03-26 三月十日 武芸大会Bブロック

 アリーナに戻ってみれば、Bブロックの戦いが始まっていた。

 何と言うか、・・・いろいろと酷い。

 先ずもって、審判が変わる。

 Aブロックでは主審一名に副審二名の三名体制だったが、副審四名の五名体制になる。

 審判の鎧も見るからにごつくなった。

 それだけ危険って事だ。


 Aブロックでは基本、人族同士の、それも上流貴族が中心の戦いで、結構紳士的だった。

 例えば物理的な打撃では良いのが一発入ったら、大体、試合が止まる。

 審判が駆け寄って、試合終了を宣告するのを待つのだ。

 時々、試合が続行される場合もあるがそれで文句が出ることも無い。

 対してBブロックの試合は、容赦ない。

 メイスの一撃が脳天に決まっても、審判が止めるまで二発三発ぶち込むのが基本だ。

 相手が両膝ついても蹴りをぶち込み、横っ面を殴り飛ばす。

 逆に、敵の攻撃を喰らったと見せかけて下から相手の股間を狙うとか、もう何でも有り。

 魔法も、風魔法で砂を飛ばして目つぶしとか、熱湯を用意しといて浴びせかけるとか、至近距離低魔力でえげつないのが、たくさん。

 逆に牙族同士だと、挑発し合って、互いに武器を捨て、鎧を脱いで肉弾戦の殴り合いなんてのもある。

 どうやら、危なそうな奴がBブロックに集められたようで、月の民、牙族だけでなく、人族の蛮族系、何か得体のしれないのとか、まあ、色々。

 三月三日からの予選優勝者も全員、Bブロック。

 予選優勝者には職業剣闘士とかもいて、とにかくスプラッタというか容赦ない。

 相手を切り裂いて派手に出血させるのが受ける、ということなのだろう。

 で、何か知らんが、観客は大興奮。

 掛け声も明らかに違う。

「殺せー」とか、「やったー、腕がちぎれたぞー」とか、殺伐としたのが少なくない。

 Aブロックの時には無かったんだけどな。

 そっちでは期待していなかったのかもしれない。


 あ・・・死んだ。

 首が吹っ飛んだ。

 観客は、・・・大歓声。

 いいのか、宗教国家?


 何か、A、Bのブロック分けもあながち贔屓とか偏見とか言えなくなってきた。

 確かに、隔離は必要だよ。

 つーか、オレが隔離されたくなってきた。

 施薬院メンバーもやたらと忙しくなった。

 ただ、オレはさほどでもない。

 施薬院医療班はアリーナの東側と西側に配置されている。

 それぞれ自分の入退場口の出場者に対応する。

 大物には全員で対応することになっているが、基本はそれぞれだ。

 基本的に出場番号が若い方が東側で番号の大きい方が西側になる。

 よってBブロックで一番若い、三三番のシマは常に東側入退場口を使う。

 シマが西側を使うのは決勝戦だけだ。

 シマは極めて狂暴だが所詮は愛玩動物なのでこの面子の中ではかわいい方である。

 エクスカリバーで相手の武器や盾を粉砕して、勝負を終わらせている。

 であるから、シマの対戦相手はほとんど怪我もせずに試合を終える。

 オレ達、西側医療班は何もしなくていい。

 対してだが、六四番。

 つまり常に西側を使うフロンクハイト代表セリン・ティムグレンは、滅茶苦茶狂暴だ。

 つーか、おかしい。

 施薬院に来ていた時は普通に質問とかしていたんだが。

 中身が入れ替わったのか、これが素なのか。

 剣で殴り倒した相手をさらに上から剣で突き刺すとか、手足を全部折るとか、・・・東側は大変だろう。

 今も、戦意を喪失した相手の兜の開口部からファイアーボールを叩き込んでいる。

 あれ、死んだ、というか、消し炭じゃネ?

 さっきの首チョンパは剣を止めきれずにって感じだったが、今のは明らかに狙って殺してるよね。

 まあ、医療班としては楽だけど、・・・そーゆー問題でもないな。

 観客もドン引き、・・・でも、無かった。

 いや、引いてるとか、言葉を失ってるのも、それなりにいるけど、それ以上に興奮して熱狂してるのが多い。

「いいぞ、ドンドン、ヤッチメー」とか、「流石は吸血鬼だ!」とか、「異教徒が死んだー」とか、・・・何だろね。


「いくら何でも、彼女、ちょっとおかしくありませんか?

 ここまで残酷にやる必要は無いでしょう」


「確かに以前見た時とは違うように思いますが、・・・」


 オレの疑問にシノさんが考え込む。


「ただ、一概に、おかしい、とは言えません」


「狂暴化しているように見えませんか?

