03-02 一月五日 施薬院特別講義

 カゲシン、というかマリセア教導国では年末十二月三十一日から一月五日までは、祭日で、一般人は休日なのだが、一月五日は、学問所関係は集合がかけられる。

 学生は朝一番から、学問所、自護院、施薬院の順番(オレの場合)でお偉方の訓示を頂くのだ。

 始業式みたいな物だろう。

 学問所の学長は、学問所本体だけでなく、宗教本科、自護院、施薬院でも挨拶するので、それぞれの儀式は時間差がある。

 結果として、オレのような兼業学生は、似たような話の拝聴と、似たようなお祈りを何度も繰り返す事になる。

 勿論、敬虔なマリセア正教信者、ということになっているオレは完璧な外見、熱心に話を聞き、真剣にお祈りしている姿勢を完璧に保ちつつ、頭の中では別の事を考えていた。


 考えていたのは、ここでの生活と、これからのことである。

 まず、仕事の方だが、これは目途が付いてきた。

 施薬院に無事入れたし、主席医療魔導士のシャイフ教室にも入ることができた。

 地球の感覚で言えば、医学部に入学して、学長の教室に入局が確定したって所だろうか。

 ちょっと違うのは、こちらでは施薬院に入った時点で、医者の業務が可能なことだろう。

 オレが作っている薬も『高級医薬品』として売れるようになった。

 昨日、鎮痛剤とセフェム系抗生剤、H2ブロッカーをそれぞれ一万回分ずつ納品してきたが、まあ、ウハウハです。

 多分、これから金に困ることは無いだろう。

 当座の目標は『全金徽章』の獲得だ。

 カゲシン施薬院では、施薬科、施術科、薬術科のそれぞれの講義を全て履修すれば、徽章のマークが銀色から金色に変わる。これを金色徽章と呼び、一流医師の証となっている。

 三科全てが金色の全金徽章は超一流、地球で言えば教授クラスだろう。

 取りあえずは、これを目指す。

 どれぐらいで取れるのかは良くは分からないのだが、それぞれ試験に合格して手術をこなせば良いだけなので、・・・理論的には数か月で取れる。

 まあ、現実には、そう簡単ではないだろうが。

 一応の予定としては、全金徽章を獲得したら、シャイフの下で、少なくとも二~三年は働くつもりだ。

 施薬院で修行したと言っても期間が短ければ世間に説得力がない。

 カゲシンで修行してたんです、へーどれぐらい、五カ月、じゃ馬鹿にされるというか、問題あって追い出されたと思われるのは間違いない。

 それからはあちこちを旅してみたいと考えている。

 旅して、良さそうな所を見つけて定住という流れだ。


 一方、私生活の方は、多少、形になってはきたが、まだ、色々と大変。

 個人的には、必要最低限の文化的生活を獲得できれば、それで良い。

 良いのだが、このカナンという世界ではそれがなかなか難しい。

 ベッドは基本麦わらだし、食材も調味料も乏しいから食事も満足いくレベルではない。

 社会活動の大半が人力頼りだから、どこかに引きこもって一人暮らしなんかできそうにない。

 召使が必要なのですよ。

 だが、その召使を雇うのが大変。

 この世界、男女比が一対三、・・・一対四に近い。

 女が多いが労働の大半を女が行うので、男性ホルモン過多な女性が多い。

 筋肉ムキムキの女性陣から逃げ回っていたら、何時の間にか変態呼ばわりされていた。

 現在は、何とか女性を確保して、家政婦も確保したから、見た目それなりの貴族的生活はできるようになっている。

 ただ、まあ、・・・見た目だけだ。

 一応、婚約したことになっている女性が二人。

 ハトンは、まあいいよ。

 オレが自分で選んだんだから。

 ただ、タージョッはどうなのだろう?

