02-22 ダウラト商会

 食事が終わり、やっと、本題に入る。

 薬の話だ。

 オレ、どーして、前座の話だけで、こんなに疲れてんだろう。


 食事が片付けられ、テーブルの上に薬剤作成用の器具が並べられる。


「まず、どの程度の速度と正確性で作製できるのか見せてください」


「よければシノさんのを先に見せて頂けますか?」


「いいでしょう。では消炎鎮痛剤を作ります」


 彼女の手技は早く正確だった。

 作製方法はオレと少しだけ違う。

 彼女は手のひらに自分の血液を一滴出し、それを核にして石油から薬剤を生成する。

 なるほど、効率的だ。

 オレは血液だけか石油だけかで作っていたからな。

 彼女をマネして血液一滴バージョンで生成する。

 若干、速度は劣ったが、生成量と薬剤濃度は遜色ないものが出来た。

 それからは二人で交互に各種薬剤を生成していく。

 五〇種類ほど生成したところで一旦中止とした。


「ウソでしょ。私、負けてる」


 シマがボソっと言った。

 見ればメイド軍団も動揺が大きい。

 メイド長のミスズさんも驚きが隠せないようだ。


「確かに良い腕です。

 センフルールでも五本の指に入るでしょう」


「センフルールにはシノさんより上手な人がいるのですね」


「少なくとも三人います。

 全員、一〇〇歳を超えています。

 シマを超えている時点であなたの能力は驚異的と言えます」


 シノさんより上がいるのか。

 センフルールの医療技術は予想していたよりも高そうだ。

 オレも少し修行した方がいいのかも。

 それにしても『消炎鎮痛剤』という言葉を使うとは。

『始祖様』の遺産は大したものだ。


「あなたが、薬の作り方を教えたのは何人ですか。

 そして、その能力は?」


「私が教えたのは、施薬院講師のバフシュ・アフルーズ。

 ガウレト族留学生のゲレト・タイジ、タイジの妻のダナシリ。

 施薬院学生のモローク・タージョッ。

 タージョッは施薬院主席医療魔導士シャイフ・ソユルガトミシュの姪になります。

 それに、ネディーアール様とその側近二人。

 クロイトノット・アシックネールとクロスハウゼン・トゥルーミシュ。

 合計七人ですね。

 現在までの所、教えたのは軽めの消炎鎮痛剤だけです。

 あと、直接教えてはいませんが、施薬院主席医療魔導士シャイフ・ソユルガトミシュが独自に練習している気配があります」


 オレは『アスピリンもどき』を作製して示す。


「これは『アスピリン』ですね。

 センフルールで最初に習わされる薬剤と同じです」


 シノさんが薬を調べながら言う。


「センフルールでもこれが練習用なのですか?」


「そうです。

 ますます、あなたがどこでその知識と技術を得たのか問題ですね。

 正直に話しませんか?」


「以前に、お話したのが、その正直な所というやつなんですが」


「話は変わりませんね。

 今は、目先の話を進めましょう」


 学生たちや講師がどの程度の薬剤をどれぐらい作れそうかという見通しや、難易度や希少性の問題を検討して、どこまで情報を開示するか、どこまで教えるかを話し合う。

 オレもシノさんも全てを公開する気持ちは無い。

 切り札を残すという意味もあるが、高度な医薬品を知識の少ない者に与えるのは危険だ。

 ステロイド内服剤なんか簡単だが教えたら乱用されるのは目に見えているからね。

