02-13 自護院練成所遠征実習(二)

 翌日はまた朝から行軍だ。

 一日目と違うのは、脱落者がチラホラしてきたこと。

 道端でへばっているのは、大半が練成所の学生だ。

 特に初参加の学生が多い。

 オレは肉体疲労がない特異体質だが、多少は疲れた振りをした方が良いのかと迷う。

 まあ、タイジが平気な顔をしているうちは、そのままで良いだろう。

 タイジは性格的には兎も角、肉体的スタミナはそこそこある。

 流石は牙族。

 歩きながらファイアーボールの練習をしているらしく、時々助言を求められる。

 号令は、まだ全部オレだ。


 二日目の昼。

 休憩中に馬車の集団が追い抜いて行った。

 乗っているのは自護院のお偉方と、施薬院の医師たちだ。

 お偉方は現地で実習を検分するため、施薬院集団は怪我人に対処するためだ。

 馬車の一つにはダナシリとタージョッが乗っていた。

 タージョッはこちらを見て舌を出していたようだ。


 練成所の実習に施薬院の医師が同行するのは、ある意味当たり前だろう。

 ただ、遠征実習の同行は施薬院では人気がないらしい。

 野外でテントに寝ても良いという貴族は少数派なのだ。

 なので、講師は当番制。

 補助の学生は押し付け合い、ではなくて、講師の指名制である。

 遠征実習では魔法も使われるため怪我が多い。

 補助者も技量を持った者が必要なのだ。

 ただ、希望は結構通る。

 自護院は軍隊に理解のある施薬院学生を優遇するからだ。

 ダナシリはタイジの関係で志願しており、彼女が行くと言ったらタージョッも何故か志願した。

 野外で環境は悪いが、見習いでも治療に参加できるので意欲ある学生には悪い話ではない。


 昼過ぎに演習地に到着した。

 演習場所は古い砦跡だ。

 野外実習の場所として丁度良いので保持されている砦らしい。

 到着して、まず行うのは野営地の設営。

 四日間寝る場所なので頑張って作る。

 今回は一個大隊規模の演習で野営地も大きい。


 通常、オレ達下っ端学生士官は設営の最初から最後まで監督することになる。

 しかしながら、オレとタイジは施薬院と兼ねている。

 そういう事で、大隊長からの命令もあり早々に施薬院側に挨拶に行った。

 施薬院部隊を率いるのはバフシュ・アフルーズという四〇手前ぐらいのおじさんだ。

 浅黒い肌に薄茶色の髪という典型的なカゲシン貴族の外見をしている。

 施薬院施術科所属の医師で三科全て金色の英才だ。

 噂では施薬院で最も手術がうまいという。

 見学が楽しみだ。


「ふーん、お前らが自護院にも顔を出してるってー変わり種か」


 挨拶早々、変わり種扱いされた。

 そりゃそうだけどさー。


「ま、今日、明日は大した怪我人は出ない。出ない予定だ。

 問題は明後日、演習二日目だ」


 予定では、本日は野営地の設営と明日以降の準備だ。

 明日から本格的演習だが、一日目は砦の補修実習。

 二日目に補修した砦を使用しての模擬戦。

 三日目がお偉方の総評と攻撃魔法実演となっている。


「二日目の演習は模擬戦だが魔法も使われる。

 攻撃魔法が許可されてんのは下っ端だけだから大したことないのが救いだが、それでも骨折や火傷は普通に出る。

 前日の砦補修が適当で壁が崩れて下敷きになったって例もある。

 あん時は何人か死んだ。気ー抜いてると、ひでー目にあうぞ」


 意外とまともに忠告してくれる。

 口調は貴族とは思えないが。


「そーゆーことで、お前らは二日目の模擬戦終了までは自護院の方でやってろ。

 模擬戦が終わったら負傷者引き連れてこっちに来い。

 あー、模擬戦中に処置をするのは構わん。

 ま、それができる腕があればの話だがな」


 アフルーズはそう言ってカラカラと笑った。


「ま、無理しねーで、応急手当だけしてこっちに回すのが無難だ。

 無理はするな。

 特に、上級のお貴族様は下手に触るなよ。

 助けてもらっといて、変に逆恨みする奴もいるからな」


 あんたも貴族だろうと思ったが、・・・『上級』ではないってことかね。


 アフルーズ率いる医師団だが、講師クラスというか金色持ちは三人。

 うち一人は女性だ。

