03-05 一月九日 準備?

 シャイフとの会議で決まったネディーアール殿下たちへの講義だが、何故か知らんが直ぐに始まることになってしまった。

 ネディーアール様本人が強く望んだらしい。

 極めて利己的な話をすると、ネディーアール様への講義はオレの保身から出た話だ。

 しかし、内公女殿下とその側近に高級医薬品作製技能を習得させるのは、公共の利益としても正しい。

 成り行きから出た話ではあるが、一通りの知識と技術を伝授するのはやぶさかではない。

 ただ、一通りの薬剤作製技能と手術を教えたら後はシャイフに引き継いで、・・・とは計算していた。

 どこまで姫様と付き合うかは、かなり微妙な問題だからね。

 ナディア姫は美人だが、結婚できる確率は極めて低い。

 あんまし上の方とコネを持っているというのも、周囲のやっかみが大変というか、姫様の我儘に振り回されそうというか、石垣隊長が大変というか、・・・色々と面倒なんだよね。

 そんなもんで、ほどほどに嫌われない程度に頑張ろうかと思う。




 そーゆーことで、シャイフ教室会議翌日の一月九日、オレはタイジとタージョッを招集して打ち合わせを行うことにした。

 場所は、いつも通りの学問所食堂。

 もう教室員なのだからシャイフ教室の部屋を借りても良いのだが、タージョッもタイジも「緊張する」とのことで、こちらになった。

 結構、大事な話もあると思うのだが、・・・。

 話し合いの内容だが、高級医薬品講座の打ち合わせと、オレたちが受講する講義についてである。

 オレ自身が教える側に、タージョッとタイジはその補佐になるので忘れがち、・・・というわけでもないけど、オレたちは基本学生だ。

 学生の本分は講義を受けて試験に合格することである。

 タダでさえオレとタイジは施薬院と自護院の複数受講者だ。

 考えてみれば、恐ろしくハードスケジュール。

 そんなことで、まずは受講する講義の打ち合わせ。


 施薬院他、上級講義では毎月末に試験があり、合格すれば履修証が貰える。

 先月の合格具合を見ながら次にどの講義を受けるのか相談するのだ。

 十二月までは、オレが試験を受ける、合格する、オレが試験用に作ったまとめをタイジが、そして、何故かタージョッも書き写して試験を受ける、というパターンができていた。


「本を作るんなら、この試験用のまとめも本にしたらいいんじゃないかなぁ。

 下手な教科書よりよっぽど分かりやすいよ。

 本当に有り難いよ」


 ちなみに十二月まででオレは三十二個、タイジも十個ほど履修証をゲットしている。


「個人的にはオレの方が世話になってるからな」


 タイジは賞賛してくれるが、オレが順調に試験を受けられるのはタイジの授業ノートがあるからだ。

 オレはダナシリが清書したノートを受け取り、内容を確認する。


「ねぇ、そんなことよりさぁ」


 何かうるさいのがいる。


「何か気づかないかなぁ」


「高級医薬品と薬術便覧の相談は後からするよ。先に講義の方だ」


「いや、そうじゃなくて」


 無意味に胸を張るBカップ。

 ・・・特に成長したようには見えない。

 何故か、タイジとその妻たちはオレを咎めるような眼をしている。

 昨日と今日で何かあったかね?

 ハトンを見たら何事も無かったかのようにワインをすすっていた。


「エリ、エリ」


 タイジが囁く。

 本当に分からない。


「ひょっとして、制服が新しくなったとか?」


「じゃ、なくってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 タージョッが爆発した。


「学生証よ、学生証。

『青』になったの。

 ネディーアール様の側近が『緑』じゃまずいってお父様が正嫡にしてくれたの。

 第一正夫人の養子ってことになったの。

 それで学生証も『青』になったの。

 大体、ここ『緑』じゃ座れない席じゃない。

 どーして気づかないのよ!」


「だって、お前、『緑』の時から当然の顔して『青』の席に座ってたじゃねーか」


「はぁ?」


 何でそんなに怒るんだ、と思ってたらBカップの背後からタイジが「ほめる」と書いた紙を出した。


「あー、うん、そうだな。

 でも、良かったな。

 大僧都殿が認めてくれたんだな」


「ま、まあ、そうよ。

 シャイフの伯父様がお父様に言ってくれて、それでお父様が良くやったって褒めてくれたの。

 まあ、その、あなたにも、特別に、言っておこうと思ったのよ」


「そうか、良かったな。

 オレも苦労して教えた甲斐があったよ。

 今度の薬術本の作りも頼むな」


「ねぇ、何かすごくおざなりじゃない?

