04-02 夜間に多い病気

 きれいな月の夜だった。

 オレは夜目が利く。

 前を進む案内人は魔法のランタンを持っている。

 高価で高性能な品だが、だからと言って後ろまで明かりが届くわけではない。

 横を歩くハトンは遅れがちだ。

 元々歩幅が短い上に暗いのだから致し方ない。

 最初は渋っていたが、何度か転びかけて、やっとオレの手を握ることを承諾した。

 ゲレト・タイジの家に着く。

 門前には既に準備を整えたタイジとダナシリが待ち受けていた。

 合流して先を急ぐ。




 使者が来たのは一時間ほど前になる。

 深夜の『急患』による『往診』依頼。

 相手がクロスハウゼン家では断るという選択肢はない。

 オレ一人で対応できそうかと聞くと使者は言葉を濁した。

 信頼できる相棒としてゲレト・タイジを指名。

 使者には先にゲレト家に向かって貰った。

 地理的にはオレの家からクロスハウゼン邸に行く途上にゲレト家がある。

 オレ一人で、あるいはワリーを連れて行こうかと考えたのだがハトンは強固に自分が行くと言い張った。

 施薬院に入ったばかりでテンションが上がっているのだろう。

 結局連れていくことにした。


 到着すると、この館の主人の第三正夫人でもあるライデクラート石垣隊長に出迎えられた。

 所謂、丑三つ時だが、きっちりと服を着こんでいる。

 相変わらず凛々しい男前だ。

 魅惑のテノール、じゃなくてアルトヴォイスで話しかけてくる。


「キョウスケとゲレト・タイジだな。夜分迷惑をかける」


「患者はどちらに?

 どのような症状でしょう?」


「それなんだがな」


 この人にしては歯切れが悪い。


「うむ、それでは、男だけにしよう。

 キョウスケとタイジだけこちらに入れ。

 従者はここで待機だ」


 ぐるりと見まわした上で、オレとタイジだけが奥に通される。

 通された部屋に患者がいるかと思えば、そこもまた控室だった。


「分かっているとは思うが、今日の事は他言無用だ。いいな」


 タイジと顔を見合わせてから頷く。

 オレ達の返事を確認した隊長は、改めて奥の部屋の扉を開いた。

 部屋の中には、・・・誰もいない。

 多分、カゲシトの一般的な貴族邸宅の一室なのだろう。

 ちょっとしたマンションのLDKぐらいの広さは有る。

 壁は壁紙代わりのタペストリーが下げられ床は板張りだ。

 幾つかある窓は扉が固く閉ざされているが、室内には魔法の照明が多くあり、かなり明るい。

 虹彩が黒い人間でも読書程度はできそうだ。

 部屋の奥にはもう一つ扉が有り、部屋の中には大きめのベッドが一つと簡易応接セットみたいなテーブルと椅子があった。


「今、呼んでくる」


 ライデクラート隊長が奥の扉に消え、暫くすると大勢連れて戻って来た。

 隊長の先導で従者に囲まれて部屋に入って来たのは、クロスハウゼン・カラカーニー閣下その人だった。

 貴族としての『権僧正』という位は諸侯で言えば公爵に準ずるという。

 軍人としての『都督補』という階級は『都督』に次ぎ元帥補佐か大将という感じだろう。

 魔力量では現在帝国内のトップとも目され、国家守護魔導士の称号も持つ。

 トレードマークとも言える細面に鷲鼻、カイゼル髭は健在。

 流石に夜中の為かモノクルは付けていない。

 だが、顔色が悪い。

 つーか、真っ青だ。

 身長はオレより高かったはずだが、・・・縮んだ?


