02-25 貴族と名字

 ダウラト・ハトンとの婚約後、話は急速に進んだ。

 まずはオレとダウラト・ジージャさんとでシャイフ・ソユルガトミシュに挨拶と言う名の交渉に行った。

 交渉はあっけないほどに簡単だった。

 と言うか、シャイフとしては想定よりも有利な内容だったのだと思う。

 バフシュ・アフルーズはシャイフを馬鹿ではないと評していたが、なかなかに有能なのだろう。

 彼は『高級医薬品』の許認可権についてオレ以上に高く評価していたのである。

 逆にこの程度の条件でダウラト商会が満足するはずが無いと勘繰られたほどだ。

 オレとしてはびっくりだが、そこは経験豊富なダウラト・ホージャである。


「施薬院に魔草・魔木を納入する薬種商にダウラト商会も加えて頂きたいと考えております」


「ふむ、やはりそう来たか」


 二人が延々と話を続け、何とも微妙な話になって終わった。

 結果だけ書けば、ダウラト商会は施薬院の魔草には三パーセント程度、魔木では八パーセント程の納入権を獲得した。

 ダウラト商会は魔木に強い商会だという事、施薬院の購入金額としては魔木よりも魔草の方が大きく利権も大きい事でこの結果になったようだ。

 薬種商についてはダウラト商会としては認められなかったが、ダウラト・ホージャ個人の資格は得られた。

 後から聞いたところでは、ダウラト商会としては予定外の非常に大きな利権らしい。

 ただ、シャイフとしては想定より小さい譲歩だったようで満足していた。


「今年度は中途からですので、色々と難しい所があるのは存じております。

 ただ、来年度以降には期待させて頂きたいと考える次第でございます」


「それは、其方らが納入する商品の出来を見てからになるだろうな」


 二人とも、黒い笑顔で握手していたのが印象的だったよ。




 ついでにと言うか、オレたちの処遇も決まった。

 オレとゲレト・タイジ、ダナシリ、モローク・タージョッの四人、そしてネディーアール様とその側近二人は、シャイフの教室に入ることになった。

 施薬院学生がどの教室に入るのかは学生個人の選択だが、シャイフ教室は競争率の高い有名教室である。

 オレとしても施薬院主席医療魔導士の弟子という看板は有難い。

 オレの薬剤作製講義は、今後はシャイフ教室内の実習という形で行われることになった。

 建前としては、シャイフの弟子であるオレが他の学生を監督する形になる。

 オレは目立たなくて良いし、シャイフはネディーアール様の師匠という地位を手に入れる。

 いいところだと思う。


 年末の慌ただしい中で引っ越しも行った。

 色々ケチが付いていたお家は完全消臭滅菌洗浄の上でお返しした。

 ご紹介頂いたクロイトノット家には恐る恐る断りを入れたのだが、・・・紹介したはずの夫人自身がそれを忘れていた。

 もーさぁー、貴族の感覚が分かんねーよ。

 どこまでを恩に着てればいいんだろう?


 新しい家だが、より広く、よりカゲシンと学問所に近く、よりセキュリティが高い、という夢のような物件である。

 そんなのが、有るのかって?

