03-03 一月六日 月人の使者

「セリガー市民、第六五位、トゴン・イェスデルと申します。

 この度は偉大なる帝国の帝冠を預かる、真なる精霊の正しき教えを奉じる善良なる民による慈悲と博愛と相互支援による救済のための互助会宗主猊下に新年のご挨拶の機会を頂き恐悦至極にございます」


 久しぶりに聞いたな、この国の正式名称。

 しかし、なんでオレ、ここにいるんだろ?

 従者は禁止だからハトンもいない。

 ここはカゲシン本山の大広間と言うか、大聖堂というか、とにかくだだっ広くて天井がやたらと高いとこだ。

 ミラノ大聖堂とか思い浮かべて頂ければ幸いです。

 え、行ったことない?

 ググレカス。

 季節は冬、とにかく寒い。

 魔法を含むいろいろな暖房が成されているが、効いている感じはない。

 実質、戸外と同じだ。

 オレは寒さを苦にしない体質だけどね。


 正面壇上中央におわしますはマリセア正教宗主シャーラーン猊下、三八歳。

 いかにもカゲシン貴族というこげ茶色の肌と髪を持った男性である。

 身長はオレと同じか少し高い程度。

 体重は倍以上ありそう。

 はっきり言わなくても肥満体です。

 遠目で見ても不健康そうだ。

 何か浮腫ってる感じがする。

 メイクがきついのは顔色が悪いのを隠すためだろう。

 宗主様の左右には正夫人七人がお付きを従えて並ぶ。

 更に、親族衆として宗主の弟と成人した宗主の息子が並ぶ。

 宗主の娘は参加していないがネディーアール様だけが特別に参列。

 彼女は永遠の霊廟事件の関係者だからだろう。

 姫様の隣にはやはり関係者枠としてシノ・シマ以下センフルール勢が並ぶ。

 それから帝国内外各国の当主やら代表やら使節やらがずらずらと並ぶ。

 皆さん煌びやかな正装で、まあ壮観だ。

 で、なんでオレがここにいるのかと言われれば、良く分かんない。


 昨日、午後の特別講義が終わった時点で待ち構えていたクロスハウゼン家の使者に明日の儀式に参加するように言い渡された。

 分かるとは思うがオレに拒否権は無い。

 警備の軍人として出るように言われたので、軍服だ。

 オレの軍人階級だが、何故か昇進していて『坊尉補』である。

 見習い一つ上で少尉ぐらいらしい。

 まだ自護院練成所学生の筈だが、何故か軍人としては正規の階級になってしまった。

 どーゆー制度なのか良く分からん。

 分からんのは兎も角として問題なのは正規軍人になったから、軍服、それも礼服を着ろと言われたことだ。

 いわゆる第一種礼装。

 当然持っていない。

 既製品を買った。

 この世界で既製品が有るのは軍服ぐらいだ。

 助かったといえば助かったが、既製品が有るから無理を言われるのかも知れない。

 何にしろ、また滅多に着ない服が増えてしまった。


 セリガー社会主義共和国連邦代表のトゴン・イェスデルはやや細めの軍人系の体格をしている。

 外見は三〇歳ぐらいに見えるが一〇〇歳は超えているらしい。

 横にいる副使の女性はコベグンテイと名乗った。

 見た目は二〇台前半に見えるスリム系の美女だ。

 二人の後ろには女性が四人、更にその後ろには二人の男性、男性の後ろにそれぞれ四人の女性。

 合計十六名がセリガー使節団だ。


「コベグンテイはCカップと見ましたが意見はどうですか?」


「同意します」


 シノさんが満足げに頷く。

 オレが立っているのはナディア姫の後ろで、シノさんとシマの斜め後方。

 名目はナディア姫の護衛なのだ。

 シノさんの隣のちっちゃいのが睨んでるのは気のせい、だと思おう。

 儀式は順調に進む。

 トゴンが先日の『とある場所での不手際』を宗主と現地責任者のネディーアール様に謝罪。

 これに宗主とネディーアール様がそれぞれ謝罪を受け入れると返答。

 更にトゴンが『一部のいさかい』についてセンフルールに謝罪。

 対してセンフルール代表のシノさんが、『こちらにも至らぬところが有った』と返答。

