02-19 お薬を作ろう!!

 その日、アーガー・シャーフダグ殿たち学生三人衆は来て早々に不機嫌になった。

 第一の理由はオレがしばし待つように言ったからだ。

 そして、もう一つの理由はオレが部外者を連れていたからである。

 オレの薬剤作製講座は、ここ数回、オレと学生三人、そして監視兼確認係の職員一人の五名で行われていた。

 施薬院職員の指示で従者たちは室外待機だったのだ。

 それがいきなりの増員。

 聞いていない、とガチ激怒。

 施薬院職員はウロウロ。

 オレは下手に出るだけだ。

 怒らせて帰ってしまわれるのはマズイ。


 シャーフダグ殿たちの文句は、追加メンバーが来るまで続いた。

 そして、治まった。

 まあ、黙るしかないだろう。

 シャイフ・ソユルガトミシュ主席医療魔導士を含む三名の講師に先導されて来たのはマリセア宗主家内公女ネディーアール殿下だったからだ。

 内公女様の後ろにはお付きの侍女軍団が続く。

 最後にお目付け役のクロイトノット・ナイキアスール夫人が入って、ドアが閉められた。


「おう、タージョッではないか」


「お久しぶりです。ネディーアール様」


 ナディア姫がオレの横にいたタージョッに声をかける。

 タージョッの方はガチガチだ。


「面識が有ったのですね」


「同期入講じゃ。髪の色も似ているし、それに、・・・その、由緒ある名前じゃからの」


 後で聞くと、上級貴族子弟は十一歳になった年の九月一日に入講する慣例らしい。

 その後、一~二年で初級講義を、二~三年で中級講義を終えて、それぞれ志望の上級講義に入講する。

 初級を一年間、中級を二年間で突破し十四歳で施薬院に入講したタージョッは優秀な方らしい。

 初級中級を合わせて二年弱で突破し十三歳の誕生日には施薬院に練成所、算用所修養科の入講資格を得ていたネディーアール様は近年まれにみる天才と言われている。


「由緒ある名前、なのですか?」


「ちょっと、言わないで」


 質問したらタージョッに後ろから引っ張られた。


「曾祖母様が付けてくれた名前なの」


 あー、所謂、古臭い名前なのね。

 貴族にしては音節が短いと思っていたが。

 いたなー、高校のクラスで『麦』ちゃんが。


『キラキラネームよりはマシだと思ってる』とか言ってたけど苦労してたみたいだった。

 言われてみればタージョッも名前で呼ばれるのを変に嫌がっていたが、・・・触れないでいてやろう。


「本日は、ネディーアール様が見学をご希望とのことで、このような形になった。

 学生諸君のこれまでの成果を遺憾なく発揮して欲しい」


「シャイフ殿、このようなお話は聞いておりませぬ」


 アーガー・シャーフダグ殿がシャイフ主席医療魔導士に食ってかかる。

 シャイフと共に来た講師も頷いていた。

 初回に、オレにいろいろと言っていた男だ。


「そもそも、こやつが教え渋っていると、ご報告していたはず」


「しかし、もう何度も講義したと聞いている。

 其方らは当初、平民の薬など数回で覚えられると断言していた。

 何も成果が無いということはあるまい」


「いえ、それはまた別の話で、・・・」


「内公女様がお待ちです。

 授業を始めて頂けますか」


 クロイトノット夫人の言葉にシャイフが礼を返し、アーガーが固まる。

 うん、いい感じだ。

 しかし、彼女の眼はオレに対しても向けられている。


「それでは、内公女様もおられることですので、薬剤作製の見本をお見せいたします」


 宣言して薬を作る。

 ゆっくりと、マナの流れが分かるように作業する。


「ほう、全く無駄のない、流れるような手技じゃのう」


「では、次は学生諸君にやってもらおう。

 完全でなくともできる所まででよい」


 シャイフの言葉に、四人の学生が準備を始める。


「まて、何故、其方がここに並んでいるのだ。

 この手技は許可された者にしか行うことが許されておらぬ」


「私が許可した」


 タージョッを咎めた講師にシャイフが答える。


「シャイフ殿、しかし、この者は『緑』ですぞ」


「私の姪では不満かな」


「姪ですと、シャイフ殿の?」


「もとより、今回の話、誰に習わせるかは各評議員の推薦ということであった。

 当初、私は適当な者が見当たらぬため推薦しなかったが、この者が希望したので私の枠で推薦した。

 この者の母親は私の妹で、父親はモローク大僧都だ。

 資格に欠けるとは思わぬ」


「モローク家の、・・・そうですか」


 モローク・タージョッの母親は、所謂、側室である。

 タージョッの母親はシャイフ大僧都家の側室の生まれだ。

 大僧都家の側室の娘が他の大僧都家の側室に入った構図である。

 モローク大僧都は上級貴族に分類されるが、タージョッは側室の子なので学生証は一段階低い『緑』になる。

 シャーフダグ殿はタージョッを見て軽く舌打ちしたが、無視と決めたようで顔を背け自分の準備に入る。

 そして、・・・十分余り後、薬剤を完成させたのはタージョッだけだった。

 他の三人は形にもなっていない。


「うん、うまく出来ています。

 十分な効力が出るでしょう」


 薬の出来を確認して報告すると、ガチガチに緊張していたタージョッが、ホッと息を漏らした。


「タージョッ、見事であった」


「ありがとうございます。

 これも、みな、伯父様に基礎をご教授して頂いたおかげです」


「うむ、其方の母親も喜ぶであろう」


 シャイフが満足げな笑みを漏らす。

 オレも、一息だ。

 遠征実習でタージョッがシャイフの姪と判明してから、オレは密かに逆転の計画を練っていた。

 バフシュ・アフルーズは言った。

 シャイフ・ソユルガトミシュは食えないおやじだが馬鹿ではない。

 能力もある。

 そんなシャイフがオレの実演を見てその技術レベルを低く見誤るなど有り得ない。

 アーガー・シャーフダグ程度では習得不可能と瞬時に見抜いていたはずだと。


 では、何故、アーガーたちが選ばれ、変更もされなかったのか?