 有るんですよ、それが。

 新しい住居はカゲシンの東側、いわゆる裏門側にある。

 正門である南門からは遠く、カゲシトのメインストリートからも遠いため、買い物などは面倒だ。

 その意味で不人気と言うのは有るだろう。

 だが、裏門を使用すればカゲシンとは目と鼻の先にある。

 つーか、家の入口の真ん前に裏門の一つ、通称第二東門があります。

 カゲシンに通う場所としては極めて良い、良すぎる場所だ。


「そゆことで、チャッチャと書類出して。

 あんたもさっさと、サインする」


 大家は、カゲシンというか国家で、手続きはカゲシン学問所の庶務課でした。


「あのー、シマさん。なんか、ちょっと話が違うような、・・・」


「あたし、嘘は一つも言ってないよー」


 物件の右隣はセンフルール屋敷、左隣はフロンクハイト屋敷。

 フロンクハイトの更に北側に一軒おいてセリガー屋敷。

 セリガーの北側は山しかない。


 カゲシトには諸国・諸侯の屋敷がある。

 大使館みたいなものらしい。

 月の民三派の屋敷は周囲と軋轢が多いので、まとめて配置されている。

 一軒おきにしたのは互いに隣を拒否したからという。

 そーゆーことで治安は異様に良いです。

 関係者以外、歩いていません。

 人通りはほぼゼロだよ!

 オレの物件だが、以前は、地方の子爵屋敷だったそうだが、各種圧力に耐えきれず転居したという。


「お前、無意味に圧力掛けたんじゃねーのか?」


「知らないわよ。私らが来るずっと前の話だもの」


 聞けば何年も空き家だったが、カゲシンの目の前ということもあり、手入れだけはされていたらしい。

 名目上は『倉庫』だが、『買って』くれるのなら庶務課としては有難いようだ。


「何、文句あるのよ?

 あんた、無駄に金が有るんでしょ」


「無駄ってなんだ?

 買いたいなら自分たちで買えばいいじゃないか」


「私たちは買うのも借りるのも禁止なの。

 格安物件なんだからいいじゃない」


 確かに安い。

 一般的なカゲシト物件の三分の一以下だ。


「戦闘訓練とかうちの庭でやるから参加も楽でしょ」


「それは、あるが、・・・治安はいいけど誰も訪ねて来てくれないだろ、ここ。

 つーか、知人どころか使用人もこないぞ」


「シノっちが時々、一緒にご飯食べてもいいって」


 買う事にしました。

 決しておっぱいに負けたわけではない。

 餌付けされただけだ。

 危惧した使用人は、ダウラト商会の紹介で選抜されたので、特に問題なかった。

 逆に言えばセンフルール=ダウラト商会系か、さもなくばフロンクハイトの御用商人系列しか使用人は雇えそうにない。

 ・・・なんか、どんどん搦め捕られている気もするが、・・・。


 まあ、そんなことで引っ越ししました。

 実質は新居づくりだな。

 家具から何から新規です。

 ハトンの他に住み込みの使用人も決まったので彼女らの意見も聞きながら家具を揃えていく。

 寝具や服、下着の類も大量に買った。

 ちなみに、ハトン達の下着を買うついでに、シノさんに似合いそうな下着を見繕ったのは秘密である。




 その引っ越しの真っただ中、何故か呼び出しが有った。

 ネディーアール様とそのお目付け役の連名で呼び出されれば行くしかない。

 従者としてはハトンを連れて行った。

 ハトンの初お目見えである。


「でだ。其方、一体何をやらかしおったのだ?」


「すいませんが、質問の意味が分かりません」


 クロスハウゼン・ライデクラート隊長がナディア姫の足りなさすぎる質問を補ってくれた。


「其方には、施薬院のシャイフ主席医療魔導士殿を経由して適当な貴族との婚姻を行わせたはずだ。

 こちらとしてはとっくに結婚、少なくとも婚約していて、それで『青』の学生証を得たと理解していた。

 ところが、シャイフ殿が其方に紹介したというヒンダル家から正式な婚姻辞退の書類が届いた。

 其方が結婚していないのを初めて聞いたのだ。

 それでは何故に其方が『青』の学生証を持っているのか。

 調べたところ、其方が教導院に莫大な寄進を行い、その功徳をもって学生証の階級を上げた事実が判明した」


 なるほど、ヒンダル・ターラシコーに『お願い』した話が実行されたわけだ。

 しかし、だよ?


