04-05 何故に人は預言者となるのか

 このカナンにおいてオレが生きていく上での気がかりが、『預言者』の存在だ。

『帝国』で『最終皇帝』と呼ばれ『永遠の霊廟』、あるいは『無限監獄』とやらに放り込まれた男、センフルールで言う所の『始祖様』、フロンクハイトでの『黒の預言者』は、明らかに地球人だ。

 メートル法を採用し、現代医学を基礎としたと思われる医学書を残し、ブラジャーのカップを規定した。

『マルクス・レーニン』なんてふざけた名を名乗っていた『セリガー社会主義共和国連邦』の初代指導者、フロンクハイトで言う所の『麦の預言者』も同様だろう。

 この世界には過去にも地球の知識を持った者がいて、彼らが文明の基礎を作った、あるいは多大なる影響を与えたのは間違いない。

 同郷の先達なのだから、気にならないわけが無い。

 どの様な人物で何を成し遂げたのか、どのような人生を送ったのか、あるいは何人ぐらいの『預言者』がいたのか、知りたいことは多い。


 だが、情報が乏しかった。

 シノさんたちとは比較的懇意にしているが、センフルールは月の民主要三派では最も歴史が浅い。

 彼女たちは最終皇帝こと黒の預言者の子孫を自称している。

 つまり、それ以降の情報しか持っていないのだ。

 セリガー共和国の外交使節団の従者達にも色々と聞いたが、彼女達もあまり情報は無かった。

 一般的な高校生女子が徳川家康について語るような感じだったんだよね。




 ところが、つい先日、大量の情報提供があった。

「何でも話す」と語ったのは、スヴィンヒュト・ウィルヘルミナ。

 フロンクハイト留学生の従者という建前でカゲシンにやって来た女の子。

 本当の身分はフロンクハイト教皇の実の娘。

 十三歳の少女だが知識レベルは高かった。

 ウィルヘルミナが本当の事を語った保証は無いし、彼女自身が誤って記憶している、そもそも教えられた内容が間違っている可能性も否定はできない。

 だが、それらを差し引いても得るところは大きかったと思う。


『預言者』とは何か、ウィルヘルミナの答えは、「膨大な魔力を持つ者」という何とも漠然とした頭の痛い物だった。

 しかし、客観的な指標はそれしか無いのだそうだ。

 フロンクハイトが現在までに確認し、認定した預言者は三〇名程だという。

 程、というのは一部、確定していない者がいるからだ。

 フロンクハイトとの接触が少なかった例や、接触直後に死亡した例があるという。

 フロンクハイトの公称の歴史は八千年、少なくとも四千年あるのだそうで、これだと百年から二百年に一人しか出現していないことになる。

 多いのか少ないのか?

