02-08 相談と説教
「それで、全てをほっぽり出して、走って逃げたってこと?」
「まあね。まずかった、かな?」
「そりゃ、当然」
「だよねー」
翌日、オレは教導院学問所食堂の一角で昨日の首尾を報告していた。
「もう、ヒンダル家は完全に敵に回したね。
仲介者や紹介者の顔も潰したと思うよ」
ゲレト・タイジは緑色のウサ耳をヒョコヒョコさせながら答えた。
「ヒンダル家は落ち目みたいだけど、歴史は長いから地味に面倒だよ。
それより紹介者と仲介者だね。
多分ヒンダルから相当酷い内容が行くよ」
タイジの耳は長さ違いの耳がひょこ動く。
「あのさあ、今回の話ってキョウスケを貴族にしてくれるって話だったんでしょ」
「まあね」
「それって結構な厚意だよ。
キョウスケの将来を買ってだから、無下にするのはマズイよ。
取りあえず結婚だけしちゃえばいいと思う。
それでみんなハッピーなんだから」
「いや、結婚って、とりあえずでするものなのか?」
呆れられました。
「キョウスケ、結婚に夢見すぎ」
「そうなの?」
「そりゃ僕とスタイたちみたいに上の命令でも上手く行ってる例はあるよ。
僕の場合は上が気を使ってくれたのはあるけどさ。
でも、うちの部族でも体面だけの結婚関係はそれなりにあるし、ここでは、というか人族では有り触れた話みたいだよ。
本宅には第一夫人だけが住んでいて男は第三夫人の所に入りびたりとか、第一夫人に嫡男が生まれたら家を追い出された婿養子とか、書類上は結婚しているけど現実には顔も見たことがないとか」
「そりゃ、オレは人族の田舎者の平民だけどね」
そーゆー話になっています。
「でも、結婚して、ろくに顔も合わさないって相手の女性にも家族にも失礼だろ。
それなら最初から結婚しない方がましじゃないのか?」
「いいえ、貴族として格下の相手に断られる方がよほど屈辱です」
答えたのはタイジの妻、牙族女性スタイだった。
「貴族間の結婚見合いは、見合いを受けた時点でほぼ決まっているのです。
厳密に言えば格上が断るのは時々あります。
ですが、これも相手を侮辱する事になりますので相当な問題になります。
格下から断るのは有り得ない話です。
関係者全員を敵に回します」
「でも、・・・今更手遅れだよね」
「私の助言としては、スッパイ殿は今すぐにでもヒンダル家に戻って婚姻に同意すべきだと思います」
「まあ、取りあえず結婚だけ、すればいいんじゃないかなぁ。
お金の話はむちゃくちゃだけど、多分、ヒンダル家は貧乏なんだと思う。
医療貴族なのに当主が半人前、その状態が何年どころか何十年も続いているんだからね。
キョウスケは、多少はお金を持ってるんでしょ。
結婚式の費用ぐらい負担してあげなよ。
ヒンダル家は中級の家柄と言っても現在は下級貴族。
下級貴族と平民の結婚式なんだから豪勢にやる必要なんてない。
結婚しちゃったら、あとは色々と理由をつけて、『家』に帰らなければいい。
同居しなければ収入の管理も別でいいだろうし」
「・・・最初から別居前提で結婚しろって話?」
「そうだね」
「そうですね」
「妥当です」
タイジとその両脇の妻、スタイとナムジョンがうんうんと頷く。
スタイとナムジョンは姉妹で、そろってタイジの妻だ。
驚いたのだが、牙族では普通の話らしい。
牙族の男性は、『女性の姉妹』と結婚する、そーゆー風習なのだ。
「そういうことで、結婚式だけ挙げなよ」
いいのかなー。
いくらジャ〇・ザ・ハットと言えども一応、生物学的には人間らしいし。
オレにだって良心の欠片ぐらい残っているのだよ。
名義上の結婚で納得するの?
ナッツだけ与えとけばいいんだろうか。
いや、いいと思おう。
オレの精神的安定のために。
「じゃあ、結婚、するのか?」
「そう、それしかない。相手を思いやる気持ちも大切だよ」
「形式結婚が相手を思いやるってことなのか?