 それはシャイフ以外の有力者のゴリ押しだろうと。

 つまり、シャイフはアーガーたちが技術を習得できないと分かっていた。

 分かっていて放置していたことになる。


「ネディーアール様、今のタージョッの出来は?」


「うむ、なかなかの物であったな」


「どうですか、ネディーアール様も少し挑戦して見ては如何でしょう?」


「ふむ」


 ナディア姫の後ろでクロイトノット夫人がはらはらした顔でオレを見つめている。


「タージョッでも出来たのです。

 ネディーアール様でしたら、直ぐですよ」


「ふん、そう言われればやらぬ訳にはいかぬではないか。

 なにか、嵌められた気がするのう」


 相変わらずカンが良い。


「じゃが、その前にキョウスケ、其方の手技をもう一度見せよ」


「分からない所が有りましたか?」


「スムーズ過ぎて逆に良く分からぬ。

 其方が唱えていた呪文と手技の同期が理解できなんだ」


「では、もう一度、無詠唱でやりますね」


 もう一度、手技よりもマナの流れが良く見えるように実演する。


「うむ、最初より余程分かりやすい。

 やはり無詠唱、あるいは短縮詠唱かの」


 ネディーアールがバットの上に広げられた石油を睨み、真剣に術を組み立て始める。

 そして、掛け声とともに手技を開始する。

 だが、・・・。


「失敗ですか、・・・」


 赤毛の侍女が呟く。


「ううむ、意外と難しいものじゃのう」


「いいえ、ほとんど出来ています」


 落ち込むナディア姫に慌ててフォローする。

 いや、本当にあとちょっとなのだ。


「私が手を貸します。

 もう一度やってみましょう」


 ナディア姫の背後に回り、二人羽織の感じで彼女の両手にオレの手を副える。

 そして、結果は直ぐに出た。


「出来たのですか?」


 姫の手元の白い粉を見てクロイトノット夫人が弾んだ声をあげる。


「ええ、できました。

 どうです、コツがわかったと思います。

 もう一度、お一人でやってみてください」


 あっさりと成功するお姫様。


「そんな、たった一日、たった数回で成功しちゃうなんて」


 タージョッが呆然とした声をあげる。


「素晴らしい出来です。

 流石に呑み込みが早いですね」


 見ただけで結果は分かっていたが、皆に見せるために粉末を手に取って確認し、宣言する。


「ネディーアール様、素晴らしいです」


「なんと、製薬の経験がほとんど無いのに成功させてしまうとは、驚きとしか言いようが有りません」


 クロイトノット夫人とシャイフ主席医療魔導士、更には侍女たちが称賛する。

 ネディーアール姫様は平静を装っているがうれしいのだろう。

 唇がニマニマしている。


「すいません、ネディーアール様、私にも試みさせて頂けませんでしょうか?」


「む、アシックネールもか。

 良いぞ、やってみるが良い。

 キョウスケ、補助を頼む」


 手を挙げたのは赤毛の侍女だ。

 確か、永遠の霊廟にも来ていた子だろう。

 見た感じナディア姫の侍女でも上級と思われる。

 魔力量もそれなりにありそうだ。

 少なくともアーガー・シャーフダグの倍は固い。

 良く見れば施薬院銀色徽章も付いていた。

 先程と同じように背中越しに両手を副えて補助する。

 一回目は失敗だったが二回目で成功した。

 補助付とはいえ大したものである。

 もう二~三回やれば一人でも出来そうな感じだが、彼女のマナが尽きた。

 残念ながら本日は終了である。

 多分、次回で作製可能になると断言してやると顔を綻ばせた。


「キョウスケ殿、タージョッと比べて私の力量はどうでしょう?」


 いきなり、変な質問来たよ。

 横でタージョッが睨んでるし。


「タージョッ殿は既に成功していますが、・・・次回で成功すればタージョッ殿よりは早いということになりますね」


「では、次回は私も参加枠に入れて下さい。

 母上、許可を頂けますか」


「シャイフ殿、よろしいですか?」


「クロイトノット家の方なら問題は皆無ですな。

 許可いたしましょう」


 そうか、クロイトノット家の娘なわけか。

 顔立ちも雰囲気も全然違うんだが。

 似てるのは髪の色だけだ。

 クロイトノット夫人はナディア姫の乳母だから、彼女は『乳兄弟』なのだろう。

 恐らく姫様にとっての最側近。

 仲良くしておきたいものである。


「それでネディーアール様の次回の参加は如何いたしましょう」


「それは勿論、参加ということで。

 よろしいですね、ネディーアール様」


