03-22 二月二五日 公開実習

 二月二五日の姫様達の講義は実技にした。

 よーするに手術である。

 オレの性病病棟張り付けの刑は継続していたし、高度手術の執刀も継続していた。

 講義準備の時間が取れなかったことと、抗生剤まで覚えて当初の目標が達成されたことから、手術実習としたわけである。

 ・・・オレ、内科、だったんだが。


 当初、オレの手術については、施薬院各所、だけでなくシャイフ教室内部からも懸念の声が上がった。

 施薬院入講数か月の十六歳のガキが、施薬院十年目のベテランでもできない手術を執刀するというのだ。

 不安にならない方がおかしいだろう。

 そーゆーことで、初めはお目付け役が何人か付いていた。

 いや、一緒に執刀すると主張するのが何人もいたのだが、正直、邪魔どころか迷惑のレベル。

 それで、補助は最初からオレの主張するメンバーにしてもらった。

 ゲレト・タイジとダナシリ、そしてタージョッである。

 正直、タージョッはいらないのだが、シャイフから指名されたので受け入れた。

 なんだかんだ言って手術中はオレの指示に素直に従うから問題はない。

 更に、患者家族の説明に重宝することが判明した。

『大僧都家の娘』、『シャイフの姪』、この看板は絶大な効果を発揮する。

 オレやタイジでは逆立ちしても敵わない。


 手術のお目付けだが、最初は十人以上いた。

 二回目で半分に減り、三回目にはゼロになった。

 だが、この日、ネディーアール様御一行ご来場となったら、また、復活した。

 つーか、シャイフまで来ている。

 クロイトノット夫人もいる。


 手術は、脂肪腫だ。

 切り取ればいいだけの単純な手術のはずだが、ちょっとだけ厄介。

 場所が顔面、左顎部から頸部にかけてで、結構広範。

 一度、手術して、取り切れなかったらしく、再発。

 結果、不定形にぶよぶよと増殖していて、表面は手術痕でぐちゃぐちゃ。

 患者はさる上級貴族の第一正夫人三〇うん歳。

 後日、四〇歳を超えていたと判明、・・・医者に年齢詐称すんなよ!

 しかし、一回目の手術は誰がどこでやったんだろうね?

 まあでも、大した内容でもないから、姫様の教材には良いだろう。


 で、・・・。

 姫様が来ない。

 施薬院事務官を迎えに行かせたら、拒否られた。

 仕方が無いので、オレ自身が迎えに行く。

 うん、クロイトノット夫人の苦労が少しだけ分かったよ。


「武芸大会の組み合わせが発表されたのじゃぞ!」


 来てみれば、姫様はハイテンションだった。

 何でも、この日の朝に武芸大会のトーナメント組み合わせが発表されたらしい。

 姫様と側近一号二号、三人揃ってトーナメント予想に夢中。

 オレだけでなく、施薬院の講師が数人帯同しているのだが完全に無視である。

 まあ、言葉が砕けていないから、多少は気にしているのかもしれない。


「やはり、最大の注目は準決勝でぶつかる月の民対決じゃな」


 ネディーアール様、目がキラッキラしている。


「アジョー・シマクリール対セリン・ティムグレン、どちらが勝つのかしら?」


「セリンは必ず勝つと公言しているそうじゃぞ」


「魔力量で見る限りはシマクリールですが、セリンの方も何の対策もせずに出てくるとは思えません。

 楽しみな戦いです」


 側近一号に二号もワクワクしているのがわかる。


「あの、皆様、すいませんが、これから施薬院の実習ですので、・・・」


「おう、キョウスケか。

 其方は武芸大会には出ぬのか?」


 ・・・考えてもいなかったよ。


「キョウスケ殿なら、結構いい所まで行くのではないか。

 私の剣を切り落とす腕だ。

 かなり戦えるはずだ」


「そういうトゥルーミシュ殿は出ないのですか?

 基本、若手軍人の腕試しと聞きましたが?」


「死人も出る大会だから、成人していなければ出場できない。

 自護院練成所在籍中の者は、入講後一年以上でなければ出場させないという慣例もある」


 ふーん、そうだったのか。

 って、ネディーアール様は出場資格を満たしているけど、・・・出たそうだ、・・・出させてもらえないんだな、・・・聞いちゃいけないな、これ。


「あれ、フロンクハイトの留学生は来たばっかりですが、・・・別枠ですか?」


「うむ、月の民の留学生は別枠なのじゃ。

 諸侯に所属する武官も別枠じゃな」


「逆に上限の方はどうなのですか?

 ライデクラート隊長とか出てはいけないのでしょう?」


「うむ、そもそも、練成所の武芸大会じゃからな。

 卒業してしまえば出場はできぬ。

 諸侯に所属する武官の場合は、おおむね二〇歳までと聞いておる。

 階級では代坊官、つまり少佐までじゃな。

 ただ、初出場で年齢が若く、中佐に昇進して一年以内なら慣例として出場が許される」


 ナディア姫、やたらと詳しいな。


「それで、其方は何故に出場せぬのだ?

