02-09 お薬を作ろう!
オレの施薬院学生生活は、まあまあ平穏に始まった。
え、お見合いの話はどうなったのかって?
一応、各方面に手紙は書いたのだけど、返事は全くありません。
どうなってるのか分からんが、取り敢えず、オレは今日も一人です。
従者はいません。
施薬院に入って、それなりの身分になったと思うのだが、相変わらず貴族女性からは相手にされない。
施薬院には中級以上の貴族女性が多い。
オレの目から見ても女に見える女性の割合が高い。
だが、その多くがオレに対して偏見を持っている。
『男一人愛』、それが、オレのあだ名らしい。
どーゆー意味だよ⁉
誰が広めたんだ⁉
施薬院だが、普通に講義を受けて普通に実習を行っている。
最初から実習も可能なのがこの学校のすごい所、・・・端的に言えばカリキュラムがグチャグチャだ。
学年制ではないので講義が順不同に行われていて、学生は好きな講義から受けることができる。
いや、全ての講義が常時行われているわけではないので、何も知らない人間が、受けられる講義から順番に受けたら戸惑う事請け合いだろう。
生理学の前に病理学を、生化学の前に内科学を、解剖学の前に整形外科を、という感じで基礎を知らずに発展を受けることになる。
留学生も多く、地元で学んでから来る学生も多いのでこうなっている、・・・とは思うが、正直ガイドしてくれる者がいないと厳しいだろう。
オレにとっては好都合だが。
基礎的な学科については荒業でクリアした。
教科書を買ったのだ。
何を言っているのか分からないって?
この世界、一応印刷業があって出版も行われている。
ただし金属活字は無いようで木版印刷である。
で、値段は高い。
べらぼうに高い。
一冊、最低でも金貨一枚以上。
二枚三枚するのが普通で、金貨十枚なんて物もある。
カゲシト一般庶民の平均年収は金貨二~三枚と聞いている。
これだけ高いので、大半の学生は教科書を買わない。
講義の内容をせっせと写すのだ。
紙は高価なので貴族でも木札が多い。
学問所の講師の多くが授業内容を本にして出版している。
施薬院の講師になるとほぼ全員が本を出している。
地球の大学での講義では教科書に書かれていないこともやっていたが、こちらでは教科書の方が詳しく授業はその簡略版である。
ちなみに、図書館はあるが、本の貸し出しは禁止だ。
教科書を買う場合は講師に直接頼むのが基本である。
本を売るのは講師にとっては貴重な収入源なので、購入すると大層機嫌が良くなる。
質問など優先して受け付けてくれるし、一部の講義では教科書を買った時点で事実上履修証確定とまで言われている。
オレとタイジは教科書を買いまくった。
タイジは留学生であり、故郷に帰ったら一番上として医者をやらねばならない。
後輩の育成も期待されている。
このため、教科書代は通常の生活費と別枠で支給されているという。
オレはオレで、最初から全ての本を買う予定だった。
この世界の知識を習得するには最重要資料だろう。
オレの場合は亜空間ボックスのおかげで保存も運搬も問題ない。
更に言えば、解剖とか、ちんたら受けていられないのもあった。
取りあえず、こちらでの正式名称が分かればいいし、それで履修試験は受けることができる。
「キョウスケ、頼まれた物が入ったから持ってきたよ」
「へー、何、コレ」
「石油、というか原油」
「セキュウ?ゲーユ?」
「石油だよ、セ・キ・ユ。
地中から湧き出る油だ。
皮膚病の治療に使えると薬術科の本にあっただろう」
「あー、そう言えば。
でも、マイナーな薬よね。
こんなのどーするの?」
「薬の材料にするんだよ」
オレの言葉にタージョッは興味を無くした様で、読んでいる本に戻った。
「あー、ところで君はいつまでここにいるのかな。
ここは『青』の席なのだが。
お前、『緑』だろ」
「うっさいわねぇ。
いいじゃない。
キョウスケの従者ってことで通しときなさいよ」
タイジがオレの肩を叩く。
うん、まあ、諦めるべきか。
オレたちが座っているのは学問所中央棟食堂の『青』の席だ。
『緑』の学生証では本来ここに座ることはできない。
ただし貴族の仕来りとして、上位学生は校内で従者を共にすることができる。
慣習では『青』の学生は食堂で四名、講義では二名まで従者を連れて良い。
オレの従者は、・・・今日もゼロ。