 薬剤の名前も統一する。

『ロキゾロプロフェン』じゃ、なんだし。

 これについてはセンフルールで採用されていた名称に準じることにした。


「手術中に使う基材や、補填剤などはどうしましょうか?」


「それも、ありましたね。

 あなたの手術の腕も見てみたいところです。

 手術は結構したのですか?」


「練成所の遠征実習でやらせて貰えました。

 今後も自護院での手術は可能だと思います。

 シノさんたちはこちらで手術を行っているのですか?」


「マリセアの宗室関係者の紹介が主です。

 残念ながら年に十例程度です。

 患者の特性上、私かシマがメインの執刀になります。

 下の者たちの経験が得られないのが問題になっています」


「だったら私の方が手術は多くなりそうですね」


「あなたの助手として、うちの子を入れることは可能ですか?」


「主席医療魔導士に相談してみます」


 能力のある助手は、オレにとっても有益だ。


 一通り話し合ったところで、一人の男が入ってきた。

 従者は一人。

 センフルール御用達の商人である。

 髪は半ば以上白い。

 年齢は少なくとも五〇以上だろう。

 男はダウラト・ジージャと名乗った。

 ダウラト商会は以前からセンフルールと取引しており、センフルール製の酒や食品、魔木、魔草などを扱っているという。

 ジージャを入れて、薬の『売り方』を相談する。


「センフルール製の薬は宗室の方々を中心に効果の高い薬として知られています。

 しかし、残念ながら宗室以外の方には売れておりません」


「量としてはどの程度でしょうか?」


「痛み止めが最も多く出ていますが、月に一〇〇〇回分を超える程度。

 全てを含めても三〇〇〇回分という所です」


 ジージャの言葉に驚く。

 思ったよりもかなり少ない。


「売れないのは、『月の民』の悪評のためですか?」


「それもありますが、施薬院からの中傷、端的に言えば妨害が大きいです」


「それでは、私が作った薬も売れないのではありませんか?」


「施薬院の妨害ですが、診察もなしに薬を使うのか、診察なしに施薬院以外の者が作った薬を使うのなら、今後施薬院の医師は診察しない、という話なのです。

 キョウスケ殿は人族で施薬院の学生です。

 また、今後、他の学生、内公女殿下の参加も見込めるでしょう。

 人族の作成した薬として売ることができます」


「センフルール側の薬も、学生が作った薬と混ぜて売るという事ですね。

 それで量の拡大を目指すと」


「その通りです。

 少なくとも今の倍。

 可能ならば三倍と考えています」


 ・・・多分、これでは無理だろう。


「私としては、薬作りに専念できるのは有難いです。

 ただ、お話の内容では、施薬院の嫌がらせは今後も続くと思います」


 そもそも、美少女の皮を被ったワガママと気まぐれに期待する方が間違っている。


「根本的な話として、施薬院がこちらの薬を妨害するのは、自分たちの診療がなくなるから、でしょう。

 現在のカゲシン施薬院では診療した医師が自分の作った薬を処方するのが原則です。

 薬が売れなければ、診療も無くなるのです」


「それは、その通りですが、私達、血族に診てもらいたい人族は少数です。

 先程、公開する薬を決めましたが、ある程度の薬で有れば、診察無しで薬だけでも良いのではありませんか?」


 シノさんとしては、薬だけでも売りたいのだろう。


