03-04 一月八日 カンナギ家の状況とシャイフ教室

「あんた、私という者がありながら、まだ、変な癖が抜けないんですって!」


 月の民歓迎会でのオレの噂は燎原の火のように広まったらしい。

 翌朝には、烈火のごとく怒り狂ったタージョッが乗り込んできた。

 その前に、ハトンたちから、さんざんに責められていたのだが。

 施薬院でも学問所でもその噂でもちきりなんだとか。

 そりゃ、国家ナンバーツーが公の席で公言すればそうなるよね。


「フサイミール殿下って変わり者で有名なのよ!」


 そうでしょうね。


「あの殿下に目をかけられたら、出世は絶望的なのよ。

 変人、アウトロー街道一直線になるのよ!

 バフシュ先生の同類よ。

 まさか、知ってて近づいたんじゃないでしょうね!」


 知ってるも何も、まだ一度しかお会いしていません。


「ご主人様ぁ、私が至らないから、・・・毎日、一人で寝たいと言っておられたのは、そのような意味だったんですかぁ?」


 ハトンが泣きながら問い詰めてくる。

 実は、オレ、ハトンたちを迎えてからも夜は一人で寝ていた。

 だって、気楽じゃん。

 夜ぐらい、少しぐらい、一人の時間が欲しいよね。


「噓でしょ、夜、一人って、・・・」


 こちらの男は、夜は必ず一人以上の女性と共に寝る物らしい。

 精通前の少年でも世話係の女性と同衾するのが普通で、男性機能がダメになった老人でもそうするのが常識なんだとか。

 なんだかな。


 で、結果として、オレの一人寝の権利は剥奪されました。

 誰かを必ず横にしろと。

 更に、タージョッが強引に引っ越してきました。

 屋敷の南側の日当たりの良い部屋を勝手に占拠しやがりました。

 日当たりは良いけど、オレの部屋からは遠いから、まあ、いいけど。

 オレ、寝室は暗いのがいいから北側の部屋にしたんだよね。

 ちなみにハトンはオレの隣の部屋です。


 で、タージョッが引っ越ししている隙に、何故かワリー、シャーリとヤルという話に。

 あー、なんとなく、何時かはやんなきゃいけないんだろうなとは思っていたが、・・・早過ぎ。

 ちなみに確かめたら、ワリーもシャーリも『膜』はとっくに『処理』していた。

 ガッカリだよ!

 流石にタージョッ程の『予習』は、していなかったが、『器具』で処理したらしい。

 また、後ろの方は開発していないそうで、・・・絶対に自分で開発するなと硬く釘を刺すことに。

 念のために確かめたら、ハトンはまだ自己開発はほぼ行っておらず、『膜』も『後ろ』も無事だった。

 勝手に『膜』を破らないようにと強く注意したのだが、・・・交換条件として、オレがハトンの『開発』を行うことになってしまった。

 ・・・いいんだろうか?

 これって、光源氏より酷くね?

 いや、光源氏は、相手の子を拉致同然に連れてきて、そんで、何も知らずに油断してるところで強引に処女を奪っているわけで、・・・対してハトンは自らオレの所に来て、本人が『開発』を希望している訳で、・・・オレの方がマシだよね、・・・マシだと思おう、オレの精神の安寧のために。


 そんで、結局、ワリーとヤったのだが、・・・タージョッ以上にキツイわ、コレ。

 外見は、・・・まあ、これは、五十歩百歩というか、ワリーもそう極端に悪い方ではないというか、クラスで二番目と七番目ぐらいだから、まあ、いいんだけど、・・・魔力量の問題は深刻だ。

