒な話だな。


「ところで、カゲシンの軍隊って『師団』単位なんですね。

 その割に軍閥化というか私兵化が進んでいるようですけど。

 おかしな形ですよね」


「あなたが何に比べておかしいと言っているのか、興味深いです」


 シノさんの言葉に絶句するオレ。

 また、やっちゃったかね。

 つい、地球と比べる癖があるな。

 中途半端に似てるからな。


「元は軍団制だったらしいですよ」


 シノさんは呆れながらも説明してくれた。




 マリセア教導国の直轄軍隊、正式名称自護院兵団は、元は三個軍団だったのだという。

 一個軍団は二個師団と一個特別旅団からなり、一個師団は二個旅団、一個旅団は二個連隊から成る。

 これは『帝国』の兵制を踏襲しているのだが、地球で言えば、ナポレオン時代から第一次世界大戦頃の兵制に近い。

 多分、真似だろう。

 だが、時代が下るにつれて縮小された。


「大きすぎて金がかかり過ぎたのでしょう」


 一個軍団は正規であれば六万人近い人員を有していたらしい。

 三個軍団で一五万人以上、いくら何でもでかすぎる。

 建国の英雄ニフナニクス様の時代には、これぐらい必要だったのだろうが。

 現在、存在するのは三個師団。

 その師団も二個旅団のうち一個は「首都旅団」とされていて、カゲシトの城壁にへばりついている。

 外征能力があるのはもう一つの「遠征旅団」だけだ。

 つまり、カゲシンが帝国内の紛争に派遣できるのは実質三個旅団。

 遠征旅団は兵員規模だと、一万人ちょっとになるらしい。

 今回の出征は師団規模と聞いていたが、実質はこの「外征旅団」だけが出陣する。

 旅団の派遣なのに対外的には師団の出動と言っているわけだ。

 見栄と言うか政治的に必要な虚栄なのだろう。


 ちなみに、近年は紛争の増加で三個旅団では兵員不足となり、牙族を中心とする傭兵部隊が補助として採用されている。

 このカゲシン周辺に駐屯している三個師団だが、軍閥化が進んでいる。

 師団長を始めとした幹部はほぼ世襲。

 一族内でポストをやり取りしている。

 昔は軍団番号、師団番号などもあったが、現在では師団長の名前で呼称されているぐらいだ。

 クロスハウゼン師団、ベーグム師団、ナーディル師団、以上が、カゲシン三個師団である。

 つまり、だ。

 今回のようにクロスハウゼン閣下が『急病』になったからといって、師団長だけ取り換えて出陣という訳には行かない。

 クロスハウゼン師団はクロスハウゼン家の者の指揮下でなければ戦わない、命令が履行されない組織になっているからだ。

 クロスハウゼン一族内から代理師団長を立てればと思うのだが、これもダメらしい。

 権力争いの結果として師団長は三人までしか認められない事になっている。

 師団の外征時に師団長が死亡した場合は致し方ないが、カゲシンから出陣する時には正規の師団長でなければダメという規定。

 師団長が引退しなければ次は認められないし、次の師団長は前任の指名で決まることになっている。

 師団長は、継承順位を事前に決めているという。

 まるで遺言書だ。

 硬直化も極まれりだが、取りあえずそうなっているのだから、オレがどうこう言う筋合いではない。

 まあ、呆れるけどね。




 結果として言うと、オレとタイジは特別大隊に参加することになった。

 ただ、シャイフの意向で大隊に医療分隊が随行した。

 隊長と副長はオレとタイジで兼任。

 医療分隊メンバーは他にタージョッとダナシリ、雑用の兵員が若干名。

 シャイフはオレ達を施薬院所属で自護院に貸し出す形にしたいらしく、クロスハウゼンと折衝したらしい。

 どこまで意味が有るのか分からないが、シャイフが頑張った結果なので異議は無い。

 オレの個人的な従者はハトンと、センフルールからハナが送り込まれてきた。

 戦場を体験できるチャンスということで、頼まれたのだ。

 年齢順で最年長のハナが選ばれたらしい。

 戦闘能力はあるので、まあ、いいのだろう。


 実を言えば、オレ自身としては最初から戦いに出るつもりだった。

 最初に師団として出陣する時点でそれは覚悟していた。

 何故かと言えば、強くなるためだ。

 オレは自分の強さがよく分からない。

 カタログスペックは高そうだが、それをどこまで有効に使えるのか?

 オレ自身は簡単には死なないとしても、周りはそうではない。

 そして、この世界の治安は悪い。

 人命も安い。

 旅に出れば普通に山賊や追剥はいるらしい。

 その中で自分と周囲を守るためには、時に相手を殺す必要があるだろう。

 つーか、強盗なんかは世のため人のために抹殺せよというのがカナンの常識だ。


 で、だ。

 オレは人を殺せるのだろうか?

 いや、殺せないとダメなのだろう。

 でも、オレは人を殺したことが無い。

 だから、戦場に行くことにした。

 合法的に人が殺せる場所、賞賛される場所で練習しようと。

 まあ、戦いに巻き込まれると決まったわけではないのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る