そういうことで、タージョッが彼女の従者を伴ってここに座っていても問題無いと言えば問題ない。
フルネームはモローク・タージョッという彼女。
十四歳の女の子で、父親は現役の大僧都、つまり結構な御令嬢。
大僧都家と言えば諸侯では伯爵相当である。
そんな彼女が『緑』なのは彼女の母が側夫人だから。
『正夫人』ではないので一段階低く見られるらしい。
身長は一五〇をちょっと超えるぐらい。
オレから見ても女の子に見える女の子である。
スタイルはそんなに良くないが、・・・胸はBカップぐらいだが、胴長の寸胴幼児体型だ。
タージョッは施薬院の実技試験でオレと同組になった子だ。
何でも当初の予定では、期待の大型新人として鮮烈にデビューするはずだったらしい。
それがオレのせいで埋もれてしまったと、えらく文句を言われた。
競争試験で負けるわけにはいかない。
仕方がないだろうと言ったのだが恨みは深い様だ。
数か月前から準備して、周りの力量も確かめて、トップ合格間違いなしで挑んだら危うく失格だったのだから、文句を言いたくなるのは分からないでもない。
ところで、たった四人の合格者でトップ合格って何か意味が有るんだろうか?
「それで、原油はこれだけあれば十分かい?」
「うん、当分は」
「当分は、って、まだ使うの?」
原油はタイジ経由でガウレト族の隊商に頼んだ。
ガウレト族のキャラバンは十日に一度の割合でカゲシトに到着する。
結構な頻度だ。
原油は北西方向のツンドラ地帯で取れるそうで、以前から少量が輸入されていた。
それを分けてもらったのである。
「多分使うと思う。次回も頼みたい。金は当然払うから」
「キョウスケは前払いしてくれるから何の問題もないんだけど、・・・そんなに使うんだ」
「恐らく、定期化すると思う」
オレが原油を注文したのは、薬剤作製講座のためだ。
現在のところ、オレはオレ自身の血液を材料に薬を作っている。
オレのマナに反応して自在に変化する最高の材料がオレの血液なのだ。
だが、これでは他の人間に教えられない。
通常の人間の血液はそれほどマナ操作に反応しない。
実を言えば、何もなくてもマナだけで薬を作ることも可能だが、その場合は魔力が多大にかかる。
普通の魔法使いでは不可能だろう。
そういうことで、材料として選んだのが石油である。
地球の現代医薬品というか化学製品の大半は、化学合成で作られており、石油系を材料としているものが多い。
基本的な消炎鎮痛剤であるアスピリンもフェノール由来だ。
店で売っていた石油を買って試してみたが、炭化水素、特にベンゼン環があると合成が楽になる。
・・・実を言えば『神様の御使いィ』謹製の『トリセツ』に書いてあったんだけどね。
石油はカゲシトでは多くは売っていなかったので、タイジに相談したところ、融通してもらえることになったのだ。
「上手く行ったら、オレだけじゃなくて、施薬院が定期的に石油を買うと思う」
「そんな、大事なの?」
タイジが目を白黒させている。
「まあ、あくまでも上手く行ったら、だけどな」
軽く答えてはいるが、この仕事は絶対に成功させねばならないだろう。
ヒンダル家の件でシャイフ殿の機嫌を損ねている可能性は高い。
もう、失敗はできない。
「もし、定期化するなら、すんごく有難い話だよ」
「ちょっと、さっきから何言ってんのか全然わかんないんですけどぉー。
何で施薬院が石油買って薬作んなきゃなんないのよー。
そんな話、聞いたことないわ」
喜ぶタイジにタージョッが読んでいた本から顔を上げて聞いてくる。
「だから、うまく行ったら、だよ」
「あっ、そう」
Bカップは本に戻った。
ちなみに彼女が読んでいるのはオレが買った教科書だ。
オレが持っているのを目ざとく見つけて読ませろと要求してきたのだ。
ちなみに、まだ図書館に入っていない本である。
ここの講師は新しい本を書いても直ぐには図書館に入れない。
学問所の講師は図書館に本を寄贈する義務が有るのだが、納入期限が決まっていない。
このため、本を売るために、出版から一年以上図書館に本を入れない者が少なくないという。
「ねえねえ、キョウスケ。それよりさ、自護院練成所に入らない?」
「それ、前にも言ってたが、・・・何かあるのか?」
「えーと、・・・」
「つーか、お前、施薬院と自護院、並行して学ぶのか?