 これで、セリガーがカゲシン宗家に謝罪し、更にセリガーとセンフルールの争いを仲裁したということになったようだ。

 これがどの程度の外交的成果なのかオレには良く分からない。

 ただ、会場の雰囲気からすると結構な物のように思える。

 こんなの地球時代には経験したことないからな。




 一連の儀式が終わると、小休憩をはさんでフロンクハイト留学生の挨拶になった。

 出席者は一部入れ替わる。

 ナディア姫はここで退出だ。

 寒さが堪えたらしく、側近一号と二人、「寒い」、「やってらんない」、「昨日で終わりのはずだったのに」と不平を連発していた。

 オレは何故か居残り。

 何故だろう?


 フロンクハイトは代表がセリン・ティムグレン、副代表はエイレン・アラフォヴァというらしい。

 年齢は十六歳と十五歳。

 守役の女性はシュタール・カロリーナと名乗った。

 シュタールと言えば永遠の霊廟に来ていた使節と同姓だ。

 三人の後ろには四人の侍女が並ぶ。

 彼女らも留学生扱いになるようだ。


 緊張しているのか、フロンクハイト勢は総じて表情が硬い。

 セリガー使節団が悠然としていたのとは対照的である。

 彼女たちが発散しているマナの変動も大きい。

 しきりと横目でセンフルール勢を睨んでいるのは意識しているのだろうか。

 睨むのはいいが君たちじゃシノさんどころかシマにも勝てないぞ。

 フロンクハイト勢は全員、白い肌に金髪、碧眼である。

 シマがプラチナ系の銀に近い金髪なのに対して、総じて黄色みが強いキンキラ金の金髪である。

 そして、全員グラマーだ。

 胸もおしりも立派です。


「セリンとシュタールはEカップ、エイレンはDカップというところでしょう。なかなかです」


 露骨に舌なめずりしている黒髪美女。


「あー、でも、魔力は兎も角、スタイルだけでしたら後ろの侍女が上ですね」


 フロンクハイトメイド軍団四人。

 一人は爆乳といって良い大きさだ。

 残りの三人もそれなりで、一番小さな来月十三歳という子ですらCカップはある。

 しかし、・・・十三歳の割にはスタイルいいな。

 緊張してこわばった顔も整っている。

 将来が楽しみだ。

 緊張のし過ぎかマナが異様に変動しているのもかわいい。


「ふむ、あれは人工物ではなく、生ですね」


 シノさんの視線の先は、・・・勿論、最大級のふくらみである。

 敵対的な視線も何のその、ブレないですね。


「あれは、デュケルアール様より大きいですかね?」


 ネディーアール様の母親で宗主第七正夫人のデュケルアール様を横目で確認する。


「ブラのカップ自体はGとみます。

 カップ数ではデュケルアール殿と同等です。

 ただし、彼女は肩幅が有ります」


「肩幅?ああ、そうか、底面積ですね!」


「そうです」


 シノさんが良くできた生徒を褒める。


「私やデュケルアールの場合は、大体半径四センチの円形です。

 彼女の場合、半径五センチはあります。

 デュケルアールは推定GカップですがFカップの私とは、高さ十五センチと十七・五センチの差。

 体積で言えばデュケルアールは私よりも十七パーセント大きいだけです。

 あの子の場合は更に底面積で半径四センチと五センチの差です。

 これは底面積が約五六パーセント大きいことを示しています。

 体積もそれに準じるとすれば、彼女の胸の体積はデュケルアールを遥かに凌駕することになります」


「確かに見るからに体積はありそうですね」


「揉み応えがありそうです」


「二人とも、いい加減にしといてくれない」


 小っちゃいのが横入りしてきました。


「音声伝達を調節して指向性を持たせて秘密会話なんて器用なことしてるから、さぞ重要な話をしてるのかと思えば、まったく。

 キョウスケもいい加減にしてよね、揉み応えって」


「ちょっと待て、オレが悪いのか?