「うーん、もうできてしまった事に興味は無いぞ」


 大人の要望をあっさりと却下する姫様。

 うん、知ってた。


「ネディーアール様、今回の薬ですが、私が伝授する薬の中では初歩的なものになります。

 更に難度の高い製薬もあり、是非、内公女様のような才能ある方にご参加頂きたいのです」


「難度の高い薬のう。

 それは今すぐ必要なのかのう。

 キョウスケが作れるのならばそれでいいではないか」


「施薬を学ぶと共に施術も共に勉強されては如何かと考えます」


「施術?」


「先日、歴史の授業においてニフナニクス様の業績を学びました。

 ニフナニクス様は『聖なる光』で多くの兵士を癒したと伝わります。

 ネディーアール様の才能が有れば、自分の骨折を自分で治すことも、多くの兵士を癒すことも可能でしょう。

 極めて打算的な話をすれば、姫様に治療された兵士は姫様に恩を感じ忠誠を尽くす存在となるでしょう。

 ネディーアール様がニフナニクス様を目標とするのであれば、単純に戦闘魔法だけを極めれば良いとは思えません。

 施薬院で学ぶ事は、遠回りのように見えますが、必要な回り道であると思うのです」


「確かにニフナニクス様は多くの負傷者を救い慕われていたと聞くのう」


 かなり揺れている。

 だが、もう一つ何か必要か。


「ネディーアール様の才能であれば、施薬院で学ばれれば数年でこの私を凌駕されるでしょう。

 このシャイフ・ソユルガトミシュが全ての奥義を伝授すると誓いましょう」


「う、うむ、大儀である。

 しかし、そのように大層な話にしなくとも、良いのではないかのう」


 この姫様、天邪鬼だから、年長者から言われると、逆に行くんだよなぁ。


「ネディーアール様、突然ではありますが、今の薬剤作成。

 私にも試みさせては貰えないでしょうか?」


 言い出したのは、兵士というか騎士だ。

 身長はオレより若干低いが体はがっちりしている。

 筋肉量では負けているだろう。

 整った顔立ちの男の子、・・・いや、ナディア姫の側近に男性はいない。

 ・・・どこの子供か分かっちゃったよ。


「うん、トゥルーミシュ、其方、施薬院の資格は持たぬではないか」


「資格は今年中に取ります。

 先程の話、大変興味があるのです。

 私もニフナニクス様を目標にする一人ですので」


「今年と言うがあと数日、・・・ああ、中級の履修試験を受けるという事か。

 確かに其方とはニフナニクス様の話をする同士だ。

 キョウスケ、其方、まだ補助は可能か?」


「補助はほとんどマナを使用しませんので」


「そうなのか?

 とてもそうは思えんが。

 まあ、良い。

 では、トゥルーミシュの補助を頼む」


 トゥルーミシュは、タージョッに比べても器用とは言い難い。

 ただ、マナはタージョッより多い。

 赤毛ジュニアよりもあるだろう。

 まあ、ナディア姫とは比べるのは間違いだが。

 そして、何より集中力が凄い。

 これは姫様に匹敵するだろう。

 驚くべきことに、二回目で極少量だが白色粉末を作製した。


「少量ですが、何の経験もなく良く頑張られましたね」


「これでネディーアール様と一緒に授業を受けられますか?」


 オレはシャイフを振り返る。


「クロスハウゼン家の方であれば、問題ないでしょう。

 形式上、入講試験は受けて頂く必要が有りますが」


 シャイフが機嫌良く答える。


「何か、周りが固められていくのう」


 姫様が人ごとのようにつぶやく。

 全くもって、押せば跳ね返すお方だ。

 幸い、オレは今、彼女の後ろに立っている。


「よろしければ、マナを効率的に使う秘術もお教えしましょう」


 念のため、他人には聞こえないよう空気振動を遮断して囁く。


「秘術じゃと?」


「大気中のマナを利用する技です。

 こちらではあまり使う者はいないようです。

 ですが、習得すれば、薬の作製は勿論、ファイアーボールが今の倍は打てるようになるでしょう」


「あ、うん。まあ、そうじゃの」


 わざとらしく咳払いが入る。


「其方らがそこまで勧めるのならば、施薬院で修行するのも無駄にはならぬかもしれぬな」


「ネディーアール様、よろしいのですね。

 私はしっかり聞きましたよ」


「くどいのう。やると言ったらやるのじゃ」


 クロイトノット夫人の顔が喜色で埋まる。


 シャイフ・ソユルガトミシュはアーガー・シャーフダグたちに必要な能力が無いことを知りながら放置していた。

 それは、何故か?


