03-01S プロローグ

 ━━━帝国歴一〇七九年の危機は何故に起きたのか?これについては複合的要因が指摘されている。即ち、帝国内穀物生産の持続的減少、遊牧民の人口増加、帝国中央政府の帝国内に対する影響力の低下、肥大する宗教組織と行事、形骸化する信仰と風紀の紊乱、これらが相まって、発生したというのである。━━中略━━しかしながら、帝国が破裂寸前の革袋だったとしても、それが破裂するには何らかの切っ掛けが必要である。そして、それを提供したのは長命種国家フロンクハイトだと、史家の認識は一致している。━━中略━━フロンクハイトはKFCの『死後』も七〇〇年、現状維持、あるいは、限定的積極策を国策として継続してきた。それが、何故、この時になって全面積極策、強固策へと方針を転換したのか?これには『預言者伝説』、正確に言えば『預言者伝説との決別』が関係している。━━中略━━フロンクハイトが何故、七〇〇年の時をただ待つ事だけに費やしたのか、それは、次の預言者の出現に期待していたからである。KFCという預言者が死去したのであるから、然るべき期間の後、フロンクハイトの計算によれば平均二〇〇年で、次の預言者が出現する筈であった。そして、次の預言者が出現すれば、その指導によりフロンクハイトは威勢を取り戻すと信じられていたのである。━━中略━━客観的に見ればフロンクハイト国の期待は不確かであり滑稽ですらある。次の預言者が出現したとしても、その預言者がフロンクハイトに好意的とは限らない。この時点のフロンクハイトの苦境は預言者であるKFCとの抗争に敗北した事が原因である。そうであるにも関わらず、フロンクハイト首脳部は次の預言者が必ず彼らに味方すると信じていた。━━中略━━しかし、七〇〇年が経過しても預言者は出現しなかった。━━中略━━国家の再興を次の預言者に託すことは不可能だとフロンクハイトが決断したのは、前年に発生した『永遠の霊廟』事件の結果だとされる。この事件において、フロンクハイトは『預言者の印』を確保できなかった。━━中略━━『預言者の印』とは何か?これは現在でも不明である。正確には、『預言者の印』とは、単なる印、ハンコに過ぎず、さしたる機能は持たない、これに超常的な機能を求めていたフロンクハイトが滑稽、というのが現在史家の結論である。ただ、当時のフロンクハイト首脳陣がそれに強く期待しており、それの喪失が彼らに転機をもたらしたのも史実であろう。━━中略━━こうして、フロンクハイトは帝国への宣戦と侵略への道を進むこととなる。だが、その第一歩は彼ららしく搦め手であった。━━━

『ゴルダナ帝国衰亡記』連邦歴2022年6月22日発行より抜粋




「敬愛すべき同志第十市民に拝謁の栄を賜り感謝いたします。

 第六五位トゴン・イェスデル、マリセア教導国カゲシンに赴く任を受け明日、出立いたします。

 本日は、その挨拶と報告に参りました」


「親愛なる同志トゴン、自分は現在、貴君と同じ『二桁』序列。

 特別な謙譲表現は必要ない」


 セリガー社会主義共和国連邦の仮首都セリガーシティーにあるパレスフォートの一室で、共和国序列第十位バイラルは表敬訪問を受けていた。

 序列第六五位トゴン・イェスデルの儀礼に則った挨拶に対し、セリガー序列第十位、先日まで第七位だった男、バイラルは無表情に返答した。


「現在の同志の直属の上司は敬愛すべき第七市民ニキータだ。

 自分に挨拶する必要はない」


 バイラルは言外に、自分との交流は第七市民の不興を買うと忠告する。


「それでしたら心配はご無用です。

 今回の任務は、少なくとも人族の帝国が現在の体制になってからは初めての事態です。

 故に、自分は、序列第一位から第九位まで、ああ、現在、セリガーシティーに居られない敬愛すべき同志第六市民は別としてですが、残りの八名には既にご挨拶を終えております。

