03-21 二月二二日 性病病棟

 薬術便覧の原稿が完成した。

 原稿は全て出版専用インクで書いたので、規定の木版に張り付けて『出版魔法』をかければ版木が完成する。

 明日から、印刷に入り、十日後には本が完成する予定だ。


『薬術便覧』、正式名称はズバリ『シャイフ薬術便覧』。

 監修・指導 シャイフ・ソユルガトミシュ。

 監修補佐 バフシュ・アフルーズ、カンナギ・キョウスケ。

 続いて、部門監修としてシャイフ教室の講師達の名前が入る。

 オレの名前は、『本文執筆』にも入り、続いて、ゲレト・タイジ、モローク・タージョッ、ゲレト・カミン・ダナシリとなる。

 シャイフ教室の上位者は何らかの形で名前を入れた。

 この本の発行許可は教室員会議で決まるので味方を増やしたかったのが正直なところだ。

 本文執筆には、エリート君、小太り君、メンドー緑君辺りの協力者も下の方だが名前を入れた。

 歩く下心ことシャハーン・アウラングセーブは入れなかった。

 エリート君達が反対したからだ。

 実際問題として彼は一日しか手伝っていないし、その一日も半分以上は性病相談室。

 まあ、そうなるわな。




『薬術便覧』の出版は、少なくない反対意見が出ると覚悟していたが、あっさりと許可された。

 印税の半分を教室に入れる条件にしたのが大きいだろう。

 俺が残り半分を貰うが、経費で赤字になる形だ。

 個人的な利益につながらないのを示したことで、反対の声も小さくなった。

 後から聞いたところでは、やっかみから反対していた人間も、不意を突かれた形になったらしい。

 誰も二か月弱で完成するとは思っていなかったのだ。

 今回の会議で議題になると予想されなかったため、反対の準備が整っていなかったらしい。


 実を言えば、今回の教室員会議自体が臨時である。

 メインの議題は『性病対策』。

 次の施薬院全体会議で、施薬院として『性病対策本部』が設置される方向になっており、シャイフがその対策本部長に就任予定。

 付いては、シャイフ教室として総力でシャイフを支える話になり、教室員に仕事が割り振られた。

 シャイフ以下、講師クラスは貴族の間を回って性病患者の発見と診断、入院の説得を行う。

 オレは、病棟で治療担当、『病棟医長補佐』となった。

『病棟医長』が監禁、もとい、入院中のバフシュ・アフルーズだから、実質的な治療トップだ。

 明らかに過重業務だが、『高級医薬品』に精通している人間が少ないので致し方ない。


 そーゆーことで、性病病棟張り付けの刑かと思いきや、それだけでは無かった。

 高度施術、つまり難しい外科手術が回って来たのだ。

 これまで、シャイフ教室の、というかカゲシン施薬院の難しい手術の過半をシャイフとバフシュで担当していたという。

 その片方が入院中。

 もう一人が性病対策で激務。

 だが、だからと言って患者が減るわけではない。

 それで、オレが駆り出されることになった。

 おかげで妙に忙しい。

 薬術便覧が終わったら、講義と試験に打ち込む予定だったのだが、・・・オレの平穏を返せ。




 手術だが、最初に頼まれたのは二月十八日のこと。

 患者は僧都家の第一正夫人で、病気は慢性虫垂炎由来の後腹膜膿瘍。

 バフシュが入院したため、シャイフが執刀になったが、本人が忙しいと拒否し、オレを指名。

 普通に腹部切開して、普通に摘出して終わり。

 続いては二一日、大僧都家の若君。

 落馬して、更に後続の馬に踏まれて右大腿部粉砕骨折、加えてショック状態。

 どうせ助からんと思われたが、身分が身分なので施薬院に運び込まれた。

 これまた、会議中だったシャイフがオレを指名。

 ノルアドにステロイドの大量投入で、心臓持たせて緊急手術。

 何とか助けた。