「最大の理由は適当な候補者がいないことだな。」


 カゲシン帰宅後、情報提供と相談の対価として行った薬剤作製講座の際にアフルーズは言った。


「この手技はかなりマナを使う。

 現在の施薬院にこれをやれる魔力量の学生はいない。

 講師でも数人だ」


 実を言えば施薬院関係者は魔力量が高くない。

 カゲシンでのエリートコースは何と言っても『宗教本科』で、それに次ぐのが軍関係だ。

 魔力量が多い者はこのどちらかに行く。

 施薬院は、必要な知識量が多く必要勉強量も多い。

 ペーパー試験の成績が良いものが行く所だからエリートコースの一つである。

 だが、魔力量では僧侶と軍人の残り物というのが現実だ。

『学問成績が良くて、魔力量はそこそこだが細かなマナ操作がうまい者』というのが施薬院向き、とされている。

 個人的には間違っていると思うが、これまではそれで回ってきた。


 問題は、オレの弟子候補者がいないことだ。

 ならば、ということでオレが目を付けたのがタージョッである。

 彼女がシャイフの姪と分かった時点でオレの計画はスタートした。

 一人でも成功すればオレが『技術を出し渋っている』という疑惑は払拭できる。

 その一人が姪であればシャイフも文句は無いだろう。


 そういうことで、タージョッに薬作製集中講座を実行したが、まあ、苦労した。

 タージョッは根本的に魔力量が足りない。

 二回も練習すると疲労困憊になってしまう。

 仕方がないから、オレがマナを提供して、つまり、彼女の腕に直接マナを流して、感覚を掴ませるようにした。

 それから毎日練習に付き合って、成功したのは一昨日だった。

 苦労したが、なんだかんだ言いながらも、オレの言うことを素直に聞いたのが大きかったと思う。

 こうして、オレの計画はそこそこ順調だったのだが、アフルーズは当初から今一つの顔をしていた。

 オレも不安だった。

 そこに現れたのが、小っちゃくて狂暴な天使のシマちゃんである。

 彼女の言う『才能あふれる我儘』を引き入れられれば、劇的な効果が見込める。

 だが、そんなことが可能なのか?