 話を合わせてただけだろ」


「あんたが来てからシノちゃんの病気が明らかに悪化してんのよ」


「だから、元はシノさんであってオレじゃない」


「これまでみんな、シノっちの話は生暖かくスルーだったのよ。

 それがあんた、真剣に受け答えしてるじゃない。

 こんな秘密会話技術まで駆使して」


「シマ、何か私が病気のように言っていましたが」


「ハイハイ、それより、フロンクハイトの代表が何か挑発的なことを言ってたけど聞いてた?」


 へっ、そんなこと言ってたの、・・・って、儀式、もう、終わり?


「あの程度でしたら、気にする必要はないでしょう。

 むしろ挑発に乗らない方がベターと思います」


 しっかり聞いてたんだ。

 この人、優秀なんだろうな、多分。

 ほけーっとしていたら、ライデクラート隊長がやってきた。


「変な魔法を使った奴はいなかったか?」


 おー、そういえば、そんな話だった。


「特にはいませんでした」


 視界の片隅で小っちゃいのが呆れた顔をしていたが、・・・無視だな。


「しっかり、頼むぞ。

 例の『ハチ』の件もある。

 何かあったら知らせろ」


 そういやあったな、ナディア姫を殺しかけたやつ。

 ええと、『ハリナガアカツノヒメバチ』だったっけ。

 ・・・また、同じ手を使うとは思えないけどね。




 メインの儀式は終わったが、午後には引き続き饗宴が開かれる。

 テーブルは三つ。

 中央がセリガーで、正面左側がセンフルール、右側がフロンクハイト。

 カゲシン宗主だが、挨拶だけで食事は一緒にしない。

 至尊の方は下々と一緒に食事をしてはならないらしい。

 であるから、最初にちょっと挨拶したら、夫人たちを引き連れて消えた。

 各テーブルでは宗主一族が代理でホストを務める。

 セリガーのテーブルでは宗主の次弟、センフルールには三弟、フロンクハイトには四弟。

 次男はカゲシン在住で僧籍のままだが、三男と四男は他家に養子に入っている。

 諸侯枠なので見た目も服装もかなり異なる。

 センフルールのテーブルは長テーブルの上座側の席に三弟のクチュクンジ殿下、その反対側に殿下の第一正夫人が座りホスト役になる。

 殿下の左側にセンフルール勢が四人、シノ、シマ、ミスズ、そしてリタ。

 ハナ、フキ、フトは後ろに立つ。

 リタ、偉いのね。

 聞いたら貴族としての序列ではリタはミスズさんよりも上で、シノ、シマに次ぐらしい。

 オレは三弟殿下の左側に立たされた。

 シノ、シマにも近い。

 会場の左片隅で全体が見渡せる位置ではある。

 ちなみに、衛兵の一人として配置されているのでやはりオレ一人で、従者はいない。

 従者を必要としない任務もあるじゃねーか。


 センフルールテーブルの反対側一番はネディーアール様。

 見れば各テーブルに宗主の子供が一人は座っている。

 将来的にホストができるよう見習いらしい。

 で、次が、諸侯枠でボルドホン公爵の弟、三番目はクテン侯爵の弟。

 それぞれ兄の代理だという。

 四人目はカゲシン内部からクロスハウゼン権僧正。

 それぞれ従者が後ろに立つ。

 何かこうして挙げていくとみんなエライさんなのだと分かるね。


 まずはワインで乾杯。

 んで、早速、料理が運ばれてきた。

 豚の丸焼きである。

 豪快で良いって?

 いや、確かに豪快だけど、物には限度ってもんが有ると思う。

 運ばれてきた豚は中華料理とかで見るような子豚ではない。

 でかい、とにかくでかい。

 一〇〇キロを楽に超えそうな豚である。

 それも、二頭。

 各テーブルに二頭だ。

 いや、テーブルは大きいよ。

 でも豚二頭の丸焼き載せたら、もう場所無いよ。

 対面見えないよ。

 十人に豚二頭って何考えてんだろう?

