03-23 三月一日 講義の終了と成人の儀

 二月も月末。

 月末と言ったら試験だ。

 オレは今月も十二科目受験。

 ハトンも魔法学科の終了試験だ。

 タイジ達や姫様達も勿論、いろいろと受ける。

 そして、三月一日。

 オレは試験結果を施薬院のとある一室で受け取った。


 先月のネディーアール様御来賓の公開手術は多方面に反響を呼んだ。

 特にと言うか、何と言うか、年頃、あるいは年頃と思い込んでいるご婦人方からの引き合いは恐怖を覚える程だった。

 姫様の気を引くために選んだ手術で、その目的のためには最適で、結果も上々だったのだが、・・・反応は予想を超えた。

 思ったよ、クーパー靱帯の再生なんて公表しちゃいかんと。

 やるならヒッソリだな。

 もとから命には関係ない話だし。




 そういうことで、三月一日。

 オレはシャイフに相談し、性病病棟回診と手術の時以外はシャイフ教室の端っこに引き籠って、ひたすら抗生剤の作製と、魔獣皮膚の処理に精を出していた。

 試験結果も事務員に聞きに行ってもらったのである。

 ちなみに、魔獣皮膚だが、最近、魔獣皮膚由来の代用皮膚の使用が急増したため、在庫切れになり、泣きつかれた次第。

 何でも十二月から二月までの三か月間で一年分以上使用しているらしい。

 誰が使ったんだろうねー。

 普通は、演習での兵士の火傷程度に代用皮膚など使用しないとか。

 贅沢過ぎるんじゃないかって話。

 ・・・別にいいじゃねーか。

 変な魔草由来の軟膏を何日も塗り続けるより早く奇麗に治るんだから。

 処置自体のコストは高くなるが、その日で完結する。

 トータルで見ればコストも同等か安いぐらいだろう。

 患者の評判も上々と聞いている。


 試験結果は良好。

 オレは施薬院全科目合格。

 施薬院は全講義の履修証を獲得したことになる。

 ハトンも受験科目は全て合格。

 三月の施薬院入講試験の受験資格を獲得した。

 タイジや姫様達の結果は明日にでも聞けばいいだろう。


 問題は、だ。

 タージョッ君、君は何故、ここにいるのかな?

 成人の儀?

 これからやる?

 付いてこい?

 イヤイヤイヤ。

 ちょっと、待ってよ。

 イキナリは無いじゃない。

 てっ、シャイフ先生、何ですか、その恰好?

 まるでお正月みたいじゃありませんか。

 青と緑のストラまでかけて。

 ストラ、ストール、要するに色付きの長い布だ。

 多分、宗教的なと言うか、僧侶の位を示す物だと思うのだが、良く分からない。

 しかし、何で二本もかけるかね?

 て、ご夫人、・・・第一正夫人までおられるのですか?

 え、一緒に出る?

 タージョッの?

 成人の儀に?

 一緒に行く?

 嘘でしょ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 計画が・・・オレの計画が、・・・。

 いや、考えてたんですよ。

 ほら、二度あることは三度あるって言うじゃない?