 そんなんだとあなたとの付き合いも見直すことになるかもよ」


 妙に上から目線のBカップ。

 いや、確かに、やっちゃったのは事実だが、・・・メンドイ。


「婚約もどうなるかわからないわよぉ」


 いや、そっちから破棄してくれるならオレとしては歓迎なんだが。

 オレ全然満足できなかった、つうか苦行だしぃ。

 やることやって、逆に欲求不満になるんだよ。

 こないだの取り決めだと四日に一度その苦行がやってくる。

 しかし、・・・ここで喧嘩するわけにもいかないか、そのいろいろと。

 向こうではタイジが『ほめる』の紙を千切れそうになるぐらい振ってるし。


「あ、それでしたら、うちのご主人様は十分に間に合ってますから、ご心配はいりません。ねえ、ワリー」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっと、ハトン君、今、君、喧嘩売った?

 売ったよね?

 って、後ろのワリーも何、顔、赤らめてんだか。


「あら、今、何か言ったかしら?

 まさか、文句を言われたわけではないわよね」


「まさか。

 平民のしがない商家の娘がモローク大僧都家の御令嬢に文句など言うはずが有りません。

 単なる事実を述べただけです」


「事実を言えば私は、ちゃんと体全部でキョウスケの相手をしているけど、あなたは口でしゃぶってるだけじゃない」


「確かにそうですけど、ご主人様はタージョッさんでは満足できていません。

 これまで何回かしていますけど、タージョッさんは毎回、一方的に絶頂して失神しているだけです。

 少しは男性に奉仕すべきです。

 ご主人様は、ものすごー――――く不満足な顔をされています」


 タージョッが金切り声で反論を始める。

 ハトンは毎回、全部、見てるからなぁ。

 確かに、不満足、・・・隠しきれんよなぁ。

 しかし、どーすんだ、コレ。

 タイジたちは例によって、緑色の頭髪を緑色の手背で抱えてマリモになっている。

 しかし、言葉だけ聞いていれば立派な修羅場だが、現実に睨み合ってるのは十二歳と十四歳。

 絵面は中学生の喧嘩だ。

 問題は、その中学生が、放送禁止用語を連発してることだが。


 これ、どーしよう?

 と、悩んでいるところにと、いい人身御供、・・・いや、友人が。




「いやあ、アスカリ殿!」


 ことさらに大きな声で呼びかけて、『緑』の席から男を引っ張る。

『特別講義』で知り合った、『メンドー緑』君。

 名前は、メモ帳によれば、アスカリ・アブルハイル。

 まごついてるのを強引に引っ張って来て椅子に座らせる。


「いやあ、今度、シャイフ主席医療魔導士の作成する本の手伝いをすることになったんですよ。

 それで、人手がいるのですが、施薬院の専門知識が無い人には無理な話ですので、募集に手間取っていましてね。

 宜しければ、手伝って頂けませんか?

 謝礼はそれなりに出ますので」


「ちょっと、あんた、何、部外者引き込んでんのよ」


 タージョッが露骨に不快を表す。


「いや、彼は施薬院の学生だから部外者じゃない」


「僕もねぇ、いろいろと忙しい体なんだよね」


「そお、じゃあ、もう、行っていいわよ」


「あのさ、僕はこれでも伯爵家の出身なんだよ。

 アスカリ家は帝国東部の由緒ある貴族なんだ。

 いろいろあって今の学生証は『緑』だけど、そんな謝礼につられての下請け仕事なんてするわけがないという事なんだよね。

 ただ、君が、どうしても僕の助力が必要だというのならば話を聞くのは吝かではないんだよ。

 そりゃあ勿論、この伯爵家出身の僕が親からの仕送りを止められてるとか、経済的に難しいとかの噂を、極一部の下賤の者に流されているのはなんとなく聞いていないわけではないんだけど、それは正しくは無いわけで、だから、伯爵家出身の僕が、謝礼に気を取られるなんてことはあるはずがないんだけど、まあ、謝礼の内容を聞いておくのも、参考にはなるのかなぁと、・・・・・・・・・・・・・・・・」