 誰、食べんのコレ?

 しかも、ケバイ。

 それぞれの国旗に見立てて、各テーブル二頭のうち一頭はカゲシン国旗、もう一頭はそれぞれの国の国旗になっている。

 念のため書くが、ちょっと色ついてる、じゃない。

 カゲシンの国旗はグレー地に白い六芒星だ。

 何でも暗い世界を救うマリセアの教えをイメージした物らしいのだが、・・・だからって豚を全面灰色に塗りたくるのはどうなのだろう。

 鼻先から尻尾まで灰色の豚、その背中に白い六芒星が描かれている。

 ちなみにセンフルールの国旗は青地に白い六芒星。

 セリガー国旗は赤地、フロンクハイト国旗は白地。

 そういうことで、豚はそれぞれ真っ青と真っ赤と真っ白。

 フランスですか?


 これ食うのか?

 食えんのか?

 顎が外れそうなオレを無視してホストが豪快にナイフというか包丁を入れる。

 鉈みたいな分厚い包丁で肉が切り分けられ、でかい皿に盛られ、従者が各人に運んでいく。

 二頭の豚、一頭はハチミツ焼き、もう一頭は香草焼きとかで、各人にはそれぞれ二切れの肉が当たる。

 一切れで一キロ、いや二キロぐらいありそうな巨大な肉片が二枚。

 何か絶対間違ってる、・・・そう思っていたのはオレだけだったらしい。

 参加者は「これは豪勢ですな」とか言いながら一斉に食べだす。

 極めてワイルド。

 一応、ナイフとフォークはあるのだが、結構手づかみ。

 フィンガーボウルが用意されているのを見れば手づかみは許容なのだろう。

 調味料として塩壺が置いてあって、各人、それを振りかけながら、うまいうまいと食べている。

 いいのか?

 本当にうまいのか?

 ・・・しかし、野菜は無いのだろうか?

 戸惑っていたらシマが手招きして、オレの手に肉を一切れのせてくれた。

 一切れと言っても五〇グラムぐらいある。

 目線で食えというので食べてみたが、・・・予想以上に食えない。

 外側は別として中は、見た目普通だったが、・・・想像を超えていた。

 ガッチガチのヴェリーウェルダン、しかも冷え冷え。

 加えて、血抜きが悪く妙に生臭い。


「いっつもこんなんなのです」


 もごもごしているオレにセンフルールメイドのフキが囁く。


「こちらの饗宴で最も重視されるのは量なのです。

 とにかく客を圧倒して絶対に食べ切れない量の肉を出すのがお約束なのです。

 次いで見た目の派手さです。

 味は問題ではないのです」


「肉だけなのか?野菜は?」


「肉だけなのです。

 魚は肉の安い代替品なのです。

 野菜は庶民の質素な食べ物なのです。

 宴会にはふさわしくないのです」


「しかし、これ、こちらの貴族はどう思ってんだ?」


「おいしいみたいです」


 フキが指さした先ではボルドホン公爵弟がお替りしていた。

 二キロで足りんのか?

 その隣ではナディア姫が壺に吐いている。

 吐く専用の壺が用意されているのだ。

 しかし、宴会の席で吐くのか?

 そう思っていたら向こうのテーブルでも吐いていた。

 吐いてまで食べたい内容か?


「うちでは、毎回、宴会ごとに大変なのです。

 食べないのはホストを侮辱することになるのです。

 一キロぐらいは食べないと失礼になるのです。

 シノ様もシマ様もミスズも不機嫌になるのです。

 リタは毎回代わってほしいと泣くのです」


 シノさんがオレの手の上に肉片を置いた。

 一〇〇グラムぐらいありそうだ。

 これ、・・・厚意じゃないな。


 しばらくすると豚はテーブルの上から退去し、やっと人の顔が見える状態になった。

 同時に仮装したピエロみたいのが入ってきてジャグリングとか組体操とか始める。

 料理はもう終わりかと思ったら、鶏肉が運ばれてきた。

 何で鶏肉って分かったのかって?

