02-20 反撃? 誰の?

 その夜、ネディーアール様御一行のお世話をして、色々と疲れた物の、オレは機嫌よく家路に就いていた。


 結果から見れば、ほぼ満点だろう。

 ナディア姫側近筆頭のクロイトノット・クロスハウゼン・ナイキアスール夫人や施薬院主席医療魔導士シャイフ・ソユルガトミシュに対しては再度色々とゴマを擂っとく必要はあるが。


 そんなことで、オレは機嫌よく、酒瓶を片手に歩いていた。

 以前、とある店で蒸留酒を見つけていた。

 それを買ってみたのだ。

 店主も詳しくは分からないようだが、一応は高級酒らしい。

 匂いからはウイスキー系と思われる。

 まあ、今日はいいだろうと、ベッドで舐めるために購入した。

 飲酒は、シノさんとの強烈な飲み会以来、・・・じゃないな。

 思えばこちらに来てから日常的にアルコールを摂取している。

 地球時代は月に数回だったのだから雲泥の差だ。


『青』の学生は学問所食堂で食事が無料サービスされる。

 その食事にセットで付いて来る飲み物は、ワインと水だ。

 安っぽい赤ワインと古びた樽の味がするぬるい水がそれぞれ三〇〇ミリリットルほど付いて来る。

 周りを見るとワインを水で割って飲む人が多い。

 混合割合は様々。

 ワインだけ飲む者はいるが、水だけは皆無だ。

 聞けば、生水は危険という認識らしい。

 ワインは腐らないが水は腐るのだと。

 室温保存なら確かに水の方が危険かもしれない。

 しかし、混ぜたとしてもワイン程度のアルコール濃度で消毒になるかは甚だ疑問だ。

 ただ、ここの人はそれを信じている。

 現実問題として供される『水』は偉くまずいので、ワインで割らないと飲めたものではない。


 オレ自身は、最近はワインと空のグラスを貰い、水は自分で出している。

 自分で出した水に少量のワインを混ぜて飲んでいる。

 正直、自分で作った水だけ飲みたいのだが、ワインを全く飲まないのは目立つのだ。

 ついでなので学問所食堂の食事について書いておくが、・・・まあ、貧相である。

『青』の学生証で供されるのはパンとシチューと焼肉が二切れぐらい。

 パンは黒パンだが、小麦の含有率が比較的高く、食べられない程ではない。

 シチューは野菜と骨付きの肉を煮込んで塩とハーブで味付けしたものだ。

 野菜と肉は毎日変わる。

 味付けのハーブもそれなりに変わる。

 だが、大差ない。

 うまみとかコクとかは期待する方が間違っている。

 肉は豚肉が多い。

 一〇〇グラム弱の物が二枚である。

 時々、牛肉が出る。

 鶏肉が出ることもある。

 これまた大差ない。

 基本、硬めに焼いて塩とハーブをのっけてお終いだ。


 余談の余談だが、豚、牛、鶏は農村で普通に飼育されている。

 厳密には分らないが外見的にはオレの知る地球種と変わらない。

 地球の豚を詳しく知っているわけではないが。

 面白い食用魔獣が飼育されているかと期待したが、そんなものは無かった。

 魔獣は基本的にまずいのだそうだ。


 念のため書いておくが『青』の学生証は上級貴族向けなので食事の内容は良い方である。

『赤』ではパンが白パンになるが他は変わらない。

『緑』以下も有料で食事が食べられるが基本セットは黒パンにシチューと飲み物だけ。

 庶務課で聞いたところでは、原材料費で一番高いのは白パン、次いで肉だという。

『赤』用の白パンは、パサパサだが、それなりにおいしいパンではある。

 ただ『青』で供される黒パンと比べると大差ない。

 実際に上位貴族でも『赤』の白パンよりも『青』の黒パンを好む者も多い。

 黒パンの方が腹持ちは良いのだ。

 一方、『緑』以下で供される黒パンは硬く食べづらい。

 遠征実習で食べた黒パンは更に硬く、保存性と携帯性に優れるが、シチューに浸さないと食べる事すら難しい。

 常温で一か月持つそうだが納得である。


 結論として言えば、食生活は悲しい。

 慣れてきているとはいえ、精神的には慢性的に飢えている感じだ。

 オレ、食生活は上級貴族並みでもダメかもしれない。

 かと言って自炊も、無理だ。

 調理器具も調味料も極めて貧弱。

 工夫しても限度があるだろう。


 辺りは既に暗い。

 自宅には明かりが灯っている。

 ・・・なんでだよ。


 この日、オレは家政婦を雇っていない。

 家には誰もいないはずなのだ。

 慎重に気配を探る。

 マナの感じからすれば屋内に二〇人近くいる。

 なんだかな。


 背嚢を下ろし亜空間ボックスに入れる。

 ウイスキーを入れ、施薬院の制服も入れた。

 変わって一人旅をしていた頃の服を着る。

 汚れても良い服だ。

 外にも数人いたが無視して家に入った。


 ランプの明かりの下、中央に座っていたのはアーガー・シャーフダグだった。

 こいつ、何でこーゆーレスポンスだけは早いのだろう?

