02-26 年越しの儀式

 カナンの暦では十二月は三十一日まで。

 一般業務は三〇日で終了だ。

 学問所も施薬院も十二月三〇日で年内業務を終了、オレはその日中に各所の挨拶回りを終わらせた。

 翌日からの年末年始は、厳密に言えば三十一日午後からが祭日で、一般人は休日である。

 ただ、宗教国家だから祭日は宗教儀式で埋まる。

 シャイフ主席医療魔導士やライデクラート隊長らの役職持ちは全員僧侶資格持ちで忙しい。

 三〇日の時点で、学問所庶務課は戦争状態だった。


 例外はバフシュ・アフルーズ施薬院講師で、仲間とパーティー、バフシュ言う所のブンガブンガをするとの話。

「行事は?」と聞いたら「体調不良で欠席だ!」と元気いっぱいに答えていた。

 一応、お誘い頂いたのだが、先約が有るので謹んでお断りしている。

 ものすごーく興味深い、・・・じゃなくて、怪しげなというか、色々と問題ありそうなというか、秘密が保たれるのであれば参加もやぶさかではない、・・・という訳でもないけど、・・・何というか、参加しちゃってそれが露見した場合の問題が大きそうなので辞退しておくのが正解なところなのだと、・・・思わざるを得ない。

「景気づけに本職のストリッパーを呼んだ」とか、「酒と精力剤はふんだんに」という辺りで内容を推察して頂きたい。

 一緒に挨拶に行ったタイジが『準備状況』だけで目を白黒させていた。

 手術の腕は施薬院トップながら出世できないとの話だったが、・・・うん、まあ、そーだろうね。


 三十一日午後はオレとハトンでお出かけした。

 ハトンを連れての初のお出かけである。

 直ぐ近くだけどね。




「来たわね、変態」


「誰が変態だ」


「ああ、餌付けされに来たのですね」


「はい、素直に餌付けされに来ました」


 玄関まで出迎えたシマがジト目で睨む。


「ちょっと、態度違い過ぎない?」


「いきなり変態と言われて喜ぶ奴はいないだろう」


「いや、私の挨拶も大概だけど、シノっちの方も酷いと思う訳よ」


 少しだけ考える。


「言われてみればそうかもな」


 だけど、仕方がないじゃないか。

 AとFだよ、攻撃力が違い過ぎる。


「そうかもな、じゃないでしょ。

 少しは、こっちにも愛想をよくしなさいよ」


「あ、うん、すまんかった」


「おざなりだニャ」

「ひどく適当です」


 横ではハトンがFカップEカップとじゃれながら先に進んでいく。

 羨まし過ぎる。


「一つ聞きたいのだが、何故にオレの周りには小っちゃくて平たいのが固まってるのかな?」


「微妙な悪意を感じます。

 言っておきますが、我が家の家訓では女性はツルペタこそ至高なのです」


「フキ、早まらないニャ。

 キョウスケはハトンを嫁に貰ったニャ。

 キョウスケもツルペタ仲間ニャ」


 何時、オレがツルペタ教に入信したと?