 例の『死人薬』の話もあったでしょう」


「確かにそのような感じも受けますが、・・・意外と冷静なのかもしれません。

 今、殺した相手はジャロンディグ出身、恐らくは海賊です。

 マリセア正教徒ではありません。

 さっき殺した相手もドラグナーでした。

 龍神を崇める少数民族です」


「えーと、つまり、殺す相手を選んでいると?」


「そうです。

 マリセア正教の教えでは人を殺すなかれとあります。

 ですが、これは異教徒には適用されません。

 マリセア正教の僧侶は対外的な建前としては、異教徒を積極的に殺せとは言いません。

 ですが、殺されても仕方がないという見解の者が少なくありません。

 一般市民の間では異教徒は殺しても構わない、罪にならないという見解が主流でしょう」


 まあ宗教だよね。

 新約聖書にもコーランにも、人を殺すなと書かれている。

 異教徒を殺していいと書いてもいなかったと思うが、現実には地球でも宗教戦争は過去に何度もあった。


「ティムグレンは、マリセア正教徒が相手の場合は、重傷は負わせても殺してはいません。

 殺しても観客に非難されない、むしろ称賛される相手を選んで殺しているのです」


「つまり、冷静に殺す相手を選んでいると?」


「そうです」


「えーと、じゃあ、ちょっと待ってください。

 セリン・ティムグレンがシマと戦って、・・・」


「そうです。その通りです」


 シノさんが、真剣な目つきでセリンを睨む。


「この流れで、彼女が戦いの中でシマを殺したとしても、事故で済まされるでしょう。

 彼女が殺したのがシマだけであれば、月の民同士の抗争として問題視される可能性が有ります」


「でも、それなら、全員、殺しまくった方が、・・・ああ、そうか、あんまり殺すと審判に出場停止を宣告される可能性がありますね」


「彼女は四戦戦って二人殺しています。

 出場停止になりにくい相手を選んで殺しているのです。

 どうです、意外と冷静ではありませんか?」


「確かに。でも、そうすると、ですが、シマに忠告しておいた方が良いんじゃありませんか?」


「それは、特に必要ないでしょう。

 ミスズ達も付いています。

 戦いの状況はシマにも知らされているはずですし、セリン・ティムグレンが武芸大会であわよくばシマを殺そうとしているのは想定されていました。

 そもそも、現状でシマが負ける要素が有りません」


「確かに実力差はかなり有るように見えますが、・・・何か隠し玉が有るような気がするんですよね」


「それは否定しません。

 ですが、最悪の場合、規則は無視して私が介入します。

 何のために私がここにいると思いましたか?」


 ・・・酒飲んで観戦するためと思ってました。




「それより、あなた、シマと約束していたのでしょう。

 血を飲ませるのでしたら急がないと」


 現在は死者の後片付けで手間取っているが、次の試合はシマの準々決勝で、その次がシマとセリンの準決勝だ。

 確かに行かないと間に合わないが、・・・。


「実は、女性出場者の控室には当日は男性の入室禁止なんです」


「そんな規定が?」


 素直に驚いているようだ。


「私も知らなかったんですが、男性由来のマナ摂取禁止らしいです。

 男性出場者の控室には女性入室可能なんですけどね」


「それ、シマは?」


「私もシマも今日の朝に知りました。

 それで次善の策を取っています。

 血液を袋詰めにして渡したんです。

 二袋、合計二〇〇ミリリットルぐらい」


「血液は体外に出すと直ぐに劣化してマナが抜けますよ」


「それの対策はしました。多分大丈夫だと思います」


「対策、ですか?」


 訝し気な顔になった。

 まあ、色々と、虚数空間関係のテクニックを使ったからな。

 話を変えよう。


「それはそうと、血液補給の事、知っていたんですね。

 シマは内緒にしてくれって言ってましたが」


「ああ、何となくで分かります。詳しくは数日前にシマから直接聞き出しました。

 あの子が私に隠し事などできません」


「素直に話したんですか?」


「いいえ。少し拷問しました」


「拷問?」


「動けなくして、全身にキスしてあげたんです。肝心なところは抜かして」


 いいなぁ、その拷問。

 オレもして欲しい。


「ところで、酔ってますか?」


 ブランデー、一リットル瓶が六本目。


「いいえ、全然です」


 この空瓶、どうしよう?