 シャーフダグの横には残りの学生二人もいた。

 親玉三人組かと思ったらもう一人いた。

 ヒンダル・ターラシコー殿だ。

 意外なところが繋がっている物だ。

 外にいた奴が後から入って来てドアを閉めた。


 あちらさんは総計で二二名。

 貴族四名、貴族の従者らしき六名、残りの一二名はならず者と言うか傭兵というか、腕が立ちそうな者もいる。

 男性は六名、だと思う。

 貴族四人に従者のうち一名、そして傭兵隊長らしき男が一名。

 この男がならず者の取りまとめ、・・・ではなくて横の女のようだ。

 今更ながら、大分、男女の見分けが出来るようになったな。

 しかし、こーゆー荒事で女性が主力というのは未だに違和感がある。


「ふん、よく堂々と入って来たな。それとも諦めたか」


 シャーフダグは何時にも増して横柄だ。


「まあいい。用件は分かっているだろう。

 内公女様の前で我らに恥を掻かせた罪は万死に値する。

 だが私にも慈悲はある。

 今夜中にカゲシトから退去すれば命だけは助けてやろう。

 直ちに去るが良い。

 カゲシンから一〇〇キロ以内には二度と入ってはならぬ」


「ため込んだ金貨と医学書も置いていけ。

 もう其方が使うことは無い。

 我らが有効活用してやろう」


 シャーフダグとターラシコーが口々に吠える。

 見れば部屋の中はぐちゃぐちゃだ。

 またもや、ぐちゃぐちゃだ。

 何回目だろう。

 もう直すの飽きたよ。


「どうした、何か言ったらどうだ」


「旦那、こいつ、ビビってるんですよ。

 ちょっとは、待ってやったらどうですか?」


 やはりこの女が傭兵隊長というところだろう。


「一ついいかな」


「なんだ、言ってみろ」


「アーガー殿」


 あえて、目を伏せ、時間を置いて焦らす。

 相手が期待に満ちた目をした瞬間に言葉を叩き込む。


「あんた、クズだな。

 少しは反省という物を知ったらどうだ」


「殴れ」


 シャーフダグが反射的に吠え、女隊長がオレの右頬に左フックを入れる。

 真正面から喰らってやった。


「あんたらも大変だな。困ったご主人様で」


「金払いの良いのが、良いご主人様。それだけさ」


「馬鹿にしおって。もう、容赦はせぬぞ!」


 シャーフダグが激高して立ち上がる。

 前から思っていたが、こいつ、沸点低すぎだろう。


「貴様は最初から気に食わなかった。

 貴族に対する敬意という物が決定的に欠けている。

 だが、もう遅い。

 度重なる不敬、許すことはできぬ。

 殺しはせぬ。

 死ぬより苦しい目に遭わせてやる。

 左目をえぐり、右手を切れ。

 舌も切れ、呪文を唱えられぬようにしろ。

 それで売春宿だ。

 一生、ババア相手に精液奴隷をさせてやる」


 女隊長がニヤニヤしながら寄って来る。


「全く、かわいい顔して威勢だけはいいねぇ。

 でも、そういうのは長生きできないってもんさ。

 ねえ、旦那。