 そりゃ一羽丸ごとだからだ。

 作り物の首と羽が付いていたからだ。

 体は金色だけど。

 ちなみに、何となくわかると思うが、各人に一羽当たる。


 ようやく会話が始まる。

 シノさんはボルドホン公爵弟と探り合いのような会話をしている。

 良く分からんが政治なのだろう。

 ネディーアール様はのほほんと叔父と話しだした。


「叔父上は大分、恰幅が良くなられましたな」


「うむ、そうであろう。

 全く厄介よのう、カゲシン時代は修行ばかりだったから身軽でなければならなかったが、太守になれば痩せていては示しがつかん。

 この一年で何とか一〇キロ太ったぞ」


 ・・・貴族も大変だ。

 とか、思っていたら次の料理が来た。

 羊の丸焼きだ。

 派手な色付き、各テーブル三頭だ。

 皆が盛大に食べだす。

 ・・・どこに入ってんだろう?

 別に無理せず太れるよね、コレ。

 シマが肉切れをオレに渡そうとしてくる。

 羊の陰でホスト側から見られないからと言って、オマエ、・・・。

 戸惑っていたら、シノさんが問答無用でオレの手に肉の塊を握らせた。

 オレは吐き壺の代わりか?


 羊が終わったら、テーブルにデザートのイチジクが積まれた。

 置かれた、じゃなくて積まれた、だ。

 各テーブル数百個あるだろう。

 もう、どーでもいいが。

 これと共に宴会は次の段階に移った。

 席を立っての交流である。

 シノ・シマコンビはセリガーのトゴンと挨拶し、続いてフロンクハイト留学生とにこやかに会話している。

 侍女集団も他の侍女たちと交流だ。


 オレはライデクラート隊長に呼ばれ、更に何故か、クロスハウゼン旦那に紹介された。

 いや、有難いんだけど、・・・ちょっと怖い。

 クロスハウゼン権僧正閣下、権僧正は侯爵から名誉公爵ぐらいという。

 以前、ライデクラート隊長は伯爵相当とか聞いたような気もするが、・・・よく分からん。

 僧侶としての位も高いが基本は軍人で階級は『都督補』。

 これは大将かそれ以上の階級らしい。

 カゲシンの軍人の階級で最高位は『大都督』らしいが、これは常設ではない。

 平時の最高位は『都督』で都督の下の都督補は三人いる。

 で、その一人がクロスハウゼン・カラカーニー閣下である。

 五五歳と言えばこちらでは高齢になるが、髪は白くなく、鋭い目つきで痩身だが鍛えられた体格をしている。

 鷲鼻でカイゼル髭と、見るからに軍人。

 毎朝ランニングしている学究肌の参謀型軍人という感じ。

 センフルールテーブルに座っていた時から感じていたが・・・圧迫感、半端ないです。

 なんでこの人がライデクラート隊長と結婚してんだろう?

 デュケルアール様の父親というのも理解できん。

 クロイトノット夫人の兄というのは納得だが。

 突然思い出したが、オレってひょっとして間男じゃないのか?

 石垣本人はケロッとしているが、・・・なんか変な汗が出てきた。


 直立不動で耐えていたら、更なる大物がやってきた。

 マリセア・フサイミール都督、宗主次弟、年齢は確か三一歳。

 こちらもやせ型で神経質そうな外見をしている。

 軍最高指揮官でクロスハウゼンの上司で、セリガーテーブルにいた人だ。

 都督が都督補に声をかけ、ライデクラート隊長が「現状は異常ありません」と報告する。

 都督が「セリガーの奴らは」とか話し、都督補が「センフルールは何時もの無表情で」とか返す。

 良く分からんが、こーゆーのも、必要なのかね。

 と、都督がふと気づいたようでオレの事を聞いてきた。

 無論、答えるのはライデクラート隊長だ。

 何か、前途有望的なことを言ってくれている。

 あとで感謝しといたほうがいいんだろうか、これ。

 都督は、特に興味ない顔で聞いていたが、「施薬院ではバフシュ上級医療魔導士も優秀と評価し」という所で突然スイッチが入った。


「うん、カンナギ・キョウスケとは、バフシュが言っていたあのキョウスケか!」


 はい?