 シマは可能だといい、自ら繋ぎに入った。

 そして、オレはクロイトノット夫人に会った。


 クロイトノット夫人は悩んでいた。

 マリセア宗主一族の子弟は基本的に宗教本科に進む。

 魔力がある場合は儀式魔法を学ぶ。

 稀に自護院練成所や施薬院に進む者もいるが、宗教本科に並行して、である。

 特に女子、内公女の場合は、筋肉量があまり増えないように自護院は規制されている。

 ところが、ネディーアール姫様は練成所には嬉々として出席するが、宗教本科にはほとんど行かない。

 下手に才能が溢れすぎているため、やたらと目立つ結果になっている。

 ニフナニクスの伝統があるとはいえ慈悲と博愛を説く宗教国家宗家一族の女子が軍隊だけというのは問題が有ると言わざるを得ない。

 そこで、オレは姫様を施薬院に引っ張り込むという案を提案した。

 クロイトノット夫人としては、本来は宗教本科だが、自護院よりは施薬院がマシと判断したのだろう。

 やれることは何でもということで、作戦許可がでた。

 ネディーアール様を施薬院に引き込むのはシャイフにとっても悪い話ではない。


「ならば、トゥルーミシュが施薬院に入講したら三人でキョウスケに習うことにしよう」


「トゥルーミシュ殿でしたら、まず問題なく入講できるでしょう。

 特例として来月、早々に開始を許可いたしましょう」


「ネディーアール様、シャイフ殿もこのように言っておられます。

 来月からでも宜しいのではありませんか」


 シャイフもクロイトノット夫人もナディア姫の気が変わらぬうちにと必死だ。


「ネディーアール様、それでは施薬院でのご学友として、こちらの者たちを推薦させて頂きます」


 シャイフの後ろからヌーシュ講師がアーガー達を押し出す。


「うん、悪いがその者たちでは無理じゃろう」


 ナディア姫が天然に叩き潰す。


「この手技は、かなりのマナを使う。

 トゥルーミシュでもヘロヘロではないか。

 そこの者達の魔力量では無理じゃ」


「いえ、私の魔力量はそこの平民よりは上と正魔導士に確認しております。

 この男にできて私にできぬはずが有りません」


 姫の指摘にシャーフダグが抵抗する。

 うん、そうか。

 オレの魔力量を他の魔導士に測らせていたのか。

 それで、オレよりは上だと自信を持っていたと。

 魔力量が低く見られるのは目立たなくていいが、こーゆー場合も有るわけだ。

 難しいね。


「それはどうかのう。

 キョウスケは一見大した量の魔力を持っているようには見えぬが、驚異的に器用なのじゃ。

 そうそうマネなどできぬ。

 器用さが足りぬからマナの量で補うのだが、其方らにはそれがない。

 心から忠告するが、其方らは他の事で国に貢献した方が良いじゃろう」


 まあ、その通りなのだ。

 と言うか、こいつら施薬院の中ですら魔力が多い方とは言い難い。

 その前に努力と言う概念も、教わるという心も無い。


「その意味ではタージョッは随分と魔力が伸びたのう。

 見違えるようじゃ。

 ナイキアスール、タージョッを施薬院での側近として採用したいが、どうじゃ」


「妥当かと思われます。

 施薬院での準備は多岐にわたりますがアシックネールでは仕事量が過剰になります。

 トゥルーミシュは施薬院に慣れておりません。

 タージョッ殿でしたらシャイフ殿の身内でもあり連絡も容易と思われます」


 クロイトノット夫人が機嫌よく答える。


「ふむ、では、タージョッ、頼めるか?」


「は、はい、父の許可が下り次第、務めさせて頂きたいと考えます」


「そのお話、私が保護者代理としてお受けいたします。