「診察無しで薬の処方というのは、良い話では有りません。

 患者本人が、素人判断で薬を選択するのは危険です。

 施薬院が反対するのも尤もです」


「確かに、それはそうですが、・・・」


「考えるのですが、診察と処方を分離してはどうかと。

 我々の作った薬、仮に『高級医薬品』と呼びますが、これを、施薬院ご用達の薬局に保管して、施薬院医師が発行した『処方箋』を持ってきた患者に薬を処方するのです」


「えーと、施薬院の一般の医師にも高級医薬品を使わせるってこと?」


 シマが横から問う。


「そうだ。高級医薬品を作れない医師も高級医薬品を処方できるようにする」


「素人に勝手に薬を使わせるのではなく、施薬院の医師を介するということですか」


 シノさんが首を傾げ、質問を返す。


「二つ問題があります。

 一つは、施薬院の医師の大半は、私から見れば素人に毛が生えた程度です。

 素人と大差ない者を介しても安全性はそう高くはならないでしょう」


「それに付いては、施薬院側で『適任者』を選抜してもらいましょう。

『高級医薬品処方資格』とでもして、優良な医師を集めればよい」


「それは、誰が選抜するのです?」


「勿論、施薬院です」


「信じられると?」


「一種の利権ですから施薬院側に選抜権を渡さないと納得しないでしょう。

 あと、極端な話、それで事故が起これば、選抜資格を与えた施薬院側に責任を押し付けることができます」


「なるほど、事故が起きないように、ではなく、事故が起きた時の責任を施薬院に取らせるという事ですか」


「責任を求められるとなれば、選抜する側も、選抜された者も真剣になる効果も期待できます」


 シノさんが納得する。


「それは、良いかもしれません。

 ですが、もう一つ。

 それで、人族の医師は『高級医薬品』を処方するでしょうか?

 自分が作れない薬を、です」


「使わない人もいるでしょう。

 ですが、少なからず使う者は出てきます。

 特に軍の関係は使わざるを得ない。

 別に、施薬院の医師全員に処方してもらう必要はないのです。

 数人でも使う医師が出れば、あとは、なし崩しで出荷数は増えます」


「あー、ライバルが良く効く薬を使っていたら、対抗上使う必要が出てくるって話ね」


 シマが頷く。


「バフシュ・アフルーズに聞いたのですが、現在の施薬院で高級医薬品を作れそうな医師は多くないそうです。

 学生どころか、講師の多くも作れないだろうと。

 私が作り方を広めても、現在の施薬院所属者では多くて二割という所でしょう。

 それ以下かもしれません。

 施薬院の既存の医師の大半が新しい薬を作れないのです。

 このまま放置すれば『高級医薬品』を作れる医師に患者は殺到するでしょう。

 他の医師は、これに対抗するために、『高級医薬品』を『使用』するしかない」


 ダウラト・ジージャに向き直る。


「現在のセンフルールとダウラト商会の取引はどのようになっていますか?」


 ジージャはシノさんを窺ってから口を開いた。


「物によりますが、売値の五割から六割でお支払いしております。

 包装や販売、配送などは当店の負担になります」


「では、私や学生の分も五割で固定しましょう。

 そして一割を施薬院に納める形にしてはどうかと思います」


「何も作っていない施薬院に売り上げの一割もあげちゃうってこと?