それ大変だろう。
タイジの性格なら自護院より施薬院だと思うが?」
「実は、留学は、元々は自護院で、・・・施薬院は、僕の我儘なんだ」
ガウレト族はタイジを優秀な投射系魔導士にするために留学させたという。
だが、タイジ自身は投射系魔導士に成る自信は全く無く、施薬院志望らしい。
なら、施薬院だけに絞っても良いと思うのだが、族長たちに対する手前、自護院に全く行かないわけにも行かない。
「タイジ様は練成所の実技で苦労されているのです」
モジモジしているタイジに代わってスタイが答えた。
実はタイジは、かなりの臆病、ビビリだ。
「練成所の実技では二人一組になって魔法の実践や修練を行います。
タイジ様はファイアーボールやライトニングボルトなどの投射系攻撃魔法の習得を目指しているのですが、組になって修練してくれる方が見つからないのです。
私やナムジョンでは相手が難しいですし」
「人族の魔法使いが組になってくれないってことか?」
「うん、簡単に言えばそういう事なんだけど、・・・」
「でも、確か練成所だと牙族がたくさんいたんじゃないのか?」
「いるけど、全員、身体系なんだよ」
タイジ、というか主にスタイが説明してくれたところによると、練成所の魔導士講義では、最初に座学で講師が一通りの魔法の使い方を教える。
次に、実技で二人一組になって実際に魔法を使うという流れだ。
施薬院でも同じだがこの世界の魔法伝達は一対一で手取り足取り教えるものがほとんどだ。
自護院の二人一組というのは、ある程度魔法が使えるようになった先輩学生が後輩に教えるものらしい。
教えることで先輩学生も自分に足りない物を見つけて修練していくのだという。
ところがタイジには教えてくれる先輩学生がいない。
牙族だから避けられている、というのは確かにあるが、聞いているうちに、それだけではないと判明した。
まずは牙族の事情だ。
カゲシンの自護院練成所には牙族の留学生は少なくない。
だが、そのほぼ全てが身体強化系の魔法を使用する。
身体強化系魔法は軍事系でよく使われる。
単純に身体能力を強化するものや、ファイアーボールなどの攻撃魔法に対する抵抗力を上げるものをいう。
牙族はこの手の魔法のエキスパートであり、その技術は人族よりも上だ。
では、何故に牙族の留学生がカゲシンに来るのかと言えば、対魔法戦闘を習得するためらしい。
つまり牙族の留学生はたくさんいるが、タイジの練習相手になってくれる者はいない。
もう一つは練成所魔導士のカリキュラムの問題だ。
良く聞くと、練習で教える側も教える事に評価が有るらしい。
結果、教える側はできるだけ出来の良い後輩を選択する。
見込みがある後輩と事前に約束するという。
講義の出席が自由で、毎月新しい学生が入って来るシステムだから、先輩側は自分の評価に有利な後輩を得るまで待てば良い。
牙族の投射系魔導士は、もう何百年も出ていないという。
タイジは絶対に無理と噂されている。
・・・うん、まあ、敬遠されるよね。
つーか、ガウレト族も、無茶言い過ぎだろう。
「牙族の投射系魔導士がいないって知らなかったのか?」
「知らなかったんです。私たちはこちらに来てから知ったのです」
スタイが目を伏せる。
聞けば、元々ガウレト族は魔力量がそれなりにある部族だったが、マナの持ち腐れと言われた部族らしい。
身体系魔法では、魔力量だけでなく、基礎の体力、筋肉量が大きく作用する。
身体魔法で筋力二倍と言っても、元が貧弱体質のガウレト族は戦いに向かない。
持久力だけはあるからキャラバンなのだそうだ。
「独学で覚えるのは無理なのか?」
「そりゃ、理論的には可能だし、課題もクリアできるけど、そんな人いるわけないよ」
「あんた、バカぁ?」
何故かタージョッが参戦した。
「見ただけで覚えられるなら実習なんていらないじゃない」
「いや、見せてもらうのは大事だろう」
「そりゃ、実際の呪文の唱え方とか、手の使い方とかは見て覚えられるけど、マナの流し方、使い方は手を添えて教えてもらうより他に方法は無いでしょう」
そうしないと覚えられない物なのか?