 タージョッも魔力が少なかったが、ワリーは魔力なんて全然ない。

 オレが軽く愛撫している段階で、ワリーは既に何度も絶頂していた。

 挿れた瞬間に失神。

 仕方が無いので根元を自分で擦って、極少量発射、しだしたところで、痙攣が始まったので、あわてて止めるという、もう、なんだか分からん状況。

 ワリーはそのまま、数時間、意識レベル低下、意識が戻ったのは十時間後。

 しかし、下半身の感覚が戻らず、結局、一日中ベッドの上だった。

 更に翌日、ワリー本人から『絶対的な忠誠』を誓われてしまったので、・・・まあ、これも良かったのだと思おう。


 ワリーが動かなくなったところでタージョッが来襲。

 私も、と言い出したのだが、良く聞けばタージョッもオレとヤッた翌日は下半身ガクガクなことが判明。

 講義と仕事に差し支えがあると、タージョッとの行為は、『四日に一度』に、限定した。

 ワリーが失神したので、シャーリとの『初めて』は数日後に延期。

 最終的に、ワリーとシャーリは『月に一度』と決まった。

 この三人の相手をしない日はハトンが横に寝る。

 ヤんなくていいので気楽だ。

 ・・・まさか、セックスしないことで気が楽になるとはね。

 対外的に、格好がついたのはいいが、・・・代償が少なくないです。


 ちなみに、ハトンは他の日もオレの寝室に入る。

 タージョッの時も、ワリーやシャーリとする時もじーっと見ているのだ。

 この、見学制度は、・・・こちらでは普通らしい。

 貴族では必ず従者が付くし、平民でも他の女性が見守るのが普通だという。

 子供がそれなりの年齢になれば身内の『見学』に入るのも普通。

「父親とか、母親とか、兄弟とかのを見るのか?」とゲレト・タイジに聞いたら、「見ないでどうやってやり方を覚えるの?」と素朴に聞き返された。

 そー言われれば、そうかもしれんが、・・・将来、子供が出来たら、オレ子供に見せることになるのだろうか?

 ・・・うん、とりあえず考えるのを辞めよう。


 ちなみに、これら一連の騒動で気づいたことが一つ。

 オレ、体毛が茶色くなっていた。

 最初は確かに黒だった。

 こちらの住民に黒髪の評判が悪いので染めたというか脱色したのはオレ自身だ。

 だから、黒かったのは間違いないのだが、・・・気づけば体毛も茶色になっていた。

 体毛を脱色した覚えはない。

 髪の毛の方も、大体、月に一センチのペースで伸びているのだが、根元は茶色いままだ。

 オレの体はどーなってんのだろう?