「其方、良い趣味をしていると聞いたぞ!」


 いきなり宗主弟がオレの肩を叩く。

 バンバン叩く。


「まだ、若いにもかかわらず、女を必要とせず、一人で己を慰めるすべを知っているそうではないか!」


 すいません。

 やたらと声がでかいんですが。

 会場の皆さん、くぎ付けなんですが。


「いやあ、大したものだ。

 私が自分で自分を慰めるすべを知ったのは二〇歳を超えてからだった。

 其方は見所がある」


 都督補も隊長も、他の皆さんも完全に固まっている。


「うむ、良ければ『男一人愛同盟』の次の会合に参加すると良い。

 私が推薦してやろう!」


 いや、ちょっとまて、・・・何でこんな話になるんだ。


「叔父上、その『男一人愛同盟』というのは何ですか?」


 ネディーアール様、何で、こちらに?

 つーか、わざわざ聞かないで欲しいんだが。


「うむ、悟りを得る一つの方法として、独立した男性個人の崇高なる究極の感覚を探求する高度に洗練されたエリートによる集まりだ。

 基本は己の両手だけだが、床や寝床に擦り付けることは許容される。

 魔獣や動物を使うのは不可だ。

 それであれば普通に女性と交わればよい」


 ネディーアール様がきょとんとしている。

 頭の中にはてなマークが一〇個ぐらい浮かんでそうだ。


「それで、叔父上もその同盟とやらに参加しておられるのですか?」


「いや、立場的に参加はできない。

 オブザーバー兼精神的指導者というところかな」


 周りがドン引きしているのが分かる。

 こちらでは男の自家発電はタブー、だよね?

 ・・・でも、宗主補の独演は止まらない。


「最近の話題は西方原産のコンニャクという食品だ。

 マイナーな庶民の食べ物だが独特の弾力とヌメリを兼ね備えていてな」


 ますます訳分からなくなった姫様が曖昧な笑みを浮かべる。

 あー、ちょっと隊長、何、耳打ちしてんのかなぁ。

 やめようよ、余計な知識を入れるのは。


「男一人、誰にも邪魔されず恍惚感に浸るあの一瞬、それこそが『悟り』に至る道!」


「兄上、そろそろ、次の予定の頃合い。

 我らはお暇しましょう」


 そそくさとやってきた三弟殿下が兄を宥める。


「まて、クチュクンジ。

 これはマリセアの正しき教えの根本にも繋がる話ぞ」


「本日は、月の民の歓迎会。

 我らの教えを声高に叫んで反発を受けるのは避けるべきかと」


 もう一人の弟もやって来て、両脇から兄上を連行していく。

 大変、有能だ。

 欲を言えばもう少し早く連行して欲しかったが。


「キョウスケ、其方、変わった趣味があるのだのう。

 そう言えばハトンはどうした?

 婚約者を迎えたというのは噓なのか?」


 ネディーアール様が微妙な目つきで呟く。

 だから、衛兵の一人なんですって。


「まあ、田舎の風習なのでしょう。

 これから治す、いや、もう治った。

 そうだな、キョウスケ!」


 ライデクラート隊長のフォローが悲しい。


「最近のカゲシンの男は女と交わらずに一人で処理するのが流行しているのか。

 報告書に追加だな」


 セリガー代表が部下と話し込んでいる。

 向こうでは貴族の一人がフロンクハイト代表団に「特殊な性癖はあの者だけの話です。宗主補殿は話を合わせただけです」と全ての罪をオレに擦り付けている。


「シノ様、やはり彼にリタを嫁がせるのは、・・・」


 こちらではメイド長がシノさんに進言している。


「婚約者ができても変態趣味は治っていないのです」

「永遠に、変態ニャ」


 メイド隊のフキ・フトがボソっと呟く。




 饗宴はそのままなし崩しに終了した。

 参加者全員の視線がオレに集中していたのは、・・・気のせいだったと思いたい。

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