 利益の一割じゃなくて?」


 シマが驚いた声を上げる。


「シマ様がご指摘のように、利益の一割ではなく、売り上げの一割はかなりの額になります。

 それだけの金額を渡す意味があるのでしょうか?」


「現在、センフルールの薬はダウラト商会の店頭で売っているのですよね?」


「その通りです」


「でも、あまり売れていない。

 施薬院の妨害、値段が高級、顧客はマリセア宗家などの高級貴族だけ。

 これではどう考えても売れない」


「それは、その通りですが」


「販売量を確保するためには施薬院の正式認可が絶対に必要です。

 そのために施薬院に利益を渡し、権限も渡すべきでしょう。

 緊急時、あるいは作成者の身内などは多少、お目こぼし頂くとして、『高級医薬品』の使用は基本的に施薬院の許可を受ける形にする。

 医者が『高級医薬品』が必要と診断した場合は患者に『処方箋』を発行する。

 患者、あるいは患者家族がまずは『処方箋』を施薬院に持って行って、それに『許可印』を押してもらう。

 ダウラト商会は『許可印が押された処方箋』に対して、指示された量の薬剤を処方販売する。

 そういう手順にするのです」


「それでは従来の顧客は薬を買えなくなるのではありませんか?」


「そうですね。

 ですが、今後は施薬院上層部にコネがあれば薬が手に入ります。

 センフルールに繋がりがある上級貴族が、施薬院と繋がりが無いとは思えません。

 むしろ従来よりも薬は手に入りやすくなるはずです。

 施薬院としても、高性能な薬剤が使用できるようになり、施薬院という組織に直接金が入るようになります。

 施薬院上層部の権力はより大きくなるでしょう。

 こうなれば、施薬院が率先してくれると思います」


「面白い話です。

 薬の不適切投与や過剰投与の責任を施薬院に取らせるだけでなく、既存の医師との調整も施薬院にさせるということですか」


 シノさんに首肯する。


「その通りです。

 基本的な話として、直ちに全ての薬が『高級医薬品』に変わるわけではありません。

 全ての治療に高級品が必要という訳ではないのですから。

 しかし、徐々に高級医薬品のシェアは拡大するでしょう。

 どの程度の速度で高級医薬品が拡大するかは施薬院上層部の判断になりますが、売り上げが伸びれば彼らの取り分も多くなります。

 そして、高級医薬品の処方権限は幹部たちにとって、おいしい利権になるでしょう。

 既存の医師は自分の薬が売れなくなりますが、自分の治療に『高級医薬品』を使えるようになります。

 既存の医師にとっても悪い話ではないでしょう」


「以前は治らなかった病気を治せるようになるのは大きいもんね。

 そして自分で使っている薬の悪口は言えなくなるわね」


 シマが頷いている。


「利益だけでなく権限まで渡すというのは大胆ですな。

 しかし、考えてみれば我々がこれまで権限を持っていたかと言えば、そうではなかった。

 そもそも売ることが出来なかった訳ですからな」


「施薬院認定という看板を買うのですよ」


 ダウラト・ジージャに微笑みかける。


「処方の権限を渡す代わりに、施薬院の講師や学生が作製した薬剤は、ダウラト商会が一括で買い取る事を認めさせましょう。

 正確には、施薬院の高級医薬品薬局の業務をダウラト商会が引き受ける形ですね。

 どの道、どこかで管理しなければならないのですから、多分、大丈夫でしょう。

 具体的に誰からどの程度購入したかは話す必要はない。

 施薬院には総供給量だけを報告すればいい。

 施薬院の看板になれば多くの患者が殺到するでしょう。

 恐らく、他の学生や講師が作成する量はそう多くは無い。

 不足分の大半は、センフルールと私が作ることになります」


「キョウスケ殿はどれぐらい薬を作れるのですかな?」


 オレはシノさんに視線を送った。


「先程確かめましたが、事前にあなたに話していた量の十倍は作れるようです」


「そこまで!」


「人族としては破格でしょう」


 ダウラト・ジージャは真剣な顔で指を折りながら何やらぶつぶつと唸っている。

 多分、計算に忙しいのだろう。


「今の案は、それなりだと思うのですが、みなさんの意見は如何ですか?」


「ああ、勿論、賛成いたします」


 ジージャが慌てたように声を上げた。


「私も基本的に賛成します。

 今ここにいる者が結束していくという前提で、という話ですね」


「それは、勿論。

 よろしければ私の方からシャイフ殿に連絡します。

 日付が決まり次第、ダウラト商会と私とで交渉に行きましょう。

 シノさんたちは一緒でない方が良いと思いますが、よろしいですか?」


「それは、そうでしょう」


「ま、私らが行ったら、話し合いにすらならないからね」


 シマが自嘲気味にこぼす。


「流石に緊張しますな。

 その交渉は当商会にとって極めて大きな話になります」


「では、ひとまず、ここで合意の乾杯にしましょう」




 シノさんの合図にメイド達がグラス三個とワインを持ってくる。

 ちなみに、シノさんはずっと飲んでいたが。

 月の民はみんな酒飲みかと思ったが、・・・シノさんだけですか?

 つーか、ブランデーにしろとか言ってミスズさんに怒られてるし・・・。

 色々とあったが、シノ、シマ、ダウラト・ジージャ、そしてオレで乾杯する。


 こうして、センフルールを核とする秘密同盟が成立した。

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