「あの、私から、婚約をお断りしたいというお手紙を皆様あてに出したのですが、届いてはいなかったのでしょうか?」


「手紙?知らんな。何時どこでどのように出したのだ?」


「クロイトノット夫人とクロスハウゼン隊長、並びにシャイフ主席医療魔導士に宛てて出しています」


「どの様に提出したのだ?」


「通常の手続きに基づいて庶務課、じゃなくて、雑務房に提出しています」


「そうですか。其方の言ったことが確かなら、雑務房で止まっているのでしょう」


 クロイトノット夫人がこともなげに答えた。

 その場で問い合わせたところ、あっさりと状況は判明した。

 夫人が言った通り、三通の手紙は学問所庶務課で止まっていた。

 ヒンダル・ターラシコーが事前に手を回して止めていたのだ。

 身分が下の者の手紙は上の者が止めるのは容易いらしい。

 貴族社会が恐ろしい。

 勿論、そのような手紙が出されると想定していなければならない。

 ターラシコーは意外と抜け目が無かったようだ。

 斯くして、オレはあの『お見合い』の内容を再度説明する羽目に陥った。


「カエル、すごすぎ、聞いたことない」


「全く、キョウスケの話は何時も跳んでいるのう」


「跳ぶのはカエルだからですね。ピョンピョンピョンと」


 腹を抱えて笑い転げる、ナディア姫とその側近一号。

 側近一号の母親は沈痛な面持ちだ。

 ちなみに姫の側近二号ことクロスハウゼン娘は真面目な顔のままだ。


「親としては、そのような娘でも平民相手ならばなんとかなると思ったのでしょう。

 悲しい話です」


「経緯を見ると、そもそもキョウスケと結婚させる気が有ったのか疑問ですが」


「トゥルーミシュの言うとおりだが、キョウスケが好意的であればまた違ったのかもしれぬ」


「まあ、もう良いであろう。

 ヒンダルから断りが来ているのだから、この話は終わりだ。

 問題はキョウスケの今後の取り扱いをどうするか、ということであろう」


 ネディーアール様の言葉で話が再開した。


「それで、キョウスケ。

 改めて聞くが、其方が教導院に寄進した金は、どこから持ってきたのだ?」


「あ、はい。その、『師匠』の遺産と旅の途中で薬を売って稼いだものです」


 本当は亜空間ボックス内にあったのだけどね。


「ライデクラート、キョウスケが寄進した金額はいくらなのですか?」


「驚くなかれ、金貨五〇〇枚です」


 質問したクロイトノット夫人だけでなく、皆が驚愕する。

 ハトンまでが、口を開けていた。


「それで、其方、その金貨をどうやってカゲシンに持ち込んだのだ?」


 姫様、頭が回り過ぎるのは嫌われますよ。


「えーと、ですね。

 実はセンフルールのシノノワールさんに助けてもらいました」


「ほほう、いつの間にそんなに仲良くなっていたのじゃ?」


「すいません。

 その、こーゆー裏の話はネディーアール様にすべきではないと思いましたもので」


「当たり前です」


 クロイトノット夫人が顔をしかめる。


「まあ、もう、良いであろう。

 こやつも有り金の半分は差し出したというところであろうからのう」


「まだ、金貨五〇〇枚有るというのですか!」


 夫人がきつい眼差しを向けてくる。


「半分は残しているのであろう。

 全部を寄進につぎ込むほどの馬鹿ではあるまい」


「ご想像にお任せします」


 ウソです。

 こないだ数えなおしたら、金貨は十万枚を割っていませんでした。

 一パーセントも消費していません。

 それにしても、亜空間ボックス内の資産は国家予算並みってことだよな。


「ただ、もう、流石にこれ以上の寄進は勘弁して頂ければと思います」


「ふむ、其方が国に仇をなすのでなければそれで許してやろう。

 それでだな、ライデクラート」


 呼ばれたクロスハウゼン隊長が何やら書類を持ち出した。