 疲れたけど。


 だが、手術関係はまだいい。

 医者本来の業務だしね。

 問題はやはり性病関連。

 話し合ったが、シャイフもフロンクハイトの関与を疑っていた。

 シャイフはフロンクハイトの下級メイドを疑っていたが、そちらと『接触』していない者でも感染しているので、疑いはしていたが決めかねていたようだ。

 オレがシノさんに教えられた話をすると、真剣にメモを取っていた。


「フロンクハイトの侍女を確保して、陰部を診察すれば証拠は取れるだろうが、政治的に極めて困難だ。

 何か決定的な証拠が必要だろう」


 シャイフが自護院その他と検討するようなので、そちらはお任せにしておいた。


 対して、お任せにできないのが、一般病棟業務。

 抗生剤を主体とする薬剤の作製と、日々の病棟業務。

 特に、一般回診という奴が問題だ。

 カゲシン施薬院では、特に陰部の診察は、同性の医師が行う原則である。

 男性患者は男性医師が、女性患者は女性医師が、診察するわけだ。

 しかし、である。

 高位貴族患者では身分の高い医師の診察を希望する例が少なくない。

 で、何故かオレが指名される。

 オレ、実質的に病棟トップなのだ。

 いや、男性の性病患者の陰部を診察するのも好みではないよ。

 でも、業務だから別に何とも思わない。

 問題は、女性患者。


「ふーん、十六歳なんだぁ。

 奥さんは何人いるの?

 もう、第一正夫人は決まってる?」


「どんな女性が好み?好きな子はいるの?」


 なんて辺りは、軽い方だ。


「えー、診察するのぉー。

 いやだぁー。

 でもぉ、キョウスケくんがぁ、どーしても、見たいんなら、特別に見せてあげてもいいんだけどぉー。

 ちゃんと、お願いしてくれなきゃ、だめよぉ。

 僕は、お姉さんの、××××が、見たいですって」


「ひどぉーい。

 私だけ見せるなんて不公平でしょぉ。

 キョウスケくんがキョウスケくんのを先に見せてくれるなら、私のも見せてあげてもいいけどぉ」


 ちなみに発言しているのは、場末のスナックの自称美人ママという感じのケバさ一二〇パーセントの厚化粧奥様方。

 SAN値の減少が半端ない。

 十六歳男性医師ってーのが珍しいのだろうけどね。

 この日は牽制のためにタージョッを引き連れて回診に出たが、あっさりと無視してくれてます。


「私の愛人にならない?

 そっちの子よりは楽しませてあげるわよ」


「ふーん、そんな子が好みなんだ。

 私の方がスタイルいいと思うけど、どう?」


 タージョッのこめかみに血管が浮き出たり、ハトンが鉛筆へし折ったり、色々とありました。

 考えてみれば、現在入院しているのは、風紀爆発のカゲシンでも率先して性病を獲得した猛者ばかり。

 エリート中のエリート、勇者の中の勇者。

 若い女性もいない訳ではないけど、・・・やっぱビッチ系は無理だわ、オレ。

 特に性病付きおばさんだと。

 それにしても、何故か変に気に入られてるんだよな、オレ。


「感染経路が知りたい?

 キョウスケくんになら話してあげても良いわよ」


 個室の病室に行ったら、アラフォーの奥様が生まれたままのお姿でお出迎えしてくれました。

 ・・・・・・許して、お願い。

 幸か不幸かタージョッが爆発したおかげでオレは説教を免れたが。

 それにしても、タージョッも無詠唱でライトニングボルトを撃てるようになったんだね。

 すごいねー、今度は屋外で撃とうね。


 そんなこんなでも、なだめてすかして、証言を取った。

 そこの君、すこしは褒めてくれても良いんだよ。

 性病に罹ったおばさまがフロンクハイトの侍女と直接濃厚接触したという、証言も取れました。

 ただ、まあ、これが証拠になるかと言われれば微妙。


「公的な所で証言?