 ただし二人目は施術科と薬術科の二つが金で施薬科は銀。

 三人目は薬術科だけ金色で他の二科は銀だ。

 学生はダナシリ、タージョッを入れて六名。

 学生の残り四名は二〇歳以上に見える。

 多分、上級生だろう。

 ダナシリ、タージョッは下っ端だからさぞこき使われていると思ったら、従者や従卒が肉体労働を担当していた。

 指示も上級生なので二人は見ているだけだ。

 なんか面白くない。

 オレたちも見学させてもらおうとしたら、早々に自護院側に帰されてしまった。


 結局、野営地設営からは逃れられない訳だが、・・・これも必要な知識と経験なのだと思う事にしたい。

 単なる穴掘りと単なる整地と単なる柵作りのような気もするが。

 水場の確保とか、排泄場所の設置とかそれなりに重要なところもあることはある。

 そう言えば、オレ、トイレに行く回数が少ないようだ。

 必要が無いのでつい忘れるのだが、共同生活で怪しまれないために意識的に行くようにしよう。

 時間で決めた方がいいかな。


 野営地設営は手間取ったが、何とか日が暮れる前には終了した。

 タイジに急かされて演習場に向かう。

 既にかなりの人数が練習に励んでいる。

 ほぼ全て学生、代理坊尉の集団だ。

 タイジによると、この時間が演習前の個人練習としては最後らしい。

 本番は明後日の模擬戦だが、明日はそれに備えて魔力回復に専念するのだそうだ。

 魔力を蓄積する感覚が無いオレにはこの辺りが良く分からない。


 そんなことで、広場ではあちこちで学生がファイアーボールやライトニングボルトをぶっ放している。

 全員、既定の大きさ、種類だ。

 他は、・・・見ない。

 バリエーションが少な過ぎではなかろうか。

 オレはボーっとしていたが、タイジは目出度く初のファイアーボール投射と爆発に成功していた。

 抱き合って喜ぶタイジたちに、オレも少し嬉しくなる。

 ちなみにタイジのファイアーボールは周りに比べて、ちょっとだけ大きかった。


 翌日、現地演習の一日目は砦の補修である。

 ・・・・・・・・・・・さらっと流したけど昨夜はやっぱりサバトがあった。

 オレは音と振動を遮断してテントの中で風呂に入っていたが。


 砦だが、西洋風というか中華風と言うか、下の方は石垣、半ばから上はレンガである。

 石垣は垂直ではなく、日本の城のようにやや斜めになっていて、その上にレンガを積んでいる。

 このレンガは専門の魔導士が魔法で土を圧縮して作る。

 既製品みたいなもので、かなり硬く、耐火性・耐衝撃性に優れているという。

 木造の建物は無い。

 ファイアーボールがある世界だから軍事施設に木は使い辛いのだろう。

 砦の補修だが、ほぼ全て人力だった。

 予想外です。

 てっきり専門の魔導士が土魔法とか建築魔法とかでやっちゃうと思っていたよ。

 聞いたところでは、魔導士の魔力は戦闘用に温存するため、敵前での土木工事は可能な限り人力で行うという。


 これまで、適当に書いていたが、マリセア教導国では魔法使いのことを『魔導士』と呼ぶ。

 厳密には『僧侶』資格を持った魔法使いだけを『魔導士』と呼ぶらしい。

 ただ、慣例として全ての魔法使いを『魔導士』と呼んでしまうことも多い様だ。


 そんなこんなで、一日、土木作業。

 ただ、見ているとそれなりに軍隊教育になっていると納得した。

 どこそこを直せと中隊単位に命令が出て、それを中隊長が各小隊長に場所と作業を割り振る。

 更に小隊長が分隊長に命令を下す。

 オレ達分隊長は与えられた仕事を兵士に割り振ってこなしていく。

 勿論、初体験のオレ達がまともに指示を出せるわけもなく、古参下士官に補助してもらう。

 だが、補助はあっても命令を下す義務と責任は分隊長だ。

 タイジも徐々に指示を出せるようになっていた。

 横についているナムジョンの存在も大きい。

 実はオレもスタイさんにかなり助けてもらっている。

 スタイ、ナムジョンの姉妹は軍隊経験があり、このような土木作業も経験があるらしい。

 大したものである。

 まあ、大隊長の視察の前に、危なそうなところを密かに土魔法で補修してしまったのは秘密だ。

 無詠唱だし、誰にも気づかれていないと思う。