 一月初めにモローク家に強制連行されたのは、まあ、不意打ちだから、仕方が無い。

 二月の初めも引っかかったけど、まさか、モローク大僧都自ら来るとは思わないでしょ、普通。

 でもさ、流石に三回目になるとね。

 月初の試験結果発表は危ないって、いくらオレでも気が付きますよ。

 変な手紙も来てたし。

 招待状っていうのかな、あれ。

 中身読んでないけど。

 ハトンが魔法の練習で燃やしちゃったし。

 だから、考えました。

 いろいろと考えました。

 姫様の講義を公開手術にして、それも問い合わせがそれなりに来そうな内容にしとけば、それを口実に引きこもれるかな、と。

 予想通りに、と言うか、予想以上に問い合わせが来てちょっとビビったけど、まあ悪くはない。

 だから、予定通りに引きこもったわけですよ。

 現実問題として性病病棟の方もシャレになってないからね。

 ちなみに、二月三一日の夜から部屋に入って、ハトンと二人で閉じこもってました。

 三月三日の武芸大会予選が始まるまで引き籠ってる予定でした。

 完璧だった、ハズなのに、・・・。

 そうかー、シャイフに手を回したかー。

 立場上、シャイフに何も言わない訳にはいかなかったもんな、・・・。

 タイジにすら秘密にしていたのに、・・・なんだよ、コレ。




 そういうことで、現在、ドナドナ真っ最中。

 礼服じゃないって言ったけど、施薬院の制服で充分とか言われちゃいました。

 変に慣れつつあるモローク邸。

 着いてみれば、結構なパーティー。

 そこそこ、豪華。

 例によって例のごとく、豚の丸焼き。

 オレにとっては喰えたもんじゃないが。

 あと、石造りの邸宅だから、微妙に寒々しい。


 モローク大僧都とその第一正夫人、側室のタージョッ生母、そして、モローク家の跡取りの男性にも紹介されてしまう。

 跡取りは、第一正夫人の息子でタージョッの異母兄だ。

 勿論、オレは堂々としていたよ、ビシっと言ってやったさ。


「本日は、ご招待頂き、恐悦至極に存じます」


 言うなよ、・・・雰囲気に呑まれちゃったんだよ。

 だって、来賓結構いるし。

 みんな変に着飾ってるし。

 来賓で、多分一番上なのは、ネディーアール様の代理で出席しているクロイトノット夫人だろう。

 続いてシャイフ夫妻。

 施薬院の小太り君ことアフザル・フマーユーンも両親と共に出席している。

 ゲレト・タイジもダナシリと一緒に来ていた。

 従者がスタイではなくダナシリなのは施薬院関係だからだろう。


「タージョッさんの介添えをするんだってね。

 良かったね、これで、公式に婚約ってことだよ」


 タイジ君、何、縁起でもないこと言ってるのかな。

 冗談でも言ってはいけない事ってあるんだよ。




 良く分からんけどみんなストラをかけている。

 タイジやダナシリまで付けている。


「新年の時もみんな付けてたよ。正装なら付けないと」


 タイジに言われて、そんなんだったかと思い出す。

 つーか、モローク家の召使にストラをかけられてしまった。

 色は『白』だ。

 タイジによれば、色は僧侶としての階級を表すらしい。

 赤が最上級で青、緑、黄、白と続く。

 学生証と同じだ。

 この会場で、『赤』はいない。

『青』は二人、モローク大僧都、そしてシャイフ主席医療魔導士。

 あと、『緑』が何人か。

 大半は『黄』と『白』だ。

 タイジによると教導院学問所で宗教本科を中級まで履修すれば、『白』の資格が得られるらしい。

 つまり、施薬院や自護院の学生は全員『白』の資格が有ることになる。

 基本、『黄』と『白』は右肩から左腰への斜めかけで『緑』以上は首から前に垂らす感じだ。

 ここら辺はカトリックのストラに似てる。


 オレが気になったシャイフだが、上述のように二本かけている。

 良く分からんが二本かけているのはシャイフだけだ。

 何でだろ?

 タイジに聞いてもわからなかった。


「つーか、現地人のキョウスケが牙族留学生の僕に聞く方がおかしくない?」


 ごもっとも。




 と、まごまごしていたら、使用人たちに連行されてタージョッの横に立たされてしまった。

 ひたすらに脂汗が出る、・・・オレ、汗をかかない体質のはず、だよね。

 これ、・・・ちょっと、マズくない?