仮にそうするとして、それで、結婚式って、こちらではどうやるのか知ってる?」
「それは、僕も良くは知らないけど、・・・どこもそんなに違わないって聞くけど、・・・」
「細かい内容は兎も角、行うことは我々の部族も人族も大きな違いは無いと聞きます。
披露宴で出す料理や縁起物の内容は異なるようですが、その辺りは専門の商人に丸投げして良いのではないでしょうか」
へー、披露宴はやるんだ。
「行うべき事って具体的には?」
「婚礼のための役人というか僧侶は専門職がいるはずです。
それを呼べば、宗教儀式も提出書類作成も一緒にやってくれるでしょう。
あとは『初夜の儀』と『披露宴』ぐらいでしょうか。
結婚して夫婦であいさつ回りをする例もあるようですが、スッパイ殿の場合は無視して良いと思いますし」
おお、スタイさん、頼りになる。
流石はタイジの指導役として選任されただけはある。
「じゃあ、『初夜の儀』と『披露宴』だけ乗り切ればおしまいと。
『披露宴』は宴会だから商人に丸投げして、あとは『初夜の儀』をこなせば良い訳ね。
それで『初夜の儀』ってどんな儀式なのかな?」
「そりゃ、することするだけだよ。」
「ああ、そういうことね。」
まあ、こちらの『成人の儀』とかから考えてもそうなのだろう。
え、ジャバ・ザ・〇ットとできるのかって?
まあ、問題ない。
オレも成長したのだ。
取れる手段はいくつかある。
アレには一晩ぐっすりと眠って頂こう。
適当に話をでっちあげておけばいい。
「やった振りだけすればおしまいと」
「いや、それはダメだよ。立会人がいるじゃない」
「へっ」
何ですか、立会人って、・・・。
「こっちでも立会人はいるよねぇ」
「そう聞いていますが」
えーと、君たち、何言ってんの?
「あの、まさか、立会人って、その人の前でセックスするって、そーゆーことなの?」
「普通にそうだよ。
あの、キョウスケの故郷ってそれすら無かったの?
それどこのド田舎?」
「あの、その、立会人って、あれの間、ずーといるの?
どれぐらい、その、見てるのかな?」
いや、確かに地球でも中世ヨーロッパの王族ではそーゆー風習があったと聞くけど、・・・一般貴族でもあるのかよ。
まずい。場合によっては立会人ごと眠らせねばならない。
「そりゃ立会人だからずっといるよ。
どれぐらい見てるのかと言われたら、・・・。
一般的にはどうなんだろうね。
僕たちの時は、行為そのものはあんまり見ていなかった気がするけど」
僕たちの時はって、そうですか、君たちは既に通った道だったのですね。
まあ、でも、そうだよねー。
一般的な常識ある成人ならそうなるわな。
お役目とはいえ、あーゆーの見せられる方も大変だよね。
「確かに、最中はあまり見ていなかった気がします。
ある意味大事なのは最後の確認だけですから。
本人確認したら後は勝手にやってってことなのでしょう」
ふーん、勝手にやって、ね。
って、いや、ちょっと、・・・。
「あの、スタイさん。
最後の確認というのは、・・・」
「ですから確認です。
女性の性器を調べて充分量の精液が入っているかどうか確認するのです。
足りなければやり直しになります」
「あれは、結構厳しいよね。
知り合いでやり直しになった人知ってるよ。
僕らの時は一回で終わって正直ほっとしたよ」
「そうでした。
三日目でダナシリが終わった時は姉妹三人で抱き合って、いい夫に恵まれたと喜んだものです」
「タイジは本当に頑張ってくれました。私たちは愛されています」
何、この変な感動合戦は、・・・じゃなくて、・・・。
「あの、本当に女性のあそこを調べるのですか?