 空き瓶も高いみたいだが。

 オレはハナを呼ぶと、空き瓶の始末と、シマへの伝言を頼んだ。




「皆様お待ちかね、準決勝第二試合を行います。

 東側はセンフルール出身の留学生、アジョー・シマクリール。

 西側はフロンクハイト出身の留学生、セリン・ティムグレン。

 Bブロック最終戦です。

 勝者は決勝に進出します」


 場内アナウンスは風魔法で行われる。

 結構、響く。

 音量としては十分だが、アナウンス内容はあっさりだ。

 ボクシングの場内コールみたいな芝居がかった演出は無い。

 そういう文化が無いのかというと、そうでもなくて、単に禁止されているらしい。

 名前が聞き取れないのは困る、特定の出場者に肩入れしているように思われるアナウンスはダメ、ということらしい。

 お偉いさんからクレームが多いという。

 思い返してみれば、オリンピックの場内アナウンスとかも淡々としていたような気がする。

 よく覚えていないが。


 時々聞いていたが、『アジョー』というのはセンフルールの地名の一つで、シノさんたちの家族名でもあるらしい。

 センフルール州のアジョー郡という感じのようだ。

 厳密に言うと『センフルール』は地域名、部族名、国家名で、センフルールの名乗りを許されるのは限られる。

 ただ、センフルール以外の外国人からは、センフルールの人という意味で、名字みたいに使われることがしばしば有るので、かなり混乱しているようだ。

 現在、カゲシトにいるセンフルール勢で『センフルール』の名乗りを許されているのは、シノ、シマの二人だけだ。

 だが、外部からは全員がセンフルールと呼ばれることが多く、いちいち訂正するのも面倒なのでそのままにしているとの事。

「センフルール・ハナ」と呼ばれるのは、本人にとっては「ドイツ人・ヨハン」みたいな感じらしい。

 で、全員が『アジョー地区』の出身らしいのだが、ハナの家族名は『トジョー』とのこと。

 で、ハナ以外は全員が『アジョー』だ。

 ・・・覚えられないって?

 うん、オレも覚える気はない。

 だって、覚えても使う場所ないし。

 シノさんは長々と説明してくれたのだが、オレに覚える気が無いと悟ったのだろう。

 これまで通りに個人名だけで良いと、ため息をつかれた。

 将来、センフルールで苦労しないように少しずつ覚えた方が良いとか言ってたが、・・・それ、オレがセンフルールに行くという前提だよね。

 気に入られているのはうれしいが、決めつけられるのはちょっとねー。


 まあ、そんなんで、両者が、アリーナに出てきたのだが、・・・。

 二人とも顔、真っ赤だ。


「あれ、明らかにおかしくありません?」


 シノさんが目を見開いて驚愕している。

 すぐ横に立っているセリン・ティムグレンは完全に興奮状態だ。

 いや、さっきまでも興奮状態だったとは思うが、今はレベルが違う。

 顔面紅潮、両眼充血、発汗過多、過換気気味の呼吸、脈拍もかなり増えているだろう。

 アリーナの反対側のシマも明らかに顔が赤い。


「死人薬?」


「前にも言いましたが死人薬は、多少はマナを増加させますが、理性的な戦闘が出来なくなります。

 使用するメリットがあるとは思えません」


 そうこうするうちに試合は始まる、始まってしまった。


 両者正面から突進して、・・・突進して殴り合い、・・・。

 いや、二人とも剣は使っている。

 使ってはいるものの、ただ正面から剣を叩きつけ合っているだけだ。

 技術も駆け引きも無い。

 なんなんだ、コレ。

 ガンガンと派手な音で剣と剣がぶつかり合う。

 セリンは当初、右手に剣、左手に盾だったが三回目ぐらいで盾を捨て両手で剣を握るようになった。

 シマは最初から両手持ちだ。

 ガンガンというかガツンガツンというか、音だけは派手な戦いが続く。

 観客は、ヒートアップしている。

 両者、顔を真っ赤にして打ち合う事十数回、ついにセリン・ティムグレンの剣が折れた。

 そしてシマの次の一撃がまともに胸元に入る。

 セリンの体が吹っ飛び、マンガみたいに数十メートル吹っ飛んで、壁に激突した。

 シマは追い打ちをかけようとして、審判に制止された。

 シマの顔は真っ赤で両目は赤くなっている。


 壁に激突したセリンは動かない。

 審判が確認して、試合の終了が宣言された。

 どーなってるのか、判断が付かない。

 シマは、オレの伝言を聞かなかったのだろうか?

 それともハナが間に合わなかった?


 セリン・ティムグレンが係員に担架で運ばれていく。

 横に付き添うのはGカップ以下のメイド達だ。

 それを追ってオレもアリーナから出る。

 廊下に入ると、ちょうどミスズとフキがこちらに来るところだった。

 シマは、これから直ぐに決勝戦になる。

 三時間以上休養したAブロックの少僧正御子息との戦いだ。

 当然観戦したいところだが、ここは我慢だ。

 シマの様子も心配だが、シノさんもいる。


 担架上のセリン・ティムグレンは明らかに危ない顔をしている。

 いや、月の民の命がどこからやばくなるのかは分からんが、普通の人間でいうなら明らかなショック状態だ。

 頸動脈で拍動が触れないってーのは、月の民でもまずいんじゃなかろうか?

 フロンクハイトのメイド達も焦った顔をしている。

 フロンクハイトの選手控室に着く。

 セリン・ティムグレンが運び入れられる。

 と、カイエン・ウィルヘルミナが立ちはだかった。

 十三歳のCカップ。

 オレに『魅了』をかけてきた女の子だ。

 彼女はオレとオレの率いる医療班を前に言い放った。


「セリンの手当ては私たちが行います。

 皆さんは必要ありません。

 お引き取り下さい」


 なるほど、そう来たか。

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