 客観的に見れば、彼女はそう悪い物件ではない。

 取り立てて美人ではないが、一応、世間的には美人の部類らしく、オレが見ても女性に見える女性だ。

 少なくとも、石垣とか、若〇〇とか、ブ〇ース・ウイリスとかじゃない。

 それなりに能力も有って、勉強もできて、施薬院の学生でもある。

 気は強いが、それなりに素直で、高級医薬品の作製も覚えた。

 ただ、ねえ。

 処女だと自己紹介しといて、愛玩性獣とは経験豊富だってーのは納得いかない。

 何より、魔力量の差が大きすぎるのは致命的だ。

 オレが興奮して、『発射』しちゃったら、タージョッは多分、脳神経がいかれて廃人になるだろう。

 であるから、彼女とのセックスは、できるだけ興奮しないように気を付けながら、ある程度興奮して、できるだけ薄い精液を発射するという、なんともアクロバティックな事となっている。

 精神と肉体の完璧なコントロールが必要で、・・・修行です。

 セックスして却って欲求が溜まるという生き地獄。

 ところが、この世界、第一正夫人候補とは、少なくとも三日か四日に一回はヤらねばならない。

 それが男の義務で、タージョッも当然のように求めてくる。

 幸か不幸か、タージョッはとっても満足していて、すんごくヤりたいらしい。

 一月一日に最初にヤってから、翌二日も呼び出され、三日は休んで、でも昨日四日も迫られて、・・・アレ、三日に一回どころじゃねーじゃないか!

 こんなこと続けてたら、オレ何時か爆発しちゃうんじゃなかろうか?

 そりゃ、〇〇龍とヤるよりはマシだけど。

 でも、なあ、・・・婚約書類、出しちゃった、・・・みたいだし、・・・ここから反故にするのはまずいよなぁ。

 事情はあっても、引き受けちゃったんだから、それ相応に扱うしかない。

 ・・・色々とメンドーなのは、当分、改善しない、改善の見込みもない。

 まあ、いよいよとなったらセンフルールに行くって手もあるが、・・・あれも、よく考えてみると問題多いし、・・・。


 そんなことをつらつらと考えながら、つらつらと始業式の行脚をしていた。

 しかし、始業式三連発って、出るだけでダレるな。

 学問所学長はもっとダレてる、・・・かどうかは分からんが。

 そんなことで、やっと終わって帰ろうとしたら、学問所庶務課長から呼び出しがあった。

 本日、午後、直ちに、である。

 ・・・身に覚えがない。

 覚えがないが無視する訳にも行かないだろう。

 そんなことで、オレは両脇でやり合うタージョッとハトンを引き連れて指定された場所に移動した。

 しかし、この二人、何でこんなに仲が悪いのだろう?

 なんか、初対面からいがみ合ってた気がするが、・・・ハトンが言う所では、一目見て合わないと感じたらしい。

 なんなんだか。




 呼び出された場所は、小規模の集会室だった。

 待ち構えていた事務員に名を確認され中に通される。

 何故か、本人だけで従者は外で待つように指示された。

 ハトンとタージョッを残しとくのは気にかかるのだが致し方ない。


 部屋に集まったのは全員男性だった。

 全員施薬院のマークを付けた男子学生だ。

 学生証は『青』が三人、『緑』が一人。

 全員、オレと同じで何も聞かされていないらしい。

 何となく自己紹介を始める。

 オレは覚えが無かったが、向こうは知っていた。

 良く知らんが、オレはそこそこ有名になっているらしい。

 なんでかね?

 更に、四人のうち一人はオレと実技試験で一緒だった、らしい。

 二次試験で『こんなの聞いてません』とやってシャイフに一喝された小太りの男である。

 完全に忘れていたよ。

 ちなみに彼が十一月の入講で残りの三人が十二月入講。

 四人のうち二人がカゲシン出身で二人が帝国内諸侯の子弟という。

 諸侯出身の一人はいわゆるテルミナス系貴族で肌の色が白く髪の毛は赤い。

 しばらくして、タージョッに絡んでいたチャラ男だと思い出した。

 残りの三人はアナトリス系でこげ茶色の肌だ。


「全員、集まっているようだな」


 学生に遅れる事数分で入って来た中年男性は、オレたちを椅子に座らせると自己紹介を始めた。


「私は、ヘルステン・アウレイガースト少僧都だ。

 カゲシン教導院総雑務房主席を拝命している。

 本日は諸君らへの特別講義を仰せつかった」


 このオジサンは良く知っている。

 何回か一緒に飲んだ。

 学問所総雑務房、いわゆる庶務課の課長という役職の人物だ。

 オレが『青』の学生証を獲得するに際して付け届けをした相手でもある。

 心の中では勝手に庶務課長と呼んでいたが、・・・今後も庶務課長と呼ぼう。

 ちなみに、実家は大僧都家だった筈。


「特別講義、ですか。

 これは参加しなければならない物なのですか?