「この話を聞いてネディーアール様と相談したのだが、寄進の功を以ってキョウスケを貴族に取り立てるのが良いとなった。

 叔母上のご意見は如何ですかな?」


「そうですね、位は何を考えているのです?」


「とりあえずは大律師と考えています」


 赤毛の夫人が「ふむ」といって考え込む。


「ひょっとして、キョウスケについて問い合わせが多いこととの関係ですか?」


「それも、あります。

 この際、キョウスケがどこかの貴族の末裔だとしてしまった方が良いかと」


「我々が今後、キョウスケを使っていく上で、その方が便利だと?」


「その方が、受け入れられやすいと思われます」


「横から口をはさんですいません。

 私自身の事だと思うのですが、何がどうなっているのでしょうか?」


「其方、学問所で初級中級をあっという間に終えたであろう」


 つい口をはさんでしまったオレに、答えたのはナディア姫だった。


「そして、難関のはずの施薬院にもあっさりと合格した。

 平民の其方が一流貴族の子弟を上回る成績を挙げるのは、極めてやっかみが大きいのじゃ。

 其方を推薦した我々にも問い合わせが多く来ている。

 この際、其方が『本当は貴族だった』とした方が説明も楽だ。

 平民を過度に優遇しているという非難は鎮静化できるであろう」


「有難い話だと思いますが、そんな簡単に貴族になれちゃうのですか?」


「僧都とか子爵とかならばともかく、下級貴族の位など、合戦の一つもあれば十や二〇はばら撒くものだ。

 大したものではない。

 それに、キョウスケ、其方は本当に貴族出身の可能性が高いぞ。

 其方の知能にしろ、マナの扱いにしろ、平民では有り得ないレベルだ。

 其方の師匠が何者かは分らぬが、高度な知識を持つ者が下賤な子供を弟子にするわけが無かろう」


 ライデクラート隊長がニカっと笑いながら言った。


「確かに、それは可能性が高そうです。

 顔の作りや肌の色からすればイセワリ辺りですか?」


「私はゲインフルールに一票入れますな」


 クロイトノット夫人とライデクラート隊長が出した固有名詞は確か帝国の西方の地名、だったはずだ。

 よく分からんが、はっきりしているのは、全てが大いなる誤解ということだ。

 まあ、貴族にしてくれるのなら誤解されたままで良いだろう。

 オレ自身が嘘をついたわけじゃないし。


「分かりました。

 大律師程度でしたら反対する必要もないでしょう。

 ですが、一つだけ条件があります」


 クロイトノット夫人が真面目な顔でオレを睨む。

 ・・・考えてみればこの人、何時も真面目だな、・・・苦労してそうだ。


「キョウスケ、其方、宗教本科上級に入りなさい。

 中級までは履修しているはずですから問題ないでしょう」


「あ、はい」


 取りあえず返事だけしてしまったが、・・・正直、面倒だ。

 宗教の勉強ってもねぇ。


「ふむ、今後の出世のためには必要でしょうな」


 クロスハウゼン石垣隊長がもったいぶった顔で頷く。

 まー、確かに尤もですよ。

 この国である程度以上出世するには僧侶資格が必須だ。

 クロイトノット夫人は勿論、この石垣隊長ですら僧侶資格を持っている。

 ハツモノ好きの石垣隊長が僧侶資格、・・・簡単なのかね?


 そもそもの話として、オレがこの国に固定するのかという話がある。

 いろいろと微妙なんだよな、この国。

 オレ的には取りあえず、近隣で一番の教育施設があるから滞在しているだけだ。

 一通りの勉強が終わって、取れる資格を取ったら他の国に行きたい気がしている。

 ある程度の貴族になったら、この世界を一通り見てみたい。

 落ち着く先を考えるのはそれからだろう。

 とか、考えていたらクロイトノット夫人が寄ってきた。


「宗教本科に入って儀式魔法を覚えなさい。

 其方の魔力量と器用さなら問題ないでしょう。

 そして、内公女様に教えるのです」


「え、はい?

