03-25 三月十日 武芸大会開催

 カゲシト市内の一角に闘技場がある。

 結構でかい。

 観客席は五万人以上入るらしい。

 中央のアリーナはサッカーグラウンド程度だろう。

 結構な頻度で催し物があるのだが、オレはこれまで来たことが無かった。

 単純にその暇が無かったのだが、そそられなかったのもある。

 一番多い催し物が、『公開処刑』なんだよね。

 しっかし、中世ってどこでも公開処刑あるよね。

 見せしめもあるけど、娯楽って感じが漂ってるのはなんだろう?

 ここ、宗教国家なんだけどな。


『公開処刑』以外の催し物として、人気が有るのは『戦車競技』。

 四頭立ての馬車が競争する奴で、古代ローマとかで行われていたのに近い感じ、・・・らしい。

 見たことが無いので勝手な想像だが。

 人と人との戦いも人気、・・・らしい。

 これは細かく部門が分かれていて、武器や鎧を使用しない肉体系とか、武器と鎧あり、あるいは騎馬での戦いなんかもある、・・・らしい。

 肉体系は兎も角、武器とか使ったら結構危険だろうと、施薬院の小太り君ことアフザル氏に聞いたら、「そうでもないよ。死ぬのは一日に数人だ。十人を超えることは滅多にない」とのことだった。

 えーと、・・・宗教国家なんだよね?


 古代ローマみたいな見世物用の奴隷はいない、・・・事になっている。

 少なくとも、建前上は。

 出場者は高額賞金が出るし、勝ち続ければスターになるので、自発的に参加する者も少なくない。

 しかし、自発的参加者だけでは圧倒的すぎる需要に足りない。

 全然足りない。

 死傷者から考えると、毎月少なくとも二〇人、できれば五〇人は新人が必要という。

 だからして、『実質的な奴隷』が多数動員されている、・・・らしい。

 何でも、剣闘士やら、レスラーだかを取りまとめている集団というか店というか、多分ヤクザ集団みたいのが十数個あって、様々な手段で戦う人間を確保しているのだとか。

 ここ、ホントに宗教国家なのかね?