 そんなこと出来るわけ、ないでしょ!」


 まあ、そーだよね。




 オレの苦闘はこれだけではない。

 医師控室に戻ってみれば、庶務課長が、大きな荷物と共に待っていた。


「おお、キョウスケ、来たか」


「それ、例の頼まれていた物ですか?」


「うむ、まあ、そうだ。では、行くぞ」


「今日も、行かなければダメですかね?」


「其方だって、報告が有るのだろう」


「それは、そうですけど、・・・書面で済まそうかなとか思いまして」


「そんな事、許されるわけなかろう。

 頼むから、私を一人にしないでくれ」


 気が重いが仕方が無い。

 書面を出してもどうせ後から呼びつけられるのは分かっている。

 向かった先は四人部屋。


「おお、来たか。遅いぞ」


 大声で迎えてくれたのは、マリセア宗主弟、宗主補佐にして、名目上の自護院最高指揮官、フサイミール殿下。

 ・・・この人、自分が極秘入院だってこと分かってるのだろうか?

 そりゃ、名目上は『胆石症術後』だけどねぇ。


「おう、待ってたぞ。先ずは座れや」


 殿下の横からバフシュ・アフルーズ性病対策本部病棟医長が顔を出す。


「いえ、大して報告することは有りませんので。

 報告書はこちらに」


 そそくさと退室しようとした所を庶務課長にブロックされる。

 いや、・・・だからねぇ、・・・。

 部屋の中には男性四名。

 フサイミール殿下にバフシュ、そして、そのブンガブンガ友達の三〇台後半の男性二人。

 宗主補殿下を筆頭に全員それなりの身分の方々で、そして何故か全員、『胆石症術後』である。

 もうちょっと、病名考えようよ。

 せめて、本人たちだけにしようよ。

 お付きの女性陣まで『胆石症』はないんじゃない?

 胆石症患者が一度に三〇人以上入院って、不自然過ぎる。

 庶務課長も、先に相談してくれればいい物を。


 殿下以下の四人だが、最初は当然ながら個室だった。

 ところが、感染予防のために女性従者禁止にしたら二日で不平だらけになった。

 ここの貴族、特に男性貴族は幼少時から常に女性従者が付き添うのが普通なためか、極めて孤独に弱い。

 当初は、庶務課長その他の庶務課職員が話し相手を務めていたが、一日中となると仕事にならない。

 何より、不平不満のはけ口で耐えられないという話になった。

 で、相談の結果、『お友達』四人を相部屋にしたのである。

 これが、いろいろと好評だった。

 殿下以下は、話し相手が出来て満足。

 庶務課は人身御供が減って満足。

 施薬院上層部はお偉方のクレームが減って満足。

 問題は、オレと庶務課長だ。

 オレとしてはバフシュを一緒にしとけば、医学的な質問は答えてくれるとの目論見だった。

 だが、バフシュは毎日、オレ自身の報告を聞きたがるし、他の三人も興味津々で聞いている。

 結果、一日一回は、顔を出す羽目に陥っている。

 庶務課長は、生活の不平一般を引き受けているのでもっと悲惨だが。




「これが、お求めになられていた物です。

 ご注文通りのサイズで作らせました。

 沸騰させないお湯で、六〇分ほど温めています」


 庶務課長が大きな鍋を差し出す。

 中に入っているのは、『コンニャク』だ。

 縦横二〇センチ、厚さ三センチ程の物が四〇枚ほど入っているらしい。


「うん、板型だけか?円筒型はどうした?」


「それは、型から作る必要があり、直ぐには無理だと業者が言っておりました」


 宗主補殿下が舌打ちする。

 現在、ここの四人が研究に勤しんでいるのが『男一人愛』である。

 曰く、女はダメ、男娼もダメ、魔獣の持ち込みもダメ、だったら、これしか無いだろう、とのこと。

 まあ、ねえ、ここの貴族男性は毎日、『する』のが義務みたいなものだから、制限されると苦しいのは分からないでもない。

 でもねー、だからってねー、いきなり使いださないで欲しいよ。

 君たち羞恥心とかないの?


「それで、結局、切込みの入れ方はどれが良かったのだ」


「結論が出ていない。

 また、試してみるしかなかろう。

 私は縦切りでいってみる」


「おい、厚めの奴もないのか?