 参加した場合はどんな見返りが有りますか?

 参加しなかったら罰則はありますか?」


 緑の学生がなにか言い出した。


「強制ではない。

 ただ、帝国臣民でマリセアの正しき教えの徒は知っておくべき内容ではある。

 諸般の事情で今日しか時間が無い。

 どうしても外せない用事があるのならば退出しても構わない」


「今決めなければならないのですか?」


「まあ、そうなる。君はどうしたい?」


「いえ、別に話を聞かないとは言ってはいませんけど、・・・」


 なんか、めんどくさい奴だ。


「では、話を始めよう」


 課長はあっさりとメンドー緑君をちぎった。

 慣れているのかもしれない。


「今回の話は公では言えない話だ。

 であるからして、このように外部に話が漏れない場所となっている。

 分かっているとは思うが、ここでの話は外には、特に月の民には話さないように。

 その辺り心得てもらいたい」


「月人、・・・我々の話ではなく、我々に対する注意喚起ということですか?」


 なんか見るからに頭のよさそうな学生が尋ねる。


「その通りだ。

 急な話だがフロンクハイトからの留学生がカゲシンに来ることになった。

 また、セリガー共和国からの使節団も来訪する。

 到着は明日だ。

 セリガーの使節は三月の雪解けまで、フロンクハイトの留学生は少なくとも二年間という予定だ。

 明日からは従来のセンフルール留学生と合わせて月の民主要三派がカゲシンに滞在することになる。

 これに当たり、諸君らに月の民が我々人族、帝国臣民に取ってどのような存在かをしっかりと認識してもらうためにこの場を設けた」


「質問ですが、何故、我々五人だけなのですか?」


「昨年九月入講までの施薬院学生には話を終えている。

 ここにいるのは昨十月から十二月に入講した帝国市民の男子学生だ」


 なるほど、それでゲレト・タイジは除かれたわけだ。


「自護院ではこのような話はありませんでしたが?」


「施薬院の学生が最も月の民との接点が多いのだ。

 自護院や他の講義では月の民は見学しているだけだ。

 だが、施薬院では共に実習を行う。

 建前は別として、実質、現在のカナンで最も優れた医療技術を持つのは月の民なのだ。

 故に我らは彼らの技術を可能な限り吸収せねばならない。

 そのためには実習を共に行う必要が有る。

 故に施薬院学生は月の民との接点が多くなるのだ」


「なるほど。しかし、何故に男性だけ、なのですか?」


「その辺りを含めて、これから説明しよう。」




 課長は小型の石板をテーブルに立て、質問は適宜行うようにと言って話を始めた。


「まずは基本事項からだ。

 月の民の繁殖、個体数増加の方法は知っているな?」


「はい、人族と同じように男女の間で子供を作る方法が一つ。

 もう一つは、『血の契約』と言われるもので月人が人族や牙族にその血液を与えて、『転化』させるものです。

 月の民はなかなか子供が生まれないので、個体数の増加は『血の契約』が主たる方法となります」


 エリート学生が答える。


「その通りだ。

 貴族ならその程度は常識だろうな。

 では具体的に『血の契約』というのはどのように行われるか知っているか?」


 誰も答えない。


「血の契約だが、月の民に人族が血を吸われるだけでは無理だ。