 原因は直ぐに分かった。

 極端な蟹股で腰を落として歩いているのだ。

 上半身は普通に服を着ているが、腰には毛布を巻いている。

 顔面蒼白のまま、額から脂汗を流し、ライデクラート隊長に手を引かれ、のっしのっしとやって来る。

 かすかに、何かが床を擦る、・・・ような音。

 何と言うか、・・・ゴ〇ラだな。

 この腰の位置と足の運びはゴジ〇だ。

 そうとしか、言い様がない。

 もう、悪い予感しかしない。




 クロスハウゼン・カラカーニー閣下はゆっくりとベッドに到達し、そのままベッドの上にうつ伏せに倒れ込んだ。

 はらりと毛布が落ちる。

 うん、何故か断然夜間に多く発生する病気だ。

 殊に深夜に多い、気がする、多分。


 クロスハウゼン閣下のお尻から棒が生えていた。


 長さ五〇センチ弱、直径は三~四センチだろうか。

 先端には持ち手というか握りと言うか、滑り止めの布と金具が付いている。


「この棒は、何でしょう?」


 努めて平静に話をする。


「メイスだ」


 ライデクラート隊長が端的に答える。


「なるほど、メイス、ですか。

 では、その、メイスのヘッドの方は肛門の中に入ってしまっている、ということですね?」


「うむ、まあ、そうなる」


「なるほど、ヘッド部分は完全に入ってしまっていると」


「その、偶然、なんだ」


 聞かれてもいないことを話し出す第三正夫人。


「閣下が、そう、入浴後に部屋をうろついておられて、それで偶然、壁に寄りかかったところ、そこにメイスがあって、だな」


「なるほど、それで偶然、肛門に入ってしまって、・・・そして抜けなくなってしまった訳ですね」


「うむ、いや、全く、その通りだ」


 三人程いるクロスハウゼン家のメイド達は能面のような表情で微動だにしない。

 横を見ればタイジがポカンと口を開いたまま目を見張っていた。

 ガウレト族の特徴である非対称の耳が頭の上で痙攣している。

 参った。


「それで、このメイスですが、どのような大きさなのでしょう、形は?」


「そうだな、汎用のメイスで、直径が七~八センチほど。

 八角形で、突起は無いが角は少し尖っていたと思う」


「汎用の物でしたら、同じ物が有りませんか?」


「ああ、うむ、確か有った筈だ。今取って来よう」




 ライデクラート隊長がメイスを探しに部屋を離れる。

 オレはメイド達に断って、硬直したままのタイジを隣の部屋に引っ張った。

 幸いと言うべきか、ドアはがっしりとして建付けは良い。

 部屋との間の壁も厚いので防音効果は高いだろう。

 ・・・多分、そーゆー部屋なのだろう。

 場所を変えた途端、タイジが堰を切ったように話し始めた。


「ねえ、キョウスケ、あれ、何?

 何なの?

 肛門にメイスって何?

 何で肛門にメイスが入ってんの?

 抜けなくなったって、どこまで入れたの!

 ヘッドが全部入ってるって、そんなこと有り得るの?

 ねえ、偶然って何?

 偶然?

 メイスが?

 肛門に?

 全部入った?

 直径八センチだよ!

 どーやったら入るの?

 寄っかかったら入るの?

 メイスのヘッドが全部入っちゃうって、どーゆー勢いだよ!

 だいたい、メイスが立ってたっていうの?

 ヘッドを上にして立ってたっていうの?

 どーやって立つんだよ!

 どういう偶然なの?

 んな偶然が有るの?

 そりゃさー、確かに可能性は否定できないよ。

 でもさー、そんなの、明日、カゲシンのお山が噴火してカゲシトの町が溶岩で埋まるより確率低いよ!

 そうでしょー!」


 興奮で言葉が止まらないタイジの両肩に手をかける。


「落ち着け。

 いいか、こーゆー症例に対しては鉄則が有る。

 その第一は、問い詰めちゃいけないって事だ。

 問い詰めたってどーにもならん」


「ちょっと、待ってよ。

 患者が本当の事言ってくれなかったら治療なんてできないでしょ」


「いいか、奴らは確信犯だ。

 分かっててやってる。

 だから本当の事なんて言わん」


「でも、裸でうろついて、壁にもたれかかったら、メイスが直立してました、なんてあり得るわけないよ!」


「パターンなんだよ。

 みんな、そう言うんだよ。

『直腸内異物』ってカテゴリーはそうなんだ。

 大体、風呂上がりに裸でうろついてて、勢いよく椅子に腰かけたら、たまたま椅子の上にスプレー缶があって、それが肛門に嵌まり込んで抜けなくなるんだよ。

 風呂場の中で尻もちついたとか、壁にもたれかかったとか、多少のアレンジはあっても基本は同じだ。

 必死に考えた言い訳なんだから、心を広く持って受け入れるんだ!」


「だから、そんなんで、直径八センチのメイスが入る訳、・・・」


「いいんだよ。

 こーゆー事例では本当の事を言われたって何の役にも立たないんだから。

 真実なんて、どーでもいいんだよ」


「どーでもいいって、それはないでしょう」


「タイジ、じゃあ、聞きたいのか?