 私が、ですか?

 私がネディーアール様に教える?

 儀式魔法を?

 イヤイヤイヤ、私はそんな宗教魔法の知識は有りません。

 その専門の方がたくさんおられるのですから、そちらの方にお願いして頂ければと、・・・」


 何、言っとんだ、このオバさん!

 宗教儀式用の魔法なんて、興味も関心も意欲も無いぞ。

 んなもん覚えるぐらいなら、シマの下着パターンを覚える方がよっぽど有意義だ。


「良く聞きなさい」


 突然、小声になる。


「内公女様は、これまで何度勧めても儀式魔法に興味をお持ちになられませんでした。

 医療魔法も同じです。

 ですが、医療魔法は其方であれば習ってみても良いと言われたのです。

 そういうことですので、其方が教えるのであれば、内公女様も儀式魔法を受け入れるでしょう」


「いえ、それは仮定というか、その可能性が極わずかにひょっとしたら、あるのかもしれない、という話ですよね?」


 ナディア姫が乗ったのは『大気中のマナの利用法』を教えると言ったからだ。

 このワガママ姫は露骨なエサが無いと動かないだろう。


「いいから、やりなさい(怒)」


「はい、分かりました」


 迫力半端ないっす。

 まあ、クロイトノット夫人には、世話になっている、迷惑かけている自覚はあるから、多少は仕方が無い、・・・。

 やってみて、拒否されたら仕方が無いよね、うん。


「キョウスケ、宗教本科は勿論だが、自護院練成所の実習にも顔を出すのだぞ」


「あ、はい、分かりました、隊長、・・・」


 分かったから、背後から抱き着いて耳元を舐めるのは止めて欲しい。

 寒気と言うか、全身鳥肌というか、チキンに変身しそうです。

 ホントーにこの人何なんだろう。


「ほう、キョウスケは自護院にも入ったのじゃな」


「先の遠征実習では、ファイアーボールを十三発、加えて城門に障害物貫通魔法を成功させたそうです」


「ウソ、上級魔導士並みじゃない!

 私だってまだ十発ちょっとなのに!

 障害物貫通魔法って何よ!」


 姫様が驚いて素になっている。


「私も遠征実習に行く!

 なんで、こないだ入ったばかりのキョウスケが遠征に行ってて私が行けないのよ!」


「なりません!」


 クロイトノット夫人が瞬時にお説教モードに入る。

 言葉遣いから、遠征実習の危険性までクドクドとお話になる。

 姫様が遠い眼をし始めるまでがセットだ。


「しかし、其方は本当にわからん男だ。

 見た目は魔力が無いように見えて、障害物貫通魔法とはな。

 自護院で実力を示せば、施薬院よりも上の家の婿に入ることも可能になろう」


「お待ちなさい、ライデクラート。

 キョウスケには自護院よりも先に宗教本科を履修させます。

 自護院にばかり行かれてはネディーアール様に悪い影響が出ます」


 今度は、クロイトノット=クロスハウゼン論争が開始される。

 オレの体なのにオレの自由は無いのか?

 散々世話になっているから大きなことは言えないが。

 でも、宗教本科よりは自護院の方がマシだな。

 戦闘技術はこの世界で生きていくには必須だし。

 そーゆーことでガンバレ石垣隊長!


「あー、其方ら、議論も行き詰まっているようじゃし、今日のところは保留にせぬか?」


 夫人と隊長の議論は、姫様の言葉で中断した。

 うん、飽きたんだな、姫様。


「わかりました。

 それではキョウスケ。

 其方の身分については教導院への寄進により大律師ということで登録してもらう。

 よいな?」


 クロスハウゼン隊長の確認に、しかし、オレは注文を付けた。


「その、登録名についてですが、『スッパイ・キョウスケ』となるのでしょうか?」


「他にないであろう?」


 皆が、何を言っているのだという顔でオレを見る。

 しかし、ここは、引くわけにはいかない。

『スッパイ』などと言われ続けるのは苦しいのですよ。


「スッパイというのは私が生まれ育った地区の近くの村の名前です。

 私には思い入れも、なじみも何もありません」


「しかし、他に適当な名字も無いでしょう。

 平民が貴族に叙せられる場合は出身の村や山の名前を名乗るのが大半です」


「名字を頂くわけにはいきませんか?