それ、王族とかじゃなくて一般の下級貴族でもするのでしょうか?」
「それは当然だと思いますが」
「足りなければ、やり直しって、本当にやり直すんですか?」
「確か、カゲシンの現在の宗主様でもそーゆー話があったよね?」
「そうです。確か六日後にやり直したはずです」
留学が決まった時に風習を学ぶために調べた、とスタイは前置きして話を始めた。
「現在のカゲシンの宗主様は先代の第一夫人の長男です。
その出自故に早期に後継者として認知されています。
それで、十五歳で成人した直後に六人の正夫人を一気に娶ることになったようです。
成人式の十五日後に第一正夫人との結婚式と初夜の儀、翌日に披露宴。
一日置いて、第二正夫人との結婚式と初夜の儀という形で続き、第五正夫人の時に精液量が足りずにやり直しになったと聞きます。
第六正夫人の結婚式を先になどと揉めたようですが、疲労がたまっていたという話になり、全ての行事が六日間延期されたとの話です」
なんだ、その、デスマーチ。
一国の跡取りともなると、まさかジャバ・ザ・ハ〇トはいないと思う、というか全員美人だと思うけど、監視付きで義務付けられたらプレッシャーはすさまじいだろう。
いや、それよりもオレ自身の問題が先だ。
「あのね、その立会人って、・・・えーと、その、・・・買収とかできるのかな、・・・」
「買収って、なんで立会人を買収するの?」
「いや、やってた事にして貰えないかなぁ、とかって。
ほら、さっき結婚しても顔も知らない例もあるって言ってただろ」
「それは双方の家族が事前に了解していたとか、片方が幼すぎるとかで、立場上結婚が必要とかいう場合だよ。
キョウスケには当てはまらないよ。
そもそも全員、買収するつもり?」
・・・・・・・・・・・・全員!
「あの、ひょっとして、立会人って、複数、なの?」
「うん、それぞれ複数だよ」
「・・・あの、・・・それぞれ、複数、って、・・・」
「キョウスケって頭いいのに時々馬鹿になるよね。
結婚式というか初夜の儀の立会人は、男性側、女性側、それに仲介人側で、それぞれ複数が基本だよ。
常識的に考えなよ。
アレの時間って場合によっては結構長くなるじゃない。
ただでさえ儀式が色々とある上にそんなに経験がない者同士が多いから、手間取ることも多いらしいよ。
当然、交代要員がいる。
一人じゃトイレもいけないでしょ」
「場合によっては立会人が方法を教える事もあるようです。
立会人は高齢者が多いですから、急な体調不良に備えて最低三人は揃えるのが常識でしょう」
「僕たちの時は合計で二〇人ぐらいだったっけ」
「二〇人には届かなかったと思いますが、まあその程度ですね」
・・・マジ、ですか、・・・・・・・・・・・・
「タイジ、本当にそんな人数の前で、シたの?
それで終わった後は確認、というのもしたと。
えーと、それも三回も?」
「そーだよ。
女性の晴れ舞台の儀式だから丁寧にしてあげなきゃ一生恨み言言われる羽目になるよ。
形式結婚としても初夜の儀は真面目にやらなきゃいけないよ。
さっきの話の宗主様の場合は各地からの立会人で人数が多くなって大変だったそうだよ。
だけど、立会人が多いのが特に女性側では重要とされるからね。
そうそう断る事もできなかっただろうし」
「人数が多くなりすぎて物理的に部屋に入りきらないので、広い部屋に変更したそうです。
それでもまだ参加希望者が多く、結局、一〇〇人ほどに絞ったと聞きます」
すいません。貴族、舐めてました。
宗主様、すいません。
あなたはすごいです。
尊敬します。
一〇〇人の前で公開セックス、それを合計六回、いや、やり直しがあったから計七回か。
AV撮影どころの話じゃないな。
もう羞恥心とか、個人の尊厳とか、そんな世界じゃない。
逆に変な世界の扉を開きそうだ。
「・・・無理だ」
「え、何なに?」
「オレ、やっぱり結婚できない」
「・・・えーと、ああ、ヒンダル家の娘の見た目がかなり厳しいって話だったね。
それで買収とか言ってたわけか。
うん、でも、こればっかしは、どーしようもないよ。
精力剤大量に飲んで、目をつぶって頑張るんだね。
一回だけなんだから気合で乗り切りなよ」
「いや、気合云々の前に、物理的に届かないと思う」
「あの、スッパイ殿のモノはそんなに短いのですか?」
最後の発言をしたナムジョンの頭に瞬時に二発入る。
「ナムジョン、それは触れちゃだめ!」