 流石だ、メンドー君。

 タージョッをものともしない。

 謝礼が気になるんだね。

 顔に出てるよ。

 ものすごーく出てるよ。


「そもそも、だねえ、僕は必ずしも施薬院に入りたかった訳ではないんだよ」


 メンドー君の身の上話が始まる。


「元をただせばシャイフ施薬院主席医療魔導士殿と僕の父が知り合ったのは、もう十年以上前の事らしくて、・・・」


 長い、くどい、結論無い。

 加えてリピートする。

 タージョッがあっけに取られている。

 いや、いいよ、空気が読めない、いや、読まない、その性格。

 今はとっても、頼りになります。

 でも、・・・ちょっと、声は大きいかな。


「そもそも、だねぇ、ここの評価システムがおかしいんだよ。貴族たるもの、・・・」


 しかも、内容が、・・・学問所に対する不平不満になって来た。

 食堂全体の注目を浴びている、・・・感じ。

 毒を以て毒を制す、というのは結構難しい。

 そう、思っていたら唐突に助け船がやって来た。


「変な演説だと思えば、やっぱりアスカリか」


 やって来たのは特別講義にいたエリート学生と小太り学生だ。

 名前は、・・・何だったっけ?

 メモ帳見ないと思い出せん。


「毎回毎回、少しは整理して話した方がいいと思うが」


 エリート君が呆れ顔で窘める。

 よし、このまま巻き込もう。


「よろしければ、アスカリ殿と一緒に話を聞いて頂けませんか」


 テーブルは既に満杯だが隣のテーブルから椅子を持ってきて強引に座らせて話を始める。


「ふむ、施薬院の『金色』を貰う上で実績になるのなら興味深い話だが、私とアスカリは先月入講したばかり、こちらのアフザルも十一月に入ったばかりだ。

 知識があるとは言い難い。

 残念ながら我らでは難しいのではないか。

 私など、家は宗教本科か自護院の者ばかりで施薬院の知識はほとんど無いのだ。

 どの教科から受講すべきかも分からなくてアフザルに相談していたところだ」


 流石はエリート君、正論だ。

 だが、ここで引くわけにはいかない。

 タージョッは彼らと顔見知りらしく高飛車な態度は影を潜めている。

 オレの精神の安定のために何とかこいつらを引き込もう。


「いえ、作るのは初心者向けの薬術便覧です。

 知識としては薬術科入講試験に合格していれば十分でしょう」


「そうなのか?」


 エリート君は懐疑的だ。

 でも、脈は有る。

 オレが更なるムンテラを始めようとしたその瞬間、いきなり変な歓声が響き渡った。




 何、何が起こった?

 振り返ってみれば、金色の集団が入って来た。

 フロンクハイト軍団、総員十数名。

 儀式に出ていた七名だけでなく下級メイドもいる。

 そして取り巻きの男性が十名以上。

 男性陣の従者の女性が更にたくさん。

 総勢五〇人ぐらいの大集団だ。

 先頭を歩くのは正規留学生の二人で、その両脇には、・・・特別講義にいた赤毛のチャラ男くんと、何故か知らんが施薬院講師バフシュ・アフルーズ。


「こちらが食堂になります。

 食事をする場所ですが、学生同士の相談や自習などでも使います。

 皆さんは『赤』の学生証をお持ちですので、最上級の席を使えます」


 チャラ男くんは胡散臭すぎるキラッキラの笑顔だ。


「あれは、月の民か?

 シャハーンの奴、先日、近づくなと言われたばかりだろうに」


「そんなの彼が聞き入れるわけないよ。

 試験そっちのけでガールハントしてて、施薬院入講が遅れた男だよ。

 彼、クテンでは『歩く下心』って言われてたってさ」


 なるほど、『歩く下心』か。

 確かにプレイボーイとしては二流だろう。

 視線が胸と尻に集中しすぎで、全く隠せていない。


「おい、シャハーン、お前、『青』だろ。

 勝手にここに座るな。

 さ、セリン殿、こちらにどうぞ」


「バフシュ講師自らご案内頂けるとは光栄ですわ」


「いえいえ、偶然にも時間が空きましたから大丈夫です。

 私は、施薬院だけでなく自護院にも顔が利きます。

 何かあったら連絡して頂ければ直ぐに参上いたしますよ」


 歩く下心君のような胡散臭さのない素晴らしい笑顔だ。

 詐欺師としての年季の差だろう。

 しかし、バフシュにしろ、他の男性にしろ、お付きの女性従者、つまり夫人かそれに準じる女性を後ろに連れているが、いいんだろうか?