 ちなみに、死者や負傷者が多数出るので医師は常駐している。

 金払いが良いそうで、人気というか施薬院では奪い合いの職場だ。

 ただ、シャイフ教室は係わっていないので、オレも参加していない。

 シャイフ教室が闘技場と係わらないのは、多くの上級貴族を常連として抱えていて金に困らないのもあるが、シャイフが意図的に係わりを避けているためだ。

 間接的でも裏社会との取引が嫌いらしい。

 ・・・シャイフって意外とまともな気がしてきた。

 これで、オレと某Bカップをくっつけようとしないのなら尊敬してやってもいいんだが。




 武芸大会だが、極めて人気のある催し物だ。

 何故に人気が有るかと言えば、カゲシンの公式で、カゲシトだけでなく帝国全土から参加者が集まる事にある。

 ・・・という事になっているが、一番の理由は戦いに魔法が使われて派手だから、らしい。

 まあ、年に一回、ってーのもあるだろう。

 普段の剣闘士やレスラーの戦いでは魔法は使用されない。

 牙族が得意な身体強化系の魔法は使用可能だが、ファイアーボールなどの投射系の派手な魔法は使用されない。

 なんでかと言えば、国が禁止しているからだ。

 一対一の戦いでファイアーボールなどの魔法を使うとなると短縮詠唱か無詠唱でなければ話にならない。

 そのような人材は貴重なので、国家として禁止しているのだ。

 だが、年に一度の武芸大会ではその制限が無い。

 一般人が高度な魔法対戦など見られる機会はそうそう無い。

 そーゆーことで、武芸大会は一大イベントだ。


 本選の出場者は六四名。

 うち二〇名がカゲシン内からの推薦出場者、四〇名が帝国内諸侯からの推薦出場者、残り四名が、三月三日から六日にかけて行われた予選の優勝者となる。

 カゲシト市内は三月三日の武芸大会予選一日目からお祭り騒ぎだ。

 闘技場の周りには屋台やら見世物小屋やら如何わしい系も含めて乱立している。

 三月三日から六日までは予選。

 七日には戦車競技。

 八日は弓の大会。

 九日は武芸大会本選出場者のデモンストレーション。

 そして十日が本選。

 ずっと、乱痴気騒ぎだが、当たり前だが最終日が一番盛り上がる。


 ネディーアール様が心待ちにしていた予選だが、各日、三二名から六四名、平均すると四〇名程度の参加者で行われた。

 姫様の予想より多いが、年々増えているらしい。

 本戦に比べるとレベルは低いが、意外と人気で、観客も多い。

 自護院練成所の大半の学生にはむしろこちらの方が参考になること、入場料が安く、身分制限も緩いこと、実力不明で賭けが盛り上がること、レベルが低くて手加減できず本選より死者が多いこと、そこら辺で人気だ。

 くどいけど、ここ、宗教国家だ。


 賭けは、・・・公式、非公式含めて、たくさん。

 公式、・・・宗教国家で公営ギャンブルね。

 まあ、儲かるからな、ギャンブル。

 ・・・ネディーアール様も賭けていた。

 そして儲けていた、・・・意外と戦士の実力判定がうまいようだ。

 そして、そして、クロイトノット夫人に取り上げられてマリセア精霊のさい銭箱に投入されていた。

 まあ、平常運転だろう。




 本選だが、結構な貴族のお坊ちゃま、お嬢ちゃまも出るので、警備も、待遇も、そして施薬院の態勢も予選とは段違いになる。

 参加者は、『死んでも構わない』との誓約書を出すのだが、現実問題として、貴族の死者や重傷者をそうそう出すわけにも行かない。

 であるからして、ここ数年はシャイフ教室が仕切っている。

 そんで、医療魔導士は会場の入退場口の袖で待機、つまり特等席で見物できる特典が有る。

 昨年は、東側の入退場口はシャイフが、西側はバフシュ・アフルーズが仕切っていた。

 当然、今年もそのはずだった、・・・一か月前までは。


「退院を認めねーってのは、どーゆーことだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 若干一名、血の涙を流していたが、当然、無視である。

 つーか、三月に入ってからこちら、色々大変だったんだよ。


「マリセア宗主様は、此度、『胆石症』に罹患した皆様については、入念に完全に治癒するまで静養されることをお望みです。

 宗主様は、仰られました。

『胆石症治療のためには少なくとも三か月は女性と接しないことが必要だろう』と」


「兄上に伝わったのか」


 絶望的な顔で項垂れる宗主補フサイミール殿下。


「分かった。この際、稚児で我慢する」


 全く分かっていない三七歳上級医療魔導士。


「バフシュ、其方、私を見捨てるのか!」


「いや、殿下、これはコレ、それはソレで。

 おい、キョウスケ、せめて、大会終了後の宴会だけでも許してくれ。

 もう予定が入ってるんだ。

 ボルドホンやウィントップからも来るんだぞ!

 シャイフに掛け合え。

 うまくやったら、とっときの女を貸してやる」


 それ、どー考えても、大会終了後のブンガブンガだよね。

 ワールドワイドなブンガブンガだよね。


「いや、これは、シャイフ先生ではなく、宗主様の決定ですので」


 そうだよ。

 宗主様はお怒りなのだ、当たり前だが。


「キョウスケ、兄上に取り成すのだ。

 うまくやったら、女だけでなく稚児も貸すぞ」


 アンタら、それしか弾が無いのか?

 オレってそんなに飢えてるように見えるんだろうか?

