1-24 玄室一人ナウ

 黒髪の美女が去り、オレは一人廃墟となった玄室に残された。


 なかなか濃密な時間だった。

 最終的に友好的な別れになったのは何よりだ。

 情報も色々と得ることができた。

 ガチの百合だとか、Fカップだとか。

 オレの体がブランデーを二リットル以上飲んで理性を維持できるというのも新たな発見だった。

 ・・・維持、できてたよな、・・・。


 それにしても、酒盛りになるとは思わなかったよ。

 まあ、美人とさしで飲むというのは得難いから良いのだが。

 彼女からすればオレは年下に見えたのだろう。

 終始、お姉さんだった。

 まあ、この体は確かに若いから仕方がない。

 しかし、十七歳か。

 十七歳といったら高校二年か三年。

 おじさん、何か背徳的な気分になってきます。

 十七歳とさしで飲むって地球だったら通報ものだよな。うん。

 それにしても十七歳であのスタイルは地球でも滅多にいない。

 内臓、入ってんのかっていう、腰だった。

 ブランデーを三リットル飲み干す十七歳はもっといない気もするが。

 よくあれだけの酒を持ってたよね、彼女。

 まあ、オレの亜空間ボックスにも入ってるけどね。

 いや、オレの方は入れたのオレじゃないから。

 あー、でも、次に飲むときはオレも酒を出したほうがいいかな。

 高いって言ってたし。

 いや、泥沼か。

 ・・・泥沼でもいいような気がしてるのはなんでだろう。

 そもそも次があるのか、あっていいのか、あった方がいいのか、・・・まあ、あってもいい気がしないでもないような気がする。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・酔ってるな、オレ。


 シノさんには悪いが、マナを消費して酔いを半分ほど覚ます。

 なんで全部、覚まさないのかって?

 そりゃ全部覚ましたら彼女の痕跡も消えちゃうじゃないですか。うん。

 まあ、半分でも頭の巡りはかなり改善した、・・・気がする。


 さて、どうしよう。

 やることは無いのだが、直ぐにここを出るのはまずい気がする。

 シノさんと二人きりで何してたのかと問われたら誤解されかねない、・・・誤解されてもいいのか、・・・いや、やっぱ、拙いだろう。

 既にシノさんのマナは近くに感じない。

 他の人間もいないようだ。

 だが、屋根の上に出れば誰かには探知される可能性が高い。

 一時間ぐらいはここにいるのがベターか。

 オレは先ほどまでシノさんが腰かけていたガレキに腰を下ろすと亜空間ボックスからチーズハンバーグ弁当を取り出した。


 こちらのカレンダーで確認したところ、オレがカナンに出現したのは七月一一日から一二日にかけての夜だったらしい。

 何とは無く、一か月たったら、一か月生き延びたら、個人的にお祝いをしようと考えていた。

 最初は暦もわからなかったので次の満月と考えていたが、それはあの騒ぎで終わった。

 変なメモリアルである。

 その後のゴタゴタでそのままになっていた。

 細やかながら今、それをやろう。

 ヒマだし。


 こちらに来て最初に食べたチーズハンバーグ弁当。

 思い出の味だ。

 え、緑のウサギ?

 いや、あれはノーカンで。

 酒は、・・・散々飲んだからいいか。

 代わりにピュアな水を出す。

 ブランデーでタプタプの腹にチーズハンバーグが妙にうまい。

 オレって貧乏舌なんだろうか。

 あっというまに食い尽くす。

 こちらに来て妙に大食漢になっている。

 五〇〇グラムのハンバーグがあっというまだ。

 食べる必要はないって『あの本』には書いてあったけど、腹は空くのです。

 つーか、消費カロリーはかなり多いと思う。


 さて、どうしよう。

 さっきから三〇分も経っていない。

 オレがここに来た目的は既に達成されている。

 本当に何もすることがない。


 そう、オレがここに来たのはシノさんと話すためだ。

 センフルールがここを見張っていたのは分かっていた。

 フロンクハイトやセリガーを考えれば見張りを立てない選択肢は無いだろう。

 見張りがいるのを確認し、見張りがシノさんになるのを待ってここに忍び込んだ。

 他の者には気づかれないように、彼女には探知される程度に隠蔽して。

 彼女と二人だけで話をしたかったのだ。

 オレは彼女に聞きたいことがあった。

 そして彼女もオレに確かめたいことがあった。

 姫様たちがいないところで会える機会を提供すれば彼女の方から接触してくると考えたのだ。

 結果は上々だったと言って良いだろう。

 地味に精神的ダメージを受けた気もするが。


 玄室を見渡す。

 ガレキばかりだ。

 その中でオレが『手術台』と仮称した台だけが無事だった。

 つーか、無傷だ。

 どんだけ硬いのだろう。


 どうせ暇だし、ちょっとだけ調べてみよう。

 オレは亜空間ボックスからハンコを取り出すと、手術台に接触させてみた。

 何も起こらない。

 人型の穴の中から外、台の上から下、一通りハンコでなぞってみたが反応らしい反応は無かった。

 ハンコ自体はオレのマナに反応して淡く光っている。

 使い方は、・・・分からんか。

 まあ、簡単にわかるとは思っていないから特に失望もない。


 種を明かせば簡単だ。


 あの時、ハンコを発見したオレは左手にあったそれを亜空間ボックスに入れ、亜空間ボックスにあったハンコと同じ大きさの金属片を右手に出した。

 ただそれだけだ。

 そして、右手に出した金属片にマナを過剰充填して放り投げた。

 そう、あの金属片は最初から爆発する代物だった。

 誰か一人ぐらいは反応してくれると考えていたのだが、三人そろって反応してくれたのはうれしい誤算だ。

 おかげで派手な爆発に誰も疑問は感じなかった。


 爆風が上に向かったのも、天井が崩落したのも、偶然ではない。

 爆風を上に指向したのは下の人的被害を極力減らすため。

 天井を崩落させたのは、それぐらい派手にやらないと誤魔化せないと感じたからだ。

 え、そんな都合の良い似た形の金属片が何であったのかって?