 転化する人族が月の民の血を繰り返し飲むことで転化は行われる。

 つまり、転化する者が自ら望まなければ転化はできない」


「強制的な転化は不可能だと?」


 赤毛のチャラ男が尋ねる。


「不可能ではない。

 月人の血液を人族の傷口に振りかける、あるいは体内に直接流し込む、などの方法でも転化は行えるそうだ。

 ただ、転化する者の同意がないと成功率が下がると言われている」


「転化って失敗することが有るんですか?」


「ある、というか、多い。

 これについては後程説明する。

 話を続けるぞ」


 庶務課長は石板に、大きく、男、女と書いた。


「転化は基本的に異性間で行われるのは聞いたことが有るだろう。

 男が女に、女が男に、だ。

 だが、話は単純ではない。

 まず『相性』が有る。

 医学用語では『遺伝子の適合』という。

 男と女でも血の相性が良くなければ転化はできない。

 極稀に男性同士、女性同士で転化が可能になるが、これも相性、遺伝子の適合という。

 また、魔力量も大事になる。

 月の民は人族に比べて魔力に依存するところが大きい。

 転化する人族にもある程度以上の魔力が無ければ転化は成功しない。

 まとめると、月人は自分と相性が良く、魔力量が有る人族を探して転化を持ちかける」


「その相性というのはどの程度、『合う』物なのですか?」


 小太り学生が尋ねる。


「詳しくは分らん。

 異性間だと五人から十人に一人程度、同性間だと一〇〇〇人に一人程度と推測されている。

 ただ、これは個別の話だ。

 月の民が一人の場合は君と適合するのは五分の一かそれ以下だろう。

 だが、月の民が五人いれば誰かは君と適合すると考えるべきだ。

 更に言えば相性が良くなくても転化の試み自体は可能だ。

 失敗の確率が高くなるがな」


「でも、狙われるのは魔力量が高い人ですよね。

 魔力量が低ければそもそも月人に狙われることはない」


「違う。理想論としては月人も魔力量が高く優秀な者を狙いたいだろう。

 だが、現実には魔力量がそれほど高くない者も犠牲になっている。

 魔力量が高くなればなるほど人数は少なくなる。

 月の民は個体数が少なく、人口を確保するには贅沢は言っていられないのだ」


 小太り学生の顔が青くなる。


「しかし、田舎ならともかく、カゲシトで魔導士が転化した話は聞いたことありませんが」


 赤毛のチャラ男が聞く。


「ここしばらくカゲシトに滞在していたのはセンフルールの留学生だけだ。

 彼女らは注意を守って大人しくしている。

 諸君らにこの講義を急がなかったのもそのためだ」


「でも、今回、フロンクハイトの学生が来ると」


「そういうことだ。彼女たちは未知数だからな」


「あのー」


 めんどくさい緑が手を挙げた。


「この際だから聞いてしまいますけど、この講義って、僕らに転化したらダメだよってことですよね。

 でもどうして転化したらダメなんですか。

 留学生と結婚して地方に婿入りする学生なんていくらでもいるでしょう?」


「帝国にとっては優秀な人材、特に男性を引き抜かれるのは避けたいのが本音だ」


「でも、数人でしたら、帝国にとっても大したことないでしょう。

 それで友好関係が強くなるなら悪くはないんじゃないですか?