 本日、ここに伺うことは対外的にも不自然とは思いません」


 トゴン・イェスデルも馬鹿ではない。

 セリガー政界の荒波を航海し続けるのは容易なことではなく、彼も既に数十年は序列二桁を維持しているのだ。


「正直にお話しします。

 今回、自分が八人の敬愛すべき同志に対面をお願いした理由は、勿論、色々とあるのですが、第一の目的は同志バイラルと『自然な形』で面会する機会を手に入れるためなのです。

 今回の任務は自分にとって容易ではないと考えております。

 同志バイラルの忠告と助言が必要です」


 トゴン・イェスデルは対帝国の任を負う文官の一人であり、つい先日まではバイラル直系の部下であった。

 現在は、新たに帝国担当となった第七市民ニキータの配下に移動している。

 だが、トゴンはニキータを信頼してはいなかった。


「計画の詳細は聞いている。

 敬愛すべき同志第七市民によれは、フロンクハイトに少し手を貸すだけの、ローリスク・ハイリターンの計画、表の目的はともかく、裏の目的の完遂はほぼ確実、という話だったと思うが」


「確かにそのような説明でした」


「敬愛すべき同志第七市民の言葉を疑うのか?」


 バイラルは少しだけ言葉を崩したが、依然として本音は言わない。

 折角、従者まで排した一対一の対面機会を手に入れたのだ。

 トゴンはさらに踏み込んだ。


「敬愛すべき同志第七市民が直接計画を指揮されるのでしたら、信じられたかもしれません。

 しかし、今回の作戦はほぼ全てフロンクハイトによって行われます。

 それが懸念の第一です」


「こちらは、少し手を貸すだけ、ということだが」


「あの薬は我が国の特産に近い。

 使用が露見すれば我らが言い逃れるのは困難です」


「露見する可能性はまず無いという話だが」


「自分たちが仕切るのでもないのに何故、そう断言できるのか、理解し難い話です」


 トゴンは可能な限りの恭順と神妙さを態度に出し、アピールする。


「そもそも、計画が複雑に過ぎます。

 複数の目的を一つの計画で達成するのは困難です。

 更に、期間が短すぎる。

 もっと時間を取って、慎重に事を進めれば成功確率は上がるはずです」


 トゴンの言葉を聞いたバイラルは、しばし佇んだのち立ち上がると、戸棚から酒瓶を取り出した。

 高価なガラス製のグラスが二つ取り出され、蒸留酒が注がれる。

 バイラルが取り出したのは薬草で風味が付けられた物だが、セリガーでは『永世指導者』からの伝統で全ての蒸留酒は『ウオッカ』と呼称される。

 バイラルはグラスの一つをトゴンに回すと、グラスを持ち上げ、中身を一気に飲み干した。

 セリガーでは、『ウオッカ』は六〇ミリリットルほどの小さなグラスで飲むのが慣例であり、一杯目は一気に呷るのもまた慣例であった。

 バイラルはトゴンもまた酒を飲み干したのを見届けると、自分のグラスに二杯目を注ぎ、酒瓶をトゴンの前に置いた。


「ここからは、会談後の歓談だ」


 対外的な言い訳。

 だが、建前は重要だ。

 バイラルはトゴンが自分のグラスに二杯目を注ぐのを待って話し出した。


「一般論として、フロンクハイトの爺どもは複雑な作戦を好む。

 自分たちは世界で一番長生きで、世界で一番賢いと思い込んでいる集団だ。

 いくら長生きでも、見たい物しか見てこなかった奴らに本当の知恵が備わるのか甚だ疑問だがな。

 だが、それでも、奴らは複雑な作戦を好む。

 それが、自分たちの優秀さを示すと考えるからだ」


「それにしても性急に過ぎると思いますが」


「同志がどこまで聞いているかは知らんが、全ては伝わっていないと思う。