 砦の補修が終わったら模擬戦の打ち合わせに入る。

 今回の模擬戦は一個大隊規模だ。

 カゲシン自護院としては二段階目に大きな規模だという。

 毎年夏場、七月から八月に連隊規模の演習があり、春の三月と秋の一〇月に大隊規模の演習がある。

 遠征実習はこの三回だけである。

 中隊規模の一日演習はカゲシン近郊で毎月行われている。

 今回は十二月だが、一応、秋の遠征実習らしい。

 何でも今年の夏に西方で小競り合いが有り、夏の遠征実習は中止。

 秋も大幅にずれ込んだ結果という。


 模擬戦だが、基本は決まっている。

 遠征に参加している大隊は歩兵四個中隊と魔導二個小隊からなる。

 魔導小隊はファイアーボールを撃てる魔導士を最低十二名含む。

 地球の軍隊の砲兵隊みたいなものだろう。

 模擬戦は一個中隊と一個魔導小隊が砦にこもって防衛側、残り三個中隊と一個魔導小隊が攻撃側になる。

 攻撃側の指揮は大隊長が、防御側の指揮は大隊副長が執る。

 オレとタイジのH中隊は攻撃側だ。


 下っ端士官のオレたちが呼ばれるのは中隊会議からである。

 中隊長から、我々の中隊は東側から砦を攻撃することになったとの説明がある。

 この砦は北側と西側が山で攻撃が難しい。

 山に登って攻撃と言う手もあるが、今回は穏当に南と東からの攻撃と決まったようだ。

 G中隊が南側からの攻撃を受け持ち、F中隊と魔導小隊は経過を見てGあるいはHの後詰に入るという。

 中隊の戦術だが、砦攻略の通常パターンだ。

 訓練だから奇をてらっても仕方がないのだろう。

 普通の戦術を普通にこなせる様にするのが訓練というものだ。

 中隊のうち二個小隊が弓で攻撃。

 その援護の下に二個小隊が前進。

 ある程度前進したら地面を掘って土塁を作る。

 いわゆる仕寄だ。

 最初の仕寄が出来たら前の小隊が弓での攻撃に移り、後ろで援護していた小隊が代わって前進。

 また、ある程度前進したら穴を掘る。

 これを繰り返して城壁近く、あるいは門まで迫るのだ。


「念のため聞くが、新米どもでファイアーボールを撃てる奴はいるか?」


 オレとタイジ、そして第一小隊と第二小隊から一人ずつ手を挙げる。


「ほう、これはうれしい誤算だ。四人かよ。火力が三倍じゃねーか」


 各小隊には最低二人はファイアーボールを撃てる人間を配置するらしい。

 基本的には第一分隊だ。


「新米どもはオレが合図したら一斉に撃て。

 序盤にカマスからその積りでいろ。

 後半になったらどうせヘロヘロで何もできんからな」


 妥当な判断だろう。

 タイジだけじゃなく、初参加組は皆、ガチガチだ。


 続いて小隊会議になる。


「指揮順位を決めておくぞ。

 通常なら俺の次は第三分隊長だが、お前ら三人全員ルーキーだ。

 普通なら一人は経験者がいるんだが、今回はそっちの二人が特例だからな」


 小隊長は第一分隊長が兼任している。

 職業軍人で上級坊尉、普通の軍隊だと大尉に当たるらしい。

 ちなみに俺と言っているが女性だ。

 オレたちは三人とも初めての代理坊尉、士官としては一番下である。

 通常であれば数回は演習参加経験の有る上級生が参加するのだが、今回はいない。

 オレとタイジが急遽参加を表明したためらしい。

 話し合った結果、第二分隊長が二番目、オレが三番目、タイジが四番目になった。

 第二分隊長も実習初参加だが練成所に入って二年弱という。

 タイジが十月、オレは今月入ったと言ったら呆れ果てられた。

 遠征実習には入講して一年以上たってから参加する物らしい。


「そっちは牙族留学生ってことで理解できるがお前は何なんだ。

 今月入ったばかりって」


 そう言われても単純に知らなかっただけというか、オレたちの参加を許可した方に言ってほしい。


「せめて一人ずつにしてくれればよかったものを」


「実習は二人組でないと参加できないと聞きましたが」


「それはカゲシンでの実習だろ。

 遠征実習にそんな決まりはないぞ」


 ・・・いろいろと誤解していたようです。

 会議が終わったら明日に備えて早く休めと言われる。


「女とは三回以内にしとけよ」


 禁止じゃないのかよ!

