04-03 人は真面目なだけでは生きていけない

 取りあえず、閣下をベッドに戻し、タイジを宥めすかして、もう一度、作戦会議だ。


「仕方が有りません。全身麻酔を掛けましょう」


 オレが提案するとタイジが青い顔で頷いた。


「先程も麻酔はかけていたが、何か違いは有るのか?」


「先程の麻酔は局所麻酔で肛門部だけです。

 肛門の括約筋は弛緩しましたが、それだけです。

 メイスが骨盤腔内に嵌まり込んでいるのですが、その部分の筋肉は弛緩していません。

 その筋肉を弛緩させるためには全身麻酔が必要でしょう」


 隊長の質問に丁寧に答える。


「それが最善なのか?他に手は?」


「放置することはできません。

 メイスが腸管を圧迫していますので、早晩、壊死して腐っていくでしょう。

 そもそも、この状態では食事どころか水分も摂れません。

 何としてもメイスを早急に抜く必要が有るのです。

 猶予はせいぜい二四時間程度でしょう。

 全身麻酔でダメでしたら、下腹部を切開して骨盤の骨を一時的に外すことになります。

 大手術になりますので、施薬院の手術室に移動して、もっと多くの人数で行う必要が有ります。

 まずは、全身麻酔で引っ張るというのが妥当かと」


「分かった、それしかないな。それで行こう」




 ライデクラート隊長の許可が出たので、早速、全身麻酔をかける。

 既にほとんど意識が無かったので楽だった。

 何か所か刺激して麻酔のかかりを確かめる。


「キョウスケがいると全身麻酔が一瞬だよね」


「キョウスケは、やはり、早いのか?」


「大体、呪文を五~六個使って、一時間ぐらいかかる人が多いみたいですよ」


 隊長の質問にタイジがコソコソ答えている。

 タイジ君、君も一回でかけられるじゃないか。

 オレだけ異常みたいに言わなくてもいいと思うぞ。

 全身麻酔がかかったので、もう一度引っ張ることにしたが、今度は閣下に意識が無いので自立できない。

 それで、閣下の腰の下に脚立のような物をあてがって固定した。

 まあ、それは良いのだが、・・・。


「キョウスケ、場所、代わって。頼むから、場所交代して」


「いや、もう、一回発射したから次の銃弾は無いと思うし、脚立もあるから大丈夫だと思うぞ。

 それに、何となくだが、今度はこっちの方がまずい気もする」


 オレは閣下の微妙に出っ張った下腹部を指さす。


「いいから、代わって!」


 代わりました。

 もう、理屈じゃないな。

 気持ちは分かるが。




「よし、では、引くぞ!」


 再び、ライデクラート隊長の号令で、引っこ抜き作業を開始する。


「せーの!」


 あっさりと抜けた。

 グポって音がして抜けた。

 次の瞬間、ぽっかりと空いた閣下の肛門から茶色い物質が噴出した。

 恐ろしい勢いだ。

 恐ろしい量だ。

 恐ろしい匂いだ。


 噴出自体は、数秒で止まった。

 肛門の正面に居たのはタイジなわけで。

 直撃だった。

 又も直撃だった。

 でも量は十倍以上だった。


 後ろの隊長は、・・・被害は最小限。

 つーか、隊長?

 あなた、今、咄嗟にタイジを盾にしませんでした?

 素晴らしい反射神経ですが。

 ライデクラート隊長の剛腕で後ろから襟首掴まれたら誰も身動きできないだろう。

 でも、ちょっとヒドクネ。

 気持ちは分からないではないが。


「これ、下剤を飲ませましたね?それも、かなり強力なのを」


「あー、うむ。

 その、メイスが抜けなくなったので、圧力をかければ抜けるのではないかと。

 いや、間違いだったみたいだな。

 今後はしないようにしよう」


 今後、何をどうしないのだろう?