 ちなみに、フロンクハイトが察知する前に死亡した預言者も少なからずいると推測されている。


 預言者の外見は多様で、髪の毛の色も、瞳の色も、肌の色も、あるいは身長、体重も様々らしい。

 性別は男性が大半だが女性も何人かいたようだ。

 年齢も若年から老年まで幅広い。

 ただ子供は皆無だという。

 外見は出現から最後まで変化しない、成長はしない、成長する年齢の者はいないという話。

 預言者の客観的な指標は上記のように『膨大な魔力を持つ』という一点のみ。

 魔力量は個々で差は有るが、少ない者でもそこいらの魔導士などとは比較にならないという。

 ただ、出現直後の預言者は必ずしも強く無いらしい。

 これは魔法の使い方が下手あるいはその知識がないためで、魔力も魔法を使う能力もあるのに、魔法を使わないため殺されてしまうと推測されている。

 この魔法がうまく使えない事に関連して、預言者はカナン以外の世界からやって来る、というのがほぼ確定らしい。

 ほぼ、というのは証拠ゼロで歴代預言者の証言だけだからだ。

 預言者は魔法の無い世界からやってくる。

 だから来た直後は魔法が使えない。

 しかし魔法の知識が乏しい一方でカナンには無い知識を持っている。

 それからの推察という話である。


 預言者の大半が他の世界からやって来たと証言している。

 だが、この世界の生まれと主張した者もいるようで、結局、分からない。

 異世界から来たと証言している場合でも、どの様にカナンに来たのかは不明で、ある日突然気が付いたらこの世界に居たというパターンが多い。

 ちなみに、「元の世界」に付いては、一つではなく幾つかあると推測されている。

 預言者の話が過去の預言者と似ていたこともあれば、全く違っていたこともあったそうだ。

 共通しているのは、元の世界に魔法は無かったことだけという。

 これに付いて、『地球の様々な国』なのか『地球と地球以外の惑星』なのか、多少聞いてみたが、そもそもウィルヘルミナに質問の意図を分かって貰えなかった。


 預言者は異世界の知識を持っているわけだが、それが役に立つかどうかは、時と場合によるとしか言いようが無いらしい。

 例えば『麦の預言者』は豊富な農業知識を持ち、魔力量以上に農業指導で敬われていたという。

 一方、知識量が少なく全然使えない預言者もいたとか。

 黒の預言者が現代医学系らしいので、てっきり技術系が多いのかと考えていたがそういうわけでも無さそうだ。


 預言者が異世界から来るという話に関連して、預言者は何故に預言者と呼ばれているのか、という話が有る。

 これだが、預言者たちはこの世界に来た時に神の啓示を受けるのだという。

 カナンに到着した直後に、目の前に『神様の御使い』が現れて、言葉を授けるのだそうだ。

 曰く、あなたは選ばれた存在としてこの世界に派遣された。

 曰く、あなたはこの世界を正しい方向に導く存在にならねばならない。

 曰く、あなたには世界を導く力が与えられた。

 とかなんとか。

 まるで、モーゼかマホメット。

 だが、これのおかげで預言者は預言者であることに疑問を抱かないらしい。

 ただ、預言者によって受け止め方は様々で、がんばるぞーとか、俺こそがーとかいう者もいれば、何で俺がとか、やってらんねーとか、ひねくれる者までいたという。


 もう一つの特徴というか現象として、預言者は一度に一人しか出現しない。


「神様の力にも限りがあるって話ね。

 一度に二人以上呼び寄せるのは無駄ってことかも知れない」


 ウィルヘルミナの話では、預言者の存在は神によりコントロールされている、ということになっている。

 先代の預言者が死去して、少なくとも数年、多くの場合は五〇年以上たってから次の預言者が出現するという。

 ちなみに、フロンクハイトが最後に確認した預言者は『黒の預言者』で、彼が無限監獄に入ってから既に七〇〇年が経過している。


「こんなに長い事、預言者が途絶えたことは無いらしいの」


 これに付いては、フロンクハイトが確認できていないだけで出現して勝手に死んでしまったという説が一つ。

 もう一つは、つい先日まで魔力を放出していた無限監獄の存在で、これが『預言者の魔力』を定期的に放出していたためという話だ。

 黒の預言者は魔力的には死んでいなかったという説だが、結論は出ていない。


「厳密に言うと、もう預言者は現れないって説もあるんだけど、公式には誰も言い出さないのよね」


 十三歳のCカップはそうも言っていた。




 預言者の体質というか人種についてだが、「血族」つまり「月の民」であり、「吸血鬼」で確定している、らしい。

 かなり能力の高い血族で、日の光は嫌いだが日中の活動に支障はなく、見た目は人族と変わらないという。

 これを記録したのはフロンクハイトで、つまり月の民だから身びいきというか預言者を身内扱いしたためかも知れない。

 だが、これまでの預言者の多くが月の民並みの長命を誇ったのも事実らしい。

 月の民と交配して子孫を残したという事実もある。


 実際にどのように預言者がやって来るのか、だが、上述のように、前日までは元の世界で、ある日気づいたらこの世界にいたというのが大半。