 前日だよ!

 斯くして、オレは三度テント内で一人引き籠ることになった。

 ・・・・・・だから、掛け声は止めろと!

「よーい、どん」ってなんだよ。

 徒競走じゃあるまいし!


 翌朝は夜明け前から起こされて、お偉方の訓示だった。

 そのまま、暗いうちに総員配置に就く。

 夜明けとともに模擬戦開始だ。

 我がH中隊も前進を開始する。

 まずは中隊全体で防御側の射程ギリギリまで接近する。

 一般的な矢は届かない距離でも時々風魔法で補助された遠矢が来るが、それは盾と根性で耐える。

 射程ギリギリで、最初の穴掘り。

 土塁と塹壕ができたら二個小隊の援護射撃の下、残りの二個小隊が前進する。

 当たり前だが、防御側は砦の上から矢を撃って来る。

 下からの矢ではかなり近寄らないと当たらない。

 この攻撃側の矢が届く所までいかに素早く近寄るかが攻撃側の技術・練度の見せどころらしい。


 それにしても、この模擬戦はなかなかハードだ。

 矢は矢尻を潰したものを使用するが、当たればそれなりの威力だ。

 剣は同様に刃を潰してあるが、そもそも切るより殴るタイプだからあまり変わらないような気がする。

 そして、魔法は実戦そのまま。

 魔法の腕が上位と見做された者は模擬戦に参加しないのが救いだ。

 施薬院学生の実習になるぐらい負傷者が出るのも納得である。

 基本、一個小隊に一人の割合で、魔法防御力の高い鎧に身を包んだ『判定官』がおり、戦死判定、負傷判定を行っている。

 判定されたら後ろに下がる事になる。


 我がH中隊だが、順調に前進はしている。

 一時間ぐらいたって、こちらの矢が城壁の上に何とか届くぐらいまできた。

 この速度が速いのか遅いのかは良く分からない。

 ここまでの『死傷者』は中隊で数名だ。

 これも多いのか少ないのか分からない。

 こちらの弓隊が盛大に攻撃を開始する。

 同時に中隊長がファイアーボール発射の命令を出した。

 これ、届くのだろうか?

 ファイアーボールは基本、手で投げる。

 砦の上まで届かせるにはかなりの遠投能力が必要だ。

 中隊の新米四人がファイアーボールを投げる。

 城壁の上まで届いたのはオレだけだった。

 タイジを含めて他の三人は城壁の途中で爆発する。

 外れかと思ったが、中隊長が「よくやった!」と叫ぶ。

 見るとファイアーボールの爆発を目くらましにして部隊が前進していた。

 新人のファイアーボール使用法としては妥当だろう。

 ちなみにオレのファイアーボールは防御側の数人をなぎ倒したようだ。


 ファイアーボール目くらましで前進した物の、その後の中隊の前進は停滞した。

 こちらの矢が届く距離、という事は敵の矢も良く届く距離ということだ。

 更に防御側が投げ槍の使用を開始する。

 魔法の補助を受けた投げ槍は味方の盾ごとなぎ倒す威力だ。

『死傷者』が急速に増加する。

 本物の負傷者もかなり出ている。

 ここが勝負どころ、なのだろう。

 中隊長がしきりにあちこちに合図を送る。

 小隊に前進再開準備の合図が来る。

 そして、ファイアーボールが放たれた。

 恐らく中隊本来の魔導士による攻撃だろう。

 先程よりは距離が近いこともあり、全てのファイアーボールが砦の上まで届いていた。

 直後に中隊の前進が再開される。

 上手く行った、と思ったのは早計だったようだ。

 前進する中隊の上に敵のファイアーボールがきた。

 兵士が文字通りに吹き飛ぶ。

 あれ、死んで無ければ良いが。

 そして、我が中隊の前進は完全に停止した。

『負傷者』が盛大に後送されていく。

 その中にはうちの小隊長が含まれていた。


「第二分隊長、小隊の指揮を継承して下さい!」


「分かった!」


 俺の声に応えた第二小隊長は直後に頭に矢を喰らって『負傷者』判定を受けた。

 つーか、本当に気絶している。

 矢は兜を貫通していないが脳震盪を起こしたのだろう。

 興奮してたんだろうけど、いきなり立ち上がるのは無いんじゃないの?