 売るんなら、その前にアタイらに使わせておくれよ。

 コイツ、元から変態なんだから、かまわないだろう?」


「ふん、好きなだけ使うといい」


 下種な言葉に、下種な女集団が歓声を上げる。

 それにしても、こっちの女性集団ではいたいけな少年(オレ)をおもちゃにするのが流行ってるのだろうか?


「正当防衛条件成立かな」


「セートーボーエーって何言ってんだい」


「自分に対するけじめかな。

 ところでオレは魔法が使えるんですが知ってますか?」


「お前、馬鹿だろ。

 魔導士ってのは前に守りがいないと単なるひ弱なでくの坊さ。

 まして、こんなに囲まれてどーすんだい」


「警告はしましたよ」


「ふん、捕まえな」


 女隊長が配下に指示する。

 三人ほど近寄って来た。

 左側のヤツを軽く殴る。

 後ろに吹っ飛んで壁に激突して気を失った。

 右側のヤツの右ストレートを右手で受け止め、そのまま握り潰す。

 骨が何本か折れたようでそのままのたうち回る。

 背面から抱き付いてきたのは左手で顔面を鷲づかみにして肩越しに放り投げた。

 女隊長に激突しそのまま壁まで滑って行く。

 体全体のマナを活性化させると、体が恐ろしく強く速く動く。

 ついでに体感時間を延長させると周りがスロー再生になる。

 今度は四人一緒に来た。

 剣を抜いている。

 まあ、あまり変わらない。

 順番に叩き伏せて、手足を折ってやった。

 関節は避けている優しさを分かって欲しいよ。

 副隊長格の男が大声を上げて襲い掛かる。

 体感時間を延ばしていると妙に間延びして聞こえる。

 男の陰には女隊長がいる。

 更に背後から同時に来る。

 ゴメンな。

 オレはマナを介して『見る』事が出来る。

 その気になれば、全方位『見れる』し、死角の敵も『見える』。

 敵の攻撃が当たる瞬間に身をかわす。

 副隊長の剣がオレの背後から襲ってきた奴の左上腕に当たる。

 典型的な同士討ちだ。

 切った方の腕と剣が悪いが、それでもだいぶ出血している。

 なかなか痛そうだ。

 オレは女隊長の背後に回りこむと、彼女の背中を一押しする。

 もつれ合ったように転倒した隊長、副隊長の両足を仲良く公平に折ってやる。

 一分と経たないうちに、貴族四人以外を無力化した。


「何なんだ、こいつは何なんだ」


「魔法には身体強化ってものが有るんだよ。

 知らなかったのか?」


「こんな馬鹿みたいの聞いたことない。有り得ない」


 女隊長は蒼い顔をしながら尚もしゃべり続けそうだ。

 うるさいので軽く『威圧』したら黙った。

 ならず者集団を一人一人、起こして『威圧』してやる。

『威圧』自体は簡単に成功したが、ここでちょっと問題が起きた。

 全員が失禁し、何人かは便失禁したのだ。

 偉く匂う。

 恐怖による便失禁って小腸内の固まっていないのも出るから下痢便なんだよな。

 消臭ってどうやったらいいのだろう?