 稀に「暗い所に暫くいた」とか「何か海みたいなところで漂っていた」なんて証言もあったという。


「一つ、面白い例があったのよ。『木綿の預言者』っていうんだけどね」


 この預言者は、元はある裕福な商人の息子だったという。

 それが、ある日行方不明になり、一か月ほど後に、隣の都市で辻説法しているのを発見された。

 見た目はそっくり、というか顔の作りや黒子の位置などから本人で間違いないとされたのだが、以前の記憶は完全に失っていたという。

 代わりに、膨大な魔力と異世界の記憶を持ち、人格も全く違ったらしい。

 本人の自覚では、やはり気が付いたらこの格好で立っていた、だったという。

 ・・・ちゃんと服は着ていたみたいだ、・・・羨ましい。

 外見はそのままだが、中身が入れ替わっていたという話である。

 この例から、預言者は肉体を保持したまま異世界からやって来るのではなく、精神体だけがやって来て、こちらの人間に乗り移るのだと推測されている。

 そして乗り移った際に体が変化すると。


「魔力の無い人族が、たった一か月で高位の月の民に転化するなんて有り得ない話なのよね」


 一例だけで判断するのは危険だと思うし、精神体なんて物が有るとしての話だが。




 最後に、預言者の寿命と死についてだが、これは高位の月の民と同じらしい。

 魔法がうまく使えない初期段階を乗り越えた預言者は容易には死なない。

 だが、死なない訳ではない。

 つーか、フロンクハイトが確認した過去の預言者は全員死んでいる。

 死因の大半は、「精神的」なもの。

 高位の月の民も同様らしいのだが、生きる気力を無くして死を受け入れるのだという。

 黒の預言者こと最終皇帝は、本人の気持ちとしては生涯を『帝国』に捧げて来たのに、同僚や部下から邪険にされ、挙句に暗殺計画まで立てられたことに絶望し、自発的に『永遠の霊廟』に入ったのだそうだ。

 彼が何故、永遠の霊廟に入ったのかは疑問だったので頷ける話ではある。

 麦の預言者ことマルクス・レーニンはセリガー社会主義共和国連邦では国を守護するために命を捧げた事になっている。

 だが、フロンクハイトでは自分が建国した国を呪いながら死んだと伝わっているという。

 実際に見たわけでは無いから何とも言えないのだが、これまた何となく頷ける話ではある。




 ちなみに、オレはスヴィンヒュト・ウィルヘルミナに対して自分の事は最低限の事しか言っていない。

 ウィルヘルミナはオレが彼女に『魅了』をかけたことに気付いたが、それだけだ。

 オレが異世界の記憶を持っているとか、『神様の御使いィ』に接触したとかの話はしていない。

 その意味で彼女がオレに話を寄せたという事は無いだろう。


 ウィルヘルミナの話だが、預言者の召喚というか出現に『神』が関与しているのは、まず間違いないだろう。

 オレ自身も『神様の御使いィ』に接触しているわけだし、亜空間ボックスには現在も膨大な物資が入ったままだ。

『神』と呼ぶべき存在なのかどうかは議論すべきだが、オレのような異世界の記憶を持った存在を呼び寄せる、あるいは管理している組織ないし個人が存在しているのは間違いない。


 最大の問題はオレという存在は何なのか、という話だろう。

 ウィルヘルミナが言っていた預言者は、かなりオレに近い。

 しかし、同じでもない。

 預言者は膨大な魔力を持つという。

 対してオレは膨大な魔力を使えるが、魔力量が多いかと言えば少々微妙だ。

 オレには魔力を蓄えるという感覚・概念が無いからだ。

 この世界の人族、あるいは月の民と呼ばれる吸血鬼も『マナを蓄える』という作業を行っている、らしい。

 オレはそうではないのだ。

 ただ、これに付いては歴代の預言者も同じだった可能性はある。

 フロンクハイトの記録者が『膨大な魔力』と記録したという話なのだから。

 容姿に付いても少々、微妙。

 オレがこちらに来た時点での外見はせいぜい十五歳。

 客観的に見て、十四歳から十五歳というところで、十六歳以上にはまず見えなかったようだ。

 一般的な成人年齢が十五歳らしいので、十五歳を自称したのが正直なところだ。

 そして、もう一つ。

 実は身長が伸びている。

 つい先日、施薬院講師用の服を仕立てたのだが、その採寸に際して発覚した。

 前年八月の学問所入講時点にも制服を仕立てたが、その時に比べて一センチ以上、二センチ弱伸びている。

 採寸した店員は「伸び盛りですから」と、当然という感じだったが、個人的には驚いた。

 そう言えばオレの手元にある『神様の御使いィ』謹製の『トリセツ』には、「外見は十代後半から二〇台前半」とある。

「子供の預言者はいない」という説との兼ね合いは微妙だ。

 そして何よりの差異は、『預言者の告知』だろう。

 オレも自称『神様の御使いィ』に遭遇した訳だけど、・・・神々しさの欠片も無かったな。

 変なアニメ絵に安いボカロの音声だった。

 胡散臭いにも程がある。

 更には「あなたに使命はありません」とまで断言していた。

 この差はなんだ?