 ここ数日、準備で睡眠時間はゼロなんだが。

 もう、いい加減、静かになって欲しい。

 横でタージョッが、これ見よがしにため息をついた。




 本戦だが出場者六四名で、トーナメントだから六三試合あることになる。

 一日で六三試合。

 会場は一つ。

 かなり大変、つーか、本当に一日で終わるのかと思っていたが、杞憂だった。

 試合、短い。

 サクサク、終わる。

 選手紹介と入退場の方が、時間がかかるぐらいだ。

 試合そのものは五分とかからない。

 長くても一〇分を超える物は無い。

 一撃で終わる物も少なくない。

 最初の一時間で一〇試合以上終わった。


「私の場合、開始の合図と共にダッシュして接近。

 至近距離から剣かライトニングボルトを叩き込む。

 それで大体終わっていました。

 一分もかかりません。

『火竜』を使ったのは決勝と準決勝だけ。

 それも半分は観客サービスです」


「剣と魔法の使い分けは?」


「魔法系で物理防御が弱そうな相手には剣、逆に物理系で抗魔力が高くない相手にはライトニングボルト、物理的にも魔法的にも強い強敵には火竜です」


 現在、オレが位置しているのはアリーナの西側出入り口だ。

 昨年までバフシュがやっていた係をオレがやっている。

 配下は、タイジ、ダナシリ、タージョッという何時もの面子にセンフルールからハナとリタが増援として入っている。

 タイジが武芸大会に興味が無くて良かったよ。

 基本、痛いのは見るだけでもダメらしい。

 タージョッは面白くなさそうだったが、勉強のためと説得した。

 ハナとリタは交代でアリーナに来るようだ。

 まあ、うまくいった。

 火傷、骨折、切創程度ならタイジ達だけで何とかなる。

 逞しくなったものだ。

 腕とか足の切断や粉砕骨折とかになったらオレがやることになっているが、今の所はゼロだ。

 であるからして、入退場口の傍らに置かれたベンチで観戦中。

 横にいるのはハトンとシノさん、・・・この人、マイペースだよな。

 医療班の一員という事になってはいるが、さっきから何もしていない。


 オレ?

 オレは仕事してるよ。

「医務室に運んで誰々に見てもらえ」って指示出してるから。

 まあ、美人の隣に座ってというのは悪くない。

 飲み物がブランデーというのは何時もの事だから仕方がない。

 え?

 よっぱらい?