 そもそも、マリセアの正しき教えでは個人の魂は自由があるはずです」


「それはその通りだ。

 個人として考えれば、貴族の次男三男が跡取りのいない家に婿入りするのは、当たり前だ。

 それを咎めるつもりは無い。

 月の民の留学生はそれなりの地位の貴族。

 それに婿入りできるのならと考えるのは、まあ当然かもしれん。

 更に転化して月人になれば、長い寿命に病気知らず、良い事ばかりではないか、とな。

 だが残念ながら、うまい話など無いのだ」


「寿命が延びるわけではないってことですか?」


「延びないという訳ではない。

 月人の高位者は数百年の寿命が有ると言われる。

 だが転化者で二〇〇年以上生きる者は極稀だ。

 一〇〇歳以上でも一割かそこらといわれる。

 大半の者は十年か二〇年寿命が延びる程度らしい。

 更に、転化がうまくいかなかった場合は体が不安定になり寿命は逆に短くなる。

 転化がうまくいかなかった場合でも人に戻るのは不可能だ。

 人から月人への転化は一方通行、戻ることはできない。

 加えて、転化がうまくいって寿命が延びたら万々歳という訳でもない。

 分かるか?」


 課長はニヤリと笑って続ける。


「月の民の女性は自分の男になってほしいと、お前たちに近づいてくるだろう。

 お前たちはそれを『婿になってほしい』という意味に取るだろう。

 だが、違うのだ。

 それは、精液奴隷、ディプラー替わりという意味でしかない」


 ディプラーって、タージョッもご用達のあっち方面で使われる愛玩性獣だよな。


「月の民の女性は魔力量が自分と同等か上でなければ自分の伴侶として認めない。

 お前たちは現在カゲシンに滞在している月人の女性を見て、魔力量は多いが釣り合わない程ではない、などと考えるかもしれない。

 これは誤りだ。

 月人、特に上級の月人の寿命は長い。

 肉体的には人族と同じぐらいの速度で成長するが、魔力の成長はずっと遅い。

 一〇〇歳かそれ以上まで魔力の成長は続くとされる。

 月の民の留学生は我が国の規定により基本二〇歳以下とされている。

 彼女たちが一〇〇歳になるころには現在の数倍の魔力量となるだろう。

 はっきり言って、人族で彼女たちの正式な伴侶となれる魔力を持つ者はほとんど存在しない。

 カゲシン全体で見ても数人、守護魔導士以上だろう。

 お前たちでは到底無理だと知るべきだ」


「要するに、月の民が我々を勧誘するのは、我々が使用人を雇うようなもの、ということですか?」


「いや、でも、魔力量が釣り合わない夫婦なんて、いくらでもいるじゃないですか。

 膨大な魔力量を持っていたニフナニクス様がほとんど魔力の無かった時のカゲシン宗主と結婚したって例もあるでしょう」


 エリート学生にメンドー緑君が反論する。


「そう、正に使用人のリクルートだ。

 人族の常識は月の民には通じない。

 これは、本当にここだけの話だが、成長し男の味を覚えた月人の女は極めて淫乱らしい」


 何か、すごい話になって来たな。


「自分が必要とするマナを満たすためならば、親子、兄弟との交わりも平気という。

 平気どころか父親と娘、母親と息子が正式に婚姻関係になる事すらあるらしい。

 兄弟姉妹での結婚は当たり前の話と聞く」


「それは母親が同じ兄と妹という意味ですか?

 異母兄弟ではなく?」


 肥満児が聞く。

 そう言えば、ここでの結婚規定ってどーなんだろう。

 中世だと異母兄弟は結婚可能って社会も多かったような。

 地球の現代社会でも結婚規定はまちまちだ。

 ドイツでは叔父と姪で結婚可能だったはずだし、北欧で異母兄弟なら結婚可能という国もあったような気がする。


「その通りだ。

 月の民の女性は自分の性欲とマナ吸収の為なら手段を選ばん」


 流石に誹謗中傷じゃなかろうか。

 あー、だから、公にはできないのね。


「人族から転化した男性は、月の民の国では下働きだ。

 貴族の当主と思っていたら門番だったという落ちになる。

 自分に気が有ったはずの女性からは、良くて愛人程度にしか扱ってもらえない。

 女性のベッドに呼ばれたと思えば、五人十人の男の一人だったりする」


「えっと、一人の女に男性が五人、十人って、その場で順番を待ってるってことですか?

 立て続けにするって意味ですか?」


 赤毛チャラ男が心底驚いた声を上げた。


「そう、立て続けということだ。

 前の奴が出した直後に洗わずにそのまま、らしい」


「うげ」


「更には、何でも一度に複数の男性を相手にするらしい」


「いや、それ物理的に無理でしょう。

 女性は一人ですよね」


「能力の高い月人はほとんど排泄物を出さないらしい。

 だから、肛門をセックス専用に使うそうだ」


「こちらでも妊娠しないように後ろを使うのは多々ありますけど、・・・」


 庶務課長が女一人と複数男性というシチュエーションを詳細に話し始める。

 オレ以外の学生四人が一斉にうめき声を上げた。


「何でわざわざ、そんなことを、・・・」


「それ、動くに動けないでしょう。

 三人、四人でタイミング合わせるんですか!?」


「あの、男性二人が女性の肩越しに見つめあう形になりませんか?」


「気色悪!」


 そうか、こちらは女性が多い世界だから、多数の男性が一人の女性に群がるという構図がそもそも無いんだな。

 その逆はあっても。


「絶対無理です。有り得ません!」


 課長の言葉にエリート学生が絶叫する。


「そんな地獄みたいな状況なんてあり得ないでしょう。

 そんなのに応じる男性が異常です」


「そんな状況でも、命じられたらやってしまうんだ。

『魅了』されてしまえば逆らえなくなる」


 愕然としたという空気が流れる。

 小太り学生が口元を押えてトイレに駆け込んだ。

 どうやら吐いているらしい。

 この部屋トイレが付いているんだが、・・・想定してた?