 それでもオレに接触してきた『神様の御使いィ』という組織ないし個人が、かなりの力と言うか権力というか超常的な力を持っているのは間違いない。

 オレを地球から召喚した、あるいはカナンに到着するのを見張っていて確保した、そんな存在で、亜空間ボックスに大量の物資を入れた。

 よーするに、『神様の御使いィ』も亜空間ボックスを使用できる存在で、虚数空間に干渉できる存在なのだろう。

 歴代の預言者の前に現れて告知したという『神様の御使い』とオレの前に出現した『神様の御使いィ』、多分、いや明らかに違う。

 つーか、オレの前に出て来た変なアニメ絵があのカタコトの喋りで「あなたはこの世界を救うために選ばれました」とか言っても、誰も信用しないだろう。

 たまに変なのが一人ぐらい信じたかもしれないけど。

 だが、逆に、預言者達の前に現れた『神様の御使い』とオレの前に現れた『神様の御使いィ』が全く関係ないかと言われればそうとも思えない。

 そんな超常的な力と、百年千年単位で活動できる力を持った個人ないしは組織が、幾つもあるはずがない。

 組織のトップが代替わりして経営方針が変わったとか、だろうか。

 あるいは、分派活動とか。

 まあ、分からんわな。

 もう一度、『神様の御使いィ』と接触できれば何か聞けるのだろうか。

 そう言えば、歴代の預言者は『神様の御使い』に何回会ったのだろう?

 これは聞きそびれたな。




 現在の結論は、オレは預言者に近い存在だが、少なくとも正式な預言者ではない、という所だろうか。

 もし、オレが預言者としてカウントされるとしたら、オレが同郷の者に会える可能性はほぼゼロなのだろう。

 オレが預言者に入らない、イレギュラーであれば、新しい『預言者』と遭遇する可能性もある、のかな?

 寂しいので、個人的には同郷人と会いたいところだが。


 預言者に関係してもう一つの注意は、フロンクハイトが預言者を探し求めていることだ。

 恐らくはセリガー共和国も同様だろうと。

 預言者は月の民であり、強大な力を持つ。

 預言者を自派に取り込むことでフロンクハイトやセリガーは国家の発展が望めるという話になる。

 フロンクハイトはカナンで最長の歴史を誇るが、これは定期的に預言者を自国に取り込んで、その力を利用して、国を発展・維持してきた結果だという。

 現在の所、確認されている最後の預言者は最終皇帝こと黒の預言者だが、フロンクハイトは彼を取りこぼした。


 それだけでなく、当初は敵対し戦って敗北した事により大きな打撃を受けたのだという。

 フロンクハイトにとって次の預言者を確保することは至上命題なのだ。

『預言者の印』に対する執着も、それが預言者を引き寄せる、という伝説かららしい。

 何か良く分からんが、首筋が寒くなる話だ。

 フロンクハイトの目的からすれば、預言者並みの力が有れば必ずしも正式な預言者である必要は無いわけで、・・・オレ対象?


 世界番付の詳細は分からないが、オレはセリガー第七位のバイラルよりは強そうだ。

 バイラルはセンフルールにもフロンクハイトにも自分より強い男はいないと誇っていた。

 これが本当だとすると、オレは結構よいとこ行っちゃう?

 フロンクハイトに行けばある意味歓迎されるのかもしれないが、・・・変な事に使い潰されそうな気もする。

 やっぱり、個人情報は可能な限り秘匿しよう。




 それにしても、預言者か。

 オレだって、神々しい、魅惑的で幻想的な雰囲気の天使とかから『使命』を授けられたら、・・・・

 授けられたら、・・・・・・・・・・・・・

 授け、・・・・・・・・・・・・・

 さ、・・・・・・・・・・

 ・・・まあ、何だ、今日はそろそろ寝よう。

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