 厚さ十センチのを作れと言ってあっただろう」


「それは、・・・厚くすると中心部がうまく固まらないそうで、・・・」


 しかし、庶務課長って確かそれなりにえらい立場だったはずなんだが、・・・コンニャクの確保と運搬も仕事なんだなぁ。

 他人事ながら大変だ。


「固まらない?たくさん作って、上手くできた物だけ持ってくれば良いではないか」


「すいません。

 元々マイナーで入荷量の少ない食品ですので、もう、あまり在庫が無いようなのです」


「取り寄せれば良かろう」


「原産はゲインフルールです。

 冬の間は商人も行き来が少ない状況でして、・・・」


 二月だもんな。

 カゲシンも今年は雪が少ないらしいが、道中もそうだとは限らない。

 カゲシンからカゲクロに向かう街道にも雪は無かったが、周囲は雪景色だった。

 山道とかは積雪が有るだろう。


「では、これで工夫せねばならぬということか」


 流石の宗主補殿下もやっと諦めたらしい。

 コンニャクを手に唸りだした。

 それにしても、やんごとなき方々が下半身丸出しでコンニャクを両手にあーだ、こーだ、言ってる絵面ってのーは、まあ、滅多に見ないものではある。

 二度と見たいとも思わんが。

 横にいるタージョッは八割方魂が抜けている。

 ハトンは、・・・コンニャクつつくのは止めよう。

 そりゃ、珍しいんだろうけど。


「厚めに作らせて中をくりぬくのもだめなのか。

 全く使えないヤツばかりだな」


 バフシュって『男一人愛同盟』には参加してないって話じゃなかったっけ。

 いまさら、どーでもいいが。


「それで、其方も試したのであろう。

 何かいい使い方は思いついたか?」


「あ、いえ、それは、・・・」


 詰問され額に脂汗を浮べる庶務課長。


「その、自宅にコンニャクを持って帰るのは、・・・あ、いえ、皆様に全てを提供した結果、余っているコンニャクが無かったわけでして、・・・」


 そうか、自宅でやって来いと命令されてたのか。

 で、出来なかったと。

 家族に説明して、・・・理解して貰えんだろうなぁ。

 庶務課長の後ろにいる従者は奥さんの一人だと思うけど、・・・理解したくないって顔してるし。


「其方自身でなくても良い。

 誰か得意な者に研究させるのだ」


 得意な人って、・・・それにしても、この話、何時まで続くんだろ?


 後から考えれば、ただひたすら耐えていれば良かったのだと思う。

 ただ、この時のオレは、庶務課長がかわいそう、という以上に、この話にうんざりしていて、何とか打ち切りたくなっていたのだ。

 で、ついつい、口を出してしまった。


「切れ目を入れるのはダメでしょうね。

 切れ目を入れたところから、千切れていきます。

 やはり、二枚重ねてその間に入れるのが最善でしょう」


「それでは、圧迫感に欠けるぞ。

 二枚を手で持ってするのは大変なのだ」


「そうですね、問題は二枚のコンニャクの固定方法です。

 紐で縛るのはダメです。

 紐の所から千切れていきますので。

 日本手ぬぐい、じゃなくて、長めの布を用意して、それを水にぬらしてぐるぐる巻きにして固定するのが良いでしょう。

 結構、硬く固定できますよ」


 一瞬の沈黙。

 直後に、宗主補殿下が大声を上げた。


「すばらしい!

 流石は私が見込んだだけはある!」


「お前、すげぇな!

 それも、月の民の知恵か?」


 バフシュも追随する。


「うむ、早速試してみよう。

 其方、布を調達してまいれ」


「は、直ちに!」


 庶務課長はオレの手を力強く握りしめた後に慌てて部屋から出て行った。

 そして、オレも部屋から出て、・・・。

 何故か白い目が、・・・。


「あんた、止めなさいって言ったわよね。

 まだ、変態、治ってなかったの?」


 タージョッが、液体酸素ぐらいの視線で睨みつけて来る。


「ご主人さまぁーーーー、大丈夫ですよね、信じていいんですよね」


 ハトンは涙声だ。


 医師控室に戻ってから、小一時間、喚かれたり泣かれたりしました。

 翌日、宗主補殿下の名前で『男一人愛同盟』の正式会員として認める旨の書類が届いた。

 入会儀式をするから出頭するようにと。


 ・・・行くか、ボケ。

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