 大丈夫だ。

 今日は朝からまだ二本しか飲んでない。


 ちなみに、ハトンはセンフルール勢とは仲が良い。

 特にリタと仲が良い様で、会えばじゃれている。

 今も胸の揉み合いをしている。

 ハトンのBカップ到達記念らしい。

 そう、ハトンはBカップになった。

 我が家ではメイドのワリーとシャーリもそれぞれアップした。

 良く育ったねー、食事に気を使った甲斐があったという物だ。

 おじさん、うれしいよ。




 本選だが、トーナメント形式なので大きく二つのブロックに分かれる。

 出場番号で言えば一番から三二番までがAブロックで、三三番から六四番までがBブロックである。

 この番号分けだが、滅茶苦茶、恣意的だ。

 Aブロックには人族しかいない。

 Bブロックには牙族やら少数民族やらの厄介な強豪が纏められている。

 ちなみに、シマは三三番。

 で、フロンクハイト留学生代表のセリン・ティムグレンが六四番。

 二人はBブロックの一番上、準決勝で当たる予定だ。




 試合はAブロックだけが優先して行われていく。


「Aブロック側の、人族の決勝進出者は、準決勝から決勝まで少なくとも四時間は余裕が有ります。

 十分に休憩して体調を万全にして決勝を戦う事になります。

 Bブロック側は準決勝を戦って五分後に決勝戦を戦います。

 露骨ですが、毎年の事ですので致し方ありません」


 シノさん、悟りきってます。


 そんでもって、Aブロックの最終、つまり準決勝になった。

 出場者、東側は下馬評では人族で第一位。

 カゲシン少僧正家の息子で十九歳。

 階級は代坊官、少佐相当になる。

 結構ごつい筋肉質の男で、ファンが多いらしく、観客席からは黄色い声援が多い。

 貴族ご令嬢のファンが多いってことだ。

 リア充、死すべし。

 対するは、クテン侯爵家の御令嬢、十八歳。

 軍の階級は同じく少佐とのこと。

 現在、オレのすぐ横に立っている。

 兜で覆われているが、開口部から見える限りでは結構な美人。


「鎧で体型が分からないのは残念です」


 シノさん、口に出して言うのは止めましょう。


 東側の男性は、抗魔力の高い身体強化魔法系で物理攻撃主体。

 装備はフルプレートメールに大型の盾と剣。

 兜もかなりごつい、外が見づらいタイプだ。

 遠隔武器としては小型の投げ槍を三本ほど背負っている。

 敵の魔法は盾と鎧と根性で耐えて、接近して重い一撃を加えるタイプだ。

 剣も切るというより殴るタイプだが、攻撃力は馬鹿にならない。

 これまでの試合では、兜の上からでもガンガン殴って昏倒させていた。


 対するこちらの御令嬢だが、前述のように兜は開口部の大きい視界の広いタイプ。

 鎧はチェーンメールに魔獣皮と部分的にプレートを加えた形式だ。

 盾は小型で前腕に固定する形。

 持っている武器は小型のメイスだ。

 これまでの試合では魔法主体で戦っていた。


 以前にも書いたが、カナンでは魔法使いも普通に鎧を着る。

 どこかのRPGみたいにローブだけというのはまずない。

 こちらで良く使われる攻撃魔法ファイアーボールの有効射程は、一部上級者を除けば、五〇メートル程度。

 ライトニングボルトも十メートル程度。

 弓の有効射程以下だ。

 ローブだけでは、流れ矢一本で終わってしまう。

 現実問題としては魔法使いでも最低限の防御は必要なのだ。


 戦いは、突進して接近戦を挑む少僧正御子息と、距離を取って魔法を撃ち込む侯爵御令嬢という予想された形で始まった。

 御令嬢は的確に魔法を撃ち込むが、ファイアーボールもライトニングボルトも御子息によって的確に防がれる。

 軽量鎧と視野の広い兜による利点で会場内を駆け回って距離を取るが、御子息は最短距離で突進する。

 重そうな鎧と盾、そして剣だが、体力に問題はなさそうだ。

 かなり鍛えているのだろう。


「あの、フルフェイスの兜で、良く相手を見失わないですね」


「大雑把な方向は魔力探知で分かります」


「魔力探知だけでは方向ぐらいしか分からないのでは?」


「相手の魔力量が多いですから、方向を見失うことは無いでしょう。

 大雑把な方向が分かれば兜の視界で捉えることは難しくありません」


「なるほど。

 しかし、そうなると、侯爵御令嬢は相手の死角から魔法を叩き込むのはほぼ不可能ですかね?」


 シノさんが頷いた。


「男性の魔力探知と反応速度が良いのです。

 それに抗魔力も高い。

 正面からの魔法で撃ち倒すのは困難です」


「では、もっと火力を上げるか、二発同時に撃ち込むとか、ですかね?」


 軽く言ったら、睨まれた。


「あの鎧と盾を貫通するような高威力の魔法だとか、魔法を二発同時にとか、かなり非常識です」


「・・・えーと、・・・でも、シノさんはできますよね?」


「できます。

 ですが、人族でそれをやれるのはカゲシンでもそうはいません。

 クテン侯爵家ではいるかいないかでしょう。

 それで、あなたは可能と」


「えーと、・・・両手にファイアーボールとかならできますけど」


 まあ、全部、誤魔化すのは無理だよね。


「確かに、できるのでしょう。

 それで何故、あなたの魔力は少ないのでしょう?

 やっぱり解剖して調べるしかないのかも知れません」


 解剖は、・・・ちょっと、困るな。


「あ、動きが出ましたよ」


 丁度、話を逸らすのに都合が良い程度に試合が動いた。

 これまで賢明に距離を取っていた御令嬢が相手を待ち構えたのだ。

 急速に接近する二人。

 御子息の剣が振り下ろされる直前、御令嬢は横に跳んだ。

 左側に、相手右側に身を翻らせると至近距離からライトニングボルトを放つ。

 だが、読まれていたようだ。

 御子息は素早く体勢を整えると抗魔力の高い盾でライトニングボルトを受け止める。

 そして魔法を放った直後の無防備な御令嬢に、横殴りに剣を叩き込んだ。

 御令嬢が吹っ飛び、試合は終わった。


「接近して相手の死角から魔法を撃つのはこの場合のパターンの一つです。

 逆に言えば相手にも分かりやすい手です。

 相手の右側、盾を持っていない方に回り込むのもセオリーですが、男性が落ち着いていましたね」


 御令嬢が運ばれて来る。


「それでは医務室に行きましょう」


 何故か立ち上がる黒髪。


「血は吐いてませんし、肋骨骨折程度だと思いますが?」


「鎧を脱がせて、詳しく確かめる必要が有ると思いませんか?」


 ・・・一緒に行きました。

 Dカップだった。

 カナンでは上位だろう。

 ウエストは細いが、腹筋は鍛えすぎだったな。

 ・・・充分、美人だが。

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