 気持ちは全然分からないな。


「取りあえず、片付けと、清掃と、まずは窓を開けましょう」


「窓を開けたら、外から見えてしまうではないか」


「それは、そうですが、この臭いは何とかしないと」


 ライデクラート隊長は唸りながらもメイドに窓を開けるように指示した。

 半分だけ。

 全開は抵抗が有るらしい、いろいろと。

 外と言っても庭のはずなのだが。

 気持ちは、まあ、もう、どーでもいいな。




 タイジはメイスを持ったまま悶絶している。

 咄嗟に口と目を閉じたのだろう。

 口を閉じたまま四つん這いで唸っている。

 顔射というよりは上半身全部だな、これ。

 魔法で水を大量に出して頭からぶっ掛ける。

 何回か、ぶっ掛けた後で、メイドさんの持ってきたタオルで顔をぬぐってやった。


「あぁ、僕、もう、家に帰ってもいいかな」


 気持ちは、分かってあげたいよ、うん。


「取りあえず、着替えた方がいいな」


 タイジは自分の格好を見て情けない顔になり、そそくさと服を脱ぎだした。

 メイドさんが用意してくれた服を着て、また情けない顔になる。


「何で僕、わざわざ、施薬院の制服着て来たんだろう。

 夜中だから、そこまできちんとする必要は無いって分かってたのに。

 行き先がクロスハウゼン家って聞いたから、わざわざ制服着たんだよね。

 何で、着ちゃったんだろう」


「いや、おい、しっかりしろ。

 こちらのメイドさんが直ぐに洗濯してくれるそうだ」


「これ、洗濯したら着られるのかな?着ていいのかな?」


 重症だ。

 難病だな。

 まあ、オレだったら、三日間ぐらい風呂場に閉じこもる自信が有る。


「分かった。

 オレの施薬院の制服をやるよ。

 ほら、オレ、卒業して講師になったから、もう学生じゃなくなっただろ。

 制服も講師の物になるんだよ。

 体形、そんなに変わらない、オレがちょっと大きいぐらいだから十分着れるだろう」


「うん、そう、ありがとう。

 そう言えば施薬院の制服、一緒に買ったよね」


 さめざめと泣きだすタイジ。

 正確には、タイジが買った店を紹介してもらっただけだが。

 何か、感情がコントロールできなくなっている感じだ、無理も無いが。

 仕方がないので、タイジの下痢便塗れの制服をその場で魔法により洗濯・脱臭・消毒・乾燥してやった。

 タイジが涙を流して礼を言う。




 周りを見ると、何とか部屋の清掃も終わったようだ。

 オレはベッドに寝かされたままのクロスハウゼン閣下を診察する。

 肛門周囲の傷は軽微だが、直腸の中はかなり切れている。

 腸壁の傷を幾つかつついてみたが、どうやら、何か所かは完全に貫通しているようだ。

 下剤か、全く余計な事をしてくれた物だ。


 ライデクラート隊長を呼んで話をする。


「腸の壁が傷ついて、何か所か破れています。

 下剤で液状化した便が腸管内から腹腔内に漏れ出した可能性が高いでしょう。

 このまま放置すれば腹膜炎になり、命の問題になります」


 石垣隊長も顔が青くなる。


「命の問題だと?」


「腹を開いて、腹腔内の下痢便を掃除して洗浄する必要が有るでしょう。

 開腹手術になります」


「待て、開腹手術だと?

 そうなれば、治癒にはかなり時間がかかるのではないのか?」


「腹壁を切り開くことになりますので、常人ならば十日前後。

 魔力が高く、回復量の大きい閣下でも五日程度は安静が必要でしょう。

 腸もかなり爛れていますので、数日は絶食になります。

 それを考えると七日程度は必要かもしれません」


 隊長の顔がさらに青くなる。


「それは、まずい、本当にまずい」


「しかし、放置するわけにも行かないかと」


 数秒、目を閉じて考えた後、ライデクラート隊長は決断した。


「分かった。手術してくれ。今すぐ、頼む」


 なんだかんだ言って決断は早いね、この人。


「人数が必要です。外の部屋のハトンとダナシリを入れて下さい」




 二人が入る前に、クロスハウゼン閣下を仰臥位にして臀部は隠した。

 周りはオレが持ってきた手術用の布で覆う。


「ご主人様、手術と聞きましたが私は何をすればよろしいですか?」


 ハトンが入ってきたが、妙にテンションが高い。


「あれ、ご主人様、顔色悪いですか?

 何かありましたか?」


 いや、ハトンのテンションが高いのではなく、オレの方が下がっているのだろう。

 横ではダナシリが不思議な顔でタイジを見ている。


「タイジ様、何で着替えているのですか?」


「うん、いろいろ、あってね」


「いろいろ、ですか?」


 ますます、不思議な顔になるダナシリ。


「そう、いろいろあったんだ。

 何でこんなにいろいろあったんだろう?