 今度研究しよう。

 とりあえず嗅覚を一時的にカットした。


 貴族四人は戦いの間、何もしていなかった。

 今は入り口のドアにへばりついて開けようともがいている。


「ああ、そのドアは開かない。

 固定したからな。

 強度も高くしたからお前らの力じゃ破るのも不可能だ。

 ついでに、音と光も遮断している。

 いくら泣き叫んでも誰も来ない。

 来ても入れないけどな」


 四人の顔がさらに青くなる。


「まて、話し合おう。

 そうだ、其方に我が家の傍系の娘をやろう。

 これで其方も名門アーガー家と縁戚となる。

 其方が好みそうな変態プレイも仕込んである。

 どうだ、悪い話ではないだろう」


 変態プレイって、お前のお古かよ。


「いや、傍系ではなく、本家の娘をやろう。

 側室の娘だがなかなかの美人で、・・・。

 いや、まて、私の妹をやる。

 アーガー本家嫡流の娘だぞ。

 田舎の伯爵の娘ではないぞ、カゲシン宗家の血を引く女だぞ」


「それが、命乞いか?」


「分かった。

 私自身の弟にしてやる。

 私の物で其方に精を注いでやろう!

 特別、特別に、だぞ!

 私が、私自身が、其方の口と後ろの穴に愛情と精を注ぐのだぞ!」


 ・・・なに、言い出してんだ、このデブ?

 つーか、これ、懐柔、してるのか?


「其方は、女に興味はないとの事。

 男が好きなのであろう。

 私も、其方ならば愛人としてやってもいい。

 どうだ、良い話であろう!」


 誰が、男好きなんだ?

 つーか、こいつ、男もいけるのか?

 とりあえず、・・・殺していいかな?

 もう、殺意しかない。


「まて、私を殺す気か。

 私を、このアーガー・シャーフダグを殺したら貴様もただではすまんぞ。

 カゲシン上級貴族の正嫡を殺せば国は面子にかけて地の果てまで貴様を追い、復讐を果たすだろう。

 な、今、一時の感情で行動すべきではない。

 そうであろう?」


 オレの殺意が伝わったのだろう。

 シャーフダグの顔に焦りの色が濃くなる。


「それは証拠が残っていたら、だろう。

 死体も何も残っていなければそもそもそんな話にはならない」


 落ちていた剣を拾い上げ、温度を上げて一瞬で蒸発させてやる。

 パフォーマンスには充分だったようで、部屋が一気に静かになった。


 さて、順番に行こう。

 まずは雑魚からだ。

 女隊長に近寄る。

 彼女は両手だけで必死に後じさる。

 そう言えば両足、折ってたな。


「順番に罪を償って貰うんだが、オレにも慈悲はある。

 どうせお前らは日雇いだろう。

 そこの奴らとの契約を解除して、今夜中にカゲシトから退去すれば命だけは助けてやるよ。

 今日の事は全部忘れて、カゲシンから一〇〇キロ以内には二度と入らないと誓うんだな」


「誓う、なんでも誓う。だから、助けてくれ!」


「お前は、そこに転がってる貴族との契約は解除するんだな?」


「する。こんな話、聞いてねえ。こんなのやってられるか!」


「二度と、こいつらとは関わらない。オレにも手を出さない」


「誓う、誓います。誓わせてください!」


「いいだろう。

 こいつの配下は手を挙げろ。

 同じように誓って、この町から出ていくなら、それで許してやる」


 周りから、次々に声が上がる。


「誓う。こんな町、もう、こりごりだ」


「だからオレは言ったんだ。

 こんな評判の悪い貴族の仕事なんか受けるなって」


「そうだ、故郷に帰ろう!」


「私も変態になります!だから、許してください!」


 まあ、こんなものか。

 なんか、ズレてるのもいるが。

 オレは、反応がない集団に歩み寄った。


「お前たちも、日雇いだろう?」


「私達は、歴とした貴族の家臣です。

 そこのごろつき達とは違う。

 私は代々アーガー家の・・・」


 壮年の男が代表して答える。

 執事、みたいな感じの男だ。


「いや、お前たちも臨時雇いの顔をしている。

 そう、見えるぞ。

 もし、仮にお前らがそこでしょんべんを漏らしている貴族の身内と言うのなら、主人に準じて罰を与えることになる。

 えーと、次の段階は、片目に片手、だったか?」


「私、日雇いです。

 臨時雇いです。

 そこの貴族とは何の関係もありません。

 自慰行為が好きな男性にも理解があります!