 ここだけの話、今回の作戦は、より遠大な計画の第一段階に過ぎん。

 既に第二段階が動き出している。

 第一段階が成功裏に終われば、フロンクハイトは有利な状況で帝国と交渉する考えらしい。

 だが、帝国とフロンクハイトは遠い」


 トゴンは頷いた。

 物理的距離の問題は大きい。

 帝国首都カゲシンとフロンクハイト間を正規の使節が慣例通りの速度で移動すれば片道で優に一か月かかる。

 往復で二か月、二往復すれば四か月だ。

 ちなみに帝国とセリガーも似たようなものであり、セリガーとフロンクハイトとなると片道二か月となる。

 勿論、使節に駅馬を乗り継がせれば大幅に短縮は可能だが。


「仮に第二段階を行うとして、その開始時期を考慮すると、今回の作戦は少なくとも来春、三月末までには終わらせる必要がある」


「それで武芸大会ということですか」


 トゴンの言葉にバイラルはかすかに笑った。


「だが、世界共産主義のためには今回の作戦が成功するのがベターなのも事実だ。

 当然、それに向けて努力すべきだが、・・・」


 意味ありげに言葉が切られる。


「それで同志が責任を取らされる事態になるのは、セリガーが責任を追及される事態になるのは、本末転倒だろう」


 トゴンは素直に頷く。


「その上で、注意すべき点だが、第一に、帝国内の我らの『同盟者』は、我らだけでなく、フロンクハイトとも通じていることを意識すべきだ。

 彼らは、必ずしも、我らの利益をフロンクハイトの利益の上に置くとは限らない」


 トゴンの顔が曇る。

 そのような話は聞いていない。

『同盟者』は基本的にセリガーとだけ交渉していて、フロンクハイトとは最低限、のはず。


「これは、あくまでも俺のカンなんだがな。

 まあ、酒飲みの話として聞いてくれ」


 トゴンの顔を見てバイラルは苦笑し、話を続ける。


「俺の『無限監獄』の報告は読んだと思う。

 それで、カゲシンのネディーアール内公女から暗殺蜂、ハリナガアカツノヒメバチの話が出たと記録されていたと思う。

 報告書には書かなかったが、あれな、後から考えると色々とおかしい」


「と、いいますと?」


「俺が『同盟者』に使者を送り『暗殺蜂』の依頼を受けたのは、俺が『無限監獄』に着いた後だ。

 俺が『同盟者』に使者を送り、『暗殺蜂』の依頼を受け、それを配下に託して運ばせ、それが事故により途中で失われ、事故で物が失われたので本国から取り寄せると連絡したら、『他から手に入れたので無用』との結果が来た。

 その、『他から手に入れた』との報告を俺が受け取ったのは、あの事件、つまり内公女と俺が面会する三日ほど前だった。

 つまり、最後の同盟者からの使者は、内公女たちが出発する数日前にカゲシンを発ったことになる」


「確かにそうですね」


「だったら、なんで、あの内公女は俺たちに『暗殺蜂』の事を聞いてきたんだ?」


「『同盟者』がそれを早速使用したのでしょう。

 カゲシンで、それを疑わせる事件が発生したのではありませんか?」


「俺も当時はそう考えていた。

 だが、その後、これだけ時間がたっても、カゲシンでそんな事件があったとの報告はない。

 そもそも、何で、あの時、あの場所で、あの内公女が、あんな事を聞いてきたんだ?

 我ら血族関係を疑うのなら、カゲシンのセリガー屋敷に先に接触があってしかるべきだ。

 だが、カゲシン・セリガー屋敷からはその様な報告はない」


「確かにそうですが、向こうでも問い合わせがあったが、取るに足らない事としてこちらに報告されていないだけかもしれません」


「『暗殺蜂』の問い合わせが取るに足らない事か?