 どーして、僕、ここに来たんだろう?」


 魂の抜け落ちた声でタイジが答える。


「手術、するのですよね?」


「へー、そうなんだ。誰が誰の?僕、何かするの?」


「オイ、タイジ、しっかりしろ!」


 未だに涙を流しているタイジを揺さぶる。


「ショックは分かるが、仕事だ。手術をするぞ」


 ダナシリがオレの袖を引く。


「あの、タイジ様に何が有ったのでしょう?」


「あー、色々とあってな。

 その、タイジが話す気になるまで優しく見守ってくれ。

 取りあえずは仕事だ。

 タイジにも何かさせた方がいい」




 ダナシリを宥め、タイジを無理やり立たせて手術を開始する。

 腹壁を開いて腹腔内を見てみれば、結構な量の糞便が。

 ハトンとダナシリが顔を顰める。

 君たちこれぐらいでビビるんじゃないよ。

 タイジ何て、うさ耳の中までほじくったんだぞ。


 洗う。

 とにかく洗う。

 オレが魔法で滅菌精製水を出し、タイジ達が横から吸引して汚物入れの壺に捨てる。

 汚物壺が三~四個満杯になるぐらい洗って、それから腸管に取り掛かる。

 空いた穴を縫合し、次いで肛門から空気を送り込んで穴を探す。

 穴を見つけたら縫合し、また穴を探す。

 地味な作業だが致し方ない。

 十数か所縫合し、最後にもう一度空気を送り込んで漏れが無いのを確認。

 確認したら、また、腹腔内の洗浄だ。


 三回ほど、洗浄して手術を終了した。

 抗生剤を筋注し、本日は絶飲食と指示する。

 明日、と言うか、今日の夕方にでもまた来る必要があるだろう。




 全てが終わって外に出たら、夜はすっかり明けていた。

 早暁の町をとぼとぼと歩く。

 オレもタイジも消耗が激しい。


「ねぇ、キョウスケ、僕、何のために医者になったのかな?」


 ボソっとタイジが話し出した。


「性病病棟で毎日頑張って仕事して、夜はマナが続くまで抗生剤を作って、寝る時間を削って勉強して、試験を受けて、僕、頑張って来たつもりだった」


 顔を見れば泣いていた。

 また、泣いていた。

 まずい、感情が不安定になっている。

 顔射二回だからなぁ。


「僕、頑張って医者になって、たくさんの人を助けて、そしてみんなから認められるような存在になりたいって思ってた。

 でも、僕が頑張って来たのって、夜中にメイスを引っ張り出して、・・・頭から被るためだったのかなぁ」


「メイスを被るのですか?」


 ダナシリが心底不思議だという顔をする。

 言葉を省略したくなる時があるって、説明しても意味無いな。


「待て、タイジ、考えるな。深く考えちゃいけない」


 タイジの両肩をつかんで目を見る。


「タイジ、お前は真面目で良い奴だ。

 だけどな、人間、いや牙族も、あんまり真面目過ぎるのはダメだ。

 少―し、斜めの方がいい。

 特に、医者はそうだ」


「斜め、に?」


「そうだ。

 真面目過ぎる奴は、今回みたいなのにぶち当たると砕け散るぞ。

 オレの先輩なんか、それで医者を辞める瀬戸際まで行ったんだ」


 そう、とっても真面目な外科の先生だった。

 確か、カソリックだったはずだ。


「やっぱり、何日も何か月も激務で、前日は何時間も手術して、そんで、夜はその報告書を書いて、寝床に就いたのは午前一時過ぎだったらしい。

 それが、午前三時に叩き起こされた」


「それって」


「ああ、症例は三〇代後半の男性、やはり『直腸内』だったそうだ。

 それで、すんごい精神的ダメージを受けた」


「何で、そういう人って夜中に来るのかな。

 診る方の気持ちなんて考えてないんだろうね」


「いや、まあ、そーゆーことするのは夜が多いってことだろうな。

 昼間っからやってるのも何だし」


「あー、そうだね。確かに昼間の変態というのはもっとキツイね」


 遠い目をするタイジ。


「それでも気力を振り絞って処置をしたらしいんだが、肛門から掘り出したのが、その、変な人形だったらしくてな」


「変な人形?」


「なんと言うか、特定の趣味の者が使う、複雑な形をした人形だったらしい」


「あー、そう。分かった。言わなくていいよ」


「それで、その人形を見た途端、彼はプツンと行ってしまったらしい。

 看護師、じゃなくて補助していた者の話だと、その人形を見た途端、顔色が真っ青になって、そのまま無言でふらふらと処置室を出て行ったそうだ」


 正確には、出てきたのは某アニメのフィギュアだったらしい。

 こんな複雑な形の物を良く入れた、という話でもある。

 オレが聞いてさらに驚いたのは、そのフィギュアが男性キャラだったことだ。