 叙勲に際して高位の方より名前を付けてもらうことも多いと聞きます。

 ネディーアール様に名前を付けて頂ければこれ以上の悦びは有りません」


「ふむ、良いかもしれません」


 オレの言葉にクロイトノット夫人が反応する。


「キョウスケの地位がネディーアール様の御恩で成り立っていると示す事にもなりましょう。

 如何ですか?」


「う、うむ、名前か。

 名前を付けるのか。

 そうだな、キョウスケならば特別に付けてやってもよいぞ」


 なかなかいい感触だ。

 ナディア姫が嬉しそうな顔をしている。


「しかし、名前を付けるとしても、いきなり言われてものう。

 うむ、意外と思いつかぬものじゃな。

 うむ、うむ、うむ。そうだネディーアールガードはどうじゃ?」


「ネディーアール様ご自身の名を入れるのは目立ちすぎです。厚遇し過ぎでもありますな」


 隊長からダメ出しが入る。


「そうかの、ガーディアン、・・・」


「ガーディアン、カルド、グルド、は既にあります。」


 夫人も博識だ。


「永遠の霊廟での件でお世話になることになりましたが、霊廟の名前とか地名は無いのですか?」


「あそこは、・・・シュマリナ地区、・・・では、なかった、かのう?」


「シュマリナ、あるいはニシシュマリナの管轄地域ですが、地名は別になります。

 確か『カンナ』とか、・・・。

 叔母上はご存じですか?」


「無限牢獄の土地は、『精霊のいない地』、あるいは『神の存在しない土地』と言われているようです。

『カンナ』、あるいは『カンナグ』などと呼ばれますが、元の意味は『神がいない』です。

 縁起の良い名前ではありません」


 へー、そーだったんだ。

 前に聞いたのと違うような、・・・。

 神がいない、神無し、・・・神無月の神無?

 いや、日本語としても『神無月』はカンナヅキと読むが、『神無』だけでカンナと読ませるのは聞かない。

 つまり、日本語が語源ではない?

 違ったかな?

 グーグルさんがいれば、・・・。

 いや、語源はどーでもいいか。


「永遠の霊廟の山や湖の地名はどうでしょうか?」


「それは、『カンナギ山』だな。

 湖も確か『カンナギ湖』だったはずだ。

 由来は知らん。

 叔母上は知っていますか?」


「さあ、私も知りません。

 カンナあるいはカンナグから訛ったのではないでしょうか」


「ふむ、『カンナギ』か。

 名字にするには変な名じゃのう」


「いえ、何となく気に入りました。

 ネディーアール様、永遠の霊廟にちなんでその名を私に頂けませんか?」


「良いのか、其方が良いのならそれでよいのかもしれんが。

 他によさそうな名もあるであろう」


「いえ、永遠の霊廟にちなんだ名前がいいと思っていましたので、それでお願いします」


「うむ、分かった。

 それでは、マリセアの精霊様の聖名に基づき、其方に『カンナギ』の名を与えよう。

 其方は、今この瞬間より、『カンナギ・キョウスケ』を名乗るが良い」




 こうして、オレは、首尾よく『カンナギ・キョウスケ』を名乗ることになったのである。


「私も、カンナギ・ハトンになるのですね」


 ハトンが小さくつぶやき、それを拾った姫様から、根掘り葉掘りされることになったのは、・・・まあ、致し方ないのだろう。

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