 平民出の武官は大体出場するのだぞ。

 昇進のためには欠かせぬチャンスではないか」


「知らなかったというのであれば、母上に頼んで特別に入れてもらっても良いぞ。

 予選出場にはなるが」


 姫様と側近二号が口々に勧めてくる。


「私は練成所入講試験が昨年十一月で、正式に入講手続きをしたのは十二月なのです。

 一年未満は出場できないのではありませんか?」


 三人が顔を見合わせる。


「そう言えば、キョウスケとは昨年の夏からの付き合いでしたね。

 もう、ずっといる雰囲気ですけど」


「キョウスケ、じゃからなぁ」


 側近一号のつぶやきに姫様が諦め口調で返す。


「待て、では何故に演習で小隊長などやっていたのだ?

 あれは、入講後少なくとも二年以上必要な大役だぞ!」


「いや、それを言うならトゥルーミシュ殿だって、小隊長していたのでは?」


「あのね、クロスハウゼン直系でガイラン家の跡取りと、下っ端貴族を比較するのは無意味だと思うけど」


 側近一号が心底呆れたという声を出す。

 成る程、貴族制バリバリの世界だもんな。

 有力軍事貴族出身者は別枠だよな。


「ふむ、だが、臨時とはいえお祖父さまが小隊長として認めた程じゃ。

 特例として出場できるのではないか」


「そうですね。父上もキョウスケ殿には興味を持っておられました。

 希望すれば認められる可能性は高いと考えます」


 何か、妙にオレを武芸大会に出させようとするね。


「いえ、別に希望はしていませんが」


「何故じゃ?

 出場すれば成績に応じて褒賞も出る。

 良い成績を収めれば注目され、自護院での出世も早くなる。

 勿論、実力が伴わねば大怪我という話になるが、そなたの腕ならば問題は少なかろう」


「まあ、素人の私から見ても、予選ぐらいなら楽勝って感じですよね」


 まあ、オレの立場ならば普通は出たがるのかもね、・・・側近一号は単に面白そうってだけだろうけど。

 でもねぇ、シマが優勝候補な訳で。

 オレがシマと戦ったら、・・・勝てちゃうよな。

『竜』だって覚えちゃったから、負ける要素無いし。

 でも、あいつ、頑張ってたしなぁ。

 勝たせてやらないと可哀そうだよなぁ。

 変に勘が良いから、わざと負けたら怒るだろうし。

 大体、オレが出場して、優勝してメリットあるのかな。

 これ以上、目立っても良いこと無さそうなんだが。


「出場して成績が良ければ、貴族の入り婿という話も来るのじゃぞ」


「いや、入り婿とか、そんなに興味ないですし。

 大体、私は当日の手術担当に指名されていますから参加は無理です。

 それより、いい加減、施薬院に行きましょう。

 本日はネディーアール様の初手術ということで、見学者がたくさんいるのです」


「い、や、じゃ」


 ナディア姫が、舌を突き出して拒否する。

 まあ、かわいいんだけど、ねえ。

 後ろの講師陣から、何とか早く説得しろというオーラが増強する。

 ・・・だったら、自分で言えよ。


「手術など先日の自護院実習でいいだけやったではないか。

 これから、武芸大会の見どころをチェックして、下調べに行くのじゃ」


「武芸大会は三月十日です。

 まだ、ずっと先の話ですよ」


「それは本戦であろう。

 予選は三月三日から始まるのじゃ。」


 聞けば、三月三日から六日までの四日間、予選が開かれ、それぞれ三〇人ちょっと参加するのだそうだ。

 各日の優勝者が本戦に出場できるのだという。


「その予選も、全戦観戦したいと?」


「無論じゃ!」


「三月五日には私の講義をするようクロイトノット夫人から要請されていますが?」


「それは勿論、・・・」


 姫様が慌てて口を塞ぐ。


「授業を抜け出して見に行こうとしていましたね?」


「いや、待て、・・・そんなことは、・・・」


「そうですね。

 本日、素直に施薬院の講義に出られるのでしたら、三月五日の件についてクロイトノット夫人とご相談させて頂いてもよろしいですが」


「それは、観戦の許可を貰えるという事か?」


「あくまでも、相談、だけです」


「それでは話にならぬ」


「拒否されるのでしたら、三月三日から六日まで四日間の授業について、クロイトノット夫人だけでなく宗教本科の講師の方々とも入念に打ち合わせをしたいと考えますが」


 姫様がふくれっ面になった。

 うん、かわいい。




 こうして、本日の講義、公開手術は二時間遅れで始まった。

 基本的には局所麻酔でも可能な手術だが、部位が顔面に近いこと、麻酔のリスクが低いこと、などから最初に全身麻酔魔法をかけてしまう。

 この魔法、便利過ぎると思うのだが、あまり使われている形跡が無い。

 何でかなーと思っていたのだが、どうやら使い手が少ないらしい。


「まさか、もう、麻酔が終わったというのか?」


「呪文は、どうしたのだ?

 唱えていなかったではないか」


 今日も後ろの方でボソボソ言っている。

 ちなみに、最近は開き直って呪文はほとんど唱えていない。

 カッコ付ける時だけだ。

 オレが無詠唱主義というのは広まってきたので、それで行こうと思っている。

 オレの場合、下手に呪文を唱えると、それに気を取られて失敗するんだよね。

 それにしても、手術室に何人いるんだろう?