 そりゃ作ったんだよ。

 会議室で『預言者の印』の話を聞いた時からオレは片手をポケットに突っ込んで亜空間ボックス内での工作に勤しんでいた。

 玄室に先行してからは調査そっちのけで魔法による金属加工をやっていた。

 金属のインゴットに自分のマナをある程度以上注ぐと粘土みたいに加工できるのだ。

 そうやって大小様々、十数個のハンコを作り上げた。

 その中から現物に近い物を選んだだけである。


 そういうわけで、オレが最初にあれを発見した時点で勝負は決まっていたのだ。

 まあ、誰が発見したとしてもすり替える自信はあったのだけどね。


 最終皇帝、預言者、始祖様、魔王。

 様々な名で呼ばれるこの偉大なる人物が地球出身であることは間違いない。


 この世界の度量衡はメートル法だ。

 厳密に言えばこちらの十ミリは地球の十一ミリかもしれない。

 確かめようは無いが、感覚的にはこちらの一メートルはオレの知る一メートルと同じだ。

 まあ、呼び名は微妙に違うが。

 一メートルは一〇〇センチであり、一〇〇〇メートルで一キロメートル。

 一〇センチの立方体の容量が一リットルであり、一リットルの水の重さが一キログラムになる。

 水の融点が零度で水の沸点が百度。

 一日は二四時間に区切られる。


 話によれば、これを定めたのが最終皇帝だという。

 偶然でこんな一致が起こりうるはずがない。

 そもそもメートル法は地球の大きさに由来している。

 ここは地球ではないのだから惑星の大きさも当然異なる。

 メートル法など自然に生まれるはずがない。

 ブラジャーのカップの基準が同じというのには笑うしかないだろう。

 ついでに言えば、この世界の文字はそのまんまのアルファベットだ。

 使われている言葉は英語に似ている。

 英語を規則正しくした言語という感じである。

 発音はラテン風というか文字のままなので発音記号は必要ない。

 英語が理解できれば、すぐにマスターできるだろう。

 この言語については最終皇帝が関わったという確証は無いのだが、関わっていないと考える方がおかしいだろう。


 この推論の弱点はメートル法という存在がフランス革命に由来する比較的新しい物という点だろう。

 最終皇帝は七百年以上前に活動していたので、・・・地球とカナンで時間の流れが異なるのかね?

 多くの弟子に分け隔てなく技術を伝授したという博愛主義者が本当なら二十世紀以降の人物かもしれない。

 ブラジャーのカップ基準が何時作られたのかは知らないが、そう昔ではないだろう。

 同じ時期、前後十数年程度の間から何人かリクルートされていて、順番に投入されていると考えるべきかもしれないな。

 亜空間ボックス内の時間は止まる。

 そして人間も入れることができる。


 ひょっとしてオレは亜空間ボックス内にストックされていた一人?

 これまで何人投入されている?

 今現在、他の地球人がカナンのどこかで活動している?

 ・・・・・・・・まあ、今考えても仕方がないか。


 個人的なカンだが、最終皇帝はアメリカ人かなと思う。

 アメリカはヤード・ポンドに華氏じゃないかという人もいるだろう。

 だが、アメリカ人でも科学者や医者で研究をかじった人間はメートル法と摂氏を使う。

 フランス人やドイツ人だったら英語ベースの言語は使わないだろうし、発音にも癖が出ると思う。

 Hは全部発音しないとかね。

 何より、変に博愛主義なのがアメリカっぽいんじゃないかと。

 ちなみに東洋系ではないと思う。

 黒髪だけ見れば東洋系とも思えるが、直系の子孫というシノさんの肌は黄色くない。

 きめは細かいが明らかに白いし、一七〇センチオーバーの身長と十七歳でFカップというスタイルは、東洋系とは言い難いだろう。

 まあ、この辺り、我ながら偏見が入っているね。


 ハンコを再度確認する。

 外見的には何の変哲もない金属製のハンコだ。

 マナを充填すると淡く光るが、これは他の金属でも多少は見られる現象である。


 だが、それでも、これがあの男の遺産であることには変わりない。

 七〇〇年前に活動していたという最終皇帝。

 そして彼が『神様の御使い』から託されたというハンコ。

 彼が死んで七〇〇年。

 彼のマナの残滓が消え去って約一年。

『帝国語』をインストールされたオレはカナンに来た。

 これは偶然ではないだろう。

 だからオレは会議室で話を聞いたその瞬間にこれを確保することに決めた。

 シノさんや姫様には悪いが、これはオレが保有すべきモノなのだ。

『神様の御使いィ』につながる数少ない手がかりを他人に渡すわけにはいかない。


 亜空間ボックスにハンコをしまうと、オレは壁を登り始めた。

 故意に少しだけ音を立てる。

 これは地味に面倒だ。

 完全無音の方が楽なのだが、・・・怪しまれるからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る