「男性のモノの大きさ長さは禁句です。
絶対に言ってはいけません。
今のスッパイ殿の発言は極めて苦渋の末の告白なのですよ」
・・・いや、君たち、何を誤解してるのかな。
「あ、オレのは普通、・・・」
「そうですね。モノの大きさで人生が決まるわけではありません」
「そうだよ、普通にもいろいろあるって僕は知ってるから大丈夫だよ」
「いや、そうじゃなくて、オレの方の問題じゃなくて、相手の方の問題」
「相手の、ですか?」
「そう、・・・そのね、かなり重度の肥満体、なんだよ」
「えーと、ウエストが存在しないタイプってこと?」
「いや、ウエストは一応わかる、気がした。
一番出っ張ってるところがウエストなんじゃないかと思う」
「一番、出っ張ってるところ、ですか。
ヒップよりもウエストが大きいとでもいうのですか?」
「いや、正確には分らない。
立ってるのも歩いてるのも見てないから。
オレが相手のいる部屋に連れていかれて、それで、もうその時には座っていたから。
座ってる感じは、人というよりも球体のシルエットだった。
今考えればうまく歩けないんじゃないかと思う。
身長は一五〇センチぐらいだと思うけど、体重は明らかに三桁。確実に三桁」
「えーと、球に手足と頭が付いてる、って感じ、かな、・・・」
「頭が付いてるというか球から少し出っ張ったところに目と口が埋もれてる感じだった。
顎というか首は良く分からない。
口の下からそのままなだらかに胸に続く感じで、・・・」
「いわゆる首がないタイプですか。
猪首とか、牛みたいな感じというか」
「いや、牛というよりも、・・・カエル、かな」
ガウレト族軍団は沈黙した。
「えーと、カエルって知らないかな。
こっちにはいない?
両生類でピョンピョン跳ねてゲコゲコ鳴く奴」
「いや、カエルぐらい知ってるよ。
それより、いくら何でも、カエルは無いよ。
どうやったらそこまで太れるんだよ。
不可能だよ」
「いや、それ自体はちょっと納得してる。
お茶に砂糖二〇杯ぐらい入れてたし」
「に、二〇?それ溶けるの?」
「多分、飽和しないと満足できないんだと思う。
最後にカップに残った砂糖を指ですくって舐めてたし」
「すいません。
お見合いの席で、カップの底に残った砂糖を指ですくって舐めるという行動を二一歳の女性が行ったのですか?」
そう言えばスタイさんも二一歳だったような。
「うん、あれは、実際に見ないと信じられないよね。
自分で見ても信じられないぐらいだから。
あと、ナッツをずっと食べてた。
お見合いの間中ずっと食べてた。
多分、一キロぐらい食べたと思う」
再び沈黙、完全な沈黙。
ちなみに、この町ではナッツは安い。
近くに大きな産地があるらしい。
どーでもいい話だな、コレ。
「いやぁ、ナッツを食べる姿もダイナミックで。
指で摘まむんじゃなくて手のひらで鷲づかみにするんだよ。
それをそのまま口に持って行ってバリバリと」
「あー、うん、いや、もういいよ。もう十分わかった」
「そうですね。ある意味謎が解けたとも言えます」
タイジの言葉にスタイが続ける。
「ヒンダル家は衰退しているとはいえ元は僧都家。
諸侯で言えば子爵相当です。
通常ならばここへの婿入りは、貴族の次男三男にとっては垂涎の話でしょう。
それが、何年も跡取りが決まらなかった。
それなりの理由があった、そういうことですね」
「うん、冷静な推論をありがとう。
それで、オレはどうしたらいいんだろう?」
またもや、沈黙。
「そ、そうだね。
あれだ、太り過ぎで行為ができないってことであれば、だよ。キョウスケが出したものをスプーンとかですくって彼女の性器に入れるとかでどうだろう?
物理的にできないんだから立会人も認めるんじゃないかな?」
「・・・タイジ様、それはいくら何でも、・・・前代未聞です」
「うん、オレもその案を提案するのはちょっと無理」
「・・・ゴメン。前代未聞の話だから前代未聞の対策しかないって考えちゃったよ」
みんなが沈黙する。
しばらくしてタイジが、ボソっとつぶやいた。
「取りあえず手紙を書くしかないよね。
仲介人に直接会ってもらえればいいけど、難しいだろうし。
できるだけ詳しく丁寧な手紙を書くしかないよ」
こうしてオレは一万字を超える手紙を書いたのだった。
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