オレ、ファイアーボールは、ほぼ独学で覚えたけど。
あの酒飲みおやじのを二回ほど見たけど、それだけだ。
永遠の霊廟での壁登りも見て真似ただけだが。
そーいえば、『トリセツ』に『あなたはマナが見えるから』とか書いてあったが。
「スッパイ殿はファイアーボールを撃てるとお聞きしました。
自護院に入って、タイジ様に教えては頂けませんでしょうか?」
「教えるだけなら、自護院に入る必要はないと思うが?」
「自護院で習ったという実績がいるのです。
それにカゲシト市内では自護院の練兵場以外で攻撃魔法を使うのは禁止されています」
言われてみればそうか。
教えるたびにカゲシト市外に出るのは面倒だ。
距離も遠いが、門番のチェックも厳しいから時間が馬鹿にならない。
「まあ、理由は分ったよ。
多少なら付き合ってもいいけど、オレ、練成所の入講資格はまだないよ」
「キョウスケは後、剣術とかの実技系だけじゃない。直ぐだよ」
まあ、いいか。
練成所の入講資格ができたらと、オレはタイジと約束した。
タイジには世話になっているし、この世界の軍隊と戦闘魔法について学んでおくのも悪くは無い。
ただ、今の最優先は公開授業だ。
オレは樽を抱えて自宅に戻った。
従者も連れずに自分で重量物を担ぐ男性。
また、変に目立ってしまったが、致し方ない。
そんなこんなで、公開授業はあっという間にやって来た。
つーか、十一月初旬って早くないか?
実質の準備期間は二週間ちょっとじゃないか。
指示された場所は実習用の部屋の一つだが、あまり大きくは無い。
高校の教室程度だろうか。
二〇〇人規模の一般講堂を考えていたオレは拍子抜けである。
集まったのは学生三名にシャイフ他の講師が五人、後は事務員などが七人だ。
それぞれ従者が付くので全体の数は倍以上になるが。
ただそれで、オレから製薬を教わるのは学生の三人だけらしい。
これまた、予定と違うというか話が違う。
少なくとも、数十人規模と聞いていた。
シャイフを見たら目を逸らされた。
講師陣は、いわゆる教授クラスだと思うが、見学だという。
従者を含めると二十人以上になる事務員に至っては、何をするのか良く分からない。
一応、軽く自己紹介したが、反応は薄い。
教える相手が三名ということで自己紹介してもらったが、横柄というか、こちらを相手にしていない。
三名共に『青』の学生証持ちの上級貴族出身。
そんで三名全員男性。
平民から教わる物など無いという態度だ。
「我らはシャイフ殿の命令でここにいる。
決して其方にへつらうものではない。
さっさと、出し惜しみなく技術を伝えるように」
三名の代表格のアーガー・シャーフダグ殿のお言葉である。
カゲシン宗家傍流の家柄らしい。
肌の感じからすれば十代に見えるが、態度というか体格というか体重というか、既に中年の風格を漂わせている。
コミュニケーションとか、そーゆー以前の問題のような気もするが、仕方がない。
諦めて講義を始める。
だが、数分としないうちに、学生が不平を漏らし、ヌーシュとかという講師が止めに入った。
ヌーシュ講師がぐだぐだ言った内容をまとめると以下になる。
「意味不明の理論とか、そんな物はいらない。
ここにいる学生は全員施薬科の製薬の講義は履修している。
とっとと実技に入れ」
今回の講義を開始するのに必要なので、事前に痛み止めの製薬実技を見せてもらったが、正直、目が点になった。
うん、どうしよう、これ、という世界。
『膝の痛み止め』と『肩の痛み止め』、ついでに言えば『足関節の痛み止め』はそれぞれレシピが違うのだ。
センフルールのシノさんに見せてもらった『痛み止め』は地球の痛み止めと同じで、普通に消炎鎮痛剤だったので、油断していた。
シノさんは炎症止めとかの言葉も使用していたから、そのような概念もあるのだろう。
だが、カゲシンの施薬院では、そんなものは存在しない。
施薬院の薬剤製作は『膝の痛みを止める薬を作りたい、精霊様お願いします』という理論の欠片もない代物である。
『炎症』なんて辛うじて言葉がある程度。
施薬科での痛み止めの製薬は、『薬草の灰とアルコール』を原材料として行われている。