 いや、まあ、訓練場はそれなりの迫力と興奮状態だけど。

 タイジは、と探したらオレの背中で縮こまっていた。

 スタイとナムジョンが大きな盾で必死に守っている。

 二人にも余裕はゼロだ。

 魔法が怖いのかもしれない。


「どうした、もう前進は終わりか?おうちに帰ってもいいんだぞ!」


 防御側の指揮官が大声で挑発してくる。

 イラっときたが、周りは萎縮している。

 いや、撤退許可を待ちわびている感じか。

 横を見れば隣の小隊も、その隣の小隊も混乱状態だ。

 中隊全部がまずい状況。

 どうすべきか?

 あんまし目立つのは良くない、・・・という話はあるが、・・・うちの中隊、崩壊早すぎだろ。

 ここで崩壊したら、訓練評価は最低で間違いない。

 実習の履修証は貰えないだろう。

 オレとしては少なくとも履修証が手に入る程度の成績は欲しい。

 こちとら、トリカラを毎日食べても不審に思われない程度には出世したいのです、早めに。


「第四小隊の指揮権を継承する。

 総員、前進は中止だ。

 弓も打たなくていい。

 盾をしっかり構えろ。

 前進は中止する。

 だがここは守るぞ。

 現地死守だ。

 総員点呼しろ。

 動ける者はここに集結だ!」


 膝立ちになって叫ぶ。

 直後、敵の投げ槍とファイアーボールが来た。

 声が聞こえる範囲だから目立てば狙われるのは当然だ。

 投げ槍とファイアーボールを剣でさばいて粉砕する。

 来るのが分かっているのだから、落ち着いていれば簡単だ。


「見ろ、敵のファイアーボールも投げ槍もヒョロヒョロだ。

 敵もマナ切れだ。ここを耐えれば勝てるぞ!」


 挑発が効いたようで、また投げ槍とファイアーボールが来た。

 再び、剣で払って粉砕する。

 周囲の兵士が歓声を上げる。

 歓声の陰でオレはタイジ、というか実質的にはスタイとナムジョンに、兵士全員で穴を深くするよう指示する。

 何故か第四小隊だけでなく隣の第三小隊までオレの所にやって来た。

 兵士の半数に盾を固定させ、残り半数に穴を掘らせる。

 とにかく深く掘れと指示する。


「よく聞け、オレたちがここを維持することが重要だ。

 ここを維持する限り、敵はこの正面から防御兵を減らすことができない。

 それだけ友軍が有利になる。

 水を飲め。

 食い物が有ったらかじれ。

 食えば元気になるぞ。

『負傷兵』は撤退してかまわん。

 撤退する者は武器、水、食料を隣に渡せ」


 大声で怒鳴っているが敵の攻撃は来ない。

 こちらの壕が深くなって攻撃が当たりにくいのだろう。

 だが、敵が休憩モードになるのもまずい。

 ファイアーボールを数発、放り込んだら、砦側の喧騒が復活し攻撃も再開された。

 牽制目的、他を攻撃させないための攻撃だが、防御側を引き付けて消耗させるという意味では十分だ。


「新米、良くやった。よく立て直した」


 中隊長が壕を伝ってやって来た。

 敬礼して迎える。


「戦況はどうなのですか?