 衛生学的観点から、見学者は三メートル下げさせたけど、・・・後ろの方、見えてるのかね?

 実際に手術に関わるのは、オレとタイジ、ダナシリとタージョッ、そして姫様と覆面助手一名。

 ハトンはオレの汗拭き係で、側近一号二号は見学だ。


 手術と言っても、腫瘍除去は比較的簡単。

 まずは表面の皮膚の剥離。

 これは、もう、切創の痕が酷すぎるので、全部剥がしてしまう。

 続いて腫瘍細胞の除去。

 良性腫瘍だから丁寧に取り切ればオーケー。

 下の表情筋を傷つけない方が大変だ。

 簡単なので、一部、姫様にやらせる。

 流石に見学者が多いためか、真剣にやってくれた。

 ここまでの経過時間は一時間ちょっと。

 順調だ。

 だが、今回の場合は腫瘍を取り切ってからが勝負だったりする。


「左顎から首にかけての皮膚を張り付けていきます。

 元の皮膚は肥厚して変形していますので使用しません。

 魔獣皮膚由来の代用皮膚を使用します」


「自護院の実習でやった、やけど処置と同じか?」


「基本的には同じですが、場所が顔ですので、厚めの皮膚を一枚張り付けて終わりというわけには行きません。

 薄めの皮膚を小まめに張り付けていく必要があります。

 乾燥してしまうとダメになってしまいますから、時間との勝負です」


 まず、筋層の保護も兼ねて筋肉補充剤を薄く塗布する。

 ちょっと千切れてしまった表情筋も筋肉補充剤で揉むように伸ばして再生する。

 うむ、この技術もいろいろと使えそうだ。

 クーパー靱帯の再生とか調整とか強化とかにも使えるのではなかろうか。

 夢は広がりますな。


 続いて皮膚の張り付け。

 幅一センチ、長さ五センチほどの短冊状にカットした代用皮膚を、タージョッがトレイから取り出し、タイジがダナシリの補助で規定の部位に配置、最後にオレがマナで皮膚を圧着する。

 流れ作業で、都合十五枚圧着。

 最後の一枚だけ、姫様にやらせてみた。

 緊張で手間取ったのでオレが手を添えて補助する。


「最後が、圧着した代用皮膚の隙間の補正です。

 これは例の皮膚自体をマナで柔らかくする処置で行います」


 オレが右側から、タイジが左側から取り掛かる。

 八割方終わったところで、ネディーアール様とタージョッに交代。

 この処置は意外と難しいようで、タージョッは3回程の魔法でマナ切れになり、姫様も悪戦苦闘だった。

 最後は、オレが一通り撫でて『整地』する。


 しかし、何だね。

 実地研修で外科を回っていた時に、縫合をやらせてもらったな。

 自分としてはきれいに縫ったつもりだったが、見ていた外科部長が一言。


「君は六五歳未満の女性の顔は救急でも縫ったらダメだ。男でも三〇以下は止めといた方が良い」


 よーするに下手だと。

 致命的に下手ではないが、顔を縫ったら訴訟になるよってことらしい。

 何でも、こーゆー器用さは天性の物が有って、練習してもたいしてうまくはならないのだそうだ。

 それで、オレは外科を諦めた。

 最初から外科志望でもなかったんだけどね。

 それで、現在だが、目が異様に良くなったので、皮膚の肌理がとても良く分かるようになった。

 更に、指先と言うか体が頭でイメージした通りに動くので、細かな処置がとてもきれいに出来る。

 オレ、外科でもやって行けそうです、・・・やって行きたいかは、また別の話だが。




 手術時間はなんだかんだで五時間を超えた。

 出来上がりは、それなりにきれいだった。

 麻酔を解除して、患者を覚醒させる。

 患者の奥様は侍女が持ってきた鏡を見て、泣いてしまった。

 感謝感激の矢面にはシャイフとタージョッを立たせる。

 二人とも機嫌よさそうなので大丈夫だろう。

 ただ、あまりにも患者の興奮が酷いので、従者の許可を取って、もう一度眠らせた。

 患者の従者達からは何度もお礼を言われたので大丈夫だろう。

 ネディーアール様、そしてその側近一号は、『美容』に欠かせない手術技法ということで、かなり興味を持ったようだった。

 この系統の手術ならまたやってもいいという言質を取り付け、クロイトノット夫人もご満悦だった。


 結果的には悪くない公開実習手術だった。

 謝礼金も入ったしね。




「それにしても、すんごぉく、きれいになりましたねぇ」


 正体不明の覆面助手ことハナがこっそりと話しかけてきた。


「シノさんならできる手術だろう」


「あの最後にやったぁ、皮膚をプニプニするのはぁ、シノ様も使ってないと、思いますう」


「そうなの?」


「手術、うまいでぇすねぇ」


 何故かハナにキスされた。

 ほっぺただった。

 ちょっとだけ、うれしかった。

 ハトンは黙認してくれた。

 タージョッは激怒した。

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