 一輪挿しの花瓶をおしりにずぼずぼしていたら気持ちよくなり過ぎて勢い余って全部入って抜けなくなりました、とか聞きたいのか?

 花瓶性大腸炎とかカルテに書きたいのか?」


「確かに聞きたくはないけど、・・・カビン性って何?

 下痢とかがひどくなる奴?」


「大腸が過敏になるのが過敏性大腸炎で、大腸に花瓶が入るのが花瓶性大腸炎、らしい」


「良く分かんないけど、こんな事繰り返さないようにしっかり指導しないと」


「それは、本人と周囲がそれを治そうって気が有れば、だろう。

 治す気が無いのに説教したって無駄だ」


「でも、それじゃ、繰り返すかも知れないじゃない」


「確かにそうだが、まあ、次はオレ達じゃないと信じよう」


 以前、読んだ論文によると『直腸内異物』は常習性があり、一人の患者が複数回受診した例もあるようだ。

 何でも回を重ねるごとに異物が大きくなって行く傾向にあるという。


「そんなんでいいの?」


 タイジは納得していない。

 というかかなり不安そうだ。


「つーか、それしか手が無いんだよ。

 いいか、感じちゃダメだ!

 考えるんだ!

 今、目の前にある事象にのみ集中するんだ」


「今、目の前にある肛門、目の前のメイスに集中するってこと?」


「うん、まあ、そうだな」


「あのさー、さっきからキョウスケ、随分と詳しいけど、こんなの、そんなに経験してたの?」


「いや、別に、・・・オレが体験したのはスプレー缶の一例だけで、他は聞いた話だな」


「スプレー缶って何?」


「あー、そうだな、直径五センチぐらいの円柱型の金属だな。中身は空だが」


「それだと、今回のよりは小さいね」


「ああ、肛門括約筋の局所麻酔だけであっさり抜けた。

 オレが聞いた中で最も太いのは、金属バットのヘッドの方が嵌まっていたという例だな」


『肛門バット』とか『ケツバット』とか呼ばれた症例らしい。


「だから、金属バットって何なの?」


「あー、まーそうだな、やっぱりメイスの一種だな」


 まあ、そーゆー用途にも使うしな。


「それで、キョウスケ、そーゆーのどこから聞いてくるの?」


「いや、まあ、色々と。あー、それより部屋に戻るぞ」




 タイジの興奮が収まったのを確認して、取りあえず部屋に戻る。

 タイジ、納得はしていないようだが、医者としての業務には前向き、だと思う、多分。

 まあ、オレ自身、全然納得していないんだけどね。

 五〇台男性の陰部、リアルの感触、臭い付き。

 あんまし見たいものではないし感じたいものでもない、特に午前三時には。

 部屋ではライデクラート隊長が待っていた。

 持ってきてくれた『同型』のメイスを検分する。

 割合、小型の物で、直径は最大の所でも七センチ弱。

 金属バットと同程度だろうか。

 ただ、鈍器なので重量は結構あるし、八角形の角の部分はそれなりに尖っている。

 これは、宜しくない。

 それから、メイスであるからバットのようになだらかに細くなっている訳ではない。

 ヘッド部分の下は急速に細くなる。

 玉ねぎの真ん中に棒を突き刺したような形状だ。

 これも、宜しくない。

 ただ、棘のような突起は無いし、変にこじれた形でもない。

 無理やり引っこ抜いても、大丈夫、ではないかと思える。

 少なくとも、腸壁が盛大に抉れて滅茶苦茶とはならないだろう。


 相談の末、取りあえず肛門括約筋に局所麻酔をかける。

 まあ、魔法だ。

 魔法はうまく利いてくれた。

 引っ張ったら、肛門がビローンと伸びた。

 メイスのヘッドの下の方が露出する。

 しかし、完全に嵌頓してるな、これ。

 メイスのヘッドが骨盤腔に嵌まり込んで固定されてしまっている。

 どうしようね、これ。