 G中隊の方は?」


「分からんが、うまくは行ってないだろう。

 突破口が開けそうになったらF中隊に合図することになっている。

 だが、合図が有ったようには見えんし、F中隊も動いていない」


 先程から時々視力を強化して防御側の指揮官を見ているが、まだまだ余裕の表情だ。

 G中隊の方もこちらと同様かもっと悪いのだろう。


「では、うちの中隊もこのまま何もしない訳にはいきませんね」


「そうだが、兵士はもう半分しか残ってない。

 ここを維持するだけで精いっぱいだ。

 ここを維持して敵を引き付けてG中隊の方に期待するのが穏当だ」


 まあ、そうだけど、それだと攻撃側が多分負けるよね。

 評価悪いだろう。


「あの門、そろそろ魔法で狙えそうな距離ですが、許可を頂けますか?」


 オレは左斜め前の門を指さして言った。


「あれは木製のように見えるが裏には鉄板が張ってある。

 魔法で強化もされている。

 ファイアーボール程度じゃ、びくともせんぞ」


「教科書にあった、門破砕用の障害物貫通魔法を試してみたいのですが」


「それ、上級魔法だろ。使えるのか?使ったことあるのか?」


「使ったことは無いのでぶっつけ本番です。

 まあ、もうこんな感じですからダメ元で許可頂けませんか?」


 中隊長はあっけに取られた顔をしていたが、ややあって許可をくれた。

「失敗しても状況は同じだしな」とは中隊長のお言葉。

 タイジに声をかけて中隊の右端から左端に移動する。

 分隊に付いてくるように言ったら小隊が全部付いてきた。

 ま、いいか。

 小隊と言っても既に二〇名切っている。

 軍曹の先導で門に一番近い塹壕まで移動。


「そんじゃ、タイジ。砲弾を作ってくれ。一トンぐらいのを作ってもいいぞ」


「砲弾って、僕が?」


「障害物貫通魔法って、多人数魔法だろ。

 一人が土魔法で砲弾を作って、もう一人が風魔法でそれを飛ばす。

 オレは発射筒を作るから」


「いや、僕、そんなのやったことないよ」


「オレも無い。

 だけど教科書は読んだろ。

 なあに、土で円筒形の塊を作って片方を尖らせるだけだ。

 勿論、できるだけ密度は高くして。

 密度を高くするのはファイアーボールでマナの密度を高めた時と似た感じで良い。

 使うのがマナじゃなくて土ってことだけだ」


 兵士たちに壕を掘らせて、その土をタイジに与える。

 タイジはなんだかんだ言いながら砲弾を作り始めた。

 正直、オレ一人でもできるが、タイジも巻き込んだ方が良いだろう、色々と。

 タイジの成績のためにも。


 タイジはぶつぶつ言いながらも二〇分余りかけてなんとか五〇〇キロぐらいの砲弾を作り上げた。

 密度もそれなりだ。


「おい、本当にこれを発射するのか?発射できるのか?」


 いきなり誰だと思ったら『判定官』だった。


「こんなのが当たったら本当に死人が出るぞ」


「門の後ろにはそんなに兵士がいるのですか?」


「いや、そんなにはいないと思うが、・・・。ゼロでもないだろう」


「では、判定官殿経由で相手側に注意をお願いできますか?

 学生のお試しですから失敗したら笑ってもらうという事で」


 判定官が大慌てで防御側判定官に連絡しだした。

 その間にオレは砲弾を発射筒に入れる。

 兵士に砲弾を転がさせて、地面に掘ったハーフパイプ状の穴に入れるのだ。

 入れたら、予め作っておいた発射筒の上半分を重ねて密着固定する。

 中隊長に準備ができたと信号を送る。

 手筈通りにF中隊に向けて合図のラッパが響いた。

 オレは発射筒の砲弾に魔力を送る。

 砲弾が発射筒の中で少しだけ浮かび上がり、回転を始める。


「ねえ、キョウスケ、何か変な音がしてるけど」


「砲弾を回転させてんだよ。

 回転させた方が弾道が安定して威力も増すからな」


「そんなの教科書に書いてなかったと思うけど、・・・」


 そうだったかな?

 まあいい。取りあえず回転を上げる。

 F中隊がやって来た。

 少し戸惑っている感じがするのは気のせいではないだろう。

 F中隊としては「突破できそう」ということで呼ばれたのだから当然かも知れない。

 もうちょっと前に来て頂きたいが、仕方がない。

 オレは砲弾後ろの密閉空間に強力に圧縮したマナを注入した。

 轟音と共に砲弾が発射される。

 そして、・・・門は木っ端みじんになっていた。


 歓声を上げてF中隊が突撃していく。

 おお、すごい速度だ。

 すごい、すごい、・・・・。

 えーと・・・。

 ひょっとして、コレ、ダメなパターンじゃなかろうか?

 F中隊が門に突撃してるのに城壁からの反撃は無い。

 そう言えば、さっき、判定官から防御側に警告が行ってたし、・・・。

 門の中に殺到したF中隊。

 そこから凄まじい悲鳴と爆発音が響き渡った。

 ・・・やっぱ、待ち伏せか・・・。


「負けたな」


 何時の間にか隣に立っていたH中隊長が言った。


「そうですねー、ちょっと正直すぎる攻撃でしたかねー」


「これは訓練だ。

 攻撃側は負けたがうちの中隊の点数は悪くない筈だ」


「ご苦労」と中隊長はオレの肩を叩いて去って行った。

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