 どうにも理解できなかったのだが、たまたま一緒に話を聞いていた、腐りきった看護師が解説してくれた。


『多分、アラ〇ギ君がぁ、コ〇ミ君が僕の中にィィィィィィってことなんだと思いますよ』


 正解かどうかは分からない。




「それで、その先生、すんごいダメージを負ったんだね」


「ああ、そうだ。

 それで次の日、上司に、『病院を辞めたい』と言い出した。

『医者を続けていく自信が無くなった』って理由でな」


『救急というのは急病で苦しむ人を助けるための物と考えます。自分で自分の尻に人形を入れるのは急病でしょうか?』とか、

『私がこれまでしてきた努力は、特殊性癖者の肛門からう〇こ塗れのアニメのフィギュアを取り出すためだったのでしょうか?』とか、

『もう、医者を続けていく気力が有りません。医者を辞めます。』とか、

 色々と言っていたという。


「後から話せば笑い話だが、現実には臭い付き、感触付きだからなぁ」


「キョウスケ、その話、僕、全然、笑えない」


 ダメだ。

 こっちも、ダメだ。

 表情、ガチガチ。


「それで、その先生はどうなったの?」


「あまりにも顔色が悪かったんで、とりあえず七日間ぐらい休めって話になったらしい。

 それで、その日は帰ったらしいんだが、数日後にド田舎の、その、・・・砦の跡で一人蹲っているのを巡回中の衛兵に見つかったらしい。

 何でも、人のいない所に行きたかったんだそうだ」


「あー、何か、すごい良く分かる」


 シミジミと語るタイジ。

 実際に見つかった場所はム〇ト岬だ。

 とにかく人のいない所に行きたいと考えた彼が選んだのがそこだった。

 何故、ムロ〇岬を選んだのか理由は分からない。

 何でも、旧軍の砲台跡というか要塞跡みたいなのがあって、その中でボーッと座っている所を巡回の人に見つかり、勤務先として病院に問い合わせが来たという。


「ひどく衰弱していたらしいんだが、上司が引き取りに行って、その後、実家に戻って静養したそうだ。

 それで、何とか数か月後に職場復帰できたらしい」


 実は、自宅療養になったという所までしか聞いていない。

 その後、復帰した、・・・んじゃないかとは思う。

 頼むから、復帰していてくれてたら、いいなぁ。


「そうかー、その先生は復帰できたんだね。

 良かった。本当に良かった」


 涙流して喜んでいる。

 感情移入し過ぎだろう。


「あのな、タイジ。

 その、真面目なのは基本的には良いことなんだが、真面目過ぎるのは良くないんだよ。

 特に医者はそうだ。

 医者ってーのは、人間の裏側というか、底辺というか、ダークサイドを見る、見ることになっちゃう職業なんだよ。

 今話した先生みたいに真面目過ぎると、真正面から攻撃を受けて蹂躙されちまう。

 だから、少しだけ斜めになった方がいい。

 何もバフシュ・アフルーズぐらい斜めになれって訳じゃない。

 少ーし、少しだけ斜めに成る」


「そうなの?」


「そうだ、それで、物事を真正面から受け止めずに、受け流す。

 ほら、シャイフだって少し斜めじゃないか」


「シャイフ先生も?」


「そりゃそうだ。だってバフシュを飼ってるんだぞ」


「言われてみれば」


「そうだろ。

 だから、少し斜めに、『人類皆変態』ぐらいに思ってれば、こーゆー時のダメージは少ないんだ」


「それが、キョウスケの座右の銘なの?」


「いや、そんな大層な物じゃないけど」


「でも、僕、キョウスケと違って変態じゃないよ。

 変態になれるように努力した方がいいってこと?」


「ちょっと待て、オレも変態じゃないぞ。

 つーか、そーゆー考え方が、真面目過ぎるって話だよ」


 タイジ君、君、オレの事、どー考えてんのかな?


「タイジ様、もっと気楽に、形式ばらずに、ってことですよ」


「あー、そうそう、そんなとこ」


 ダナシリのフォローに全力で乗っかる。

 タイジは未だ分かったような、分からないような顔をしている。

 だが、表情自体はかなり和らいだ感じだ。

 まあ、何とか大丈夫だろう。


「それにしても、その、閣下とライデクラートさん、こんな日に変なことするよね。

 明日、じゃなくて、今日、出発でしょう」


「まあ、遠征に出たら、しばらくそーゆーことはできないから、頑張っちゃった、のかもな」


 オレの答えに、またタイジが遠い目になる。


「あの?」


 その時、ハトンが手を挙げた。


「閣下って、さっき手術をして、少なくとも数日は動けないのですよね。

 今日の師団の出発はどうなるのでしょう?」




 オレ達は顔を見合わせた。

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