 ところで、オレがメイスを動かそうとするたびに、「フォォー」とか「ハゥオー」とか妙な声を上げるのは、できれば止めて頂きたいのだが。

 リアルでは言えないけど。

 その、閣下のイメージが壊れます。

 壊れ尽くして再構成されちゃってる気もするが。




「えーと、取りあえず、この状態で引っ張ってみましょうか」


 タイジと石垣隊長の賛同が得られたので、一回引っ張ってみることにした。

 持ってきてもらった油をメイスと腸壁の間に入念に垂らす。

 続いて閣下の胸のあたりにベルトを巻き、それをロープで正面から引っ張ることにした。

 閣下にはベッドの端で両手をベッドにつき、両足は床で、おしりを突き出す形で前かがみに立ってもらう。

 勿論、蟹股のままだ。

 ロープを引っ張るのはタイジだ。

 閣下の正面でベッドの上に陣取る。

 メイスを引っ張るのはオレとライデクラート隊長。

 肛門・直腸の様子を見るため、オレが前だ。

 メイドのうち一人は閣下の肛門を広げておく係で、残りの二人は閣下の両脇から肩を抑える形である。


「では、引くぞ!」


 ライデクラート隊長の掛け声で、引っ張る。

 渾身の力で引っ張る。


「フォゥオゥオゥオゥォォォォォォォー」


 閣下の絶叫と言うかなんと言うかが部屋に響き渡る。

 だが、引っ張っている方はそれどころではない。


「どうだ、少しは動いたか?」


「いえ、あまり、いや、ほとんど動いていません」


「もう一度だ。タイミングを合わせろ!せーの!」


 隊長の音頭で、再び、全員が頑張る。


「あああああああああ、はうあうあうあーはぅーーーー」


 いや、だから、その力が抜けるような声は、ちょっと。

 って、あれ?

 何ですか、閣下?

 何でしょう、そのフルスロットル状態?

 さっきまで、お辞儀してましたよね。

 何で、こんなにお元気に?

 うん、あー、そうだよね。

 深部感覚って局所麻酔では消えないもんね。

 元々、そーゆー趣味だから、こんな所にこんな物が入ってるってことだよね。

 それで、ひょっとして、感じてるってこと、なんだろうな。

 コレって危険じゃね?

 特に真正面のゲレト・タイジ君。


「おい、あの、タイジ。

 その、下の方に気を付け、た方がいい、ように思うぞ」


「え、何、キョウスケ、何言ってんの?」


「引くぞ、もう一度だ!」


 ライデクラート隊長が号令する。

 え、今、引いたら、今、刺激しちゃったら。


「はう、ああああ、くくくくくくく、くるぅぅぅうー」


 あ、発射した。




 次の瞬間、こけた。


 閣下も、オレも、ライデクラート隊長も、三人のメイドも。

 タイジが手を離したのだ。


「いきなり、手を放すヤツがあるか!」


 床に転がったまま、隊長が叫ぶ。

 タイジは床で四つん這いに蹲っている。

 反動で背後の壁に激突し、そのままベッド下に転げ落ちたようだ。

 閣下も床に転げているが、妙に幸せそうな顔で半ば意識を失っているようだった。

 オレはタイジの救援に向かう。

 魔法で水を出して顔にかけてやる。


「口に入った、口に入った」


 タイジが情けなさそうな口調で訴える。

 これは責められんわな。

『顔射』だけでも地獄だろうに口にまで入ったか。

 メイドに布とコップを持ってきてもらい、顔を拭い、うがいをさせる。

 隊長、何、勿体なさそうな顔してるのかな。

 そー言えば、この世界、男性が出したものには女性に有用なマナが含まれるって話だったけど。

 メイドさんも、顔を拭いたタオルを舐めるとか、・・・こっちの常識が分からん。


 その横でガラガラと盛大に音を立ててうがいを繰り返すタイジ。

 うん、慰めの言葉も無いな。

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