 考えても原因が分からないので、取りあえず放置している。




 家族が増えたので、施薬院や学問所の受講方法も変わった。

 本来ならハトンがオレの主要従者になるのだが、ハトンはハトンの勉強がある。

 色々と話したのだが、ハトンは施薬院を目指すことになった。

 それで、学問所の中級講義に通う事となったのだ。

 しかし、オレ自身が今更学問所中級に通うのは時間の無駄である。

 そこで、ハトン用に『青』の学生証を確保した。

 オレは一応、下級貴族になったので、オレの正夫人格であるハトンは基本の学生証が『緑』になる。

『緑』では勉強効率が悪いので一段階上げて『青』にした。

 学生証一段階の上昇は良くある話なので、そんなには目立たない。

 ただ、ここで問題となったのが従者である。

 オレの従者は、ワリーかシャーリ、あるいはタージョッが付くからいいのだが、ハトンに付けられる人間がいない。

 どうしようかと思ったら、ハトンが異母妹を連れてきた。

 名をサムルという。

 ハトンと同い年で、肌の色はやや濃い。

 同い年だが、ハトンの方が月上でお姉さん風を吹かせようとするのが微笑ましい。

 サムルも結構頭がよく、やはり勉強がしたいらしい。

 ハトンの従者なら『青』の席で勉強ができる。

 がんばる子は好きなので、サムルの履修試験代と学問所での食事代はオレが持つことにした。




 その食事だが、一応、鋭意改善には努力している。

 ワリーとシャーリはお隣で料理を習うことが決まった。

 ワリーはダウラト家では料理を主として担当していたメイドである。

 ただ、根本的に料理の概念が違う、肉や野菜の下ごしらえ、というか衛生概念が根本から違うので中々に難航しているらしい。

 はっきり言って、この国で手に入る食材はかなり不潔だ。

 野菜は泥だらけで提供される。

 それを洗う風習が無いから生野菜を食べる料理も無い。

 野菜は漬物か煮るかの二択。

 漬物は適当にほこりを払っただけで漬け込まれるから結構異物が入る。

 塩と乳酸発酵で何とかして食べる代物だ。

 煮野菜だが、洗わずに茹でて、一回煮汁を捨て、そして再度水を入れて煮る。

 野菜の味とか出汁とか全て無くなるが、ゴミや細菌、虫の類も消えて安全性が高まる。

 結論として全ての野菜料理は不味い。

 肉もかなり悲惨。

 流通しているのは基本、塩のきつい保存肉である。

 屠殺して直ぐに調理できる場合でなければ生鮮肉など食べられない。

 カゲシン学問所の食堂は、大量に消費することと貴族相手ということで生鮮肉が提供される数少ない場所らしい。

 その学問所食堂でも塩漬けでない肉が提供されるのは秋から年末にかけての一時期らしい。

 オレがこれまで食べてきた食堂の肉は、まだいい方だったという落ちだ。

 ワリーとシャーリがお隣で習っている料理は、大量の清潔な水を使って野菜その他を洗浄するところから始まる。

 風習だけでなく、大量の清潔な水という時点で一般貴族程度では経済的にも無理だ。

 センフルール屋敷では肉も一頭買いして自分たちで解体し、魔法使用の冷凍庫や冷蔵庫で保存しているという。

 マナが豊富云々だけではなく、カゲシンの一般貴族では貴重なマナを料理に使う思想は無い。

 冷凍庫も冷蔵庫もオレは喜んでマナを提供するつもりはあるのだが、・・・毎日の料理はねぇ。

 一人暮らしが長かったから、それなりに料理はできるのだが、基本的には誰かに作ってもらいたい。

 でないと他の仕事ができない。

 ワリーとシャーリに頑張ってもらうしかない。

 一応、期待はしている。




 こうして、カンナギ家の新体制が発足したが、新年なので、普通に講義を受ける前に色々とやることもある。

 一月八日、オレはハトンにタイジ、タージョッらを引き連れて、カゲシン施薬院シャイフ教室に向かった。

 新年の教室員会議に出席するためである。

 向かった先は喧騒に満ちていた。

 シャイフ教室はカゲシン施薬院に存在する三〇程の教室の中でも最大規模を誇る。

 施薬科『本教室』だけでも三〇名弱の教室員が存在し、配下の施術科、薬術科を含めると一〇〇人を超える。

 更に、同門、教室を卒業して各地で医者をやっている者が数百名。

 名門教室の筆頭と言われ『入室』は最難関とされる。

 そこに、新年早々新入教室員が七名という報告。

 通常、教室に入るのは施薬院入講後最低二年とされるのに、全員入講一年未満。

 うち一人は内公女殿下。

 そんなんで、会議は大騒ぎになっていた。

 姫様以下三人は出席してないんだけどね。


 そして、シャイフ教室員が騒いでいた理由はもう一つ。

 普段は滅多に教室員会議に出席しないバフシュ・アフルーズ医療魔導士、施薬院施薬科上級講師が出席したことである。

 この人、色々と問題が有るが、オレも色々と世話になってしまったので、あまり強くは出られない。

 で、突然、出席したと思ったら、俺たちの『指導担当』に立候補した。

 教室員の大半が呆気にとられ、続いて大騒ぎ。

 オレだけならば兎も角、ネディーアール内公女もいるからね。

 で、それをあっさりとシャイフが却下して自分の直属にすると宣言してまた揉めた。

 教室主任が担当など、前例がないらしい。

 そりゃ、教授が新人担当とか、医局員が一桁の弱小以外ありえないよね。

 それで、揉めに揉めたが、結局、シャイフが『指導担当』、バフシュが『指導担当補佐』になった。

 タージョッは固まったまま微動だにせず、彼女がやると宣言していた受け答えは結局オレがする羽目に陥り、タイジとダナシリは何度もマリモになりかけ、・・・何回かはマリモになってその度に頭を引っ張ってやらねばならず、ついでに従者のハトンは真っ青な顔で震えていた。

 施薬院の平均入講年齢が二〇歳弱で、教室員の平均年齢は三〇歳に近い。

 こちらはタージョッ、十四歳、タイジ、十五歳。

 視線が厳しくなるのは致し方ない。

 質問が集中するのも致し方ない。

 唯一、三〇過ぎのオレが頑張るのも致し方ない、・・・見た目、十五歳だけど。


 不毛な全体会合を何とか打ち切り、幹部、というかシャイフ、バフシュとオレたちだけの個別会議に移行する。

 議題がたくさんあるのだ。

 ネディーアール様他への『高級医薬品』の作製講義だが、基本的に五日毎と決まった。

 五の付く日とゼロの付く日の午前にオレが姫様の所に出向いて講義となる。

 ただし月末三〇日は休み。

 姫様もオレも忙しいからだ。

 講義人員だが、基本的にオレとタージョッ、付き人ハトンの三名で、時々シャイフが見学する形になった。

 シャイフは毎回参加したかったようだが、シャイフにしろ、バフシュにしろ、役職持ちは暇ではない。

 日中に空き時間など無いのだ。

 そして、未婚の内公女に夜間講義という選択肢はない。

 結果的に、オレが好き放題できる環境が整った。


 ただ、その埋め合わせというか、姫様達の講義の前日にシャイフ教室内でプレ講義をすることになった。

 参加者は、オレの他、タージョッ、タイジ、シャイフにバフシュ。

 付き人としてハトンとダナシリ。

 姫様達に講義する内容を事前に提示して許可を得る形だが、実質的にはタージョッの予習とタイジやバフシュへの講義となる。

 こちらはお偉方の都合優先で一般業務が終了する夕方からの開催となった。


『高級医薬品作製講座』が姫様たちへの実践で軌道に乗ったら、対象を広げることも確認された。

 なんでも、オレの技術を継承できそうな魔力量の高い学生をわざわざ新規に採用したのだという。

 既存の学生で適当なのがいないので外部に働きかけて魔力量の高い若者を施薬院に勧誘したのだそうだ。

 昨年十二月に採用した男子学生三人がそれだとか。

 例の月の民講義で一緒になった四人のうち、太っちょアフザルを除いた三人だ。

 あのエリート学生君はよさそうだが、メンドー緑君はどうなのだろう?