 タージョッ、其方の父親には私から話を通す。

 しっかりと務めるが良い」


「あ、は、はい、承りました。

 伯父上の期待に背かぬよう努力いたします」


 シャイフの言葉にタージョッがガチガチで返す。

 クロイトノット夫人が早速、あれこれと指示を出す。

 あちらではヌーシュ講師が青い顔でシャイフにいろいろと言っている。

 アーガー達に実力が無いのは自分の責任ではないと弁明しているようだ。

 何にせよ、オレの作戦は成功した。


「こんな大ごとになるなんて聞いてなかったわよ」


 何時の間にかタージョッが横に来ていた。


「悪い話ではないだろ」


「そうだけど、もう絶対に失敗できない状況じゃない」


「まあ、今後もよろしく頼む。できるだけ協力はするよ」


「あんたさぁ、私たち付き合ってるって話になってるの知ってる?」


「えー、そーなのか?」


 反射的にすっとボケた。

 実は知っている。

 えーと、ですね。

 遠征実習の途中、部屋に誰も呼ばない訳にはいかなくなったオレは、タージョッを選んだ。

 いや、消去法なんだけどね。

 他のオネーさん達は色々と怖かったもので。

 そして、・・・一晩中、薬剤作製練習をしていました。

 練習のついでに、彼女の体のマナの流れを多少整理して、マナ発生器官を賦活化してやったから、多少は魔力も増えたと思う。


 まあ、正直に言いまして、ですね。

 決してタージョッがかわいくないという訳ではないとは思うのですよ。

 シノさんとか、シマちゃんとか、ナディア姫とかのようなSクラスではないにしても。

 周囲の評判では『美人枠』らしいし。

 オレの評価としては、中の上ぐらいだが。

 しかし、十四歳に手を付ける訳にはいかんでしょう。

 オジサンとしては、その・・・背徳感というか、・・・あ、オレ、公称十五歳?

 淫行条例には引っかからない?

 どっちかつーと不純異性交遊?


 だが、・・・このまま変に進展してしまうのも、まずい。

 この子、何か変に一途な感じだし、関係もったら第一正夫人とかだよね。

 第三夫人でもいいっていうんなら、考えるけど、・・・我ながら、酷いな。

 でも、・・・別れ話とかしたら修羅場になりそうなタイプだし。

 大体、だよ、オレはBカップで満足できるのか?

 オレの必要最低限度の文化的な生活ってーやつはBカップなのか?

 いや、そんな筈がない!


「とにかく、よ。こーゆー関係なんだからあんたも少しはあたしに気を使うべきなのよ」


「分かった。

 今後は可能な限り二人きりにはならないように気を付ける」


「そーじゃない。

 じゃなくて、薬の作製はネディーアール様より先に私が覚えとかないとダメなんだから、私に優先して教えなきゃならないの。

 わかった?」


「あー、うん、善処する」


 せっかく上手く行っているのだ。

 タージョッの機嫌を損ねるのも不味いだろう。


「じゃあ、これからはネディーアール様との連絡はタージョッに頼むことになる。

 よろしく頼むな」


「そ、そうよ。

 私のことが大事だって、分かればいいのよ」


 両手を取って正面から目を見て頼んだら、あっさりだった。

 ・・・いたいけな少女を騙すようで心が痛むが、これも全てはオレがFカップの第一夫人を娶るという大いなる目標のためには致し方のない話なのだ。

 許せ、タージョッ。


 何はともあれ、上手く行ったと、この時のオレは考えていたわけだが、・・・勿論、これぐらいで全てが終結するはずはなかったのである。

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