 四人のメイドだが、赤毛Eカップ僕っ子でオレと結婚しても良いと言ったリタと、ふわふわブルネットでCカップのハナがシノさん付き。

 青髪ストレートで毒舌のフキと、青髪ちぢれっ毛でニャーニャー娘のフトがシマ付きという。

 シノさんとリタは異母姉妹と聞いたが、シマとフキ、フト、加えてメイド長のミスズさんの父親が同じ、つまり、こちらも異母姉妹だという。

 ちなみにハナだけ血統的に少し遠い、又従姉妹ぐらいという。

 良くわからんが、シマたちの父親がロリコンなのは確定だろう。


「姉妹だけど、主従になるんだな」


「こちらの風習は良く分からないです。

 血族内では、母親が違うと姉妹とか兄弟とかは言わないです。

 父親が違っても母親が同じなら姉妹と言うのです」


 フキの説明に考え込む。

 同じ一夫多妻でも随分と風習が違う。

 母親の地位というのが結構あるんだろう。




 宴会場は広めのリビングだった。

 すっごくふかふかの絨毯が敷かれていて、靴を脱いで入るように指示された。

 二~三人掛けのソファが四つあり、テーブルの上には料理が大皿に盛られている。

 どうやらビュッフェスタイルらしい。


「他に招待客はいないのですか?」


「いないよ。

 こっちに来た当初は挨拶を兼ねた客もいたけどね。

 この一年で、商売や仕事以外で遊びに来たのは多分あんただけじゃないかなぁ」


「多分断られるだろうと思いつつ誘いました。

 よく来たものです。

 あなたは、やはり変人です」


 褒められているのか、貶されているのか。


「あなたはこの町では新参者です。

 ですが他には誘われなかったのですか?」


「いえ、幾つか誘われました」


 ゲレト・タイジは牙族主体の年末パーティーに行くと言っていた。

 人族もそれなりに出席するとのことで誘われていた。

 自護院練成所の平民出身士官の集まりも有り、ライデクラート隊長からはそれを勧められている。

 最後にバフシュ・アフルーズのブンガブンガ。


「恐らくですが、ここに来るよりはブンガブンガに出ていた方が世間の評判は悪くないでしょう」


「そんなに評判悪いんですか?」


「有体に言ってそうです」


 うーん、そんなに悪いんだ。

 多分、月の民・吸血鬼という存在自体が悪いので、センフルールの評判が特別に悪いのではない、・・・と思いたい、・・・良く分からんが。


「評判だけ考えていれば自護院の集まりに出た方が良かったのでしょうね。

 でもこちらの方が美人も多いし、食事もおいしいですから」


 聞きたいこともあるし。


「でもブンガブンガの方が露出度と密着度は高いでしょう」


「いや、まあ、そうかも知れませんが、・・・」


「キョウスケはそちらへの興味は無いのですか?」


「正直、全く無いわけではありませんが、・・・シノさん、興味あるんですか?」


「それは、勿論!」


 勿論、って、・・・。


「露出度の高い女性だけでなく、露出度の高い男性もいるわけですが」


 ものすごく嫌そうな顔になった。


「男性無しなら、すごく興味があるのですが」


「それは無理、と言うか、この屋敷は女性だけと聞きましたけど」


「うちの子たちに、文句はありませんが、新たな出会いは重要です」


 何、悠然と話してんだろう、この人。


「シノ様、僕たちを見捨てて浮気なんて許されないよ!」


「あなた達を見捨てるなんてことはしません」


 リタちゃんがシノさんに抱き付いて抗議する。

 あ、キスした。この人キス好きだな。

 あ、すぐ終わった。

 残念。


「いちいち、見なくていいのです」

「グラス、持つニャ」

「シノっちはキス魔だから、今日これからいくらでも見れるわよ」


 フラットスリー、Aカップと、Aマイナと、マイナスAの三人からの突っ込みが入る。

 そーなのか、また見れるのか?

 ・・・オレ何期待してんだろう。

 ハナさんがボトルを持ってくる。

 センフルール製のスパークリングワインだという。

 ちなみに『シャンパン』と口走って、また、変な目つきをされた。

 シャンパンという名称はフロンクハイトが自国の物と主張しているらしい。

 常識が色々と書き換わっていて分けわからん。

 過去の転移者の影響なのだろうけど。


 ちなみに、照れ隠しにワインを冷やしたらびっくりされた。

 冷やすという魔法を簡単に使ったこともあるが、こちらでは酒を冷やして飲む風習が無いらしい。

 言われてみれば、確かにそうだ。

 そもそも冷蔵庫ないし。

 エールとかビールとかは、地球でも二〇世紀初めぐらいまでは室温で飲むのが普通だったと聞く。

 ビールを冷やして飲むという邪道なことを始めたのはアメリカ人だそうだし、カナンでその風習が無いのは不思議ではない。

 魔法が有っても、飲み物を冷やすのは意外と難しいようだし、そもそも、その風習が無ければ発想もないだろう。


 メイド長のミスズさん、見た目Cカップ?の音頭で乾杯になる。

 ここにいる九人がパーティー参加者らしい。

 ソファは四つ。

 一つに、オレとハトンが座り、正面のソファにはシノさんとシマが座る。

 俺の右手に、フキ、フト、リタの三人。

 左手にはミスズさんとハナさんである。

 ・・・来てよかった。

 オレ、思う以上に女性に、見た目で女性と分かる女性に飢えていたのだと思う。

 いや、地球でもこんな、男一人に女八人のパーティーなんて出たことなかったけど。

 それも、八人中七人が十代で、総じて美人度が高い。

 フラットスリーはいるがFカップとEカップが一人ずついるのだから十分だろう。

 それにフラットスリーもかなりの美形だ。

 あ、ハトンもいるから、フラットフォーか。


「キョウスケ、あなた、ひょっとして、状況的にハーレムみたいだとか思っていませんでしたか?」


 シノさんの言葉にギクリとする。

 何故、分かった?


「確かに、ハーレムですが」


 え、マジ?

 いいの?