 ま、可能性がないわけではないがな」


「・・・同志バイラルの考えは?」


「あのお姫様が、カゲシンから無限監獄に来る途中で、『暗殺蜂』と関わりがあった、そう考えるのが妥当だ」


「同志、その推論は少し無理があります。

『暗殺蜂』は本来、血族専用です。

 人族ではかなり魔力量の高い者にしか効果は有りません。

 そして、一旦、使用されれば対象はほぼ死にます。

 早めに気付いたとしても、手や足など、蜂が入った場所を切り落とすぐらいしかできません。

 内公女も、その側近も、手足の欠落は無かったと聞きますが」


「あの内公女は、クロスハウゼンだ。

 クロスハウゼン一族の優秀な娘が内公女の侍女についていて、その女が内公女の身代わりとなって死んだ、というのはどうだ?」


「それは、・・・確かに可能性はありますか」


 トゴンもバイラルも、ネディーアール内公女自身が標的となり、生還したとは考えなかった。

 そのような『医師』は存在しないのだ。


「まあ、どこでどのように使われたのかは断言できないが、使われたこと自体は確実だ。

 でなければ内公女があの時、俺たちを問い詰めることは無かっただろう。

 そして、使用したのは『同盟者』で確定だ。

 こんな物の存在を知ってる奴が他にいて、偶然、あの時期に使用したなんて偶然は有り得ない」


「確かに彼ら以外の可能性は極めて低いでしょう。

 ですが、それがフロンクハイトと『同盟者』が繋がっている証拠なのですか?」


「最初に戻るが、俺は『同盟者』が『他から手に入れた』と言ってきた時には、『他から手に入る算段が付いた』のだと理解していた。

 だが、実際には、『暗殺蜂』の存在を俺が教えた数日後には『同盟者』は『暗殺蜂』を手に入れ、使用していたことになる。

 でだ、やつらはどこから『暗殺蜂』を手に入れたんだ?」


「ああ、成る程、時間の問題ですか」


 トゴンは納得した。


「時間をかければ、組織に所属しない『ハグレ』の血族でも『暗殺蜂』を調達するのは可能。

 だが、数日以内となると、その時点で所有していなければ難しい。

 可能なのは、フロンクハイトかセンフルール」


「そのうち、センフルールはネディーアール内公女と親密な関係にある。

 あの内公女関連の仕事に使う物を『同盟者』がセンフルールに頼むとは思えん」


「フロンクハイトしか、残らないわけですか」


「『同盟者』はこちらに、『暗殺蜂』をフロンクハイトから手に入れたとは伝えてきていない。

 そもそも、『暗殺蜂』を使用した事すら伝えていない」


「言われてみれば頭が痛い話です。

 恐らく、『同盟者』はこちらが知らない物と考えているのでしょうが」


 実際、トゴン自身、全く疑っていなかったのだ。


「それで、そこら辺を踏まえた上での助言だが、・・・まず、カゲシトに泊まるのは止めておけ。セリガー屋敷も万全とは言えん。

 できるだけ避けるんだ。

 泊まるのはカゲクロが良い。

 あそこなら何時でも逃げられる。

 城壁が無いからな。

 何時でも退去できる建前を事前に作っておくことも忘れるな」


 トゴンは男性血族だ。

 いらぬ疑いをかけられたくないと言えば、カゲクロ宿泊が許可される可能性は高い。

 セリガー屋敷はもともと能力の高い者はおいていない。

『ネズミ』が入り込んでいる可能性は否定できないだろう。


「カゲクロでは、色々と『交流』しておけ。

 我らと好を通じたいカゲシン貴族は少なくない筈だ。

 多数と交流しておけば、本命との交流も目立たなくなる。

 上への点数稼ぎにもなるからな」


 実際、友好を結びたいという話は少なくない。

 無視していたが、利用しても良いだろう。


「本番の武芸大会も同志自身は出ない方がいいだろう。

 部下に行かせろ。

 計画が失敗したら、カゲシト城壁内外の通行は禁止される可能性が高い。

 その場合は、部下を見捨てて逃げろ。

 躊躇したらろくなことにならん」


 纏めると、最初から逃げる算段をしておけということか。

 バイラルは『計画』の成功確率が高くないと考えているのだろう。

 敬愛すべき同志第七市民とは正反対

 だが、トゴンも第七市民の言う『成功確実』は疑問だったのだ。


「最後に、一つ、頼みごとがある。

 カゲシンに行ったら、例の『茶色の髪の男』について、調べられる範囲でいいから調べて欲しい」


「茶色の髪の男、といいますと、同志が無限監獄の屋上で戦ったという男、ですか?

 その男は、死んだはずでは?」


「いや、あいつは生きている。絶対に、だ」


 気にし過ぎではないか?

 トゴン・イェスデルは反論しようとして止めた。

 反論するにはバイラルの視線があまりにも真剣だったのである。

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