 出ていきます、カゲシトには未練も何もありません!」


 執事の横にいた女が絶叫する。

 他の者たちもそれに続いた。


「もう一度聞くが、お前も田舎の出だろう?」


「はい、その通りです」


 執事が折れた。


 他の者も快く聞き分けてくれたので、逃がしてやることにする。

 ドアの前に居座っていた貴族たちが邪魔だったのでまとめて亜空間ボックスに放り込んだ。

 後ろから、押し殺した悲鳴が上がった。

 いきなり主人が消えたから、びびったのだろう。

 ドアを開け、一人ずつ手招きする。

 一人一人、再度、誓わせ、『威圧』し、最後に骨折などを治療して送り出してやった。

 みんな、解放されると同時に全速力で走っていく。

 なかなか、壮観だ。


 次だ。

 ヒンダル・ターラシコー殿を亜空間ボックスから解放する。


「それで、あんたは、なんでここにいるんだ?」


「知らん、誘われただけだ。

 アーガーに聞けばいい」


「だから、接点無いだろう。

 アーガーがあんたのことを知るはずがない。

 可能性としてはあんたからアーガーを誘うしかないだろ」


「だからとはなんだ、この平民風情が!」


 膝ががくがくしているのに、ターラシコーが精一杯の虚勢を張る。


「我がヒンダル家は一〇〇〇年の歴史を誇る貴族なのだぞ。

 貴様のような平民の婿を迎えるなど許されることではない。

 シャイフのような成り上がりに指図される謂れもない。

 由緒正しきアーガー家が婿をくれると言ったのだ。

 協力するのは当たり前ではないか」


「誤魔化すなよ。

 あんたからアーガーに話を持ってったんだろ」


「何が悪い。

 アーガーはお前を貴族だと勘違いしていた。

 だから、正してやったのだ。

 お前がただの平民、それも、ろくに嫁すら持たぬ最下層の貧民だと教えてやったのだ。

 あぶく銭だけ持っている貧民だと教えてやったのだ。

 アーガーは大層感謝しておったぞ」


 なるほど、シャイフも勘違いしていたわけか。

 ヒンダルが求めていたのは『優秀な跡継ぎ』ではなく『由緒正しき跡継ぎ』だったわけだ。

 ヒンダルは最初からオレを婿として迎える気持ちは無かった。

 シャイフに対しても感謝どころか恨んでいたのだろう。

 だからアーガーに接近して焚きつけたと。

 しかし、アーガー家の誰かは知らんが、あのジャバ・ザ・〇ットと結婚すると承諾したのだろうか?