 いや、大丈夫には見えない、・・・のだが、・・・二人とも全く気にしてないな。


「ねえ、バフシュ先生って、今日会議があるはずじゃなかった?」


「そうだね、僕もそんなこと聞いた気がするよ」


 タージョッとタイジもあきれ顔。

 と、フロンクハイト勢が一斉に上着を脱いだ。

「ここは暑いですわね」などと言っている。

 確かに月人は平均的に人族より低い気温を好む、らしいが、・・・そんなに暑いか、ココ?

 一月だよ、真冬だよ。

 外、雪降ってるよ。


「何あれ、わざとらしい」

「見せびらかしたいのかしら」

「少なくとも上品とは言えません」


 女性陣が一斉に陰口を叩き始める。

 で、・・・男性陣は釘付けだ。


 一般的に制服のインナーは薄い色の木綿か麻のシャツだ。

 ダブっとしたポロシャツみたいな形で、襟元はボタンではなく紐で絞める。

 服としての立ち位置はワイシャツに近いが、布は緩めで全体にふわっとしたシルエットになる。

 ところが、だ。

 フロンクハイト勢のシャツはピチピチだ。

 サイズがあっていないというか、わざと合わせていないというか、フロンクハイトではこれが普通なのか、・・・。

 良く分からんが取りあえず、ヤバイ。

 反射的に目を伏せて、書類に没頭する『振り』をする。

 保身は大事だよ。

 オレは目を使わなくても三六〇度マナ経由で『見る』ことができるので支障はないんだが。

 しかし、・・・布が悲鳴を上げている。

 色とりどりの下着が透けて見える、・・・形も大きさもくっきり分かる、・・・いいのか?

 GカップとEカップに至っては下着すら見えない、・・・先端尖ってます。

 ノーブラですか、そうですか。

 色も形もスケスケですか。

 いかんな、非常にいかん。

 Gカップのノーブラなんて、放置したら垂れてくるじゃないか!

 Gカップの美しき至宝が垂れる!

 そんな、事が許されるのか、・・・・・・・まて、しばし、・・・。

 落ち着け、落ち着いて、・・・ああ、でも注意が自然とGカップに、腰に、足に、顔に、・・・うん、ちょっと化粧は厚いかな、・・・少し冷めた。


「おい、今、何か一瞬、ものすごいマナの圧力を感じなかったか?」


「うむ、私もそんな感じがしたが、・・・気のせいか?」


 小太り君とエリート君が不思議そうに周囲を見回す。

 タイジが微妙な目つきでオレを見ている。

 頼むから何も言わんでくれ。


「お前、アレを見て興奮しすぎたんじゃないのか?」


「ああ、うむ。そっちこそ人の事言えんだろう」


「しかし、あれは仕方が無い。

 アレに目が行かない男は却って異常だろう」


 こそこそと会話を続ける、小太り君とエリート君。

 二人とも、ガン見はまずいよ。

 女性陣の目が厳しさを増している。

 そりゃねぇ、地球のような爆乳グラビア・アイドルなんて存在しないから、驚くのは仕方が無いけど。


「おっきいな」


 何でこんな時だけ素直なのかな、メンドー緑君。

 女性陣の温度が氷点下だよ。

 ああ、『歩く下心君』は論外だ。

 それ、顔を背けてるつもりかね?

 そう思ってるのは本人だけだぞ。

 よだれが垂れそうな顔で、GとEの間に視線をうろうろさせてる。

 まあ、最悪だ。

 みんな耐性無さすぎだろう、っと思っていたら猛者がいた。


「いや、フロンクハイトの皆さんは開放的な美人揃いで素晴らしいですな」


 堂々とノーブラおっぱいを凝視しながら賞賛するバフシュ・アフルーズ上級医療魔導士。

 そうですか、正面突破ですか。

 流石です。


「そうです、開放的です」

「最高に開放だ」

「全て解放しようじゃないか!」


 異様な盛り上がりを見せる取り巻き学生たち。

 ・・・全員、馬鹿か?

 何で、そこに入っちゃうのかね?

 バフシュも苦い顔だ。


「そうだよ、みんなブラジャーなんて脱ぎ去ろう!」


 ・・・メンドー緑君、・・・。

 何だろう、このガソリンが充満したような空気は、・・・。

 うん、逃げよう。

 オレはアタフタしているタイジを引きずって、そそくさと撤収した。

 明日の、高級医薬品講義は、・・・まあ、何とかなるだろう、多分。

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