 ・・・・と思っているうちに儀式は進行する。

 女性の成人の儀は『髪の毛を上げるだけ』とか姫様は言っていたが、・・・実際に見ると、何か色々とやっている。


 こちらでは、成人前の女性は髪の毛を結わず、成人したら一部髪の毛を結い、結婚したら髪の毛はアップにするというのが一般的だ。

 そういうことで、タージョッは本日初めて髪の毛を結う訳だが、シャイフの第一正夫人がその係をしている。

 周りの反応から察するに、この係をした女性はされた女性の後見役的な立ち位置になるらしい。

 逆に言うと、後見役になって欲しい女性に髪結い係を頼むわけで、出来るだけ上位の女性にお願いするという話になる。

 日本の戦国時代の烏帽子親みたいな物かもしれない。

 大僧都家の娘と言っても本来は庶子のタージョッに、他の大僧都家、それも施薬院主席の第一正夫人が髪結い係をするのは破格らしい。

 横を見れば、タージョッの生母が感動で泣いている。

 良く分からんが、タージョッはシャイフ夫妻に気に入られているようだ。

 ・・・どこが気に入られたんだろう?

 大して、手術もできないんだけどなー。


 と、何故か突然、シャイフがオレの話を始めた。

 施薬院のペーパー試験を優秀な点数で履修合格した事、

 既に多くの手術をメインで執刀している事、

 性病病棟で実質的な病棟主任として指示を出し、薬を作っている事、

 薬術便覧の出版に尽力した事、

 などなど。

 そんでもって、施薬院三科の金色徽章を授与する事を宣言する。

 いや、お褒めに与りまして大変にうれしいですよ。

 でもさ、何で今日なの?

 何でここなの?

 何でタージョッの隣なの?

 成人の儀の主役の横で施薬院金色徽章を襟に付けられるオレ。

 ・・・どーして、こうなった?




 良く分からんうちに、儀式は次のステージに移る。

 正式な儀式は終わったようで、贈り物タイムになっている。

 来賓が順番にタージョッに贈り物というか記念品みたいな物をあげている。

 タージョッと父親がそれを一つ一つ受け取っては挨拶し感想を言う感じだ。


 シャイフ夫妻は夫人が髪結い係を務めた関係で髪留めを送っていた。

 他の来賓も次々とプレゼントを抱えて持ってくる。

 ラッピングという風習は無いようで、品物をそのまま持ってくる。

 タイジは弓と矢の意匠のブローチを贈っていた。

 ガウレト族の伝統的デザインらしい。

 小太り君もブローチ系みたいだった。

 ・・・何も用意してないんだが、・・・。

 こんな風習があるなんて聞いてない。

 つーか、そもそも、参加する予定も、その気も無かったから調べるはずもない。

 どーすんの、コレ。

 どうやら、何も渡さないのは不味い、・・・気がする。


 いや、タージョッに愛想をつかされても別にいいんだけど、出来るだけ穏便に愛想をつかされたいし、シャイフの顔は潰したくない。

 そう言えばオレには亜空間ボックスという頼れるお宝の宝庫が有った。

 装飾品も結構あったよな、・・・。

 不味い、有るには有るが、・・・この場に全然そぐわない。

 みんなが贈っている物は、そう大した物ではない。

 髪結い係のシャイフ夫妻以外は、少なくとも見た目に高価そうな物は無い。

 地球で言えば大学生が彼女の誕生日プレゼントに贈るレベルだ。

 対して、亜空間ボックスに入っているのは、芸術に縁のないオレから見ても異様に高そうな品物ばかり。

 スーパーボウル出場のQBが恋人のハリウッドスターに贈るレベル。

 七個の宝石を金の鎖で繋いだネックレスとか、直径五センチぐらいの宝石が付いた指輪とか、取り出したら物議を呼びそうだ。

 どうしよう?