 赤毛のチャラ男に至っては悪い予感しかない。

 まあ、それなりに魔力量はあったと思うが。


「タージョッの例を見ると、私が考えていたよりも低い魔力量で習得は可能なようだな」


「可能ですが、タージョッ程度ですと私が一対一で何日も教える必要があります」


「魔法の伝授とは本来そういう物だ。

 ふむ、まずは、内公女殿下たちと、タージョッにゲレト、それが終わったら十二月の三人と考えたが、・・・ふたり程、魔力量が低めの者も頼むとしよう」


 どうやらシャイフの身内が来るらしい。

 貴族社会、縁故社会だから、そんな物だろう。




 もう一つの議題は薬術本の作成。

 こちらはオレが出した議題だ。

 シャイフ名義の本をオレが書いて出す、という話である。

 出すのは『薬術便覧』。

 オレが施薬院入講試験で苦労した薬術を整理してまとめた本である。


「基本は書式を作って施薬院出入りの薬種商に記入してもらう形です。

 基本的に一ページに一つの薬種を掲載します。

 名称に別名がある場合はそれも記載。

 薬種の絵も入れます。

 薬効がある部分の説明と、薬効成分の取り出し方、対象疾患、使用用法・容量、保存方法・期間、禁忌、併用注意・併用禁忌、その他特記事項に分けて記載させます。

 これをアルファベット順にまとめて本にするわけです」


「とても一ページに収まる内容ではなかろう」


 案の定、シャイフが怪訝な顔になる。

 この手のまとめ本の存在自体を知らないのだから無理もない。


「使用方法、保存方法など統一できる部分は最初にまとめて記載します。

 乾燥粉末化や酒精抽出等はまとめて解説して、薬剤ページには熱湯抽出とか非沸騰抽出、あるいは密閉乾燥保管とか常温湿潤保管、などと簡便に記載してもらいます」


「あのなあ、薬草、魔草、魔木、主だったものだけでも数百ある。

 使用方法も千差万別だ。

 煎じ方だけで一冊の本になってんだぞ!」


 バフシュも呆れた声を上げる。


「確かにそうですが、実際には細かい差異は無視される傾向にあります。

 水に浸してから煎じるとか、熱湯に乾燥したものを投入するとか、色々とある訳ですが、現場では結構いい加減と聞きます。

 初心者向けにしますので出来るだけまとめて数を減らす方向にしたいと思います」


 シャイフが苦い顔になる。


「初心者向けというが、間違った方法を本にするというのか」


「九割方正しい、という感じで行きます。

 完全には正しくないかもしれないが、誤りとは言い難い、完全に間違った方法ではないというところです。

 薬術科のある講師が言っておられました。

 カゲシト市内ですら完全に間違った方法で使用される薬種が少なくないと。

 例えば、沸騰水に入れれば薬効が揮発してしまう薬草を平気で沸騰抽出している例も少なくないとか。

 これに比べれば『指が入れられる温度』か『ぎりぎり飲める程度の温度』かの差異は小さいのです」


 シャイフたちはまだ唸っている。


「取りあえず、当初の経費は私の持ち出しでやりますのでご許可頂ければ幸いです。

 薬種商との折衝には施薬院の名前が絶対的に必要です。

 出版するかどうかはまとめた物を見て頂いてからで結構ですので。

 出版できるのでしたら、当然ながら経費を除いた出版利益の大半は教室に入れます」


「ふむ、それならば、取りあえず作らせてみても良いか」


「おい、それじゃお前、何のために本を作るんだ。

 ただ働きするつもりか!」


 シャイフは許可をくれたが、バフシュが食い下がって来た。

 まあ、疑うよな。


「特に大した裏は無いですよ。

 私自身がそのような本が欲しいというのが最大の理由です。

 作るためには薬種商との折衝が必要ですから個人ではできません。

 施薬院の、シャイフ先生の権威が必要です」


「ああ、成る程、薬種商の接待が目的か。

 言っとくが、薬種商だと大した女は出ないぞ」


 おお、そんな接待があるのか、じゃなくて、・・・ここで大声出していう事じゃないよね。

 シャイフが苦い顔をしている。


「強いて言えば、こーゆー本を作れば実績になって、薬術科の金色が早く手に入るだろうって目論見はあります」


 シャイフが頷き、オレは何とか全権をもぎ取った。

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