「ここは、私のハーレムです。

 リタのオッパイも私のです。

 リタだけでなく、みんなのオッパイも私の物です!」


 あー、そーゆー意味ですね。

 異論はありません。

 文句もありません。


「シノさま、・・・」


 ミスズさんは呆れ顔だが、・・・もう諦めてるっポイな。

 シノさんは勝ち誇った顔でワインを飲み干す。


「冷やすのもいいですが、酒精の香りが弱くなりますね」


 根っからの酒飲みの意見ですよ、それは。




 料理は、素晴らしかった。

 カゲシン料理との最大の差は調味料だ。

 醤油に味噌、ケチャップにマヨネーズ、酢の種類も豊富で香辛料の種類も多い。

 カナンも捨てたものじゃないな。

 聞けば、ケチャップ、マヨネーズはセンフルールの調味料で、こちらで自作しているという。

 醤油と味噌はセンフルールでも作られているが、カゲシンで出回っているのはセリガー産らしい。

 味噌と醤油は店を教えてもらった。

 高価なので普及はしていないが、一部の物好きに需要があり、少量輸入されているという。

 ケチャップとマヨネーズはセンフルール屋敷から分けてもらえることになった。

 大収穫である。

 知らないふりして調味料を教えてもらい、大絶賛したところ、この結果になった。

 オレも成長したものだ。


 ちなみに、マヨネーズは自作を試みて失敗している。

 良く異世界物ラノベでマヨネーズを自作する話が出てくるが、アレ絶対に嘘だと思う。

 マヨネーズは地球でも国によって随分と違う。

 日本製の癖のないマヨネーズはメーカーが苦心の末に作り出した芸術品である。

 使用する油と酢に癖があると、とんでもない味になる。

 オレがこちらで自作したのも食えたものではなかった。

 センフルール屋敷では、センフルールから取り寄せた酢と油を使用しているという。


「この味がわかるとは、キョウスケは味覚が鋭いのですね。

 こちらでは、料理の味付けに拘る者が少ないので、うれしいです」


「ここの料理は、学問所の食堂にしても、町の飲食店にしても、雑というか大雑把ですよね」


「そ、質より量だから」


 オレの感想にシマが、諦めた口調で同意する。


「ちなみにカゲシン宗家の宴会でも味は大差ないわよ」


「大差ないって、宮廷の宴会と町の食堂が?」


「味付けや料理法は大差ない。

 焼くか煮るだけ。

 違うのは量と種類」


「種類が有ればまだいいんじゃないのか?」


「アナトリス豚の丸焼きと、ゲインフルール豚の丸焼きと、シュマリナ豚の丸焼きとか並べられてもねー。

 どれも、ガッチガチに焼くだけで比べろと言われてもねー」


 なかなか厳しそうだ。


「あとは、ただ珍しい物、希少な物という感じです。

 一部に味が分かる人もいます。

 ですが少数派です。

 基本的に味覚細胞を持たない人が多いのです」


「幼少時より、肉は焦げる寸前まで焼く、野菜は形がなくなるまで煮るという教育が行き届いていますです。

 この国の人族は味覚というものが発達しないのです」


 シノさんにフキが追加すると毒舌が限度無しだ。

 まあ、地球でも国によって味覚は随分違う。

 ドイツ人は『スープは甘くあるべき』と確信しているそうで、ドイツで『高級中華料理店』に入った日本人が、「上湯スープがベタ甘くて悶絶」したという。

 困ったことにそのベタ甘い上湯スープが料理のベースとして使われていたため、料理の大半が激甘だったそうだ。

 逆に、ドイツ人に言わせると日本製のソーセージは喰えたもんじゃない、らしい。

 お互い様かもしれない。


 しかし、・・・センフルールというか月の民の食事がオレの口に合うというのは新発見だ。

 セリガーも醤油と味噌が存在するのだから、期待できそうだ。

 少なくともカゲシンの香草と塩だけの食事よりはマシと思える。

 ・・・やっぱ、月の民国家、特にセンフルールだな。

 シノさんたちの帰国時に同行するのは、かなり有力な選択肢だろう。


「この、酢味、・・・少しスッパイ和え物も、さっぱりして美味しいですね。

 野菜で繊細な味付けはうれしいです」


「その酢味噌和えは、ニャーが作ったニャ。」


「そうかー、フトも料理、出来るんだな。」


 思わず頭を撫でてやったら、何故か威嚇された。


「子供扱いしないニャ。

 フトは十六歳ニャ。

 成人してるニャ。

 キョウスケより年上ニャ!」


 そーだったのか?

 でも、この中じゃハトンの次にちっこい。

 シマよりも小さいぞ。


「リタの方が年下ニャ。

 成人してないニャ。

 十四歳ニャ」


 そー言えば、そんな事を聞いたな、・・・。

 でも、身長はリタの方が頭一つ大きい。

 胸に至っては、・・・リタはシノさんに次ぐEカップだからな。


「悪かった。

 少なくとも料理の腕は十分に成人に達しているようだな」


「とーぜん、なのニャ」


「そー言えばだけど、フトって成人しているのに髪の毛上げてないんだな。

 成人したらハーフアップにするんだろ?」


 フキとフトは青色という地球ならコスプレ会場でしか目にしない髪をしている。

 で、フキはストレートのやや濃いめの青い髪を結っているが、フトの方は薄めの青のショートカットだ。


「ニャーの髪の毛は細いくせっ毛なので伸ばすと大変なことになるのニャ」


 言われてみれば確かにそうだ。

 猫っ毛と称される髪質で細くてくるくるしている。

 伸ばすとすぐに絡むだろう。

 ・・・見た目に撫でてやりたくなる髪でもある、・・・とか思っていたらシノさんがフトを抱き寄せて膝の上に乗っけてしまった。


「フトはショートヘアーがいいのです。

 それに、髪の毛を上げる、上げないはこちらの風習であって、血族の風習ではありません」


 シノさんがフトの頭を撫でながら言う。

 何故かフトは目を細めて撫でられている。

 ・・・何か、差別だ。


「そういうことで、フトもぐっと飲みなさい」


「シ、シノさま、これ、ブランデーニャ」


 フトが焦った声を出した。

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