こんなのでもある程度は効果がある薬剤が作れてしまうのが魔法のすごいところだ。
だが所詮、限界は知れている。
施薬院施薬科最高の医師が製薬した痛み止めは小児用バッファリンの半分の効果もない。
魔法で薬を作るにしても、単に「痛みを抑える」というイメージよりは、『炎症』という病態をしっかりと把握した上で「炎症を抑えることによって痛みを抑える薬」をイメージした方が良い。
であるからして、炎症とかそーゆーものを講義しようとしたわけだが、・・・。
聞く気ないよね、こいつら。
困った。
仕方がないので、実際の製薬を見せることにした。
石油を取り出し、金属皿の上に適量広げる。
石油の説明を試みるが、・・・やっぱり聞いちゃいない。
全てを諦めて薬を作る。
「細胞破壊によるプロスタグランジンの産生を抑制し炎症を鎮静化させる薬剤よ、わが手に」
すごく即物的な呪文になってしまったが、オレの文章作成能力の限界なので仕方がない。
「痛み止め」を作るイメージをそのまま呪文にしたのだ。
しかし、・・・君たち、呪文はちゃんと聞くんだね。
いや、呪文さえ聞けばという態度が溢れて、大洪水だ。
取りあえず、五〇グラムぐらいの粉を作って終了とする。
「これが、初歩的な鎮痛剤です。
以前に私がシャイフ先生に提出した鎮痛剤に比べると効力は半分程度です。
ですが、これでも、こちらの一般的な腰や肩などの痛み止めと比較すると数倍の効果があります」
講師陣と学生たちの目が粉末に集中している。
「注意ですが、原料の石油が全て薬剤に代わる訳ではありません。
石油は薬剤に変化しやすい物質を含みますが大半は違うのです。
ですので、できた薬をコントロールして周りの石油と混ざらないようにしてください。
また、できた薬剤は当初は液体です。
これを瞬時に粉末にしていく必要があります。
イメージ的には右手で薬剤を生成し、左手でそれを集めて粉末にしていく感じです」
「まて、それでは両手で同時に二つの魔法を使うことになるではないか。
左手側の呪文はどうなっている?」
「そちらは簡単な魔法ですので呪文を唱えるような内容ではありません。
色々と試したのですが、一旦液体で作成して、それを粉にするのが最も簡単と結論しました。
一つの魔法で石油から粉末までの生成もできないわけではありません。
ただ、必要となるマナの量が十倍以上になります」
「一旦、液体のまま保存して、それから粉にすれば良いのではないか?」
「液体が空気に触れた瞬間から変性が始まります。
できた瞬間に粉にしていくのが効率的でしょう。
この『液体で作って粉にする』手法は他でも使用する基本技能になります。
皆様のような製薬に精通しておられる方々であれば十分に可能と考えておりましたが」
「そ、そうだな。できないわけがない」
質問した講師の顔が引きつっている。
学生たちの顔色も悪い。
シャイフの顔は、・・・良く分からん。
ひょっとして、本気でできない?
製薬を繰り返す。
五回ほど行ったが、・・・五回目には見ているのはシャイフだけになった。
なんなんだ?
慌てたオレはカップを二つ前に出して、簡単な実演を始めた。
「では、薬剤作成の前に、両手で関連した二つの魔法を使う練習をしてみましょう。
全く異なる魔法ではなくて関連した魔法で少し違うもの、というところです」
詳しく説明しながら右手から右のカップに一〇〇度の熱水を、左のカップには左手から氷点下の冷水をだす。
湯気を立てているカップと凍り付いたカップを皆に見せて、・・・何故か、誰も何も言わない。
やや、あって、先程質問した講師が、立ち上がった。
「一通り見学したな。
後は学生諸君に任せよう。
私は他の仕事もあるからここでお暇する。
みなさんは如何しますかな?」
彼の言葉に、シャイフ以下講師全員が退出していく。
・・・なんだろう、この見捨てられた子犬感は?
その後、三人の学生に熱湯冷水練習を時間いっぱい行わせたが、誰も成功しなかった。
成功の欠片も見えなかった。
・・・・・・頭痛が痛い。
腹痛も痛い。
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