 ・・・まあ、見てないんだろうな。


「よく聞け。

 あんた、もう引退しろ。

 あんた、まだ施薬院で『学生』扱いだそうじゃないか。

 いい加減諦めろよ。

 あんたが居座ってるせいで、新しい学生が入れないんだよ。

 学生資格を放棄して、貴族としても引退しろ」


「我が、ヒンダル家に滅びろというのか!」


「適当な親戚にでも家督を譲ればいい。

 医療貴族に拘るのは止めるんだな。

 カゲシンには魔力を持たない貴族も大勢いるじゃないか。

 跡継ぎには普通の僧侶として頑張ってもらうんだな」


「家督を譲る?私に貴族をやめろと言うのか!」


「ああ、そうだ。

 言っとくが、もう、あんたに未来は無い。

 シャイフの締め付けは強くなるだろうし、アーガーがあんたに逆切れして報復するのも目に見えてる。

 最後に、オレも見張っている」


 ターラシコーはがっくりと項垂れた。


「ああ、オレとの婚約の件はお前から断っておくんだな」


 改めて『威圧』して解放する。

 甘い処置だが、彼には婚約をヒンダル家側から断るという使命がある。

 それに、拘っていた医療貴族の地位を失うのは彼にとっては最大の処罰だろう。


 さて、残るはアーガー・シャーフダグ殿たち三人組だ。

 トップと取り巻き二人とも言えるが、残りの二人も結構、酷いんだよな。

 それぞれ個別に色々とやっている。

 面倒だし、同じにしよう。

 アーガー・シャーフダグ殿自身がご希望の売春宿だ。

 カゲシトの門外には貧民街というか如何わしいエリアが広がっている。

 女性向けの売春宿は、あっさりと見つかった。

 客引きみたいのに硬貨を数枚渡したら直ぐだった。

 安いね。

 そういうことで、三軒の売春宿にそれぞれ置いてきた。

 一番ヤバそうなとこは勿論シャーフダグ君だ。




 時系列を少々無視して、この騒動の結果を先に書いておきたい。

 ならず者集団と貴族従者の一団は、その夜の内にカゲシトから出たようだ。

 本来、カゲシトでは夜間の出入りは禁止だが、身内の危篤とか言って強引に出て行ったらしい。

 彼らのその後は分からないが、カゲシトに戻ってきていないことは確かである。


 ヒンダル・ターラシコーは翌日、引退届を提出し、娘婿を家督にすると届け出た。

 アレ、とは別に既婚の娘がいたようで、その婿に家督を譲ったらしい。

 ただし、彼は魔力を持たない。

 今後は通常の宗教官僚として生きて行くようだ。

 オレとの見合いも正式に断りが入っている。

 シャイフは怒っていたが、ターラシコー本人が引退すると聞き機嫌を直したらしい。


 アーガー達はしばらく行方不明扱いだった。

 アーガー家他はパニック状態だったようだ。

 それぞれの家の跡継ぎが揃って行方不明。

 付き添っていた家来はカゲシトから逐電して行方不明。

 特にアーガー家では執事まで失踪したので指揮を執る者すらいない末期状態だったという。

 後から聞いたのだが、この世界の『女性向け売春宿』はかなり悲惨なところらしい。

 地球でもそうだが女性向けにそっち方面で男性を使うのはかなり困難だ。

 男性機能を活性化させるには精神的な要因が大きい。

 それでも、カナンでこの商売があるのは、女性の絶対数が多く、そちらの要望が極めて大きいからだろう。

 で、それがどうやって成り立っているのかと言えば、薬である。

 そっち方面を元気にさせる興奮剤だけでなく、本人の認識を阻害させる幻覚剤も併用するのが『普通』らしい。


 オレ個人の考えとしては、数日で本人が申告して、解放されると思っていた。

 それなりに金はかかるとは思ったが。

 ところが、現実は極めて厳しい。

 こーゆー処に連れてこられる男性は基本的に非合法。

 本人が希望してというのはまず無い。

 であるから、店の者は本人を無視して薬を使う。

 知らないのが増えていても気にしない。

 薬を使われてラリってしまえば自己申告も何もない。


 事情を聞いて、いささかかわいそうになったので数日たったら救出してやろうと考えたのだが、何故かその前に発見された。

 顧客に顔見知りがいたという。

 この国の貴族は大丈夫かね?

 特に女性。

 わずか数日で三人とも発見されるって、利用者多過ぎだろう。


 最終的には十日以内に三人とも救出されたが、三人揃って家督を外され、学問所も退学になった。

 ちなみにきっちり『威圧』したためか三人ともオレの事はきれいに忘れていたようだ。


 ともかく、こうして、オレの災害原因は消滅したのだった。

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