 しかし、そんなにショックなんだ、これ。

 この話が抑止力になるんだ。

 地球の某即売会の二次創作本なんて、そーゆーのばっかりだぞ。

 少なくとも創成期から医療スタッフとして出入りしてるとかいう猛者が持ってた本は。

 まあ、地球でも実際に多人数プレイなんて一部の人間しかやらんとは思うが、・・・一部だよな、・・・オレの知るところでは一部だったはずだ、・・・うん、突き詰めるのは止めとこう。

 小太り学生が青い顔で戻って来て話が再開される。


「転化する者は大概、『魅了』されている。

 一旦魅了されてしまえばそれから脱却するのは極めて困難だ」


「ああ、それは聞いたことが有ります。

 月の民特有の能力ですよね」


 小太りさんが声を上げる。


「うむ、有名だと思うが、具体的にはあまり知られていない能力だ。

『魅了』は月の民特有の能力で、対象者を操り、言うがままにしてしまうものだ。

『威圧』に似ているが、『威圧』が恐怖により対象を操るのに対して、『魅了』は対象者に恋愛感情を起こさせて操る所が異なる。

 最大の違いは『威圧』は時間が経過すれば自然に解除されるが、『魅了』は時間が経過しても継続することだ。

『魅了』は解除されづらく、繰り返しかけられると永続的なものになってしまう。

『魅了』は基本的に異性に対してのみ行われる。

 実際に『魅了』されるには『威圧』同様に術者が対象者の五倍以上の魔力を持っている必要が有るとされる」


「なるほど、その条件が有るから魔力量が少ない者の方がむしろ狙われるわけですね」


 エリート学生が納得したという感じで頷く。


「まあ、そうだ。

『魅了』は極めて危険な能力だ。

 故にカゲシト市内に入る月の民に対しては『魅了』禁止の誓約が課される。

 ただ、現実問題として密かに使用された場合は対処のしようがない。

 被害者は『恋愛』していると信じ切っているわけだからな。

 月の民の女性は性的な魅力にあふれた者が多い。

 単なる恋愛と『魅了』とを区別するのは不可能だろう」


 確かに、月の民に恋した男性がいるという理由で、月の民を拘束するわけにはいかない。


「魔力量があるから『魅了』が通じないと思い込むのも危険だ。

 魔力差が無くても『魅力的な女性』という感情を抱きやすくなるらしい。

 更に、それを補完するのが性的な接触だ」


「えーと、セックスしたら危ないってことですか?

 何回ぐらいから危ないんですか?」


 チャラ男君、君、一回なら大丈夫って話が欲しいのかな?


「一回でも危険だ」


 課長、容赦ないです。


「月の民の体液には依存性があるのだ。

 実は、この点に関しては男性の月人がより危険だ。

 能力の高い男性の月人はその精液を流し込むことで女性を転化してしまえるという。

 勿論、この場合は女性の意志が重要になるが、ベッドインの段階で月人の手に落ちているからな。

 この能力故に月の民の男性は極めて危険視される。

 カゲシト他、多くの都市が月人男性の立ち入りを原則禁止にしているのはこのためだ。

 女性の月人は男性ほど危険ではない。

 だが、それでもその体液にはかなりの依存性がある。

 魔力の高い者でも繰り返し接触することで中毒症状になる。

 魔力差がある場合は一発でアウトだ」


「そうすると、ですが」


 オレは初めて口を開いた。


「明日来訪するというセリガーの使者は極めて稀有な例でしょうか?」


「その通りだ。

 記録によれば月の民と明確に分かっている男性がカゲシン内に入るのは三七年振りになる」


 周囲に不審を抱かせずに情報を入手するというのはハードルが高そうだ。

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