 おお、こないだ練習で作ったアクセサリーとチェーンがあった。

 剣づくりの合間に、作業に飽きて、気まぐれにアクセサリー作りに走ったのだ。

 チェーンは、当初全て自作を目指したが、あまりにも面倒なので既存品を買って、作り直す形で使用している。

 この体になってから目が異様に良くなったというか、視覚の拡大縮小もできるので、細かな作業がとても簡単にできる。

 メッキに関しては金を払って細工師にメッキ魔法を見せてもらい、習得した。

 原理的には水銀アマルガム法に近いと思うが、ちゃんと水銀も回収されているのが凄い所だ。


 そういうことで、素知らぬ顔をして金メッキのチェーンを取り出して、タージョッの首に巻いてやり、最後に試作品のペンダントをぶら下げる。

 これは本当に試作品、細工した金貨だ。


『帝国金貨』だが、大きさは500円硬貨よりも二回りほど大きい。

 表面には六芒星が描かれ、裏面は城館の絵になっている。

 聞けば『六芒星』はもともと『帝国』の徽章で、白地に金色、あるいは赤で描かれていたという。

 マリセアやセンフルールの色違いの六芒星は何れも帝国の六芒星に由来する。

 その六芒星の上に魔獣の神経線維を細かく切った物を張り付けて図柄を描き、その上に保護として薄くカットした石英を張り付けた。

 魔獣の神経線維はマナを流すとほのかに光る性質がある。

 これは魔獣皮膚を代用皮膚に処理する過程で発見した。

 魔獣の肉や神経線維は産業廃棄物なので、廃物利用とも言える。


「手作りで、すいませんが」と断って、金貨にマナを流す。


 石英の中に雪の結晶の図柄が浮かび上がった。


「まあ、きれいね。どこの細工師に頼んだのかしら?」


 タージョッの横にいたシャイフの奥様が尋ねてくる。


「私が手作りした物です。

 大したものではありません」


 覗き込んでくるシャイフと奥方に説明する。


「この光っているのは魔獣の神経線維なのです。

 それを細かく切って糊付けして、ですね」


 何故かシャイフが渋い顔をする。


「其方が器用なことは分かっている。

 余計なことには手を出すな。

 下手に騒がれると面倒なことになるぞ」


 忠告、なのかな?


「あら、私は欲しいわ。

 図柄は、そうね、うちの紋章はできるかしら?」


 奥方が旦那を無視して発言する。

 気づけば、女性陣がワラワラと寄ってきた。

 ・・・忠告だったみたいだ。

 確かに面倒かもしれない。

 モローク家の第一正夫人も気になったようで、タージョッから取り上げて自分で付けてしまった。


「ふーん、この鎖もすごくマナの通りがいいのね。

 ああ、鎖からマナを流すとペンダントが光るんだわ」


 思いのほか気に入ってしまったようだ。

 タージョッが焦りだしたのを見てモローク大僧都が取り戻してくれたが。


「アンタにしては、気が利いてるわね」


 タージョッが真っ赤な顔で囁く。

 まあ、悪くは無いのだろう。

 やりすぎだったかと焦ったが、・・・うん、義務は果たした。

 やり切ったな。


 と、・・・何故か、タージョッがオレの腕を取る。

 何故かみんなが拍手する。

 横を見れば、タージョッの侍女が目をウルウルさせて、そして、ハトンが苦虫を四五匹ぐらい噛み潰した顔をしている。

 何故か広間から送り出されるオレ、・・・と、タージョッ。

 何、この、新郎新婦退場みたいな、・・・。

 行先はタージョッの私室、つーか寝室だった。


 ・・・また、これか。

 また、性感マッサージになってしまった。

 そして、夜中に逃げ出した。


「仕事なんです。病棟が大変なんですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」


 まさか、オレがこの言い訳を使うことになろうとは、・・・。


 いたよなー、正月に四回神社に行ったって猛者が。

 朝六時に家を出て、帰宅した時には日が変わっていたとか。


「いやー、実際にやってみて分かったが、一日四回はきついわ。

 飯を喰う暇もない。

 三回が限度だな」


 医局でしみじみと語っていた。

 ちなみに、全員に破魔矢と絵馬を買い、おみくじを引いたという。

 全員同じにするのがまぎれを防ぐために最善と力説していた。

 念のために書いておくが、オレの仕事が大変だというのは本当だ。


 この日、性病病棟の患者数は一〇〇〇人を超えた。

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